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No.21114の一覧
[0] 【完結】千雨の世界 (千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)[弁蛇眠](2012/08/14 15:07)
[1] プロローグ[弁蛇眠](2011/10/04 13:44)
[2] 第1話「感覚-feel-」[弁蛇眠](2011/10/04 13:43)
[3] 第2話「切っ掛け」 第一章〈AKIRA編〉[弁蛇眠](2011/11/28 01:25)
[4] 第3話「図書館島」[弁蛇眠](2011/10/16 18:26)
[5] 第4話「接触」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[6] 第5話「失踪」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[7] 第6話「拡大」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:26)
[8] 第7話「double hero」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[9] 第8話「千雨の世界ver1.00」[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[10] 第9話「Agape」 第一章〈AKIRA編〉終了[弁蛇眠](2012/03/03 20:28)
[11] 第10話「第一章エピローグ」[弁蛇眠](2012/03/03 20:29)
[12] 第11話「月」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉[弁蛇眠](2012/03/03 20:30)
[13] 第12話「留学」[弁蛇眠](2011/10/16 18:28)
[14] 第13話「導火線」[弁蛇眠](2011/08/31 12:17)
[15] 第14話「放課後-start-」[弁蛇眠](2011/08/31 12:18)
[16] 第15話「銃撃」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:32)
[17] 第16話「悲しみよこんにちは」[弁蛇眠](2011/10/16 18:29)
[18] 第17話「lost&hope」[弁蛇眠](2011/08/31 12:21)
[19] 第18話「その場所へ」+簡易勢力図[弁蛇眠](2011/08/31 12:22)
[20] 第19話「潜入準備」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[21] 第20話「Bad boys & girls」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[22] 第21話「潜入」[弁蛇眠](2011/10/16 18:53)
[23] 第22話「ユエ」[弁蛇眠](2011/10/16 18:55)
[24] 第23話「ただ、その引き金が」[弁蛇眠](2011/08/31 13:06)
[25] 第24話「衝突-burst-」[弁蛇眠](2011/08/31 15:41)
[26] 第25話「綾瀬夕映」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[27] 第26話「sorella-姉妹-」[弁蛇眠](2011/10/16 18:56)
[28] 第27話「ザ・グレイトフル・デッド」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:35)
[29] 第28話「前を向いて」[弁蛇眠](2011/08/31 16:19)
[30] 第29話「千雨の世界ver2.01」[弁蛇眠](2011/10/16 19:00)
[31] 第30話「彼女の敵は世界」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉終了[弁蛇眠](2011/08/31 16:27)
[32] 第30話アフター?[弁蛇眠](2012/03/03 20:37)
[33] 第31話「第二章エピローグ」[弁蛇眠](2011/08/31 16:30)
[34] 第32話「声は響かず……」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[35] 第33話「傷痕」 第三章[弁蛇眠](2011/11/28 01:27)
[36] 第34話「痕跡」[弁蛇眠](2011/08/31 16:33)
[37] 第35話「A・I」+簡易時系列、勢力などのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:39)
[38] 第36話「理と力」[弁蛇眠](2011/08/31 16:36)
[39] ifルート[弁蛇眠](2012/03/03 20:40)
[40] 第37話「風が吹いていた」[弁蛇眠](2011/08/31 16:38)
[41] 第38話「甘味」[弁蛇眠](2011/10/16 19:01)
[42] 第39話「夢追い人への階段――前夜」[弁蛇眠](2011/10/16 19:02)
[43] 第40話「フェスタ!」[弁蛇眠](2012/03/03 20:41)
[44] 第41話「heat up」[弁蛇眠](2011/10/16 19:03)
[45] 第42話「邂逅」[弁蛇眠](2011/10/30 02:55)
[46] 第43話「始まりの鐘は突然に」[弁蛇眠](2011/10/24 17:03)
[47] 第44話「人の悪意」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[48] 第45話「killer」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[49] 第46話「終幕」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[50] 第47話「そして彼女は決意する」[弁蛇眠](2011/10/27 15:03)
[51] 第48話「賽は投げられた」[弁蛇眠](2012/04/14 17:36)
[52] 第49話「strike back!」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[53] 第50話「四人」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[54] 第51話「図書館島崩壊」[弁蛇眠](2012/02/21 15:02)
[55] 第52話「それぞれの戦い」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[56] 第53話「Sparking!」[弁蛇眠](2012/02/25 20:29)
[57] 第54話「double hero/The second rush」[弁蛇眠](2012/02/27 13:56)
[58] 第55話「響く声」[弁蛇眠](2012/02/29 13:24)
[59] 第56話「千雨の世界verX.XX/error」[弁蛇眠](2012/03/02 22:57)
[60] 第57話「ラストダンスは私に」[弁蛇眠](2012/03/03 20:21)
[61] 最終話「千雨と世界」[弁蛇眠](2012/03/17 02:12)
[62] あとがき[弁蛇眠](2012/03/17 02:08)
[63] ――――[弁蛇眠](2014/11/29 12:34)
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[21114] 第55話「響く声」
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/02/29 13:24
 麻帆良はかつてない状況に置かれていた。
 巨大兵器が街並みを破壊し魔法が飛び交う。
 それはオカルトと科学が混ざり合う、大規模な戦場であった。
 その中心たる世界樹広場にはなぜか平穏があった。
 戦線は世界樹を中心に円状に構築されている。
 そのため本陣たるこの広場まで戦火は広がらず、吉良吉影は悠々と世界樹の幹に背中を預けてくつろいでいる。

「来たか」

 電子精霊が警告を発した。この世界樹広場へ誰かが来たらしい。
 吉良は幹から背を離しその人物を待つ。
 これから自分の戦いが始まる。
 思うと、手の平にじっとりと汗が吹き出る。そうなりながらも幾度もの戦いの経験が吉良に自信を持たせていた。
 この麻帆良でも指折りの実力を持つ高畑すら、平行世界の自分は倒してみせたのだ。揺るぎ無い結果は、吉良の自信を後押しする。
 吉良は人物が来るだろう方向へ視線を向けた。
 カツカツと階段を上る音がする。
 やがて階段の下から、人影がゆっくりと現れた。

「へぇ、君か」

 吉良は少し驚いた様な顔をする。
 予想外だった様だ。
 人影は階段を上りきり、そして――。







 第55話「響く声」







 御剣怜侍は、自分の執務室でそのデータを見て顔をしかめた。
 送られてきたデータはほんの数分前に発信されたもの、かつて自分が仕事を依頼した男からのメールだ。
 その内容は急を要するものだった。しかし、ドクター・イースターたるものが一介の検事である自分にこの内容を送ること自体、畑違いも甚だしい。
 それを鑑みれば、彼がなぜ自分に麻帆良の状況を、救援を求むメールを送ったか分かった気がする。

「そこまでなのか」

 国際警察機構が麻帆良に侵攻した旨は一切報道されていなかった。
 テレビのチャンネルを回すものの、ニュース速報も流れていない。
 端末で交通情報を確認すれば、埼玉方面の列車が事故のため運転見合わせになっていたり、その路線間でバスによるピストン運送をする旨が書かれている程度だ。
 大規模な情報封鎖。
 政府はこの状況を傍観しているのだろう。東京の目と鼻の先で行なわれている戦場を、放置し続けているのだ。
 御剣は拳を机に叩きつけた。

「馬鹿げているッ!」

 麻帆良祭の来場客数がどれ程の規模か、それを考えれば愚行としか思えなかった。
 御剣は千雨により渡された魔法の情報を切っ掛けにし、オカルトが関連している一部の情報ネットワークにアクセス出来るようになっていた。
 そこで知った魔法の兵器としての一面に、愕然としたのを覚えている。
 魔法、などというクラシカルでファンタジーな言葉が、スイッチ一つで大量の人間を殺せる近代兵器と同じ、もしくはそれすらも凌駕する威力がある事を知った。
 今、それらが放たれる状況に置いて、政府は一切介入の予兆を見せない。
 執務室の外に広がる東京の風景は日常と変わらなかった。
 それだけを見れば、御剣は先程のメールの真偽を疑わざる得ない。
 しかし、先程の交通情報や幾つかの漏れた情報の断片が、麻帆良の異常を示していた。

「私に何が出来る」

 司法の徒である自分が、国政に意見具申など出来る分けが無い。
 それに自分はまだ新人の検事に過ぎない。
 だが、御剣の中にある義務感が、このまま放置する事を是非としなかった。
 彼は執務室を出て行く。
 この数分後、彼の嘆願により、司法という異例の権力基盤から政府の情報封鎖に穴が穿たれる事となる。
 それを切っ掛けとした自衛隊の独断での出動も続き、多くの人間が職を辞し、処罰される事態となった。
 だが、この彼の行動により多くの避難民がいち早く自衛隊に保護されたのも事実である。
 数ヵ月後に行なわれた衆議院選挙にて現政権が大敗した事からも、世論の評価では正当なものであった。
 御剣怜侍もまた、戦った人間の一人だった。



