左右に振られ、腹部に蹴りが入る。
今度は魔法の射手。それを―――
「ぷろっ!?」
「誰が動きを止めろと言った? 戦闘ではこの程度の攻撃で動きを止めるようではすぐに命取りだ。
なんだ6秒とは、情けない。この有様では白髪の少年に完全な一撃入れることは不可能だな。
この間のことは神楽坂明日菜がいたからこそできたことだということを忘れるな」
うぅぅ…全然歯が立たないってことを改めて実感する。
それほどまでに実力差がある。僕にもわかる事実。今は地道に鍛えることしかできない。
「この程度で弱音を吐くまいな?」
「は、はい!」
僕はもう一度三対一の訓練に入る。
エヴァンジェリンさん…いや、マスターとの訓練が始まってから数日、学校と別荘を行ったり来たりしている。
でも僕が望んだことだ。強くなるためにマスターに弟子入りをした。だから後悔なんてしないしやめようとも思わない。
修学旅行の時のような悔しい思いはしたくない。
「次行くぞ」
「はい!」
その日の修行が終わり、24時間が経つまで眠ることにした。
けど、眠る前に茶々丸さんと会って思い出したことがあった。
「茶々丸さん。
この間の…士郎さんの戦っている映像を見せてもらえませんか?」
「あの時の、ですか?
マスターの許可があれば再生します」
「構わん、見せてやれ」
いつの間にかマスターもいて、許可が降りたので茶々丸さんが映像を映し出す。
もう一度見ても圧倒的な強さだと思う。
それまでは大鬼が確かに押しているにも関わらず、唐突に出てきた大きな斧による攻撃。それで大鬼を倒す。
奥の手、と言えばそれまでなのかもしれないけど、士郎さんがあれだけの動きができるのはどれだけの修行、訓練をしたのだろうか。
今の僕では大鬼の攻撃を避けられる自信はない。ものの数秒で魔法を唱えることもなく倒されてしまうのが簡単に予想できる。
「そうだな、ぼーやが従者を前に出させて魔法を唱える戦法を取ることができず、一人で戦うという場面になったのであれば数秒だな」
「…声に出てました?」
「そういう顔をしている。
今は衛宮士郎や白髪の少年と比べるだけ無駄だ。それだけの差がある」
たしかにマスターの言うとおりだ。
でも、士郎さんは剣の才能は無いと言っていた。努力のみでこれだけの力を得たというのだから。
どれだけの…
「…才能というのはその道を導き出してから向き不向きが決まる。
ぼーやは魔法の才があった。だがそれだけだ。宝石のように原石のままでは綺麗な輝きなど生まれない。磨くことでその宝石の真価を出すことが出来る。
ぼーやの考えていることはわかっている。才能無いと言った衛宮士郎が何故、あそこまでの強さを有しているのか。答えなどすでに出ていることだ。悩む必要がどこにある?
鍛えた、ただそれだけなんだよ。理由はどうあれ鍛えることが必要だった。
ぼーやの理屈っぽい頭で考えればわかることだろうに。
わかったらさっさと寝ろ。でなければ回復もしない」
「あ、はい」
たしかに答えは簡単なのかもしれないけど、どうもすっきりしない。
僕みたいに強くなりたいとか力が欲しいとかには理由があるのかもしれない。でも、マスターや士郎さんのように強くなる為にはただ今のような修行とは違う方法ではいけないのかもしれない。
修行の仕方? イメージトレーニング? 魔法の質? それもどれをとっても僕には違う気がした。
どうすればあんな風に強く立っていられるのか気になった。
士郎さんとはしばらく会うことができなくなった。
学校でも麻帆良の中でも、クラスの皆さんも会うことはほぼないみたいだった。
「士郎さんはどうしているんですか?」
「私も士郎が何をしているかはわかりません。ただ夜には帰ってきます。
教員の仕事は近衛に頼んで休みを取っているというだけで私達にはあまり詳しいことを教えてくれませんから」
ライダーさんとは時々会うことがある。アルバイトを探しているらしく、面接の帰りなどに会う。
今日もアルバイトの面接だったらしいけど、採用はしなかったのだという。
「そうですか…」
聞きたいことがあったんだけど…いや、これを僕が聞けるかどうか分からないけれど、ただ士郎さんに会いたいと思った。
「ネギ、士郎に伝言があるのでしたら私が伝えておきましょう」
「いえ、大丈夫です。
ライダーさんもがんばってください。それでは失礼します」
今日もマスターの所へ修行に行かなくてはいけない。
マスターの家の前まで来ると、茶々丸さんが立っていた。
「こんにちは、茶々丸さん
玄関の前でどうしたんですか?」
「こんにちは、ネギ先生。
今はマスターがステンノさんとエウリュアレさんと話をしています。マスターが今はネギ先生に会えないとのことですので、本日はお引き取りください。
また後日ということで」
「そうなんですか?
