SIDE 一方ミサカ
今日の授業は全部終わりました。
エヴァンジェリンさんがネギ先生の授業に出るというのは少し驚きでしたが、茶々丸さんから聞くと、どうも昨日の停電で色々とあったようでした。
ミサカの中にある情報と照らし合わせても、十分に納得できる内容です。
それについて聞いている途中、エヴァンジェリンさんがものすごい眼光で睨みつけてきたり、それを逆に怒らせてみたりとバカをやりつつ、今日という時間は過ぎていきました。
だんだんと一日というものが速くなっているように感じます。
その原因、というほどではないのですが、刹那さんが欠席しているのがちょっと気になっています。
刹那さんがどうして学校を休んだのか、ミサカにはわかりませんでした。
本当にただ風邪をひいただけでしょうか?
あれだけ健康そうな刹那さんが、一晩で学校に来れないほどの風邪をひくとは思えません。
何らかの事情があるのだろうと思いましたが、尋ねに行くという考えは湧きませんでした。
昨日の別れ際が少し不自然だったからでしょうか。
どうにも、刹那さんに会いに行くのが気まずいのです。
どうしてこんな気持ちになるのかわからないまま、ミサカはカバンを閉めて立ち上がりました。
辺りにはあまり人はいませんでした。
刹那さんの席を見たまま考えていたからですね。
集中して考え込む癖はなかったと思うのですが、これも個性の発現という奴でしょうか。
この世界にミサカが一人だけなら、ミサカがミサカであるだけで個性なのですから、あまり個性の発現という言葉に意味はありませんが。
ふらりと教室から出て、下駄箱で靴を履き替えていると、私の横に大きな影が立ちました。
見上げてみると、龍宮さんがミサカを見降ろしていました。
相変わらず大きなギターケースを背負っています。
教室にいた時は手元になかったような気がしますけど、これの中身が銃ということは知っています。
ギターケースがどこに収納されているのか、ちょっと不思議でした。
「どうしたのですか、龍宮さん、とミサカはギターケースに興味をひかれつつ問いかけます」
「中身はただのギターだよ」
相変わらずの一言を言って苦笑した龍宮さんは、靴を取り出しながらぽつりと呟きました。
「刹那の所に行くのか?」
台詞の内容の割にはどこか真剣な口調でした。
ミサカは龍宮さんが真剣になる要素がどこにあるのか頭の中で考えつつ、返答します。
「いえ、今から帰宅する所でした、とミサカは答えます」
ここに龍宮さんがいるということは、おそらくミサカを待っていたと捉えるべきでしょう。
でなければわざわざこちらを見降ろしてきたりなんてしないはずですし。
刹那さんの事を言っていましたから、何か刹那さんに関係する事なんでしょうか。
「それとも、ミサカが刹那さんの所に行くと何か困ることがあるのですか、とミサカは逆に問いかけます」
「刹那が風邪をうつしたくないから念を入れておけ、だとさ」
肩を竦めながら言う龍宮さんはなんとなく怪しいですが、ミサカはもともと刹那さんの所にお邪魔するつもりはありませんでした。
ここで話せない事情があるのかもしれませんし、刹那さんが来て欲しくないのなら無理に行くつもりもありません。
ミサカは頷くことにしました。
「所で、刹那さんの具合はどうなのですか、とミサカは刹那さんの現状を聞くために探りを入れてみます」
「咳は出ていないが、ちょっとばかり熱がある。昨日の夜から調子が悪そうだとは思っていたんだが」
その割には神鳴流奥義とか言って斬岩剣をブッ放したりしてましたが。
それとも、帰ってきた後の話をしているのでしょうか。
気を使いすぎて抵抗力が落ちた、とか……そんな話は聞いたことがありませんけど。
龍宮さんは靴を履き替えて、つま先で地面を蹴って調子を確かめていました。
「伝言も伝えた事だし、私はそろそろ仕事に行くよ」
「停電の翌日からお仕事ですか、とミサカは龍宮さんの体力に驚きます」
「まあ、請け負ってしまったものはしょうがないからな」
そう言って、龍宮さんは外に出て行きました。
相変わらずの仕事人っぷりに感心しながら、ミサカも外に出ることにしました。
外に出て辺りを見回しても、やはり龍宮さんはいません。
こういう立ちまわりはカッコいいですね。
真似したいとは思いませんが、ちょっとだけ憧れてしまいます。
ミサカはいつも通りの晴天の下、特に重要なことは考えずに帰り道を歩いていました。
中等部の学生寮へは電車を使っていくと楽なのですが、ミサカの自宅は電車を使うと逆に遠回りになるという不便な位置に存在しています。
そういう立地条件が人気の少なさに関係しているのかもしれません。
学生である以上遊びたいこともしなければならないこともたくさんあるので、こういう帰り道にただ歩いているだけという無駄な時間を過ごしたい人も少ないでしょうし。
