アキラは人の波を避けながら突き進む。
図書館島から一斉に観光客が飛び出して来た。
湖の中央に浮かぶ図書館島と陸地を結ぶ橋は、逃げ惑う人でごった返している。
橋に一定間隔で置かれた街灯。その先端を足場にし、『フォクシー・レディ』は人々の頭上を走り抜ける。
背後には麻帆良の街並みを破壊する巨人の姿が見える。先程アサクラメモリーを貰ったとはいえ、実際目にしてもその大きさに現実とは思えなかった。
(でも……)
これは現実なのだ。
アキラにすれば、さっきまで図書館島の地下で、ドクターに色々話を聞いていたのだ。図書館島から教室への帰り道に、この災厄は起きてしまった。
ついさっきも通った図書館島への道が、まるで一変している。人々の笑顔は消え、恐怖と混乱に染まっていた。
観光客の多くが図書館島から避難している。向かうのは麻帆良の陸地。方向からいえば災厄の中心へ向かう事になるが、図書館島では逃げ道がないために避難するのだろう。
図書館島の道のアチコチにも、超の施したホログラムウィンドウが浮かび、避難経路を大きな矢印で示していた。
アキラはそれに逆らう様に進む。図書館島の正面玄関を迂回し、建物の裏手へ回った。
そこで緩い下り坂になった石造りのアーチを通り、建物の半地下の扉へと進み、スタンドを降りた。
目の前の扉は、普通に開けたら只の壁しか見えないが、アキラの持つカードをかざせば、なぜかエレベーターが現れる。
扉を開き、アキラは地下直行のエレベーターに飛び乗った。
エレベーターはあっという間に地下深くへ到着するものの、焦ったアキラにはその時間すら長く感じられた。
ドクターに連絡は入れてある。準備は出来ているはずだ。
扉が開いた途端、アキラは飛び出した。廊下を走り、目当てのドクターの研究室の扉を開けた。
「イースターさん!」
「やぁ、アキラ君。お早いお帰りだね」
ドクターは大量に立ち並ぶモニターを前にして、キーボードを打っている。
アキラが室内に入ったというのに、顔を向けもせずに、モニターに視線を固定していた。
室内は先程以上に散乱していた、おそらくあの揺れの影響なのだろう。
「えっと、ウフコックさんを……」
「ウフコックなら隣の部屋で準備を完了しているはずさ。そちらは頼んだよ」
ドクターのぞんざいな物言いに訝しくしつつ、アキラは隣の部屋に入った。
そこには、いつものサスペンダー姿のネズミが、液体の満たされたカプセルの前で座っている。金色の毛には幾らかの湿り気も見て取れた。
赤い目はどこか視点の定まらぬ方向を見ている。
ウフコックはピクピクと鼻をひくつかせた後、おもむろにアキラの方向を向いた。
「アキラ、いるのか?」
「は、はい、います! ウフコックさん、もしかして目が……」
「すまないな見苦しい時に。さぁ、行こうか。千雨が待っている」
ウフコックはどうにか起き上がるも、その動きは鈍い。
かつての軽快な姿はそこに無く、金色の毛に隠されたウフコックの衰えを確かに感じさせた。
アキラはそっと膝をつき、ウフコックを両手ですくう様に持ち上げた。
ウフコックの体は小さい。手の平に収まる小さな生。小さくとも本来強靭なはずのそれが、今では砂糖菓子の様に脆くなっていた。触れただけでポロポロと崩れ落ち、やがて消えてしまうかの様に。
「あの……私……」
ウフコックの姿を見ると、先程夕映に吐いた自分の言葉が揺らぎそうになる。
アキラは自分の中に湧き出る罪悪感を言葉にしようとするが――。
「私は、感謝しているんだ。私の生き方に意味を持たせてくれた事に」
ウフコックがその言葉を遮った。
「漫然とした生では無い。意味ある、価値ある生を与えてくれた。一介のネズミには分不相応な宝物だ。千雨にも、ドクターにも、夕映にも、そしてアキラにも感謝している。今しか……いや、今だからこそ言っておこう。ありがとう、と」
