一人だけ戦闘にも関与せず、衛宮士郎がすぐ近くまで来ていたことにも気付かない男がいた。
その男は士郎と戦った少女達の部屋に来た男。
その男のいる空間は陰気な、そして不快な空気が充満している。
理由は男の周りに色鮮やかな調合された魔法薬があるからだ。
それから蒸気が上がり、その香りがこの空間を満たしている。その蒸気だけでは効果はないが、魔法薬を飲んだのであれば無事では済まないだろう代物。
失敗策ではない。そのように考えられて作られたのだ。
効果は麻薬のように中毒症状のあるものから1ミリグラムに満たない程の少量の雫をマウスにつけるだけで即死するようなものまで様々だ。
それのようなものを作り続ける。
不意に、テーブルの上に置いてある電話が鳴る。
その音に不快な気分にさせられながらもボタンを押し、応じる。
「僕は忙しいんだけどね」
用件を聞く前にまず、自分の文句を言う男。しかし、不快な気分を一蹴するような声が聞こえた後の男の表情は優越感のようなものが窺がえる。
『貴方が奇襲を仕掛けた魔法使いの内一人が忍び込み、それをここで仕留めました』
「そうか、さすが僕の従者だ。その程度の魔法使いでは手も足も出ないか。
ふふふ…あっはっはっはっ!!」
電話越しに聞こえた声は士郎と戦った少女の声。
綺麗な声…しかし、今は言葉を発するだけでも苦しいそうなのが電話越しでもわかるほどだったのだが、それに男は気がつかない。
自分が集めた情報を使い、魔法使いを二人仕留めることに成功。
ホテルに襲撃した魔法使いからもあの高畑・T・タカミチを、そしていつの間にかこのビルの中に来ていたようだが自分の従者によって倒されたもう一人の魔法使い。
それが愉快で堪らない。
『ですが、私達は負傷しました。
この魔法使い、強かったです。油断をしなければこちらがやられていたことでしょう』
少女は当然の報告をしたのだろうが、愉快な気分を害された男はそれが気に入らない。
気に入らないのと同時にその魔法使いがどのような者なのか少しながら興味が湧いた。
魔法界でも屈指の実力者になっているあの双子に強かったと言わせた奴は今までいなかったのだ。
「ふん…そいつを連れて来い。
ここまで連れて来て話を聞かせてもらおうか」
これはただの暇つぶし。
この部屋で魔法薬を作り続けているのも少々、滅入ってきたところだ。気分転換にはちょうど良いだろう。
そう思い、通話をやめて部屋を出ていく。
少女が連れてきた男は長身、白髪に浅黒い肌をした男だった。
ぐったりとはしているが生きてはいるようだ。
男は少女に目を向けると何とも惨めな姿になっている。
見目麗しい少女の服は所々破け、一人は腕が青黒く変色して腫れ上がっている。これではいくら自分の従者だからといっても見苦しい。
「下がって身なりを整えてから戻って来い」
二人の少女は無言で部屋を出ていく。
話は聞くことはできなかったが、あの少女とこの男の姿を見れば、多少は激しい戦いだったのだなと理解はできた。
少女が刺した傷口からは血が流れている。このままにしておけばこのままにしておいても勝手に死ぬほどの。
両手を鎖で後ろ手に縛っているあたりからして、まだ余力を残しているかもしれないとあの双子は判断したのだろう。
男は士郎のタカミチからもらった指輪を捨て、もう一つの指輪を取ろうとしたがどうにも取ることができない。
苛立ち、指ごと取ってやろうかと考えた時、士郎が気がつく。
「う…」
「なんだ、思ったよりしぶといみたいだな」
士郎は虚ろに辛うじて見える姿が…信じられないでいた。
記憶の彼方にいるはずの…もう二度と会えないだろうと思っていた人物。
「慎二…」
士郎は驚きの声を上げるが、それが不快でならないように慎二とほぼ同じ顔の男は士郎の顔面を蹴り飛ばす。
「誰だそれは。僕を追ってここまで来たのに名前も知らないのか?