自転車を使っても良いのですが、朝の混雑を考えると使わない方が無難です。
スケートボードやインラインスケートなどといったものも利用されているのに事故が起こらないというのは今でも不思議です。
絶対に激突事故が起こっているはずなのですが。
それとも、ぶつかっても笑って許すことが麻帆良の常識なのでしょうか。
今度、超さんに聞いてみましょうか。
なんでも知ってそうですし。
適当でパッと思いついたことを考えながら、ミサカは自宅のあるアパートに戻ってきました。
こう言うと非常に短い距離に感じますが、実際は30分そこそこくらいの時間はかかります。
不便といえば不便ですが、慣れてしまったので今更変えようと言う気も起こりません。
乾いた音のする錆びた階段を上り、廊下に出ます。
こちらから見て一番奥にあるドアを開けて中に入ろうとすると、玄関には二組の靴……ローファがありました。
咄嗟に思い浮かんだのは高音さんと愛衣さんですが、微妙に大きさが違います。
それに、お二人の靴はこんなに擦りきれていないと思いますし……。
よっぽど乱雑な使い方をしているのでしょう、片方の靴はミサカのそれと比べて明らかに劣化が激しいです。
さて、どんな方がお見えになっているのでしょうか、とミサカがリビングの方に向かうと。
「聞いてた通りやわー。アクセラレータはんはあの店のヒヨコのお菓子が好きやって」
「あの店に入ったことは何度かあるがな、別にヒヨコだけが好きってわけじゃねェ。っつか誰から聞いた? かなり前の話だと思うンだが」
「いや、ホントに意外ね。アンタがそんなかわいいお菓子とかが好きなんて」
「別にかわいいから好きってわけじゃねェンだが……」
神楽坂さんとこのかさん、そして何故かかわいいヒヨコのお菓子を貪っているアクセラレータがいました。
あまりに意外なラインナップに、ミサカは思わず硬直してしまいました。
二人と話していたアクセラレータがこちらに気づきます。
「かわいいモンが好きなのはコイツだ」
そう言って指さして来ました。
人を指さすのはよくないと思います、と突っ込む前に、ミサカは先に訪問していた二人に向かって頭を下げました。
「こんにちは、とミサカはカバンを置きつつ会釈します」
それに対して神楽坂さんとこのかさんも挨拶を返してきました。
廊下の壁に鞄をたてかけた後、ミサカはアクセラレータの隣に座ります。
ミサカの頭の中は、どうして二人がここにいるのかよりも、どうしてここにヒヨコのお菓子があるのかというのが大半を占めていました。
ヒヨコのお菓子のフォルムは現実のそれよりもかなりデフォルメされていますが、つぶらな瞳と愛嬌のある真ん丸なボディが非常に魅力的です。
驚くべきことは、本来なら雑になりがちなクチバシの部分もしっかりと作り込められていて、見る人が見れば完成度が高いお菓子だと言えるでしょう。
その造形の素晴らしさに、思わず写メをして茶々丸さんに送信したいくらいです。
だというのに目の前のバカは無造作にその丸っこいボディを鷲掴みにして口の中に放り込んでいきます。
愛くるしいヒヨコがずらりと並んでいる様はマイナスイオンも真っ青な癒しがあるというのに。
実際にマイナスイオンが癒しを与えてくれるかどうかなんて些細なことです。
ヒヨコが癒しを与えてくれるというのは確実で明確なことですから。
「ジロジロと人が食ってる様を見るのがそンなに楽しいか?」
アクセラレータはヒヨコではなく自分の食事を観察されていると思ったそうです。
その自意識過剰さを皮肉ろうとしましたが、その前に言いたい事があります。
「いえ、ミサカはただ単にアクセラレータの感受性の低さに落胆していただけです、とミサカはため息をつくという大人な仕草で妥協してやります」
「個人の好みを押し付けてくるンじゃねェ。食いモンは食われてナンボだろォが」
「このお菓子をただの食べ物だと捉える感性が信じられないと言っているのです、とミサカは芸術的なクチバシの造形を見せつけます」
「ンぐ」
「あーーーーーーーッ!? とミサカはミサカは丸っこいヒヨコのボディが半分にあああああああああああああああッ!?」
「日本語も構築できねェくらい動揺するンだったら初めからそンな真似しなけりゃいいンだよ」
力がなくなったミサカの手からヒヨコの下半身が奪われ、それはアクセラレータの口の中に消えていきます。
せめて残ったヒヨコたちを死守するために、ミサカは机の上にあるヒヨコたちが入った箱を取り上げて抱え込みました。
流石にそうまでして食べたいものじゃないらしく、アクセラレータはこちらに視線を向けるだけで行動は起こしませんでした。
あの悪魔からヒヨコたちを死守せねば。
マッハの速度に一瞬で達することができるアクセラレータには油断が命取りになります。
そんなことしたら部屋が滅茶苦茶になりますが、彼の場合しないと断言できないのが怖い所です。