ウフコックはアキラのいるだろう方向に顔向け、見上げていた。しかし、ウフコックの向いてる方向は、アキラの顔と少しズレている。
それが無性にアキラには悲しかった。目尻に溜まる涙をごまかしながら、アキラは立ち上がる。
「私も、私もウフコックさんのお陰で救われました。だから、だからこそ――」
あの『スタンド・ウィルス』事件の時、千雨とアキラを覆ってくれた《殻》。あれはウフコックが創り出した殻だ。
ぼんやりとした明るさ、ほのかな温かみ。あの殻はアキラの中でウフコックのイメージそのものだ。
自分達を守り、慈しんでくれた存在に、アキラは精一杯の恩返しを約束する。
「私が、ウフコックさんを千雨ちゃんの所まで、絶対に連れて行きます!」
第50話「四人」
ドクターはモニターに映る超のシステムに感心していた。
その割り切った構築の仕方や、電子精霊に対抗するための措置。それでもこのシステムとて十分程度の時間しか持つまい。今も激しい電子精霊の戦火に晒されているのだ。
システム停止後、道しるべを無くし、戦場に放り出された一般人の行く末など分かりきっている。
それに、このシステムがあるからこそ、麻帆良の戦力は一貫した対応を取れていた。それは何も魔法使いだけでは無い。《楽園》の一角たるドクターすらも参加させてしまうのだ。
麻帆良に内在する様々な垣根を、この状況で取っ払ってしまったのだ。
だが、この垣根を取り払ったのは超じゃない事に、ドクターはもちろん気付いていた。
「君か」
システムのトップページの片隅にある、見覚えのあるネズミのアイコンマーク。こんな趣味の悪いアイコンを使う人間を、ドクターは一人しか知らない。
「くくく、まさか君がね……」
思い出すのは八ヶ月程前。去年の暮れだったろうか。自分の研究所に運ばれてきた被験者こそ、彼女だった。
銃創と体表の五十パーセント近い火傷。ショック症状を起こさず、かろうじて生きているのが奇跡なくらいだった。
両親を殺され、炎上する車の中での唯一見つかった生存者だったらしい。普通の医療機関ならお手上げだったろうが、彼女は運良く《学園都市》の近くにいたため、速やかに内部に搬入されドクターの元まで連れて来られた。
あの日出会った少女が、まさかこれほどのトラブルメーカーだとは思わなかった。
全てを失った少女は、心を《殻》で覆いながら自分の『世界』を創り出した。そして、知らずその『世界』へ人を引き寄せてしまう。何もかもを《殻》で守ろうとするかの如く。
「僕はその二番目の被害者って所かな」
一番目の被害者は隣の部屋にいる。今に彼女の元へ走っていくのだろう。
ならば、ドクターのやる事は決まっていた。
「僕は、何をすべきかはわかるけど、どうしたら良いかはわからない」
大人としては最悪の態度だろう。ドクターは自ら道を選ばない。不意の事態も決断を彼女に任せ、彼自身はその背中を押す事だけに専念する事にした。
彼女の通った道をゆっくり追いかけながら、時に立ち止まる彼女の背中をそっと押してあげる。ただ、それだけ。
そして、今こそがその時だった。
「僕の出来る事なんかたかが知れている。ならば、やってあげようじゃないか」
ドクターの出来る事、それはこのシステムを維持させる事だった。
現実と同じく、ネットワーク上でも激しい砲火が飛び交い、戦場の体を為している。
その状況で、このネットワークの要となる情報システムは死守せねばならない。
幸い、この研究所にも大型のサーバーがある。戦力としてはそこそこだろう。
その時、隣の部屋が開き、ウフコックを抱えたアキラが出てきた。
「やぁ、ウフコック。ご機嫌な服装でお出かけかい?」
ドクターはその門出にも、顔を動かさない。ただモニターを見つめ、目まぐるしくキーボードを叩き続ける。
「あぁ、少し出てくる。それにしてもドクター、久しぶりに嗅ぐ君の臭いはタバコ臭いな。禁煙は破ったのか」
ウフコックの辛辣な言葉に、ドクターは固まる。
