SIDE 一方通行
最初は劣勢だったようだが、どうも後方戦力を投入して持ち直したらしいな。
今の所、南の方の戦況は悪くはあるが、最悪でもない。
所々電撃や爆発も見えるし、魔法生徒たちの反抗は続いているようだ。
俺の所に要請もないし、一応援護は必要ない状況になっている、ということだ。
まあ、それはいい。
どうでもいい。
いや、ミサカがいるしどうでもよくはないのだが、現状ではどうでもいい。
後ろにいる奴が問題だ。
何やら俺のサインが欲しかったようだが、それは本気だったようで、サイン色紙をじっと見た後、懐にしまっていた。
今はぼそぼそと連絡のようなものを行っている。
本当、麻帆良の連中は緊張感が足りないのか。
こんな状況でサイン欲しいとか、何を考えているのだろうか。
もう別に突っ込まないが、内心で突っ込んでしまうのは許して欲しい。
何しろ、コイツのせいで俺の緊張感は失せてしまい、ものすごーくやる気をそがれてしまったのだ。
なんだろう、この不完全燃焼気味な気持ちは。
イラつくを通り越してため息しか出ない。
俺は手すりの上に腕を乗せて南の光景を眺めながら、ぼうっとしていた。
後ろからの視線はもう気にしないことにする。
しかし、俺のファンとはまたモノ好きな奴もいたもんだ。
俺のどこが良いのだろうか。
外見は怖いし、口調は悪い。
いや、口調はなんというか丁寧なそれにしようとしてもアクセラレータの口調に強制的になってしまうので変えられないんだが……変える気もない。
こんな俺にファンがいるとか、正直考えられない。
だが現実にいるのだから、なんというか、現実は小説より奇なりとは良く言ったもんだとは思う。
それからしばらく緩慢な思考で考えていると、携帯が鳴った。
聞き慣れた着メロに応じて携帯を開くと、弐集院からだった。
わざわざトランシーバーを使わずに連絡とは、何事だろうか。
顔に緊張感を取り戻しながら、俺は応じる。
「どうした?」
『アクセラレータ君か。落ちついて聞いてくれ』
そういう前置きから弐集院の説明は始まった。
その声は落ちついたものだったが、どこか焦っているようなものにも聞こえた。
『さっき、僕は気をつけてくれと言ったが、どうもそれが現実になりそうだ。どうも南地区に入り込んだ魔法先生がいるらしい。学園長の命令もないのに、だ』
「場所は?」
『落ちついてくれ。学園長も調べようとしたそうだが、魔法が阻害されて彼らの行方が分からなくなってる。何らかのジャミングらしいが、どうやらそれが麻帆良防衛側の念話も阻害していて、ちょっと問題になっている。まあ、僕もそれで気づいたようなものなんだが』
「敵の襲撃って考えはねェのか?」
『今、ジャミングの発信点を特定中だが、どう考えてもジャミングは麻帆良市内側から出ていて、外部犯の犯行とは思えない。外部犯ならそのまま麻帆良に居座るはずだし、ジャミング発動なんて目立つ真似はしないだろう』
「っつゥことは、内部犯か。その上、味方がジャミングを発するなんて行動をとるとは思えねェな」
『目的はおそらくミサカ君だ。こちらからも警告を送るし、君に場所を教える。大事になる前に防いでくれ』
「オーケェイ」
次の瞬間、
ゴギリ、と骨が折れる音が響いた。
同時に金属が割れる甲高い音と、落ちる音。
更に、くぐもった声まで聞こえてきた。
俺は踵を支点に身体を半回転させ、目の前にいる奴を踏み潰す。
潰す、とは言っても優しくだ。
逃げられないように、コイツの体中のベクトルを下方向に向けているがな。
その音が弐集院にも聞こえたんだろう、声が聞こえる。
『どうした、アクセラレータ!? 何かあったのか!?』
