<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

赤松健SS投稿掲示板


[広告]


No.21114の一覧
[0] 【完結】千雨の世界 (千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)[弁蛇眠](2012/08/14 15:07)
[1] プロローグ[弁蛇眠](2011/10/04 13:44)
[2] 第1話「感覚-feel-」[弁蛇眠](2011/10/04 13:43)
[3] 第2話「切っ掛け」 第一章〈AKIRA編〉[弁蛇眠](2011/11/28 01:25)
[4] 第3話「図書館島」[弁蛇眠](2011/10/16 18:26)
[5] 第4話「接触」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[6] 第5話「失踪」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[7] 第6話「拡大」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:26)
[8] 第7話「double hero」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[9] 第8話「千雨の世界ver1.00」[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[10] 第9話「Agape」 第一章〈AKIRA編〉終了[弁蛇眠](2012/03/03 20:28)
[11] 第10話「第一章エピローグ」[弁蛇眠](2012/03/03 20:29)
[12] 第11話「月」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉[弁蛇眠](2012/03/03 20:30)
[13] 第12話「留学」[弁蛇眠](2011/10/16 18:28)
[14] 第13話「導火線」[弁蛇眠](2011/08/31 12:17)
[15] 第14話「放課後-start-」[弁蛇眠](2011/08/31 12:18)
[16] 第15話「銃撃」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:32)
[17] 第16話「悲しみよこんにちは」[弁蛇眠](2011/10/16 18:29)
[18] 第17話「lost&hope」[弁蛇眠](2011/08/31 12:21)
[19] 第18話「その場所へ」+簡易勢力図[弁蛇眠](2011/08/31 12:22)
[20] 第19話「潜入準備」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[21] 第20話「Bad boys & girls」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[22] 第21話「潜入」[弁蛇眠](2011/10/16 18:53)
[23] 第22話「ユエ」[弁蛇眠](2011/10/16 18:55)
[24] 第23話「ただ、その引き金が」[弁蛇眠](2011/08/31 13:06)
[25] 第24話「衝突-burst-」[弁蛇眠](2011/08/31 15:41)
[26] 第25話「綾瀬夕映」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[27] 第26話「sorella-姉妹-」[弁蛇眠](2011/10/16 18:56)
[28] 第27話「ザ・グレイトフル・デッド」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:35)
[29] 第28話「前を向いて」[弁蛇眠](2011/08/31 16:19)
[30] 第29話「千雨の世界ver2.01」[弁蛇眠](2011/10/16 19:00)
[31] 第30話「彼女の敵は世界」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉終了[弁蛇眠](2011/08/31 16:27)
[32] 第30話アフター?[弁蛇眠](2012/03/03 20:37)
[33] 第31話「第二章エピローグ」[弁蛇眠](2011/08/31 16:30)
[34] 第32話「声は響かず……」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[35] 第33話「傷痕」 第三章[弁蛇眠](2011/11/28 01:27)
[36] 第34話「痕跡」[弁蛇眠](2011/08/31 16:33)
[37] 第35話「A・I」+簡易時系列、勢力などのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:39)
[38] 第36話「理と力」[弁蛇眠](2011/08/31 16:36)
[39] ifルート[弁蛇眠](2012/03/03 20:40)
[40] 第37話「風が吹いていた」[弁蛇眠](2011/08/31 16:38)
[41] 第38話「甘味」[弁蛇眠](2011/10/16 19:01)
[42] 第39話「夢追い人への階段――前夜」[弁蛇眠](2011/10/16 19:02)
[43] 第40話「フェスタ!」[弁蛇眠](2012/03/03 20:41)
[44] 第41話「heat up」[弁蛇眠](2011/10/16 19:03)
[45] 第42話「邂逅」[弁蛇眠](2011/10/30 02:55)
[46] 第43話「始まりの鐘は突然に」[弁蛇眠](2011/10/24 17:03)
[47] 第44話「人の悪意」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[48] 第45話「killer」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[49] 第46話「終幕」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[50] 第47話「そして彼女は決意する」[弁蛇眠](2011/10/27 15:03)
[51] 第48話「賽は投げられた」[弁蛇眠](2012/04/14 17:36)
[52] 第49話「strike back!」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[53] 第50話「四人」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[54] 第51話「図書館島崩壊」[弁蛇眠](2012/02/21 15:02)
[55] 第52話「それぞれの戦い」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[56] 第53話「Sparking!」[弁蛇眠](2012/02/25 20:29)
[57] 第54話「double hero/The second rush」[弁蛇眠](2012/02/27 13:56)
[58] 第55話「響く声」[弁蛇眠](2012/02/29 13:24)
[59] 第56話「千雨の世界verX.XX/error」[弁蛇眠](2012/03/02 22:57)
[60] 第57話「ラストダンスは私に」[弁蛇眠](2012/03/03 20:21)
[61] 最終話「千雨と世界」[弁蛇眠](2012/03/17 02:12)
[62] あとがき[弁蛇眠](2012/03/17 02:08)
[63] ――――[弁蛇眠](2014/11/29 12:34)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[21114] 第48話「賽は投げられた」
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2012/04/14 17:36
 吉良吉影は世界樹広場の中央でポツンと立っていた。
 現在時刻は三時のほんの少し前。
 たった今、平行世界からやってきた自分と同化し、その記憶を受け継いだ。
 平行世界を移動できる『バイツァ・ダスト』の能力は複雑だ。発動条件も多く、その使用は易々と行なえない。
 この能力を使うためには、まず自分が危機に陥ってなければいけない。それは身体的であったり、精神的であったり様々だ。
 そして、世界を一度超える度に、吉良は人ひとりとの『絆』を失う。人といっても、そこらに歩いている人物との『絆』では無い。名前を知り、何かしらの強い縁で関係してないといけない。そこに好悪は関係無いので、吉良は自らが殺した人間や、スタンドで縛り付けた人間との『絆』を使い、平行世界移動の糧にしている。吉良はそれら『絆』を『弾丸』と呼んでいた。
 『絆』を失うと、吉良はその人間に関する記憶を失う。思い出などは、その人物の顔だけ黒く塗りつぶされた様になり、幾ら考えても名前や顔を思い出すことは出来ない。
 一見するとすさまじい能力に思える『バイツァ・ダスト』だが、これらの条件が揃って初めて吉良は世界を超えられるのだ。
 その条件故、無限に移動し続ける事は叶わない。
 また移動した先で、違う世界の自分と出会うと、肉体が同化してしまう。同化すると片方の肉体の怪我や部位欠損を、もう片方の肉体で補う事が出来る。そして記憶も共有出来るのだ。
 これも一見メリットに見えるが、同化する事により『絆』――吉良が『弾丸』と呼ぶものの残弾数も継承される。
 吉良は平行世界から平行世界に渡り、自らの理想のために繰り返し麻帆良に攻撃を仕掛けている。
 その中で吉良は様々な事を学んだ。魔法使いとの戦い方、《学園都市》の行動、そして他の勢力の介入。
 吉良にとって、この繰り返される一時間は、自らにとっての最高の形で終わらなければならない。八十点や九十点に意味は無く、あくまで満点が要求される。
 それを考えれば『弾丸』の残弾数こそが彼の生命線であった。ましてやこの『弾丸』の中には、彼が要注意人物としている人間も含まれる。彼らに関する記憶を失えば、吉良は為す術も無く即死する、などという事もありえる。
 そして、この平行世界というのも厄介だった。彼は少し前にこの能力に目覚めたものの、使った回数は少ない。
 何しろ『平行世界』という定義が曖昧なのだ。どの様な世界に行くのかも不明であり、もしかしたら地球の存在しない世界へと飛ぶかもしれない。なので、吉良はこの能力を慎重に使わねばならなかった。
 だが、この麻帆良祭の間だけは違う。数々の時間軸との繋がりを持つ世界樹、その力が発揮されるこの三日間だけは、世界樹の補助により安全に能力が使えた。
 更に世界樹の平行世界を作り出しループさせる『ビューティフル・ドリーマー』と共に使用すれば、擬似的な時間逆行まで出来た。
 一つ前の世界の終わりから、吉良にとってのスタート地点であるこの三時少し前へと。吉良は数多く時間を繰り返しているのだ。

