長さんから貰った地図には父さんに繋がる手がかりがあった。
以前行った地底図書室のさらに奥だと思われる位置にあるみたいだけど前と違って杖で簡単に行ける場所もある。
でも、そこに夕映さんとのどかさんが行きたいと言ったけど、どんな危険があるかわからないからダメだって言ったのに…
「はぁ…」
「ネギ先生、もう諦めるです」
「すいません、でも…」
僕が行こうとしたら狙ったようにいるんだもんなぁ。
どうしてあの時間に僕が行くことがわかったんだろう? は! まさか二人とも予知夢を!?
そんなことを思うことも忘れるぐらい目的の場所に行く道は予想外に険しかった。
クモの糸が絡み付いてくる、大岩が転がってくるなどなど・・・
危険な目に遭わせたくなかったからダメだった言ったのに…
目的の場所は結界があったりして、例え偶然に地底図書室に一般人が来たとしても近づけないようになっていた。
それにこの場所にある大きな扉も何か仕掛けがあるみたいで魔力が感じられる。
調べると長くなりそうだから夕映さんとのどかさんには休んでもらうことにした。
この扉は…そのものが何かの結界のようになっている。それを解除しないと入れないようになっているようだ。
でも、これはかなり強い結界が張ってある。時間がかかる。
「わ、ベタベター?」
「何ですかコレは…」
のどかさん達が何か言っている。何かと思って振り返ってみると―――
…え~と、翼があって大きくて尻尾があって何かに表現するとトカゲみたいなんだけど、その表現だったら優しすぎるというもの。でも表現するとしたらあの言葉しかないんだけど、あんな生物がこんなところにいるわけがないよ。
うん、そうだあれは何か突然変異したトカゲなんだ。
あれ? でもトカゲって翼なんてないし…現実を見てみよう。
あれはドラゴンだ。うんドラゴン…ドラゴン!?
「ドッ、ドドド、ドラゴン!!?
にっ逃げっ…夕映さん、のどかさん逃げてーーーっ!」
僕は一瞬の逃避から覚めて叫ぶ。でも
「絵本にはこーゆー出来事はあまり―――」
「いえいえ、これはさすがにないでしょう。普通の学校に通っている場所のわずか数百メートル地下にこんなファンタジーなど。ハハ。
そもそも―――」
わー! こっちも現実逃避してる!?
「くっ」
急がないと二人とも危険だ。
僕は二人の所へ向かおうとする瞬間、となりを駆け抜ける誰か。
その誰かがのどかさんと夕映さんを踏みつけられる寸前に助ける。それは―――
「ちゃ、茶々丸さん!?」
「脱出しますネギ先生」
「え…ハ、ハイ!」
なんでという疑問を振り払って杖にのどかさんを乗せ、すぐに飛び立つ。
それを追いかけてくるドラゴン。
飛んで追いかけてくるし、火を吐いてくるし…追いつかれたらマズイ。
でも思いのほか速い。
「! 綾瀬さん、申し訳ありません」
唐突に夕映さんを僕の方へ投げる茶々丸さん。僕は驚きながらも何とか抱きとめる。
瞬間。
茶々丸さんの足を炎が包む。
炎は容赦なく茶々丸さんの足を燃やす。
そして茶々丸さんは力なく地面へ落下していく茶々丸さん。
「茶々丸さん!?」
「ネギ先生! 茶々丸さんを助けるです!」
助けなければ茶々丸さんは今まさに近づいているドラゴンに食べられてしまうだろう。
でも、杖に乗せている二人も危険にさらしてしまう…
「ネギ先生!」
のどかさんも叫ぶ。
迷っている暇はない。
「しっかり摑まっててください!」
茶々丸さんを助けるために速度を上げる。
ドラゴンと茶々丸さんの距離は僕が間に合うか間に合わないかのギリギリだ。マズイ…そう思いながらももっと速度を上げる。
絶対に助ける。
僕は手を伸ばす。あと少しで茶々丸さんを助けることができる。それでもギリギリ。
ドラゴンが口を開く。茶々丸さんがもうすぐ手の届く場所にいる。
絶対に助けるんだ!!