すり足で、じっとアクセラレータを睨みつつ部屋を出て行こうとします。
一挙手一投足も見逃さないつもりでじーっと観察しながら後退していくと、事の成り行きを見ていたらしい神楽坂さんが控え目に声をかけてきました。
「あ、あのー、私たち、ミサカさんに用があってきたんだけど……」
「戻ってきますから話しかけないでくださいとミサカは早口で応じます」
とにかく、懐にあるヒヨコたちをミサカの家にある冷蔵庫に入れなければ。
ミサカはそのためならアクセラレータと刺し違える覚悟を決め、自宅まで後退して行きました。
SIDE 神楽坂アスナ
ミサカさんが慎重なすり足で玄関前の廊下へ消えていって数分後、ようやくこの部屋に戻ってきた。
しかも、戻ってきて早々アクセラレータを睨み続けている。
射殺す、なんて物騒なものじゃないけど、ジト目でずっと睨みつけている様子はとても圧迫感を感じる。
不機嫌なこのかと一緒だ。
なんかこう、じわじわと来ると言うか、胃の辺りがキリキリするというか。
これも含めて、さっきのミサカさんの行動も意外だった。
普段の落ちつきっぷりからは考えられないほど取り乱していたさっきのミサカさんを見て、結構印象が変わったと思う。
以前に何度も話した事はあったものの、これほど取り乱しているミサカさんは初めて見たからだ。
しばらく親の仇とばかりにアクセラレータを睨んだ後、ミサカさんはこっちに視線を向けてくる。
機嫌が悪いということを隠しきれてないせいで、目つきがかなり悪い。
頭の周りで軽く火花も散っていたりする。
それについてこのかが突っ込まなかったのは……スルーしてるんだろうなあ、と思う。
ミサカさんは『超静電気体質』ってことで学校で通ってるし。
説明すると、すごく静電気をためやすい体質、ということらしい。
寝ぼけてハカセを軽く感電させてたこともあったことを思い出す。
確かあれはネギが来てしばらくしたくらいだったかな。
人を感電させたことで問題が起こらなくても、しょうがないか、と諦めている。
ネギの魔法のことだってほとんどスルー対応だったし、なんとなく納得してるんだろう。
ウチのクラスはだいたい納得してしまうんだ、これからもそうなんだろう。
敢えてその火花については触れない方向で、私は話を切り出すことにした。
「ミサカさん、もう質問とかして大丈夫?」
「個人的にいつでもいいです、とミサカは頭の中でアクセラレータに対しての報復を考えながら答えます」
「ゲームとDVDと漫画とコーヒーをダメにしねェンなら受けて立つが、今考えるのはそこじゃねェだろ」
「アクセラレータのせいですよ、とミサカはぶーぶー文句を言います」
またミサカさんとアクセラレータさんの問答に戻りそうだった。
そこに突っ込めるほどの関係でもない私はどうしようかと考えていると、すぐにアクセラレータが肩をすくめながら席を立った。
「ハイハイ、俺が悪かった」
「敵前逃亡は負けを意味します、とミサカは挑発します」
「言ってろ」
短く言い残した後、アクセラレータはこっちの方を見た。
「一応言っとくが、帰宅時刻は守れよ」
それだけ言って、アクセラレータはポケットに手を突っ込んで外に出て行った。
頃合いを見て気を利かせたつもりなのかもしれないが、これはただ単に嵐をおこしてそのまま放置してるみたいなもの。
残ったのは私とこのか、そして機嫌の悪いミサカさん。
まったく、だからもうちょっと待ってからアクセラレータの家に来ようって言ったのに。
私はミサカさんに会いに行くと言ったこのかの方を見た。
このかがミサカさんに何を聞きたいのか、私は知らない。
ただ、普段あまりこのかと話さないミサカさんに話がある、しかも教室で話したくないことだという。
なんか、とてもややこしいことなんじゃないか、と私は思っている。
案内役としてアクセラレータの家に来た事がある私がこのかを連れてきたんだけど、今更帰るわけにはいかないよね。
もう腹をくくることにして、私はため息を飲み込んだ。
このかはこの何とも言えない空気をものともせずに、にこにこと笑っていた。
普通なら悪い空気になるというのに、このかがにこにこしているせいで微妙な空気になっているのだ。
変な間が開いた後、このかが最初に口を開いた。
「ミサカは、アクセラレータはんと仲ええんやな」
いきなり飛び出したのはそんな言葉だった。
私は『えぇえええ!?』と叫びたい気持ちを抑えて、危なげなくその言葉を飲み込む。
なんだか、今の状況だとそれはものすごくまずい意味に聞こえるからだ。
つまり皮肉とも取れるわけだが、ただでさえ機嫌が悪そうなミサカさんにその一言は非常にまずい。
でも、このかの表情や口調にはそういった意味を込めるものが感じられなくて、思った事をそのまま言ったようだった。