「果たして何回目やら……」

 吉良は考えるものの、その答えは出ない。吉良の中には数多くの経験はあるものの、それらは情報としての概念が強い。感覚的には一年前の日記を読み返している気分だった。
 吉良は数多くの自分と統合し、もはやその末端まで数え切れないのだ。それに、おそらくは自分が敗北し、死に至った時間肢もあるだろう。
 ならば、自分への絶対の協力者であり、平行世界を観測出来る世界樹に聞こうかとも思うが、それも難しい。
 均等に切り分けられたホールケーキのどれが一番目なのか、それは本当に一番目なのか。おそらくは答えが出ないだろう。平行世界とは空間的にも、時間軸的にも繋がりを密にしながら、整然と並んでいるものらしい。
 世界樹はそのうちの一時間だけを切り取り、無理矢理先端と末端を繋ぎ合わせている。無限の螺旋に似たその平行世界の数々に、終わりは無い。
 だが、始まりを求めるのならば、この世界樹のスタンド能力を発動、暴走させたあの時だろう。
 高畑・T・タカミチ、魔法使い、そして長谷川千雨を殺したあの世界。
 その後、何度も戦っている相手達だが、最初の戦いは印象に残っていた。長谷川千雨から取り上げた拳銃は、今でも吉良の懐にあった。

「長谷川千雨、か」

 彼女が自分のいる世界樹広場まで辿り着いた回数はほとんど無い。大抵こちらの戦力を軽くぶつければ終わるのだ。
 最初こそ危険視していたものの、現在はさほど注意していない。情報能力には長けているのだろうが、それ以外は特に注視すべき所も無かった。

