〔小太郎 START〕
今考えてみればおかしいと思わんかった自分がおかしくなってたのかもしれへんな。
最初の襲撃の時、俺は新入りと待機しとる予定やったんやけど、姉ちゃんが出て行って少ししてから“ちょっと見てくる”なんて言うて出て行ってしもうたんやけど……
その新入りが千草の姉ちゃんと月詠二人を連れて帰って来た。
月詠はいいとして……問題は千草の姉ちゃんや。
気絶して帰ってきて素っ裸やったのにも驚いたけど……なによりいつもの強気な姉ちゃんではなくなっていた。
俺が一応、千草の姉ちゃんが気がつくまで側におったんやけど……気がつくやいなや叫びながら暴れだしよったんや。
俺は暴れだした姉ちゃんを取り押さえられたんやけど、押さえてる間は“殺される!”言うてずっと叫びっぱなしやった。
その叫び声を聞いた月詠と一緒になんとか落ち着かせることが出来たんやけど、落ち着いた後も自分の肩を抱いてずっと震えとった。
月詠に何があったか聞いたけど。
「ウチはメガネ落としてしもて姿を見てませんえ。
せやけど……ウチが新入りさんに助けだされる前に感じた殺気は一般人やったら気絶してもおかしくないし、ウチでもいきなりやったら隙みせてまうかもしれんなぁ」
どんな人間やったかはわからへんかったけど……少なくとも只者と違うことは確かやな。
月詠かて裏の人間や。それに強いし殺気もそこらの裏の人間よりも濃い。
その本人が隙を見せてまうかもしれんと評価するんやからかなり強いんやろな。
姉ちゃんは一日部屋に篭って出てこんかった。
そこに新入りが様子を見に入ったんやけど正直、何もできずに出てくるもんやとおもっとったら姉ちゃん連れて一緒に出てきよった。
“さぁ、次いきますえ”なんてホンマに人がかわったようやったな。あの時は。
その時は新入りが何か言うて姉ちゃん立ち直らせたんやおもってる。
二回目の襲撃の時、俺は士郎の兄ちゃんに負けてダメージ引きずって帰ってそのまま寝てもうたんやけど、どのくらい経ったかわからんぐらいの時、いきなり叫び聞こえたんや。
何事や思て出てみれば姉ちゃんが叫んでるんや。
その表情は恐怖で染まっとったし、顔色も蒼白。避けんどる内容も“射殺される!”なんて言うもんやから何があったか聞いたら新入りに“同一人物に邪魔された”と、それだけ言うて千草の姉ちゃんと部屋に入っていった。
20分もしたぐらいやろか、千草の姉ちゃんが新入りと一緒に出てきたんや。
姉ちゃんはさっきの顔色の悪さも、叫んでいたのもウソみたいな顔しとって俺も月詠も何がなんだかよくわかっとらんかった。
俺は姉ちゃんに話しかけて大丈夫かと聞いたんやけど。
「はぁ? 何が大丈夫や、この程度の失敗で落ち込むウチやあらへん。
これ以上はあのガキ共を本山に近づけられん。すぐに行きますえ!」
さっきまでのがホンマにウソみたいや。20分前と今とやったら全く違う。豹変にも程があるで。
俺は新入りに何かしたのか聞いてみた。そしたらあいつは。
「僕はアドバイスしただけ」
それだけ言って姉ちゃんの後を着いていってしもうた。
この時、俺はおかしいと気がつくべきやったんや。
あれぐらい精神的に追い詰められとったら心に何かしらの傷が残ってるはずなんや。
傷は深ければ深いほど治るのに時間がかかる。それをたかが20分程度で治して、さらに気にもしないなんてことはありえへん。
それをあの時の俺は考えられてへんかった。
士郎の兄ちゃんの手を引けと言う言葉が俺に圧し掛かってたからや。
どんな仕事であろうとも引き受けたからには最後まで通すのがプロってもんや。
それを途中で、しかも敵の言葉でやめたとあってはこの世界で仕事をするものにとっては下の下。もうそんな奴に仕事なんか来やせんわ。
だが、ここで姉ちゃんが千本鳥居の失敗の内容のことを俺に聞かんかったのはある意味よかったのかもしれん。
俺と月詠、新入り、姉ちゃんはネギ達が来るのを本山で待っとった。
ネギ達が俺等の視界に入ったときに姉ちゃんはもう一度襲撃をかけようとしたんやけど、それを新入りが止めた。
ここで戦うのは得策じゃないからだそうや。なんとも腰の抜けた奴や、と思っとったら……女を5人も連れた士郎の兄ちゃんが本山に歩いて来とるのが見える。
兄ちゃんが来た所を千草の姉ちゃんは見てへんかった。月詠と今回の仕事の計画を練り直してる途中や。
俺が士郎の兄ちゃんを見てると新入りが呟いた。
「彼は……」
「知っとるんか?」
新入りは兄ちゃんを見て呟くもんやから知ってるのは確かやろ。
「……彼に一回目、二回目の計画を邪魔された」
それだけ言うて新入りは千草の姉ちゃんの所に向かう。
なるほど……士郎の兄ちゃんが千草の姉ちゃんをあそこまで怯えさせとったんか……
士郎の兄ちゃんは強い。俺が獣化しても手も足もでなかったんやからな。
それに俺は倒そ思て本気でやっとたのにも関わらず兄ちゃんは本気やなかった。手を抜いて、それでいてあそこまでコテンパンにされるんやから厄介や。
……なんやろ、思い出したら少しムカついてきよったわ。
少ししたら士郎の兄ちゃんは一人で本山から出てきた。
「ん? 誰やあの白髪の兄ちゃんは」
千草の姉ちゃんが士郎の兄ちゃんを見てそう言うた。
あれ? おかしいな。姉ちゃんは士郎の兄ちゃんに邪魔されたんやないのか? 新入りはさっきそう言うてたんやけど……
「姉ちゃんはあの兄ちゃんのこと知らへんの?」
「知ってる以前の問題や。
あんな変な格好した男なんて見たこともあらへんわ」
「でも邪魔されたっていうのは……」
「片方で髪結ったガキと髪を二つに結ったガキとホンマにガキの西洋魔術師だけや。あんや奴はおらへん」
絶対にこれはおかしい!
