〔士郎 START〕
本当なら今は小・中・高問わずに授業を受けている時間だ。
だからこの時間に通学路を歩いている学生は少ない。いたとしても早退などの事情を持つ生徒がほとんどだ。
その中を見た目、フランス人形のような金髪の少女、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。そしてその少し後ろを歩く見た目、白髪に長身というなかなか不可解な姿をしたこの俺、衛宮士郎。
そんな二人がどうしてこの時間に歩いているのかと言えば。
「まだ見つからないのか?」
「そんな簡単に見つかったら苦労せんわ。
それよりいつまでついてくるつもりだ。いい加減うっとおしいのだが」
「早く離れたいというなら侵入者を見つけるしかないな。
そしたら教室に戻って俺から離れて授業を受けることができる」
「誰が授業なぞ受けるか。私は早く見つけてまた寝る。昼間は眠いんだ」
というようなやり取りをしながら侵入者を探しているのだった。
エヴァンジェリンの話では侵入者は魔力が微弱で追跡し辛いらしい。
俺も遠坂に魔力の探知については叩き込まれた。だが、それでも得意になったわけではない。
大きな魔力などや戦闘の気配は何とか感じとることができるようになったのだが、小さい魔力やその痕跡を追うということは苦手なのだ。
ようするに……今の俺はほとんど役に立たないのである。
「まったく、大して役に立たないくせに私に意見するなど100年早いわ」
「……その件に関してはすまないとしか言いようがないな。
けどな、捕まえるとか見つけて逃げたりしたのを追うのはできるからな。適材適所ってことで勘弁してくれ」
俺は投影や強化の魔術以外はダメなのだ……どんなに練習しても良くて及第点。悪くてできないのだから……
時計搭で落第しないように遠坂のガンドをもらいながら必死に勉強したなぁ……それに付き合ってくれた遠坂には本当に感謝している。
しばらく歩いて探し回ったが侵入者は見つからなかった。
よほど隠れるのが上手いのか、それとも俺達と違う所で行動しているのか。
確かなのは少々エヴァンジェリンが不機嫌になってきたことだ。
「……いい加減にめんどくさくなってきたな。のこのこ出てきたならどうしてくれよう……」
などと不穏な言葉を言っているのだ。
正直、怖い。昔の何かを見ているような感じなのだ。
そう、エヴァンジェリンの今の姿は俺が元の世界にいた時のことだ。
俺と遠坂の生活費を稼ぐ為に働いていた場所の主、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに似ているのだ。
共通点は金髪だけだが、似ているのは今の行動だ。
彼女は遠坂と同じ鉱石学科に所属していて、遠坂に魔術の理論なり実験結果で負けた時などはエヴァンジェリンのようにどうやってこの屈辱を晴らしてくれようかと恐ろしい言葉を残して自分の屋敷の工房に入っていくのだ。
俺を遠坂の弟子ということを知った後も執事見習いとして雇ってくれたのはうれしかった。
そして工房にも入ることを許されたわけだが……その不機嫌な中に昼食なり夕食を運んでいくのは勇気が必要だった。
彼女の屋敷のメイドや執事さんが俺を見送る様は戦場に向かう兵士を送り出すようだった。
その後、どうなったかは……思い出したくない……
「おい、どうした。いきなり空を見上げて」
「昔のことを思い出してた……」
それ以上は聞かなかった。
学園長に支給された携帯で結界に侵入した者を捕まえるまで授業に出れないことを伝えた。
学園長は笑って了承してくれた。そしてエヴァンジェリンのことも頼むと言われた。
結局、侵入者は見つからなかった。
授業が終わって合流した茶々丸が合流し、これからは私がやると言われた。
俺はまだつき合うと言ったが丁重に断られ、さらに止めの一撃。
「貴様より茶々丸の方がよほど役に立つな」
ぐうの音も出なかった……
だがそれで諦めるはずもなく、やむなく別れた後も一人で探していた。
日が暮れてきた。その中を俺はまだ歩いていた。
そして建物の路地に入って、跳んだ。
人目が無いことを確認して建物の上に立ち目を凝らす。
この行動も何回もした。それでも侵入者と思わしき姿は見つからなかった。
ふと中等部女子寮の方を見ると……白い何かが駆けていた。
それはイタチのようだった。そしてなぜか……下着のようなものをくわえていた。
そして集中してみるとその小動物からは微弱な魔力を感じた。
俺は何故という疑問を抱えながら建物から降り、気配を消し、音をたてないように近づいていった。
その小動物は寮の方を見ながら立ち止まっていた。
俺は捕まえるチャンスと思い、一気に近寄った。
すぐに俺に気づいて逃げようとするがもう遅い。胴体の部分をつかんで捕獲した。
やはりかすかに魔力を感じる。たぶん、これが結界に反応した原因ではないだろうか。
キーキー鳴いて暴れている。さて、これをどうしようか。
エヴァンジェリンに渡すか、それとも学園長に報告するか……
そんなことを考えていると、暴れていた小動物が大人しくなった。
もしや握る力が強くて殺してしまったかと思い、視線を向けると目が合った。
「……あんた、もしかして魔法使いじゃないのかい?」
「……」
しゃべった……! この小動物しゃべったよ!
