〔士郎 START〕
駆ける。道無き道を駆けていく。闇夜に隠れている今ならば一般人に見られてしまう危険も少ない。
もし、姿を見つけてその場所を見たとしてもそこにはもういない。
山に入り、その山を越える。
後一つ、山を越えれば西の本山はすぐそこだ。
「士郎殿、ネギ坊主の位置はわかるのでござるか?」
「あぁ、なんとかな。
魔法を使ったらしい。ここからでもネギ君の魔力を感知できる。ただ……その付近におそらく、人外だろう気配がする」
この感じは死徒……とは違うが、人外だということはたしかだろう。
それに……
「それと今、結界の中に入った。おそらく人払いと防音結界だと思う」
「結界? 何故そんなものがこんなところに……」
俺の腕に抱えられている龍宮が疑問を言うが、それは俺にもわからない。
ネギ君がいるだろう場所からここはまだ4キロは離れている。それなのにも関わらず、このように広範囲に結界を巡らす意味がわからない。
戦闘の気配を外に漏らしたくないのであればその付近にだけ結界を張った方が力の消費も抑えられる。
ここまで広範囲に結界を張る意味は無いと言ってもいいかもしれないが……そうしなければいけないくなった要因があるのだろうか……
「士郎殿、夕映殿の位置がわかったでござる。
ここから三時の方向に2キロ」
古が携帯を持っていることからGPSか何かを使ったんだろう。それなら詳しい位置がわかる。
「よし、なら綾瀬を救援し……長瀬ここから三時の方向と言ったな?」
「そうでござるが?」
「その三時の方向にもう一つ人外の気配が出た。
加えてネギ君が移動しているが……人外の気配が動かない。もしかすると桜咲が一人だけで残っているのかもしれない」
これはまずい。下手をすると隠れているかもしれない綾瀬が人外に見つかってしまうかもしれない。
気配の規模からしてこちらの方が小さいが……だからといって安心など出来るはずもない。
どうする? 距離だけなら綾瀬の方が近いだろう。
だが、規模なら先ほどネギ君の魔力を感じた方向の方が大きい。その方向におそらく桜咲いるのだろう。
一般人でこの状況の中で最も危険な立場にいる綾瀬を救いに行くか……規模が大きい方へ行き、桜咲を救いに行くか……
だが……その方法ではどちらかを見捨てるということになりかねない。
ネギ君達が綾瀬を助けに行ったとは考え難い。
学園長に連絡を取ったネギ君は自分と桜咲と神楽坂以外全員、石にされてしまったといったらしい。
ということは綾瀬がいなかったことを見落としている可能性が高いのだ。
なら、ネギ君はどこへ? 他に何かあるのだろうか?
「どうするんだい? 士郎さん」
俺は綾瀬も桜咲も見捨てたくない。いや、誰であろうと俺は見捨てない。
救いを求めるのなら誰しも平等に、分け隔てなく救う。それが俺の選んだ道。九を救う為に一を見捨てるアイツのようにはならない。
そう誓った。誰に対してではなく、衛宮士郎という存在そのものに。
〔ネギ START〕
変だ。これは絶対におかしい。
僕の見えている方向には光の柱が空に向かってそびえてる。
あの光は魔力のはずなのに……
「兄貴! 急げ急げ!
早くしなけりゃ姉さんも刹那の姉さんも時間と共に危険になっていく!」
「わかってるよ! でもカモ君!
変だと思わないの? こんなに近くまで来てるのにあの光の柱からは魔力が――――っ!?」
突然、後ろから何かが飛んでくる感じがした。
それは黒い何かで……狗神!?