「あァ。まァ、予想通ォりの展開だ。気にすンな。ただ二人ほど回してくれると助かる」
『内部犯の連中か?』
「さっきの女だ。ちィと掻き回されちまったが、テメェの言葉を聞いて誤魔化しは無駄だと思ったンだろォな」
俺の脚の下には、さっきの女が倒れている。
ピクリとも身動きできずに。
右手は変な方向に折れ曲がっており、傍らには割れたナイフが落ちていた。
まあ、つまりはそういうことだ。
俺を油断させて、その上で暗殺をはかったという所だろう。
しかし、物理攻撃が効かない事はかなり知れ渡っているはずだが、一体どういう真似だろうか。
襲ってきたからには相応の対応をとるが、こちらの情報も知っていただろうに。
『なら、こちらから魔法先生を二人送る。内部犯の方は任せても良いか?』
「あァ。ただ、ミサカが目的なのか魔法生徒を掻き回す気なのかは知らねェぞ。俺はミサカに張り付くからな」
『……こちらとしては魔法生徒に危険を及ぼす前に対応して欲しいが、情報のない僕が言ってもしょうがない、か』
「最低限対応はするが、俺の最優先事項はミサカだからな」
『ああ、わかってるよ。今からミサカ君の場所を教える』
俺はミサカの場所を聞いてから、女のベクトルを元に戻し、俺の足によって体に圧力をかける。
かかる力が変わったからか、女が咳き込んだ。
俺は無表情で女を見下ろしながら、呟く。
「ファン発言できっちり考えが覆されたな。まさかこういう手で来るとは考えてなかった。面白ェほど見事に引っかかっちまったよ」
「……その障壁、戦闘時に展開するものじゃなかったのか」
「今は戦闘時だろォが。まさか展開してねェとでも思ったのか?」
常時展開しているとは、流石に目の前の女も思っていなかっただろう。
普通、障壁は戦闘時に展開するのが魔法使いとしての常識だ。
俺の反射もそんな障壁の類だと認識していたから、こういう結果に終わったのだろう。
実際、反射については現在も解明されていない。
俺が何も公表していないからだ。
何か聞かれても『感覚的にやっているから』の一言で誤魔化せる。
魔法使いや達人が使う魔法や気だって、結局は感覚的に使用しているものだから、どう使用しているのかは説明しづらい。
そりゃあ魔法学などを参考にすれば説明は可能だろうが、それは所詮机上論だしな。
まあ、俺に物理的に対抗するには木原のマニピュレーターでも引っ張って来いということだ。
それでも無理には違いないだろうが。
女はフッと短く息を吐いた。
見ようによっては鼻を鳴らしたようにも見える。
俺は眉をひそめ、女を見下ろした。
「何がおかしい?」
「所詮、私は時間稼ぎ。麻帆良最強といわれるお前を倒せるとはとても思っていない」
「じゃァ、ジャミング出してる連中はテメェの仲間ってことか。安心しろ、全員ブタ箱にブチ込んでやる」
「そうなるだろうな」
しかし、女は笑うように息を吐くのをやめない。
掠れたようなそれに壮絶な苛立ちを感じる。
さっきまで失せていた戦闘的な感情が浮き上がってくるのを感じながら、俺はそれを自制しようと試みる。
殺してしまってはダメだ。
コイツも、おそらくそれが狙いだろう。
やけに俺を挑発するような口調だからだ。
俺が狙いなのだとしたら、自分を殺させることで問題を発展させようとしているはずだ。
その思惑には乗ってやらない。
俺の反応が意外なのか、女は笑うのをやめた。
「意外だな。一気に殺すものと思っていたが」
俺がそのまま沈黙を続けると、俺を精神的に揺らがせるのは無理だと思ったらしい、女はつまらなそうに鼻を鳴らした。
「アクセラレータとは、そんな殊勝な人物だったか? もっと荒々しく、戦闘ではその恐ろしい力を発揮する者だと聞いている。敵である者には容赦しないこともな。ただ踏みつけるだけで終わるつもりか?」
