〔ネギ START〕
僕はこのかさんを安全な所へ連れて行こうとしたんだけど……お城の中でおサルのお姉さんに見つかってお城の一番上まで追い詰められちゃった。
動いたらあの弓を持った鬼に射られる……それに今の僕は触れることは出来てもあの矢を防げない……
どうしたらいいんだ……刹那さんは僕を信じてこのかさんを頼んだのに……僕はその期待に応えられない……
「ネギ君、大丈夫や」
「え?」
「せっちゃんが何があっても守る言うたんや。 必ずせっちゃんが助けてくれるて」
「こ、このかさん……」
僕はこの状況ですごいと思ってしまった。
これがお芝居と思っているのかもしれないけど、それでも刹那さんが助けてくれると信じてる。
こんなにも綺麗な笑顔で恥ずかしがる様子もないこのかさんはきっと、どんな状況になっても刹那さんを信じるんだろう。
すると突然、強風が僕達を襲った。
「ひゃ」
「このかさんっ!」
強風でこのかさんはよろけたところをなんとか僕が支えられた。
だけど……よろけたことで鬼が矢を放った。
「あ~~~っ!? 何で射つんや~っ!?
このかお嬢様に死なれたら困るやろ~っ!」
射られた矢は僕達に向かって一直線に飛んでくる。
僕はそれをなんとかこのかさんに当たらないようにと身体を盾にして矢を防ごうと前に出る。
矢は僕の身体を貫くことは簡単だと思う。あの鬼の持ってる弓は大きいしとても人が引けるような弓ではない。
もう矢は僕の心臓を射抜こうとしている。どこかで死ぬ直前には風景が遅く流れると聞いたことがあった。今はまさにそれ。
本当の身体はなくても痛みってあるのかな……でも、このかさんを守れればそれでいいかもしれない。
鬼の放った矢は僕に貫く……瞬間、バラバラになった。
「「「え?」」」
僕だけじゃなくてこのかさんもおサルのお姉さんも矢がバラバラになったことを理解できないでいる。
何でいきなりバラバラに……もしかして魔法の射手? でも、いったい誰が……?
それにどこからきたんだろう。僕は見えなかった。だとしたら横から?でも、刹那さんは魔法の射手は出来ないし……一般人に見られるようなところから魔法を使うわけはないし……
「そこどいてください」
白い髪の男の子がクマの式神から降りてきておサルのお姉さんの後ろに立って……ものすごい数の光の筋が襲ってくる。
それは白い髪の男の子の障壁に防がれてるみたいだけど、お姉さんと鬼を守るために防げなかったクマとおサルは光の筋に貫かれて消えていった。
僕もこのかさんも一瞬、この光景に飲まれてしまった時。
「あ……あ…あぁああぁぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!???」
いきなりおサルのお姉さんが頭を抱えるように叫びだした。
顔は蒼白。目の焦点はあってない。何かに怯えるような仕草でその場にしゃがみこんで震えている。
その光景に白い髪の男の子はわかっていたかのように光を防いでいる腕をそのままにこっちに振り返って。
「ルビカンテ、二本目射って」
その言葉にルビカンテといった鬼は弓に矢を構えて―――矢を射った。
僕は突然のことで一瞬、反応が遅れた。
とっさに腕を広げて何とか防ごうと思ったけど……容易く貫かれて矢はこのかさんへ向かっていく。
僕は……成すすべなく僕の腕を貫いた矢を見送るしかなかった……
このかさんに矢が迫る。このかさんは動くことも出来ずにいる。
だけど、矢が射抜いたのはこのかさんではなく、盾のように立ちふさがった刹那さんだった。
けど、矢で貫かれた衝撃と足場の悪さで足元が安定しない。
そのまま……足を踏み外してお城の上から落ちる。
「刹那さ……!」
