俺達は飛行機でマレーシア、クアラルンプールに到着した。
時刻はまだ昼。仕事が開始されるのは翌日の深夜となっている。それは地理や作戦等を打ち合わせるための時間となっている。
しかし…
「タカミチ、今日行くことはできないのか?」
「今日かい?
…気持ちはわかるけどそれは厳しいね。開始するのはできるかもしれないけど、中の状況、一般人の配置とかは一応、こっちで調べられるだけ調べてあるから、それを知らないと無意味に巻き込んでしまう可能性もあるからね。
だから、辛いかもしれないけど今日は状況の把握を優先させよう」
タカミチの言うことも正しい。
確かに無意味な犠牲を出すことも考えられる。それは誰も望まない、誰も喜びはしない。
俺とタカミチはホテルにチェックインし、状況把握と作戦を決める。
今回は確保する重要人物の他にもう一つ重要なことがある。人体実験されているであろう人々を救いだすということだ。
しかし、それは言うほど簡単ではない。その人たちがいるであろう場所が判明していない。 それが唯一の不安であり、相手の対応によってはその人達が盾になってしまう可能性もある。
「僕が考えているのはどちらかが派手に正面から突破、もう一人は薄くなった警備を潜って捕らえられている人たちを救出するというものだ。
安直な考えかもしれないが、これが最も有効だと考えられるんだ。
そして士郎君、君には正面から突入してもらいたい。僕は顔が知られていてこういう作戦には不向きになっているから…すまないね、危険な役を押し付けてしまって…」
「いや、気にすることはないさ。
危険はもとより承知、それに俺は見つからないように潜入するとかは向いていない。
だったらタカミチの提案に反対する理由なんてないさ」
そうだ、俺は正面から向かうか…不意打ちしかできない。
相手から数キロ離れての狙撃。それぐらいしか攻撃のパターンがない。
「ありがとう。
それと、さっきから気になっていたんだけど、その竹刀袋は何だい? 微力な魔力が感じられるけど
「秘密の品物さ」
タカミチはそう言われると少し、驚いたようだが少し笑ってまた話し始める。
ホテルで作戦を立て、明日に備える。
夜に一度、ビルの下見に向かう。ただ、向かうのは俺一人だけだ。
タカミチは顔が知られているから不用意に現場に近づくと警戒される可能性があるとのこと。
…このビルは空気が澱んでいる。とても不快になる。
すると突然、念話が入る。
ここに来る前にタカミチから指輪をもらったのだが、これは特定の人物にのみ伝わる連絡用の指輪。
明日の作戦でタカミチが捕らえられている人達の救出が完了した時に本格的に行動する連絡を取るものだ。
それが一体何故…
『どうしたタカミチ』
『今、襲撃を受けたよ。
僕の部屋は魔法による攻撃で消し炭、加えて魔法使いが数人と戦闘中だ』
『わかった、すぐに向かう』
『いや、そのままビルに突入して構わない。
この分だったら警備は多少薄くなっているだろうし、僕もすぐ向うから』
そう答えるとタカミチからの念話は終了した。
タカミチならば本当にすぐに来るだろう。幸い、竹刀袋も一緒に持って来ている。
俺はビルの中へ足を踏み入れた。
ビルの出入り口には警備員がおり、俺はそこで荷物をチェックされる。
それを預け、ゲートをくぐると、当然ブザーが鳴る。
近づく警備員。手を頭の後ろにしろと言われ、言う通りにするが近づいてくる警備員が一定の範囲に来た瞬間、手刀を振り下ろす。
手刀をもらった警備員は卒倒、他の警備員は警棒―――ではなく杖を取り出す。
こいつ等は魔法使い、警備員に扮しているが俺の眼は誤魔化せない。
囲む魔法使いは4人、それぞれが魔法を放ち俺はそれをゲートをくぐってきた竹刀袋からあるものを出して、それを打ち払う。
