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赤松健SS投稿掲示板


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No.21114の一覧
[0] 【完結】千雨の世界 (千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)[弁蛇眠](2012/08/14 15:07)
[1] プロローグ[弁蛇眠](2011/10/04 13:44)
[2] 第1話「感覚-feel-」[弁蛇眠](2011/10/04 13:43)
[3] 第2話「切っ掛け」 第一章〈AKIRA編〉[弁蛇眠](2011/11/28 01:25)
[4] 第3話「図書館島」[弁蛇眠](2011/10/16 18:26)
[5] 第4話「接触」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[6] 第5話「失踪」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[7] 第6話「拡大」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:26)
[8] 第7話「double hero」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[9] 第8話「千雨の世界ver1.00」[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[10] 第9話「Agape」 第一章〈AKIRA編〉終了[弁蛇眠](2012/03/03 20:28)
[11] 第10話「第一章エピローグ」[弁蛇眠](2012/03/03 20:29)
[12] 第11話「月」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉[弁蛇眠](2012/03/03 20:30)
[13] 第12話「留学」[弁蛇眠](2011/10/16 18:28)
[14] 第13話「導火線」[弁蛇眠](2011/08/31 12:17)
[15] 第14話「放課後-start-」[弁蛇眠](2011/08/31 12:18)
[16] 第15話「銃撃」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:32)
[17] 第16話「悲しみよこんにちは」[弁蛇眠](2011/10/16 18:29)
[18] 第17話「lost&hope」[弁蛇眠](2011/08/31 12:21)
[19] 第18話「その場所へ」+簡易勢力図[弁蛇眠](2011/08/31 12:22)
[20] 第19話「潜入準備」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[21] 第20話「Bad boys & girls」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[22] 第21話「潜入」[弁蛇眠](2011/10/16 18:53)
[23] 第22話「ユエ」[弁蛇眠](2011/10/16 18:55)
[24] 第23話「ただ、その引き金が」[弁蛇眠](2011/08/31 13:06)
[25] 第24話「衝突-burst-」[弁蛇眠](2011/08/31 15:41)
[26] 第25話「綾瀬夕映」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[27] 第26話「sorella-姉妹-」[弁蛇眠](2011/10/16 18:56)
[28] 第27話「ザ・グレイトフル・デッド」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:35)
[29] 第28話「前を向いて」[弁蛇眠](2011/08/31 16:19)
[30] 第29話「千雨の世界ver2.01」[弁蛇眠](2011/10/16 19:00)
[31] 第30話「彼女の敵は世界」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉終了[弁蛇眠](2011/08/31 16:27)
[32] 第30話アフター?[弁蛇眠](2012/03/03 20:37)
[33] 第31話「第二章エピローグ」[弁蛇眠](2011/08/31 16:30)
[34] 第32話「声は響かず……」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[35] 第33話「傷痕」 第三章[弁蛇眠](2011/11/28 01:27)
[36] 第34話「痕跡」[弁蛇眠](2011/08/31 16:33)
[37] 第35話「A・I」+簡易時系列、勢力などのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:39)
[38] 第36話「理と力」[弁蛇眠](2011/08/31 16:36)
[39] ifルート[弁蛇眠](2012/03/03 20:40)
[40] 第37話「風が吹いていた」[弁蛇眠](2011/08/31 16:38)
[41] 第38話「甘味」[弁蛇眠](2011/10/16 19:01)
[42] 第39話「夢追い人への階段――前夜」[弁蛇眠](2011/10/16 19:02)
[43] 第40話「フェスタ!」[弁蛇眠](2012/03/03 20:41)
[44] 第41話「heat up」[弁蛇眠](2011/10/16 19:03)
[45] 第42話「邂逅」[弁蛇眠](2011/10/30 02:55)
[46] 第43話「始まりの鐘は突然に」[弁蛇眠](2011/10/24 17:03)
[47] 第44話「人の悪意」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[48] 第45話「killer」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[49] 第46話「終幕」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[50] 第47話「そして彼女は決意する」[弁蛇眠](2011/10/27 15:03)
[51] 第48話「賽は投げられた」[弁蛇眠](2012/04/14 17:36)
[52] 第49話「strike back!」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[53] 第50話「四人」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[54] 第51話「図書館島崩壊」[弁蛇眠](2012/02/21 15:02)
[55] 第52話「それぞれの戦い」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[56] 第53話「Sparking!」[弁蛇眠](2012/02/25 20:29)
[57] 第54話「double hero/The second rush」[弁蛇眠](2012/02/27 13:56)
[58] 第55話「響く声」[弁蛇眠](2012/02/29 13:24)
[59] 第56話「千雨の世界verX.XX/error」[弁蛇眠](2012/03/02 22:57)
[60] 第57話「ラストダンスは私に」[弁蛇眠](2012/03/03 20:21)
[61] 最終話「千雨と世界」[弁蛇眠](2012/03/17 02:12)
[62] あとがき[弁蛇眠](2012/03/17 02:08)
[63] ――――[弁蛇眠](2014/11/29 12:34)
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[21114] 第8話「千雨の世界ver1.00」
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:67228ed1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/03/03 20:27
 千雨の息は荒い。
 只でさえ体力が人並みの千雨が、麻帆良中をずっと走り続けているのだから当たり前である。降りしきる雨も、千雨の体力を徐々に奪っていく。

「くそ、見えねぇ」

 雨水に濡れたメガネを擦る。

「おわっ」

 足元が水で滑りかけるが、なんとか持ちこたえる。一度立ち止まると、足がガクガクと痙攣しているのが分かった。だが、止まるわけにはいかない。
 座り込みたくなるのを堪え、再び走り始める。
 喉がナイフで刺されたようだった。手足に鉛を付けられているようだった。一歩足を踏み出すのが遠く感じられる。だが、止まらない。
 千雨の背中を数多くの手が押してくれた。かつて裏切られ、救われたこの地で、再び救われたのだ。そして、今度は千雨が救いたい。
 ”輝き”が千雨の体を駆け巡る。
 しかし、千雨の知覚領域に意外な人影が入った。承太郎が足止めを受け持った場所とは違う方向から、二つの人影が向かってきている。先ほどの魔法使い達とは比較にならないスピードだ。
 幸いな事に、千雨とはかち合うコースであった。
 だが、電子干渉(スナーク)をし、いくつかの監視カメラから姿を把握しようとするものの、あまりのスピードに影しか把握できないのだ。