ふん、冥土の土産だ。僕の名前を聞いて死ねよ。
僕はレプトス・アンマリー。魔法界でその道では知らぬ者のいない魔法使いだ。
どうだ、聞き覚えはあるだろう?」
士郎は全く知らない。
タカミチであればもしかしたら知っているかもしれないが、士郎は魔法界のことはほぼ知らないに等しい。
それに情報では魔法界から来た魔法使いを確保というのが目的だったのだが、その名前は聞かされていない。
その反応が自分の名を知らないということが明らかになっていたのだろう。
レプトスは不快感をさらに露わにし、ローブの懐からナイフを取り出す。
魔力を帯びたナイフは今強化による防護が一時的にできないでいる士郎にとってはさされれば死に至る可能性が高い。
それはさすがにまずい。
今、生きていられるのは儲けものなのだ。少女にナイフで刺された際には死んでもいいかもしれないと考えたが、結果的に生きているのであれば話は別だ。
まだ人を助けられる可能性があるというだけでこの命、まだ投げ出すわけにはいかない。
「は…なんだ、貴様程度の魔法使いなど与える情報もないというところなのだろうよ」
「なに…!」
さらに怒りを煽るように言葉をかける。
「レプトス…だったか。
お前よりもあの少女達の方がよほど名の知れるような力を持っているな。それが何故、お前につき従っているか理解できん」
自分をより高く見せようとするような人間は煽れば事と次第によれば自ら話し出してくれる。挑発というのはこういうときにも使う事が出来るのだ。
そして士郎が発言したことに何かレプトスが優位になるようなことが含まれていれば、より饒舌にだ。
「うらやましいのか? あれだけの上玉にはそこまでお目にかかれるものではないからな」
不敵な笑みと共にまったくこちらが思っていないことを話してくる。この間に意識をはっきりさせ、対応ができるようにしなければいけない。
「どうせ死んでしまうお前には話してやろう。僕はあいつ等の妹の治療をしていることになっているんだよ。
魔法界の森へ薬草を採りに行った時に傷ついた妹に薬を投与して一時的に回復したようには見えたんだ」
…していることになっている?
「加えてその薬は僕にしか作れないと言ってやったらすがるようにどうかしてくれと言ってくる。
それからいいように利用させてもらったよ。
嫌がってはいたが無理やり仮契約をし、僕に関わる問題を解決して来いと言っても文句は言えない。妹の命がかかっているんだからな。いいように使える奴等さ。
育ちはいいのかもしれないが所詮、世間知らずの女だ。使うだけ使って用が済めば捨てるに限る」
「…妹はどうする」
士郎は感情を出さないように声をだすつもりだった。
レプトスは優越感に浸っているのか底冷えするような士郎の声にも気がつかない。
「同じだ。薬の効き目もわからない、効果があっても薄い。そんな役にも立たないモノをいつまでも置いておくわけがないだろう。
あいつ等と同じでいいだけ利用したら捨てて…ヒッ!?」
優越感から一気に恐怖に変わる。
士郎は倒れたままだ。しかし、その状態から睨まれたレプトスはまるで見降ろされているような気分なっていた。
一歩、また一歩と後ろへ下がる。
「な、なんだよその眼は…ぼ、僕のモノを僕がどう扱おうが勝手じゃないか」
「命は…モノじゃない…!」
ゆっくりと起き上がる。
どこからともなく剣が現れ、その手を縛っていた鎖の元へ向かう。剣によって鎖は両断されて士郎の両手を封じるものはなくなった。
しかし、傷つきレプトスが魔法を詠唱すればすぐにでも死にそうな男であることには変わりはないはずだ。それだけなのにレプトスは足が震える、歯がカチカチと鳴って頭が真っ白になる。
だが、士郎の足が崩れる。
出血により、意識が朦朧とし、負傷した身体が言うことを聞いていない。
その光景に自分がまだ優位に立っていると思ったレプトスは杖を構える。
「は、はは。なんだ、起き上がるのもやっとじゃないか」
ゆっくりと起き上がることのできた士郎、しかし、その足はフラフラとおぼつかない。
魔力はあっても血が足りなくなってきていることを士郎自身は理解している。この状態で動けば出血が激しくなることも理解している。
レプトスが魔法を詠唱しているもの気が付いている。
それを受ければ死ぬだろうということも。
「死ねよ」
放たれる魔法は氷の塊。“氷神の戦鎚”押し潰そうという狙い。
死にかけの人間を殺しには十分だろう。
迫る氷神の戦鎚にも動かない士郎にレプトスは勝利を確信した。
氷神の戦鎚は砕け、氷の破片が舞う。
「あははははははっ! なんだ! 呆気ない死に方だな!