踏みつける足に力を入れる。
人間は意外とゆっくりと押し付けられる圧力にはかなり強いが、一点に加えられる圧力には弱い。
女は息をするのもつらそうな様子だったが、その口の端はまるで狂ったような笑いに姿を変えていた。
その目が俺を見つめてくる。
「もっとなじれよ、私を。殺さないなら私をボロ雑巾のように変えてみろ。お前になら指一つでできるはずだ。それでこその最強だろう。その力は一方ミサカのために振るうんだろう? その力で弱者を踏みにじってみろ。強者とはそういうものだろうが」
「強者と快楽者を履き違えンじゃねェ。テメェは俺の事をどんな風に考えてやがったンだ」
「圧倒的な力を持つ怪物。それも、その力を抑えずに振るうこともできる怪物だ。お前みたいな強者は見ていて気持ちが良い。力で全部なぎ倒していくのは快感だ。なぎ倒されるのもまた快感。ああ、ファンであったことは本当だよ。その力に魅せられてね」
「いやに饒舌になりやがって。気持ち悪ィな」
そう言って、俺は一度だけ足を上げて更なるベクトルを用いて女を踏み潰す。
無意識というか、何の感慨もなく俺はそんな行動をとっていた。
ビルの屋上のコンクリートが歪み、揺れる。
中にいた人間は地震でも起こったのかと思うだろう。
そんな衝撃に潰された女は血を吐きだしながら、やはりこちらを見上げてくる。
「ふ。ふふふ。くふふふふふふふふふふふふ」
女は短く笑った。
時折その笑いが途切れるのは、血が喉に詰まっているからだろうか。
口が裂けているように見える。
ギョロリとした目玉が俺の方に向いた。
威圧というわけではない。
ただ、叩きつけられてくるのは圧倒的な感情。
歓喜でもなく、憎悪でもなく、そこにあるのは単なる欲望。
それをむき出しにすると、人間はこれほどまで変わってしまうものだろうか。
女は裂けたそれを動かす。
「やっぱりそれでも私を殺すことはできないのね。それだけの力があって、どうして私を殺さない。私に黙って欲しいんだろ? 気持ち悪いんだろ? だったら殺せよ。力があるだろ。高畑だろうが誰だろうが真正面から捻り潰すことができるんだろ!? こんな貧弱な魔法先生一人、簡単に殺せるだろうに!! 結局テメェは敵を殺すこともできない臆病者か!?」
「臆病者でもいい」
俺は反射的に答えていた。
「テメェが俺をどう思おうなンざ、俺には関係ねェ。臆病者だろォがそれは関係ねェ。俺は守りたい奴を守るだけだ。テメェを殺せば立場的にまずくなる以上、テメェが俺をどう挑発しても、俺はテメェを殺さねェよ」
俺の意思は、つまりそれだ。
コイツがどう思おうと関係ない。
つまり、どうしてコイツの言う事に従わなければならないか、ということだ。
コイツに挑発されたからって、その言うとおりに動く必要はない。
確かに気持ち悪いしムカつくが、だからと言ってそれだけで理性を飛ばすほど、俺は安っぽくない。
俺が殺さないと宣言したことで女は黙った。
裂けた口が、なりをひそめる。
カチカチと音が聞こえた。
なんだと思えば、女の歯が鳴っていた。
怯えているのか、寒いのか。
ここですっぱりと殺された方が幸せなのか、興奮し過ぎて体の制御ができないのか。
どちらにしろ、女の精神は錯乱しているに違いない。
「守りたいのなら、私を潰せ。生きていればまた襲うぞ。お前や、お前の仲間を。じわじわ近付いて、蛇が鼠を絞め殺すようにして殺してやる。さっさと殺しておけ。さあ、さあ!!」
「悪いがMと自殺願望者は相手にしねェ主義なンだ」
狂人のファンとは、こんな感じなのだろうか。
ある意味のヤンデレか?
