SIDE 一方通行
なるべく人の目に付かないようにサッと外に出てサッと女子中学校の領域から離れる事にした。
俺は少しホッとしながら、さっきの事を思い出す。
―――にしても、まさか神楽坂アスナに捕まるとは。
広域警備員の証は見せたものの、まだ胡散臭い顔をしていた。
俺の顔ってどう考えても社会人に見えないしなあ。
広域警備員を装った男子校生徒かもしれないのだ。
今度からスーツでも着て行こうかね。
きっと似合わないと思うが。
そう思いながら俺はボロいアパートにある我が家に帰還する。
なんだかもう自分の家のような慣れ親しんだ感がある。
もうここに永住でもいいかな、という馬鹿げた考えが浮かぶほどだ。
この階は俺以外誰も住んでいないらしいので、平日休日構わずしんみりと静まりかえっている。
今は昼間だというのに、子供の喧騒も聞こえないというのは寂しいものだ。
俺はそう思いながら、今日は疲れたしずっとゴロ寝しようと心に誓っていた、の、だが……。
「……なンでテメェ等がここにいンだよ」
「そ、外で待っていたら寒かったんでな。ちょっと邪魔させてもらってるぞ」
「勝手に上がってしまって申し訳ありません」
俺の部屋にいたのは毛布に包まっている金髪幼女と、勝手に台所でココアを作っている機械人形だった。
知る人が見たら凄まじい構図だといえるだろう。
この狭い部屋にいるのは魔法に関わる者ならまず知っているくらい有名な『闇の福音』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと、麻帆良最強の魔法使いである学園長すら勝てないと言わしめたこの俺、アクセラレータが対面に座っているというのだ。
魔法先生たちがこの状況を見ているのだとすれば、既に戦々恐々としていることだろう。
何も関係はないが、丁寧に茶々丸に『絡繰茶々丸と申します』と自己紹介された時は反射的に『アクセラレータだ』と応えてしまったのが実に悔やまれる。
もう少し茶々丸を弄っても良かった。
俺は茶々丸が淹れた暖かいココアを飲んでいる。
流石に美味しいお茶を淹れるお茶汲みロボットをイメージされただけあり、飲食に関してはとんでもない技術を持っているようだ。
一家に一体茶々丸が欲しい。
とまあ、そんな現実逃避的な思考は置き、俺はちゃぶ台を挟んで向こう側にいるエヴァを見た。
ありえないことに、朝はあんな生意気な口を利いたクソガキであるエヴァが、なんとも大人しくなってしまっている。
変な薬でも飲んでしまったのか?
何やら漫画やSSでの妙な尊大っぷりが一切感じられない。
なんだこの消沈した空気は?
というより、こっち見んな。
チラチラと何を物欲しげに見てんだ?
ハッ、まさか。
「柿ピーならやンねェぞ」
「誰がそんなモンもらいたいと言った!?」
俺がテーブルの上にある柿ピーの所有権を主張するが、エヴァはどうやら柿ピーが欲しいわけではないらしい。
まあ、食べ物が欲しいんだったらもっとギラギラした目つきで見てくるよな。
「じゃァなンで俺ン家に来てンだよ?」
「そ、それは、その……」
何故そこで言い澱む。
視線を逸らしてもじもじしている様は『萌え!』と叫びそうなほどかわいらしいのだろうが、何故か何も感じない上にムカツクのは何故だろうか。
アクセラレータよ、君はラストオーダーにロックオンしたのではなかったのか。
クソ生意気なクソガキが好きなんじゃなかったのか?
