〔士郎 START〕
西の呪符使いの女が水にのまれて消えた。
逃がすまいと手を伸ばすが……逃げられてしまった……
くっ……俺がすぐに捕まえておけば……
だが転移を自分ではなく他人に使うか……よほどの優秀な魔法使いが西についているのか……油断ができないな……
このかの無事だということを確認するとこのかが起きた。
「ん……あれ? せっちゃん……?
……ウチ……夢見たえ……
変なおサルにさらわれて……でも、せっちゃんやネギ君やアスナが助けてくれるんや……」
そうか、俺が来た所では完全に気を失ってたか。
いや、そのほうがいいだろう。……呪符使いの言葉と行動で少し本気で攻撃するところだった。いかんな、あんな人を物のように言う人間は久々だったもんだから自分を自制することができなかった。
もしこのかに意識があったら、もしかするといらぬ恐怖を持たせてしまうかもしれなかったのだから。
「……よかった、もう大丈夫です。
このかお嬢様……」
「……よかった~。
せっちゃん……ウチのコト嫌ってる訳やなかったんやな~」
「えっ……
そ、そりゃ私かてこのちゃんと話し……はっ……」
桜咲は自分でも驚いたようにこのかを地面に置いて一歩下がり。
「し、失礼しました!
わ、私はこのちゃ……お嬢様をお守りできればそれだけで幸せ……
いや、それも影からひっそりと影からお支えできればそれで……その………御免!!」
「あっ……せっちゃ~ん!?」
……桜咲はそのまま旅館に戻っていった。
素直にこのかと一緒に友達として話せばいいものを……それではいずれ後悔するだろう。
すると神楽坂が。
「桜咲さ~ん!
明日の班行動一緒になら回ろうね~。約束だよ~」
神楽坂のこの明るい性格は桜咲にとってもいい効果をあたえるだろう。それを受け止めていい方向へあの硬さが改善できればいいんだがな。
「あれ? でも何でウチこんなところにいるん?
それにカッコ……ひゃっ!? 士郎さん見んといて~!」
「あぁ~! 士郎さん何このか方をジロジロ見てんのよ!」
いや、このかが俺の前にいるから桜咲見ていると、視界に入ってしまうからしょうがないのだが……
いや、これは問答無用で俺が悪いのだろう。
「すまん、でもこのままだったら風邪を引くから早く旅館に戻ろう。
俺はやることがあるから三人で先に行っててくれ」
主に壊したものを直さないとな……今夜は徹夜だ。
「あ、僕も残りますからアスナさん、このかさんは先に戻っててください」
「いや、ネギ君も戻っていいんだ。もう夜も遅い、さすがに眠いだろう?」
「大丈夫ですよ。士郎さんだけに任せたら申し訳ないですから」
結局、ネギ君は帰らないで俺と一緒に壊れた物などの後始末を手伝ってくれた。
しかし、やはりまだ子供、時々目を擦りながらも直していくがそろそろ限界だろう。
それでも天才少年だけはある。当然といえば当然なのだろうが俺なんかよりも手際よく直していくのだから正直にすごいと思う。
しかし、数分後には寝息を立てて地面で眠ってしまった。
俺も強化の応用でネギ君に少々遅れながらも全て直すことができた。
俺はネギ君を背負って旅館に戻った。
ネギ君を布団に寝かせてから俺は部屋に戻ることなく旅館の屋根に向かう。
西の襲撃を防いだとはいっても油断はできない。
屋根に上ると、そこには桜咲がいた。
桜咲は驚いたように俺のことを見ていたがすぐに立ち上がって頭を下げてきた。
「先ほどのこと、本当にありがとうございました。
電車の中で士郎先生が私達をかばってくれなかったらお嬢様は西の者にさらわれていたかもしれません。
……怪我は大丈夫ですか?」
「怪我のことは気にしなくていい。これは俺がしたことだからな。
このかを助けたことも仕事だからとかは関係ない。当然のことをしたまでだからな」
人を助ける。それは俺のすべてであり、理想だ。
どんなことがあっても俺は助けを求める人を見捨てない。それを枉げることは絶対にない。
「いえ、そういうわけにはいきません。
この借りは必ずお返しします」
むぅぅ……遠坂に“士郎が善意で人を助けるのはいいけど、それを全部押しつけないこと。借りとかお礼をあげると言われたらできるだけもらいなさい。それで助けられた人は気持ちが少しは楽になるんだから”と言われたことがあるが……
そこまで大げさに……ん? いいことを思いついた。
なんか、卑怯な気がしないでもないが、もしかしたら二人のためになるかもしれない。
「そうか、それだったら……このかともう少し仲良くしてくれないか?