     ◆



 世界樹広場に辿り付いた人影に、吉良は軽い驚きを感じていた。
 そう、〝彼〟がこの麻帆良に存在していた事は知っていたが、かつて一度もここへ辿り着いた事は無かった。少なくとも現在の吉良が知る限りは。

「意外だね、広瀬康一君。君がこの場に現れるなんて」

 康一は肩を上下させながら、世界樹広場へと進む。

「吉良……吉影」

 視線の先には悠々と立つ吉良の姿。その顔は先程思い出した自分の記憶の断片に合致する。
 湾内絹保の顔が過ぎった。彼女は病院で眠り続けている。康一の背後には破壊されていく麻帆良の街並み。その中には彼女が入院している病院もあった。果たして絹保は無事なのだろうか。それでも――、今だけは。

「お前がァ!!」

 康一の激情が口から飛び出した。
 体の中を巡る〝音〟が指先に集まりだす。
 それは金属が発する甲高い音に似ていた。
 音を圧縮して放つ。康一がスタンドと超能力、二つの力を混ぜ合わせて得た答えだった。
 康一が腕を振るうと、その指先から音の弾丸が飛び出す。
 空気を揺るがす衝撃波。
 それも――。

「へぇ」

 ズン、と地鳴りの様な音がした。吉良の前にある不可視の壁、魔法障壁が康一の攻撃を全て受けた。
 世界樹が淡く発光し、この広場を吉良に有利なフィールドへ作り変える。

「やっぱり面白いね、広瀬康一君。君を《矢》で刺して正解だった」
「くッ――」

 自らの数少ない攻撃手段を難なく防がれ、康一は歯噛みした。
 それでも、康一は行動を止めない。そのまま吉良へ向けて走り出す。
 康一がここまで来るのに数多くの助けがあった。
 承太郎や仗助、薫。美砂、そして美砂の父親。康一は知らなかったが、何時かの平行世界では多くの場合、ここまで康一が辿り着くことは無かった。
 それを思えば奇跡の様な巡り合わせなのだ。
 今、目前に吉良吉影がいる。

「ここで全部だ! 吉良、お前から取り戻すぞ!」

 康一の背中には数多くの思いがあった。
 体を低くし広場を一気に駆ける。足裏から衝撃波を出すのは、無意識の所作であった。
 初めてスケートリンクに立ったかのぎこちなさだが、どうにか倒れずに済んだ。

「吉良ァァァァ!」

 《エコーズ》を纏いながら体ごと障壁にぶつかった。
 衝撃音。先程より幾分高い音が魔法障壁から漏れる。
 康一の肩に確かな手ごたえがあった。
 見れば、薄っすらと障壁にヒビが入っている。

(行けるッ!)

 康一は力を更に込め――。

「ふむ、本当に面白いな。スタンドと超能力を同時に使う、か。良いサンプルになる」

 吉良は康一に近づき、障壁越しに観察している。
 その所作、表情が康一を更に苛立たせた。

「こ、のォォォォォ!」
「おいおい、熱くなるなよ。たかがゲームじゃないか」

 そう言いながら吉良は〝ポケットに手を突っ込んだ〟。
 たかがゲーム、その言葉に康一はカッとなる。未だ目覚めぬ湾内絹保。荒れ果てた麻帆良。それらを思うと怒りと共に目尻に涙が浮かんだ。

「お前はッ!!」
「おやおや、そんなに〝私〟が憎いのかい。困ったなぁ」

 小馬鹿にした態度。康一はそれが許せなく、〝音〟の残量も気にせず、更に全力で魔法障壁にブチ当たった。

「〝私〟は君に恩義を感じてるくらいなんだ。超能力者がスタンドを使える、これがどれ程すごい事なのか、分かるかい?」

 魔法障壁のヒビが更に広がっていく。

「どうやら《学園都市》で超能力開発を行なわれた人間は、魔法やオカルトの行使に問題が起きるらしい。なのに、スタンド使いにはなれる。これは発見だよ」

 吉良は懐から《矢》を取り出した。古めかしい意匠の鏃、それを康一に見せつける様に持つ。

「どうせ空条承太郎に聞いているだろう。これがスタンド使いを発生させる《矢》だ。聞くところによれば、《学園都市》は随分おっかないらしいね。精神の未熟な子供が、超能力なんてオモチャを手に入れたせいかな。君も経験あるんだろう、広瀬康一君」

 康一の脳裏に自分を苛めていた存在が過ぎった。グっと歯を食いしばる。

「だからどうしたッ!」
「おぉ、恐い。もっと落ち着いて考えてごらん。いいかい、あの《学園都市》では超能力開発に成功した者と、成功しなかった者に愕然たる格差があると聞く。そこがまた治安の悪化にも繋がっているんだろう。多くはそのヒエラルキーに屈折した思いを抱いてるだろうさ。そこで、だ」

 吉良は《矢》を康一の目前でプラプラと振った。

「この《矢》を《学園都市》にばら撒く。そうだな、ハンマーででも叩いて、何個かに分割すればいいんじゃないかな。触れて死ななければスタンド使いになれる、魔法の道具の完成だ。あっという間に《学園都市》内に広がるさ。そして起こるのは、ヒエラルキーの逆転だ」

 ニヤリと吉良が笑う。

「あの都市は超能力開発という、科学の延長で成り立っている。それが『スタンド』に逆転されるのさ。どうなるか、恐らく《学園都市》はスタンド使いを消そうとするはず。いや、モルモットかな。そこで起きるのは混乱と粛清、『超能力者』と『スタンド使い』による激しい抗争だ」

 パッと吉良は両手を開き、康一にこれ見よがしに笑顔を向ける。
 《学園都市》で抗争を起こさせる案は、吉良の中の次善策としてあった。吉良にとっては自らの平和、安寧こそが目的。《学園都市》の弱体化は、その中で望むべきものである。
 しかし、それをそのまま話すわけにはいかない。出来るだけ憎たらしく、康一を煽る様に語りかけた。
 見れば、康一は憤怒の表情をしながら自分を睨んでいた。
 吉良は内心でほくそえむ。

(たやすいな)

 吉良の言葉に怒りを感じ、康一の視野は狭まった。

「お前はァァァァァァ!」

 康一は力を強めた。ヒビが一気に広がり、呆気無く障壁が崩れて〝消える〟。まるで〝意図された〟如く。
 目前に吉良。康一は残りの力を振り絞り、手の中に音の弾丸を作り出す。
 対して吉良は、背後に自らのスタンド『Queen』を出した。
 『Queen』の動作は遅く、康一は必中を確信する。

「貰ったァァ!!」

 康一が狙ったのは吉良の肩口であった。頭部や心臓を狙わず、彼はあくまで吉良の無力化しようとする。

「『キラークイーン』!!」

 吉良も応じる。
 二人の間に爆発が生じた。そして――。



     ◆



 湖上での激闘は続く。
 烈海王の放つ拳が《梁山泊》兵の体に吸い込まれた。
 烈を取り囲む兵は五人。四方八方から突き出される剣や槍を紙一重でかわしながら、拳や蹴りで応戦していく。
 致命傷は無いものの、烈の褐色の肌に幾つもの赤い線があった。肩には矢も一本刺さっている。
 それでも動きに乱れは無い。
 足場は水上。気を抜けば容易く水中に沈む状況だが、まるで地面に立っているかの様な安定した立ち居振る舞いだ。

「フンッ!」

 烈のアッパー気味の肘撃ちが、《梁山泊》の一人の顎を打ち抜いた。打ち抜かれた兵士は、血と折れた歯を口から盛大に吐きながら、吹き飛んでいく。
 飛んでいった兵士が、湖上に大きな水柱を作った。

(これで五十八人ッ!)

 それは烈の倒した相手の数であった。
 湖上に横一列で並び、一気に麻帆良に向かってきた《梁山泊》。
 それに対し烈は自ら名乗りを上げて古菲と二人で立ち向かったものの、押し寄せる『線』に対し『点』で止めるには限界があった。
 足止め出来たのは十分の一がせいぜいであろう。もちろん、それとて快挙に他ならないが。
 大部分の《梁山泊》兵はもはや麻帆良へ辿り着き、街に浸透し始めている。

(彼らは無事だろうか)

 自らの力で街を守ろうと決起した武道を志す若者達。彼らを生かすため、烈は尖兵として飛び出したのだ。
 そんな状況にありながら望外な事もあった。

(古よ)

 四人の兵士をいなしつつ、烈は視線をチラリと遠くへ向けた。
 そこでは古菲が三人の《梁山泊》兵を相手にしながら、烈と同じ様に戦っている。

(ものの数分でか。我が弟子ながら見事ッ!)