「チッ! こんな時にかよ」

 千雨はウフコックに干渉し、拳銃に反転(ターン)させる。銃口を相手の来る方向に向けた。風の様な速さで、地を駆ける二つの人影が、千雨を前にして止まった。

「お前は」
「貴様は」

 千雨と相手の声が重なった。







 第8話「千雨の世界ver1.00」







 明石教授は魔法先生達十四人の先頭を走っていた。即座に集められた魔法先生達の人数である。何れも麻帆良内の警備を担当しており、戦闘経験を持っていた。今回、魔法使いの学生、通称『魔法生徒』には連絡もしていない。まだ彼らには、これから行われる凄惨で生臭いものを見せたくない、という思いからだった。もっとも、それらがどれほど彼らを思っているかは定かではない。
 それぞれの先生達が、体に魔力や気を纏い、身体能力を底上げしつつ走る。常人の範疇を越えながらも、息を切らせる者は皆無だった。
 走りつつ、学園長が頼んだ助っ人との合流ポイントへ近づく。

「あそこか」

 街頭の下、一人の長身の男性が立っていた。
 空条承太郎。今回、麻帆良へスタンド使いが現れる情報を掴み、調査を申し出た男との話だ。あのスピードワゴン財団からの全面バックアップもあり、本人もスタンド使いという一角の人物らしい。海洋生物に関する論文も幾つか発表してるらしく、プライベートなら気が合うかもしれない、と密かに教授は思った。
 承太郎の前に魔法先生達は立ち止まる。代表するように教授が一歩前に出る。

「空条さんですね。麻帆良大で教授をしている明石です。今回の事件での協力をして頂けると、学園長から聞いております」
「あぁ、そういう話『だったな』。すまない」

 そう言うと、承太郎は帽子のつばを掴み、目礼をする。

「あの、どういう事でしょうか?」
「要点だけ言おう、魔法使い殿」

 教授は空気が変わるのを感じた。承太郎への目線が離せない。
 ドサリ、と後ろで音がして振り返る。

「な、何だ!」

 一人の魔法先生が気を失っていた。あご先にアザがある。
 今、ここにいる者達は大なり小なり、魔法障壁を張っていた。障壁は物理的、もしくは魔法などの衝撃を緩和する。その障壁を抜けて攻撃されていた。

「みなさん! 警戒してください! 周囲に何者かがいます!」
「その必要は無いぜ」

 教授の耳に承太郎の声が重く響く。地鳴りのような音が聞こえた気がする。

「『俺』が『あんたら』の敵だ、ついさっきからな。悪いがここを通すわけにはいかない」

 承太郎の不敵な言動には、先ほどの攻撃が彼によるものだと確信させる何かがあった。自分達『魔法使い』が感知できない攻撃、『スタンド』、そして目の前にいる『スタンド使い』。次々と連想される単語が、等しく目の前の男へと収束される。
 高畑が死に掛け、他にも魔法使いの仲間の命も削られている。なにより、娘たる裕奈も命の危機なのだ。その焦燥感に、教授は歯をギチリと軋ませながら、承太郎に問いかける。

「なぜっ! なぜ邪魔をするんですか! 今、ここで彼女を殺さなければ、我々の友人達が死んでしまう! む、娘も死に掛けてるんだ!」

 教授の必死の説得。いや、説得にすら至らない、心情の吐露だ。背後に控える同僚達も、その心情に共感する。無言のまま、憤怒の視線を承太郎にぶつけた。

「『輝き』だ」

 承太郎の一言に、一瞬怒気が薄れる。

「俺は先ほど一人の少女の『輝き』を見た。大河内アキラを殺す。組織として正しく、なにより効率的だ。だがな、俺は気に入らない。敵のスタンドの根暗さに、この麻帆良とやらは毒されてるらしい、そしてその暗さを吹っ飛ばすのは『輝き』だ」

 承太郎はポケットから手を出し、魔法使い達に向け、ピシリと指をさした。

「俺は『輝き』、正義の中にある『光』にかけただけだ。御託はもういいだろう、さぁおっぱじめようぜ。俺に背を向けて逃げられると思うな」

 承太郎の背後にスタンドが立つ。『立ち向かうもの』の異名を持つ、人の精神の具現。今、この場で承太郎のスタンド『スター・プラチナ』を見えるものは本人しかいない、またその能力を知る者も。
 承太郎の得体の知れなさに、教師達は一斉に距離を置いた。障壁に魔力を注ぎ、より強固にする。

「おいおい、いいのかそんなに離れて。そこは『俺の距離』だぜ」

 承太郎の言葉を聞いた次の瞬間、衝撃が教授を襲った。障壁をハンマーで殴られた様な感覚である。外傷は無いが、肌がピリピリと痺れた。

「な、なんだ一体!」

 周囲を見れば、同じ様な目にあっただろう数人が首肯している。今の一瞬で五、六人に対し、同時攻撃を行ったらしい。

「くぅ、みなさん、死なない程度に無力化させます!」

 教授を始め、複数の人間が魔法を詠唱した。資料によれば、スタンド使いは障壁を張るなどといった事はもちろん出来ず、身体的な強度は一般人と変わらないらしい。

「魔法の射手、光の3矢!」

 あの体躯だ、この程度は大丈夫だろう。教授はそう思いつつ、杖を承太郎に向け、魔法を放った。光弾が尾を引き、承太郎に向かって飛ぶ。
 後に続くように、他の先生達による『魔法の射手』と呼ばれる、魔力による矢が幾本か放たれる。
 承太郎の周囲には数十本の矢。だが、微動だにしない。ポケットに手を突っ込みながらの仁王立ちだった。
 矢が当たり、地面を抉った。砂煙が舞う。

