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※注意
これからの話には震災を想起させる場面があります。
これらの場面は、2010年段階で練ったプロットに、作者の震災体験を加味したものです。
決して震災で被害にあった方々に対し、他意を持った描写では無い事を先に述べさせて頂きます。
もし、それらが不快だと感じる方は、読む事をお勧めできません。
本来、エンターテイメントであり、更には二次創作である拙作で、この様な勧告をするのは大げさな気がしますが、時期が時期だけに書かせて頂きました。
これらの注意を了承してくださった方は、続きをどうぞ。
◆◇◆
世界樹を北端に、麻帆良を南北へ貫く大通り。
世界樹広場とは対極に位置する広場に、数万人という人間が集まっていた。
鬼役五百人、逃げ役五千人という規模で行なわれる『学園全体鬼ごっこ』だったが、現在は変更されていた。あまりの参加者のために、逃げ役の人数枠を増やし、急遽一万人という事になったのだ。
参加者に渡されるのはGPS。このチェックによりエリア外に出たら即失格とされる。
エリアは現在集まってる広場を南端とし、世界樹を北端。大通りを中心とした縦長の長方形のエリアで行なわれる。
また建物内への侵入ご法度。それぞれの行動はしっかりGPSで管理されている。
もちろんGPSを他者に渡すのも失格とされた。
背番号とGPSを渡された参加者がスタート地点でワイワイと騒いでいる。周囲には観客も大勢いた。しかし、このイベントは麻帆良内に設置された様々なモニターで視聴可能だ。
そのためオープンカフェなどでくつろぎながら見る人々もいる。
午後三時のスタートはもうすぐだった。
◆
太陽が高く昇っていた。
雲ひとつ無く、空には綺麗な青がどこまでも広がっている。
青の中に緑が一つ。
世界樹と呼ばれるそれは、枝を空一杯に伸ばし、葉を青々と繁らせている。
そして街は、世界樹の足元に広がっていた。
この麻帆良は世界樹を中心に出来ている。それは万人が理解していた。
麻帆良には多くの人が集まり、世界樹への感謝を示す。
それは連綿と続く儀式であった。
そう、この日までは。
第43話「始まりの鐘は突然に」
「さぁ『ゲーム』を始めよう」
吉良吉影は声を高らかに言い放つ。
道化師染みたその口調に、吉良自身苛立ちを感じていたが、〝コレ〟こそが必要なのだ。
吉良は頭が良かった。自分の立ち振る舞いが、相手にどの様な印象を与えるのか、それを予想できるくらいには。
自分を狂気染みた快楽主義者とでも思ってくれれば、都合が良い。
また自分を恨んでくれれば、それはそれで吉良自身の〝弾丸〟として刻みこまれる。
脳内には世界樹を通して、様々な人物に対し念話を送っているのが理解できた。今、念話を送っている人物は、魔法使いを中心にしつつ、この麻帆良にいる『危険人物』にしぼっている。もちろんその定義には「吉良にとって」という言葉が頭に付くが。
「この声が聞こえてる皆さん、私の名前は吉良吉影。《矢》の所持者にして、この数ヶ月に起こった事件の首謀者だ」
名前を言い放つ。これで条件の一つが揃った。
「今、私は世界樹広場にいる。見晴らしの良い風景だ。ぜひ、皆さんにも堪能して欲しいものだ」
そして現在地を言い放つ。おそらくこれで充分。自らのリスクを多大に背負い、スタンドの撃鉄が上がった感触を感じる。
「皆さん、『ゲーム』をしよう。ルールは簡単、デッド・オア・アライブだ。私の命をリスクに、あなた達の命を貰いたい」
スタンドが発動した感触があった。おそらく、念話を受け取った人間に対し、スタンドの爆弾が体内に設置されただろう。
「あなた達への対価は、私の命。そしてこの《矢》だ」