 戦端を開いた当初、古菲は烈の背後を守るという位置取りであった。
 古も慣れぬ水上という事もあり、烈が用意した木片の上に乗りながら一人の兵士とどうにか互角に戦う程度であった。
 だが、それはものの数分で変わる事となる。
 《梁山泊》の兵とて英雄奸雄の群れである。その実力や技量は本来、古菲より遥かに上であった。
 古とて最初の一人には浅くない傷を負わされ、大苦戦していた。
 血に塗れながらも、古菲という刃は実戦の中で研ぎ澄まされていく。
 一人を倒せば、烈の周辺に群れていた兵の一人が古に向かっていった。古はなんとかそれを最初の一人より素早く倒す。そこへ今度は二人襲い掛かり――。
 度重なる戦いの中、古菲という種子は見事に花開いたのだ。
 古は敵の猛者達の一挙手一投足を貪欲に吸収し、もはや《梁山泊》兵一人では太刀打ち出来ない程に実力を上げている。
 足元にはもう木片も無い。本人も気付いていなかったが、古は戦いの中で水上での移動すら会得していた。

「チェイ!」

 古菲の蹴りが《梁山泊》の一人の顔面に突き刺さる。その一人もまた、湖上に水柱を作る事となった。
 古菲の顔には笑顔があった。戦士としての高揚、口元を吊り上げながらも目はギラギラと燃えている。

「これアル! これが! ワタシが求めてたのはッ!」

 次々に振られた刃を拳で破壊し、一斉に放たれた数十の矢を跳躍でかわす。
 この場に残っている《梁山泊》の兵士は二十を切っている。そして彼らの周囲には水面に浮かぶ同胞達の姿があった。
 誇りを尊ぶ彼らからすれば、ここで引ける道理は無い。

「海王はともかく、この小娘もやる!」
「海王も小娘も手傷を負っておる! 一気に片付けるぞ!」

 十人程が烈と古を取り囲み、残りの十人が少し離れて弓を構えていた。
 《梁山泊》兵の矢は、鉄をも貫く。そして十人居ればほんの数瞬で数千の矢を放つ事が出来る。その異常さこそが《梁山泊》なのだ。
 烈と古を囲む十人はおそらく時間稼ぎ。烈達を足止めし、射手の一斉射撃と共に離脱する。烈達が兵を追いかけようとしても蜂の巣になる。それが彼らの作戦であった。
 烈達には矢より早く、数百メートル先の人間を攻撃する術は無い。されど――。

「古よ、合わせろ!」
「はい、老師!」

 宙を舞う古菲を追いかける様に、烈も空へ舞い上がった。そして古へ向けて自らの足裏を向ける。

「行くね、老師ッ!!」

 古は体を大きく捻り、自らが放てる最大の蹴りを烈の足裏へ向けて撃った。

「――ッ!」

 その攻撃を受け止めた烈の体は、矢を構える射手達へ向けて飛ばされる。

「何だとッ!」
「くっ、放て!」

 その行動に慌てた射手達が、一斉に矢を放ち始める。
 烈は空を飛びながら両手で顔と体を覆い、射線に晒す肉体の面積を最小限にした。
 放たれる矢は容赦なく烈の体から肉を抉っていく。しかし、致命傷には至らない。
 海王を名乗り、中国拳法の歴史に名を刻む武人の体を破壊するには、鉄を貫く程度では足りないのだ。
 例え皮膚を裂き、肉を抉ろうとそこまでだ。気を纏い凝縮された筋肉がそこで矢を止めてしまう。
 事実、烈の肩には数本の矢が刺さったものの、肉をほんの少し抉った所で〝止められていた〟。
 射手達が目を見開く中、烈の体は彼らを追い越した。
 着水の音は僅かだった。水柱を上げる事も無く、ただ飛沫が数粒空中に舞うだけ。
 《梁山泊》の射手達は背中に悪寒を感じた。
 背後にいる存在は無手で至れる武人の極み、その一角。
 烈の目が笑みを作る。口が歪な弧を描いた。

「ぐ……が……」

 コキリ、という音と共に射手の一人の首が奇妙な方向へ曲がる。
 射手達が振り向くのに一秒もいらない。ほんのコンマ一秒で済む動作、なのにそのほんのコンマ一秒で五人が倒れていた。
 海王に隙だらけの背中を見せた結果であった。

「フンハッ!」

 震脚。本来地面を踏みしめる武術の動作を、烈は水上で行なった。
 されどやはり水柱は発生しない。無音のまま水面に波紋が広がっただけだ。

「ぬ」
「なッ――」

 射手達が動きを止める。
 確かに音は発しないものの、その波紋には烈の膨大な気が込められており、それに触れた彼らは体を硬直させた。
 残った五人は無防備な姿を、また海王の前に晒す。
 そこで烈の戦いは決着した。
 対して、古菲も戦っていた。
 烈を射手へ向けて飛ばした後、その場に残された古が相手するのは、自分の敵だけで無く、先程まで烈が相手していた敵も含む。
 一度に相対する敵が倍になったのだ。

「難局にて難敵を相手する。これほど武人の心が躍るのカ。一騎当千の心地アル!」

 古は烈を蹴った後、下で待ち構える《梁山泊》のド真ん中に着水した。
 槍と剣が一斉に突き放たれる。

「ハァァァァァァァ!!」

 古菲の体に莫大な気が練り上げられる。彼女の才覚、その発露。古は劣勢にありながら、純粋な力勝負を仕掛けようとしていた。
 突き出された剣や槍の切っ先一つ一つを、指の間、手の平、脇の下、足先、膝の裏で受け止めた。
 総勢十本の武器を己の体一つで受け、古は一本足で立っている格好である。

「何を!」

 《梁山泊》が驚愕する中、古は受け止めた武器の切っ先全てに力を込めた。

「飛ぶがいいアル!」

 古菲は武器を、その持ち手ごと真上に投げた。
 投げ飛ばされた十人はバラバラの高さに散らばっている。

「この膂力、化け物め!」
「やはり海王の弟子か!」
「さればこそ、我々を舐めるなよ!」

 《梁山泊》は気を取り直し、各々が空中で姿勢を整える。空中で縦一列になりながら古菲へ向けて落ちていく。

「――いっぱいまとめて相手すると厄介アル。だけど、一人一人だったら無問題(モーマンタイ)アル」

 縦に一列。つまりは古にすれば一対一を十回。しかし、その十回の戦いはほんの二、三秒に過ぎないだろう。
 それでも、古は確信を持っていた。心が躍った。力が溢れた。
 拳の刃は鋭さを増している。
 その刃が折れる事など、今の古には想像など出来ない。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 空中から落ちてきた一人目が奇声を上げる。
 古はそれを拳の一発で黙らせた。
 一人目の影から、二人目が飛び出してくる。
 その人間を振り上げた蹴りの一撃で吹き飛ばす。
 そして三人目が――。
 頭上に次々と現れる《梁山泊》。一対十の戦いは、常人には目視も難しい。
 ただ破裂音だけを聞き、終わるだろう。
 そして音の後に現れるのは、水面に倒れる十名の姿と――。

「ハァァァァァァァァ!」

 ――その中央にたたずむ少女の光景。
 古の歓喜が、裂帛の咆哮として口から溢れる。
 後に、女性初の『海王』となる古菲の産声であった。



     ◆



「う……あ……」

 康一は仰向けに倒れていた。
 鈍い感覚。体中がギシギシと痛んだ。

(何が、起きたんだ)

 記憶が飛んでいた。
 康一は回復しかけた意識を総動員して、現在の状況を確認しようとする。

(確か)

 魔法障壁を何とか破り、吉良に肉薄し、至近距離で《エコーズ》を放った。しかしその時吉良も何かを爆破させ――。

「ぐぅぅぅぅ……」

 激痛が足元から上ってきた。
 康一は上体を起こし、その傷を見てしまう。

「あ、あぁ」

 自らの両足の酷い有様を。爆発のため溶けた靴や制服が皮膚に張り付いており、その隙間からはどす黒い色の肌が見える。膝下が普段の数倍に膨らみ、見るだけで顔を背けたくなった。辛うじて足の形をしているが、その傷の酷さに康一は「もう歩けないのでは」という思いが過ぎる。
 それでも、本来被るはずだった傷よりは軽い。康一は纏っていた《エコーズ》のおかげで、この程度で済んでいたのだ。

「――ッ!」

 傷を認識した途端、痛みが激しくなった。涙がポロポロと溢れる。良く見れば、膝下以外も爆発のために少なくない火傷を負っていた。

「おやおや、これは酷いな」

 声がかかり、康一はハッと顔を上げた。
 視線の先には吉良がいる。ジャケットにスラックス、そのどれもに汚れや血の跡も無い。康一は先程、魔法障壁の内側に飛び込んだ。あの間合いで自分の攻撃が外れるとも思えない、それに、あの場所で爆発が起きたはずだ。なぜ自分だけが――。

「な、なんで……」
「あぁ、もしかして私に傷一つ無いのが不満かい? なに、件の魔法障壁でありがたく回避させて貰ったよ。幾ら世界樹と言えども、障壁は一度破壊されたら、修復に多少の時間はかかる。そう、破壊出来たらね」

 康一は記憶をほじくり返す。先程自分はその障壁を破壊したはずだ。それならば。

「不思議そうだね。君は障壁など壊してないよ。たかが、その程度のスタンドで、戦車砲すら受け止められる魔法障壁を破壊出来ると思ったのかい? 障壁は一回消して、僕の近くでもう一度再構成したに過ぎない」