明らかに悪意みたいなものがある口調であればミサカさんも素直に反撃できるんだろうけど、それが感じられないからか、ミサカさんはすぐに反応しなかった。
ミサカさんは眉根を寄せ、少し控え目に言う。
「あんなのと仲良くなんてありません、あれは自分勝手なだけで、ミサカは振りまわされているだけです、とミサカは答えます」
逆に控え目になっていたせいで声が低く、ぼそぼそと言うミサカさんがものすごく怖く見えた。
でも、このかはどういうわけかにこにことしていた。
もうわかんないから、考えないことにする。
「仲良うないと、部屋にも帰らんとこの部屋に来んやろ?」
「それは習慣です、とミサカは答えます」
完全に墓穴だ。
習慣という事は、いつもアクセラレータの家に来ているという事になる。
仲が悪いなら、部屋にいつも来るわけがないし。
言ってからミサカさんは失言に気づいたのか、顔を赤くする。
このかはそれを見て軽く笑った。
ミサカさんはそれから誤魔化しに入ったが、どうも誤魔化すのは慣れていないらしい。
慌てているから尚更墓穴を掘っているという事がわかる。
なんとなくそれでにやにやしてしまう自分がいることに気づく。
それと同時に、微妙だった空気がどこか柔らかいものに変わったということにも気づいた。
ミサカさんには迷惑だったかもしれないが、このかは場の雰囲気を変えようとしたのかもしれない。
まだ顔を赤くして慌てているミサカさんに、このかはこう前置きをした。
「話は変わるんやけど」
顔は変わらないが、口調はどこか硬くして。
「ミサカって、せっちゃんとは仲ええの?」
私とミサカさんは、このかの質問に目をぱちくりと瞬かせた。
さっきも言ったけど、ミサカさんとこのかはあまり喋ったことがない。
もともとミサカさんは茶々丸さんやエヴァちゃんとかの友達以外は必要以上話さないような人だ。
普通ならそうかもしれないけど、ウチのクラスの場合だと、ちょっと珍しい部類に入る。
ウチのクラスは全体的に仲が良いけど、あまり話さない人は自然と一人になっていくか、それぞれでグループみたいなものができてくる。
やっぱり波長が合う人と合わない人はいるわけで。
それに、このかも友達関係は広いが、わざわざ接点のないミサカさんに話しかけに行くことはなかった。
ミサカさんはもともとあまり話さない組であるエヴァちゃん達と仲良くなったから、グループが違うこのかと話す事はあまりなかった。
そういえば時折ミサカさんに視線を向けていたことはあったけど、もしかしてこの質問が答えなのだろうか。
せっちゃん、というのは誰だか私にはわからない。
少なくとも私は聞いたことがないあだ名だと思うけど。
ミサカさんは最初は眉根を寄せていたが、やがて思いつく人がいたのか、眉間にあるシワをなくした。
「刹那さんのことですか、とミサカは確認をとります」
ミサカさんが言ったのは桜咲さんの名前だった。
私と桜咲さんの関係は、アクセラレータの家に行った時にちょっと話した事がある程度の仲だ。
挨拶くらいはするけど、教室では近寄りがたい雰囲気だった。
なんというか、ピンと張りつめている感じがする。
アクセラレータの家にいた時とはまるで別人だった。
あの時の表情をすれば、もっと友達ができるのに。
この間までネギが大変だったから思いださなかったけど、あの時はそんなことを思ったものだった。
その桜咲さんとミサカさんは、ミサカさんが転校してきてから良く話していたことを覚えている。
茶々丸さんと仲良くなってからは頻度が減ったけど、それでも仲良く話している光景は話題になったものだった。
私がアクセラレータの家に行った時も仲良さそうだったし、仲が悪いということはないだろう。
その二人の関係を、どうしてこのかが気にするのか。
私はそれを聞きたいと思ったが、なんとなく口出ししない方が良いと思って自重することにした。
以前に悪い事をしてしまった引け目というものがあるのか、私はどうもミサカさんのことが苦手だ。
普段ならもっとガンガン言えるのにな。
そう思いながら、私はミサカさんの言葉に頷くこのかを見ていた。
その反応を見たミサカさんは、軽い調子で言った。
「刹那さんとは仲良くしています、とミサカはこのかさんの言葉を肯定します」
その言葉が、このかにとってどういう意味を持っていたのかはわからない。
でも、ミサカさんの言葉で、このかがホッとしたような、落胆したような表情をしたのを私は見逃さなかった。
それは友人にしか分からない僅かな変化。
このかは昔から、嫌なことがあった時は無理に隠そうとする。
今みたいに、取り繕ったような笑顔で誤魔化して。
「そっか。それならミサカに頼めるな」
さっきの硬い表情よりは柔らかいそれだったが、やっぱり私にとっては違和感がある。
その表情のまま、このかは言った。
「ウチがせっちゃんの事を心配しとったって、せっちゃんに伝えてくれへん?」