くだらない。
俺のファンなんだからまともじゃないんだろうが、ちょっとだけショックではある。
俺にかまって欲しいがために殺されたがっているなんて、冗談じゃない。
誰がそんな要望なんて聞いてやるか。
というか、こんな奴が麻帆良内部でのさばっていて大丈夫なんだろうか。
人格調査とかも―――いや、こういう類の奴はその辺りも誤魔化してる可能性が高いな。
そう思って、俺は空を見上げる。
視界の端に、弐集院が派遣したのだろう、二人の魔法先生の姿が見えた。
殺せと催促する相手を殺したくなくなるのは、おそらく相手の思い通りになりたくないと言う俺のわがままだろう。
そうして生き残ろうとしているのならコイツも相当頭が回る奴だろうが、俺にとっては関係ない。
コイツがまた俺たちを襲えば、それは学園の管理不足だ。
俺と麻帆良は決定的に仲を違う事になる。
それもまた、コイツ等の狙いなのかと思うと―――いや、思考はここまでにしよう。
キリがない。
今度は半狂乱になって喚きだした女を気絶させて、俺は二人に引き渡す。
「そっちは任せた。取り逃すなンて真似はするなよ」
魔法先生である二人は血を吐いている女を見て、とりあえず生死は確認してから担ぎあげた。
俺が殺しているのではないかと思ったらしい。
まあ、無理もないが。
「わかっている。そちらも、できる限り対処はして欲しい」
「あァ。できる限りな」
俺はそこから飛び出した。
風を反射し、加速する。
向かう場所はミサカがいる場所。
鬼が蔓延る戦場だ。
力をセーブするのは嫌になる。
ズボンの裾が血に濡れていた。
風が反射されているためか、それはまだ乾かない。
まだ僅かに光を反射するほどの水分を持っているそれの輝きは、そのまま俺の目の輝きになる。
俺の口が歪んでくる。
ファンだの何だの、わかりづらい手を使ってきたのは当然だろう。
俺は、それほどの化物なんだから。
だが、だからと言って俺が人間であることに変わりはない。
感情だってある。
だからこそ、苛立つ。
腹が立つ。
拳が握り締められる。
こんな狂気にまみれた連中が、もしかしてミサカに向かっていたとしたら。
そう考えるだけで、俺は表情を硬化させていく。
本気でミサカが心配なのだと自覚すると同時に、俺は速度を加速させた。
そして、思う。
もしもミサカが俺の前で倒れていたとしたら、俺は迷わずその場にいる奴ら全員を皆殺しにするだろう。
本能の錠が外れている。
それを自覚しながらも、俺は鍵を再びかける気にはならない。
久しぶりに暴力を解き放ちながら、俺はただただ直進した。
SIDE エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル
魔法の射手を放ち、ぼーやを追いかけること暫く。
そろそろ飽きてきた。
何と言うか、ダレてきた。
反応が同じでつまらないのだ。
たまにぼーやも慣れてきたのか魔法の射手で反撃してくることがあったが、それも微々たるもの。
こちらもレベルを落としているというのに、張り合いがない。
ぼーやのあの威勢の良い啖呵はなんだったのだろうか?
まさかとは思うが、私の全開モードに時間制限があると知っているのか?
そのための時間稼ぎか?
となると、甘いな。
少し追い詰めてやるとしよう。
「茶々丸、少し下がっていろ」
「はい」
前に出ていた茶々丸を下げ、私は呪文を詠唱する。
「氷の精霊52頭、集い来たりて敵を斬り裂け!!」
私の詠唱を聞いたぼーやがぎょっとして振りかえる。
今まで私は10発クラスの奴しか撃ってこなかったからな。
いきなり5倍の50発だ、凌ぎ切れるか?