わかりました、また明日来ます」
明日も覚悟しておけと言っていたから今日も過酷な修行が待っていると思っていた。
だから少し驚いた。
来た道を戻る。
でも、不意にログハウスの方を振り返ると、そこには士郎さんがいた。
離れているからか、士郎さんは気づいていない。
僕はマスターに怒られるだろうと覚悟しながらも士郎さんのところへ戻る。
ベルを鳴らす。
でも、誰も出ない。もう一度鳴らしても同じ。誰も出てこない。
失礼と思いながらも勝手に入ると、中には誰もいなかった。様子を見ていたり、気を落ちつかせていたから10分ぐらいの間だったんだけどなぁ。
もしかしたら、と思って僕は奥へ進んでいく。
奥に会ったのは別荘のミニチュア。
やっぱり使用中になっている。中にいるんだと思い、僕も中に入る。
一瞬、身体が浮くような感覚の後に別荘の中に入る。
そして、僕の意識はそこで途切れてしまった。
ネギが目が覚めた時には視界には士郎が映っていた。
「大丈夫かい?」
「…あれ、どうしてぼく」
別荘に入った時は覚えている。しかし、その後から全く記憶がない。
そして頭がくらくらする。
「ぼーやは飛んできた石の破片を避けることもそれが飛んできたことも気がつくこともできずにぶつかって気絶したんだ。
全く、情けない。今までの修行の成果が全く見られないとは何事だ。これはもっと修行に力を入れなければいけないな」
気絶した理由は後に回すとして、ネギは今までより修行が過酷になることに青ざめる。
嫌だとか、そういう弱音を吐くのではなく今より辛いというのがどれだけのものだろうと想像し、その結果が悲惨だった。
士郎に話を聞くと、エウリュアレとステンノがエヴァンジェリンに用があったらしいのだが、その過程で士郎が巻き込まれたのだ。
何の用かは聞かなかったが、それがどうして石が飛んでくる事態になったのか。
タダで物事を引き受けるほどエヴァンジェリンは易い相手ではない。条件を提示すると士郎の意見も聞かずに了承し、こうして詳しい説明を受けることもなくここに来た。
そして、その条件はその三人の力を見せろというもの。
だが、一人一人では意味がないとし、二対一。士郎が一人で二人を相手にすることになった。
エウリュアレとステンノの実力は中々に高い。そうなれば士郎もそれに対応できるだけの力を出さなければならない。
ステンノの拳が地面を砕き、その破片が絶妙のタイミングでネギが現れた所へ飛んで行き、ネギが気絶する結果になった。
「すまないね、ネギ君」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そうだな、この程度で壊れる身体はしていないだろうが…今日の修業は無しだと茶々丸が言っていなかったか?」
ネギは固まった。
「言ったはずだな。
なのにどうして貴様はここにいる?」
逃げ場を探そうとする。だが意味はない。
「何か言い訳があるなら聞こう」
きっと聞くだけだろう。
「待っているものは変わらないだろうがな」
ネギは色々覚悟をしなければいけなくなった。
「と、言いたいところだが貴様にチャンスをやろう」
一筋の光が見えたとネギは思う。
エヴァンジェリンがこうしてチャンスを与えることなんて滅多にないだろうと理解しているからこそ、そこに嘘はないと信じられる。
「こうなった一端は衛宮士郎にもある。
もしも私がいう条件をこなすことができれば修行の段階を上げることを今少し待ってやる」
「どうすればいいんですか?」
ニヤリとエヴァンジェリンが笑う。
これに士郎が嫌な予感がしている。いや、確信だ。自分が悪いということはわかっているのだが…
「いや、俺の意志は?」
「ない。
条件は衛宮士郎に一撃でも入れられたらだ。魔法で死なない程度であればなんでもありだ」
結局、士郎の意志は無視されて、ネギは少しだけ申し訳ない気持ちになる。
が、良く考えていくと勝てる要因がどんどんなくなっていく。魔法が効くのか、体術で勝てるのか…疑問が浮かび、それが嫌な想像をさせる。
まさか、あの大鬼にやった技を自分にもやるとは思わない。あれだけの威力ならネギの魔法障壁で防ぐことは不可能だ。死ぬ可能性もある。
技があれだけとは限らないが、少しだけ気持ちが楽になった。まだ一撃を入れられる可能性がある。
「安全を想像するな。
戦いに安全など存在しない。貴様は力があるのか? 勝てるというだけの自信があるのか? 生死に関わるものではないから安心だと思っているのか?
