〔真名 START〕
さてと、士郎さんの方から連絡は来たがこれからどうしたものか。
この見かけだけで他者を脅し、それによって自分が誰よりも偉いなどと勘違いも甚だしいことを思考する一般的に見れば不良などと表現する連中。
私は正直、このような輩は気に食わない。プライドもなく、ただ自信の娯楽や力を示したいということでこのような行為をしている者が多いからだ。
この連中も同じだろう。話しかけられるだけで不愉快極まりない。
加えて相手が中学生(何故か私は嬢ちゃんではなく姉ちゃんだった)というのにも関わらず威圧し、暴力を振るおうとする。
それに……あのニヤニヤとした気持ちの悪い表情を浮かべる。
何を考えているかがはっきりとわかる。本当に不愉快だ。
「なぁ、いい加減素直に謝ったほうが身のためだぜ?
こいつさぁ、こないだ君達みたいなやつらとぶつかられた時にキレちゃって歯ぁ全部折っちゃったんだよ。
相手はそれにビビッてお金出すから許してくれって言ったけどこいつ完全にキレてそのまま病院送り。俺から見ても可哀想だったなぁ。
今すぐ謝ってくれたら許してあげるよ。ただちょっとついて来てもらうけど」
「誰が謝るっていうのさ! 明らかにそっちがぶつかってきたんじゃん!
それに少しぶつかったからってお金出せってどういうことよ! こっちに非がないなら謝る必要はないしあんた達恥ずかしいとか思わないわけ?
中学生に男が4人で囲んでカツアゲなんて私ならできないね」
「裕奈の言う通りだよ。
強さを誇示したいならボクシングでも空手でもすればいい。
けど、あなた達みたいな人は絶対に強くなれない。自分が一番だとか他の人を利用して強く見せようとしてるから。
それに亜子を突き飛ばして気絶させた……私は絶対に許さない」
明石も大河内もかなり怒っているな。
私としてもこんなところで暴力沙汰を起こしたくはないし、なにより彼女達に怪我をさせたくない。
「なぁ、姉ちゃん。無視しないでよぉ。
な? 少しだけでいいんだって。30分くれたらすぐに気分爽快で帰してあげるからさ。いいところ行こうよ」
そう言って……舐め回すように私の身体に視線を向ける
……士郎さんはまだ来ないのか? もう限界は超えているんだが明石達に見せてはいけないものになってしまう。
それを考えて我慢したのだが……
「オレ駄目だ。もう我慢できねぇよ。
お前らちょっと死んでみろや。んで泣きながら謝れ。ぜってぇ許さねぇけど」
連中の中で一番身体の大きい奴が明石達に近づいてくる。
そうは言っても私より背が低いのだがな。
だが、それでも明石達から比べれば十分な図体だ。このままでは殴られて怪我をする。
だったら……やられる前にやってしまえばいい。
私は大柄の男と明石達の間に割って入る。
その行動に明石達も連中も驚いたようだったが、それも連中には一瞬のこと。
「何だ、姉ちゃんが代わりに殴られんのか?
いいぜ、望み通りやってやんよぉ!」
振り上げられる拳。その背後で不愉快な嘲笑を浮かべる連中。私の後ろでも明石達が息を呑んで目を瞑るのがわかった。
好都合だ。見ているのがこの連中だけなら問題はない。
「おごぉっ!?」
跳ね上がる男の顎。
口が開いていたところへ下からの衝撃で強制的に閉じられ、その際の衝撃で歯が折れたのだろう。
汚らしい唾液と血液がついた白い固形が数本舞っている。
私はポケットに入っていた十円玉を打ち出して男の暴力を止めた。
これは技……というのだろうか。これに似ているものは羅漢銭なのだがいささか違う。
が、今はどうでもいいことだ。この手の連中に五百円玉を使うのは全くもって勿体無い。
十円でも勿体無いと思っている。
「て、てめぇ! よくもたっくんをやってくれたな!
