〔士郎 START〕
悲鳴の先は脱衣所。そしてこの声には覚えがある。
俺と桜咲、すぐ後ろにいるネギ君も駆け出し、すぐさま脱衣所の扉を開ける。
そこには……
「いやぁぁ~~ん」
「ちょっ……士郎さん!? それにネギに桜咲さんまで!?
って士郎さんこっち見るな~!」
……これはどうするべきか?
襲われていることには変わりはないのだろうが、襲っているのが小猿。
その小猿はおそらく式神なのだろうが力は弱い。せいぜい今のように服や下着を脱がしたり数でもって何かを運ぶ程度だろう。
桜咲であればこの程度は問題なく倒すことができる。
ただ問題なのは……
神楽坂とこのかは下着姿。そして俺は腰にタオルを巻いて前を隠しただけでほとんど裸。
ネギ君なら子供ということでまだいいだろう。
加えて桜咲もバスタオルを巻いただけの姿だ。もしかするとこれではいらぬ問題を起こすかもしれない。
術者が近くにいるかもしれないがこのかや神楽坂の精神面を優先しよう。気配を探したが少なくとも付近にはいないようだ。
それでも油断はしない。
「桜咲、俺は着替えてくる。このままじゃいろいろ問題あるだろうからな。
だがすぐに戻ってくる。それまでは申し訳ないがこのかたちを頼んだ」
「…………はい、わかりました。
このかお嬢様に何をするか~!?」
怒号とともに野太刀を抜く。
俺はすぐに男性脱衣所に入り、普段着られる黒い軽鎧とスーツの下を着て浴場に戻る。
出ると小猿にこのかが運ばれていた。
干将・莫那を投影してこのかを助けようとすると……桜咲が野太刀を構えて駆け出していた。
目にも止まらぬ速さの剣。その剣に切られた小猿は紙に戻り、まるで桜の花びらのように舞う。
ネギ君と神楽坂が近づいていく。桜咲よりも出るのが遅れ―――!?
〔刹那 START〕
私は小猿にお嬢様をさらわれる所を百烈桜華斬で救った。
よかった……お嬢様に怪我は無い。
しかし……士郎先生が失礼だとは思うが役に立たなかったな。
お嬢様に男の裸というものを見せないようにという行動はいいが、そのせいでさらわれるところだった。
せめてもう少し早く来てほしい。そんなことをかんがえていると、すでに士郎先生は来ていて……弓を構えていた。
何故? 浴場に持ってきていたのか?
それに……今の士郎先生は緊迫した気配を持っている。
「どうしたんですか、士郎先生」
「……すまない、逃がした」
逃がした? 誰を? ……まさか!?
「逃がしたとはまさか西の……」
「おそらくな……。手応えはあったんだが何かの守りがあったみたいだ」
そんな馬鹿な……私も警戒はしていた。
なのに近くにいたのか? 私が見落としたということに変わりは無いのだろうが……
「すまない、俺のミスだ。
このかや神楽坂を危険にさらしてしまった……」
「だ、大丈夫よ。そんなに重く捉えなくていいってば。
ね? このかもそう思うでしょ?」
「え? う、うん。
よ~わからんけど助けてくれたんやろ? ありがとう士郎さん。せっちゃん」
「あ、いや……」
不意に今の状況に気がつき、私はお嬢様に何も言わずに浴場を出た。
かすかに聞こえるお嬢様の声が浴場を出た後も耳に残っていた……
今は本来なら修学旅行の就寝時刻。
その時間に私は旅館の出入り口に式神返しの結界を作る札を貼って回っていた。
先ほどのことがあっただけに油断はできない。また私が到らぬばかりにお嬢様を危険にさらすわけにはいかない。
士郎先生は自分のせいだと言っていたがあれは私にも責任がある。
正面玄関で札を貼っているとネギ先生と神楽坂さんが声をかけてきた。
ネギ先生達に私が貼っていたことなどを説明し、先程や新幹線のことなどを話した。
西の行動はだんだんとエスカレートしていること、私がネギ先生たちの敵ではないことを話していると士郎先生がロビーに来た。
「あぁ、ここにいたのか桜咲」
「あれ? 士郎さんどうしたんですか?