吉良は懐からそっと《矢》を出す。
「制限時間は三十分。その間に私が殺されれば君達の勝ち、殺されなかったら私の勝ち。簡単だろう? その間、私はこの世界樹広場から一切離れない」
そう言いながら、吉良は世界樹の幹を愛おしそうに撫でる。
現在、吉良は世界樹の協力の下、ある計画を進めていた。
彼は以前から麻帆良の在り方に危機感を抱いていたのだ。そしてそれは《学園都市》の存在や、春先にあった麻帆良爆発事件で加速していく。
文化祭という状況を利用し、彼はこの計画を急速に推し進めたのだ。
彼には『ザ・ゲーム』というスタンド能力がある。相手にルールを強制し、吉良自身がリスクを背負う事により発動する爆弾だ。
しかし、彼はそれを詭弁だと理解している。ここでのリスクとは、彼自身の主観に依存する。スタンドに存在するルールとは、とても漠然としているのだ。
故に、吉良はそれを悪用した。
現在吉良が発動しようとしている爆弾の対象は、三桁を余裕で越える。本来それほど多くの人間に対し発動など出来るはずが無い。
それを吉良は世界樹という望外な協力者と、自らのスタンドに存在する『リスク』という言葉に賭けたのだ。
自分の存在はもちろん、そこに『麻帆良限定』とする事により発動を可能にした。更には爆弾の威力が小さいのも、可能にした要因だろう。
スタンド能力は、スタンド能力者にしか触れられない。『ザ・ゲーム』を受けた対象達は、仕掛けられたスタンドを視認出来る様になる。だがスタンドが見れても、心臓に仕掛けられた小さな爆弾に触れられる事は無い。
だからこそ、爆弾の威力は最小限で構わない。心臓の間近で破裂する爆弾。魔法使いとて即時に治癒をしなければ助からないだろう。
そして彼らにそんな事が出来るのか。爆弾は彼ら全員に、同時に爆発するのだ。
また、今は『学園全体鬼ごっこ』の最中。世界樹広場へと真っ直ぐ伸びる通りの先には、大量の人間が集まっているのが見えた。
果たして魔法使い達は彼らを見捨てられるのか。おそらく無理だろう。
だが、どう転ぼうと構わない。そう、現時点では。
「君達に拒否権は無い。ゲームマスターはいつでもきまぐれで、横暴だ。さぁ、始めよう。『ザ・ゲーム』だ」
吉良の言葉と共に、世界樹が強烈な光を放つ。
秒針がカチリと小さく音を立てた。
◆
千雨は心臓の鼓動が早鐘を打っている事に気づいた。
脳内に響く訳の分からない声。
狂言か幻聴か。周りに人がいないせいもあり、果たしてこの声が真実なのかすら確かめる術が無い。
そう、本当だったら。
「う、嘘だろ……」
千雨は自分の胸元を見た。
本来肉眼で自分の体内を見るなど、普通は出来ない。
なのに、千雨は自分の体内に薄っすらとした影が見えた。心臓に張り付いたコレを、千雨は知っている。知覚領域を広げて確認するが、やはり間違いない。
魔法では無い、超能力でもない。いつも一緒にいる親友が持つ能力に酷似している。
それは『スタンド能力』だ。
「な、何なんだよ、これはァーー!」
心臓に張り付く影はピクピクと動き、小さな時計の音を鳴らす。音は体内から聞こえた。
爆弾。
時限爆弾を連想させる。
先程の男――吉良の言葉が思い出された。
――『ゲーム』を始めよう。
千雨は強く歯を噛み締める。
「吉良吉影……ゲームだぁぁッ!」
千雨は自分の拳を机に叩きつけた。
瞳には涙が浮かんでいる。
それは悔しさだった。
馬鹿馬鹿しい。とても馬鹿馬鹿しい。
千雨が大事にしているモノが、今たやすく壊された。そしてその理由が『ゲーム』だそうだ。相手の能力は分からないものの、以前承太郎が言っていた『相手に何らかのルールを課す』『爆破させる』という言葉が当てはまる気がする。
(ちーちゃん!)
(千雨さん!)