「おい、大丈夫なのか」
「加減はしたはずだ」

 何人かの話し声が耳に入る。しかし、教授は妙な胸騒ぎがしていた。

「忠告したはずだぜ、そこは『俺の距離』だってな」

 砂煙が晴れれば、そこには仁王立ちのままの承太郎がいた。服が少し破れているが、無傷のようだった。

「な、なんで無傷――」

 言葉を最後までいう事ができない。また衝撃が教授を襲う。

「ぐぅ!」

 見れば魔法障壁に金属の小さい玉がぶつかっていた。障壁にめり込むように、数個の玉が浮かんでいる。一切知覚出来なかった。

「パチンコの玉、いやベアリングか」

 教授は麻帆良工大の友人の研究室を思い出した。そこで見た円形ベアリングに使われる玉とそっくりなのだ。
 思考を走らす間にも、障壁にめり込むベアリングは増えている。飛んでくる軌道も何も感じられない。ただ気付いたら『目の前にある』のだ。

「くっ、みなさん動いてください! 相手は『転移』らしき〝何か〟を多用しています」

 教授は、学園長が承太郎の能力を語っていた事を思い出していた。
 『わしでも感知できなかった。おそらくは空間に何かしらの干渉をする能力だろう』、その言はあながち間違いではない。
 体に魔力をまとわせ、一方的な的にならぬ様、空間を飛び回った。だが、それを追いかけるようにベアリングは目の前に現れ続ける。

「なんて正確な!」

 周囲を見渡せば二、三人の教師はベアリングの雨に打たれ、障壁を破壊されて撃墜されたようだ。その教師達を、戦線から運び出した仲間からの念話が入る。全員生きているらしい。それどころか余程上手い所に当てたらしく、最小限の怪我しかしていないとか。

(なんとも歯がゆい相手だ)

 教授は心中で呟きつつ、詠唱を再び開始する。このまま手をこまねいていたら負ける。それは他の教師陣も同じようだ。もはや相手を格下だと見ることは出来ない。

「魔法の射手、光の37矢!」

 先ほどの十倍以上の矢が承太郎に撃ち放たれる。やはり承太郎は動かない。回避の必要が無いとでも言うように。
 そしてそれは現実となる。三十本以上の矢が『反れた』のだ。まるで不可視の曲面の上を滑るように、承太郎だけを回避し、その背後に直撃する。
 攻防は続く。
 魔法使いの魔法が次々と打ち砕かれた。炎が霧散し、氷が砕かれる。その隙間を縫うように、いつの間にかベアリングが魔法使いを襲っていた。教師陣はどんどん削られていく。
 されとて、承太郎とて無傷では無くなっていた。コートはボロボロになり、血が幾つもの場所から噴出している。

「くそ! 頼む引いてくれ!」

 焦りが口から溢れ出る。戦闘時間は未だ五分にも経っていない。
 承太郎を迂回し、先へ進むのは容易だろう。
 だが、彼ら自身が持つ、自覚無き後ろめたさがそれを許さなかった。『教え子たる子供を殺す』その事実に真っ向から立ち向かう目の前の男は、彼らが壊さねばならない壁だった。そして、目の前の男ですら倒せないなら、大河内アキラも殺せないだろう、という思いが逃げ道になる。『スタンド』の実力を正確に把握できていない彼らは、薄っぺらな願望にしがみついた。
 また、承太郎の『能力』の事もある。果たして彼に背を向けて、無事に逃げられるのか……。
 痺れを切らした葛葉刀子が、周囲に叫ぶ。

「このままでは相手の思う壺です! 一気に畳み掛けます!」

 妖怪をほふる事を生業としている京都神鳴流。その剣術を納める淑女の言葉に、皆が彼女の行動を理解した。
 長刀を振り上げ、気を充実させる。紫電の走った刃を腰溜めにし、承太郎までの距離を一気に駆け抜けた。
 彼女に同意するように、追随する教師が四名。『転移』を能力とする相手と、距離を置くのは愚行。それが彼らの一致する意見だった。
 一撃必殺の刃に、魔法の剣、数々の攻撃が承太郎の体に降り注ごうとしている。だが――。

「やれやれやっとか。やっと『俺の距離』に来てくれたか」

 気付けばもう遅い。



     ◆



 高畑の病室を出たエヴァは、麻帆良工大に寄り、茶々丸と合流をした。本来はメンテナンスの予定があったのだが、切り上げさせたのである。そしてこの行動が幸か不幸か、他の魔法使い達と別のルートを辿り世界樹へ向かう事となり、承太郎の妨害を受ける事が無かった。
 建物の間を飛ぶように走りつつ、エヴァは自らの力の充実を感じていた。

(力が戻ってきている?)

 本来の力の十分の一にも満たない。だが、一般の魔法使いの数倍の魔力が溢れ始めているのだ。
 エヴァンジェリンは真祖の吸血鬼と呼ばれる怪物だった。齢六百歳にして、不老不死。魔法使いの間で『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と呼ばれる凄腕の魔法使いであり、元賞金首だ。
 それがある事件によりこの麻帆良の地に縛られ、中学生を十年以上も続けている。さらには魔力のほとんども呪いにより封じらていた。
 そのはずが、今封じられているはずの力が戻り始めているのだ。
 エヴァは周囲を見る。雨のせいで視界は良いとは言えないが、普段はもっと明るいはずの麻帆良が、ありのままの夜の闇に沈んでいる。光は少なく、数えるほどにしか見えない。

(まるで大停電だな)

 麻帆良では半年に一回、麻帆良を覆う結界の電力メンテナンスのために、停電を行う事があるのだ。エヴァは先月の大停電を思い出す。
 その際、エヴァの魔力に揺らぎがある事を茶々丸が観測していたのだ。それを知り合いに伝えた所、ある仮説が立てられた。

『エヴァの魔力は電力による結界により封じられているのでは』

 と言うようなものである。エヴァも一つの意見として保留したものの、今の自分を見れば納得である。だが、この十数年の間、なぜ気付かなかったのか、と腑に落ちない一面もあった。
 実際、エヴァの魔力への封印は、電力による結界によって行われていた。大停電の時なども、エヴァの封印だけは、予備電力のほとんどを使い維持し続けられたのである。しかし、万全では無い。その万全では無い揺らぎが、先月の大停電の折に、茶々丸に感づかれたのだ。