明日……というか今日だな。班別で奈良を回る時にこのかに話しかけられたら少しは話してあげてほしい。
それで貸しはないということでどうだ?」
「い、いえ……それは……ちょっと……」
「さすがにすぐに話せとは言わない。ただ少しだでも会話をしてくれ。
……桜咲もこのかの悲しい顔を見たくはないだろう? 俺もあの表情を見ると……悲しくてな」
まだ桜咲とこのかの関係は戻すことができる範囲だと俺は考えている。
二人にまだ話したい、一緒にいたいという気持ちがあることはわかってる。それを壊れる前に直すことができれば一番いい。
「で、ですが……私は影からお嬢様をお守りできればそれでいいのです……」
「いきなり話せとはいわないさ。少しずつ慣れていくようにすればいい。
……どこかのバカは誰かと話すことも一緒にいることも許されない、そんな孤独に自ら踏み出していったんだから……」
普通という平穏な日常に二度と戻れない道へ踏み出した。
日常に戻れない、家族だった人間と話すこともできないようになった。
共に旅立った友と話すこともできない立場に立たされた。それでも立ち止まることなく歩いていった先には……日常からも非日常からも否定された孤独だけが待っている。
そんなことになるのは俺だけで十分だ。
立場は違っていても桜咲やこのかに悲しいことをさせたくない。
桜咲は何かを言うわけでもなく俺を見ている。
「……努力はしてみます……そんな悲しい表情で言われたら断れないじゃないですか」
「そうか……ありがとう。
桜咲もそろそろ寝た方がいい。疲れただろうしな。
もしあの部屋に戻ることを躊躇っているなら俺の部屋を使え。一人部屋だから誰かに見つかることもないだろう」
「……士郎先生はどうするのですか?」
「俺はこのままここにいる。
追い返したとはいっても油断できないからな」
協会の魔術師に追われてるときは一週間ぐらい追いかけられることもあったからな。
隙見せて寝たらいつ殺されてもおかしくなかった。
「士郎先生、一つ聞いてもよろしでしょうか」
「俺が答えられる範囲ならな」
質問されることについては心当たりがある。
「……先ほどの殺気はとても人間が出せるものではありません。
仮に出せたとしても……どうすればあんな……」
……裏の世界のことを知っていたとしても、それでも知らない方がいいということもある。
俺のは……あまりに血の匂いがしすぎてしまう。
「あれは少しやりすぎだったかもしれない。
自制がきかなくてな、俺も反省してる。
……桜咲の疑問に答えることはできないが、俺はまだ人間だよ」
そう、俺が死ぬまでは……
〔刹那 START〕
士郎先生と別れ、私はお言葉に甘えて部屋を借りることにした。
士郎先生の部屋は荷物の入ったカバンとところどころ破れているスーツが掛けてあった。
先ほど士郎先生が着ていたものは黒いシャツに黒いパンツという姿だった。
私達を守るためにダメにしてしまったのだから申し訳ない。
それにしても……先ほどの士郎先生の表情はあまりに……
悲しすぎる眼……そして私が知ることのできないような苦悩を士郎先生の瞳の中に見た。
誰とも話すことも一緒にいることも許されない孤独……それはもしかして士郎先生のことを言っていたのではないだろうか。
勝手な憶測だが……そう考えれば……いや、やめよう。
勝手に人の過去を想像するものではない。
私は布団を敷いてその中にはいるとすぐに眠りについた。