脳内に二つの声が響いた。
それを聞き、荒れ狂った千雨の内面が少し落ち着く。
「あーちゃん、夕映、無事か!」
(うん、私は大丈夫だよ。でも……)
(おそらく同じ状況でしょう。私も確認しました。この不可思議な影、いや爆弾でしょうか)
同じく承太郎の話を聞いていた夕映も、やはり同じ結論に至ったらしい。
「二人共どこにいるんだ。わたしは女子寮の自室だ。とりあえず合流しよう」
(私は今……その、図書館島の近くにいるんだ)
(こちらは変わらず教室です。現在ヴァーチャルショーの真っ最中デス)
「くっ! どっちも遠いな」
アキラは図書館島近辺、夕映は麻帆良学園。
千雨の場所からだと、教室へ戻るのと世界樹広場へ行くのでは大して変わらない。
そして図書館島となると、世界樹広場をはさんで、まさに逆だ。
(お二人にご報告があります)
焦る千雨に対し、夕映が冷静に状況を報告する。
(先程の放送……とでも言うのでしょうか。とにかくあの吉良なる人物の演説の後、私達には不可解な現象が発生しましたデス。具体的には、体内に奇妙な物体が薄っすらと見える。おそらくこの物体はスタンド。そして以前に承太郎さんが話していた情報から察するに、爆弾である可能性が高い。ここまではお互い大丈夫デスね)
「あぁ」
(うん)
夕映の問いかけに、千雨とアキラが頷く。
(演説中、クラス内で奇妙な行動を取った人物に確認を取りましたが、やはり各々に『爆弾らしきモノ』が同じ様に体内に仕掛けられてます。人物はこのかさん、楓さん、桜咲さん、龍宮さん、確認できただけでこの四名デス)
「四名! ちょっと待て、これって全員に仕掛けられているわけじゃないのか」
千雨は声を荒げた。
(そうデスね、千雨さんは今一人なのデスよね。アキラさんはどうでした?)
(うん。声が聞こえてる時、周りの人は何にも反応しなかった。てっきり私だけに聞こえてるものかと……)
千雨は考える。そう、先程の吉良の言葉に何かがあったはずだ。
――この声が聞こえてる皆さん。
ヤツはそう言っていたはずだ。
「この能力――いや、スタンド攻撃には対象があるのか? 何かを基準にして選定されている?」
(はい、私が言いたかったのはそれデス。先程も言いましたが、クラスでは〝ヴァーチャルショーが継続されてます〟。未だ多くのクラスメイトは異常に感付いてません)
「異常に感付いていない……」
ならば一体どういう事なのだろう。千雨は麻帆良を訪れた当初、桜咲刹那と龍宮真名の二人と交戦している。そのため、あの二人が魔法関係者なのは既知の事実だ。
しかし、あとの二人は。
「桜咲と龍宮はともかく、なんで長瀬と近衛が?」
(分かりません。でも、今はそれは置いておきましょう。現在私達に大切なのは、これからどうするか、という事デス)
千雨はハッとする。今、相手の思惑などを悠長に考えている場合では無い。
もしかしたらブラフかもしれない。しかし、吉良が言う事が本当なら――。
「そう、吉良吉影の言葉が本当なら、制限時間は三十分」
(はい。もう三分も時間が経過しています。早急に行動を決めるべきかと)
状況確認に三分も掛かってしまったらしい。いや、三分で済んだと思うべきか。
千雨は二人と会話しながら、銃の弾倉を確認する。
「あぁ、決まっている。わたしはアイツ、吉良を倒しにいく」
千雨らしくない言葉に、アキラと夕映は驚いた。
(ちーちゃん……)
(千雨さん、本気ですか?)