ドラゴンの口が閉じられる瞬間。
僕は茶々丸さんの手を取り助けることができた。
「ネギ先生…」
「逃げます! しっかり手を握っていてください!」
僕がそう言うと、茶々丸さんは僕の手をしっかり握り返してくれる。
その手を絶対に離さないと、僕も握る手に力を入れる。
後ろから追いかけてくるドラゴンは獲物を取られたかのように怒っている。
火を吐いてくるが僕はそれを避ける。
何度も避ける。
でも、もうすぐ後ろにドラゴンがついている。
さすがに三人の重さがドラゴンを振り切るのを難しくしているんだ。
ドラゴンが炎を溜める。それはこの距離ではどうしても避けられない大きさになっている。
マズイ!
でも、ドラゴンの炎は吐かれることはなかった。ドラゴンの頭で何度か何かが爆発したのだ。
それで炎は吐かれることがなくなったのだが、何故、爆発が起きたのか。
ドラゴンが僕たちを追いかけることをやめて後ろを振り返る。
その視線の先には―――
士郎さんがいた。
その手には黒い弓が握られている。それでドラゴンを狙撃した? 地面から結構、離れているこの位置を? もしかしたらあの黒い弓は何かのマジックアイテムなのかもしれない。
そう考える僕に怒号が飛ぶ。
「何をしている! 早く行け!」
士郎さんからの怒号は一瞬、身体が強張るぐらい怖かった。
でも、身体はすぐに反応した。
僕は三人を連れて地上へ向かう。
「ネギ先生! あのままでは士郎さんが危険です! 早く助けにいくです!」
「早くしないと士郎先生が…」
夕映さんとのどかさんがそう叫ぶが今は絶対にできない。
「綾瀬さん、宮崎さん、今はできません」
「何故です! 今行かなければ士郎先生があのトカゲに食べられてしまうかもしれないのですよ!?」
「今の私達が士郎先生の足手まといなのです。それを理解してください。
私達が行ってもしもドラゴンが標的を士郎先生から私達へ向けたら確実に士郎先生は私達を守るために盾となるでしょう。どれだけ士郎先生自身が傷つこうとも。
それでも行きますか? 私達の所為で士郎先生が傷つくことを望みますか?
私達がここから離れることで士郎先生の生存確率は上がるのです」
茶々丸さんの言葉は深く夕映さんとのどかさんに受け止められたようで二人は何も言わなくなってしまった。
僕もそれを思ったから二人に叫ばれた時も何も言わなかったのだ。
地上に着き、僕は三人を杖から卸して、茶々丸さんの状況を見る。
酷い…足が溶けて原型が崩れている。外が溶けて中のモノも見えている。
「問題ありません。ハカセに診てもらえば一日で治るでしょう」
「そうですか…よかった。
すいません、僕がもっとしっかりしていれば…」
「ネギ先生の責任ではありません。
私があそこで避けられなかったことに責任があるのです」
僕も茶々丸さんも黙ってしまうけど、僕はそこでずっと黙っていることはできずに、扉を開けて杖にまたがる。
「どこへ行くのですか、ネギ先生」
「士郎さんのところです。まだ戦っているはずですし僕も戦ってきます」
「ネギ先生も士郎先生の足手まといにしかなりません。
ネギ先生にはあのドラゴンに有効となる攻撃魔法を持っていません。それで行ったとしても…失礼を承知で言いましょう。邪魔にしかなりません」
その言葉に返せるものを僕は持っていない。
確かに僕の最大魔法を放ってもあのドラゴンにはほんの少しの傷がつけれて良い方だろう。それほどドラゴンは強い魔法生物なんだ。
僕たちはただ、黙って待っていることしかできないでいた…
数十分後、士郎さんが戻ってきた。
その姿はところどころ火傷を負っていて…とても痛々しかった。
でも、士郎さんがここにいるということは…
「あのドラゴンを倒したんですね?」
そう僕が言うと士郎さんは少し間を開けて、行った。
「いや、倒してはいない。
なんとかしてここまで来たんだ。さすがに一人では…」
そう言うと士郎さんは茶々丸さんを抱き抱える。
「俺は茶々丸を病院へ連れていく。綾瀬達を頼んだよ。
あぁ、それとあそこみたいに危険なところにはもう行くなよ」
言い残して士郎さんは言ってしまった。