一人と一匹は、お互いの顔を見ない。顔は見ずとも会話くらいは出来た。
一人と一匹の会話に、アキラは口は挟まなかった。
「――ウフコック、君は面白いネズミだった。僕の知る限り、ピカイチのネズミさ。また君と酒を飲み交わしたいものだね」
「安酒は臭いが嫌いだ。値の張る物を用意しておいてくれ、ドクター。また会おう」
「あぁ、また」
それで一人と一匹の話は終わった。ウフコックはアキラがいるだろう方向へ首を向け、コクンと頷く。アキラもそれに「はい」と答えた。
その時、先程とは違う揺れ。何かの破壊音が聞こえた。
テーブルの上の灰皿が、カタカタと揺れた。
「え……」
アキラは頭上を見上げた。音の場所、それは――。
「この、建物?」
頭上から響く破壊音。それは軍靴の響きに似ていた。
◆
ジョルノ達は突然のスタンド攻撃に驚いていた。
脳内に響いた男の声。
ジョルノとフーゴだけは日本語を分かったものの、ミスタには何を言っているのか分からなかった。
更には激しい揺れが麻帆良を襲い、とんでもない大きさの巨人まで現れていた。
「失敗しましたね」
ジョルノは自分の胸元――体内に巣食う小さなスタンドを見つめながら言った。
「僕がスタンドの力を使っていれば、この攻撃は避けられたのに」
そう言いながら、ジョルノは《矢》を強く握り締める。すると、自らのスタンドの内部へと《矢》が埋まっていく。
「だが、これで《矢》の在り処は分かった。キラ・ヨシカゲ……」
雑踏の中、ジョルノの姿だけが力強さが溢れている。漆黒の光、強い信念に裏打ちされる強者の証だ。
「このジョルノ・ジョバァーナには夢がある。そのためには一つでも多く《矢》が必要だ」
ジョルノの言葉に、フーゴは頷き、ミスタは口角を吊り上げる。
「ボス、私達をも標的にしたクズがいます。あのでっかい樹の下にいるとほざいてますが……」
「オーケー、ボス。目的地はあの樹だろう。俺が送ろう。あんたは堂々と踏ん反りかえってればいい」
フーゴの言葉を、ミスタが遮った。
駐車している車を一台見つけ、ミスタはそれに近づく。運転席側のドアのカギ穴に向けて、拳銃の銃口を向ける。
「しっかりブッ壊せよ! 『セックス・ピストルズ』ッ!」
『キャオオー!』と歓声を上げる声が聞こえた。よく見れば弾倉に小人の様な人影が幾つか見える。それこそがミスタのスタンド『セックス・ピストルズ』だった。
彼の能力はその小さな複数のスタンドによる、弾丸の軌道操作だ。
鍵穴に向け放たれた弾丸は、鍵穴だけでなくドア内部にあるものを出来る限り破壊する。
ミスタが追い討ちとばかりに蹴りを入れれば、運転席側のドアはボロンと取れた。
「よし、乗ってくれ」
ミスタは内側から後部座席のロックを開け、ジョルノを呼び寄せる。フーゴも助手席に乗り込んだ。
全員乗り終わると、ミスタはある事に気が付く。
「やべ、キーが無い。エンジンどうしよう」
フーゴはその言葉を聞いて頭を抱えた。
「あなたは……どうしてそう考え無しなんです」
観光客は逃げ惑いながら、徐々に車の周りにも人の流れが出来てしまう。
その時、周囲に悲鳴が上がる。人の流れが離れていく。車の周囲になぜか影が差した。
「はて、なんでしょう」
「おいおい、周りのヤツら逃げていくぜ」
訝しそうにしながら、フーゴとミスタは車から頭を出した。そして自分達の頭上に迫るモノに気付く。
「う、うおぉぉぉ! 何時の間に!」
ミスタの悲鳴にも似た叫び。彼の視線の先には巨大な足の裏があった。
麻帆良に現れた数体の鬼神兵。その一つが今、ジョルノ達の車を踏み潰そうとしている。
焦る二人に対し、ジョルノは冷静。車の外に落ちていた運転席のドアの破片を拾い、ミスタに投げ渡した。
「ミスタ、受け取れ」
「受け取れって……うわ、ミミズ!?」
ミスタに投げ渡されたのは、ジョルノのスタンド能力によりミミズに変化させられた金属片だ。ミスタは唐突に渡されたミミズに驚き、キャッチし損ねたが、ミミズはそのまま空中を舞い、チュルンとエンジンの鍵穴へと入り込む。