その言葉は、意味はわかるけど、意味不明なものだった。
実際ミサカさんもそうだったらしい、わからないことは質問に出すようにするようだった。
「何故自分で言わないのですか、とミサカは首をかしげます」
そう、心配していたのなら桜咲さんに直接言えばいい。
二人がどういう関係なのか私は知らないけど、心配するんなら仲が良かったんだと私は思う。
多分だけど、二人は友人という関係なんじゃないだろうか。
このかとは長い付き合いだけど、桜咲さんと仲良くしている所なんて見たことないけどなぁ。
「本当ならそうせなあかんのはわかっとるけど……」
「何か事情でもあるのですか、とミサカは続けて質問をします」
ミサカさんが聞くと、このかは俯いた。
横顔から判断すると、なんとなくではあるが、このかはあまり深く入ってきて欲しくない話だったという事がわかる。
でも、ミサカさんにそれを察しろというのは酷なことだ。
私ですらなんとなくなんだ、顔も見えないミサカさんにとって、表情を窺って内情を察しろというのは無理だろう。
ミサカさんはじっとこのかの頭を見て動かなかったが、やがて口を開いた。
「頼まれ事をされるのは嫌ではありませんが、このかさんの目的が明らかではない以上、ミサカもあまり協力的にはなれないでしょう、とミサカは懐疑的な視線を向けます」
ミサカさんは、このかのことを疑っている。
流石に普段からそれほど話していない仲であるこのかが家に上がりこんで頼みごとをしてくるなんて、ミサカさんからしてみれば困惑する事ばかりだろう。
しかも、ミサカさんの質問にこのかは答えていない。
話したくない事なのかもしれないが、ミサカさんの言動から察すると、どうもそれを話せと言っているように感じる。
しかし、このかは俯いて微妙に視線をさまよわせるだけ。
ただ心配していると伝えるのが照れ臭いのかもしれないが、少なくともこのかは恥ずかしがって何か言えないような人間じゃない。
ミサカさんにとって親しい友人であれば理由を聞かなかったのかもしれないが、あまり親しいと断言できない相手であれば理由を聞くのも当然だろう。
ミサカさんはじっと見つめるだけで、このかは俯くだけ。
その硬直がしばらく続くと、流石に私も限界が来た。
「このか、私にもこのかがどんなことを思ってるのか話してくれない? ミサカさんはその事を話さないと頼みごとをしてくれないだろうし、そんな頼みごとをするんなら事情も説明しないと怪しまれると思うよ。私だってそう思うもん」
「アスナ……」
ミサカさんは、決して悪い人じゃない。
きちんと理由を話せば協力もしてくれるはずだし、基本的に良い子なのも知っている。
それなのにミサカさんが協力を渋っているのは、単にこのかが何もしゃべらないからだ。
それに、ミサカさんが深入りしてこようとしているのはこのかのためを思ってるんじゃないかな、と思う。
あまりにもプラス方向に考えすぎかもしれないけど、ミサカさんの目が真剣だからそう思ってしまったのだ。
普通なら、あまり知らない相手にここまで真剣な目で事情を訊こうとしたりしない。
もしもミサカさんが真剣に思っているのなら、そういう相手に事情を隠すのは失礼だと思った。
いくら話したくないことであっても、それに関連することで頼みごとをするんだったらこのかもきちんと事情を説明しなければならない。
このかの視線をしっかりと受け止めながら、私はそう思っていた。
このかは一度視線を下に向けて、一つだけ頷くと、ミサカさんに頭を下げた。
「ごめんな、ミサカ。聞いてくれるか?」
「もちろんです、とミサカは頷きます」
表情は変わらずにミサカさんはそう言ったが、それは冷たい無表情じゃなかった。
口調にも、どこか安心させる含みがあるのが感じられる。
それでこのかも安心したのか、多少硬さが取れた口調で説明を始めた。
「……こんな事を頼むのはな、せっちゃんがウチのこと嫌いになっとるのかもしれんからや」
それに私とミサカさんは驚いた。
桜咲さんのことをせっちゃんと呼ぶ仲なのに、嫌いとはどういうわけだろうか。
私も聞いた事がなかったんだけど、このかが小さい時に京都に住んでた頃の話だったから、それも仕方がないと思う。
いくら友達だって言っても、小さい時の、それも嫌な話をするなんてできないだろう。
こういう場を設けたんだったらできるかもしれないけど、私だったらできるだけ話したくない。
真剣に聞こうと思って、自然と手に力が入った。
まず、このかは広いお屋敷に住んでいたらしい。
子供の頃の話だから、どれほど広いのかはわからないけど、それでもかなり立派な建物だったことには違いないようだ。
そのお屋敷は山奥だったから、近所の子なんていなかったらしく、このかはずっと同年代の子がいなかったという。
遊び相手と言ったら、いつも年上の人。
そんな中、このかのお父さんの知り合いっぽい人が尋ねてきたとき、桜咲さんがその人の後ろにいたという。