「彼女の手は綺麗だった」

 だが、その手には魅力があった。艶と光沢のある皮膚。昨日、軽く触れた際に感じた瑞々しさ。
 吉良には奇妙な性癖があった。それは女性の手を好む、という所だ。この時、手以外の部位は吉良にとって不要であり、彼は幼少からその性癖に悩まされていた。
 だが、ふとした事で手に入れたスタンド能力、そして《矢》により彼の性癖は止められなくなる。
 スタンドで女性の手首だけを切断し、女性そのものは肉片すら残さず爆発させてしまう。
 彼はそれを様々な方法で行い、世界樹の助けで隠蔽し続けたのだ。魔法使いの存在を知っても、彼はその行いをやめられず、様々な場所で性癖を処理し続けた。
 吉良にとっては日常であり、当たり前の行いだった。同時に、これが世間的に異常なのも、聡い彼は理解している。
 吉良の知能は、この日常を続ける事が可能と判断している。それは彼のスタンド能力、そして世界樹の存在が後押ししていた。
 されど、問題もある。それは魔法使いの存在であった。
 麻帆良という土地に根付く、吉良の憎悪の対象。彼らは吉良の人生を狂わせ、その日常すら奪い取ろうとしている。吉良にとっては許せざる存在だ。
 彼は虎視眈々と計画を練っていた。世界樹の力が最大に活かせる年まで待ち、計画を行なうはずだったが、その狙いは早まる事となった。
 この春先に起きた『スタンド・ウィルス』事件、そして麻帆良襲撃事件。一連の事件の中で、吉良は麻帆良と周囲の組織や団体との、危うい均衡を知る。
 吉良にとって欲しいのは、この麻帆良で営む〝彼にとっての〟日常だ。
 その日常に魔法使いなどはいらない。ましてや《学園都市》も、他の危険因子も論外だ。
 吉良にとって今回のこの行動は、麻帆良という街のクリーニングに近い。魔法使いを排除する事はもちろん、外部の麻帆良にちょっかいを出す可能性のある存在を出来るだけ引き寄せ、潰し合わせて全員を消す。
 その上で、世界樹の力で地ならしをするのだ。元々世界樹には『告白を絶対実らせる』などという洗脳染みた力の余波があった。その力とスタンドの力を合わせれば、その存在ごと抹消出来る。
 自らが為された事と、これから自分が為そうとする事。その二つに共通点がありながら、吉良はその矛盾に躊躇しない。彼のエゴイズムの発露でもあった。
 もちろん地ならしの際には写真や書類、様々な場所に消えた存在の痕跡を残すだろうが、それは問題では無い。なにせその時にはもう本当に存在しないのだから。
 これだけの事をやりつつも、吉良は自分が作り出すだろう日常が、恒久的では無い事を理解している。終わらない日常など望むべくも無い。だから、彼にとっては数年、もしくは数十年の日常を得る闘争なのだ。

「そろそろか……」

 時間はもうすぐ三時を示そうとしていた。今の吉良にとっては初めての――数多の平行世界の吉良にとっては馴染みの――惨劇の幕を開けねばならない。

「ザ・ゲーム」

 背後に立つ吉良のスタンド『Queen』が何かを握りこんだ。小さな爆弾が、手の平に大量にあった。
 彼の能力『ザ・ゲーム』は、能力者にとってのリスクにより、その効果範囲は跳ね上がる。
 吉良が世界樹の協力の下、指定した空間は麻帆良市内、その中に存在する一定の常人離れした素養の持ち主、魔法使い、スタンド使いに向かい、小さな爆弾を放つのだ。
 この能力を使えば、多くの人間が自分の名前を知ることになる。世界樹広場の監視カメラを破壊しないのも、自らの顔をカメラに残すという『リスク』のためだ。
 だが、吉良とて逃亡手段を持っていないわけでは無い。彼はこの仕事を完遂したら、顔と名前を変えてもう一度麻帆良に住む算段をつけてある。
 準備は万端。
 広場から見下ろす形になる大通り、そのはるか遠くに『学園全体鬼ごっこ』に参加する民衆の群れが見えた。おそらく三時のスタートが待ちきれず、興奮しているのだろう。
 吉良が三時という時間を選んだのは、このイベントのためだった。
 あれだけの民衆が固まって存在しているのだ。魔法使い達の薄っぺらいモラルは、民衆の犠牲を是としない。
 単純な話、魔法使いが総出で吉良のいる場所にくれば、彼らの勝利で終わるだろう。
 まぁ、仮にそうなったとしても、吉良はある意味諦めがつく。その時はきっと他の平行世界の自分がどうにかするだろう、と。
 この戦いは吉良にとって勝利が確定しているのだ。吉良はリセットボタンを押すことが出来、同時に試合終了のホイッスルも持っている。ただ、良い出目を待ち続けるだけでも良いのだ。
 ただ一つ問題があるとすれば、リセットボタンの回数だけなのだ。
 彼の中にある『弾丸』は、果たしてピーク時の何割なのか分からないが、それでも多いという程では無い。
 一抹の不安も、焦燥もある。
 それでも――。

「三時か……」

 時計の鐘が午後三時を示す。
 吉良はそれと同時にスタンドのスイッチを押し、世界樹への合図も送った。
 世界樹が巨大な念話の糸を麻帆良市内に伸ばしていく。それらの標的は、世界樹の中でしっかりとリサーチされていた。念話の糸と同時に彼のスタンドの基点となる〝波〟も広がった。
 用意が整うと、吉良は幾度繰り返したか分からない言葉を吐く。
 疲れは見せない。あくまでふてぶてしく、道化染みて言わねばならない。

「さぁ『ゲーム』を始めよう」

 世界樹が光を放った。







 第48話「賽は投げられた」







「ここでいい」
「はっ?」

 ヘリコプターのパイロットをしている三等陸佐は、その言葉の意味を図りかねた。
 彼が運んでいる人間は、国家にとっても重要な人物であり、最大限の便宜を図って対応される。そんな超VIPな客が、不明瞭な事を言い始めた。

「で、ですが範馬様。まだ麻帆良には着いておりませんが――」

 パイロットの代わりに、副パイロット席に座っていた陸佐が疑問の声を上げる。

「ここでかまわん。このままだと祭りに間に合わん」

 そう答えたのは一人の大男だ。
 壮年の様に見えるが、筋骨隆々にして、肌は艶々と若々しく輝いている。
 柔道や剣道を思わせる道着を着ており、筋肉ははちきれんばかりに道着を圧迫していた。
 その男こそ範馬勇次郎。
 人間にあって『地上最強の生物』と畏怖される人物だ。
 普通の人間なら、肉体はとうにピークを越え、老化に蝕まれている年齢だろう。
 だが、彼は違う。壮年たる域に達してなお、勇次郎の肉体は成長を続けていた。『地上最強』の異名は、何も腕っ節だけでは無いのだ。『細胞の老化』すら彼には勝てなかった。
 そして彼の伝説は、今なお多数の国家や政府に足跡を残している。範馬勇次郎がアメリカに向かえば、大統領が賓客として勇次郎を招こうとするぐらいだ。
 今、勇次郎は麻帆良に向かっていた。
 虫の囁きとも言う。彼の直感に閃くものがあったのだ。彼の闘争本能に根付く、強い欲求を満たす存在が。