 魔力などというものを康一は感知出来ない。魔法の存在とて、承太郎に教えて貰ったばかりであり、その実物を見たのは今日が初めてだ。
 そのため、魔力障壁への違和感など感じる術すら持ち合わせていなかった。

「お陰でトラップも仕掛けたい放題さ。へぇ、かっこいい足になったじゃないか」

 『トラップ』、『仕掛け放題』などと言葉に含みをもたせて言う。そんな吉良を、康一は怯えた目で見た。恐怖、畏怖、そんなものが多分に混ざった瞳に、吉良の嗜虐心に喜びが混じる。
 吉良の行いは単純であった。ポケットに入れておいた小麦粉を、爆弾化して地面にばら撒き、そこへ康一をおびき寄せたに過ぎない。康一の視線が地面に向かない様に、挑発を繰り返した上でだが。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 康一の息は荒い。
 体を痛みが襲う。骨まで露出はして無いものの、足の損傷は激しい。虹村形兆との戦いで負った傷も、今考えれば軽傷だったのでは無いかと思えた。
 半袖のワイシャツもぼろきれの様になり、むき出しだった腕も少なくない火傷を負っていた。
 爆発時に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたせいだろう、背中にも鈍い痛みがある。
 そして――。

(恐い、恐い、恐い)

 恐怖が心を抉っている。
 康一は自らの慢心に気付き始めた。虹村形兆を倒した事により、まるで自分がヒーローか何かになった様な気分だったのでは無いか。

(僕の音はアイツに通じない。僕には、何も出来ない)

 康一は自らが忌避していた超常の力、それに頼りきってしまっていた。その頼りが脆くも崩れ、康一は戦意を喪失してしまう。

(いや、違う。僕は元々何も出来ないんだ。あの時だって、承太郎さんに助けて貰ったし。それに今日だって――)

 虹村形兆との戦いでは、承太郎の助けがあり助かった。ここに来るまでにも、承太郎達や様々な人に助けて貰うばかりで、康一は何もしていないも同然であった。
 それなのに康一は吉良の挑発に乗り、自らの力を過信してただ真っ直ぐに挑んでしまったのだ。

「ほらどうしたんだ? さっきまでの威勢はさ?」

 吉良の周囲――先程まで自分が立っていた場所は、爆発のせいで石畳が捲れ上がっていた。瓦礫となった石材が、ゴロゴロと転がっている。吉良のスタンドの威力がうかがえた。

「うっ」

 康一はズリズリと後ずさりをした。足が動かないため、必死に手を動かす。足の傷が地面に擦れて痛みが増すが、それでも止められなかった。

「どうしたんだい? ほら、私を倒しに来たんだろう」

 康一の怯えきった様子に、吉良はほとほと呆れていた。

(こんなものか。障害にもなりえないな)

 嬲る仕草をしながらも、吉良の冷徹な部分が康一を観察していた。
 その時、小さな音が聞こえた。

「え?」

 聞き覚えのある音に、康一は声を漏らす。
 石畳を小刻みに叩く音と共に、ポップスのメロディーラインが流れた。
 音の方向を見れば、少し離れた場所に折りたたみ式の携帯電話が落ちていた。
 吉良は携帯電話を確認し興味を失うも、康一はそれを見つめ続けた。

「あれは」

 康一の携帯電話だった。爆発の余波を受け、ポケットから飛び出したのだろう。衝撃で開いたディスプレイには、着信相手が表示されている。

「美砂、ちゃん」

 柿崎美砂。
 康一が一週間程前に助けた少女だ。彼女はまるで自分をヒーローか何かの様に扱う。
 それは幻想だと、康一自身思っている。
 しかし、彼女は康一に無垢な信頼を寄せていた。更には、父親にまで康一の援助をお願いしたのだ。
 そんな美砂が、康一の電話に向けてコール音を鳴らしていた。
 彼女が何を言おうと電話したのかは分からない。
 それでも、康一は美砂が無事な事にホッとした。
 そして、美砂のコール音を切っ掛けに様々な〝声〟が康一の耳に響き始めた。
 美砂だけでは無い。仗助、薫、承太郎。康一がこの街に来て、知りえた多くの人達。そして、康一の命を救った、湾内絹保。
 背中を押された気がした。

「僕は情けないな。後輩にばっかり心配させて」

 ――何度もの失敗が許される世界は無い。それでも……。

「僕はまだ何もしていない。まだ立ち上がれる。あぁ、そうだ、吉良を殴ってやるんだ」

 大きく息を吐いた後、康一は地面に手を付いた。

「ん?」

 吉良はその所作に、疑問符を浮かべた。
 足先はボロボロだ。爪が溶け、指がひしゃげ、皮膚が赤く焼けただれている。
 そんな片足をまるで地に突き刺すが如く、地面に叩きつける。

「おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!」

 脂汗が一気に吹き出る。康一の瞳は見開き、歯は必要以上に食いしばられた。
 駆け巡る激痛を無理矢理押さえつけ、康一は膝立ちをする。そのまま両手を使い、もう片足も地面に触れさせた。

「あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」

 産まれたての小鹿の様に、プルプルと震えながら、康一は立ち上がる。
 足元には小さな血溜まりが出来ていた。
 立ち上がった康一に対し、吉良は素の表情で驚いていた。あの傷は明らかに立ち上がれる様な傷ではない。

「君は――」
「吉良、僕の声が聞こえるか」

 吉良の言葉が遮られた。康一の不可解な問いに、吉良は眉をしかめる。

「何を言っているんだ。広瀬康一」
「そうか、聞こえてるなら――」

 ――何度もの失敗が許される世界は無い。それでも、その失敗の数だけ立ち上がれる人間がいたら、人は彼らを……。

「僕の、勝ちだ」

 汗があご先を伝った。康一は歯を食いしばり、不敵に笑う。

 ――人は彼らを〝勝者〟と呼ぶのだ。



     ◆



 世界樹広場で対峙する二人。
 一方は満身創痍であり、もう一方は無傷である。
 状況は圧倒的不利であるのに、満身創痍な康一は歪な笑みを浮かべた。

「気でも狂ったか。今の君に何が出きる。立っているのでやっとの君が」

 先程立ち上がってから、康一は一歩も動いていない。いや動けなかった。

「僕は勘違いしていた。でも、それに気付けた」

 瞳にはまだ輝きが残っていた。恐怖はある、しかしそれを越える思いが、康一の中で燻っていた。

「〝音〟……」

 美砂の着信音。
 単純な事であった。〝音〟で作り上げた弾丸は障壁に阻まれたのに、携帯の着信音は吉良の耳に届いている。
 そのあやふやな矛盾。同じ空気の震動でありながら、何かしらのフィルタリングにより、それらは選別されていた。
 魔法を良く知らない康一には、それがどの様な基準か分からない。
 しかし『声が聞こえている』。それだけで充分なのだ。
 康一の唯一の武器、それらは〝音〟に起因している。ならば、康一はそれを使い、勝機を見出さなくてはいけない。

「僕はもう歩けない。だけど、お前を倒せるだけでいい。それだけのために――」

 康一の手には〝殻〟があった。本来スタンドとして発現した〝卵〟。それが割れ、パラパラと小さな〝殻〟になる。
 それらが目前にある捲れ上がった石畳に散らばった。

「変われる」

 康一の奇妙な動作に、吉良は警戒を強めて間合いを取る。

「君のお小言は聞き飽きたよ。今度こそさようならだ、広瀬康一」

 自らのジャケットのボタンを引き千切り、爆弾化する。それを康一へ向けて投げた。
 空中を回転するボタン。
 吉良はタイミングを合わせて、起爆スイッチを押した。
 衝撃。
 爆炎が一気に広がり、ビリビリと空気を震わす。
 肉片に変わった康一の姿を、吉良は想像した。
 しかし砂煙が晴れた先には、先程同じく康一が立っていた。

「何ッ」

 その不可解な現象に吉良は警戒を強めた。
 康一の姿は満身創痍なのは変わらぬが、爆発の影響を受けていない様だ。

(何だ。何をした。援軍? いや、この広場に他の人間は入ってきてないはず。ならば、やはり広瀬康一が何かをしたのか)

 その時、康一の目の前にある捲れた地面がモゾリと動いた。周囲にある破片や瓦礫がくっ付き合いながら、歪なシルエットを作っていく。
 破片が吸い寄せられ、シルエットに重なる。出来上がったのは一メートル余程の小柄な人の形をした〝何か〟。

(スタンド? それにしては違和感がある)

 吉良の経験が、その〝何か〟がスタンドでは無いと判断する。
 精神の具現化たるスタンドは、時として様々な形を作り出す。しかし、そこにはある一定の法則性が存在していたが、吉良には目の前の〝何か〟が法則性からはみ出てる様に感じられた。
 人型になった〝何か〟は、一歩を踏み出し、歩き始める。