落ちていく刹那さん。僕はあまりのことで頭が真っ白になって動けない。
「せ……せっちゃ~んっ!!」
「あぁ―っ!?」
「このか姉さんっ!?」
僕は信じられないことを見て叫び、カモ君もしゃべったらいけないということを忘れて叫んでる。
このかさんは落ちていく刹那さんに向かって躊躇なく飛ぶ。
僕だってすぐにここで魔法を使わないで飛べなんて言われたら躊躇する。でもこのかさんはそんな素振りを見せることなく、その目には刹那さんしか見えていないと思う。
空中で刹那さんに追いついて抱きかかえるように……落ちていく。
僕は……今最悪の場面を想像していた。
けど、その考えを吹き飛ばすように光がこのかさん達を包んだ。
このかさんを中心に光が溢れて、空中に浮かんでいる。そして、ものすごい魔力を身体で感じている。
僕の身体はさっきの矢で貫かれたことで等身大を保てなくなってちっちゃくなってしまった。
でもこれでこのかさん達のところに飛んでいける。
「兄貴、これがこのか姉さんの……」
「そうみたいだね。でも、これって……」
普通じゃない。魔力があるのはまだいいとしても……このひしひしと感じる魔力の量は尋常じゃない。
「刹那さ~ん。大丈夫ですか!?怪我はどうなってますか!?」
このかさんが少し離れたところで刹那さんに近づいていく。矢が肩を貫いたんだからひどい怪我してると思ったんだけど……
「傷がない……」
「こ、こりゃ……どういうことだ?」
「はい。
……ですが今は話してる暇はありません。早くここを離れなければこの騒ぎを聞きつけたシネマ村の人が来てしまうでしょう」
確かにそうかもしれない。
さっきの光とかでお客さんが拍手なんかをして騒ぎになってる。
刹那さんはこのかさんに近づいていく。
そしてこのかさんを抱きかかえて驚くことを言った。
「お嬢様。今からお嬢様の御実家へ参りましょう。
神楽坂さん達と合流します」
〔刹那 START〕
私はネギ先生の紙型を解除して向こうに戻して、お嬢様と急いで着替えをしていた。
なぜなら先ほどの騒ぎを見ていた朝倉さん達から離れる為だ。
「着替え終わりましたか?」
「うん、せっちゃん」
着替え終わったお嬢様の後ろからは早乙女さんと綾瀬さんが話を聞くためにこちらに来ている。
すいません、お話できないこともあるのです。
「いきます、お嬢様」
お嬢様を抱えて塀を飛び越える。
「ひゃ~」
お嬢様の負担にならないように少し離れたら電車に乗ろう。慣れない移動手段ではお身体に障るかもしれない。
お嬢様を抱えながら私は士郎先生に念話を送ろうとしたが……念のためにと新撰組の衣装の中にまで札を持って行ったのが仇になってしまったようだ。
水に濡れて札の字が薄れてしまって効果がなくなってしまっている。これでは連絡を取ることができない。
どこにいるかもわからないのでは士郎先生も困るだろう。加えて西からの襲撃がないとも言いきれない。
「あ、士郎さんや」
「え?」
不意にお嬢様が私が考えていた人物の名前を言う。
お嬢様の指差す先には……黒い服に目立つ白髪。私が知っている姿で該当するのは一人しかいない。
私が人目につかない場所に着地し、平静を装って近づいていく。
「こんにちは、士郎先生」
「あぁ、桜咲にこのかか。こんにちは、偶然だな」
「士郎さんここで何してるん?」
士郎先生は自然に話す。お嬢様に不自然に思われないようにだと思うのですが……すいません、私はここまで跳んできたので……もう無理かもしれません……
「見回りでな。このか達はシネマ村にでも行ってたのか?」
「そうなんよ~。よくわかったな~」
お嬢様は気づいていないようだが、士郎先生の視線は私に向いている。
これは士郎先生もあれを見ていたのか……?