と、少し驚いてしまったが魔力を感じることから考えたらありえないことでもないのだ。
俺の世界でも珍しいが猫の妖精がいる。人語を理解し、話すこともできる幻想種がいる。
俺は見たことはないが存在は確認されている。
これもそれに近い存在なのだろう。
「もしそうだとしたら?」
「俺っちの話を聞いてもらいたいんでさぁ」
俺は捕まえた手を離しはしなかったが少し緩めてやった。
すると小動物は一気に語りだした。
ここに来たのはある人に会うためにだという。
その人の匂いを覚えており、それをたどってここまで来た。だが、その匂いがある場所から途切れてしまった。
その場所というのが……この女子寮の大浴場である“涼風”らしい。
こいつは探すために中に入ったらしいが、見つかってしまい大騒ぎになってしまい逃げたという。
それを俺が見つけて今に到るという。
「そのお前が探してる人は女性なのか?」
「いや、男っスよ。ここから匂いがするのはおかしいなとは思ったんだが、ここが一番匂いが濃いんスよ」
……まさか。
「その人の名前は」
「ネギ・スプリングフィールドっス」
……俺の予感は当たった。
俺はネギ君が居候している部屋の前で立ち止まり、チャイムを押した。
すぐに中から返事がして、扉が開いた。
「は~い、どちらさま……って士郎さんか」
「こんばんは、神楽坂。
突然で悪いがネギ君はいるか?」
「ネギ? いるけど、あいつ何かやらかしたの?
どうする? 入る?」
本来なら生徒の、まして女の子の部屋に進んで入るようなことはしたくないのだが……今回はしかたない。
「あぁ、すまないがお邪魔する。
それとこのかはいるのか?」
「いるけど、今はお風呂に入ってるわ。
……変なこと考えたりおかしな行動したら殴るわよ」
「わかってる。早く用件を済ませて出て行くさ」
俺は神楽坂に促され、中に入った。
そして俺の右手には不気味にうごめく巾着が握られていた。
「こんばんは、士郎さん。
どうしたんですか? 士郎さんが僕を訪ねてくるなんて」
「……ネギ君、君は人以外の知り合いはいるかい?」
「「は?」」
神楽坂はやっぱり“何言ってんのこの人、大丈夫?”という目で俺のことを見ている。その目はやめてくれ、俺だって変なことを聞いてるっていうのはわかってるんだから。
ネギ君も俺を“疲れてるんですね”って目で見るのは止してくれ。傷つく。
「変なことを聞いているのはわかってる。それでどうなんだ?」
「えぇと……ごめんなさい。ちょっと心当たりがないです」
「お邪魔した」
俺はそう言い残して出て行こうとした。
そして一層、巾着がうごめきだした。
「ちょ、ちょっと士郎さん。その動く巾着は?」
「気にしなくていい」
「……ちょっと貸しなさい」
「断る」
「なんでよ、変なものが入ってるとかじゃないんでしょ?」
「いや、相当変なもの入ってる」
「だったらやっぱり貸しなさいよ。
その変なものをこの部屋に持ってきたんだから見る権利はあるはずよ」
「そんな権利はない。だからその手を離すんだ」
「士郎さんが見せてくれるって言うならね」
見せられるわけがないだろう。こんな精神衛生に悪いものが入ってるんだ。
下手すれば子供の夢を壊しかねない。
そんなやりとりをしていたら……嫌な音が聞こえた。
ビリビリと布が破れる音がした。あぁ、この音は……。
視線の先には中ぐらいから現在進行形で破れている巾着があった。
強い力で引っ張りあったせいで布が耐えられなくなったのだ。
俺が神楽坂に引っ張るのをやめるように言う前に……巾着は無残にも破れてしまった……
中から飛び出す白い物体。
華麗に中を舞いながらネギ君の視線の先に着地した。
「久しぶりでさぁ、ネギの兄貴。
アルベール・カモミール、恩を返しに来たぜ」
部屋に広がる静寂はいったいどのようなものだろうか。