だとすればここで貴様の修行は終りだ。軟弱な精神でこれから生きていけると思うようならば…」
エヴァンジェリンは士郎を見る。
その視線を受けとめ、頷く。裏の世界を知っているからこそ、忘れてはいけないことがる。
それをネギは知らない。仕方無いことかもしれない。だが、少しでもそれを知ることはこれから必要だ。
「ネギ君、危険だと思ったらすぐに下がってくれ」
まだ士郎は人と関わることを極力避けている。今回は仕方のないことと割り切っているが…
「衛宮士郎、攻撃は当てるな。
ぼーやは死なさない程度であれば魔法は許可する。全力でやれ、先程言ったことを忘れるな、余計な思考は不要だ」
「はい!」
エヴァンジェリンの言葉には深い意味がある。
それを信じ、前に出る。全力を尽くす。修行のことも今は忘れよう。
開始の合図もなく、張りつめた空気。
二人の間合いは近い。一瞬で詰められる距離。だが、ネギはそれを詰めようとしない。
士郎はただ立っているだけなのに、肩を掴まれているような感覚がある。押さえつけられ、動きを阻害されているような感覚。
前に出なくては、そう思うほどに身体が動いてくれない。
一歩、一歩踏み出すことができれば何かが変わるかもしれないのに踏み出せない。
「どう? ネギ君の様子は」
「今は全くダメだ。
完全に衛宮士郎に呑まれている。あいつは威圧しているだけだろうが、それだけでもぼーやには重く圧し掛かっているだろうな」
エヴァンジェリンの後ろにはステンノとエウリュアレが立っている。
今まで別荘の中でくつろいでいたのだが、二人の気配を感じて出てきたのだ。
「まぁ、勝つことも一撃を与えることも不可能だろう。前のテストの時よりも過酷になっている。
これだけの実力差があれば衛宮士郎が油断したとしても、それは致命的ではない」
「確かに、今のネギ君は私でも勝てるわね」
「そうだな。
ぼーやには足りないものがある。そして決定的に足りないものをぼーやは気がついていない。
それに気がつくことができれば、小さな山を超えることができるだろうな」
それは自分で見定めなければならない。
エヴァンジェリンが、ステンノが、エウリュアレが。そして衛宮士郎が持っているものをネギはまだ持っていない。
それが戦いの中で差となり、生死を別ける。
まだネギは動けない。汗が止まらない、心臓の鼓動が激しい。耳元で聞こえている気がする。
一歩、たった一歩踏み出すことできれば次の行動ができるとネギも気がついている。なのに踏み出せない。
ネギの動きを待つことなく、士郎が先に動いた。
瞬間
「うわぁぁぁぁっ!!」
恐怖か、思いきりがついたのかはネギにはわからない。
何かがネギを動かし、一歩を踏み出して拳を士郎に向けて放つ。
鈍い音がする。
だが、それは士郎に拳を打ち込めたのではなく、拳が士郎によって止められた音。
士郎は何も言わず、ただネギを見ている。
しかし、もうその眼によって動きが妨げられるということはない。
流れるように拳、肘、蹴りが放たれ、それが避けられ、流される。
そして魔法が詠唱され、士郎に向って放たれる。
戒めの風矢。数は29。殺到する魔法にも士郎は焦る様子もなく、いつの間にか握られていた干将・莫耶を構える。
そして、29全ての戒めの風矢を切り裂いた。
苦とも思う様子もなく、ネギだけを見ている。
結局、ネギは一撃をいれるどころか掠り傷を負わせることもできずに膝をつくまで動き続けた。
大抵の魔法は避けられ、、体力も尽き、ある種の絶望に近いものを感じていた。
力の差は自覚している。だが、一撃を入れられる可能性を考えなかったわけではない。だが、これほどまでに圧倒的に防がれ、息の一つも乱さない。
「どうだ? 感想は」
笑うこともなく、ただそう言うエヴァンジェリン。
「…少しでも可能性があると勘違いをしていたんだなと思いました。そんなもの全くなかったんだ、そう思うこと自体が間違いなんだと思い知らされたような気がします」
「確かに、可能性は全くなかった。衛宮士郎が油断しようが、流れはぼーやには傾かない。
だがな、一つの勘違いとぼーやにないものの差がこの結果だ。わかるか?」
勘違いと足りないもの? と、ネギは勘違いについて考えてみる。勝てると思ったことが傲慢だったのか?
だが、エヴァンジェリンは怒っているわけでも呆れているわけでもなく、ネギに何かを気がつかせようとしているように見える。
ネギもそう感じ取ったからこそ、考える。
「功夫が足りないのはわかるんですけど…勘違いは勝てると思ったことが勘違いなのではないですか?