「匂いだ。芳醇な戦いの香りだ。荒れるぜ」

 勇次郎は事も無しに言う。付き添いの自衛隊員は首を傾げた。
 彼らの任務は『範馬勇次郎氏の護送』である。
 勇次郎が現職の総理に、麻帆良について問いただしたのだ。そこで判明したのは国際警察機構による作戦の一部である。勇次郎はそれに興味を示したが、総理はどうにか勇次郎に諌めるように説得したのだ。
 総理は勇次郎の死亡や怪我を危惧したのだ。勇次郎の影響は計り知れない。アメリカの大統領は彼のファンであるし、ただ日本に範馬勇次郎が存在しているだけで、それは外交のカードにすらなり得るのだ。
 だが、たかが一国の総理に勇次郎が止められるはずも無く、妥協点として自衛隊による護衛が付き添われる事となった。
 勇次郎のヘリの背後には、一個中隊を乗せたヘリが幾つか追随して来ている。彼らは『範馬勇次郎に何かがあった場合、速やかに彼を回収する事』と命令されていた。
 故に知らない。彼らは〝どちらが護られている〟かを。
 蟻が象の護衛をしようとしても、傍から見れば脅威は象だけなのだ。むしろ象が蟻を護っていると判断するだろう。
 総理の認識も浅はかであった。なぜ勇次郎が『地上最強の生物』と呼ばれているのか、その意味や大きさを知らず、総理という椅子へと座ってしまった。勇次郎の存在は国家機密に近かいため、代替わりの激しい日本の総理が、その言葉の意味を履き違えるのも無理は無いのだが。
 勇次郎の先程の発言の意味は理解出来ぬものの、ヘリのパイロットは彼が着陸を望んでいると意志を汲んだ。

「では、少しお待ち下さい。今着陸できる場所を――」
「その必要はねぇ」

 勇次郎がぬぅ、っと手を伸ばした。
 ヘリの背後の席にふんぞり返ってた勇次郎が、座ったまま金属製のドアに手を当てた。そしてそのまま――。

「ひぃッ!」

 その光景をしっかり見てしまった副パイロットが悲鳴を上げる。ロックの掛かっているはずの金属製のドアそのものを、勇次郎は片手でグシャリと握りつぶしたのだ。
 ギャギャギャ、と甲高い音がヘリ内に響く。それは一瞬ローター音すらかき消す音だった。
 まるで壁に掛かったポスターを手の平で掴んで握りつぶすかの如く、ヘリのドア一枚を無造作に掴んで、本体から引き離してしまった。
 そのまま勇次郎はドアを虚空に放り出すと、自らも身を乗り出してドアの先――空中――へと向かう。

「じゃあな、悪くない乗り心地だったぜ」
「待ってください! 範馬様――」

 副パイロットの制止も聞かず、勇次郎は空中へと体を投げ出した。現在ヘリは千メートル近い上空にいる。勇次郎はパラシュートすら着けてない、普通に考えれば地面にぶつかり即死だ。
 パイロットは副パイロットに状況を確認しろと、大声で命令した。
 副パイロットは旋回するヘリの中で、窓に張り付いて勇次郎の姿を探す。

「いた!」

 幸い空から飛び降りる勇次郎の姿はすぐに発見できた。しかし、あと十秒もすれば地面と激突してしまうだろう。副パイロットはその場面を想像し、背が凍った。
 しかし――。

「え?」

 勇次郎は地面と激突した。激突はしたものの、まるでピンピンしていた。ヘリの高度はまだ五百メートル程あり、本当に怪我が無いかまでは判断出来ない。
 それでも、地面に小さなクレーターが作られた場所から、範馬勇次郎は意気揚々と走り出したのだ。

「う、嘘だろ」

 取り出した双眼鏡のレンズ越しに見える光景は、彼の持つ常識を覆すものだった。
 勇次郎はそのまま走り出し、車道を飛ばす車を次々と追い抜いていく。ヘリも勇次郎を追いかけ始めたが、なんとか引き離されないで済むという程度だ。とても生身の人間と競争してるとは思えない。

「な、何なんだよ、コレ」

 自衛官としての口調も忘れ、肉眼に映った光景に、パイロットの陸佐も呟いた。
 勇次郎は走りながら笑みを強くする。近づけば近づく程、匂いはより濃くなっていった。
 彼の走る先には、麻帆良学園都市があった。



     ◆



 範馬勇次郎が麻帆良を目指していた時、その青年は悠々と麻帆良内を歩いていた。
 金髪を軽くカールさせながら、後頭部へと流している。黒を基調とした上下の服は、日本でなら学生服としても通用しそうなデザイン。白い肌と高い鼻を見る限り、日本人では無さそうだった。
 瞳の色は青、その双眸の奥底にはぐつぐつと煮えたぎった強い意志があった。
 彼の名前はジョルノ・ジョバァーナ。
 つい先日、十代という若さでイタリア内部のとあるギャングのトップになった青年だ。
 そしてそのギャングは千雨達とも関係があった。《学園都市》にて夕映達を襲ったスタンド使い、彼らが所属していたのもジョルノのギャングファミリーである『パッショーネ』だ。
 もっとも、その指示を出したのは先代のボスであり、現在のボスであるジョルノはその事実も知らなかったが。