そう思っていると、向こうは迎撃することにしたようだ、詠唱を始める。
だが、遅い。
「魔法の射手、氷の52矢!!」
ぼーやはそれに対して光の矢で対抗するようだが、数が足りない。
いくつかが相殺しきれずにぼーやの下に向かうが、ぼーやは素早くシフトして魔法銃で数が減ったそれを撃ち落とす。
それに少し感心していると、ぼーやがいきなり進路を変えた。
また二番煎じの撹乱かと思っていると、ぐんぐんと直線的に飛ばしていく。
今までとは違う進路だ。
今まではかく乱するようにジグザグに動いていたというのに、今回は直線的。
明らかに時間稼ぎではなく、逃げの一手だ。
「チッ、力を見せると逃げるか。それとも何かの作戦があるのか。どちらにしろ面白いものであると期待しよう」
「マスター、あまり油断なされずに」
「たかが10歳の小僧に何ができる。真祖の力が復活した今なら、どんな罠が来ようとも力ずくで突破してやるさ」
茶々丸も自分が破壊されたから用心しているのだろう。
だが、用心し過ぎていたら攻め損じることになる。
確かにやるが、それは一般的魔法使いの実力からみて、だ。
今の私にとって、これはお遊びにしか過ぎないのだからな。
ぼーやを追跡しながら適度に魔法を放っていると、ぼーやは橋にやってきた。
外へ繋がる橋である。
「来れ氷精、大気に満ちよ。白夜の国の凍土と氷河を」
その橋を見て、私は少し落胆を抑えきれなかった。
すぐにぼーやの作戦を見破ってしまったからだ。
「こおる大地!!」
橋の一部を凍らせ、鏃のようにして突きださせる。
その鏃がぼーやの杖に直撃し、ぼーやは投げだされた。
橋の上にゴロゴロと転がり、そのまま倒れた。
ダメージが大きいのだろうか。
どちらにせよ、この程度で倒れるなんて予想以下だったが。
私は橋の上に着地し、ぼーやに向かって話しかける。
「なるほどな。ここは麻帆良の端だ、私は呪いで外には出られん。ピンチになればこの外に出れば良い、か。意外にせこい作戦じゃないか。分身と言い、姑息な作戦が売りなのか?」
そのまま歩みを進めていく。
一応、警戒はしておく。
倒れているふりをして、実は呪文を唱えていた、という事態はありそうだからな。
障壁を展開する準備をしておいて、慎重に歩みを進め、ある一歩を踏み出した時だった。
乾いた音と光が辺りを照らし、足元が光り輝いた。
同時に足元から縄のような光が出て、私と茶々丸を拘束する。
「これは……捕縛結界か!?」
よくこんな手の込んだものを。
全力を出せば力ずくで解除できるが、こんなガキ相手に全力を出すのもためらわれる。
さてどうするか、と思っていると、ぼーやがいきなり跳ね起きた。
その顔は真剣そのもの。
必死なそれだ。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 来れ雷精、風の精!!」
その顔に油断なんて文字は欠片もなく、ただ目の前の相手を倒すだけの事を考えた目をしていた。
この機会に、私を全力で倒すことだけを考えている。
何を考えているのかと思えば、私を油断させるためにこれだけの時間をかけたという事か。
私に、ネギ・スプリングフィールドは腰抜けだ、結局は10歳の小僧だと思わせるために。
その油断を突き、最大の一撃で勝負を決めるために。
「茶々丸、急げ」
「はい。結界解除プラグラム、発動」
拘束された状態で雷の暴風を食らえば、私はともかく茶々丸は無事でいられない。
流石に、今回のぼーやも本気中の本気ということか。
ジジイの言うように、脅しすぎたか?