それは剣。一見、簡素な剣に見えるかもしれないがそれは間違いだ。
この場にいるものであれば震え上がるだろう程の威圧感を出す剣。
濃密過ぎるほどの魔力。
その剣の名はグラム。太陽剣グラム。
これはあの地底図書で投影したものだ。
目的はドラゴンを殺すため。これで心臓、頭を射抜かれたならば確実にあのドラゴンを殺すことができただろう。
しかし、それをしなかったのは邪魔されたからだ。
ある人物に。
俺はネギ君達に倒せなかったとは言っていない。
“一人では…倒せるがその後が問題なんでな”という言葉を言わなかっただけだ。
ただ、この剣を投影した影響で魔力は完全ではない。
投影するだけでも魔力を多大に消費するのだ。それをここまで持ってきたのは理由がある。
重要人物の護衛が出来るということだったからだ。
その護衛に負ける気はさらさらないが、完全でない状態で挑むには不安要素が多い。
グラムは保険として持ってきたのだ。
近衛さんにお願いして魔力の漏れないようにグラムを魔法を施された包帯を巻き、同様の竹刀袋でさらに魔力を抑えていたのだ。
しかし、このぐらいしてもこの剣は魔力を抑えることができない。
この剣の魔力に気圧されて魔法使いたちはなかなか魔法を放ってこない。それも狙いだ。
気圧されたことによって戦意喪失に近くする。それで余計な戦闘を減らしたいという狙いがあった。
加えて…
「どけ」
相手を射抜くように、俺の威圧感を飛ばす。守護者としての威圧感。
人とは違う異質なものに魔法使いたちは身体が固まったように動かない。俺が近づくと震えだす。杖を落とし顔面蒼白になっている。
その横を俺は通り過ぎる。
戦う意思のないものに無闇に攻撃することはしない。
背中を見せても攻撃してこないところを見ると完全に戦意は喪失したようだ。
ビルの中を走り、隠し扉を通って重要人物がいると思われる場所へ向かう。
途中、何度か魔法使いと遭遇したが剣の魔力と俺の威圧感でほぼ無力化している。
…傷つかないのであれば、それでいい。
命を投げ出すこともない。
少々、走ると比較的広い空間に出る。
そこの空間は魔力に満ちている。グラムの魔力とも俺の魔力ともまったく違うものの魔力。
その中に立っているのは二人の女性。
その魅力的な容姿、誘惑するようなラインは女神といっても過言ではないのではないのだろうか。
「あなたをここから先へ行かせるわけにはいきません」
「あなたはここで倒れ、私達は目的を達成する」
何かが違うこの二人の女性。
その姿自体に違和感、存在に違和感…そして俺のつけている指輪と共鳴しているような感覚がある。
タカミチからもらったものではなく、大師父からもらった指輪がだ。
一体、何故…?
思考してしまった瞬間、俺の身体は宙に浮いていた。
壁に激突するその瞬間までなにが起きたのか分からず、脇腹に鋭い痛みが走る。
理解、俺は殴り飛ばされたのだ。
とてつもない力とで殴られ、とてつもない速さで近づいてきていた女性に。
「あら、情けないですわ」
「そんなに簡単に倒れてしまうのでは男性失格ですわよ?
その剣は飾りですか?」
身体は…動く問題はない。
あれはこっちが油断したことで攻撃をもらってしまった。意識を変えなければ…こちらが死ぬ。
「…不愉快ですわ。私達を無視するなんて」
「そうですわ…姉さま。
すぐに足腰立たないようにさせてあげしょう」
不敵に笑う二人。顔も背格好もすべて同じ、話には聞いていたが本当に女性とは…やはりやり難い。
すると一人が消える。いや…後ろ!
放たれた拳を腕で防ぐが、身体を浮かされるほどの威力。それにあの速さは異常だ。一瞬で俺の背後に回ってくる。
反応できないことはないが、これが二人で―――っ!?