僕に戦いを挑んだことをあの世で後悔し…あ?」
大きな氷の破片が二つに分かれている。それも綺麗な断面でだ。
煙の所為で見えにくいが…その中に立っている。
その姿を見た瞬間に血の気が引いた。
ゆっくりと歩み寄ってくる。
その手に刀が握られている。
レプトスには分からないだろう。
銘は村正。
徳川の一族に禁忌とされ、その刀を所持した者が不幸な死を遂げるとまで言わせる不幸を引き寄せる刀。
宝具ではない。真名の解放もできない。耐久力では干将・莫耶に劣る。しかし、切れ味は絶大。
魔法で作られたとしても形があり、この程度のものであれば容易に切り裂く。数百年の年月はその程度では刃こぼれすらしない。
そして、これの恐ろしさはそれだけではない。
「この刀は扱う者を不幸にする。これによって斬られた者もな。
だが…お前は気がつけ、人の不幸というもの、苦しみというもの」
レプトスと名乗った男は動くことができないのだろうか。俺がゆっくりとした歩調で一歩一歩進んでも動かない。
カチャリ、と村正が音を立てる。この刀には持つ者と斬られた者を不幸にする特性があるが、俺はこれでレプトスを傷つけることは考えていない。
これを投影したのには理由がある。これは相手の恐怖感を増す。冷静な判断ができなくなれば後は気絶させればいいと思ったんだが…
その音に反応して足を縺れさせながら後ろにある扉へ向かって走って逃げる。
それを俺も追いかける。
魔法で身体能力を高めているのか思ったよりも速く走っていく。
扉の奥はさらに道が繋がっていて、レプトスはまだ先にいる。もう少し早く走りたいのだが…意識を保つことにも気を配らなければいつ倒れるかわからない。
しかし、できるだけ速く。
あいつが奥に人をいたとして、その人を人質に取るかもしれない。それは最も避けたい。
追いかけていくとそこは最も奥の部屋であろうところに着いた。
ここの部屋は嫌な感じがする。おそらく誰しもが感じ取るであろうが…嫌な空気が漏れ出している。
中に入るとさらに空気が悪い。
そして机の前にレプトスが俯きながら立っている。
息は切れ、肩で息をしている。しかし、その表情はつい数分前の優越感に浸っている表情だ。
「こちらの技術や科学というのはすばらしいな」
そう言い、腕をこちらに向けると―――
パンッ
乾いた炸裂音。
そして俺の背後の壁に小さい穴が穿たれる。
「魔法でも殺せるがこの方が確実に、そして簡単に殺せる。
は、はは。残念だったな、これでお前も終りだ。魔法で反応速度をどうにかしないと避けられる速度ではないんでな。拳銃だったか。便利なものを旧世界人も作ったものだな。
不意打ちをされれば魔法障壁を張っていなければ一発だ。
どうやらお前は魔法障壁を張っていない。これで死ね」
放たれる銃弾。
だが、これが何の問題になろうか。
避けることなどこの身なれば造作もない。
首を曲げることで回避する。
銃口、指の動きなどを観察すれば狙いを見極めることは難しいことではない。
それに俺は世界と契約し、人の域を超えている。
例え不意打ちいであろうとも反応できる。それが出来なければ死ぬ世界で俺は生きてきた。
銃弾が避けられたことに動揺するも、尚撃ってくる。
それを避ける。狙って撃ってくるには問題はない。しかし、それが動揺により狙いが定まることもなく乱発されるのが最も怖い。
「う、うわぁぁぁぁっ!!??」
それが現実になる。
乱発は狙いが定まっていないので身体に命中する可能性は低い分、いつ当たるか分からない。
一発の銃弾が俺の頭部に迫る。
それを―――振り上げた村正をもって一刀両断する。
衝撃が傷口に響く。が、それが意識を明瞭にしてくれた。
銃弾もなくなりカチカチと撃てなくなった拳銃の引き金を引くレプトス。
「終りだ」
「待てっ! あの双子の妹が何で眠り続けているのか気にならないのか!?」
俺の動きが止まる。
「あいつ等の妹は魔法界でドラゴンに傷つけられたんだ。特殊なドラゴンで滅多に遭遇できるものではないし、生態も能力もほぼ分からないドラゴンだ」
「…どんなドラゴンだ」
「ドラゴンゾンビ、最もわからないドラゴンだ。傷つけられた者は呪いの契約により魔力を死ぬまで奪われるとか、死んだらゾンビとして生き返るとか訳の分からない事態で妹は眠っているんだよ。