「茶々丸、麻帆良で停電の予定はあったか? もしくは停電の情報は?」
「いえ、どちらもありません。停電があれば、真っ先にネットワーク上に通知が来るシステムが麻帆良にはあります。この停電はおそらくイレギュラーです」
「ふむ、やはりスタンドとやらの行動と考えるべきか」

 病院を出た時点では、近右衛門も停電については何も言ってなかった。周囲を見れば、停電は世界樹を中心に広がっている事が分かる。今も広がり続けているようだ。

「おい、茶々丸。私の魔力と停電の関連性は?」
「現在のマスターの魔力は、本来のマスターの魔力、その想定値の八%に達しています。依然上昇中です。また、麻帆良内のネットワークが寸断されデータは不足していますが、その電力の不足具合の概算の域から算出する数値は、マスターの魔力増加量との関連性が見出せます」
「ええい、要点だけ言え!」
「確証はありませんが、先日の仮説はほぼ間違いないかと」
「……そうか」

 エヴァの口角が釣り上がる。久々に感じる力の奔流が、自らの本能を刺激した。高畑の命が消えかけている、その事実がスパイスとなり、焦燥が加速し、迷いが消える。

「大河内アキラめ、馬鹿な事を」

 スタンドの暴走をし、あまつさえ殺される相手に塩を送るとは、愚の骨頂だろう。
 エヴァはさらに足に魔力を込める。余剰魔力をドール契約している茶々丸へと、ラインを通して与えた。茶々丸も追いついてきたようだ。
 世界樹へあと一歩、という所でエヴァは意外な人影と出くわす。

「貴様は」
「お前は」

 体中が雨と泥で汚れていたが、大きなメガネはいつも通りだった。
 長谷川千雨である。
 拳銃をエヴァに向け、立っていた。ここまで走ってきたのだろう、肩で息をしているのが分かった。

「フン、千雨か。そこを退け、今貴様には用は無い」

 エヴァなりの気遣いであった。

「おい、エヴァ。お前も大河内に用があるのか?」
「ほう、知っているか」

 少し感嘆する。やはり、只の一般人と言うわけでは無さそうである。

「なら話は早い。そこを退け、今の状況を知っているのだろう」
「……大河内を、殺すのか?」

 千雨の目は怯えていた。エヴァはその目が酷く気に入らなかった。卑屈さ、不安、猜疑心。人が持つ負の感情を容易に想像させる。

(所詮、人間か)
「あぁ、そうだ。だから退け、貴様も死にたくなければな!」

 周囲に魔力の奔流が走り、殺気も放たれる。重圧は周囲を覆い、その空間だけ雨が散った。

「ぐぅぅ」

 あまりの力の激しさに、腕で顔を覆いつつ、千雨は言葉が漏れ出るのを抑えられない。
 後ずさる足が止まらない、鼓動は早くなる。だが、千雨の目は死んでいない。承太郎の認めた微かな輝きは、その程度では消し飛ばない。

「や、やなこった! そっちこそ退け! わたしは救うぞ! 大河内を!」

 千雨の言葉に、エヴァは頭に血が昇った。エヴァにとって千雨の言葉は青臭く、また軽すぎた。子供の世迷言で、自らの行いを貶されたようだった。

「ほざけ小娘!」
「お前に言われくないぞクソガキ!」

 幼稚な言葉の応酬。しかし、その言葉はしっかりとエヴァの懐に抉りこんでいた。

「私は不老不死たる真祖の吸血鬼だぞ! 貴様の十倍以上の時を生きとるわ!」
「きゅ、吸血鬼!? くそ、またファンタジーか。だったらもっとまともな格好しろ!」

 また痛いところを突かれ、地団駄を踏むエヴァ。ふと、状況を思い出し、態度を一変させる。

「まぁ、貴様程度どうでもいい。茶々丸、後はまかせた。殺しても構わん、そこの〝ゴミ〟をさっさと始末して、私を追いかけて来い」
「なっ! ゴ、ゴミ」
「了解です、マスター」

 瞳を氷のようにして、憤然と言い放つエヴァ。茶々丸もそれに淡々と従った。
 絶対的強者の優越。自らを縛る鎖が解けて行く、その感覚は万能感に等しかった。
 エヴァにとって千雨は、道端の小石であり、障害物としても写っていない。時間に追われる身として、雑事に構う余裕など無いのだ。
 信頼すべき従者に処理を任せ、改めて世界樹へ向かおうとする。
 千雨はその一連のエヴァの行動を瞬時に察した。

(わたしが写っていない!)

 瞳の灯火が炎となる。
 千雨の感覚が、エヴァの魔力の異常さを捕らえていた。他の魔法使いよりも多く、なおかつロスが少ない。圧倒的密度を保てるのは技術だろう。鋭敏な感覚が、先ほどのエヴァの言葉を裏づけしていた。少なくとも、見かけの歳相応の力では無い。つまり――。

『このまま行かせれば大河内が殺される』

 千雨の体を風が通り抜けた。決意の風。弱者が圧倒的強者に立ち向かう、その愚行を貫き通す〝決意〟。

「申し訳ありません、長谷川さん」

 もう一人の強者、絡繰茶々丸が尋常ではないスピードで千雨との間合いを詰めている。その謝罪の言葉が耳に届いた。優しいヒトなのだろう。故に――。

「こっちこそすまないな」

 千雨も相手に謝罪をした。これからする行いに対しての謝罪。
 瞳は熱く、熱く燃えていた。
 周囲に展開した知覚領域、そこから得られる茶々丸の攻撃の軌道を紙一重で避ける。しかし、その速さに完全に避ける事ができず、服が破れ、皮膚が引き裂かれる。鮮血が滲む。

「なっ」

 茶々丸の顔が驚愕に染まる。
 すれ違い様、千雨は茶々丸の額にポンと触れた。
 電子攪拌(スナーク)。
 茶々丸の電子領域を修復可能程度に混ぜ合わせた。少なくとも数時間は目覚めぬように。
 意識を失った茶々丸は、言葉の通り、糸の切れた人形として地面に崩れ落ちる。
 視界の端に写るありえない光景に、エヴァは振り向く。