もう許さねぇ! ぜってぇ泣かす。謝ったってぜってぇ許さねぇ!」
同じことを二度も言わなくても結構だ。それぐらいのことを理解する思考回路は君達と違って持ち合わせてるものでね。
それにしてもその倒れて気絶している男に“たっくん”などと愉快な呼称をつけているものだ。
全国の“たっくん”に失礼というものだろう。
「た、龍宮さん! 危ないよ! 逃げよう!」
そう言いながら明石が私の腕を引く。
だが、私は今、少々不機嫌でね。こんな奴等のつまらない言葉をこれ以上聞きたくはない。
「女だからって容赦しねぇからな!」
勿論だとも。そうでなくては今以上に不機嫌になる。
そうなればただの怪我で済ませられるだろうか私でもわからない。女だからと言って手加減や差別されるのは戦う意思のある女性にはこれ以上無い侮辱なのだから。
力任せに殴ろうとする男B(先ほど倒したのが男A)の拳が迫る。
私はそれを防ごうとはしない。なぜなら……
結果はすでに見えているから。
「そこまでにしておけ。それ以上やるというならばこちらも相応の対処をしなければならない」
男Bの腕がつかまれる。
あまりに唐突に止められたものだから男Bはつかまれた腕の見て、その先にいる人物をようやく見る。
「士郎さん! どうしてここにいるの?」
「龍宮に連絡したらここにいてからまれていると言うのでな。急いできたのだが……少々、遅かったようだ」
そう言って倒れている男Aを見る。
しょうがないじゃないか。正当防衛だよ。
「なんだてめぇ! 離せ!」
つかまれている腕を振りほどこうとするが……動かない。
「おい、何ふざけてんだよ。さっさと振りほどけって。
演技にしたらつまらねぇって」
と、男C。
連中は勘違いしているようだ。男Bがふざけて演技をしているものだと。
だが、それは違う。動かしたくても動かせないのだ。つかまれた場所から腕が動いていないのだから勘違いしても仕方ないのかもしれないのだが。
「はなせぇ……っ!」
その言葉と男Bの動きで士郎さんは腕を離した。
男の腕にはくっきりと士郎さんの手の跡がついている。
そして、男Bの手には刃渡り10センチ程のジャックナイフ。それを出したため、士郎さんは腕を離したようだ。
「てめぇ……変な頭しやがってふざけてんのかコラァ!」
「髪が白いからと言って見かけで判断するとは浅はかだな。
私がどのようにしてこのようになったか君はわかるか? 当ててみたらどうかね」
男Bの言葉に一切怯むことも無く全く自然に振舞う士郎さん。
だけど、その質問は意味があるのかい?
「はぁ? お前なに言ってんの?
わかるわけないじゃん。てめぇがどうなって髪染めたかなんて知らねぇし」
「勿論だ。知っていたら気持ち悪いだろう。私と君は初対面なのだから。
ふむ、そのぐらいのことを考えられる頭は持ち合わせているようだな」
……なるほど、さっきの質問は相手を怒らせるためのものだったのか。
完全に挑発して、さらに貶すとはね。
男Bはナイフを持っていて優位な立場だと思っていたのにも関わらず、臆することなく正面から堂々と馬鹿にされたのだから顔を真っ赤にさせてい怒りを露にしている。
士郎さんの言葉で他の男C・Dも表情を変え、睨みつけている。
「た、龍宮さん。士郎さんかなりやばくない?」
「心配ないだろう。少なくともあの連中には負けないさ。
それより和泉はどうだ?」
「うん。亜子はまだ気絶してる。よっぽど怖かったみたい」
和泉は大河内に膝枕されて寝ている。
その方がいいだろう。この状況を見たらまた気を失ってしまうかもしれない。もしくは慌てて警察を呼ぶかもしれないな。
「てめぇ……死にてぇみたいだな……
……望み通り殺してやるよぉっ!」
ナイフを右手に持ち、それを士郎さんに突き立てようと走る。
普通であれば刃物を見慣れていたとしても身体が一瞬、硬直したり相手がナイフを持っていることで気圧されたりするものなのだ。
例としてなら私の服の裾をつかんで怯えている明石。ナイフがこちらに近づいてきて固まってしまった大河内。
ただ、どの世界にも例外がある。
士郎さんが左拳を右肩辺りに上げ……
ガキィンッ
「…え?」
それはナイフで士郎さんに挑んだ男の声。
想像もしていなかった金属音。加えて自分はナイフを持っていたはずだった。
だが、今の男Bの手の中にはナイフなどというものは存在しない。
明石も大河内も呆然としている。それはそうだろう。先ほどまで男Bの手の中にあったジャックナイフだったものは地面に落ちている。
「嘘だろ……なんで素手でナイフが……」
そう。ジャックナイフだったものだ。