俺はもじもじしているエヴァから視線を外し、茶々丸の方に向く。
「それに、鍵は閉めておいたはずなンだが」
「ピッキングで開けました。電子ロックもされていないので開けるのは簡単でした」
言っとくけど犯罪だからねそれ。
いくらなんでも犯罪と犯罪じゃない手法の区別くらいつけて欲しい。
全く悪びれてないこの二人は俺の想像以上に図太いようだ。
イラつく上にため息が出る。
まだキレて叩き出してない自分を大いに賞賛したい気分だ。
とは言ってもこのまま茶を啜る音と柿ピーを噛み砕く音しかしないのではあまりにも気まずいので、不本意であるが話を切り出すことにした。
「何が目的なンだ?それ話して俺が温厚な内にサッサと帰れ」
それに何かを不満げに言おうとしたエヴァだったが、口を開こうとしてすぐに閉じた。
一体何をそんなに躊躇しているのか。
さっぱりわからない。
だからこそムカつく。
「何をイジイジしてやがる。また潰されてェのか」
脅しをこめて俺はエヴァを睨みつけた。
茶々丸がその言葉に対して身構えているようだが、今の装備で格闘しか能がない茶々丸がこの状況でできる事はエヴァの盾になるくらいしかない。
問題外だ。
殴りかかってきても、茶々丸の腕が潰れるだけだし。
茶々丸の視線を無視しながら、俺はずっとエヴァを睨んでいると、彼女はいきなり、
“頭を下げた”。
「……悪かった」
その事実を、最初俺は許容できなかった。
「………………はァ?」
「だから、悪かったと言っているだろうが!!」
なんだか恥ずかしげに顔を真っ赤にしながら叫んでいるが、俺からすれば意味不明な音波に過ぎない。
あの『闇の福音』のエヴァンジェリンが謝った。
おそらく、午前中のあの対面の時の態度に関して。
ありえるのか、こんな事が?
俺のフリーズしている思考をよそに、エヴァはべらべらと喋り始める。
「あの時の態度は初対面の者にするべき態度ではなかった。貴様の行動には確かに腹立つ所もあったが、だからと言ってああいう行動に移すべきではなかった。だから謝った。何か問題でもあるのか?」
「……っつか、問題うんぬんよりもテメェが素直に謝った事が信じられねェんだが」
礼を言うのですら言い澱むくらい素直じゃないエヴァがこんなに素直になるなんて、一体何があったのだろうか。
……まさかとは思うが。
俺が一つの結論に達したとき、頭が冷えたためか外からの視線に気がついた。
窓越しでしかも建物の影からこちらを覗っているため、全く気付かなかった。
魔法でもなかったしな。
俺は舌打ちすると、窓越しにそいつに向けて腕を振るった。
ゴンッ!という鈍器を頭に打ち付けたような音があいつの頭の中に響いて吹き飛んだはずだ。
それにしても、俺も空気の操作には慣れちまったもんだな。
俺の行動が意味不明だったためか身体を強張らせていたエヴァだったが、その行動が何に結びついたのか気づいたようだ。
「監視か?」
「プライバシーの侵害って奴だ」
つまりその通りだと肯定しておいて、俺はさっき思いついた一つの結論の真偽をエヴァに尋ねる事にした。
「それよりもテメェ、学園長室での話を聞いていやがったな?」
その言葉に、エヴァは何の悪びれもしてない態度で……いや、元の態度に戻って逆に問い返して来た。
「どうしてそう思う?」
「テメェの態度の変化が早すぎる。それに、ここの連中は揃って頭が硬ェ。テメェも例外じゃねェ。なのにいきなり自分の意見を取って返して俺の家まで押しかけて謝りに来るってのァどォ考えてもおかしい。……部屋ン中でテメェが妙な態度だったってのも理由の一つだがな」
そう、明らかにエヴァの態度は変だった。
それが謝るための心の準備の時間とは……素直じゃない吸血鬼も大変だ、と思う。
同情はしないが。
「……まあ、大方その通りだ」
隠すつもりもなかったのだろうが、エヴァはその説明を聞いて納得したように肯定した。
俺はエヴァの前で問い掛けてやった。