「貴様ぁ! 茶々丸に何をした!」

 憤怒。自らの行動を阻害し、従者をほふった者への正当な怒りだった。
 千雨は倒れた茶々丸を足蹴にし、仰向けに転がし、その額に銃口を押し付けた。

「あんたを行かせる訳にはいかない。安心しろ、絡繰は無事だよ。ただ数時間は目覚めないだろうがな」

 口角を吊り上げ、千雨はエヴァを見据える。

「行くなら絡繰を〝殺す〟。言葉の意味が分かるか? 修復可能だとか思うな、存在自体を消去する、という意味でだ。アンタだってわたしが《学園都市》出身だと知っているんだろ、わたしの〝力〟はそういうものなんだよ。なぁに安心しろ、アンタがここにいる限り、絡繰には手を出さない」

 悪役染みた、というより悪役そのものの発言に、千雨は内心焦っている。だが、こうでもしなければエヴァは止まらない。

「貴様の言葉が守られる保障は無いが、どちらにしろ私がここにいる限り茶々丸には手を出させんよ。小娘、懺悔の時間すらやるのは惜しい。命乞いの暇も無く肉塊に変えてやる!」

 激情が周囲を震えさせる。人間の上位種としての圧倒的な力がエヴァから溢れる。千雨は茶々丸から銃口をどけ、右手に持つ銃の感触を確かめた。指がカタカタと震えていた。

(やっぱりわたしだな)

 千雨にとっての自嘲の笑み、だがエヴァには余裕に取れたらしい。

「ほう、余裕だな千雨」
「あぁ、もう勝負は見えてる」

 決意がハリボテの笑みを作る。

「わたしの勝ちだぜエヴァンジェリン。相棒(バディ)を失ったアンタが、相棒(バディ)のいるわたしにかなうわけないだろ」
〈わかってるじゃないか千雨〉

 普段から紳士然としているウフコックが、珍しく獰猛な笑みを浮かべた……気がした。

「ほざくな小娘ェェェエ!!!!」

 エヴァの咆哮と共に、魔法の矢が千雨に殺到する。
 千雨の戦いが始まる。



     ◆



「オラオラオラオラオラオラオラ!!!」

 承太郎の口から発せられた咆哮。不可視の拳が教師陣を襲った。拳という名の大砲の連打が、教師陣の持つ強固な壁を破壊しつくした。
 苦悶の声が教師達から放たれ、その体は吹き飛んだ。

「やっぱり硬いな」

 拳に伝わる障壁の感触に、思わず呟いた。
 刀子を始め、今向かってきた教師達は全員、承太郎の周辺に倒れている。微かに動くことからやはり死んでいない事も分かった。
 承太郎も今の攻撃を無傷では退けられない。刀子の刀は承太郎をかすり、その電撃は肉体を焼いていた。魔力による攻撃も、右足を貫き、歩くのが困難な程だ。
 だが、承太郎は倒れない。まだ相手は四人も残っている。

「チッ、まだいやがるか」

 ポケットにあるベアリングの数は心許なくなっている。麻帆良に来る際に用意していた、間に合わせの秘密兵器だった。
 元々、この戦いは圧倒的に承太郎に不利なのだ。
 承太郎のスタンド『スター・プラチナ』の能力は『時を止める能力』だ。しかし、それとて無限に止められるはずもなく、せいぜい四、五秒。今の承太郎だと三秒が限度である。さらにリーチの短さもある。スター・プラチナが真価を発揮するのは、承太郎の周囲二メートルが限度だ。
 対し、魔法使いは空を飛び、鉄壁を誇り、遠距離から魔法を放つ。
 そんな輩を相手に、承太郎が勝っているのはこの『能力』と『相手が能力を知らない』という二点であった。
 承太郎はこの二点を有効に使い、教師陣が誤解をするように誘導し続けた。あたかも距離を取られる事が有利なように。
 時を止め、スター・プラチナのパワーと正確さを使い、ベアリングを的確に飛ばし続けた。できるだけ一点に集まるようにコントロールして撃ち、障壁に穴を開ける。
 また、相手にはベアリングを撃つ所を一切見せないようにも注意した。
 そして、苛立った相手が『本当の自分の距離』に来るまで待ち続ける。
 数分間の激闘は、全てこのチャンスのための忍耐だった。
 だが、それでも取りこぼしはある。

「来な、魔法使い。俺はまだ生きてるぜ」

 雨の中、足元に血溜まりを作りながら、平然と言い放つ承太郎。ボロボロでありながら、その瞳は平然と輝きを放っている。自らの信念を燃やしていた。
 教授はそんな承太郎に言い知れぬ恐怖を抱いていた。娘を助ける。その一念のために選んだはずの選択が間違っていたのではないか。不安が恐怖となり、さらに疑念へと変わる。
 その思考を振り払い、目の前の戦いに集中しようとする。

(駄目だ、迷うな!)

 教授は自らに言い聞かせる。もう戦力は半分以下に減っている。されとて、諦めるわけにはいかない。
 承太郎が歩き出した。この戦いが始まって以降、承太郎はその場を一歩も動いていなかったのだ。それが平然と、教師陣へと向かい歩く。血が尾を引く。
 しかし、そこにあるのは強者の風格だった。絶対的な意志の強さが歩みに現れている。
 戦闘者としての卓越した歩法でも無い。ただ、強さのみを体現する歩み。承太郎の『黄金』が周囲を覆った。

「どうした怖気づいたか」
「ぐ……あ……」

 血みどろの『スタンド使い』の言葉に『魔法使い』は言い返せない。
 この時、すでに戦いは決着していた。



     ◆



「うぉぉぉぉぉぉ」

 千雨もまた、承太郎と同じく、降り注ぐ魔法の矢を相手に戦っていた。
 ただし、その多くは氷の矢であった。曲線を描き、迫り来る矢の数々を、両手に持った拳銃で撃ち落し続ける。
 銃を撃った反動は、ウフコックが吸収してくれた。そうでもしない限り、走りながら千雨が銃を連射するのは不可能だろう。
 無様に転げまわりながら、矢の一撃をギリギリで回避し続け、エヴァの魔法の詠唱の隙間を付き、銃で狙い撃つ。それが千雨に今出来る事だった。
 しかし状況は芳しくない。幾度かエヴァまで届いた弾丸は、ことごとく弾かれた。