着地とともにすぐに横に跳ぶ。
すると俺のいた場所に光弾が降り注ぐ。
もう一人が放ったのだろうが…そのもう一人は宙に浮いている。
しかし、それについて思考する暇もくれない。
すぐに間合いを詰めてくる。
先ほど探り飛ばされた際にグラムは俺の手から離れてしまった。
すぐに干将・莫耶で対応する。
「あら、女性に手を上げるなんて男性の風上にも置けませんわね」
「くすくす、お仕置きが必要ね…死ぬほどの…うふふふふっ」
拳で戦う女性は力が異常に強い。魔力を帯びた身体、そしてそれを集中して拳が放たれる。
それは俺よりも強い。
そして、その動きはまるで踊っているかのように優雅で滑らかだ。
いなし、避ける。
避けた瞬間、風を切る音がする。
間合いを開け、その場から離れると地面を切り裂くものが着弾する。
かまいたちか…もらったら腕の一本は飛んでいくな。あの威力は。
戦いを始めて十数分。
相手の動きを観察しながら戦っていると、さすがに強い。隙が中々、生まれない。
加えて前衛と後衛のバランスがお互いに何をするかが分かっているかのように絶妙のタイミングで攻撃が来たりするのだ。
何度も殴ろ飛ばされ、ギリギリかまいたちを避ける為、ところどころ軽い切り傷ができている
こちらが相手の動きを掻い潜って剣を振ろうとするとそれをさせないとばかりに上空からの攻撃が、そちらに干将を投げようとすると拳が。
なかなか攻撃のチャンスが巡ってこない。
しかし…巡ってこないのであればこちらから作るまでだ。
上空からかまいたちが降り注ぐ。それによって俺のスーツは切り裂かれるが…中には聖骸布に身を包んだ姿。
そして切り裂かれたスーツの影から投影する。
投影するのは黒鍵。その数6本。
切れ端の死角から上空の女性を攻撃する。地上からの拳は警戒しなければいけないが、タイミングは問題ない。
射出。
完全に不意を突かれる上空の女性。
詠唱の途中だったのか全くの無防備。
「姉さま!」
そしてこちらにも隙が生まれる。
莫耶の柄で鳩尾に一撃、魔力の防御があるといってもこれは効くだろう。
気を失ってくれればいいが…
上空に射出された黒鍵は狙い通り外した。相手も何とか避けられるように射出したのだ。
しかし、狙いはもう一方。
「姉さま!」
俺が柄で攻撃した女性に気がいった瞬間、干将・莫耶を消し、黒弓と矢を投影。
それを番え、放つ。
放った矢は腹部に当たる。
力は加減してあるので貫通をすることはないが、衝撃はかなりのものだろう。
力なく落ちる女性。
倒れた二人は動かない。気を失ったのだろう。
強かった…確かに普通の魔法使いではこの二人のコンビネーションに翻弄されてしまうだろう。
俺は多対一の戦いがほとんどだった。だからなんとかついていける。
それが違いではないだろうか。
二人から離れ、グラムを取りに行く。まだ必要になるかもしれない。
そう思い、背を向けた時、後ろで軽い爆発音がする。
咄嗟に身構えるが、攻撃は何も来ない。ただ、二人の姿が変わっている。
女性という表現よりも少女という表現が合うものに変化した。
少々、戸惑いはしたが…仕方がない。
二人の少女に近づこうとした時、二人が動いた。
「どうして…倒れないのよ…」
「私達は手を抜いてなんかいないのに…!」
その発せられた言葉には感情そのものが籠められていた。
思わず身構えてしまうほどのだ。
「あなたになんか負けるわけには行かないのに…」
「あなたなんかに邪魔されるわけにはいかないのに…」
すると二人は苦渋の決断をするように表情を曇らせ、互いにカードを取り出す。
あれは…
そう思う瞬間―――
「「アデアット」」
光が二人を包み、光が消えると二人に変化が生まれる。
一人は両手に籠手を付け、もう一人は小型のハープを持っている。
背筋がゾクリとする。
マズイ、急いで二人の意識を刈らねば!!