二人を送っていく帰り道も何も話すことはなく、部屋の前で別れる際に二人が一言“ごめんなさい”そう言った。
…僕は情けなかった。
私を運ぶ士郎先生は建物の上を駆けている。方向を予測すると…一般的な病院へ向かっているようです。
「士郎先生、私は一般的な医療機関では修理できません。
向かうなら麻帆良大学工学部へ向かってください。そこでハカセに私を見せてください」
「…わかった」
そこから士郎先生は私にいくつか質問をしましたが私にはよく理解できないものでした。
痛くないのかとか、具合が悪いところはないのか。そのようなことを聞かれましたが…私はガイノイド、人間ではありません。
しかし…このよく理解できない会話が何故、私を戸惑わせるのかわかりません。
もしかすると、回路に異常がでているのかもしれません。
工学部に到着し、そこにいた工学部の人にハカセにこの状況を伝えてもらいました。
すぐにハカセが来て、なにかとんでもないものを見たかのように表情を険しくしていました。何故でしょう。そこまで私には深刻な問題はないと思われますが。
部品を交換し、修理すれば問題はないはずです。
「どう茶々丸、動作が良くない部分はある?」
「いえ、問題ありません。良好です。
…どうかしたのですかハカセ」
私を見てハカセは何かを考えるように黙ったまま、私の質問にも答えはありません。
そのまま待つ時間が過ぎていきます。
「いまね、超が士郎先生と一緒にいるんだけど、いきなり二人きりで話させてほしいって言ったのよ。
てっきり私は茶々丸のことかと思ったんだけどどうも違うみたいでね。
茶々丸は何か考え当たる?」
「いえ…私には何も」
そう話していると超がハカセの研究室に入ってきました。
「超、士郎先生は?」
「士郎サンなら寝てるネ。疲れてるみたいだたヨ」
さすがにドラゴンと戦闘し、逃げ帰ってくれば疲労も蓄積するでしょう。
超の話では傷は大したことはなく、魔法先生達のところで治療を受ければ今日中に治るものらしいです。
私の修理も2時間ほどで終了し、問題なく研究室をでることができました。
研究室から少し歩くと士郎先生が椅子で寝ていました。
お茶が入っていたと思われる紙コップが置いてあるので、飲みかけで寝てしまったようですね。
さすがに寝ているところを起こすというのも悪いと考え、私は士郎先生の隣に座って起きるのを待つことにしました。
十数分後、士郎先生は起きました。
どうやら自身でも気づいていないほど疲労が蓄積しているらしく、寝たことに少し驚いているようでした。
帰り道、士郎先生に頼まれごとをお願いされました。
今日のことをマスターには伝えないでほしいということでした。
ネギ先生がこれから解決した方がいいのと、もしもマスターに知られると、あの場が跡形もなく破壊されるかもしれないとのことでした。
後者に対して否定できるものをもっていませんが…
「あぁ、そうだ。
茶々丸、ネギ君に会ったら伝えてくれないか? 仕事で少し遠くへ行くから少しの間頼んだよって」
「わかりました、伝えておきます。
そういえば士郎先生は何故、地底図書室にいたのですか? あそこは中々到達できる場所ではないと思いますが」
「そうだな、隠し扉を見つけなかったら少し行くのは難しかったな」
士郎先生の話ではネギ先生達が来る前の夜からあそこで本を探していたらしい。その途中で隠し扉があり、そのさらに先へ進むとあの地底図書室に着き、あの場面に遭遇したという。
「そうですか…不幸中の幸いでした。
あそこに士郎先生がいなければネギ先生の無事ではなかったでしょう」
これは事実。士郎先生ほどの実力者でなければ竜種と戦闘に加えて多少の火傷で済むということがありえないでしょう。
士郎先生は私をログハウスの近くまで送ってくれました。
マスターにはなんとか黙っていることは出来ましたが、もしも正直に話せと言われたら話してしまうしかないでしょう。
それにしても仕事ですか…魔法使いの仕事でどこに行くのでしょうか。
「やぁ、士郎くん。準備はいいかな?」
「問題ない。
それじゃあ、行こう」
俺とタカミチは空港へ向かう。今回の仕事の行先はマレーシアのクアラルンプール。