だからこそ必死なんだろうが。
「雷を纏いて吹きすさべ、南洋の嵐!!」
捕縛結界にひびが入り、崩壊していく。
それを見たぼーやは焦り、詠唱を速めていく。
だが、茶々丸の方が速い。
乾いた音と共に、捕縛結界が崩壊する。
一瞬遅れて、ぼーやの魔法が発動した。
「雷の暴風!!」
圧倒的な風と雷の嵐が私たちを襲う。
それはアスファルトの地面を削りながらこちらに直進してくる。
だが、茶々丸と私は既に射線上から離脱しており、それは橋の上を直進して上空へ消えていった。
不発だ。
「惜しかったな」
その声と共に、私は上空から声を降らせる。
悔しそうな顔で見上げてくるぼーや。
捕縛結界は容易く解除できないことで有名な結界だが、それをあっさりと破ったことに驚かないのは、それを想定していたからだろう。
雷の暴風も、一か八かの賭けだったに違いない。
私は油断せずに攻撃してきたぼーやの行動を褒めたい気持ちになりながら、告げる。
「茶々丸の結界解除プラグラム……まあ、ハイテクか何からしいんだが、それがなければ危なかっただろう」
「そんなのがあったんですか」
驚きの顔で茶々丸を見るぼーや。
だが、これでチェックメイトだ。
ぼーやは再び魔法を唱えようとするが、茶々丸がそれに気づいて接近する。
杖を奪い取ろうとした次の瞬間、私は目を見開いた。
「解放! 魔法の射手・戒めの風矢!!」
ぼーやの手から出現した風の矢がほぼゼロ距離で直撃し、茶々丸を拘束する。
詠唱下にしては早すぎる。
遅延魔法か。
しかし、いつの間に……そう思った私は、橋の上に行った時、ぼーやを見ていなかったことに気づく。
まさか、一瞬目をそらしたあの時に唱えていたのか?
茶々丸は拘束しようとしてくるそれに戸惑いながらも先ほどのシステムで脱出を図るが、左から迫ってきている『それ』を見て、私が割って入ることになった。
神楽坂明日菜だ。
一体どこから沸いてきたのか、いつのまにか茶々丸の左から飛び蹴りの体制になっていた。
しかも、契約執行までなされている。
あの蹴りが直撃すれば茶々丸も不味いことになる。
私はすばやく間に割って入り、障壁を展開する。
それにも構わずに神楽坂明日菜は突進してきた。
その速度は常人のそれではないが、結局は人間が行う範疇の速度だ。
私の敵ではない、と思っていた。
「たかが人間が、私に触れることすら―――ぼぶっ!?」
その蹴りが私の腹に直撃した。
紙切れのように容易く、私の障壁を貫通して。
ミシミシと骨が軋むのがわかる。
勢いを殺せず、茶々丸を巻き込んで吹き飛んだ。
橋の柵に当たり、上空に吹き飛ばされ、落下する。
盛大な音を立てて橋の上に落ちた。
私は起き上がるが、腹部のダメージが大きい。
思わず咳き込む。
「か、ぐはっ!? クソッ、私の魔法障壁を抜いてくるとは、どういうことだ!?」
物理的に考えて、私の魔法障壁を突破するにはアクセラレータの『ジェット・パンチ』並の威力が必要となる。
それをたかだか契約執行で強化されたくらいの小娘が実現できるとは思えない。
ということは、何らかの能力が備わっているという事か?
私は思わず混乱しそうになったが、上空から迫る影で我に返る。
ぼーやの杖から飛び降りた神楽坂明日菜が、手にカードを持って急降下してきていた。
「『来れ』!!」
カードが光を放ち、それ自身が変形する。
落下するとともに、もともとがカードであったとは思えない大きさにまで膨れ上がる。
アーティファクトだ。
この二人、いつの間に仮契約を……!!
驚くべき事ばかりだが、とりあえずは回避だ。
起き上がろうとしている茶々丸を掴み、そのまま上空に飛ぶ。
暴力的な神楽坂明日菜の事だから物理系に特化したアーティファクトなのだろうと思っていると、私のいた場所から気の抜けた音が。
スッパァァァァン!!
