目が…覚めた。
ここはどこだろうと思うよりも早く、ライダーはどうなったのかと飛び起きようとした。
しかし、それは叶わなかった。
身体は鉛でも流し込まれたかのように重く、腕の動作だけでも辛い。
加えて、俺の寝ているベットに横たわるようにしている人物が一人いるのだ。
「ライダー…」
俺が仮契約をしたライダーがそこで眠っている。
その眠っている表情はとても綺麗で、引き込まれるような魅力が溢れている。
それにしても…契約してしまったか。
俺は聖杯戦争の時まで誰とも契約は結ばないと思っていたのにだ。いや、後悔する必要があるのだろうか。
確かに俺は契約をしたが、それはライダーを助けるためにしたことだ。契約をしなければライダーはあのまま消えていたことだろう。
それによってあの双子の少女が悲しむ顔を俺はどうあっても見たくはない。誰かを助けることができた。それでいい。
まだ疲れがあるのか、身体は睡眠を欲している。
俺は瞼が落ちるのを妨げることができず、もう一度眠りについた。
目が覚めた時にはライダーは病室からいなくなっている。
個室の病室のようで俺の他には誰もいない。が、外からは病院なのに騒がしい。何故?
「メドゥーサ! 私の言うことが聞けないの!?」
「姉さま! ここは病院なので今は!」
「いいからこっちに来なさい!」
…元気そうで何よりだ。
軽く俺のいるところが病院だということを現実として外のことを切り離した思考をしている。
そんなことを考えてると、タカミチが入ってきた。
「やぁ、賑やかだね」
「そう思うなら止めてくれ。ここは病院なんだから」
「そうしたいけどもう屋上の方へ引っ張って行っちゃったからね」
止められなかったと…
タカミチはお見舞いとして果物を持って来てくれた。それを頂きながら今の現状を確認。
俺は二日眠っていたらしく、その間はタカミチも仕事は入っていなかったので今もこうしてリンゴをむいている。
仮契約の後、俺は出血により意識がなくなってしまった。それは理解できるのだが、その後が少々、驚いた。
レプトスが俺の為にと魔法薬をくれたというのだ。
「彼は近いうちに魔法界へ護送されるよ。罪がなくなるわけではないから。
でもね、彼は君に伝言として『ありがとう』 そう言っていたよ」
「そうか…」
それならよかったと思える。
気がつくことのないままもう一度過ちを犯してしまうかもしれなかった。しかし、気がつけたというのならその可能性はとても低くなった。
それだけで俺は本当によかったと思える。
レプトスのことを聞くと、あいつは魔法界では薬などを調合して社会に貢献する家系の生まれらしい。
しかし、自分の性格がその道に向いていなかったのか家から勘当され、その知識を間違った方向へ向かわせてしまった。
その中で情報などが早く調達できるようになり、その情報で人の弱味で脅して自らの配下に加えていった。タカミチが襲撃されたのも情報がどこからか漏れたものらしい。まぁ、タカミチに返り討ちにされて襲撃した魔法使いに扮してレプトスに連絡を取ったところから計画は崩れ始めていたんだろうが。
「それと、あの三人は麻帆良が保護することになったよ。
君と仮契約した子は君といなければいけない存在のようだからね」
「あの双子はどうしてだ?」
ライダーは最もなことだ。しかし、あの双子の少女の方の理由はわからない。
「あの双子には魔法界にもちゃんとした身分を証明するものがないんだよ。こっちの世界にもね。
なのにこちらの世界に来た。何故かといったら密入国ということになる。それは罪だ。仕方のないことだったとしても多少の罰は受ける可能性はあるんだよ。可能性としてだけどね。
それと」
「それと?」
「姉妹を引き離すほど、僕たちは意地悪じゃないんだよ」
冗談のように微笑みながら言うタカミチはとてもかっこよかった。
しかし、それを実現させるのは簡単ではなかったはずだ。
それを聞くと、タカミチは「秘密さ」そう言ってはぐらかされてしまった。
「それにメドゥーサさんは不思議な存在だ。精霊でも他の種族でもない、今まで例のない存在だ。
それを魔法使いが見逃すはずがない。君には彼女を守ってもらうことと、あの双子の監視係といった仕事が与えられる。これは学園長からの指示だからね。
それにあの子達もメドゥーサさんを守るためといったら快くこちらに来ると言ってくれたよ」
「タカミチはその特別な存在というのが気にならないのか?」
俺はそう聞くがタカミチは誰かを救ってその人の事情は必要以上に踏む込まないものだよと言った。そう言い残してタカミチはまた明日来ると言って病室から出て行った。
時刻はまだ昼少し過ぎといったところ。
このままベットに横になっているというのも些か持て余すところ。
幸い、歩けるぐらいには回復している。急な運動は無理だが、この分ならば一週間以内には問題なく動けるようにはなるはずだ。