「ここに《矢》があるんですね」
「ですね。間違いないようですボス」

 ジョルノの言葉に、背後に立つ青年が答えた。
 幾分日焼けした肌に、金色の髪が逆立っている。されど、彼の醸し出す雰囲気は理知的であった。
 それもそのはず。今のジョルノの右腕にして参謀役のパンナコッタ・フーゴだ。

「国際警察機構が動いてるらしいのは、うちの情報員が調べ上げました。《学園都市》も怪しい、というタレコミもあります。二ヶ月前の『スタンド・ウィルス』事件以降も、この場所に《矢》があると、多くの組織がアテを付けている様です」

 フーゴの補足に頷くジョルノ。そこでふと気付いたフーゴが顔をしかめた。ジョルノの傍にいるべき人物がいないのだ。

「おい、ミスタ! 何をやってやがる!」
「んん、何やってるかって? 決まってるだろ、ナンパだよナンパ」

 フーゴの罵声に答えるのは、奇妙な形の帽子を被った青年だ。
 ピッタリと張り付いたトップスに、皮のズボンを履いている。ビジュアル自体悪くは無いものの、彼の物腰が三枚目を演出してしまっている。
 その青年――グイード・ミスタはどうやら周囲に色めく女性達に我慢できず、口説こうとふらふらしていたらしい。だが、言葉の壁は厚く、日本語が喋れないミスタは総スカンを食らってしまう。

「貴様はボスの護衛だろう! ボスから離れてしまってどうする!」
「んな事言ったってよ~、俺は銃無けりゃスタンド使えないし~」

 彼らは東京から車を使い、駅がある東地区とは逆側、西地区から麻帆良へ入った。
 だが、いざ巨大な学園の敷地に入ろうとした所で、簡単な金属チェックやら手荷物検査に掴まってしまったのだ。
 その時、ミスタは所持していた拳銃と弾丸を〝一時的〟に手放している。

「その事なら大丈夫ですよ、ミスタ」

 ジョルノがニコリと笑い、手をかざす。そうすると上空から一匹の小鳥が降りてきた。

 手に小鳥が止まるやいなや、ジョルノは小鳥を覆うように、右手で握った。
 すると――。

「どうぞ、ミスタ」
「お、悪いな」

 小鳥が拳銃と弾丸へと変化した。いや、〝戻った〟のだ。
 ミスタは拳銃の重さを確かめながら、弾倉の中身もチェックする。周囲の人間も、お祭り騒ぎやら仮装などで、ミスタが拳銃を持っていても、オモチャかモデルガン程度にしか思わないようだ。
 弾丸を詰め終わると、ミスタは拳銃を腰に差す。そして、ジョルノの近くに侍り立った。
 並び立つ三人の若者は、一見すれば仲の良い三人の外国人に見える。学生同士で日本へ遊びに来た観光客、という所だろうか。
 しかし、彼ら三人はギャング『パッショーネ』のトップとその幹部であった。そして三人全員が『スタンド使い』でもある。
 先程の小鳥も、ジョルノのスタンド能力で、拳銃を一時的に生物へと変化させたものだった。

「では、《矢》があるか確認しておきましょう」

 ジョルノはそう言いながら、近くのベンチへと腰を下ろした。
 フーゴとミスタはジョルノを守るように立っている。

「『ゴールド・エクスペリエンス』」

 ジョルノの背後に、人型のスタンドが浮かび上がった。彼のスタンド『ゴールド・エクスペリエンス』だ。
 スタンドが右手をそっと差し開くと、手の平から何かが浮かびあがり始めた。
 それはスタンドの内部からせり出し、手の平にプカプカと浮かんだ。まるでコンパスの様に、何かは浮かびながらゆっくり回転している。
 それは《矢》だった。スタンド使いを産み出し、今この麻帆良をも混乱に巻き込んでいる《矢》。
 世界中に数個しかないと言われるソレの一つが、ジョルノの手の中にあった。

「さぁ、どうだ」

 ジョルノが呟くと《矢》がクルクルと回り始め、ある方向を指して止まる。
 指し示す先には、巨大な一本の木があった。



     ◆



 千雨はハッと意識を取り戻す。
 場所は自室、時刻は午後三時少し前を示している。

「夢、だったのか?」

 そんなはずは無い。ギュっと手を握ると、手の平に感触があった。開いてみると――。

「黒のキング……」

 チェスの駒。黒のキングが握られていた。

「夢じゃない。なら――」

 心に巡るのはアサクラのメモリー。あれこそがこちらのアドバンテージ。決して逃す事の出来ないチャンスたる起点。
 つい数分前まで、ただ祭りで遊んでいたのだ。本来なら、千雨の心は浮ついてるはずだった。
 しかし、アサクラの思い、記憶がそれを変えてくれる。あの凄惨な世界での出来事を再現させるわけにはいかない。

「これは――」

 世界樹を中心に〝波〟が広がった。千雨の知覚領域に、魔力的なネットワークを感じた。
 そして――。

『『ゲーム』を始めよう』

 かつて聞いた声。千雨の中にあるアサクラメモリーが、この男の顔を教えてくれる。
 千雨は口を結び、炎を内に潜める。これこそが始まり、これこそが打ち破るべき相手。
 吉良は知らない。
 たった一人の少女が、強い輝きを放ち、自分を見据えている事を。



     ◆



 湖畔は未だ静寂を保っている。

「時刻は?」

 国際警察機構の長官たる中条静夫は、隣にいた部下へと問いかける。

「はっ。あと二十秒で十五時になります」
「あと少しだな」

 中条は麻帆良の街並みを眺めながら呟いた。彼がいるのは図書館島のある湖のほとり、世界樹がある街の中心とは対岸にある場所だ。麻帆良結界のほんの少し外側から、麻帆良市内を遠く睥睨している。
 そして午後三時になった瞬間、世界樹が光った。それと共に、世界樹を中心に不可視の強烈な〝波〟が広がる。