『F…r…F、Frr……F――ze』

 奇妙な機械音が、その口とも鼻とも言えない場所から聞こえてきた。

「――あぁ、行くぞ《エコーズ》!」

 康一のかけ声と共に〝何か〟――《エコーズ》――も雄たけびを上げた。

『FFFFFFFFFreーーーー!!!』

 瓦礫で出来た体を軋ませながら、《エコーズ》は吉良へ向けてゆっくりと走り出す。
 それだけの行動でも、康一の体は悲鳴を上げるように疼いた。

「くッ――」

 脳内に溢れる演算式。それは《エコーズ》の超能力としての一面だったが、能力そのものが形を変えると共に、その演算式もシフトアップされていた。
 事実、本来レベル1であった康一の超能力は、この時レベル2へとなっていた。
 肉体と脳内、二つの苦痛が康一を襲う。

「何だコイツは」

 走る《エコーズ》の有様は奇妙さを醸し出していた。子供が糸人形を繰り、無理矢理走らせている印象。
 吉良は魔法障壁を張りながらも、《エコーズ》に対して警戒を強める。
 手に爆弾化した小麦粉を持ち、それを《エコーズ》の進路上にばら撒く。

「壊れろ、木偶が」

 《エコーズ》の足元が爆発し、その体はまた破片と瓦礫に戻っていく。
 だがすぐにバラバラになった破片が集まり、先程と同じシルエットを作りだした。
 再び体を取り戻した《エコーズ》は吉良へ向けてゆっくりと走り出す。

(スタンドでいう自立型か? 壊しても本体に影響が無い。厄介だな。この土壇場で能力が成長したか。だが、この状況も一つのサンプルになる)

 幾ら相手の力が成長しようと、吉良の周りには鉄壁の防御があった。
 フラフラと壊れた人形の様な、ぎこちない動きをする《エコーズ》は予想通りに進路を魔法障壁に阻まれた。
 《エコーズ》はその歪な手の平を、ペタリと不可視の壁に貼り付けた。それはまるでパントマイムをしている様な仕草だ。
 そして――。

「行けッ! 《エコーズ》!!」
『FF――FREEZEEEE!!』

 ドゥン、と重低音が広場に響いた。
 いつの間にか《エコーズ》の手の平がスピーカーの様な形に変わっていた。そのウーファー部分が細かく震動する。

「何を――」

 言葉が途切れる。吉良の頬に衝撃。
 視界が明滅する。倒れそうになるが、吉良はなんとか踏みとどまった。

「ぐっ……あっ……」

 鼻からボタボタと血が流れる。
 それは頬を殴られた感触に似ていた。されとて周囲には誰も居ない。ならば必然、あの《エコーズ》がやったのだと理解出来た。
 吉良は歯を食いしばり、前方を睨む。
 そこには相変わらずボロボロのまま立つ康一と、魔法障壁に手を貼り付ける《エコーズ》が見えた。

『F……F――』

 しかし《エコーズ》の様相は一変していた。瓦礫の歪な塊だった体が、人型のシルエットを残しつつ、光沢のある流線型の体へと変わっていた。それはどこか工業製品を想起させる。
 両手の平はスピーカーの様な形をしており、目の部分はバイザーの様なもので隠れていた。

「ぐ、あのスタンド、また形を変えたのか」

 吉良は知らない。
 《エコーズ》は『スタンド』としての側面を持っているが、それが徐々に失われていっている事を。
 超能力とスタンド能力の融合が進み、《エコーズ》はまた一つ形を変えた。本来スタンド能力としての、『スタンドはスタンド使いしか見えない』という特性は失われている。
 今の《エコーズ》の体は、周囲の物体を吸収して構築されただめ、誰でも見ることが出来た。

『FREEーーーーZE!!』

 また《エコーズ》から重低音が発せられた。それは確かに、吉良の耳にまで届いた。そして――。

「ごふッ」

 パン、という破裂音と共に吉良の顔に衝撃が走った。
 再びの頭部への衝撃で、吉良はまた体をふらつかせる。

(何だ、何が起きた。何故魔法障壁が僕を守らない。何故、何故――)

 そこへ、更に次々と衝撃がやって来る。連続する破裂音。
 吉良はまるでサンドバッグになった様に揺さぶられながら、状況を必死に認識しようとする。

(違う! 魔法障壁が守らないんじゃない。あのスタンドは『魔法障壁を無効化』しているんだ!)

 それは事実であった。
 《エコーズ》の両手のスピーカーはそれぞれ別の音を出している。それをうまくコントロールし、二つの音を吉良の眼前で共鳴、破裂させ、衝撃波を作っていた。
 魔法障壁を無効化する、ただそれだけのために、《エコーズ》は姿と力を変化させた。
 『音の拳』。
 康一が使っていた『音の弾丸』より遥かに劣る威力ながら、それは吉良と戦うに置いては最大の武器になる。
 康一は『吉良を倒す』、そのためだけに能力の形を変えたのだ。
 音が届く限りリーチすら無視して放たれる、不可視の拳。
 それが今、吉良の体を撃つ。

「一気に畳み込め、《エコーズ》!」
『FREEEEZEEEE!!!』

 《エコーズ》は唸りを上げながら、拳のラッシュをする。
 吉良はそれを『Queen』の腕でガードしようとするが、『拳』は容易にその内側に潜ってくる。吉良はアゴを打ち据えられた。

「が……は……」

 視界が揺らぐ中、吉良は自らの懐に手を入れた。取り出したのは白い銃、かつてどこかの世界で千雨から奪った『千雨の銃』だ。
 弾丸を爆弾化して、照準を付ける。銃口は《エコーズ》に向いていた。

「消えろォォ!」

 腫れ上がった顔、吉良の口からは叫び声と共に血飛沫が混じる。
 放たれた銃弾は、世界樹により開けられた魔法障壁の小さな穴を通り、《エコーズ》の体へ突き刺さった。そこで弾丸は爆発する。
 《エコーズ》の流線型の体がスクラップになるが、今度は周囲にある瓦礫だけで無く、石畳の石材を空間ごと抉り取って復元した。
 ほんの数秒で《エコーズ》はまた元の姿に戻る。

『F……F……F――zzee』
「チィッ!」

 再び《エコーズ》は『音の拳』の照準を合わせ始めた。
 しかし、その復元から攻撃までの数秒の時間で、吉良は目の前の事象を見極めていた。

(やはりコイツはスタンドじゃ無い。スタンド〝もどき〟だ。半自立型の様に、能力者の制御を受けながら、能力者はスタンドのダメージに影響されていない)

 本来スタンドとは、能力者自身の精神ビジョンであった。例外はあるものの、スタンドが受けたダメージは、本体たる人間にも影響を与える。
 見れば、康一は怪我はしているものの、《エコーズ》自身のダメージを受けていなかった。

(スタンドもどきの攻撃力は低い。即死する程の威力じゃないが、このまま受けたらどん詰まりだ)

 《エコーズ》の攻撃は、銃弾に遥かに及ばない。十発近い攻撃を受けた吉良も、死んではおらず生きている。
 もちろん、吉良の体は所々腫れ上がっていた。骨も数箇所、ヒビなり折れるなりしてるかもしれない。
 このまま受け続けたら、おそらく危険だろうが、そこまでなのだ。

(スタンドもどきへの攻撃は現状では時間稼ぎにしかならない。ならば、本体を叩けばいいだけの事)

 銃弾を取り出して込める。幸い、吉良はこの銃に合う銃弾を、幾つかの平行世界で得ていた。銃口を康一へと向けなおす。
 康一との距離は三十メートル程、吉良の銃の腕を考えたら当てるのは難しいだろう。
 だが吉良は当てる必要は無い。弾丸がその方向に向けて飛べば、爆発の余波に巻き込めるだろう。
 満身創痍の康一ならばそれだけで――殺せる。

「死ねェ!!」

 引き金をひく。放たれた銃弾は、康一の傍に着弾し、爆発。

「がぁッ!」

 爆炎が康一を炙り、衝撃が体を叩く。ボロボロの足は、それだけでも折れてしまいそうだ。崩れ落ちそうになる体を必死で支えた。
 《エコーズ》を自分の周囲に戻して、守りに徹しようとする思いが過ぎるが。

「退けるかァ!」

 康一は腕を交差して爆発に耐えながら、決して《エコーズ》を下がらせようとしなかった。
 吉良が倒れるか、康一が倒れるかの我慢比べが始まる。
 そこは戦場の中心だった。
 世界樹広場に配置されたカメラは、超によって情報端末に公開されている。麻帆良の多くの人間が、その状況を見つめていた。
 《エコーズ》の攻撃が吉良を撃ち続ける。対して吉良も走りながら康一へと銃撃をした。攻撃されながらのため吉良の照準は甘く、直撃はしない。
 それでも、爆発のため少なくないダメージを康一は受け続けている。
 憧憬があった。悔恨があった。怨嗟があった。嫉妬があった。恋慕があった。喜びがあった。
 麻帆良という都市が崩壊していく中で、康一の思いが駆け巡る。
 《学園都市》から逃げた自分は、この都市に救われたのだ、あの何でも無い日々が、情景として脳裏を掠めた。
 周囲を爆炎が覆い、康一の意識が僅かに反れる。《エコーズ》の動きが鈍くなった。その隙を、吉良は見逃さない。