動き出す一瞬前にハープが弾かれる。
美しい音色、それが耳から離れない。その音色以外の何もかもがどうでもよくなる。そんな感覚に襲われる。
動くことさえも…
そこから記憶が途切れている。
気がつけば俺は壁にめり込んでいる。そして腹部に激痛。それ以外の感覚がない。
…肋骨が7本折られている…は、意識が飛んで壁にめり込むほどの威力で肋骨ぐらいなら安いもんだ。
まったく場違いな思考が過ぎるが、冷静に状況を見てみる。
あの籠手を着けた少女に殴られたのだろうが…あの魔力に包まれていた身体ではなくなっている。
その包まれていた魔力がすべてあの籠手に注ぎ込まれているようで、あの絶望的な威力はそれによるものなのだろう。
あの威力は俺が身体の耐久力を上げるように強化しても多少の軽減にしかならないだろう。
それにあのハープはこちらの思考に影響する。
誘惑されるように、そしてこちらの戦意を削ぐような音色…厄介極まりない。
俺がまだ意識があることに少女二人は信じられないような表情をしている。
「なんで生きていられるのよ…普通だったら死んでるわよ」
「そうよ、お願いだから倒れてよ…そして早くここらでていってよ。
そうしなきゃ…
倒れなきゃあなた死ぬわよ。私達はあなたを殺すことに躊躇わないわよ。目的のために」
それはできない。俺はまだ倒れるわけにはいかない。
まだ人体実験をされている人達の救出が完了したというタカミチからの連絡が来ていない。
ならば俺は引かない。たとえ死ぬかもしれないとしても。
そしてまた、ハープの音色が俺の頭を支配し、意識が朦朧とする。
朧げに見える視界には籠手をつけた少女が姿勢を低くしている。止めを刺すつもりだろう。
『士郎君、捕らえられていた人達の救出は完了したよ。
僕は別のルートから向かう』
一気に意識が覚醒する。タカミチの念話が一気に意識を覚醒、この場の対処をさせる。
まだ手に握っていたグラムの腹を盾に籠手の一撃を防ぐ。
腕が軋む。腹部に激痛が走る。
それでも俺は引かない。魔力を腕に対して強化に回す。
一撃を耐え抜き、少女は驚愕する。
この男のどこにそんな力があったのか。その一瞬の油断を俺は見逃さなかった。
ほぼ感覚のない腕に力を込め、剣を振るい籠手を切り裂く。
そして切り裂いていない籠手を掴み投げる。
ハープを持っている少女は投げた少女を受け止めるが…すまない。
俺はグラムを投げる…
そして―――
音とも思えぬ轟音と、光が発せられる。
俺はグラムを爆発させた。壊れた幻想を使ったのだ。
少女は瓦礫と埃にまみれ、動かなくなってしまった。
気が重い…このような少女にまで手を挙げてしまったことに罪悪感しか生まれない。
二人の脈をとると確かに生きている。
良かった…お互いに瓦礫の破片は突き刺さり、軽いとは決して言えない傷を負っているが、命に関わるものはない。爆発に巻き込まれて死ぬかもしれないというギリギリのタイミングだった。
俺は立ち上がり、奥へと進む。
二人の少女には辛いだろうが関節を極めさせてもらった。投影した縄では強度が足りなすぎるため、腕力ではどうにもならないような極め方をし、さらにそれを縄でずれることのないように縛る。
そのままの状態では外側からでなければはずすことはできない。
…傷つけてしまった事実は元に戻らない。後悔は胸にしまい、前へと進むしかない。
今はそうすることしかできない。
ドン
背中を押されるような感覚。
そして押された部分が熱い。
なんだと思い、振り返ればナイフを片手に持った少女がいて―――俺の背中を刺していた。
何故? 二人が関節を極められた状態ではどうあっても縄は解けないし関節も…改めて少女を見ると、疑問も解決した。
関節を外した。それが答えだった。
少女にはまだ縄が縛られている。しかし、その縛られて極められている箇所の肘、それがあり得ない方向へ曲がっている。
肘はすでにうっすらと青黒くなっている。ただ、その代償としてナイフを取り、俺を刺すことができている。
抜かれるナイフ。
溢れ出てくる赤いモノ… また油断をしてしまった。
「お願いだから倒れてよ、でないと私達の妹が死んでしまうのよ…」
今にも泣いてしまいそうな少女の表情に嘘は感じられない。
ナイフを持つ手はカタカタと震えている。
実際に人を刺すのは初めてだったのかもしれない…言葉では殺すことを躊躇わないといっていても、実際には本当にそうするつもりはなかったのだろう。
それにしても妹か…この子達も誰かを守るためにしていたのか…
だったら…仕方ないかもしれない。
結果的に誰かを守って死ぬのであれば…いいかもしれない。
俺の意識はそこで無くなった。