ジャックナイフでなくなったものをナイフと言うわけにはいかないだろう。
ジャックナイフだったものには今、刃の部分がついていない。
刃の部分は折れて街路樹に突き刺さっている。
士郎さんはナイフの刃を裏拳で折った。それがこの状況を沈黙させている。
「まだやると言うなら私が相手をしよう。
その時は覚悟をもって挑んでくるがいい」
その言葉に連中は気圧され、後退りしている。
そして士郎さんは無言のまま一歩、踏み出す。
「う…うわぁあぁぁぁっ!!」
「お、置いていくなよ! 待ってくれよ!」
「ば、化け物だぁぁぁっ!」
堰を切ったように逃げ出す。
倒れている仲間を見捨てて自分だけ助かろうと必死で逃げる。
テレビの中だけの出来事と思っていたものが現実に、しかも目の前で起こったのだ、あの程度の連中なら尻尾巻いて逃げるのが普通だろう。
士郎さんは連中が見えなくなってからこちらに振り返った。
「みんな怪我は無いか?」
その表情は先程までの鋭い眼光も何も無い、本気で私達のことを心配している表情だった。
「あ……うん。怪我とかはしてないよ。でも亜子が突き飛ばされて気絶しちゃったけどただ怖くて気絶しちゃっただけだから大丈夫だと思うよ。
でも、アキラや龍宮さんがついてなかったら私ここまで粘れなかったよ。だから二人ともありがとう」
「そんなことないよ。
私だって一人だったら怖くてどうなってたかわからないんだから……私の方こそありがとう」
私はただいただけなんだが……いや、礼は受け取っておこう。
「みんな怪我が無くてよかった。
すまない、俺がもう少し早く駆けつければよかったんだが……」
「問題ないよ士郎さん。明石も大河内も和泉も怪我してないんだ。結果オーライですよ」
私がそう言うと士郎さんは少し苦笑しながら“ありがとう”と言った。
何故? 私個人が助けられたわけではないが、礼を言うのはこちらだろう。
なのに何故、士郎さんは私に礼を言う? ただ結果が良かったのだから気にしなくていいと言っただけなのに。
士郎さんは私が倒した男Aに肩をまわして駅前のベンチに寝かせている。
そんなことしなくても逃げた連中が思い出せば取りに来るだろうに親切なことだ。私なら必要ないことだから絶対にしないだろう。
「よし、みんな帰ろう。他の班も心配してる」
「うん。あ、でも亜子が……」
「そうだね、おぶったら見えちゃうかもしれないね」
和泉はまだ気絶している。
そして、スカートを穿いているためおぶってしまうと中が見えてしまうかもしれない。
女の子としてそれは許容できないものが当然ある。
「だったら俺が和泉を旅館まで運ぼう」
そう言って士郎さんは和泉を抱える。
その姿はいわゆるお姫さま抱っこ。夢見る乙女であれば一度は体験してみたいというものだ。
確かにこのメンバーの中で問題なく運べるのは士郎さんだろう。
私もできないことはないが……なんとなくやめた方がいいだろう。そんな気がする。
和泉は士郎さんの上着をかけられて旅館まで運ばれ、その姿を見た3-Aが何があったか明石や大河内に問い詰めている。
その間に士郎さんは3-A包囲網を抜けてロビーのソファに寝かせている。
その時、私の携帯が鳴った。
プライベート用ではなく、仕事用の携帯にだ。
「もしもし」
私はみんなに声が聞こえない位置まで移動して携帯に出た。
『おぉ、龍宮君! よかったわい、これでなんとかなるかもしれん』
相手は学園長。しかし、いつもの穏やかな声色ではない。明らかに何かあったな。
「どうかしたのですか?」
『それは追々説明することにしよう。緊急事態なんじゃ、すぐに士郎君と代わってほしい』
「わかりました、少々待ってください」
この場合、無闇に聞くことは避けた方がいい。
今は士郎さんは携帯を持っていない。いや、持ってはいるが新田先生の物だ。
それを知らなかったとしても学園長が私を介して士郎さんに代わってほしいと言うのだからそれなりの理由があるのだろう。
それに自分に関係ないことに無闇に首をを突っ込むことは身の破滅をもたらしかねない。
「士郎さん、学園長からです」
「学園長から?」
士郎さんは何事かというように携帯に出る。
その途端、表情が変わった。
明らかに深刻なことが起きたのだろう。今の士郎さんの気配は戦闘する者の気配。
何があったか気になるところではあるが……無闇に他人の仕事に首を突っ込まない。それもプロというものだ。
「真名、ちょっといいでござるか?」
「楓? どうした」
「それがちょとマズイことになたアルよ」
古も一緒か。それにマズイこととは一体なんだ?