「いい加減、くたばれェーーー!」

 吉良の放った銃弾が、初めて康一へ直撃しようとする。が――。

「なッ――」

 銃弾は吉良と康一の中間で爆発した。同時に、吉良の脳裏に情報がもたらされる。それは電子精霊が示した、侵入者の警鐘。

「チィッ! このタイミングで……」

 吉良の顔が醜く歪んだ。睨みつけたのは自らの銃弾を〝撃ち落した〟人物。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息を切らせた千雨が、銃を構えながら広場へと入ってきた。

「長谷川千雨ーーー!」
「やっちまえ先輩! 銃弾はわたしが撃ち落してやる!」

 均衡が破れる。
 知覚領域を周囲に展開する千雨には、吉良の銃口の向きで射線が分かる。そこへ向けて千雨は銃撃を放った。
 吉良の攻撃は千雨に撃ち落されていく。

「もう離さない! 絶対に、絶対にだ!」

 康一が吼えた。
 それは悔恨の日々だった。一ヶ月前、何故あの時に自分は何も出来なかったのだろうと。
 眠り続ける絹保の顔。康一の声はもはや届かず、彼女の体は徐々に衰弱していった。

『FREEーーーーーーーーーーーーZE!!!』

 加速していく《音の拳》。
 吉良の意識を確かに削り取っていく。

(マズイ……こ、こで、こんな――ところで、ぼ、くが……)

 吉良が片膝をつく。

「届けぇぇぇぇぇええええ!!!」

 もはや康一も限界であった。残った力を振り絞り、《エコーズ》が最後の一撃を放つ。
 力が抜けた吉良は、その一撃で吹き飛ばされた。宙を舞う体躯。世界樹の幹にぶつかり、吉良は止まる。

「――がッ!」

 吉良のうめき声。
 その瞬間、パリンと何かが壊れる音がした。
 康一は自らの胸を見ると、そこにあるはずのスタンド爆弾が消えていた。

「はは、やった。やったんだ……」

 康一は笑顔を浮かべ地面に倒れこんだ。
 それは康一が――そして絹保が吉良の呪縛から解放された音だった。
 千雨が倒れる康一に気付き、慌てて近づいてくる。

「やったよ、湾内さん……」

 そう小さく呟き、康一は目を閉じた。



     ◆



 戦場となった麻帆良の余波は、市内の病院にまで届いていた。
 職員達は患者を様々な方法で退避させていく。
 救急車は起き上がれない患者をしこたま詰め込んで、近くの病院へとピストン輸送を繰り返している。
 そんな中、ストレッチャーに固定された湾内絹保の姿があった。
 従来の治療法では対処が出来ない絹保は、近右衛門や承太郎の援助の下に《学園都市》に戻らず、麻帆良の病院で様々な治療が為された。しかし、状況は一向に快方に向かわず、寝たきりの彼女の体は徐々に痩せ細ろえていった。
 ストレッチャーを救急車に乗せ様とした時、絹保が薄っすらと目を開けている事に看護士の一人が気づいた。

「嘘……」

 驚いた看護士だったが、事態は非常時だ。

「湾内さん、少し我慢してくださいね」

 そんな言葉をかけて、とりあえず救急車に絹保を詰め込む。
 絹保はぼうっと救急車の天井を見ながら、先程の〝声〟を思い出した。

「……先輩?」



     ◆



 倒れた康一を見て千雨は慌てた。傍目からもあの傷は危険だ。恐らくすぐに処置をしなければ、命に関わるはず。
 だが、千雨は康一に近づけなかった。

「えッ――」

 千雨が上がってきた広場の向かい側、そこに巨大な物体が落ちてきた。
 轟音。吹きすさぶ粉塵に千雨は顔を腕で覆う。
 階段を割り、石畳を粉々に破壊するそれを、千雨は先程見ていた。

「あのデカブツの腕?」

 鬼神兵の腕だった。おそらく肘関節からねじ切られた事が、その有様から想像できる。
 そして、その腕に続くように人影が三つ降り立った。

「ほう、首魁はもう倒されちゃったのか。残念だな」

 白髪交じりの頭に黒いサングラス。破れて汚くなったワイシャツを身に纏う男。九大天王が一人、中条であった。
 その背後には老爺と釣り竿を持った男が付き添っている。

「されど、間は悪くないかと。漁夫の利を得たり、という所ですかな」
「ははは、それは美味しい」

 中条と釣り竿の男は二人で談笑し、ヤンヤヤンヤと笑い出す。
 戦場に似つかわしくない二人の雰囲気に、千雨はしばし呆気に取られた。

「フン、話はそこまでのようだ。来おったぞ」

 老爺――無明幻妖斉が二人をたしなめた。
 幻妖斉の言葉に、二人は視線をある方向に向けた。千雨から見て右手。千雨の知覚領域にも反応がある。
 空中から飛び降りてきたのは、近衛近右衛門を中心とした、数人の魔法使いであった。
 各々が戦ってきたのだろう、様相は傷だらけだ。それでも彼らの眼光には戦意があった。
 近右衛門が一歩踏み出し、広場の向かい側にいる中条と対峙する。

「――中条殿、これはどういう事じゃね」

 近右衛門は言葉を発する。その口調には明確な敵意があった。

「どう、とは何の事ですかな」
「ここに来てしらばっくれるな、馬鹿者ッ!」

 怒声。魔力を含むそれは、ピリピリと空気を振動させる。

「ははは、お怒りを沈ませてください。なに、我らのこの介入は麻帆良という土地の『治安回復』を目的としてるんですよ。ですがなにぶん、戦士というのは血の気が多いものでして、いささかやり過ぎてしまうきらいがありますが」

 世界樹広場は、麻帆良の中心に盛り上がった形で作られている小高い丘だ。故に街並みを見下ろす事が出来た。
 千雨が首をグルリと回すと、周囲の情勢は一変していた。
 アンドロイドと鬼神兵はその多くが撃破され、数を減らしている。
 世界樹を中心に、南に半円状に作られた魔法使いによる戦線がどうにか持ちこたえたらしい。それと同時に北から攻め込んだ《梁山泊》勢が、アンドロイド勢を駆逐したのだ。
 しかし――。

「おい……こいつは……」

 千雨は息を呑んだ。
 アンドロイドが少なくなるや、今度は魔法使いと《梁山泊》による衝突が始まったのだ。
 もちろん、未だアンドロイドや鬼神兵は残っている。
 三つ巴による泥沼の戦場が広がっていた。

「テロ行為への対処は感謝する。しかし、この暴挙は一体何だと言うのじゃ!」
「暴挙……ですか? 勘違いして貰っては困りますな。私達の目的は『治安回復』。つまり、あなた達はその妨げになると判断されています。しからば、これは必然」

 近右衛門に対し、中条は悠々と答えた。

「我が国際警察機構は、関東魔法協会が麻帆良を管理する事は不適当と判断しました。これは治安回復と共に、施設の接収なのですよ。そこで反抗があれば対処する。我らは無辜(むこ)の民には優しいですが、反乱分子には厳しく当たります」

 そう言いながら中条は口元を嫌らしく吊り上げた。
 近右衛門は表情を険しくする。明らかに相手は根回しをしていた。錦の旗は中条の背後になびいているのだろう。
 それでも今、中条に麻帆良を明け渡す事への危険性は理解できた。

(恐らく、あやつの目的はそれだけでは無かろう)

 ちらりと世界樹へ視線を向ければ、その根元に倒れる吉良吉影が見えた。

(吉良吉影――いや、この場合は《矢》かのう)

 相手の目的の一つには入っているはずだった。
 だが、麻帆良と吉良、そのどちらも明け渡すわけにはいかない。
 特に吉良を奪われてしまったら、麻帆良所属の魔法使い達の命綱を握られる事となる。
 吉良が『倒された』事により康一達だけは解放されたが、『殺されて』いないため吉良の爆弾はまだ動いていた。
 近右衛門達含め、多くの人間の心臓に仕掛けられた『スタンド』は解除されていないのだ。

(皆の衆。よいか、これから中条らと衝突する。その時、数人は吉良の身柄確保に動くのじゃ)

 近右衛門は中条を見つめたまま、背後にいる魔法使い達に指示を出した。出しながら、チラリと視線を巡らせれば、呆然としている千雨がいた。

(よもや本当にここまでやって来るとはのぉ)

 その感心は千雨だけでは無い。中央に倒れる康一にも向けられている。魔法を使い、空さえ飛べる自分達よりも早くここに到着し、事態解決の一助を彼らは担ったのだ。

(ならばこそ、子供達ばかりに無理はさせられん)