「俺に同情でもしたのか?」
「しなかったと言えば嘘になる。だが、同情したから謝りに来たわけではない」
「ハッ、ガキにツンデられても嬉しくねェよ」
モノホンのツンデレでも嬉しくはないが。
「タカミチや学園長は俺達が殺りあうのを心配してたみてェだが、テメェはどうする?別に俺はいいぜ?吸血鬼ならどれだけグチャグチャにしても再生するだろうしな」
「その気はないな。全ての物理攻撃を反射する貴様とまともに戦っても私が負けるだけだし、貴様をどうにかするにはその反射とやらを断ち切るような空間魔法でしか対処できん。それは面倒だし、貴様もそういう魔法に対しての対策は考えているんだろう?」
「よくわかってンじゃねェか」
俺がクックッと笑うと、エヴァは立ち上がった。
これ以上話す事はない、と言うことだろう。
賛成だ、俺も眠くなってきた所だしな。
「行くぞ、茶々丸。もうここに用はない」
なんだかカッコつけて立ち去ろうとするエヴァを見てムカついた俺はからかってやることにした。
「さっきまでもじもじしてた奴たァ思えねェ発言だな」
「う、うるさい!貴様、そんな物言いしかできんのか!?」
「あァ?じゃァどンな物言いをすりゃいいンだ?俺が丁寧に敬語でも使えば良いのか?」
「……う、想像して鳥肌が」
「そこまで俺の敬語はキメェのか!?」
「貴様が言い出した事だろうが!!」
ギリギリと睨み合った後、俺はニヤリと笑った。
「表にでろ。グチャグチャにしてやンよ」
「ほほう上等だ。空間を凍りつかせる魔法なら貴様を閉じ込めるのも可能なはずだな?」
不敵な笑みを浮かべつつゴリゴリと睨み合う俺達を見て、茶々丸がぽつり。
「……お二人とも、楽しそうですね」
「「どこがだ!!」」
俺とエヴァはこれ以上ないと言うくらいピッタリと同じ発音をしてしまった。
これ、漫画とかにしかないもんだと思ってたよ。
激しく鬱な午後が過ぎ去っていった。
それから一ヶ月後。
何故かエヴァに夕食に誘われるとこれが癖になった。
仕方ないだろ、茶々丸の料理が美味いんだから。
三日に一回はエヴァの家に夕食をたかりに行く。
おかげで、何故か俺とエヴァの間には妙な親近感のような物が生まれていた。
なにしろ俺とエヴァを比較すると性格が良く似ているのだ。
意地を張るところもそうだし、素直にならないところもそうだし。
何よりも、最強の力を持った故に孤独になった境遇も同じだ。
エヴァが孤島の城に引きこもったのに対し、俺は引きこもる事ができずにいろいろとやってしまったのが違うところだが。
そのせいか、最初は殺し合いになりかけた仲だというのに今ではすっかり改善されてタカミチと並ぶほど話せる相手となっていた。
タカミチと違ってエヴァはからかいがいがあるからストレス解消にもなるしな。
それと、言い合いになるたびにオロオロとする茶々丸に不覚にも萌えてしまった。
いつかエヴァのように無造作にネジを巻いてみたいものだ。
さて、今日も俺は寒い中、黒いコートを羽織りながら街中を歩いていると、いきなり声をかけられた。
「お兄さん、ちょっといいカ?」
来たか。
いつか来ると思っていたが、ようやくとは。
振り向いて見ると、そこには肉まんを片手にニコニコとしている超鈴音の姿があった。
「んだよ。ナンパならお断りだ」
だが、超はニコニコしたまま言った。
「最近話題のアクセラレータさんとお見受けしたネ。ちょっとお話したいことがあるヨ」
やはり、俺の情報は調査済みか。
だが、流石に俺の過去の事は知られてないだろう。
学園長やタカミチ、エヴァもそうそう人に広めたりしないだろうしな。
俺は超の言葉ににやりと笑うと、超の方に向き直った。
「関係者か?」
「正確には違うケド、まあそんな所ネ」
実に曖昧な答え方をする超。
なるほど、彼女の状況としては実に適切な応え方だ。
「あァ、いいぜ。テメェの話とやらに付き合ってやンよ。それとその饅頭寄越せ。見てたら腹減った」
「噂通り強引な人ネ」