楓と古から話は聞いた。
なるほど……それならば学園長が士郎さんに急ぎの連絡をするのも頷ける。
楓は綾瀬から連絡を受け、助けに来てほしいと頼まれたらしい。
その時の綾瀬はいつもの冷静なものではなく、明らかな混乱と焦りを持っていたという。
状況は最悪、と言っても過言ではないらしい。
いきなり少年が部屋に入ってくると早乙女を石にして宮崎も石にされ、朝倉が綾瀬を逃がさなかったら全員が石になっていたかもしれないということだ。
手際から考えて相手はプロである可能性が高い。
言い方は悪いが、兵法としては弱者から叩くのが基本。強者と戦う場合、いくら弱者と言えども割って入られれば自身の隙に繋がりかねない。
邪魔なものから潰す、それがもっとも効率が良い。
「拙者と古はすぐにここを出る。
できれば真名について来てもらえれば心強いことこの上無いのでござるが……どうでござろう?」
「……仕事料はどうなるかな?」
「学園長に請求すればいいでござろう。救援とはいえ立派な仕事でござる」
そうか……なら問題は無い。
「わかった、私もついていこう」
「やたアル。これでバカリーダー達を救えるアル。
ネギ坊主がどうなてるかわからないがきっと生きてるアル!」
そうだな、そう信じていよう。
「龍宮、携帯ありがとう。
それと、俺はこれから旅館を離れる。もしもの時は瀬流彦先生に頼んでくれ」
士郎さんは言葉こそ冷静だがその眼は冷静ではないようだ。
その眼には明らかな焦りが浮かんでいる。そして何かを責めるようなものも見える。
「ネギ先生の救援、ですか?」
その言葉に士郎さんは一瞬、驚いたようだがすぐに元に戻る。
「……龍宮には関係ない」
「そうもいかない、楓に連絡がきたんですよ。綾瀬から救援に来てほしいとね」
「……そうだとしても、龍宮達を巻き込むわけにはいかない」
「それは侮辱ですよ。私と楓の覚悟は出来ている。古にも救援を頼みましたが、一般人である古にも覚悟も覚悟はできているんです。
それなのにその覚悟を潰されるというのは許されることじゃない。それは士郎さん自信もわかっているでしょう」
士郎さんは私達を巻き込みたくない。それはわかるが私からしてみれば関係の無いことだ。
報酬をもらえれば私は何でもするし、悪にも正義にも付く。それがポリシーであり、仕事に対する誇りだ。
それを踏みにじる権利はこの世界の誰にもない。
「……どうしても来るのか……長瀬も古も……」
「勿論でござる」
「当たり前アル。友達を救えなくて何が友情ね」
私の後ろには楓に古。三人の決意の視線が士郎さんに注がれる。
士郎さんは少しの間私達を貫くような視線を浴びせたが……私達は臆したりはしない。
「……わかった。
それなら俺について来てくれ」
折れた士郎さんが旅館を出て行く。
「士郎殿、電車で行くのではないのでござるか?」
「電車では行かない。もっと速い方法を知っている」
そう言って士郎さんが指差す方向には……道が無い?
「士郎殿……これはもしや?」
「そうだ。民家を超え、山を越える。一直線で西の本山までいける。
長瀬はついて来れるか?」
「しの……ごほん。山で育った身としてはそれくらいの距離は問題ないでござる。
しかし、真名や古がどうかはわからないでござる」
確かに私はそこまで体力が保てるだろうが……慣れていないことだ、この二人、もしかすると古にも遅れをとるかもしれない。
「私は少しついていけるか自信がないアル……すまないネ……」
古も少々不安なようだ。
だが、その不安は士郎さんの一言で吹き飛ぶ。
「わかった。長瀬、できれば古を運んでくれ俺は龍宮を運ぶ」
「了解したでござる」
そう言って楓は古を抱える。それに状況を飲み込めてない古が慌てる。
ん? 私もそれに入っていたような……と、そう考える間も無く。
「む?」
「嫌かもしれないが我慢しろよ。
緊急事態なんだ。覚悟は出来てるんだろう?」
……き、汚い。それが先程まで来ることを拒んでいた者のする顔か? その人の言葉を逆手に取った表情は正直腹が立つ。
士郎さんは私を抱える。それも…お、お姫様抱っこで……!
「ちょっと待っ「行くぞ長瀬、ついて来い」いや、聞け」
私は文句を言う隙もなく抱えられたまま、夜の街に消えていくことになった。