それがこのかと桜咲さんの出会いだった。
それから二人は親しくなったみたいで、一緒に色々と遊んだそうだった。
その事を語っているこのかの顔は楽しそうで、本当に良い思い出だったんだろうと思う。
それからしばらく遊んだらしいが、このかは麻帆良に行くことになった時、桜咲さんは京都に残ることになり、二人はそれから疎遠になったらしい。
それで中学に上がってから桜咲さんと再会した時は喜んだらしいけど、桜咲さんは明らかにそっけない態度だったとか。
それから何度か機会があれば話しかけていたらしいけど、視線も合わせてくれなかったらしい。
そういえば一時期落ち込んでいた頃があったけど、そのせいなのだろうか。
「機会があれば何度も話しかけてみたんよ。でも、せっちゃんは何も話してくれんくて……いつも一礼するだけで離れて行くんや。もしかしたらせっちゃんは向こうで何かあって、ウチのことが嫌いになったのかもしれんけど、それでもウチは風邪引いたせっちゃんのことが心配なんや」
そこで一拍置いて、このかは続ける。
「ホントはこんなこと頼むなんておかしいと思っとる。ホントなら自分で言うのが一番やってわかっとる。でも、ウチはどうしても言えそうになかった」
「どうして?」
「……ウザがられたりせーへんかな、って思って」
このかが不安そうな顔で俯いた。
私は即座にあの真面目そうな桜咲さんに限って、心配してくれている相手に向かってそんなことを思う事はない、と思いたい。
実を言うとあまり私も桜咲さんのことは知らないから、強くは言えないんだけど。
こんなことを思ったらいけないのかもしれないけど、もしかして本当に桜咲さんがこのかを嫌っていた場合、そういう態度を取るという可能性は十分にある。
そうなれば、このかは傷ついてしまうだろう。
直接的なことを言わなくても、このかは態度だけで敏感に相手の事を把握してしまうから。
私はそう思っていたが、ミサカさんは強い口調で告げた。
「そんなことはありません、とミサカは断言します」
その口調の通り、ミサカさんの目は強くこのかを見つめていた。
「刹那さんはミサカが見る限り、たとえそれが嫌な人であっても心配してくれた人に対してそういう態度を取るということはありえません、とミサカは二度目の断言をします。心配せずに、言いたい事を言えばいいのです、とミサカはアドバイスをしてみます」
「でも、それでもし嫌われたりしたら……」
そうなったらその時、とは口が裂けても言えない。
つまり、このかは迷っているんだ。
そう言う事を言った後、実際に嫌われているということを確認してしまうというのが恐ろしくて、手が出せないんだろう。
実際、嫌われているのか確認したわけじゃないだろうし。
それがこのかの本音なんだろう、と私は思った。
ミサカさんは返答に困ったらしく、口を閉じた。
ミサカさんの言いぶりからすると嫌われるなんてことはない、と言いだしそうだったが、このかの言ったことを少し考えてしまったんだろう。
もしもなんていう事態はいくらでも考えられるけど、それを考え出したらキリがない。
それはわかってる。
でも、考えずにはいられない。
このかにとって、桜咲さんが大切な友達だったのなら、失う事はとても怖い事。
こういうのを、なんだっけ、ハイリスクハイリターンとか言うんだっけ。
難しく考えるのをやめると、ただ単にこのかは怖いだけだと思う。
だから思わず質問をしたんだろうけど、このかは暫くしてから頭を振った。
「ごめんな、ずるい質問やった」
このかはそう言って笑った。
その笑みは少し弱弱しくて、私も見たことがなかった。
「物事に絶対なんてありえんもんな。せっちゃんが嬉しがる可能性も、せっちゃんが拒否する可能性もあるし、ミサカが断言できることやない。ミサカが無責任にウチを励ますことなんてできんし」
「……すみません、とミサカは頭を下げます」
「ええよ、ウチが悪かった」
このかはミサカさんに謝ってから立ちあがった。
急に立ち上がったから、私にはこのかの顔が見えなかった。
「ミサカ、頼んでからこんなこと言うのは何やけど、今日の話はなかったことにしてくれへん?」
私は慌てて立ち上がると、このかの顔を見た。
全然その顔は笑ってなくて、真剣で硬い表情をしていた。
「ウチが言う。ウチが言うから」
その声は、どこか追いつめられているような声に聞こえた。
アクセラレータの家を出た後、このかはずっと無言だった。
このかと一緒に家を出た後、見送りに来たミサカさんには一礼しておいた。
ミサカさんが心配そうな顔をしていたから。
やっぱり、ミサカさんは良い人だ、ということがわかる。
きっと、このかがいつもと違ったという事と、無理をしていたという事も感じ取っていたんじゃないかと思う。
それも含めて心配してくれていたというのなら、私はもう一度頭を下げようと思う。