俺はライダー達が上がっていっただろう屋上へ向かいながら二日前のことを思い出す。
俺は崩壊するビルの中、降り注ぐ瓦礫からレプトスを守るためにアイアスの盾を投影した。しかし、魔力は足りなくなり血も徐々に失われていく。
それでも守りたいと強く願った。俺が倒れようともたとえ一人しか助けられなかったとしても絶対に守りたいと思ったときだった。
指輪が外れたのだ。
指輪が外れたとたんに俺の本来の魔力が身体に漲る。それによってあの瓦礫の雨を防ぎ切り、固有結界の暴走も魔力で抑えることが何とかできた。
指輪が外れる条件はまだ微妙に分かっていない。何かを助けたと思っただけではダメ。危機的状況でなければ外れないのか…
それではあの修学旅行の時に外れなかったのはおかしい。まだまだわからないな。
しかし、まだ疑問は残る。ライダーとあの双子の存在だ。
ライダーは俺の世界ではすでに消えた存在だ。あの双子もライダーが姉と呼ぶあたりからしてゴルゴン三姉妹の長姉・ステンノ。次女・エウリュアレということになってしまう。どちらも女神として神話に残る人物だ。
それは本人達に聞かなければわからないだろう。
屋上へ上がると、ライダーが二人の姉に首筋を噛まれていた。
一般的にはこの光景を見れば何をしているんだと言うかもしれないが、この三人がしているとそんな行為も絵になってしまうのが困りものだと俺は思ってしまう。
まぁ、このままにしていては涙目…いや、ほぼ泣いているライダーが可哀そうだ。
「二人ともそのぐらいにしておけよ」
二人の姉の襟首を掴んで吸血を強制的に止めさせる。
それに二人は少々、御立腹のようだったがそんなことは気にしない。
「ライダー、身体の調子はどうだ?」
「はい…問題はありません。
それと私から質問です。あなたはアーチャーではなく、士郎ですね?」
「あぁ…そうだ」
そう答えるとライダーは俯いたが、自分と契約を結んでくれたことに感謝を述べてくれた。
俺としては当然のことをしたまでなので気にしないでほしいと言ったのだが、二人の姉が口を挿んでくる。
やれ、妹の唇を奪った、私達に対して手を挙げた男。
否定はしない。すべて事実だ。
「姉さま、仕方のないことですから…」
「いいわけないじゃない! 女神である私達に手を挙げることがどれほど罪なことか…!
本来ならただの死ではすまないわ!」
やはり…この二人はこちらの世界の住人ではなく、俺の世界のステンノとエウリュアレということで間違いないようだ。
それが理解できれば本題へ移ろう。
「君達二人にライダーはどうやってこっちの世界に来たんだ? ここが違う世界だということは理解できているはずだ。
並大抵の手段では来られないということも」
二人は俯き、小さく話し出す。
「…怪物となったメドゥーサに私達は身を捧げて命を絶った。ということになっているのはこの子に聞いたわ。
でも、実際は違う。この子に飲み込まれた時はまだ私達は生きていた。そして中には私達だけじゃなかったわ。一人だけ…いえ、人とは呼ぶことのできないモノがいた。
そいつは自分を魔導元帥と「魔導元帥!?」 え、えぇ」
あの爺さん…いったいどういう行動してるんだ? どうやって怪物と化したライダーの中にいるとか色々理解できないところが…
「続けるわよ。
その時の翁は言ったわ。『自らを捧げて妹を思う心。それは真の心。ここで命落とすには惜しい存在』だと。
でも私達は…その…この子がいないところでは生きていけない。この子がいないのなら私達の命すら無意味だと答えたんだけど、それも笑いとともに一蹴された。
『不死の身体を持つのならば妹の分も生きてやるのも姉としてできることはないのか。それがわからんで姉と名乗るな』 そう言って私達を光の孔に落としたわ。
この二つで一つのネックレスとともにね。
あんな失礼なじじぃ初めて見たわよ」
少し恥ずかしそうにライダーを見ながら話していると思いきやコロコロと表情を変える。
しかし、指輪が反応したのはこのネックレスが原因だったのか。おそらく共鳴に近いものがあったのだろう。
第二魔法というものでどちらも魔力を使っていた。それによって共鳴してあの違和感を俺が感じることができたのだろう。
もしかしたら…共鳴の影響で指輪が外れたのかもしれない。可能性の域は出ないが。
孔に落とされた二人は気がつけば魔力の濃い魔法界にいて、数年を過ごして今に至るというわけらしい。
並行世界の時間の流れは違うからこちらの数年があっちの数百年ということもあり得る。
それからは聞いた話でライダーに守られ、レプトスに利用されていたということ。
「ライダーはどうなんだ?」
「私は桜が死に、座へと還る途中だったと思われます」
ライダーの言葉に俺は疑問を持つ。
桜というのは慎二の義理の妹、遠坂の妹である桜で間違いではないだろう。しかし、何故、桜が死んだことで座へと?