そう言いながらも、超は肉まんとそれが後2つ入っている袋も渡してくれた。
『超包子』と袋にはプリントされている。
交渉と同時に宣伝までするか、ちゃっかりした奴だ。
道中冗談じゃねェほど美味かった肉まんを俺にしては珍しく正直に誉めたり、それに対して超が年齢相応に照れるのを少し驚いた気持ちで見ていたりしたが、それは余談となる。
超の案内についていくと、とある喫茶店にやってきた。
やけにカップルが目立つおしゃれな喫茶店である。
これなら俺と超が一緒にいても不自然ではない。
事情を知っている奴等が見たら余りにも不自然だろうが。
結構混んでいたが座れる席はあったようで、俺と超は対面になるようにして座った。
女性客を刺激しないためかこの手の喫茶店にしては地味な制服のウェイトレスが水とおしぼりを置いていくと、俺は話を切り出した。
「ンで、何の話だ?」
すると、超は鞄の中から拳大くらいの機械を取り出すと、それのスイッチを入れた。
途端に回りの音が遮断され、騒がしいはずの喫茶店が急に静かになる。
……一定範囲の音波遮断装置か。
俺はどこかのんびりした思考の中で、ふとそう思った。
「流石に肝の座り方が違うネ。普通これを起動したら驚くものなのだが」
「ハッ、そこらの小物と一緒にすンじゃねェよ」
実際、俺からすれば驚くほどの物でもない、と言うのが本音だ。
こんな事に驚いていたら第三位の超電磁砲を見たら度肝を抜かす事だろう。
コインを音速の三倍で撃ち出すと言う事実に平然としていられるのに、なんで今更音が消えたくらいで驚かなければならないのか、と言うものだ。
超は俺の様子を興味深そうに見た後に、水を一口飲んでから話し始めた。
「私の名前は超鈴音。話とは、ぶっちゃけるとアナタに頼みがある」
「内容を聞いてから考えてやンよ」
俺は即座に答えた。
この超鈴音は麻帆良随一の最強頭脳。
言霊を取られるとどんな条件をつけられるかわかったものではない。
俺は真剣になると相手を威圧してしまうようなので、少し砕けた感じで言ってやったのだが、どうやら真剣に取られてないと思ったらしく、超は少し声を硬くした。
「頼み事はただ一つ。私の計画の邪魔をしないで欲しい。それだけヨ」
「計画、たァ良い響きじゃねェな?何やらかすンだ?」
「それを詳細に説明するにはアナタが頼みごとを了承する必要がある。でなければ、高畑先生たちに潰されてしまうからネ」
そのタカミチと仲が良い俺にこの話をもちかけてきたと言う事は、彼女の中で俺は相当危険視されているのだろう。
実際、超の言葉には氷の鋭さはなくても氷の温度がある。
何を言われても激昂して計画を崩さないように、敢えて無感情になっているのだろう。
この歳でそこまでできる人物はそういない。
学園都市の中でもだ。
まだ若いせいか危うい所があるが、彼女はローラ・スチュアートやアレイスター・クロウリーのような陰謀家の性質がある。
まあ、この俺に交渉事をしかけて来る時点でその二人には劣るが。
だがそれが面白い。
俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「わァーった。その邪魔ってはタカミチやガンドルフィーニに話さないことも含めてだな?」
「その通りネ」
そう言うと超は計画の内容を話そうと口を開くが、俺はそれを遮った。
「いいのかよ、そんな簡単に信用して?裏切るかもしれねェぜ?」
「その時はその時ヨ。どの道、アナタがこの計画について無視を決め込まなければこの計画は成功しない。アナタとの交渉材料を握ろうにもアナタの情報は全くなかった。だから私としても分の悪い賭けにでなければならなかったネ」
つまりは、彼女にとってこれは大きなギャンブル。
彼女の声が硬いのはそれによる緊張もあるだろう。
「面白ェ。分の悪い賭けに出る奴は馬鹿だが嫌いじゃねェ。話せ」
「……私の計画は全世界に魔法使いの存在を公表する事ダ」
