〔刹那 START〕
くっ……アスナさんが烏族に腕を掴まれ、こちらは大鬼とトンファーのような武器を持った狐女、それに月詠を相手にしなければならなくなった。
まだ他の鬼などが300程いたのがまだ150前後残っている……
この状況は最悪、援護は期待できない……ここは最早、あの力を使って敵の虚を突くしか……
私が力を解放しようとした時だった。
「ぐぉっ!?」
いきなり烏族が声をあげ、私がそちらを向くと……アスナさんを捕らえていたが腕が消えていた。
そしてアスナさんが落ちるが、アスナさんも何が起きたか把握できていない。
「なんだ!? いったいな―――」
烏族が言葉を発するより早く、烏族はそのまま何が起きたかもわからず消えていく。
そして、大鬼や狐女の手前の地面に何条もの閃光が突き刺さる。
私はこの光を間近で見たことがある。
その閃光の正体は……細身の剣。柄の部分が短く、片手で使うにしても困難に見えるそれは私と鬼達とを間に突き刺さり境界線を作っている。
「……らしくない。苦戦しているようじゃないか?」
「えぇっ!? えぇぇーっ!?」
アスナさんが想像もつかなかった人物が来たものだから驚きの声を上げ、私も少し驚いた。
龍宮の背後には黒い弓を片手に佇む士郎先生がいたからだ。
その眼は普段私達に見せる優しい眼差しではなく、全てを射抜かんとする鋭い眼をしている。
鬼達も突然の乱入してきた士郎先生達に呆けている。
そんな中、士郎先生が口を開く。
「鬼を統べる者よ、ここで引く気は無いのか」
そう言い放つ士郎先生の言葉一つ一つが重い。静かな威圧感がこの空間を包んでいる。
「無い。元よりこの嬢ちゃん達の足止めの為に呼ばれたんや。
そして呼ばれたからには与えられた命令をこなすんがワシらの契約や。
……ホンマは殺さんように言われてた。せやけどお前さんにはそないなことしとったらワシらがやられてまうな」
「そうか……」
その言葉と共に龍宮の銃の炸裂音が響き渡る。
そして他の鬼達が私やアスナさんだけではなく、龍宮や士郎先生に襲いかかる。
「嬢ちゃん達は後でええ! その白髪の兄ちゃんを囲むんや!
その兄ちゃんが一番厄介や!
烏族はそのテッポウの姉ちゃんや! 接近戦に持ち込めばなんとでもなる!」
やはりこの大鬼……他の鬼を統べ、統率させる者か……!
「刹那さん! きたよっ!」
「くっ!?」
だが今は自分のことを心配しなければいけない。
いくら士郎先生に敵の大半が行ったとしても他にも鬼はいるのだ! そして月詠もいる。
今は少し離れて戦況を見ているようだが……それがどう動くかはわからない。
私が疲弊したところを狙ってくるか、もしくは大鬼が厄介と言った士郎先生を狙うかもしれない。
士郎先生に向かっていった鬼は約80体。それが一斉に士郎先生に襲い掛かっていく。
先ほどの私とアスナさんも似たような状況ではあったが二人で戦っていたからなんとか持ち堪えられていた。
だが、それが一人。明らかに危険。
しかし、手助けに入りたいのだがこちらも先程よりも強い鬼が襲ってくるものだからその糸口がつかめない。
その度に士郎先生から視線を外し、向かってくる鬼を斬る。
私は龍宮の実力は知っている。この程度の鬼が襲ってきたとしても難なく返り討ちにできる力を持っている。
信頼しているからこそ心配することがない。振り返ってその安否を気遣う必要が無い。
だが、士郎先生を信頼していないわけではないのだが……私は士郎先生の実力を知らない。
大鬼が厄介とは言っていたが士郎先生の魔法は遠距離だ。先ほどの弓を見ればそれが良くわかる。
あれも魔法の品なのだろう。そうでなければただの弓でシネマ村のような長距離射撃など出来るはずもない。
だからこそ心配だ。接近戦では不利なのではないかと。
だが、その心配は不要だった。
敵の隙を突いて士郎先生の方向へ目を向けてみると……鬼の数が激減していた。
鬼は80体前後は襲い掛かっていたはずだ。
なのに……それが見てわかる限りでは20体程まで減っていた。
私が士郎さんから視界を外して一分、という所だろう。その短時間であそこまでの数を倒したのか?
士郎先生の手には……旅館の露天風呂で一回だけ見ることのできた白と黒の剣。
その剣で襲い掛かってくる鬼を切り伏せていく勢いは私以上かもしれない。
まだ見ていたいと思いはしたがそのようなことを鬼達が許してくれるはずもない。
私は再び鬼達に向かい直り迎え撃つ。
すでに私もアスナさんも20体を超える鬼達を送り返している。先ほどよりもこちらに向かってくる数は少なくなったものの、それでも油断は……
「なっ!? 何だあれは!?」
視界に入ったものに私は戦闘中ということを忘れてしまった。
何故、あのようなものが見えているにも関わらず今まで気がつかなかったのか……気配を全く感じなかった。
あれほどの大きさの鬼……鬼と言えるものなのかさえ怪しい。
そのようなものがお嬢様が向かった方向に何故いる? まさか……あれを呼び出すために天ヶ崎千草の狙いかっ!?
「せ、刹那さん! あのでかいのいったい何!?
もしかしてあれってさっき人たちがやったやつなら……ネギの奴、間に合わなかったの!?」
「わかりません。
でも助けに行かなければ……!」
そうしたい気持ちはあるのだが…・・・それを許さない鬼の攻撃がある。
「センパイ、逃げるんですかぁ~?」
さらにここを離れることを許さんとする月詠が動き出す。
くっ、これではネギ先生の所へ向かうことがさらに困難になってしまう……!
私に駆けてくる月詠は戦うことへの愉悦からか……私から見たら狂喜に満ちた笑みを浮かべている。
が、その笑みは向きを変え、月詠を狙っていたものを二刀の剣で軌道を変える。
「行け刹那!
あの可愛らしい先生を助けに! ここは私達に任せて早く!」
烏族の包囲を抜け、私に向かってきていた月詠に銃弾を放っていた。
その横には……襲い掛かってきたすべての鬼を返した士郎先生の背中があった。
「しかし……」
「大丈夫だ。仕事料ははずんでもらうがな」
心配する私の心配を龍宮はいつもの調子で返してくる。
わかっている。これは私に“心配ない”と言っているのだ。
「早く行け、このかが待っている。
俺よりも……桜咲が助けに来ることを待っているだろう。それに応えてやれ」
そう背中越しに語る士郎先生。
……この人達に任せたなら心配は要らない。
「わかりました、ありがとうございます。
龍宮もすまない。
アスナさん! 行きます!」
「う、うん」
私とアスナさんはこの場を離れてネギ先生の下へ向かう。
鬼のほとんどを士郎先生達が引き付けてくれたので追ってくる鬼はいない。
「大丈夫かな、士郎さんに龍宮さん……」
「龍宮の実力は私が知っていますし、士郎先生にしてもあの強さは本物です。
それに……危険を冒して残ってくれたのですから私達がそれを無駄には出来ません。
士郎先生も龍宮も大丈夫ですよ。今は私達が出来ることのやりましょう!」
「……うん。そうだよね!
待ってなさいよ、このか! 絶対に私達が助けてあげるからね!」
そうだ。絶対にお助けしなければいけないのだ。
待っててください、お嬢様。必ず私がお助けします。もう、あなたに辛い思いはさせません。
お嬢様を守るために私は強くなったのだから。
もう二度と……あの日のような涙は流さない……!