ライダーは俺の記憶では学校で死んだはずだ。他に…待てよ。
「ライダー、俺はライダーの知る衛宮士郎じゃない。
俺は聖杯戦争で聖杯をセイバーと遠坂で壊した。けど、ライダーの知る俺は違うだろう?」
そう言うとライダーは少々、驚いたようで俺に説明を求める。
俺は大師父によってここに来たことや、いつこちらに来たことを伝えた。ライダーはそれについて何か言いたいようだったが後に回したようだ。今は話を続ける。
「座へ還る途中、私は何かに引っ張られ、こちらの世界に来ました。おそらく数か月前と考えられます。士郎がこちらに来た時と重なります。
私の考えでは、こちらには今私達がいる世界と、魔法界と呼ばれる世界をつなぐ要石というのがあるらしく、それは第二魔法とよく似た効果です。
それから考えられる可能性として士郎が送られた際にその要石が反応し、擬似的な第二魔法で私が引っ張られたのではないでしょうか。完全ではない分、直接こちらを繋ぐことは出来なかったようですが曖昧な所が座への道と繋がったのでしょうか。あれも普通では繋がらないものですからね。
あくまで可能性の話ですが、私にはこれ以外には思い浮かびません」
たしかにこれは可能性の話だ。どうしてこうなったのかというのは誰にも分からないだろうし、俺達以外に知られることもないだろう。
ライダーがこちらに来た時の話を聞くと、魔法界では現界するだけならマナが濃いため問題はなかったらしいのだがドラゴンゾンビというイレギュラーによって魔力を奪われる事態に陥ってしまった。
魔力が減っていけば当然、現界するもの俺達が来るのがもう数日遅れていれば確実にライダーは消えていたことだろう。
仮契約によって魔力は問題なく供給されている。
しかし、英霊を現界させるだけの魔力を供給することは俺の魔力は制限されているところからさらに削っているということだ。
それは俺の魔術に制限が出る。
ライダーも使っていないから分からないらしいのだが、宝具を使えば魔力はほぼ空になり存在することが精一杯になるだろうという。
それに、令呪もない。なのでもしもライダーが俺を殺そうとしても妨げるものは何も無い。
それを考えていると。
「士郎、私が自分の存在を救ってくれた者に手にかけると思っているのですか?
それはよほどのことがない限りあり得ないことです」
よほどのことがあればあり得るということだな?
だが、それはこの双子に何かをした時だろう。そんなことを俺はしない。
ステンノとエウリュアレのレプトスとの仮契約は解除されたらしい。さすがにいつまでもそのままという訳にはいかないだろうが話を聞いてこの二人は大変そうだと改めて確信した。
レプトスが連れていかれる少し前に死なない程度に二人で殴り飛ばしたというのだから…これはライダーも苦労したんだろうなと少しながら想像ができた。
この二人は数年は苦労することもなく生活できていた。男が頼んでもいないのに衣食住を与えてくれるからだった。
しかし、それだけでは欲求が満たされなかった。
異世界であるこの世界。ここの魔法に興味を持ち、魔法界の人間に教えさせたというこちらの魔法を使えるということがわかり、二人はそれぞれ違うものを吸収していった。
ステンノは感卦法という技法を、エウリュアレはネギ君の使うような魔法を習得した。どちらもかなり上達が早く、教えた魔法使いをすでに抜いているらしい。
ライダーは記憶は持っているが俺の知らないものだ。なので聞いたりはしない。ライダーの方から話してくれるのであれば聞きはする。
しかし、俺は俺、向こうの俺とは違うのだ。
ステンノとエウリュアレは一度、ホテルへ帰って食事を取りに出るようだ。それにライダーも連れられていく。
しかし、ライダーは振り返り俺に何かを差し出した。
「士郎、これは仮契約のカードらしいのです。
コピーは私が持ち、すでに使っています。得られるアーティファクト名は『無形封印』というものでした。
カードの使い方を教えてもらい、私自身がアーティファクトの能力を調べたところ私が意識的に封印したいもの、私の眼などを封印したい場合はそれを間接的に封印できるものを想像し、形となった物を直接つけなければいけません。それがこの眼鏡ということになります。
ただし、これを相手に使う場合は触れることが第一条件なので難しい能力です。人によっては注意すべき能力ですが」
なるほど、だからライダーは眼鏡でいるわけか。
気にはなっていたんだが話すきっかけがなくて聞けていなかった。
…眼鏡姿のライダーはとても綺麗だ。大人の魅力とでも表すのだろうか。