俺は敢えて意外そうな顔をしてやった。
流石にここで驚かなければ不自然である。
「なンでそんな事をすンだよ?魔法使いってのは秘匿事項じゃなかったのか?」
「そうだが、キチンと理由はある」
おそらく、『おまたせしました』と言ってウェイトレスが置いたホットコーヒーを手に取り、俺は超の続きを聞いた。
「アナタは、このまま魔法が永遠と秘匿されることが有り得ると思うカ?」
「可能性としては限りなく低いがあるな。何事にも可能性はある」
「限りなく低い可能性は不可能というヨ。つまり、いつまでも魔法が秘匿されるわけではない。いつかその存在が世界にバレるネ。その時、世界はどうなる?」
俺は肩を竦めつつ応えた。
「ま、混乱するな」
「その通り。アナタは知らないかもしれないが、世界に散らばる魔法使いの人数は東京圏の人口の約二倍。全世界の華僑の人口よりも多い。しかも彼等は我々の世界とは僅かに位相を異にする異界と呼ばれる場所に幾つかの国まで持っている」
魔法世界の事だ。
「それだけの人数がいることが、そして魔法の有用性、攻撃性の高さが全世界にバレたら、まずこの世界の国々が競って魔法世界と交流を持とうとするだろう」
「当然だな。得体の知れねェもんを軍事利用されて国の軍備を強化されたら相手国にしてみりゃたまったもんじゃねェ」
「そう。そして魔法使いはおそらく彼等に魔法の情報をリークするだろう。魔法世界の上層部が止めても、最下層の人間達を全て見張る事はできないネ。金、名声、女……人間の欲望を少し突つけば簡単に魔法使用方法はバレるヨ」
そこで女が出て来る所を見ると、彼女も世界が腐った所をいくつも見て来たのだろう。
俺もそう言うのには虫唾が走る。
「……その結末は読めた。在り来たりな話、この世界と魔法世界の戦争だろ?人間ってのは平和に暮らせる生物じゃねェ。互いの技術を奪い合う戦争に発展するのは間違いねェな」
原作じゃあ超が来たのは魔法世界が滅亡するとかどうとかいう理由だったらしいが、それ以前に戦争が起こったと言う事だろうか。
超は俺の思考をよそに、ニヤリと笑う。
「アナタは頭が良いと情報にはあったが、その通りみたいネ。僅かな情報だけでそこまで判断できるのは賞賛に値するヨ」
「世辞はムカつくだけだ」
そこで一旦言葉を切り、俺は少し呆れたように話した。
「ンで?この世界と魔法世界がドロドロの戦争状態に突入して世界は終わると、そう言う事を言うためだけに俺を呼んだのか?」
「違う。その荒んだ未来を回避する。それが私の使命ダ」
使命か。
そういうマジメな所はネギ譲りだな、超鈴音。
「なンだ?テメェの言い分からするとその未来を実際に体験して来たように感じるンだが……」
俺が探るように聞いた所、超は少し驚いた顔をした後に不敵な笑みを浮かべ、あっさりとばらした。
「その通りヨ。私は未来人。今言った荒んだ過去を経験してきた者ヨ」
「どこぞの耳がねェ青色のネコ型ロボットが未来を変えに来たってトコか?御苦労さんなこった」
「これは世界規模の話ネ。どこぞの一家の運命とは違うヨ」
馬鹿にされたと思ったのか、超の口調に多少怒りが混じる。
この程度で怒りを混ぜるというのは、交渉人としては半人前だな。
「……それにしても、随分と飲みこみが良い。未来人なんて信じないと思っていたのだが」
「俺と常識人の感性と比較してもらっちゃ困る。俺にはテメェが未来人だろうが過去人だろうが変わらねェ。テメェは超鈴音という個。ただちょっとだけ物知りなだけの存在だろ?」
「未来人をただ物知りなだけの存在と言い切るとは……ふふ、アナタに興味が沸いてきたヨ」
「ハッ、笑えねェ冗談だな」
俺はちびちびと飲んでいたコーヒーを飲み干すと、少々乱雑に机の上に置いた。
さて、俺はどうするか。
このまま超を邪魔せずともネギが止めてくれるし……だいたい俺には超の計画を邪魔する理由がない。
超の危惧する未来の悲劇は少なくとも俺が生きている時代じゃないと思うし、俺には関係ない話だ。