 近右衛門の放つ闘気に、ピリピリとした空気が場を覆う。
 ゆったりとした佇まいながら、中条達も臨戦態勢を整えている。
 そこへ――。

(――千雨ちゃんッ!!)
「うぇ?」

 脳内に響く聞きなれた声に、千雨は周囲を見渡した。

「アキラッ!」

 見れば、世界樹の西側遠く、空を飛ぶ路面電車があった。千雨がここ数日働いていた場所でもある。

「ちゃ、『超包子』? なんで空飛んでんだよ!」

 路面電車はアンドロイドの砲撃により、そこらかしこから煙を上げていた。背後には攻撃を仕掛けるアンドロイドが数体追いかけて来ている。
 そこには電車の窓から身を乗りし、千雨に声をかけるアキラの姿もあった。



     ◆



 アキラは必死に窓枠にしがみ付き、目前にまで迫った世界樹広場を見つめている。
 アキラと夕映は、ルパン達に助けられたものの、その後は執拗なアンドロイド達の追っ手に捕まっていた。
 そこへ超達の乗る飛行路面電車に助けられ、ここまで運んできて貰ったのだ。
 激しく揺れる車内から世界樹広場を見れば、そこには千雨だけで無く、先程自分達を捕縛した男達――中条ら――の姿もあった。

「――なんでッ!」

 自分達もかなりの速度でここへ来たのだ。それよりも早く到着したという事実、そしてあの場を受け持ったルパンへの不安が募った。
 その時、背後から撃たれた幾本もの光条の一つが、電車へ直撃する。

「ぐッ!」

 爆発音が響き、車内が激しく揺れた。
 車体の後方で炎が上がる。

「あちゃー、これはやばそうネ。五月、どうヨ?」

 超の呼びかけに、運転席の五月が首をフルフルと振った。

「このままじゃ広場まで持ちそうに無いネ」

 執拗に追撃をかけるアンドロイド達により、路面電車は機動性をかなり削られていた。
 アキラは窓枠に手をかけ、応戦の用意をしようとするが――。

「アキラさん、待ってください」
「……夕映」

そのアキラの肩を、夕映はがっしりと掴む。

「私が行きます。あなたはウフコックさんをしっかりと千雨さんに届けてください」

 夕映は「これ借りますね」と言いながら、路面電車の開閉ドアを引き千切った。即席の武器にする様だ。
 風が車内を通り抜け、夕映の髪が大きくなびく。

「ウフコックさん、千雨さんを……お願いします」

 アキラの胸ポケットに収まっているウフコックがモゾリと顔を出した。
 相変わらずその動きに力は無い。それでも鼻をひくつかせ、夕映の方向を見る。

「わかった。夕映、君も無事でいてくれ。そうでなければ千雨も悲しむ」
「了解デス」

 そんなウフコックの言葉に、夕映は口を綻ばした。

「では、ちょっと行ってきます!」

 夕映はドアの無くなった出入り口から外へと飛び出す。そのまま車体の外部をよじ登り、屋根の上を後方へ走った。

「あちゃくら! しっかり仕事をするデス!」
「わ、分かってますよマスター!」

 夕映の髪にしがみ付くアサクラが必死に声を返す。周辺データを夕映の特殊眼球に映し出した。

「敵アンドロイドが三体、真っ直ぐ三十メートル先、俯角六十五度の方向からこちらを攻撃中です」

 アサクラの指示の元、燃え盛る後部機関部を飛び越え、眼下に見えるアンドロイド達へ夕映は戦いを仕掛ける。
 空を舞う夕映の眼下にアンドロイドの姿が見えた。

「喰らいやがれデス!」

 跳躍していたアンドロイド達へ向けて、金属製のドアを投げつける。夕映の膂力とドアの形状が合わさり、水平に回転したそれは予想以上の威力を発揮し、アンドロイドの一体を吹っ飛ばした。
 そのまま雪崩れ込む様に、残りの二体にも攻撃を仕掛けた。
 そんな夕映が、どんどん視界の後方へ流れていく。
 アキラはその姿に後ろ髪を引かれながらも、必死に前を見続けた。
 なんとかアンドロイドの追撃は振り切ったものの、電車は変わらず炎上しているのだ。

「ギリギリ持ちそうネ。みんな、このまま広場へ突っ込むヨ! 何かにしっかり掴まってるネ!」

 超がそう言うやいなや、路面電車の速度が上がった。
 ガラスが割れた窓から、勢い良く風が車内に入ってくる。
 焦げ臭い匂い。強くなる震動。
 アキラは必死に車内のポールにしがみ付く。
 視界にはどんどん広場が近づいてきた。

「三、二、一、着地するヨ!!!」

 超のカウントダウンに合わせ、車体が広場へ突っ込んだ。おそらく人のいない場所へ飛び込んだのだろう。
 加速していた路面電車が石畳にぶつかり、盛大に火花を上げた。

「――ッ!」

 地鳴りの様な音。激しい縦揺れが車内を襲う。
 アキラはつぶりそうになる目を必死に開けて、周囲を見続ける。もしも最悪の場合には、車内にいる人間を抱えてスタンドで飛び出せるように。
 路面電車はそのまま石畳を捲りながら速度を落とし、スピンしながらもゆっくりと止まった。
 しかし、車体の損傷は激しく、炎はより強く燃え上がった。

「みんなッ!」

 アキラは時間が無いと見るや、『フォクシー・レディ』の尾で超と葉加瀬、五月を掴み、車外へ転がるように飛び出す。
 間髪無く、路面電車は爆発した。

「ぐッ……」

 アキラは必死に歯を食いしばる。
 そして、その爆発を切っ掛けにし、中条達と魔法使い達は衝突を開始していた。
 転がるアキラ達の頭上で、激しい戦闘音が響く。
 アキラ達の所へ、魔法使いの一人が救助に来る。

「君達、大丈夫か!」

 心配する魔法使いに対し、アキラは「大丈夫です」と言い、振り切るように走り出した。

「待て、今は危険だッ!」

 背後で呼びかける声を振り切り、アキラは千雨のもとへと向かう。
 人のいない場所へ着地したせいで、千雨とは大分離れていた。
 魔法使いがいるなら超達は大丈夫だろう。そう思い、アキラは一心不乱に駆けた。
 周囲では九大天王と魔法使い達の衝突、吉良の身柄の争奪戦が起こっている。
 飛び交う超常の力の嵐。
 その一つでも直撃すればアキラの命は危うい。激しい音や光、そんな具体的な姿かたちが、目で捉えられぬ銃弾より明確に恐ろしさを感じさせた。

「『フォクシー・レディ』!」

 スタンドを出し、その体にしがみ付いて地を滑る様に走る。
 ほんの数十メートルの距離が、いつも以上に長い。

「アキラッ!」

 千雨の呼びかけ。
 光弾の一つがこちらへ向けて飛んでくる。
 アキラはそれをスタンドの尾で弾こうとするものの、防ぎきれずスタンドの腹部に掠った。
「――がッ!」

 スタンドのダメージは本体たるアキラにも影響する。
 掠っただけとは言え、その威力はまるで強いボディブローを受けたかの様だった。
 痛みの余り、スタンドが消失し、アキラは加速されたまま地面に放り出され、ゴロゴロと転がった。
 それでも――。

「もう、絶対に――絶対にッ!!」

 アキラにはかつてあった世界の記憶がある。
 血みどろの中に沈む千雨、もうあんな姿は見たくないのだ。
 恐怖も悔恨も、全ては後回しにする。
 アキラは脇腹を押さえながら、転がった勢いを使い立ち上がる。
 地を這うようにして走るアキラの姿に、千雨の目頭が熱くなる。
 千雨も必死に走り、手を伸ばした。
 アキラもまた手を伸ばす。
 その姿は二ヶ月前、この場所で行なわれた事の再現の様だった。
 二人の指先が絡み合い、しっかりとお互いの手を握った。

「あーちゃん……」
「はぁ……はぁ、ごめんねちーちゃん、遅れちゃって」

 アキラのそんな言葉に、千雨は涙を滲ませながらプルプルと首を振った。
 戦いは未だ続いていた。
 そのため二人は地面に膝をつき、おでこをくっ付け合う様にして話している。
 アキラは自分の胸ポケットに手を伸ばし、中からそっと取り出した。

「ちーちゃん、ちゃんと連れてきたよ」

 アキラの手は細かな傷がたくさんあり、土や埃で汚れている。それが千雨には無性に愛おしく、美しいと感じられた。
 その差し出された両手の上には、ちょこんと金色の毛のネズミが乗っている。

「……先生」
「千雨」

 千雨の言葉はどこかためらいがあった。対してウフコックの口調はハッキリしている。
 ここに来るまで、千雨はウフコックの事を散々考えてきた。ほんの数十分前、閉ざされた空間で超に様々な事実を告げられた時から、千雨はウフコックに何を望み、何を与える事が出来るのかを考え続けてきたのだ。
 それは昨日、カプセル越しにウフコックが千雨に告げようとしている事と重なっていた。
 ゴクリと生唾を飲み込む。目の見えないウフコックは、ただ千雨の方向を向き、言葉を待っている。