「風楯……!!」
とっさに風楯を出したけど、狗神の威力に耐え切れなくて杖から落とされた。
「くっ……杖よ……風よ!」
何とか地面にぶつからなくて済んだけど……狗神が飛んできたということは……
そしたら森の中から足音が聞こえてきて僕から見える所まで歩いてくる。
その姿は僕が予想していたものだった。
「コタロー君……!!」
僕達が千本鳥居で戦った男の子、コタロー君。
無言で俯いて表情は見えない。でも、身体は濡れていて、腕や髪から水が滴ってる。
それがとても怖く感じる。
「……こ…ここ…は……通さ……へん……」
苦しそうにそうそう呟いて……次の瞬間、大きな黒い影がコタロー君の周りに降り立った。
「なんや、久方ぶりに呼び出された思うたらこんな坊主の相手かいな」
「文句垂れるんやない。
呼び出されたからには与えられた仕事をこなすんが契約や」
「せやな。殺さん程度に痛めつけ言われてるんや。
動けんように手足の一本二本は折っとけとも言うてたな」
降り立ったのはカラスの頭をした人(?)だった。
全部で20人ぐらい……魔力をアスナさんに供給しててどんどん減っているのにこんな所で戦ってたらすぐに魔力が尽きちゃうよ。
「……や…れ……」
襲いかかってくるカラス人間。コタロー君は動かないでその場に佇んでる。
カラス人間の剣が僕頭に向かって振り下ろされる。
ここで受けたら他のとり人間の剣でやられちゃう! そう判断して、避けながら隙を見て光の柱の所に向かおうと思ったけど……
後ろに避けたら後ろからさらに剣が振るわれ、しゃがんで避けたところに突き刺すように剣が迫ってくる。
横に転がりながら避ける。けど避けたところに蹴りが放たれてそれを避けることもできずに防ぐしかなかった。
蹴り飛ばされて身体を宙に浮かされたところに追いかけてくるようにカラス人間が飛んできて剣を振るってくる。
空中では避けられない!
風楯を腕に集中させて剣を防いだけど……そこに後ろから首を掴まれて―――そのまま地面に叩きつけられた。
「がっ…はっ……」
強く叩きつけられて息が全部出される。
痛い、苦しい……僕の肩にいたカモ君も叩きつけられた時に何処かへ……いた。
僕から少し離れた所で横たわってる。気絶してるみたいだ。
自分に魔力供給はもう出来ない。これ以上は魔力を使えない。
でも、早くしなくちゃ……このかさんが……!!
「なんや、こんなもんかいな。
拍子抜けや。もっと歯応えのある坊主やとおもったんやけどな」
「そう言うんやない。
まだガキや。それにこれでは多勢に無勢っちゅうもんや。これでもまぁまぁとちゃうか?」
そんなことを言いながらカモ君を掴んで僕の方に投げる。
……よかった大きな怪我はしてない。強い衝撃を受けて気絶しただけみたいだ。
僕はそれを確認してから立ち上がろうとしたけど、カラス人間に仰向けに押さえつけられる。
「離して…・・・っ!!」
何とか逃れようと暴れてはみたけど力が違いすぎる。それに僕に魔力供給もできてない今、僕はただ力の強い子供程度だろう。
押さえつけられているところに水が僕の顔に落ちてきた。
そこには……濡れた身体に光のない真っ暗な眼をしたコタロー君がいた。
怖い……あの眼には何も見えてない。何の躊躇いも無く何でもするような怖い眼だ。
千本鳥居で戦った時はもっと違う眼をしていたのにどうして……
「こ……ここ…で……寝て……ろ……」
その言葉と共に振り下ろされる拳。
その拳の先は僕の顔面。
僕は目を瞑った。拳が怖かったんじゃなくて、コタロー君の眼がとても怖かったから……
あれ? 目を瞑ってすぐにパンチが来るものだと思ってたけど……何の衝撃も来ない?