超のやり方も考えも間違っていると思うが、止めてくれる人間が未来にいる以上、俺が止めるわけにはいかない。
だが、少し文句を言っておこうと思う。
漫画では断固たる頑固者だった彼女がこれでどう揺らぐか、想像しただけでも面白い。
だんだんと原作知識を利用して苛めるのが趣味になってきている気がしないでもないが、それは気にしない方向で。
「結局、テメェは未来人で悲惨な未来を変えるためにここに来た。漫画的で世にも珍しい有り得ねェ設定だが、そこは許容してやる。だがな、テメェの行動自体は許容する事ができねェ」
それを聞いた超の顔が忌々しげに歪んだ。
「……私の計画を聞いた上で裏切るつもりカ」
「タカミチ達には黙ってやる。ただ、俺はそれに協力もできねェし付き合う気もねェ。これはテメェに対しての俺の愚痴だ」
とりあえず自分の計画に支障はない事がわかったのか、超の怒気が多少収まる。
完全に収まらないのは、自分の行動が許容できないと言った事だろう。
「まず、テメェが回避しようとしているのはこの世界にもありふれた悲劇に過ぎねェ。確かにその規模はとてつもないものになる。過去、人類がなしてきたあらゆる悲劇に勝る悲劇になるのは間違いねェ。だがな、そんな悲劇なら以前にも起こったじゃねェか。例えば、前世紀」
「……第二次世界大戦カ」
「そ。今の所二十世紀は人類史上人がもっとも大量に死んだ悲劇の世紀。だが、それ以前にも悲劇はあった。十字軍やら異民族による現住民族の殺戮、差別。で、テメェは悲劇を救いに過去に来たんなら、まずはその過去を防げば良いじゃねェか。その過去をなかったことにする。それが正しいと言えるのか、超鈴音?」
「…………」
「嬉しい事、悲しい事、受け入れ難い現実があろうがな、起こってしまった事は起こってしまった事だ。過去は全て受け入れざるを得ない現実だ。現実を否定して生きていく事はできねェ。だからこそ、人はその上に立って真っ直ぐ地面を踏んで歩いていくしかねェんだよ」
超の瞳に宿る怒気が増す。
それを知りつつも、俺は淡々と語った。
「テメェにはどんな悲劇があったのか、俺は知らねェ。だが、それがテメェの悲劇である以上、世界を変える理由にはならねェ。戦争ってのは得する人間がいるからやるンだよ。損するのにわざわざ戦争なんざ起こすはずねェだろうが。テメェのいた世界の戦争だって得する人間がいたから起こった。それをテメェが未来を変える事で邪魔するのなら、それはテメェのエゴ。テメェの理想を主軸とする主観的なワガママに過ぎねェ」
「だからと言って、アナタは見過ごす事ができるのカ!?」
ゴンッ!!と超は机を叩いた。
幸いにも音は遮断してあるので、超の行動は誰にも気付かれていないようだ。
超は憤怒に顔を歪め、俺に向かって言葉を吐き出していく。
「知らぬ所で何千何万の人が死んでいく……そんな未来を回避するためなら、私が悪役になっても構わない!私はこの目で見て来た!いくつもの凄惨な戦場を……アナタはタイムマシンがあり、身近にそんな存在がいたとしても過去を変えようとは思わないのカ!?」
「自惚れるんじゃねェ、三下が」
俺は超を睨み付ける事で威圧した。
学園長やタカミチすらみじろぎさせたその気迫を受け、二の句が告げなくなった超に対し、俺は続ける。
「それでも俺ァ過去を変えようとは思わねェよ。くだらねェ」
「なっ……!?」
「テメェ、本気で世界を救えるとでも思ってンのか?この世界に魔法をばらして、ンでそこからの対応を変えることで未来とは違う結末を作ろうと思ってンだろうが……片腹痛ェぞ。まさかそこで『私はうまくやる』とか言わねェだろうな?そこでうまくやれなかった場合、テメェは間違いなく自分の犯した罪に潰れる。責任をどう取るって話だ。そうだよなァ、目の前の現実が認められずに過去にやってきた臆病モンが」
超は瞳を怒りで燃え上がらせながらも、反論する事ができない。