(あのバリア、ズルすぎる)
〈しょうがあるまい〉

 クウネルの資料により、魔法障壁は事前に知っていた。だが、予想以上の強度に驚いているのだ。
 千雨は知らない事だが、エヴァの障壁は一流である。一切の無駄を省き、最小の魔力で、最高の強度を発揮するように作られた技術の塊だった。長い年月をかけ磨かれた力だ。見るものが見れば、エヴァの障壁の完成度に驚くあろう、その芸術的なまでの術の構成の高さに。
 そんな障壁が、たかが拳銃の一発で破れるはずは無い。

「ちぃぃぃ、チョコマカと動く!」

 エヴァもまた歯噛みしていた。近くに倒れている茶々丸がいる為、広域魔法は使えない。いや、使う必要が無いと思っていた。魔力が回復してきている自分の『魔法の射手』なら、すぐに撃退できるだろう。しかし、目の前で未だ千雨は走り回っている。素人とたいして変わらぬ鈍い動き。なのに――。

「なぜ当たらん!」

 自らの攻撃の数々、その隙間を的確に千雨は通り抜ける。その度に銃弾が障壁にぶつかる。一方的な蹂躙のはずが、戦いは拮抗していた。
 ガガガッ、先ほどまでと銃撃のリズムが違う。気付けば千雨はアサルトライフルを持っていた。弾切れの銃は投げ捨てられていた。

(アーティファクト? 転送(アボート)か? どちらにしろ面倒だ)

 突如現れた銃をいぶかしむも、エヴァは魔法の矢を止めない。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック、氷の精霊、29頭、集い来りて、敵を切り裂け、魔法の射手、連弾・氷の29矢!」

 氷の矢が再び千雨を襲う。
 隙間無く、矢の〝面〟で覆われる視界。
 だが、千雨には見えているのだ。
 千雨の肌を覆う人工皮膚(ライタイト)が周囲の歪みを知覚する。千雨の脳が、瞬時にマルチタスクを行い、手に入れた情報を演算処理していく。加速された感覚の中で、誰よりも千雨が『世界』を知覚していた。
 いや、違う。千雨が『世界』を作り上げていた。
 突き刺さる矢の数々を、避け続ける。肉体が重くなり、肺が悲鳴を上げる。それでも動きは止まらない。
 脳内では矢の軌道が予測され、可能性とともに幾つかの三次元曲線が引かれている。周囲の無駄なものをそぎ落とし、ワイヤーフレームで視界は構成されていた。その中には曲線が溢れている。膨大な可能性の海を、情報と確率を武器に走り抜ける。
 これが〝今〟の『千雨の世界』だ。

「こなくそぉ!」

 ごろごろと地面を転がる。落ちていた小石が背中に裂傷を作った。
 体勢を整えた瞬間、銃口をエヴァに向け、アサルトライフルの引き金を引く。
 引き金一回に付き三発の弾丸が放たれる。三点バーストと呼ばれる機構だった。
 相変わらずビクともしない障壁に歯噛みしつつも、障壁のデータは揃っていく。

(どう思う)
〈なんとも言えんが、障壁は何もかもを通さないわけではないようだ。やりようはある〉

 障壁が張られているにも関わらず、エヴァの視界は遮られる事は無く、音も聞こえている。
 そこに何かしらの勝機があるような気がした。

「ラチがあかん!」

 本来勝負巧者なエヴァが戦いを焦り、一手を進めた。魔法の矢を囮に、足に魔力を乗せ、千雨との距離を一瞬で詰める。

「なぁっ!」

 千雨の目が見開かれる。己の知覚領域で見出せなかった可能性だった。足に魔力や気といったエネルギーを乗せ、爆発的な瞬発力を得る技術『瞬動術』である。

〈千雨っ!〉

 ウフコックが警鐘を鳴らす。
 千雨の肉体的な死角に現れたエヴァは、その足先を千雨の頬に叩き込んだ。

「ぐあぁぁぁ!」

 なんとか打点をずらすも、奥歯が口から飛び出し、鮮血が舞う。水平に飛ばされる千雨を追う様に、エヴァは再び瞬動を行う。

「やらせるかっ!」

 戦いが始まってから初めて、ウフコックが肉声を上げた。意識が飛びかけてる千雨の腕を操作し、自らが反転(ターン)してる銃口をエヴァに向けた。
 フルオートで乱射される弾幕という盾がエヴァを襲う。

「チィッ」

 弾丸に瞬動の速さでぶつかる事により、エヴァの障壁は一瞬砕けていた。初めて弾丸がエヴァの肉を抉った。

〈なるほどな〉

 ウフコックがその状況を逃すまいと、意識が混濁している千雨の代わりに情報を集める。
 ゴロゴロと地面を転がる千雨に、ウフコックの叱咤が飛ぶ。

〈走れ、止まるな!〉

 ヨロヨロと立ち上がり、近くの森に飛び込もうとする。だが――

「させるか、氷爆!」

 氷の塊が現れ、爆ぜた。ウフコックは瞬時に特殊合成繊維のマントに反転(ターン)し、千雨を覆う。
 布越しにも冷気が刃の様に肌に刺さった。

「ぐぅぅ」

 痛みを我慢しつつ、千雨の意識は明確になっていく。合成繊維のマントという『殻』を脱ぎ捨てたウフコックに再び干渉。閃光手榴弾をエヴァに投げつけ、自らは今度こそ森へと飛び込んだ。

「ぐあぁ」

 背後からは激しい閃光と、エヴァの苦痛の声が響く。
 這うようにして進み、一本の樹を背もたれにし、呼吸を整えた。

「先生、死にそうだ……」
「勝機は見えたぞ千雨。まだ動けるはずだ」

 安易な労いはかけない。なぜなら千雨とウフコックは相棒(バディ)なのだから。お互いへの賛辞は勝利の後だ。

「教えてくれ、先生」
「あれを使うぞ。やはり用意はしておくものだな」

 その言葉に千雨は合点がいく。ここ数日の物騒極まりない保険の成果が出そうだった。



     ◆



「ちぃぃ、やってくれるな小娘」

 視界が回復したエヴァは、目の前に広がる森を睨み付けた。千雨が潜伏しているであろう、その場所を。
 ためらいは無い。森を氷付けにする決意をし、詠唱を開始した。だが――。

「どこからだ」

 銃撃がエヴァを襲う。森とは逆の方向からだった。障壁が防いでるものの、放置するわけにはいかない。

(何時の間に移動した? それとも新手か?)