その音に振り返った私は、神楽坂明日菜の手に大きなハリセンが握られているのが見えた。
私は知っている。
ハリセンとは、大きいとかなり痛いのだ。
あれも怯ませるには立派な武器ということか。
舐めてはいけないが、やけに力は抜ける。
私は茶々丸を掴んだまま上空に滞空し、ぼーやは神楽坂明日菜がいる場所に着地する。
その目は強く私を睨んでいて、まだ欠片も勝負を諦めていないことが分かった。
私も口に笑みを浮かべながら、視線を返す。
「驚いたよ。遅延呪文の習得といい、神楽坂明日菜の登場といい、アーティファクトといい。まさかあの捕縛結界すら囮で、本命は茶々丸を倒すことにあったのか?」
「本当なら、雷の暴風で倒してしまう予定でした。でも、うまくいかなかったらそのままやられてしまいます。だから、アスナさんを橋の下に隠れさせて、合図と共に攻撃する手はずになってました。むしろこちらの方を練習していたんですけど」
冷静に答えたぼーやの頭を、神楽坂明日菜がド突く。
「いきなり橋の上でドンパチが始まったから、橋が揺れてメチャクチャ怖かったわよ。あんな威力の魔法なら先に言ってよね」
「だ、だから橋が揺れるかもしれないって先に言ったじゃないですか……」
「あんなに揺れるなんて聞いてないわよ!」
「はいはい姐さん、そこまでですぜ」
漫才を見ているつもりはない。
私も私なりに考えることがあった。
遅延呪文の習得は、ある意味で予想しておくべきだった。
コイツは文句なしに天才の血族なんだ、10歳で遅延魔法も覚えてしまう可能性もあった。
それよりも、神楽坂明日菜か。
私の魔法障壁を二度も破った事は驚きだが、ジジイが孫娘と一緒に住まわせていたんだ、ただのガキではないと思っていた。
だが、もしも何らかの特殊能力を持っているとしたら……面白くなってくる。
それに、茶々丸を襲った時点では、神楽坂明日菜は仮契約もしていない『スカ・カード』による契約執行だったのは知っている。
だが、今回はきっちりと仮契約してきて、アーティファクトの事まで話している。
私と正面決戦をするために、最大限の戦力を整えてきた、という事か。
面白い。
面白いぞ。
その何が何でも負けられないと足掻く姿は、実にいい。
しかも、それに私が翻弄されている。
なんだろう、この気持ちは。
ゾクゾクする。
戦闘が楽しみになる、この気持ち。
忘れていた感覚だ。
予想外の事態を起こしてくれるというのはアクセラレータで味わったが、奴は圧倒的な力を持っている。
だが、奴に比べてぼーやは矮小な力しか持っていない。
それを策略を使い、他人の協力を得て、捕縛結界まで使って、私に勝利しようとする。
その姿勢は実に好ましい。
ジジイよ。
別に私が戦わなくても、この小僧は自然と強くなるんじゃないか?