目を瞑って聞こえるのは風の音と、何か不思議なものを見たようなカラス人間の声だけ。
僕はおそるおそる眼を開いてみると……そこには震える拳を僕の顔ギリギリで止め、目から赤い涙を流しているコタロー君がいた。
その口からは小さく言葉が呟かれている。
「い……いや…や……俺は…こないな……勝負…の…つけ…かた……しとう……ない……」
その眼にはさっきの怖い眼じゃなくて、薄いけど確かな光が見えた。
これは……もしかして操られてる? でもいったい誰に……?
「逃げ……ネギ……早く……」
コタロー君は必死に自分を操ってる何かと戦ってる。それだけはわかる。
それに逆らって僕を逃がそうとして必死に抵抗してる。僕はこれを無駄にしたらダメだ……!!
「―――契約執行3秒間。ネギ・スプリングフィールド」
まだ魔力が全部尽きた訳じゃない! なのに諦めたらコタロー君もアスナさんも刹那さんも……みんながしてくれたことを僕が無駄にするわけにいかない!!
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぬぉっ!? このガキ、まだこんな力を!?」
僕は押さえつけられてた腕を解くために暴れ、片手が自由になった所で逆にカラス人間の腕を掴んで投げ飛ばす。
それで魔力供給は切れちゃったけど、すぐにそこから横に転がりながらその場から脱出する。
そしてすぐに抵抗しきれなくなったコタロー君が今まで僕がいた場所を殴っていた。
今がチャンスだ! いきなりのことで他のカラス人間は反応しきれてない!
「杖よ!!」
手放してしまった杖を呼び寄せ、まだ気絶しているカモ君を胸に抱えて飛び立とうとする。
「待てっ! この嬢ちゃんがどうなってもいいのか!」
すぐにでも飛び立てるという時にカラス人間が叫ぶ。
その方向に目を向けてみると……
「夕映さん!?」
「ネ、ネギ先生……すいません、捕まってしまったです……」
そこには腕を掴まれている夕映さんがいた。
「やはりお前の仲間やったか……そこを動くんやないで? 動いたらどうなるかわかってるんやろな」
くそっ……せっかくのチャンスだったのに……!
でも、夕映さんがどうしてこんなことろに……? みんな石にされたはずじゃ……
「よし、そいつを捕ま゛っ……」
突然、カラス人間の声が詰まる。
消えていく身体のその後ろからは……長身で右手に苦無をもった女の人がいた。
そして僕の後ろからは……ものすごい勢いで森の中に木を折りながら飛んでいくコタロー君やカラス人間がいた。
そっちにも小柄な女の人が……
「長瀬さん!? くーふぇさん!? どうしてここに!?」
長瀬さんに支えられながら夕映さんがこちらに近づいてくる。
「私が携帯電話で呼んだのです。なんとか逃げられたのですがこのような非現実的なことに対処してくれるようなところが思い浮かばなかったので……
そこで卓越した身体能力を有する楓さんに助けを頼んだのです」
「そこに私もいた、というわけアル。
ちなみに真名もいるネ」
「えぇ!? 龍宮さんも!?」
「加えて、士郎殿もいるでござる。
真名と士郎殿はもう一つの戦いの場に赴いたでござるよ」
士郎さんも龍宮さんも……
これで……これで……このかさんを救える……!
「あ…兄貴……行こうぜ」
「カモ君! よかった、気がついたんだね!」
「あぁ、でも早くしなけりゃこのか姉さんが危なぇ……俺っちも今、気がついたんだがあの光の柱、さっきより太く強くなってやがる。
これは結界が張られてるんだが……普通の結界とは逆なんだ」
「え? それっていったい……」
まだ話の途中だけど、森の中から狗神がこっちに向かって来た。
「ネギ坊主、ここは拙者達に任せて行くでござるよ」
「そうネ、早くコノカを助けにいくといいネ」
「……すいません、長瀬さん、くーふぇさん、ありがとうございます!」
僕はこの場を任せてこのかさんの元へ向かった。
そして、森を抜けたところでとても濃い密度の魔力を感じとることができた。
このかさん、待っててください!!