内容は魔法界から来た魔法使いを確保、そして組織の解体と違法魔法薬およびそれに関わる品の破壊、押収だ。
「それと新しい情報だ。
重要人物の護衛が予想以上に出来るらしい。他の場所で戦闘した魔法使いが…再起不能だ」
そう語るタカミチの表情は険しい。それほど強く、危険な仕事なのだろう。
「あぁ、油断はしない」
「うん、そうだね。
この仕事を成功させて必ず救い出そう」
この仕事にもう一つ、俺が最も心配なことは、組織が試作品の薬を人体実験で試しているという点だ。
一般社会の製薬会社でさえ人体実験など絶対にしない。
効果を試すために合意の上で薬の効果を確かめることはあるが、それは最低限の効果や人体に深刻な悪影響を起こさないように配慮されている。
それも良しとは思はないが…人体実験は外道の所業だ。何の効果があるかもわからない。どんな副作用があるかなど作った本人でさえわかるはずもないだろう。
「必ず救い出す。
そうだ、そのできる護衛は一人なのか?」
「いや、二人組だそうだよ。
詳しい情報はわからないけど、確かなのは女性ということだね」
女性、か。
やりにくいな…女性に手を上げるのはどんな状況であろうとも良い気分にはなりえない。
ただ…覚悟はできている。
とあるビル。その中では人々が働き、士郎達が思っているような非道な事が行われているとは思えない。
しかし、これは表の顔。
そのビルの地下、もしくは一般人には知られない部屋の中では人体実験が行われているのだ。
実験をされる人々の悲鳴が外に響かない。誰も、その苦痛に気付かない。
注射を持つ人間は注射を打たれる人間を人間とは思っていないだろう。モルモットのように替えることのできるモノとしか認識はない。
その場所から離れた部屋。
その部屋の中には二人の女性がいる。その周りには白衣を着た男性、ローブを着た男性…男が十数人囲むようにして女性に近寄っていく。
しかし、その近づいていく様子は決して下心やその類の感情が見えない。
あるのはその女性達に魅了されている。その一点。
「ダイヤモンドの指輪をどうぞ―――」
「最高級の布地で作ったこのドレスはあなたにしか似合わない―――」
口説く言葉以上にその女性に少しでも気に入られる為ならば自身が傷つくことも躊躇わないことだろう。
数々の貢物をもってしてどのように気に入られるか、他の男よりも近づくためにはどうすればいいだろうか。そのことばかりを考える男達。
女性達が見ている男性達に覚えはない。いや覚えていない。
彼女達からしてみれば勝手に物をくれるし、気付けば近くにいるだけの奴ら。
命令一つで男達はその命令に従って行動するし、何か欲しいと言えば必ず持ってくる。都合のいい奴隷…一般的にそう思っても不思議ではない。
しかし、彼女達からしてみればその考えすらない。
ただ持ってくるだけの人。それだけだ。
ふと、女性の一人が時計に目を向け、男達にこの部屋から出て行くように言うとすぐにこの部屋から出て行き二人しかいなくなるが…その扉をノックする者が一人。
彼女達が返事をするのを待つこともせず、傲慢に、そして自信に満ちた男が入ってくる。
ローブ姿でフードをかぶっている為、顔は見えないが声を発する。
「妹は問題ない、今は僕の作った薬で寝ているよ」
「そうなのですか、それは良かったですわ」
「安心しろ、僕の薬は完璧だ。
君達はなんの心配もなく僕に従っていればいいんだ。そうすれば妹は生きていられる。
まぁ、この僕にかかれば造作もないことだけどね」
「すばらしいしいですわ」
男は高笑いをしながら部屋を出ていく。
残された女性は閉められた扉を睨みつける。その視線は先ほどまでの魅力に満ちたものでわなく、殺意、不快感などで満ちている。
「我慢よ姉さま」
「そうね、そうしなければあの子は死んでしまう…」
「そう、私達のたった一人の妹…私たちをかばって傷ついてしまった哀れな妹…」
「かばったが故に眠り続ける愛おしい妹…」
二人で慰めあうように身を寄せる。
もしも、この場に男達がいたとしても近づくことはできないだろう。
触れればその形が崩れてしまいそうなほど、その姿は儚かった。