そんなことを言ってやりたくなった。
「詳しい事は聞かん。興味もない」
漂う緊張感。
杖を構えるぼーやに、ハリセンを構える神楽坂明日菜。
そして、何故かライターを構えるオコジョ。
その姿だけがシュールなので目に入れないようにして、私は宣言する。
「私が興味があるのは、貴様だ。ネギ・スプリングフィールド」
魔力を纏わせる。
弱いモノ苛めをして面白がるのは、もうやめだ。
「本気で来い。貴様の策略や実力を含めた本気、全て受け止めた上で粉砕してやる」
「―――ッ、はい!!」
ぼーやが杖を構える。
それに応じて腕を構える。
それからの一瞬の静寂。
それがまるで、私には試合開始のゴングに聞こえた。
SIDE 男
「ジャミング術式、継続発動中です」
「まだ解除するなよ。学園長に場所を気づかれれば奴が来る。音速を超えて移動するらしいからな」
俺たちは森の中を疾走していた。
目標に素早く接近し、目的を達成する。
できなければ奴が来て、蹂躙され、終わりだ。
それでは何の意味もない。
俺たちの意思も、伝えたい思いも、何も伝わらない。
蹂躙されるにしても、ただ蹂躙されると言うわけにはいかない。
奴が人間だとするのなら、俺たちは蚊だ。
奴に気づかれずに、目的を達成する。
殺されても、目的を達成した後なら相手に被害を残すことができる。
俺たちがやろうとしている事は、まさにそれだ。
移動して風を切る音が、何故かひどく好ましい。
この空気を感じることがなくなる可能性が高いからだろうか。
体が震える。
怖くないわけではない。
どう足掻こうと蹂躙されるのだ、怖いモノは怖いさ。
だが、これは同時に武者震いでもある。
今からやろうとしている事に対する興奮。
伝えられることがようやく表舞台に立つ事を妄想することによる興奮。
俺という存在が、反抗のキーとなる興奮。
それらすべてが合わさって、俺の震えとなる。
共鳴するように口の端が上がる。
狂気と言えばそれまでだ。
何かに突き動かされたとしたら、俺だってそれだと言うだろう。
何が何でも一つの目的を達成したい。
そのために手段を選ばなくなれば、それは狂気だ。
今からやる事は教師が生徒に襲いかかるなんて言う、最低の行動だ。
だからこそ罪は受け入れるし、罰だって甘んじて受けよう。
ただ、俺たちの目的のために。
「そろそろ目標ですね」
「ああ。……お前たちとは短い付き合いになったな」
振り向かずにそう言うと、後方で小さな笑いが二つ。
それぞれ男、女のものだ。
「最後にそう言う殊勝な事を言わないでください、縁起でもない」
「死亡フラグですよ」
今から死地に飛びこもうと言うのに、フラグもクソもないのだが。
そう思いながら、俺も笑う。
狂気にまみれたそれではなく、ただ純粋に。
そして、高速移動が終わる。
俺たちの前には、二人の生徒。
一人は黒い髪を片側にまとめ、刀を持つ少女。
もう一人は、ヘルメットを被って帯電している少女。
一方ミサカと桜咲刹那だ。
桜咲刹那がいるのは想定内だ、問題ない。
どの道、俺たちが言いたいことが伝われば、その後なんてどうなっても良い。
やってきた俺たちに向けて、桜咲刹那が口を開く。
「他の地区の方は終わったのですか?」
我々を疑っていない顔だ。
味方だ、と思っているのだろう。
当然、俺たちはスーツを着ている。
関西呪術協会の連中なら、着物とかを着ているだろうしな。
俺は口を開こうとして、一方ミサカに睨まれている視線を感じる。
その目は明らかに敵対するもののそれだ。
雰囲気でわかってしまうのだろうか、敵意というものは。
「刹那さん、待ってください、とミサカは警告します」
一方ミサカの警告とやらが終わると同時に、俺たちは武器を構える。
それぞれ、ナイフ、拳、剣を。
驚愕する桜咲刹那と、淡々と拳を構えて帯電する一方ミサカ。
俺は一拍置いて、言葉を発した。
「一方ミサカ。お前やアクセラレータは麻帆良を乱す危険因子とみなす。よって―――」
足に力を込める。
爆発的な突進のための力だ。
同時に桜咲刹那が迎撃姿勢をとり、一方ミサカも同じように迎撃姿勢をとった。
優秀だ、と思うと同時に、厄介だ、とも思う。
その実力だけなら、麻帆良にとって好ましいのに。
そう思いながら、俺は宣言した。
「―――排除する!!」
~あとがき~
連続投稿、第三弾。とは言えませんかね。遅れちゃいましたし。
停電の裏で同時に進行する二つの物語は、次回でそろそろ戦闘面は終局に向かいます。