「あぁ。分かってるだろ、アイツの言ってる事がどうあれ、今わたし達がスタンド攻撃を受けてる事だけは確かだ」
千雨の中にはギラギラとした激情があった。スタンドと矢による一連の事件、その根源が今その姿を現したのだ。そして再び相手は牙をむき出しにした。
怒りが千雨を支配する。
許せない。
自分にとって居心地が良かった日常が、薄氷を踏みつけるが如く壊された。
二ヶ月前、あの世界樹広場で、アキラの助けを求めるしわがれた声は、耳の奥に未だ残っている。
スタンドという存在は、夕映もズタズタに傷つけた。
《学園都市》でのスタンドによる傷は、ウフコックの命を今をもって脅かしている。
ぐつぐつと沸騰するかの如く、千雨の心は激しく荒れる。
アキラはスタンドのラインを通じて、その怒りを感じられた。
(ちーちゃん……)
心配そうな声。アキラは何かを千雨に言おうとする。
だが、それは寸前で止められた。
「な、なんだッ!」
かたかたと家具が音を鳴らす。その音は徐々に大きくなった。
激しい揺れが麻帆良を襲う。
(うわ!)
(今度は一体何事デス!)
アキラと夕映も慌てている。
千雨は床に尻餅を付き、近くにあった机の足にしがみ付いた。
ゴゴゴゴ、と地鳴りが聞こえる。
バサバサと棚から本が落ち、食器が割れる音も聞こえた。
数秒で地震は治まり、千雨は這うようにして窓に近寄った。
そして驚愕する。
「何だよ……。本当に……、何なんだよッッ!!」
怒り、嘆き、困惑、様々な感情が混じる。
千雨は驚愕した、目の前に広がる光景に。
◆
「くっ……」
葉加瀬聡美は額から流れる汗を袖で拭った。
彼女がいるのは『超包子』、超の経営する屋台だ。
この屋台は超を中心とし、葉加瀬と四葉五月が立ち上げた店である。
葉加瀬も超と会う以前には料理などに興味が無かったが、彼女と出会い、友誼を交わし、彼女の目的を知り、資金集めに屋台をやると言い出した当りで変わってくる。
五月を料理長とし、彼女を補佐しながら学んだ料理はとても楽しかったのだ。自分が作った料理を客が口に運び「美味しい」と言って貰えると、不思議なくらいに幸せになれる。
葉加瀬にとって料理とは、超達を通じて得られた趣味であった。
超と連絡が取れなくなり、葉加瀬にとって今日はとんでもなく忙しくなった。
午前中は喫茶店に掛かりきりになり、午後は夕方の『超包子』開店に合わせた仕込みをしている。
本来なら超を葉加瀬で分担する仕事を、葉加瀬一人で行なっていたのだ。それは忙しいはずである。
慌しく白菜などの野菜を切り刻んでいた彼女の耳に、奇妙な声が聞こえた。
吉良吉影による一連の演説。
「吉良、吉影……?」
そして胸元を確認すると、まるでレントゲンか幽霊の様に、自分の体内に存在する異物が薄っすらと見えた。
葉加瀬は焦る気持ちを抑え、冷静に分析しようとする。
彼女は魔法やスタンドなどに付いての知識は浅い。ならば知っている人間に確認するべきだろう。
「超能力では無さそうですね。そうなると魔法? いや、吉良なる人物の発言を考えれば、例の『スタンド』の可能性が高い気がします」
ガリガリと頭を掻く。こんな時に、何故超と連絡が取れないのかと。
「あぁ、もう!」
その時、自分の持っていた端末から警告音が鳴った。ポケットから取り出し、端末を確認すれば、彼女らの持つ地下のホストコンピューターに異常があるとの旨が書かれていた。
「嘘! なんでまた!」
葉加瀬は手を拭くことも忘れ、路面電車を改造した屋台の中を歩き、自分の荷物からノートパソコンを取り出した。その時――。
「きゃあ!」
激しい揺れ。突然の地震により、車内にある物が次々と落下した。
葉加瀬はパソコンを抱えたまま、手を頭に置きうずくまる。