そこでジョルノがスタンドを解除したところ、鍵穴には歪ながらも鍵が差し込まれていた。
「おぉ、ナイスだぜボス!」
ミスタは急いでエンジンを始動させ、アクセルを一気に押し込んだ。
急加速により土煙を上げながらも、車はなんとか鬼神兵に踏み潰されるのを防げた。
「ヒャッホー! ざまぁみろデクの坊!」
「ふぅ、なんとかギリギリでしたね」
先程の自分の体たらくを棚に上げながら、ミスタは背後に離れていく鬼神兵に軽口を叩く。フーゴも安堵の息を漏らした。
車は人を掻き分けながら世界樹へ向かう。
遠くには、先程自分達を踏み潰そうとした鬼神兵が見えた。
多くの人々はそれを見て恐怖に駆られ、混乱したまま麻帆良の外へと走ろうとしているらしい。
ミスタは人の少ない道を選んでいるが、それでも逃げてくる人は多い。
「こ、これじゃあ先へ進めませんよ」
人の多さにフーゴが思わず口に出す。
「行ってください。このまま真っ直ぐ」
「で、ですが」
ジョルノの言葉に、フーゴが返す。
「フーゴ、僕はこう言ったんだ。『真っ直ぐに行け』と」
ジョルノは後部座席にどっしりと座り、足を組んだ。助手席から振り返っていたフーゴは、ジョルノの放つ威圧感にゴクリと唾を飲み込む。
「了解だボス。かっ飛ばして行くぜ」
対してミスタはジョルノの言葉に軽く答える。
アクセルを強く踏む。
背中がシートへとグイとめり込む感触があった。
車が加速すれば、必然人は避けられなくなる。
「うわぁぁぁぁぁ!」
男性の悲鳴と共に、車内にゴンゴンという音が響く。男性がどうやらこの車のボンネットに乗りあがってしまったようだ。男性はそのまま転げ落ち、地面へと叩きつけられる。
ミスタの運転する車はそんな事お構い無しに、道を突き進んでいく。
ジョルノはその光景を後部座席から見ながら、笑みを強くした。
瞳には漆黒。確かに彼には帝王たる血がしっかりと受け継がれていた。
◆
トリエラは歯噛みをする。
彼女が向かってるのは麻帆良東部の林。盆地状の麻帆良外延部には、まだ森林が残っていた。残っていたといっても莫大な広さでは無いが、それでも麻帆良という土地の緑の多さをイメージする一因にもなっていた。
その場所には、トリエラの主のエヴァンジェリンがいる。
今、トリエラの肉体はその制御を失っていた。主たるエヴァの命により、トリエラは抗えぬ衝動に襲われている。
「――くッ」
ギリリ、と下唇を噛む。彼女は今すぐにでも夕映の元へ行きたい。けれどもマスターの命令に縛られ、その束縛を解くことが出来なかった。かつては自分を吸血鬼にしたマスターから逃げおおせたが、その時のマスターとはレベルが違った。
魔力を封印されてるとはいえ、エヴァの施した眷属としての束縛は、トリエラを強く縛っていた。
背後を振り向けば、麻帆良の街並みが破壊される光景が見える。あの巨大な人影は鬼神兵というらしい、トリエラは手に持った投射ライトの映すホロウィンドウで情報を仕入れながら走る。
どうやらエヴァは何かと戦うために自分を呼んだようだ。ウィンドウを見る限り、夕映も何かしらの行動を起こした様子が分かる。
トリエラの選べる選択肢は少ない。
この状況でエヴァを倒し、束縛を解くなどは問題外だろう。ならば、夕映を助けるために救援を頼むしかなかった。
トリエラは携帯電話を取り出し、どこかへとコールをした。
◆
「僕のと条件が違います」
康一が呟く。
康一と承太郎の二人は世界樹広場へ向かって走っていた。
「条件? 吉良のこのスタンド能力か」
「はい、そうです」
康一は『ザ・ゲーム』の束縛により説明出来なかったが、承太郎はおおよそ察した。
承太郎達に出された開放条件は『吉良を殺すこと』。
対して康一に課せられたのは『吉良を倒すこと』。この差は大きい。