夕日を背に、影が二つ。
相変わらず人気がなく、がらんとした道を歩く。
私の結んだ髪とちょっと高い身長が、影の差を表していた。
なんだかとても寂しい気分になって、暗くなる空を少しだけ見上げた。
徐々に紅から深い青になっていく空から視線を外すと、まるでタイミングを計ったように、このかが話しかけてきた。
「ウチな、ミサカが羨ましかったんや」
このかの顔は、若干俯いていた。
ぽつぽつと呟く口調は、見えない表情を簡単に想像させてくれる。
泣いているんじゃない、ただ落ち込んでいるだけ。
すぐにわかった。
このかは一息だけの間を置いて続ける。
「ミサカとせっちゃんが仲良くしてる所を見てると、ずっと胸の辺りがもやもやしとった。今日、その原因がはっきりわかった気がする」
うん、と私は頷いた。
頷くだけで、話を続けさせることしかできなかった。
「多分、せっちゃんと仲良くしとるミサカに、ウチはずっと嫉妬しとったんやと思う。ウチは仲良くできんのに、なんでせっちゃんはミサカと仲良くしとるんやろう、って。見とったら、やっぱりせっちゃんは昔のまんまや。真面目で、頭が固くて、融通がきかなくて、でもやっぱり優しいせっちゃんなんや。関西の言葉遣いやなくても、身長も年齢も違っても、やっぱりそこにいるのはせっちゃんで……」
友達の友達は友達とは限らない。
ウチのクラスには通用しても、このか個人には通用しない。
少なくとも、このかにとって友達の友達は嫉妬の対象だった。
このかが言うんだから、そうなんだろう。
でも、私はその関係が羨ましいだけなんじゃないかな、と思う。
嫉妬と羨ましいという二つの言葉の違いは私にはわからないけど、そっちの方が正しいんじゃないかな。
桜咲さんのことを語るこのかを見ていると、なんとなくそう思えてくる。
ただ頷いてこのかの話を聞いていると、このかは一つため息をついた。
脱力したような、呆れたような溜息だった。
「ごめんな、相談できんくて。でも、ウチは知られたくなかったんや。ミサカに嫉妬しとるってこと。嫉妬なんてしとるって知られたら、アスナにも、皆にも軽蔑されると思ったんや。だから―――」
「そんなことない!」
ただ聞いていただけだったけど、聞き捨てならないことがあった。
このかの肩を掴んで、こっちを向かせる。
驚いた顔をしているこのかの目じりには、うっすらと涙が浮かんでいた。
それを見て、頭に登りかけていた血が一気に急上昇する。
久しぶりに頭が沸騰しそうだった。
「誰だって嫉妬したりするし、羨ましがったりだってする! 全然おかしくないわよ、そんなこと! それに、ただ単にそうやって誰かに嫉妬してるってことを知っただけで、軽蔑なんてしないわ! 私だってしたことあるわよ、嫉妬の一つや二つ!」
いつもテストで高い点を取れるいいんちょが羨ましかった。
それだって、このかの立場から考えると立派な嫉妬じゃないのか、と私は思う。
嫉妬と羨ましい事の違いなんてわからない私からすれば、どっちだって一緒だ。
それに、そんなことはどうでもいい。
私が怒ってるのは、嫉妬している事実なんかじゃない。
本当に、そんなことはどうでもいい。
このかの両肩を掴み、がっちりと視線を合わせる。
視線の先にいるこのかは、明らかに戸惑っていた。
どうしてそんなに怒るのか。
だからなんだろう、このかは慌てて謝ってきた。
「ご、ごめん。そんなに怒るなんて思わんかった」
「どうして怒ったの?」
「え?」
「今、私はどうして怒ってんの?」
このかはその問いかけに混乱したようだった。
今の声は私だって出したことがなかったくらい低い声だったんだ、びっくりするのも当然だ。
思わず握りつぶしてしまいそうになる細い肩に気を使いながら、私はこのかの目を見つめ続ける。
少しの間があって、このかは答えた。
「どうしてって、相談せえへんかったことやないの?」
「違う」
順当に答えたつもりのこのかを否定する。
私が頭に血を上らせている理由が、そんなことなわけがない。
友人に必ず相談しろなんて言わない。
相談されなかったことはちょっと悲しくて悔しいけど、解決できたのなら嬉しく思う。
それに、私よりも良い相談相手はいるんだろうし。
私は、このかではなくこのかが流している涙を睨みつけた。
「私が怒ってんのは、ミサカさんに嫉妬してるなんていう理由だけでこのかが本気で私に軽蔑されると思ってたってことよ!!」
それに、このかは目を丸くした。
追いつめているみたいで悪いけど、でも言わなきゃ気が済まない。
「あのね、たったそれだけでこのかを嫌いになるような人間が、小学校からずっと友達やってると思う? そりゃあ、相談されなかったことは悔しいけど、相談する相手を決めるのはこのかで、私が相談しろなんて強制する立場じゃない。どうでもいいわけじゃないけど、このかの事はこのかが決めた通りにやればいいと思う」