したら認める事になるからだ。
己が臆病者であり、だからこそ現実を受け止められないから現実を変えるために過去にやってきたと。
「過去は過去だ。それが自分に起きた悲劇でない以上、俺は変える気は起こらねェ。人間一人じゃ全てを救えねェからだ」
「だとしても、一握りの人達を救おうとは思わないのカ?」
「思わねェよ。だからテメェは三下なンだ。例え一握りの人間を救っても、二握りのほかの人間を救えなければそれまでじゃねェか。それとも何だ?自分に関係ねェ人間は救わなくても良いってか?」
「ッ……!?」
「そこで良いと答えない時点でテメェは俺とは違う」
俺は歯を食いしばって何も言えない超を鼻で笑った。
「テメェは俺ほどの地獄を見て来てねェ、ただの小悪党だ。悪役?ふざけンな。役者不足なンだよ。悪党には悪党なりのルールがある。テメェは悪役と言っておきながら偽善を働く。なら自分が悪になる覚悟くらい持つべきだぜ?」
「……アナタは記憶を失っているんじゃなかったのカ?」
「俺が黙ってる代わりにテメェも黙ってろ。これで商談成立だ」
これで良い。
俺は傍観者で、超の邪魔をしない。
超は実行者で、俺を妨害しない。
互いに不可侵の関係を築く事で、この交渉、俺としては最高の出来だ。
慣れ合いは俺のガラじゃねェ。
「なァ、超鈴音。テメェがどんな地獄を見て来たのか俺は知らねェ。だが、テメェがその程度の覚悟なら、俺の闇を見た瞬間テメェは壊れるぜ?」
俺は更に強めに超を威圧した。
いや、これは軽い殺気と言っても良い。
その俺の殺気に、超は顔を青ざめて身体を強張らせた。
なんだ、やっぱりこの程度か。
「世の中にはテメェが見た悲劇よりも遥かに勝る悲劇がいくらでもある。世界を救うとされる行動の中でその悲劇を起こす可能性を内包している以上、テメェ程度の悪役じゃたかが知れてる。俺は何もしねェけどな、断言してやる。その計画は必ず失敗する」
「わ、たしが……失敗するというのカ!?」
ほう、反撃したか。
見所はあるが、ダメだな。
「あァ、そうだ。まァ、テメェ程度の器が何しようが知れた事。それ以上もがけばテメェが壊れるだけだ。俺としちゃァどっちだろうと構わねェが、病院に運ばれてタカミチに心配されたりすンなよ?」
俺はもう話は終わったとばかりに立ちあがる。
俺の威圧から解放された超は何か文句を言おうとしたのか『待て!』と叫ぶが、
「ッ!?」
パンッ!と超の顎が軽い打撃音と共に上に跳ねあがった。
風を上に突き上げてやったのだ。
口を抑える超を見て、俺は狂気に歪んだ笑いを見せてやった。
「なァ、肝臓と腸を一緒に握りつぶす時の感触って、知ってっか?」
それが日常的に言えることこそが、俺と超の闇の違い。
超は所詮被害妄想に浸っている井の中の蛙に過ぎない。
彼女はそれを本能的に理解したのかわからないが、俺の顔を見て顔を真っ青にした後に、椅子にへたり込んだ。
彼女もそれなりの狂気と闇を見て来たのだろうが、学園都市の闇じゃ生きていけないな。
正義感が強すぎる。
俺は見えてもいないだろう超に軽く手を振ると、帰り際に出入口近くにある一つのテーブルの前で立ち止まった。
そこには顔を真っ青にしてガタガタ震える一人の少女の姿があった。
「ハッ、そんなに怖がらなくても何もしねェよ。テメェを怖がらせるつもりはなかったし、今の話は記憶から消せ。まァ、世の中が綺麗な事だけじゃねェってことくらいは覚えとけよ」
そう言って、俺はメガネの少女……葉加瀬聡美の目の前に小さな盗聴機を置いて、俺はその喫茶店から出ていった。
……ったく。
エヴァと言い超と言い、この世界には現実を知らない奴等が多すぎる。
SIDE 超鈴音
アクセラレータが店の外に去ってからきっかり一分間、私は身動き一つ出来なかった。
ようやく身動きができると、私は大きく息をついた。
私は世界と言うものをそれなりに知っていると思っていたが、甘かったネ。
なんなんだ、アレは?