「これは――」

 力の強烈な波動を感じながら、中条は口角を吊り上げた。

「間違いありません。おそらく時空間への力の振動です」
「やはり、か」

 世界には時折、時空間へ影響を与える得意な能力者が現れる。そのため国際警察機構では、それに即したデータの蓄積があった。世界樹の発した力を完全には解析出来ないものの、その感知はかなった。

「幻妖斉殿の未来視は間違いなかったですな」

 中条がそう言うなり、背後に老人が現れた。
 長く伸びたあごひげに、厳つい顔立ち。和服に長い杖を突くその姿は、珍しくも無い老爺に見える。しかし、その体躯を包むのは濃密たる魔力。魔法使いとしての能力は、極東一の魔法使いの近衛近右衛門とも並ぶと云われている。九大天王が一人、無明幻妖斉だ。

「ふん、どうだが。わしでも半信半疑じゃよ」

 幻妖斉はそう吐き捨てる。今回の件の一因となったのは、幻妖斉が見たという未来視であった。彼の持つ巨大な魔力は、不思議と本人に様々な危機を知らせる。されとて、本来未来視など出来ない幻妖斉であったが、今回の麻帆良の事件に関しては、なぜかその未来を垣間見たのだ。時刻や場所など、異常なくらい鮮明に、〝誰か〟に見せられてるかの如く――。
 違和感がある。まるで踊らされているかの様な。それは幻妖斉だけで無く、中条も感じているだろう。

「ですが――、お、これは」

 麻帆良を覆う結界に異常があった。魔法を専門としない中条でも感じられる異常。

「幻妖斉殿の仕事が減りましたな」

 麻帆良の結界の能力が著しく減退した。中条からすれば無いも同然である。
 本来なら幻妖斉に結界の通り道を作ってもらう予定だったので、これは僥倖だった。

「まぁ、どちらにしろ、もはや賽は投げられてしまった」

 中条はサングラスのブリッジを、ツイと指で上げる。それを合図に、中条の背後に次々と人が現れてくる。
 今まで何処に隠れていたんだ、というばかりの人数だ。麻帆良の湖の岸辺を埋め尽くさんばかりの人数。その多くの人間が、奇妙な格好をしていた。
 古代中国の武人を思わせる格好。手に銃などは無く、持つ得手は剣や槍に弓である。およそ近代兵器に劣る武具ばかりであるが、彼らが持てばそれは近代兵器をも超越する。なぜならば、中条の背後に並ぶ人々は《梁山泊》だからだ。国際警察機構極東支部の一員にして、英雄奸雄の群れ、それこそが《梁山泊》だ。
 《梁山泊》は中核となる百八人を中心に、千人近い軍勢を誇る。

「日本政府へ連絡を送れ。予定通り〝作戦〟を始めると」

 中条が部下へと指示を出す。
 この作戦は国際警察機構が政府首脳に圧力をかけて、認可を取ってあるものだ。その条件が『麻帆良が関東魔法協会の制御を離れたら』というものである。
 結界は効果を失った。
 視界には光る世界樹だけで無く、異常な振動の余波までが感じられる。魔力の異常活発もあった。噴火直前の火山、麻帆良をモニタリングしている研究員がそう例えた。
 小刻みな揺れが起こった。それは段々強くなる。
 そして気が付けば、また中条の周囲には人影が増えていた。幻妖斉を含め、総勢八人もの人間が中条を囲んでいる。

「久しぶりの九大天王の全員集合か」
「それほどの事態であるのか」

 九大天王であるディック牧と大あばれ天童が言う。
 九大天王――中条を始めとした国際警察機構のエキスパートの頂点たる九人である。本来彼らのうちの一人で街一つを壊滅出来る程の超人揃いだ。それが九人全員、更には《梁山泊》という軍隊までが、この場所には揃っている。

「場合によっては最悪の事態だ。だが好機でもある」

 中条は笑みを崩さない。

「現在、麻帆良はその制御を失っている。極東の一大霊地たる麻帆良、神木たる世界樹も暴走。住民達への被害は防げないだろう。その要因は様々だが、例の《矢》の件もある。そして《楽園》の技術――」

 チラリと図書館島を見た。

「麻帆良はその小さな器に、数々の物を抱え込みすぎた。その器の破壊は周囲の無辜(むこ)たる住民にも及ぶ。ならば我々がその器となってやろうではないか」

 中条は嫌らしく笑みを強めた。

「我らの目的は世界樹の奪取、及び《矢》の回収。ついでに《楽園》の技術も回収していこう。この状況に至っては国際図書法も有名無実化だ。《梁山泊》の人員を回せば、図書館島の制圧も軽かろう」