絶句しているこのかが何か言おうとするのを遮るように、私は言葉を続ける。
「このかにとってはそれだけ大きな悩みだったかもしれない。でも、私はそれだけで友達をやめるような人間って思われてたことがムカつく」
それの証拠として、このかは泣いていた。
私、クラスの皆に嫌われるのか不安で、涙が流れていた。
自惚れていたのなら死んでしまいたいくらい恥ずかしい。
それでも、私は言いたかった。
「少なくとも、私はそんな安い人間じゃないわよ」
そこまで言って、気づいた時。
このかは、私に抱きついて泣いていた。
人通りの少ない所で良かったと思う。
街中の、しかもど真ん中で女の子が泣いていたら、良い人に声をかけられてしまうかもしれないから。
私はちょっとだけ人目を気にしながら、このかの背中を軽く叩いた。
「私に嫌われるかどうかなんて悩まないでよ。今更、そんなことで悩むことなんてないでしょ。私たち、友達じゃん。ね?」
肩を震わせているこのかを見て、少し罪悪感を感じる。
このかは弱っていたのに、ちょっとの言葉のミスでこんなに怒鳴ってしまった自分に。
一瞬後悔するが、後悔するくらいならやらなきゃよかったと思う事にして鬱になりそうな気持ちを吹き飛ばした。
正直な気持ちを伝えれば、このかもわかってくれるはず。
そう思って、私はこのかをぎゅっと抱きしめた。
暫くして、このかは私から離れた。
泣き腫らした目を見せたくないのか、ごしごしと袖で目をこすりながら、ぽつりと呟く。
「ごめん。それと、ありがとな」
袖から見える手は、ひっそりと握り拳で震えていた。
何かを振り払うように袖を下げて、真っ直ぐ前を見る。
真っ赤な目は、震えていなかった。
「ウチは、いつの間にか友達ってもんが怖くなっとったんかもしれんな」
そう言ってから、このかは私の方を見た。
「ウチ、勇気出してみる」
さっきとは全く違う目に、私は笑って頷いた。
SIDE 一方ミサカ
このかさんは刹那さんと仲良くしたい、という事がわかりました。
そのためにミサカに頼みごとをしたというのもわかります。
ただ、頼まれてすぐに撤回されると、どうにも微妙な気持ちになります。
この不完全燃焼気味の気分は何なのでしょうか。
神楽坂さんが一緒にいるので心配はないでしょうが、心配なものは心配です。
明日、それとなく様子を窺ってみることにして、ミサカは思考を別のものにします。
考えるのも憎たらしい、あのバカの事です。
あのバカは結局ミサカに一言も謝っていませんでした。
口では何とでも言えます。
結局は気持ちなのです、気持ち。
あれは明らかに煩いハエをしっしっとやるような気持ちと同じでした。
いつもは心の広いミサカでも流石にヒヨコをないがしろにされた上、あのような態度を取られると晩飯抜きという最終手段を取らなければいけなくなりました。
普段買出しに行く夕方だったので冷蔵庫はカラ。
コーヒーもないはずです。
おそらく彼の晩御飯は自炊かコンビニ弁当になるでしょうが、ミサカのハイクオリティなご飯を食べられないというのはアクセラレータにはそれだけ衝撃的な事実でしょう。
きちんと謝罪をしないアクセラレータが悪いのです。
少しアクセラレータの顔が引きつっていた気がしますが、いい気味です。
これに懲りて、少しは反省すると良いのですよ。
そう思って自室の鍵を開け、中に入ります。
真っ暗な部屋に電気をつけながら居間に進み、あまり使っていないソファーに脱力しようとすると、テーブルの上にある何かに気づきました。
業務用っぽい紙袋を見て、まさかと思いながらその中を見ます。
そこには、ちょっと前に見たヒヨコのお菓子が入っていました。
ミサカは目を見開いた後、紙袋を閉じました。
それからしばらく間を置いた後、深いため息をつきます。
あまりにも意地っ張りで素直じゃない隣人に向けて。
こんな回りくどい真似をしなくても、素直に渡してくれれば良いのに。
鍵はかけていたはずですが、おそらくベクトル操作で開けたのでしょう。
犯罪ですが、その辺りは大目に見ることにします。
ミサカは晩御飯くらい作ってやろうかと腰を浮かそうとして、すぐにソファーに沈めました。
女の子の部屋に無断に入ったのです、晩御飯抜きは当然でしょう。
いい加減、無頓着なのも治って欲しいものですが。
ミサカは明らかに20匹以上いるヒヨコをもう一回眺めて、続けて冷蔵庫にいるヒヨコたちの方も見ました。
それから、軽くため息をつきます。
「ミサカを太らせるという算段なのでしょうか、とミサカはアクセラレータの狡猾な頭脳を評価してゴニョゴニョ独り言を呟きます」
明日辺りはアクセラレータの好物でも作ってやりましょうか。
ミサカはヒヨコを眺めながら、明日の献立について考えていました。
とりあえず、今日のことは許してやりましょうと思いながら。