おそらく彼が意識的に向けられる殺気や威圧の中でも最小限のものでさえ、私は足が竦んで動けなくなる。
その狂気に当てられて思考すら停止する。
私はやはりその程度の小物なのカ。
「いや……アクセラレータが凄すぎるだけ、カ」
あの狂気は誰にも真似できるようなものではないネ。
おそらく、私とは別次元の壮絶な地獄を見て来たのだろう。
だというのに、彼は平然と日常生活に溶け込んでいる。
狂う事もなく、ただ平然と。
それがどれだけ難しい事か、私にはわからないヨ。
だから私は三下なのかもしれないネ。
「……それにしても、嫌な予言を聞いたネ」
私の計画は失敗する。
彼の言う事が本当になる確率は高いのかもしれないヨ。
失敗に終わらせる気はないが、やはり私のご先祖様が止めに来るのだろうカ。
もっと計画を練る必要があるネ。
「ハカセ、帰るヨ」
盗聴を頼んでいた友に携帯を模した無線で呼びかけるが、応答は無い。
「……ハカセ?」
疑問に思ったが……そこで私は気付いた。
闇の一端を垣間見ている私ならともかく、精神的に間違いなく一般人のハカセがあの会話を聞いていたとしたら……!
私はそれに気付いた瞬間、ハカセのいるテーブルに向かった。
回りがどう見ようが、気にしない。
そのテーブルに向かうと、ハカセは俯きながら震えていた。
過呼吸のような息を繰り返している。
ショック症状だ。
あの人は盗聴機越しの人間でさえ恐怖に陥れるほどの気迫を放てるのか。
……やはり私は三下ネ。
「ハカセ、大丈夫ヨ。もう帰るネ。こんな事につき合わせてしまってすまない」
まだ震えているハカセを立ちあがらせ、私はレジで心配そうな顔をしているお人よしの店員に軽く手を振ってから外に出た。
もちろん、金は払ったヨ?
って、結局私は彼に奢らされた形になるネ。
まあ、ホットコーヒーの一つくらい、別にいいケド。
それよりも、アクセラレータか。
「え、えっとー……超さん?なんか顔赤くないですかー?」
横にいるハカセのそんな声にも気づかず、私は彼の言葉を思い出していた。
『三下』、カ。
むふふ、この天才の私を三下と呼ぶ人間がいたなんて驚きヨ。
本当の意味で彼に興味が沸いてきたかもしれないネ。
「ちゃ、超さん!?なんかまだ顔赤いんですけど!?っていうかこんな街中でトリップしないでくださいーっ!?」
「むふふ……三下カ……」
「むふふじゃなくてーっ!?」
ハカセが半泣きになっても、私はニヤけ顔が止まらなかった。
~あとがき~
立った、フラグが立った!
……すみません、なんでもないです。
お待たせしました、第8話をお届けします。
再びアクセラレータさんのSEKKYOUタイム。
このごろ説教ばっかりですねwww
というわけで、エヴァとはそれなりに親密になりました。
ガチンコの戦闘ではなく(それではアクセラレータさんが勝ってしまうので)、穏便な和解という形をとりました。
お互いぶつかってもデメリットしかないということに気づいてOHANASIで解決したオトナな二人です。
コメントで散々戦闘についての考察をいただきましたが、こうさせていただきました。
意外でしたか?
楽しんでいただければ嬉しいです。
ちなみに、アクセラレータは餌付けされましたwww
エヴァよりも茶々丸を守ります。
超についてですが、ちょっと凄惨になるように過去を改変させました。
魔法世界が崩壊するという危機の前に世界大戦が起きた、という設定です。
筆を進めてたらいつの間にか世界大戦が起こっていた……。
コーフンして設定とはいえ世界大戦起こすなんて、俺の脳内どうなってんだろ。
後、今回は殺伐としていたので、次はのほほんといきたいと思います。
アクセラレータがのほほん―――違和感しかねえwww
追伸
感想の方でご意見をいただきまして、ちょっと追加事項を。
この作品の憑依アクセラレータは『一般人』と『一方通行』の精神が混在している状態です。
エヴァや超に限った事ではありませんが、アクセラレータの感情が高ぶったり、何か決定的に『一方通行』がキレる原因になることが起こった場合、普段は表に出ている『一般人』の精神を『一方通行』が乗っ取ります。
アクセラレータが説教するのはあくまでその『一方通行』が説教しているのであり、闇?なにそれとばかりに平凡な生活を送ってきた『一般人』が言っている事ではありません。
一般人が何知ったかしてんだよ、テメェの記憶じゃねえだろうが、と思われることもあるでしょうが、説教する理由としてはそういうことです。
わかりづらいようでしたら、今度から『一般人』と『一方通行』が切り替わる描写を追加しようと考えています。
不快に思われた方が多いようで、お詫びいたします。