「おい! 新入―――がっ!?」
新入りは俺が振り返ると同時に膝蹴りを腹に蹴りこんできよった。
その威力は俺が油断してへんくてもすごいダメージや。
俺はそれを鳩尾にくらってすぐに意識が落ちそうになって、それを必死に堪えとったけど……
「この国には知らぬが仏と言う言葉があるらしいけど……君はまさにそれだね。
このまま知らなかったほうが君にとって幸せだった」
その言葉と新入りの拳で俺の意識は途切れた。
次に気がついたときには俺の見ている景色は変わっとった。
湖みたいな場所の近くの森の中で俺は立ってるように見える。
それはまるで映し出されてる映像を見とるような感覚。映像では俺が動いてるはずやのに自分で動いてる感覚がまったくない。
「―――な――――入り。小太郎は東のスパイってホンマなんか?」
「本当ですよ。
僕がちゃんと調べましたから。彼は隙を見てあなたを東に突き出すつもりだったみたいです」
千草の姉ちゃんの式神がこのか言う姉ちゃんを抱えとるということは……どうにかして本山の結界を抜いたいうことか……
それにしても……誰がスパイ? 俺? おい新入り! お前なに出鱈目言ってんねん!
くそっ! 口も動かせんのか!
「そないな奴、殺したらいいんと違いますか?」
「まだ彼には利用価値がある。
僕が彼を操ってこれからあの子供を足止めさせます」
「ほぉ……それは良い案やな。
ほな、そこらへんはお前にまかせますえ」
千草の姉ちゃんはそのまま祭壇の方へ歩いていってしもうたけど、新入り……いや、こいつは俺の方を見て……
「気がついていることを前提に話をしようか。
君は僕が操ってる、でも心配はいらない。事が済めば解放してあげるよ。
君にはこれかるくるだろうネギ・スプリングフィールドの相手をしてもらおう。ここまで彼を通さないように」
それだけ言うてこいつも祭壇に歩いて行く。
くそっ! 俺は忘れんからな! 覚えとれよ! いつか必ずお前をぶん殴ったるからな!
数分もすると……ネギが杖で空を飛んでくるのが見えて、俺は狗神をネギに向かって放った。
あいつは狗神にあたって森に落ちて、俺はその場所に向かう。
俺がどんなに動かんと思っても俺の身体は全然言うこと聞いてくれん。
俺が呟くと共に……20体ほどの烏族が俺の周りに舞い降りた。
あいつ……こんな奴等まで喚びだしとったか……!
烏族は強い。俺よりは弱いがこの数や。戦闘がド素人のネギやったらあっというまにやられてまう。
そして……それは現実となり、ネギは烏族に仰向けに押さえられて、そこに俺が歩み寄って行く。
おい……まさか……
「こ……ここ…で……寝て……ろ……」
望みもしないその言葉。
嫌や……俺はこんなことしとうない! こんな……操られて、そかも大勢で一人を倒すなんて事は勝負やない! ただの暴力や! そないなもん……俺は望んでなんかない!
だが、それを無視して拳を振り下ろさんとする俺の身体。
それはネギに向かっていく。
やめろ……やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろーーーっっっ!!!!
ネギに俺のパンチが当たる瞬間、俺の身体に激痛が駆け巡る。
そして、俺のパンチはネギの顔面スレスレで止まっとった。
「い……いや…や……俺は…こないな……勝負…の…つけ…かた……しとう……ない……
逃げ……ネギ……早く……」
それ以上は俺が言葉を出すことはできんくなった。
痛い…いたい…イタイ……全身を駆け巡る今まで体験したことのない激痛。
ネギを殴らんようにするとこの激痛が悪化する。
でも、俺は激痛に耐える。
俺は俺の認めた勝負のつけ方やないと嫌や。
このまま俺が激痛に負けてネギを殴ったら……もうこいつの前に俺は出ることでできへん。
それに……このままあの無表情のガキの思いのままになるんが一番嫌や!!
一秒が一時間にも感じる。
ネギ……早うここから逃げてくれ……! 俺ももう耐え切れんかもしれんのや。
耐えるごとに俺の意識が遠ざかっていくのがわかる。もうお前の顔も見えへんぐらいまで目が霞んでるようや……
俺がもう真っ暗に近くなった時、ネギの声が聞こえて、その声が正面から横に移動したのがわかった。
それがわかって安心したのか……俺の意識はそこでまた、途絶えた。