士郎先生も一緒の電車に乗って太秦を離れる。
お嬢様は先ほどのことで疲れたのかこっくりこっくりと眠たそうにしている。
それからすぐにお嬢様は私の肩を枕にするように眠ってしまった。
その寝顔は……とても綺麗で魅入ってしまった。
「さすがに疲れたみたいだな」
「そうですね。今日は……私が助けられましたから」
守る立場でありながら守られる立場のお嬢様に助けられるとは思いもよらなかった。
けれど、どこかうれしかったのは気のせい……ではないな。
「怪我は大丈夫のようだな」
「……やはり見ていたのですね。どこからですか?」
見ていたのなら助けてくれても良かったのではないかとおもうのですが。
「すまない、ゲームセンターから近場の名所を探していてな……見つけたのは桜咲があの貴族風な服を着た女の子が剣を振り上げて切りつけられるギリギリだった。
本当にすまない……俺がもっと注意していればあんな危険な目に合わなかったかもしれないのに……」
そう語る士郎先生の表情は本当に申し訳なさそうだ。
しかし……それを見つけたということは近くにいたということだ。
「何とか切りつけられるのは防げたが……俺が近くにいれば矢で射られることはなかったかもしれない。
いや、俺が矢を受ければよかったんだ」
「近くに……いれば?」
この言い方からすると士郎先生は月詠の剣を防いでくれた。だが近くにはいなかった……いったいどういう……
「それはどういう意味ですか?
士郎先生はシネマ村にいたのではないのですか?」
「シネマ村にはいなかった。
そこから離れた場所……というか丘があるだろう? そこからシネマ村が目に入ったときに見つけたんだ」
丘……新丸田町通りの坂の上の場所か? いや、待ってください……あそこから確かにシネマ村は見えます。しかし、シネマ村からは1キロ近く離れていませんでしたか? そこから月詠の鋭い剣筋を防げるわけが……まさか士郎先生はそれを防げる魔法が……あの閃光のような光の線ということなのだろうか。
それにまだある。
剣を弾いた魔法があったとしても私達を見つけられるだろうか。天守にいたネギ先生ならまだしも私をあの位置から見えるのだろうか……?
「聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「俺に答えられるものであれば構わない」
「では……士郎先生の言う場所からシネマ村の私がいた場所までは約1キロ。月詠の剣を防げる魔法があったとして本当に私達が見えていたのですか?
確かに目が良い人であれば人の形や大まかな服装はわかるでしょう。ですが士郎先生は私が切りつけられる寸前だったというところまでわかっています。
士郎先生は式神のようなものは使えないといいましたね。これはどういうことなんのでしょう」
士郎先生は少し考えるように目を瞑って私の方に向き直った。
「確かに俺は式神のようなものは使えない。
それに魔じゅ…魔法も種類としては数少ないものしか使えない。
俺が桜咲達を見つけられたのは……この眼だ」
「……どういう意味ですか?」
「まぁ、よくわからないだろう。突然こんなことを言われてもな。
俺は見るだけなら約8キロ先まで見ることが出来る。嘘に聞こえるかもしれないが本当だ」
……正直、この人は本当にありえない。8キロ先? 龍宮も肉眼では動きがわかる範囲で2キロと言っていたな……それに加えて精確に狙い打つのにスコープを使用するのに……
「何か道具は……」
「見るだけなら何も使わない。
ただ剣を弾くような場合は道具を使う。それが桜咲を守るのに使ったものだが、これは……」
「うぅ~ん……」
士郎先生の話の途中にお嬢様が動いて会話が中断した。
「この話はまた今度だな。
機会があればまた話せるが……このかと近くにいることはなかなかなかっただろう。今だけでもそのままでいてやれ」
「……はい。
まだ時間があるので言っておきます。私達は本山へいきます。できれば士郎先生にもついてきてもらいたいのですがよろしいですか?」
「あぁ、大丈夫だ。
桜咲も疲れただろう。着いたら教えるから寝るといい」
私は士郎先生の言葉に甘えることにした。
何年ぶりだろうか……こんなにも近くにお嬢様がいるのは。この修学旅行で一気に離していた距離が縮まってしまった。
だが……今だけはこうしていたい。
私はお嬢様から離れてからこんなにも心が穏やかに眠れたのは初めてだった。