 エヴァが警戒を催した時を狙い、人影が森から飛びだした。千雨だった。

「うおぉぉぉぉ!」

 両手に持った拳銃を、正確無比に連射する。障壁のただ一点へ、ピンポイントで当たり続けるのだ。例え如何に強固に編みこもうと、それでは破られてしまう。エヴァは打点をずらそうと移動する。しかし、再びあさっての方向からの銃撃が浴びせられた。

「ええい、うっとおしい!」

 溢れる魔力を糧に、周囲の空間を氷の爆破で制圧する。弾丸の雨を綺麗に掃除した。
 千雨の姿を探す。エヴァと一定の距離を保ちつつの銃撃を繰り返している。カチリ、と弾切れの引き金の音を、エヴァの耳が拾う。千雨は銃を投げ捨てるが、手にはやはり新しい銃が握られていた。

(魔力を感知できん。あれが奴の『超能力』なのか?)

 戦いつつも、未だ千雨の力の本性が把握できないでいた。
 過ぎ行く時間が、エヴァを苛立たせていた。見上げれば、世界樹の周辺から黒い煙が噴出している。
 ギチリ、と歯が軋む。目の前の小娘に煮え湯を飲ませられているという現実が、エヴァにさらなる怒りを沸かせた。

「いい加減くたばれぇぇぇ!!!」

 紡がれる詠唱。魔法の矢、二百本近くが現れ、一斉に千雨へと殺到する。
 かつてない絨毯爆撃。しかし千雨は冷静だった。
 先日、麻帆良内に設置した数々の武器やトラップの数々。今この場所で使えたのは、周囲に設置したリモート操作式のマシンガン二丁と、地雷が一つ。あと数百メートル戦場ずれていたら、もっと使えるものが多かった、という悔しさがあったりする。
 電子干渉(スナーク)を使い、マシンガンの軌道を予測し、遠隔操作でエヴァに向けて撃った。銃弾にも限りがあり、もう残りは少なかった。だが、躊躇は出来ない。加減すればそこで待つのは千雨の死だ。
 注意を引かせ、牽制するようなタイミングでマシンガンを操作する。
 二百本の矢を放ち終わった一瞬を狙い、エヴァへと弾丸が突き刺さる。もちろん、障壁に防がれ、エヴァには傷一つ付かない。
 だが、それで十分。千雨は回避行動中、エヴァの追撃を恐れずに済む。『千雨の世界』を展開し、矢を避けながら次々と銃弾で撃墜していく。弾丸が尽きた銃を投げ捨て、新しい拳銃で迎撃し続けた。なんとか二百本もの魔法の矢をやり過ごすも、千雨の戦いは続く。
 エヴァとの距離を保ちつつ、そのエヴァを地雷の設置場所まで誘導し続けた。だが、エヴァは空を飛び、追随不可な動きをしている。

「クソコウモリがぁ!」

 千雨の口から罵声が飛び出る。エヴァが空を飛ぶシルエットはコウモリそのものだった。
 手に持ったライフルをエヴァに向かい撃ち続ける。それに伴い、電子干渉(スナーク)でマシンガン二丁も操作した。残弾を使い尽くす様に撃ち続けた。空を鉛が覆う。

「ちぃっ」

 さすがのエヴァも銃弾の嵐を避け、一旦地上へと逃げた。

(占めた!)

 これこそが千雨の狙いだ。
 エヴァが大地に足を付けた瞬間、爆ぜる。指向性地雷『クレイモア』が牙をむく。
 爆煙の中でも、障壁はやはり破られていない。
 千雨は再び銃を投げ捨て、ウフコックへ干渉する。
 両手の中に現れたのは巨大なライフルだ。
 『ラハティL-39対戦車銃』、それに良く似た銃だ。外観は同じだが、中身はメイド・バイ・ウフコックとして改造されている。五十年ほど前、世界大戦で猛威を奮った『銃』というカテゴリの『砲』だ。その重量は千雨の体重を越えている。本来であれば持つことさえ出来ないそれを、反転(ターン)しているウフコック自らの助けにより、なんとか保持していた。
 銃身をどうにか水平にし、煙の中にいるだろうエヴァに向かい引き金を引く。

「ッ!!!!!!」

 ガオン、という大よそ『銃』に似つかわしくない爆音が響く。エヴァを覆っていた煙は一瞬で晴れ、障壁を揺らした。

「な、何事だ!」

 ありえない程の衝撃に、エヴァも驚愕する。あわてて障壁へ回す魔力を増やした。

「まだまだぁ!!」

 歯を食いしばり、再び引き金を引いた。衝撃が千雨を襲う。いくらウフコックでもこの銃の衝撃は吸収しきれなかった。銃床が千雨の右肩を撃ち、グリップが手の平を強打する。保持している左手からは血が滲んでいた。爆音も鼓膜を揺さぶる。ウフコックが渡した耳栓が無ければ鼓膜が破けていただろう事は想像に難くない。
 痛みを堪えつつ、ぶれる照準を一点に定め、引き金を引き続ける。その一回、一回がエヴァの障壁を削り、また千雨を痛めた。

〈ズレてるぞ!〉
「すまねぇ」

 ウフコックの言葉に謝罪しつつ、目線は外さない。エヴァも、魔力を集中させるため、動けないでいる。

「よくやるな小娘ェ、だが甘い!」

 前面に集中させた堅固な盾をそのままに、盾を迂回させるようにエヴァは魔法の矢を放つ。千雨は銃を引きづりつつ、それらをかわそうとする。一撃が顔をかすり、メガネが割れた。破片がザックリと千雨の額を切る。