「『吉良は殺してはいけない』とシステムには書かれてましたが、幾ら『殺すな』と書いてあっても、誰かが吉良を殺すかもしれない。それに『殺さなければ』――」
ましてや、ここは魔法使いまでが住む都市なのだ。吉良程度、誰かが殺してしまいそうだ。それにスタンド攻撃を受けた人数は、システムを参照する限りかなり多い。
多くの人を助けるために、吉良を殺すことは正しい行いだと思われた。
「僕と――湾内さんを解放するためには〝吉良は死んでてはいけない〟んです。僕は誰よりも早く吉良の元へ着いて、決着をつけなくてはなりません」
吉良が死んでしまっては、康一と絹保は吉良のスタンド能力から永遠に開放されないかもしれない。
康一は走りながら世界樹を見上げた。周囲の建物の屋根向こうに緑の葉が見える。
だが、その世界樹を隠すように、巨大な鬼神兵が視界を遮った。
二人は世界樹に向かおうとするも、鬼神兵の存在に遮られ、なかなか進めなかった。本来、格闘大会の会場から世界樹までは比較的近い。だが、鬼神兵を迂回しようとするために、回り道をしなくてはならなかった。
回り道をするものの、康一達が動けば、鬼神兵ももちろん動く。なかなか世界樹に近づけずに、二人はやきもきしていた。
その時、背後から呼びかける声が聞こえた。
「お~い、二人とも!」
後ろを振り向けば、走ってくる人影が二つあった。学ランルックにリーゼントのコンビ、仗助と薫だ。
「おーい、待ってくれよ。はぁはぁ、幾ら呼びかけても止まってくんねーし!」
仗助は腰を曲げ、膝に手を置いて休んだ。薫も息を切らしているが、どうにか背を伸ばしている。
「仗助君、薫君……」
「よぉ、康一。なんか困ってるみたいだな」
ニヤリ、と仗助は笑った。
それに合わせ、薫も口を開く。
「俺達にはサッパリ状況がわからないが、あのデカブツといい、康一はなんか分かってるんだろう」
「なーに、簡単な話だぜ康一。俺達も混ぜろって事だ」
康一の呆然としている首元に、仗助の腕が回された。
「まぁ、そういう事だ。康一達が血相変えて走ってくのが見えてな、避難する方向とは真逆だから追いかけてきたんだ」
「それに、あの変な男のスピーチも気になるしな。なんだったんだ、本当に」
「おい、仗助。さっきから男のスピーチって何だよ。あの超って女の子の話じゃないのか」
「ちげーよ、ほらさっきのシステムとかに書いてあったろ吉良ナントカっつー男が……」
二人の話を聞いていて、康一はハッとした。
「じょ、仗助君! 吉良って、あの演説が聞こえたの!」
「お、おぉ。康一も聞こえたのか。ほら薫、お前の耳が遠いんだって」
康一の剣幕に多少慌てつつも、仗助が答えた。
承太郎がズイと仗助の前に割り込む。
そして、背後に自らのスタンド『スター・プラチナ』を出現させた。
「うわぁぁ! な、何スかそれ! 承太郎さん!」
その途端、仗助が驚いて声を上げた。
「仗助君……」
「やっぱり見えるのか」
どうやら仗助には『スター・プラチナ』が見ているらしい。
承太郎は仗助の胸元を見ると、本人は気付いて無い様だが、確かに吉良のスタンド攻撃が見て取れた。
「どうやら仗助もコチラ側に踏み込んじまったみたいだな。まぁ、血筋か」
「ちょ、何スかそれ。説明してくださいよ!」
「いや、仗助。俺こそ訳が分からないぜ。お前達には一体何が見えてるんだ」
仗助が騒ぎ立て、一人だけ蚊帳の外の薫が苦言を吐いた。
康一は顔をしかめる。
「説明したいのは山々なんだけど、時間が無いんだ。僕は世界樹広場へ行き、吉良吉影と戦わなくちゃいけない。だから早く二人は避難して」
康一の何か決意した物言いに、二人は何かを感じた。
「おいおい、康一マジかよ。こんな戦場みたいな場所潜り抜けて、どこぞの男に喧嘩でも売りに行くのか」
「正気じゃねぇな」
仗助と薫が呆れる。
周囲の客の数は少なくなっていた。大多数の人間は避難指示を見ながら逃げ出したのだろう、おおよそこの麻帆良の中心部からは脱した様だ。