僕は魔力回復の薬を点滴として打っている。けど、それが効いているのかわかるはずもないし、他の薬を投与してもどうなっているのかわからないんだよ。
見つけた時は調合した強力な鎮痛剤があったから傷の痛みとか、辛いものそのものをなくしていたんだ。だから一時的に持ち直したように見えたんだ」
なるほど…嘘ではないようだ。
この状況で嘘をつけるほど度胸も持ってなさそうだし…それに治療をしていることになっているというのはこれが原因だったわけだ。
それにしても呪いの契約、死んだらゾンビとして生き返る。そのような伝承があるドラゴン。
しかし呪いや契約であれば…
「わかった。その妹を見せてもらおうか」
「こ、こっちだ」
俺はレプトスの杖を取り、その後ろをついて歩く。
本棚の一部を押すと棚そのものがスライドするように動いていく。
少し進むと、すぐに部屋に着いた。
そこに点滴を打たれ、眠り続ける妹は…俺は愕然とした。
俺はこの人物を知っている。
エミヤシロウ記憶が記録している。
「ライダー…」
聖杯戦争のサーヴァントの一人。反英雄、慎二のサーヴァント…
何故、ここにいる。いや、これは本当にあのライダーなのか? ここは並行世界、姿形が同じ人物がいてもおかしくはない。レプトスの例があるのだ。
それに魔力が著しく低くなっている。英霊としてではありえないほどに。これもそのドラゴンの影響か、ただの魔法使いなだけなのか…
「これがその妹だ。魔力は最初のころよりも落ちているがまだ生きている。と言ってもほぼ仮死状態に近い。
脈も一分間に一回。本当に生きるための最低限の生命維持活動しか身体がしていない」
…やってみる価値はある。しかし、もしもあれで効果がなかった場合は俺にはどうしようもないことになってしまう。
だが、可能性がないわけではない。
投影を開始し、その手に歪なナイフのようなものが生み出される。
ルールブレイカー。破戒すべき全ての府。これならば何とかなるかもしれない。ただし、魔法にも効果があればだが…
いきなりそれを取り出したことでレプトスは少々驚いたようだが気にしない。
俺はルールブレイカーをライダーに刺す。
…効果は見られない。というよりわからない。
まだライダーは眠り続けているし、魔力の変動も見られない。
しかし、このままにしておくわけにもいかない。
俺はライダーを抱え、外に出ようとすると、何かが割れる音がした。
振り返ればガラスごとボタンを押したのだろうと思われるレプトス。
そして頭上で爆発音と振動。
まさか…
「ここまでだ…僕のしたことがバレたならもうこれからなんてどうでもいい。
一人で死ぬのはごめんだ、お前らを道ずれにさせてもらう。
は、はは、はははっははっはっはあははははははっ!!」
狂ったように笑い出す。このビルの爆破スイッチだったのだろう。こいつは技術と科学は便利だと言った。ならば拳銃の他になにかあってもおかしくはない。少し眼を離した隙に…!
このままでは…生き埋めになるどころかあの二人の少女とライダー、レプトスも死ぬ。
あの二人はここに向かっているかもしれない。すぐに地上へ向かわせなければいけない。
俺はレプトスの腹に蹴りを入れ、気絶させた。
そしてレプトスも抱えて俺は走り出す。
すでに通路にはヒビ入り、ここも長くはない。破片も多少ながら落ちてきている。早く出なければ危険だ。
俺の意識が覚めたところまで来ると、あの少女達がこちらに走ってきているところだった。おそらくライダーのことが心配になり危険を冒してまでここまで来たのだろう。
だが、もうビルは限界だった。
天井を突き破って落ちてくる大きな瓦礫は少女達の頭上へ落ちてくる。それに少女達はライダーに気がいっていて気が付いていない。
まずい、と思った時。俺の肩から重さが消えた。そちらにはライダーを肩に抱える形になっていたのだが、まさか落としたかと思ったが、それも違う。
視界の隅に何かが走り抜ける。
しかし、それも確認すること叶わず、瓦礫が降り注ぐ。
それは俺にも同様だった。
僕が人体実験に利用されていた人達を救出し、重要人物の所へ行こうと思ったのだがこちらの味方の魔法使いが増援に来てくれた。
話を聞き、ビルの中の一般人がいないことを確認すると、すぐに向かったのだが…途中でビルが震える。