「ガァァァァァ!!!」

 雨音が消えた。痛みを吹き飛ばす闘争の叫び声。ちゃんとした保持をしないまま、千雨は引き金を引く。
 銃弾は二発。エヴァの障壁に一発がめり込み、もう一発が破壊した。だが、そこまでだった。反動(リコイル・ショック)により銃が跳ね上がり、鉄の巨体が千雨の右腕から飛び出した。千雨は後ろに吹き飛びながらも、体の精査する。右肩が脱臼し、指も骨折。各所にヒビが入っていた。
 痛みが駆け巡る。だが、目線はまっすぐ離さない。
 吹き飛んでいく『銃』という殻を脱ぎ捨てたウフコックは、黄金のネズミの姿となり千雨の右腕に飛びついた。そのまま右腕を走り、右肩から左肩、左手の先までを一気に駆け抜けた。

(なんだ、アレは)

 その姿を、吸血鬼たるエヴァの視力はしっかり捕らえている。
 ウフコックは千雨の指先でクルリと反転変身(ターン)する。ズシリとした重みが手の平にあった。
 白い銃だ。千雨の思い、願い、イメージ。それらが人工皮膚(ライタイト)を通し、ウフコックの中を駆け巡る。多次元に貯蔵されたパーツの数々が、千雨のために組み合わされ、世界にただ一つの『千雨の銃』をウフコックが作り上げた。
 流線型を帯びた回転式拳銃(リボルバー)。回転式の弾倉には弾丸が六発、口径は小さく、障壁を打ち抜くという千雨の意志が、貫通力を何より優先させた。しかし撃鉄は外側に見えない。撃鉄を起こすのはウフコックの役目なのだ。引き金は千雨。二人が揃って始めて撃てる、それが千雨の選んだ武器の形だった。
 言葉は要らない。
 吹き飛ばされる体をそのままに、千雨は引き金を引く。
 エヴァは砕けた障壁を再構築していた。万全とは言えない、だが銃弾程度はどうにかなるはずだった。
 一発、二発。先ほどの砲弾のような一撃とは程遠い。だが、小さいながらもその貫通力は、再度張った障壁に小さくないヒビを作っていく。
 三発、四発。まったく同一の軌道で撃たれた弾丸が、障壁のヒビをさらにこじ開け、崩壊させた。エヴァは障壁を諦め、無詠唱の魔法のために魔力を集めた。
 五発、六発。エヴァ目掛けて撃たれたその弾丸を、無詠唱の『氷爆』で打ち落とすも、一発は軌道がそれただけで、頬を掠った。
 カチリ。引き金を引くも、発射音は聞こえない。空しい弾切れの音を、エヴァは再びしっかり聞いた。例え無限に銃を出せようとも、片手しか使えない今、その隙は好機だった。
 決着を付けるべく、エヴァは足に魔力を溜め、瞬動術を発動させた。一秒にも満たない間に、薄いながらもまた障壁が修復されている。

(貰った!)

 千雨は後ろにふっ飛び、倒れかけながらも、弾切れの銃口をエヴァに向け続ける。その闘争心の高さに関心しながらも、エヴァは無慈悲な一撃を振りかぶった。









『この時を待っていた』










 千雨の口がそう動いた気がした。
 瞳の炎がまだ消えていない、むしろこの雨の中でもより一層燃え上がった。
 ガチリと撃鉄があがる。それはウフコックの合図。〝弾薬の補充〟の合図だ。

「なっ!」

 エヴァの口から驚きの声が上がる。弾切れのはずだ、『今までも弾切れの銃は捨ててきただろ』。周囲には千雨とウフコックが意図的に捨ててきた弾切れの銃が散乱していた。
 だが、万能兵器であり、物質の構成を瞬時に変化させる事ができるウフコック。そのウフコックが反転(ターン)した銃に弾切れなどは〝ありえない〟のだ。
 全てはこの時のため。無造作にこちらへ”瞬動を使って向かってきてくれる”時のための布石だ。

「――――――ッ!!」

 声にならない裂帛の咆哮。
 この五秒にも満たない、加速した時間の戦いの幕が下りようとしている。
 千雨は引き金を〝一気〟に引いた。弾丸はまるでマシンガンのような連射速度で、弾倉にある六発を放つ。
 一発が薄いエヴァの障壁を破った。一発がエヴァのあごを掠り、その衝撃で脳が揺れた。耳元、こめかみ。大よそ生物であるが故に、避けられない急所、そこへギリギリの弾丸を霞め、弾丸の衝撃だけをエヴァに残していく。知覚領域と弾丸の軌道計算を演算しつくした、針の穴に通すごときの所業だ。
 千雨は加速された時間から解き放たれ、地面へと放り出される。背中が地面に直撃し、鈍い痛みが全身に広がった。右腕が熱を持ち、動かない。額からの血で、片目も塞がっていた。

「痛っ――」

 しかし、まだ油断できなかった。左手の銃をなんとか持ち上げ、倒れ伏している金髪の幼女に近づく。エヴァは気を失っていた。見るからに外傷は無い、むしろ自分の方がよほど重傷だろうと思う。

「なんとか勝てたか。クソッ、ここは化け物だらけだ」

 勝ちながらも愚痴を言う千雨に呆れつつ、ウフコックは千雨に告げた。

「千雨、私をマクダウェルに近づけてくれ」

 千雨は言われた通り、金色のネズミをエヴァに近づけた。ウフコックはエヴァの髪に潜り、すぐに這い出てきて、千雨の手の中に収まった。

「大丈夫だ。行こう、もう時間は無さそうだぞ千雨」
「あぁ、そうだな……」

 見上げた先の世界樹は、黒いもやに覆われていた。周囲にもう電気の明りは見えず、雨音だけが響いている。
 千雨はボロボロの体を引きずり、世界樹へと急いだ。



 つづく。







(2012/03/03 あとがき削除)


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