 先ほど連絡の指示を出された部下が中条に近づき、耳元で何かを伝えた。

「なに、《学園都市》に動き。ふん、我らに合わせてでしゃばるつもりか」

 苦々しそうに顔をゆがめる。

「時間は無さそうじゃな」
「そうですな。拙速が要求されるかと」

 幻妖斉の言葉に、中条が答える。
 中条はくるりと振り返った。目の前には英雄奸雄の群れが立っている。それらの一人一人が中条を見つめていた。

「皆の集! 今、麻帆良は危機にある。彼らには我らの正義が必要だ。我らの力を示す時が来たッ!」
「応ッ!!!!!」

 中条の鼓舞に、数百の声が破裂した。武侠達の目が熱く燃える、目の前の戦場に涎を垂らしているかの様だ。

「狙うは世界樹、そして図書館島だ! 往くぞ、皆の集!!」

 手を挙げ、一気に振り下ろす。中条のその仕草だけで、英雄奸雄は一斉に、そして一直線に戦場へ向けて走り出した。
 麻帆良の中心へは、湖がその道を妨げている。だが《梁山泊》の兵(もののふ)たる彼らには関係ない。水上を超人的な速度で走った。千人に近い人間が、一斉に水上を走っている光景は圧巻である。
 更には上空で、巨大な輸送機が周回を始めた。それは国際警察機構のある兵器が収められている。
 本来なら結界を無効化してから投入する予定だったが、早めてもいいかもしれない。
 戦力は万全。これで《学園都市》の横槍さえ入らなければ、作戦は完遂出来るだろう。

「――『麻帆良制圧作戦』の発動だ」

 ニヤリと微笑む中条に横槍が入る。

「して、わしらはどうするんじゃ」

 幻妖斉が過剰なまでの戦力の投下に、半ば呆れている。

「なーに、決まっています。私らは九大天王。悠々と、そして大胆に突き進みましょう」

 その言葉に、周囲に同意する雰囲気が漂った、彼らは視線を交わし、軽く首肯する。

「では、行こうか」

 中条が地面を足裏で軽く叩くと、その地面が爆ぜた。次いで、中条の周囲の地面も次々と爆発していく。その回数は九。土煙が晴れたその時には、もはや九大天王の姿は水上の遥か遠くにあった。



     ◆



 手の中の拳銃の残弾を確認する。
 伊達メガネにブレザー、チェックのスカート。
 栗色の髪は首の後ろで素っ気無く纏める。それはいつもの千雨の制服姿に他ならない。
 千雨は早足で女子寮の中を歩く。
 吉良の巨大な念話が始まった時から、千雨は部屋を出て玄関へ向かっていた。
 その間も吉良は高らかに何かを言い放っている。
 それを耳朶にもかけず、千雨は臨戦態勢を整えていた。

「アキラ、夕映」
(ち、千雨ちゃん、コレって……)
(千雨さんも聞こえてるデスか。この男の声が)

 千雨は自らのラインを使い、二人に呼びかける。未だ、吉良の言葉は終わっていない。

「あぁ、聞こえている。二人とも、受け取ってくれ」
(え?)

 どちらの疑問の声だったろうか。千雨は有無を言わさず、二人にアサクラメモリーを送りつける。
 本来であったら画像程度しか送れないはずのラインを、千雨は自らの力の成長と共に広げていた。
 己の中にある、違う世界の自分の記憶、アサクラの思い、それらをラインを通して二人の脳内へと注ぎ込む。

(――ッ)
(うぅ)

 二人から喘ぐ声が聞こえた。ほんの数秒で無理矢理見せられる、超高速のムービー。情報だけが先を行き、それらに伴う感情や感慨にまで至らない。
 それでも、千雨は問いかけずにはいられなかった。残された時間は少ない。

「どうだ、二人とも」
(千雨ちゃん。この映像って本物なの?)
「あぁ、間違い無い」

 千雨はアサクラメモリーを送ると同時に、その入手の経緯も添付してある。突如脳内に現れた情報の冊子に驚いていたが、アキラは千雨を信じていた。

「夕映は?」
(――はい、驚いてます。今のこの放送、そして彼の、吉良吉影のおおよその目的まで。荒唐無稽な話です。ですが――)

 夕映は一拍置いた。

(このふざけた思考回路は、あちゃくらに間違いありません。ならば、この情報は確かデス。あのアホウも、たまには良い仕事をするデス)
「そうか」

 千雨は夕映の言葉に少し嬉しくなる。と同時に、夕映の口調に怒りが含んでいた事も感じた。
 三人が会話する間も、吉良の演説は続く。

(千雨ちゃん、私はどうすればいい?)

 アキラの問いかけ。そこに千雨の行動への疑問は無い。それは夕映も同じだった。
 二人は知ってた。
 嵐の中でこそ、千雨という少女は立ち上がるのだ。
 そこに小奇麗な姿は無い。例え泥にまみれ様と、千雨は起き上がる事だけは知っているのだ。
 千雨といた二ヶ月で、彼女たちはそれを良く理解していた。

「二人に頼みがある。先生を――先生を世界樹広場まで連れて来てくれ」

 千雨の思いが駆け巡る。死に体のウフコックを、更に死地まで運ぶという葛藤。

(千雨さん。でもそれは――)

 夕映の逡巡、それを、アキラが遮った。

(分かったよ、千雨ちゃん。私、図書館島の前にいるんだ。すぐにウフコックさんを連れてくるね)
(ア、アキラさん)

 夕映は自らの肉体の治療のために、図書館島の地下へは良く行くのだ。故に、なんとなくウフコックの事は察していた。
 しかし、それはアキラも同じだった。彼女は先程まで図書館島の地下で、ドクターから千雨の悩み、強いてはウフコックについても、それとなりに聞いている。

(夕映、ウフコックさんの事なら私も千雨ちゃんも知っているよ。でもね、ウフコックさんの事なんだよ、千雨ちゃんが悩まないはずは無い。それでも、千雨ちゃんは私達に頼んでるんだ。だから、私達が信じてあげなきゃ)
(――ッ!)