揺れが治まると同時に、葉加瀬はパソコンを開いた。今の彼女にとって地震など二の次なのだ。
なぜならば。
「え、どうしてこんな事に」
エラー。エラー。エラー。
彼女たちのホストコンピューターへのアクセスが全て拒絶された。
かろうじて見れるサーバーログには、碌な事では無い表記が見て取れた。
「まさか……」
サーバーログから読み取った情報が正しければ、今の地震はまさに――。
葉加瀬の額から、汗が滝の様に噴出す。
彼女にとっての最悪の想像。
そして意識を外に向ければ、屋台の外は悲鳴に包まれていた。
当たり前だ。
ガラスの割れた窓から外を見る。
そこに広がる光景に、葉加瀬は愕然とした。
「あぁ……」
腰が抜け、くたくたと床に倒れそうになるのを、窓枠を掴む事で耐える。
割れたガラスの破片が、手の平を切ったが、それすら気にならない。
背後では常に無い大声で、五月が葉加瀬を心配している。
それでも、葉加瀬は目の前の光景から目が離せなかった。
◆
――■■■■。
――■良■■。
――■良吉■。
――■良吉影。
――吉良吉影。
「――吉良吉影」
康一の脳内にあったぼやけた単語が、明確な形となって輪郭を作った。
記憶にあった虫食いの穴のピースが埋められ。湾内絹保が倒れたあの日の状況を、より鮮明にする。
「あぁ、そうだ。アイツが、アイツが湾内さんを!」
吉良の顔が思い出された。どこにでもいそうな、埋没しそうな個性。
しかし、康一達を襲った吉良は被虐的な顔を見せていた。
彼の嗜虐性が、康一を、そして絹保を傷つけた。
康一の中で何かが弾ける。
走り出そうとする康一。だが、それは寸前で隣にいた承太郎に止められた。
「承太郎さん!」
「落ち着け康一君。冷静に状況を考えるべきだ」
周囲を見れば、多くの人は普通に格闘大会を観戦している。
よく見ると、一部の人が何やら康一の様に慌しい動きをしている。
「こいつはスタンド攻撃だ。おそらく康一君の受けたヤツと同じな」
承太郎が自分の心臓をコートの上から指差す。目を凝らせばスタンド爆弾の輪郭が見えた。
「あいつの名前は吉良吉影。康一君を襲ったのも同じ人物なのか」
「はい、さっきアイツの声を聞いてはっきりと思い出しました。アイツは、吉良は湾内さんを……」
承太郎はそれを確認すると、携帯電話を取り出し、どこかへと連絡をする。
電話をしながらも、承太郎は歩き始めた。康一は急いでそれを追う。
「リミットが三十分というのも真実か分からんが、急ぐに越したことは無い。今、スピードワゴン財団に連絡をしている。吉良吉影について調査をしてもらおう」
承太郎は急ぎ足で歩きながらも、連絡するべき相手を脳内で列挙していく。
「康一君、君は世界樹へ向かうのだろう。それは間違いないな」
「はい、僕は行かないといけません。そうだ、僕はこの時のために――この機会を待っていたのかもしれません」
――吉良吉影を倒す。
それは奇しくも、吉良自身が提示した湾内絹保の解放条件だ。
知らず握った拳に力が入った。
「分かった。一緒に行こう」
承太郎がそう言うと、康一の中に少し喜びがあった。
「はい!」
康一と承太郎が勢い良く、格闘大会の会場を飛び出していく。
その時、選手控え室から出てきた二人の存在を、康一達は気付かなかった。
「おい、仗助、どうしたんだよ」
「どうしたもクソもあるかよ薫。お前聞こえなかったのか、さっきの変な声」
「声? なんだ、観客に変なヤツでもいたのか?」
「違うって。こう、頭に直接響くっつーか、あぁぁ、もう!」
仗助は地団駄を踏んで悔しがる。薫はそんな仗助を見ながら、あきれ返った。
◆
承太郎がスピードワゴン財団に続き、麻帆良首脳部に連絡をしようとした所で問題が起きた。
「うわ、すごい人込み……」
「そうか。『鬼ごっこ』とやらか」