「先生、わたしは――」



     ◆



 それはまるでコイントスの様であった。
 西部劇の決闘で良くある『コインが落ちたら開始の合図』というやつである。
 ただ今回違ったのが、落ちたのがコインでは無く、もっと大きな路面電車であったという事だけだ。
 激しい音を響かせながら、路面電車は世界樹広場に突っ込んできた。
 まるでそれが合図であるかの様に、近右衛門を中心とした麻帆良の魔法使い集団と、中条を中心とした九大天王の三人は動き始める。
 数では勝るものの、麻帆良勢では近右衛門以外に九大天王に比肩する実力者はいなかった。
 故に、近右衛門は魔力による肉体強化を使いながら、老躯とは思えない速度で中条達に向け先陣を切った。
 近右衛門が身を捻りながら放つ蹴りを、中条が拳で受け止める。
 衝撃の余波が、石畳を大きく抉った。

「ぬっ!」
「ほう」

 その一撃で、お互いがお互いの実力を量る。
 近右衛門の背後では、神多羅木を中心とした一部の魔法使い達が無詠唱の魔法を放ち、幻妖斉に牽制をかけようとしていた。
 また残りの魔法使い達は、吉良の身柄を確保すべく動いている。
 その中の一人、魔法教師である瀬流彦は、手に持っていた魔法発動体がいつの間にか消えているのに気付いた。

「え? なんで!」

 ほんの一秒前まであった杖の感触が無い。
 見れば、数十メートル先に佇む男――釣り竿の男――が手に何本もの発動体を持っている。

「大漁、大漁」

 そう言いながら、ニヤリと笑みを浮かべる。
 そして、片手に持つ長大な釣り竿を振った。
 瞬動、いやそれ以上の速度で動く釣り針を目視できるはずが無い。
 気付けば、瀬流彦の周囲にいた魔法使い達は、自らの発動体を釣り針で奪われてしまう。

「くっ、発動体が無くとも!」

 杖が無かろうと、魔力操作は行なえる。懐にある予備の発動体を出すよりも、瀬流彦は瞬動による吉良の身柄確保を優先した。

(明らかに敵わないな、ここは一気に身柄だけ確保し、すぐに離脱する)

 おそらくここにいる戦力を全て投入しても、単純な力比べではたった三人の男達に敵わない事を、瀬流彦は直感的に理解した。
 瀬流彦達の危機を知り、神多羅木が援護のため風の魔法を釣り竿の男に向け放つ。

(神多羅木先生! ありがたいです)

 心でお礼を言いつつ、瀬流彦は瞬動を使い、吉良に近づく。あとほんの数メートルで手が届くという時――。

「ぐッ……」

 襟首を掴まれるかの様な感触。襟元が喉に食い込み、呼吸が阻害された。
 何が起きたのか確認しとようとする間も無く、視界が一気にひっくり返り、瀬流彦は地面へ叩きつけられた。

「がァ!」

 魔法障壁も粉々に破壊されたため、無防備な体躯は深刻なダメージを喰らう。
 口から血飛沫が舞った。

「君達、ちょっと油断しすぎではありませんか。幾ら武闘派じゃないとは言え、私も九大天王の一人ですよ。小細工程度で足止め出来ると思いましたか?」

 釣り竿の男はそう言いながら、手に持つ竿を無造作に振るった。
 その一動作だけで、神多羅木の魔法はかき消され、吉良に近づこうとした魔法使い達は撃退されていく。

「では、さっさとその男共々頂きましょうか」

 釣り竿の男の目線は吉良に注がれていた。再び釣り竿が揺れ、吉良へ向けて放たれる。
 だが、釣り針は吉良の体に触れる事は無かった。
 ドラを鳴らすような音と共に現れたのは、吉良を守る不可視の壁。
 魔法障壁が復元され、釣り針は跳ね返された。

「……む、かなりの密度ですね」

 男はその障壁の強さに感心していた。
 その時ゴポリと音が聞こえた。
 見れば、仰向けに倒れている吉良の口元から、血泡が溢れている。

「おや、意識を取り戻しましたか」

 釣り竿の男は焦らない。それでも厄介だとは感じていた。
 竿のしなりを強くして、障壁をまるごとぶち抜くように釣り針を撃ち放つ。
 再びの衝撃音。まるでそこが爆心地になったが如き風。
 それでも、障壁と釣り針は拮抗していた。
 ギチギチと軋みを上げながら、針は徐々に障壁にめり込んでいく。
 そんな中、満身創痍の吉良はヨタヨタと立ち上がった。
 息は荒いながら、表情は歓喜に満ちている。
 そして、両腕を開き、虚空を見つめながら言った。

「……僕は、本当に、運が、良い」

 ゴポリと血が口の端から滴り落ちる。

「この状況、この有様にありながら、僕はまだ生きている。あぁ、なんて幸運なんだろう。まだだ、まだ僕はやり直せる」

 吉良がそう言う間にも、分厚い障壁は一枚一枚と破壊されていく。
「そやつ逃げるぞ! 急げ!!」
 九大天王の一人、幻妖斉が声を荒げた。彼は何かを感知した様だ。
 智謀の徒であり、軍師でもある釣り竿の男は、その意味を即座に理解する。
 竿を握り締める力を強くした。
 吉良は手に持っていたままだった《矢》を握り締めた。

「まだだ、まだ諦めない。僕は、そう、僕は――」

 何事かを呟こうとする吉良の体が、トプンと地面に沈み込み始める。まるで地面が水面に変わった様だ。

「ぬぅ、間に合えッ!」

 釣り針が障壁を破壊した。そのまま吉良の体へ向けて飛んでいくが――。

「『バイツァ・ダスト』(負けて死ね)」

 吉良の第三の能力『バイツァ・ダスト』が先に発動しきった。
 地面に吉良の体は吸い込まれ、釣り針は空を切った。

「ぬぅッ!」

 釣り竿の男が、悔しそうに歯噛みする。
 吉良の身柄確保に動いていた人間達が呆気に取られていると。

「今度は何だ!」

 地響きと共に、世界樹が輝き始めた。
 この麻帆良の地を占める、膨大な魔力が世界樹を中心に放出されていく。
 世界樹が持つ魔力と、スタンドによる力。それらが混ざり合い、本来はありえぬ程の力の奔流を作り上げている。
 葉の隅々から黄金色の光の粒が舞った。
 その有り様に、その場にいた全員が動きを止めてしまう。

「――始まってしまったカ」

 魔法使いの治療により、どうにか立ち上がれる様になった超が言葉を発した。

「吉良の消失により、世界樹がこの世界の破棄を始めたヨ」

 超は脇腹を押さえながら、光を放ち続ける世界樹を見上げた。

「もうすぐこの世界は塗りつぶされるネ。私達は何を失ったのか分からぬまま、何かを失うネ」

 それは大事な人との記憶かもしれない。もしくは忘れた方が良い記憶なのかもしれない。
 そこに善悪の基準は無く、ただ必要に準じて記憶は奪われていく。
 ある意味幸せなのかも知れない。
 人は生きていく上で様々なものを失う。その記憶が取り除かれれば、人は悲しさを感じない。

(――やはり無理カ)

 超の手には航時機《カシオペア》があった。懐中時計の形をしたタイムマシン、それを動かすためには莫大な魔力が必要である。
 今、この場を満たす魔力により、《カシオペア》は起動していた。
 しかし、その表面はひび割れ傷ついている。路面電車の不時着と、先ほどの乱戦に巻き込まれたせいだ。

(過去に飛べない。スタンドの影響かネ。それに飛ぶ時間のコントロールの調整が出来なくなってるヨ)

 この一時間という閉鎖された状況の中で、過去へ飛ぶという行いが出来なくなっていた。
 これから先、世界樹により塗りつぶされた未来なら飛べそうだ。しかし、その意味は限りなく少ない。

(これはもう、無理かもしれないネ)

 超の非凡な知性が、より深く現状を察してしまう。
 また、先程の超の言葉で多くの人が状況を理解し、呆然とした。自らが力を持つ故、目の前に存在する力の強大さを理解出来してしまうのだ。一部、中条を含めた数人が恍惚とした表情をしていたものの、ほとんどの人々は顔を青ざめさせている。
 それは災害にも似ていた。
 雪崩、洪水、津波、台風。それらが目前に迫った時、人はそれを止めようと思うだろうか。
 世界樹広場は静まり返り、ただ世界樹の発する甲高い魔力の放出音だけが響いた。
 広場に諦観にも似た絶望が過ぎり、人々の口から言葉が発せられなくなった。
 ただ――、一人と一匹を除いて。

「行こう、〝ウフコック〟」
「あぁ、〝千雨〟」

 その声は大きくないにも関わらず、全ての人間の耳朶を揺らした。
 動きを止めた人々の合間を一人の少女が走っていく。
 揺れる栗色の髪を皆が目で追った。
 この日、この時を持ってして、長谷川千雨はその名を歴史に刻み始める事となる。



 つづく。


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