 二人の会話を、千雨はただ無言で聞いていた。
 女子寮の玄関が近づく。自動ドアを出て、女子寮の門を通る。
 遠くに世界樹が見えた。千雨は、あの場所へ向かわねばならない。

『さぁ、始めよう。『ザ・ゲーム』だ』

 吉良の強い宣言の声が聞こえた。その瞬間、体に痺れが走る。

「ぐっ」

 胸元への圧迫感。見れば、そこにはかつての記憶通りに、小さな爆弾型のスタンドがあった。

(これが……)
(爆弾デスか)

 アキラと夕映もスタンドを確認したらしい。

「こいつも含めて、全部に決着をつける。けれども、わたしだけじゃ駄目なんだ。先生が、先生がいないと、わたしは――」

 ウフコックの事を考えると、先程まであった強い意志が揺らぎそうになる。
 そんな千雨を理解したのか、夕映が言葉をかけた。

(今、私は2-Aの教室デス。近くはありませんが、私も図書館島に向かいます。絶対にウフコックさんを、世界樹広場まで届けます。だから、千雨さんも必ず来てください)
(まかせて、千雨ちゃん。私達が、絶対に届けるから)
「――――ッ!」

 千雨は二人に肩を強く叩かれた気がした。
 いつかの千雨は、吉良への戦いに向かいながらも、ウフコックがいないというだけで孤独に襲われていた。
 だが、今は違う。
 千雨は共に戦ってくれる仲間を、強く感じた。
 その時、音がした。

「え?」

 吉良の宣言の直後、麻帆良の上空に花火の音が響いた。昼花火だろうか。
 破裂音のわりに、空には大きな火花は見えなく、小さな煙が空中に少しだけあった。

「なんだ、アレ」

 小さな呟き。空から何かが降って来ている。小さな粒。どうやらあの昼花火の様な物と共に打ち上げられた〝なにか〟らしい。
 その小さな粒は、麻帆良市内に大量にばら撒かれた。
 そして、唐突に麻帆良の上空に巨大な人影が現れる。
 ホログラム。立体映像たるその存在を、千雨はクラスの出し物で散々知っていた。
 また、その映像に映る人影も。

『ニーハオ、麻帆良の皆様。私の名前は超鈴音。今から皆様に早急に伝えねばならない事があるネ』
「超……」

 千雨は空を見上げた。と、同時に携帯電話が震える。二つ折りの携帯電話を取り出すと、ディスプレイを開いてないのに、本体から光が発せられた。
 立体投射。ホログラムと同じ現象がこの小さな携帯から発せられ、千雨の目の前の空中に小さなウィンドウを作る。そこには上空と同じく、超が映っていた。

「これって……」

 確か、超は千雨の携帯を掴み『おまじない』とか言っていた。千雨が携帯電話を精査すると、本体部分に喫茶店で使ったライトの様なものが埋め込まれていた。

「ライト……そうか、超お前」

 先程の花火、バラまかれた小さな何か、そしてこの超の登場。
 千雨は口角を吊り上げた。
 幾度も繰り返された惨劇がまた始まろうとしていた。
 状況は最悪だ。千雨は知らなかったが、かつて無い程の危機が大挙してこの麻帆良にやって来ようとしていた。
 しかし、その災厄に抗うかの如く、永劫の果てにいま逆襲の旗が掲げられようとしていた。



●吉良吉影
スタンド名『Queen(クイーン)』

第一の能力『キラークイーン』
触れたものを爆弾に変える。
対象は一つのみ。

第二の能力『ザ・ゲーム』
条件付爆弾。
能力者本体がリスクを背負い、相手にルールを強制する爆弾。
ルールに従わねば爆弾が発動する。
またそれらの条件は、あくまで能力者本人の価値観により対等であり、決してフェアでは無い

第三の能力『バイツァ・ダスト』
平行世界を渡る力。
世界の壁を破壊する爆弾。
ただし、発動には条件がある。

・一度世界を越えるのに、人ひとりとの絆を代償にしなくてはならない。
(その人の関係は好悪に限らない。絆を失うと、吉良はその人に関する思い出や記憶を失う)

・吉良自身が窮地に陥っている時のみ使用可能。常時発動は出来ない。

また、平行世界へ渡った時、その時間軸の同位体が存在する時、その同位体と同化する。
同化する事により、肉体の傷や欠損が平行世界の自分により補われる。
(平行世界の自分も同じ肉体部位を失ってたら、補うことは出来ない)
また、同化する事により、お互いの記憶や知識も得ることが出来る。
(リスクとして、持っている絆の数も継承される)

どの様な平行世界へ行くか不明で、地球の存在しない世界へ行く可能性もある。
そのため、吉良はこの能力の制御を、世界樹へまかせている。
故に世界樹の力が活発化する麻帆良祭初日でしか使っていない。



●世界樹《神木・蟠桃》
スタンド名『ビューティフル・ドリーマー』

発動後、因果律を歪めて幾つもの平行世界を収集する。
幾つもの平行世界の可能性を集め、いらない世界は廃棄していく。
(廃棄された世界では世界樹が消え、存在しないものをしないままとして、世界は再構築される。それは世界樹の魔力の余波の影響)

そして、出来る限り多くの可能性を一つの平行世界に集める。
現在、世界樹は、おおよそ学園祭のPM3:00からPM4:00を繰り返し続けている。
(ただし、全ての世界が同じ時間とは限らない。可能性の数だけ、時間の歪みもあるため、数秒ないし数分の誤差はある)
また、莫大なエネルギーが必要なため、《矢》の存在が必要不可欠。
一巡目の世界で、吉良が《矢》により傷つけた事が、能力発動のスターターとなっている。



 つづく。



●千雨の世界 48話時点でのサブ資料
http:/
/nao-sko.sakura.ne.jp/novel/c-sub048.html





(2011/10/29 あとがき削除)


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.057984113693237