これであの双子の妹だというのだから初見ではそう思うことは無理だろう。
ライダーは詳しい話はまたと言って双子の後を追っていった。
翌日、タカミチと医者はもう俺が退院できることに驚いていた。
全治一か月。魔法の力を使ったとしても一週間はかかるだろうと言われていたのだから驚いても仕方のないことかもしれない。俺は普通の身体ではないからとは言えないが。
しかし、まだ身体に不安は残っている。動きが少々鈍い。これでは全快するのにもう少々かかるだろう。
空港にはライダー達が数人の魔法使いに囲まれるように立っている。
双子はその扱いに大変御立腹のようだったが、魔法使いたちはその容姿が気になっていることもあって少しはマシなようだ。
学園長がこの三人が日本へ来られるように手配をしてくれたようだ。
…ただ、これから不安だ。ライダーたちではなく、俺がだ。
村正を投影した影響か、俺の靴紐は切れ、黒猫が横切り、コーヒーを飲んでいたのだがそのカップが真っ二つに割れる。
明らかに不幸な気配。タクシーは故障し、それを補うためにタクシーを拾おうと思っても俺がやっているとほぼ乗っている客がいるか無視される。
タカミチがやった瞬間に捕まった時は少々、悲しかった。
これはまだ序の口だろう。まだまだ俺に降りかかるものはあるはずだ。恐るべし村正。
プルルルルルッ
ビクッと反応してしまう。暗い考えをしているところではさすがに驚く。
携帯に電話が入ったようだ。液晶に映る名前は雪広だった。この携帯は衛星携帯電話。麻帆良技術の賜物なのだという。便利なものだ。海外でも使えるとはな。
「もしもし、どうした雪広」
『あぁ、士郎先生。今どこにいるのですか?』
「? 仕事でマレーシアのクアラルンプールだ」
『今すぐ迎えのジェットを向かわせますのでそれにお乗りください。
…絶対ですわよ?』
「わ、わかった」
通話は切れ、俺は何が何だかわからない。
一つ言えることは雪広の最後の言葉に強い念が籠められているようだった。詳しい説明が無くとも、拒否したら俺の身に何かとても良くないことが起こっていたことだろう。間違いない。
タカミチに理由を話して先に麻帆良に帰ってもらうことにした。タカミチに双子を頼み、三人は飛行機に乗っていくがライダーは俺についてくると言って飛行機には乗らなかった。
俺としてはいきなりライダーが雪広達に会うことに不安を覚えるが…まぁ、雪広だけならば問題はないだろう。常識ある子だからな。
待つこと数時間。
やはり普通に帰ればよかったかと思えたが、その間に空港の近くに買い物ができる施設があったため、そこでライダーと買い物をしていた。
今のライダーの服装は白いブラウスにロングスカート。あの双子とお揃いの服だ。しかし、今のところはそれぐらいの服しかないので少しだけでも買っていこうかという話になったのだ。
日本よりも安い、それに良い物をそろっている。
ライダーは店の男性にオマケダト言われてアクセサリーをもらっていたり、ナンパされたりしていた。
それも無理のないことだ。ライダーほどの美人というのは滅多にお目にかかれないだろう。
雪広の執事だろうかと思われる老人が俺達の前にきて、案内をする。
ゲートを通され、目の前に見えた物は飛行機。自家用の物なのだろうか。それを持つということはお金を持っていることの表れでもある。
しかし、改めて何の用かと思う。
ここまでして俺に何か用があるのだろうか。だったら待たせることなくそのままタカミチ達の乗った飛行機に乗ればいいだけの話だ。
何故、待たせてまでこの飛行機に乗せる意味がわからない。
が、ここまで来たら乗るしかないだろう。
俺は執事らしき人にライダーも良いかと尋ねると、問題はありませんと言っていたが…あの含みは何だろうか。
ライダーが零体化できればいいのだが、消えかけた時と今では状況が違うのか霊体化はできないらしく、ほぼ受肉した状態と変わりない。
聖杯戦争の時と違うということか、もしくはこの世界が関係しているのか…
飛行機の中で俺はふと、ライダーとの仮契約のカードを見る。
描かれているライダーは眼帯をしておらず、眼鏡も掛けていない状態だ。聞けばこれは石化の魔眼が発動状態のもの、これに見たり見られた場合身体は石化する。俺にかけられた場合は石化するか行動に影響する重圧をかけられるとのこと。
カードに書かれているものに徳性は“愛” 方位は“西” 色調は“黒” 星辰性は“流星”
称号は“狭間の女神”となっている。
俺とライダーは不安な飛行機の中で揺られながら、目的地を知らずに空を飛んでいく。
不幸なことがありませんように…