夜に見回りがあるから今の時間は寝てるんじゃなかったんですか?」
「いや、西からの襲撃があったのに寝てる訳にいかないだろう。
それに話したいことがあったからな。ネギ君たちがここにいるならちょうどいい」
士郎先生がネギ先生達の味方だということは私が最初に説明していたので問題はなかったのだが、先ほどのことなど話すことはいろいろあった。
士郎先生は学園長に生徒の護衛を任されていることを説明し、私に西のことを詳しく話してくれないかということで私はネギ先生達を含めて説明した。
私は魔法使いと呪符使いの違いから話し始めて、私が元西の関係者であることを説明した。
「私は西を抜けて東につきましたが後悔はしていません。
これは私が望んだこと。お嬢様を守ることができれば満足なんです」
ネギ先生と神楽坂さんは少し黙っていたがすぐに立ち上がって。
「よ~し、わかったよ桜咲さん!
あんたがこのかのことを嫌ってなくて良かった! それがわかれば十分!
友達の友達は友達だからね、私も協力するわよ!」
「よし! じゃあ決まりですね!
3-A防衛隊結成ですよ! 関西呪術協会からクラスのみんなを守りましょう!」
……私を信用してくれることは素直に嬉しいのだがその名前はどうなんでしょうか。
いや、不満などいらない。協力してくれるというならお嬢様の安全がさらに上がるということなのだから。
だが、士郎先生は目を瞑ったまま腕を組んで動かない。
私の守れれば満足というのはいけないものなのだろうか……。これだけではダメなのだろうか……
士郎先生は立ち上がって階段の方へ向かう。
「士郎先生……。これではいけないのでしょうか……」
「勘違いするなよ桜咲。
俺は西が来た時、すぐにわかるように屋根に行くだけだ。
……そこまでの決意を見せられて手伝わないなんてできるはずがないだろう?」
「あ、ありがとうございます!」
「まぁ、もしもの時はすぐに連絡してほしい。
西はどんな手で侵入してくるかわからないからな」
そういい残して士郎先生は階段を上がっていき、その姿は見えなくなった。
このかお嬢様を守る。その中で心強い味方ができた。
ネギ先生は見回りのために旅館を出て行く際、従業員の方とぶつかってしまったが大丈夫だろう。
私と神楽坂さんは時間交代で各部屋を見回ることになった。
本来なら私一人でやるべきなのだろう。神楽坂さんは魔法のことなどを知ったとしても一般人の域からは出ないのだから。
それでもやらせてほしいと言って、私が折れた。
今日の3-Aの人たちはとても静かだ。
いや、しかたないことだ。西の妨害で音羽の滝でお酒を飲んでしまったのだから。
……明日の夜がどうなるかは手に取るようにわかるのが怖いな。
!? この気配は!?
私は那波さんと村上さんにぶつかりながらお嬢様の部屋に向かう。
「神楽坂さん! お嬢様はっ!?」
不安に駆られて部屋に入り、聞くと。
「え……そこのトイレに入ってるけど?」
「どれ位になりますか!?」
「10分ぐらいです……うぅぅ」
綾瀬さんはぴょんぴょんと飛び跳ねながら答えてくれたのだが、トイレを我慢しているのだろう。
しかし、今はそれに構っていられない。あの嫌な気配を忘れることができない。
そんな中で携帯の着信音が鳴り響いた。
「どうしたのネギ?」
そう神楽坂さんが携帯に出るが、しかしネギ先生の声は私の耳に届くほど大きな声だった。
『アスナさん! このかさんがおサルさんにさらわれちゃいました!
今、士郎さんが追ってますからすぐに来てください!』
!? なんてことだ……。
トイレの扉を破ってみると、そこには札が置いてあった。
その札からお嬢様の声で“入っとりますえ~”としゃべっていた。
くそっ……! 私はその札を取って破り、駆け出す。
「神楽坂さんはここにいてください!
私はお嬢様を追います!」
「ま、待って! 私も行く!
このままこのかをさらわれるわけにいかないわ!」
危険なのでついてこない方がいいのだが……今はそんな会話をしてる場合じゃない。
「わかりました、では私についてきてください」
神楽坂さんはネギ先生に連絡を取ってお嬢様がどこにいるかを聞くと、今は渡月橋をわたってそこから真っ直ぐ向かおうとしているらしい。
そうなると……嵯峨嵐山駅か!
それならここからそれほど離れていない。急げば何とか間に合うかもしれない!
少し走るとネギ先生に追いついた。
「ネギ先生、お嬢様は!?」
「あそこです! 今は士郎さんがおサルさんに追いついて牽制してますけどあまり攻撃はできていません」
ネギ先生が指差した方向には……確かにサルのような者。おそらく式神だろう。それに士郎先生が一定の距離を保ちながら並走している。
お嬢様を気づかって攻撃できないようだが牽制していたおかげだろう、遅れて出てきた私達がなんとか追いつけた。
士郎さんと式神が駅に入るのに少し遅れて私達も駅に入る。
お嬢様……どうかご無事でいてください……