それが傲慢だったと」
「確かに勝てると思ったことは間違いだ。だが、それだけでは50点だ。
功夫が足りないのは当然だ、考えるまでもない。それ以前の問題なんだよ、ぼーやは。
それに気がつけないなら、成長しても本物には勝てないだろう」
本物、その言葉に少しだけ疑問を持つが、言い終えるとエヴァンジェリンは別荘から出ていった。
士郎にそれがなんなのか聞いてみるが、士郎も自分が気がつかなければ意味がないと言った。
ただ、ネギの拳が軽い。それだけ言って士郎はテラスへ戻っていく。
疑問は拭い去られないまま、聞きたいことも聞けないまま、ネギの修行は続く。
夢を見る。
誰もいない麻帆良。
自分だけが立っている。
「見殺しにした」
手には干将・莫耶。
「助けてって言ったのに」
血に染まる手。
自分がやったのではない。
「人を超えてるくせに」
目の前で殺された人の返り血。
「何もしなかった」
迷ったが故に。
「みんな殺された」
背後には数えきれない死体。
「理想を優先したから」
それが結末だった。
姿の見えない声が、俺を責める。
「夢…か」
夢なんてどれだけ見ていなかっただろう。思い出せないほど、見ていない。
全身に汗をかいて俺は目を覚ました。
まだ朝にはならない。日付が変わって少ししか経っていない。寝て間もなく夢を見て、そして起きた。
もう眠気などどこにもない。
それに寝たくもない。また、さっきの夢を見たくない。
重い足取りで今に向かうと、居間には明かりが灯っている。
「あら、シロウ起きてきたの?」
「…顔が青いわね。怖い夢でも見て寝れなくなったのかしら?」
二人は笑いながらこっちを見て、からかう。
だが、それに返す余裕もなかった。
「あぁ、そうだ…眠れない」
そう言ったことが意外だったのか、二人は驚いている。
あの夢の中には二人の死体もあった。無残に引き裂かれ、眼を見開いたまま死んでいた。
その光景が思い浮かび、思わず視線を逸らして外へ出ようとする。
だが、俺の手を掴む小さな手。
「ちょっと付き合いなさい」
引っ張られ、座らされる。
テーブルの上には色々な酒が並べられ、何本かは空だ。
「飲み過ぎじゃないか?」
「こんなもので酔うほど子供じゃないわ」
酒を渡され、飲んでいるが、会話がない。
少し気まずい。
「ライダーはどうした?」
「酔って部屋で寝てるんじゃない?」
…それだけで終わってしまう。
それにしてもペースが二人とも早い。俺はゆっくり飲んでいるが、その間に三本空けている。
「…まだ村正の呪いが解けないの?」
見抜かれている。
呪いの効果が切れると思われていた日はとっくに過ぎている。だが、いままでこれといった不幸というものが来ない。
呪いが効いていないということはないだろうが、ここまで何もないということはおかしい。もしかしたら今までの呪いが一気に襲ってくるのかもしれない。
だから今も極力人との接触は避けている。
ステンノ、エウリュアレ、ライダーもそうだ。
「あぁ、何故か何も起こらない。それは喜ぶべきことなのだろうが…ここまでなにもないと不安だ」
「だから今もこうして私を避けているの?」
「そうだ」
「ふぅん…」
今さらかもしれないが、俺はここにいない方がいいのかもしれない。
こうして巻き込んでしまったこと、それが間違い。自分一人だけなら何がおこっても我慢が出来るが、誰かが巻き込まれることは許容できない。
「私に力がないから、こうなったのよね」
「違う。俺が巻き込んだ。
村正を使ったことは俺の意志だ。二人には関係のないことだし、俺のことだから気にする必要もない。俺が離れればいいだけの話なんだ。俺だけ傷つけばいい」
立ち上がるステンノ。そのまま俺の前に来ると腕を振り上げる。
乾いた音。頬に伝わる痛み。
どうして頬を張られたのかはわかっている。こうして巻き込んでいるからだ。この二人はライダーを失いたくはない。もしかするとその原因を作ってしまうかもしれない俺がいることが不快なのだろう。
今までこうして共に生活していたのはあっちも我慢していたからかもしれない。だが、まだ呪いが続いていて、まだ巻き込まれるかもしれないことに怒っているのだろう。
それを黙っていたことも。
「すまない」
「…あんたにはわからないでしょうね。
私の気持ちが」
居間にたった一人残され、少しだけ何かを考える士郎。
その日から、士郎の姿が消えた。
どうもお久しぶりです、快晴です。
最近、どうも時間を作ることができずにしばらく投稿することができませんでした。
これからもそうなることが多くなると思います。なので投稿も遅くなってしまいます。
楽しみにしている方には申し訳ありません。
これからも感想やご指摘のほど、よろしくお願いいたします。