危険だと判断、それに士郎君が中から出てくることを信じて僕は不安とともにビルから出るしかなかった。
ビルが倒壊し、魔法使いたちの中には士郎君はいなかった。
僕が…あの時そのまま進んでいれば助けてあげられたかもしれない。後悔が生まれる。
いや、まだわからない。瓦礫の隙間のところで助かっているかもしれない。それにここにいる魔法使いたちの魔力だけではない魔力を感じる。もしかしたら…
それを信じ、救助に加わるが…見つからない。僕の力でどかせる瓦礫をどかし、いないかと探してみてもどこにも士郎君はいない。
残るは…僕にも動かすことのできないとても大きな瓦礫の下ということになる。
魔法使いたちの協力で大きな瓦礫をどかして、さらにその下にあった瓦礫を取り除いていく。
すると…信じられない光景がそこにあった。
何かの盾のように展開される五枚の花弁。大きく、すごい魔力を感じ取ることができる。
まさかと思い、その下の方へ眼を向けると、そこには地面を赤に染めた長身の男と魔法使いらしき男がうつぶせに倒れていた。
「士郎君!」
かけよる僕には士郎君が死んでいるのではないだろうかという考えがよぎったが、それは士郎君の言葉で否定される。
「助けられなかった…」
「え?」
僕は何のことを言っているのか分からなかった。重要人物らしき人物は士郎君の隣で腰を抜かして動けなくなっている。彼を救ったのだから救えなかったというのはおかしいのではないか。
「目の前にいたのに…俺が抱えていたのに救えなかった…
手の届く位置にいたのに何故助けられなかった、どうしてあと少しの力が足りないんだ…!」
自問自答とるように誰かに答えを欲しているというわけではない。自戒のように刻みつけているのだろう。
しかし、この男の他に誰かまだいたということになるが、この瓦礫の山では士郎君が展開していたと思われる盾を展開しなければ助からない可能性が高い。
しかし…士郎君は見てとれるほどに満身創痍なはずなのにどうして魔力が別れる前と変わらないように感じられるのだろうか。
「おい! まだ誰かいるぞ!」
魔法使いの一人が叫ぶ。
それは士郎君の位置から少し離れたところで人を見つけたようだ。
士郎君も傷ついた身体でその場所に向かう。他の魔法使いがその傷を見て止めようとするがそれを押しのけて士郎君は進んでいく。
人が見つかった場所には三人いた。
双子の少女、それに…身体に瓦礫が突き刺さっている女性。
すぐにも治療しなくてはいけないというのに…何故、こうも触れがたいほど美しい光景なのだろうか。
「怪我はありませんか姉さま…」
「メドゥーサ…貴女、目が覚めて…」
女性は微笑みながら、身体から抜けるように倒れる。
「メドゥーサ!」
「よかった…今度は守ることができました。
私が怪物になったことで姉さまを守るということができませんでした。でも、今度は守ることができました…それだけで私は満足です。
どうしてここに姉さまがいるということも、何故生きているということも…今はどうでもよいことです。
大好きな姉さま…また会えてよかった…」
「メドゥーサ…メドゥーサ!?」
徐々に薄くなっていく身体…これはいったい…
「くっ、誰かこの中に仮契約の魔法陣を描ける人はいないか!」
士郎君が呼びかける。しかし、この状態で何故仮契約の魔法陣が必要なのかわからないが、一番この状況を理解しているのは士郎君のようだ。今は士郎君の指示に従った方が最もあの女性を助けられる可能性が高いだろう。僕にはそう思えた。
すぐに一人の魔法使いが仮契約の魔法陣を描けるということで取り急ぎ描いているが…士郎君ももう限界だ。見てとれるほど出血が酷い。もう顔面は蒼白、足下もおぼつかない。
それを見て魔法使いが傷口を魔法で治療しているが…血は戻ることはない。早くちゃんとした治療を受けなければ危険だ。
仮契約の魔法陣が描け、準備は整った。
メドゥーサと呼ばれた女性はもう地面が透けるほどに身体が透けている。
それを見て他の魔法使いはざわめき始めている。しかし、それどころではないのがあの双子と士郎君だ。
彼等は横たわる彼女を助けることで他の人間の動向など気にする余裕もない。
少女と声を掛け合うと、士郎君が仮契約をすることになったようだ。
士郎君との仮契約が成立するが仮契約の光に包まれる中、一人の男が倒れるのが僕には見えた。