それでも、この場所からは鬼神兵の姿が見える。
屋根から屋根へと飛び回り戦う、魔法使いとアンドロイドの姿もあった。
戦いが溢れるこの状況で、その真っ只中に飛び込むなど正気では無い。
それでも、康一の目には何かを取り返そうとする、強い意志が感じられた。
仗助と薫は口角を吊り上げて、同時に言う。
「「面白い」」
「へ」と呆けた康一の顔。
「なんだか分からねーが、言うようになったじゃねーか康一」
「この豪徳寺薫を差し置いて大喧嘩なんて、つまらねーこと言うな」
それに、二人もこの状況が差し迫ってることに気付いていた。
超鈴音という少女の言葉、彼女は麻帆良の窮地に助けを求めていた。最初こそ胡散臭かったものの、この状況を見て納得した。
二人も道すがらかっぱらった投射ライトによって、麻帆良のこの状況の元凶が吉良という男らしいという事だけは分かった。
空から放たれる光線。崩れ落ちる建物、それらを見て二人は無力感を感じていた。薫など、素人ながら気を飛ばす領域にまで至っている。そのため、その威力の強さを肌で感じていた。
しかし、そんな中で康一は言い放ったのだ。この事件の張本人らしき男と戦うと。
確かに首魁を打てば、この状況を収める事が出来るかもしれない。それは古来からの戦場の慣わしであり、痛快な選択肢でもあった。
「俺も乗ったぜ康一。あの男、喋り方がいけすかね~と思ってたんだ。この暴れっぷりの落とし前をガツンとしてやろうぜ」
「あぁ、俺もだ仗助。俺ともあろうものが尻込みしてたぜ。こいつは喧嘩だ、俺ら麻帆良に売られた喧嘩。そっから逃げたとあっちゃー、後生の恥だ」
仗助は肩を回し、薫はパシンと胸の前で拳を合わせた。
「じょ、承太郎さん~」
康一は困った顔で承太郎に伺いを立てた。
「まったく、やれやれ――」
承太郎が帽子のツバに手を当てた時、背後に巨大な何かが落ちる音がした。
地面が割れ、そこに二メートルを越す大男――アンドロイドが立っていた。
サングラスに隠れたメインカメラを光らせ、目の前の得物をロックオンする。
金属の拳を、後ろを向いたままの康一に振り落とそうとした。
康一と承太郎にすれば背後の出来事。振り返って気付くのに、一拍の時間が必要だった。
(しまった――)
承太郎も不意を突かれ、慌てて時を止めようとするが――。
「康一ィィィィィィィィ!!!」
康一の目の前に、飛び出した薫が立ちふさがる。
人外による金属の拳。それに、薫は自らの拳を重ねた。
「漢魂ァァァァァァァ!!!」
漢魂(おとこだま)と呼ばれる、薫が編み出した気を使う技だ。本来「遠当て」といい遠距離に飛ばす技だが、薫は意図的にそれを使った。
光り輝く気で覆われた薫の拳が、魔力を纏ったアンドロイドの拳とぶつかり、弾ける。気と魔力は相性が悪く、ぶつかると相反する力が働いた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
薫はアンドロイドの攻撃を退けながらも、康一を巻き込みながら背後へと転がされた。
アンドロイドも後ずさったが、自重のため倒れるまでには至らない。
「テメェェェェ!! ダチに何してるんだゴラァァァ!」
薫と康一が攻撃されたのを見て仗助がキレ、その背後から何かが飛び出す。
それは人の精神力を形にしたヴィジョン。
スタンド。仗助はこの時、『スタンド』に覚醒した。
ピンク色の肉体に銀色の鎧で覆ったような、人型のスタンド。それは後に承太郎により『クレイジー・ダイヤモンド』と名付けられるスタンドだった。
しかし、まだこの時点では名前は無い。
「ふざけんなァァァァァ!!」
仗助は怒りの余り、自らのスタンドの存在に気付かない。アンドロイドに殴りかかろうと走り出すと、それより先に『クレイジー・ダイヤモンド』が飛び出した。
「ドラァァァァ!」
『クレイジー・ダイヤモンド』が仗助の意志に従い、拳を振るった。それは一撃でアンドロイドの装甲をへこませる。
「このデカ――」
仗助は更に追撃をしようとする。
アンドロイドが反撃をしようと魔力を口に溜めるが、自らのスタンドにすら気付かない仗助には、その威力が察せられなかった。
だが――。
「『スター・プラチナ』」
承太郎がスタンドを発動させ、時間を止めた。
そして時間が止まった世界で、隣に立つ仗助とそのスタンド見た。
「やれやれ、友人の危機に覚醒するか。間違いない、お前はジジイの子供だ」
承太郎は呆れながら、アンドロイドに近づいた。
そして、『スター・プラチナ』で拳打のラッシュを浴びせる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!」
アンドロイドはその体をデコボコにひしゃげさせながら、地面の石畳を砕いて、地面に埋まるまで殴られる。
「硬いな。コイツが千体もいるのか」
康一と例のシステムで情報を確認した時、確か個体数にそのような表記があったはずだ。
そして時は動き出す。
「――ブツ野郎!! って、あれ?」
仗助は目を丸くした、先程まで目の前に立っていたアンドロイドが、ボコボコになって地面に埋まっている。更には、自分の周囲に立っている謎の人影にも驚いた。
「う、うわ! うわ! なんだコレ! だ、誰だよお前!」
自らのスタンドに問いかけるも、スタンドは無言。
「ふぅ、それはスタンド――《学園都市》で使われてる、超能力みたいなもんだ。そしてそのスタンドは仗助、お前の力だ」
「ふぇっ、お、俺ッスか。このムキムキのヤツが俺の超能力?」
仗助は自らのスタンドを訝しげに睨みつつ、自分の思ったとおりに動くことに気付き、喜びの声を上げた。
そこへ、吹き飛ばされていた康一と薫が起き上がり、近づいてきた。
「二人とも大丈夫か」
「は、はい何とか。薫君が助けてくれたんで」
「俺も大丈夫です。ちょっと拳がヒリヒリしますがね」
薫は手首をプラプラとさせる。右手は赤くなってはいたものの、骨は折れてないようだ。
「仗助と……豪徳寺君だったな。二人には助けられた。ありがとう」
「ふへへ、いいっすよ~。そのうちメシでも奢ってくれれば」
「こ、コラ仗助! いえ、自分の力の至らなさが身に染みたっす」
調子に乗る仗助に対し、薫が諌めた。
「康一君。二人は力になる。協力を求めよう」
「で、でも――」
「超鈴音、それに千雨。彼女らの言っている事が分かった気がする。今、この街の災厄には多くの力が必要なんだろう。だからこそ、あんな演説をして、こんなシステムまで持ち出したんだろう」
承太郎が手に投射ライトを取り出した。
「もはや一蓮托生だ。それに、こいつは戦争だぜ。一人では誰もが何も為せなくなっている」
その言葉に、康一も言葉を返せなくなる。
康一とて異能の力を持ちながらも、先程の攻防でまったく役に立たなかった。それどころか避難を薦めた二人に助けられたくらいなのだ。
自分の慢心を諌める。どこか虹村形兆を倒した事で、増長していたのかもしれない。思い出せば、あの戦いとて承太郎の助けがあって、初めて倒せたのだ。
康一は仗助と薫に向き直り、頭を下げた。
「ごめん、二人とも。さっきの言葉は取り消すよ。僕を助けて欲しい、僕は世界樹広場まで行かなくちゃいけないんだ」
それに対し、二人は笑みを作った。
「顔を上げろよ康一。それに忘れてるぜ」
「あぁ、これはお前だけの喧嘩じゃねぇ。俺達の喧嘩だ。クソ野郎のとこまではしっかりと送り届けてやるぜ」
周囲に戦いの音が溢れていた。
その中で、康一は二人の言葉に心強さを感じた。
四人は顔を見合わせる。
「行こう」
承太郎が素っ気無く急かし、走り出す。
康一達三人はそれを追いかけた。目指すは世界樹広場。
四人は遅れを取り戻すべく、足を速めた。
つづく。
(2012/02/29 あとがき削除)