『学園全体鬼ごっこ』を見るために、人が世界樹方面へと大量に移動をし始め、とてもじゃないが走れる状況では無かった。
「仕方無い。康一君、ショートカットをしよう」
「ショートカット、ですか?」
承太郎はそう言いながら、指を上へと差す。
周辺には三、四階建ての建物が整然と並んでいる。
つまり――。
「『スター・プラチナ』!」
承太郎の背後に、人型のスタンドが現れた。スタンドは康一の返事も聞かぬまま、以前の様に襟首を掴み、体ごと投げた。今度は垂直に、だ。
「えぇぇぇぇぇぇ!」
康一は悲鳴を上げる。建物の壁が視界の下へ下へと流れていく。焦った康一は目の前にあった窓枠へとしがみ付いた。
気付けば、康一は建物の三階まで投げ飛ばされている。
承太郎も自らのスタンドに腕を掴まれ、康一の場所まで自分を投げ飛ばす。
康一の隣の窓枠にしがみ付いた承太郎。
「よし、あと一階だ」
「え? え? え?」
康一たちがしがみ付いている建物は四階建てだ。まだ一階分残っていた。
承太郎は再び『スター・プラチナ』を出し、康一を建物の屋根まで投げ飛ばした。
「うわぁぁぁぁ~~~!」
情けない悲鳴を上げながら、康一はどうにか建物の屋上へ辿り着く。朱色のの屋根タイルにしがみ付き、落下を防いだ。
康一に続いて、承太郎も屋根に飛び降りる。
「よし、着いたぞ康一君。建物の屋根ならば、かなり距離を短縮できるはずだ」
「は、はやく言ってくださいよ」
大通りに面した麻帆良の建物は、建物同士の隙間が小さい。そのため屋根から屋根へと飛び移れそうだった。
多少離れていても、今の様に力技ならどうにかなるはずだ。
承太郎の意図を察した康一は、戦意を改め、遠くに見える世界樹を睨む。
その時。
始まりは小さな音だった。屋根のタイルがカチカチと音を鳴らす。やがてその音は数秒も掛からずに、巨大な破壊音へと変わった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「くっ!」
激しい揺れが二人を襲う。
地鳴りが耳を打ち、足場の悪い場所がより揺れを感じさせた。
屋根タイルがガラガラとズレて、眼下にる来場客の群れへと落ちていく。
さすがに承太郎も立っていられなく、屋根へしがみ付き揺れが治まるのを待った。
周囲からも悲鳴が絶え間なく上がっている。
康一の戦意は霧散し、恐怖が競りあがった。四階建ての建物のてっ辺にいるせいでもあるだろう、揺れはより強く感じられる。
揺れが治まった時に康一が感じたのは、安堵だった。
しかし、それもすぐに崩れた。
伏せていた顔を上げた時、彼の視界に現れたのは――。
「え?」
目の前にいたのは巨人だった。
体を機械により縁取られた、歪な巨人。
その腰の高さと、康一達がいる建物の高さは同じであった。つまり、巨人の背の高さは八階建て以上に相当した。
巨人の周囲を見れば、巨大な穴があった。
まるで地の底から出てきたような、先ほどの地震と無関係には思えない。
そう、この巨人が地面をめくり上げ、出てきた震動の余波が、あの地震であったかの様に。
「なんだ、コレ……」
「康一君ッ!」
呆ける康一を、承太郎が引っ張った。二人は屋根の上を転がる。
「ゴォォォォォォォォォンンンンッッッ!!!!」
奇声。甲高い咆哮が巨人の口から発せられた。
それは声の振動だけで屋根がめくれ、先程まで康一達がいた場所を破壊する。
康一と承太郎は、どうにかその破壊の余波を免れ、隣の建物の屋根へと辿り着いていた。
巨人は康一達を歯牙にもかけず、背中を向けてどこかへ行こうとする。
「はっ、はっ、はっ……」
康一はまったく状況が理解できないといった感じで、目を見開いていた。
「クソ! まずいなんてレベルでは無いな」
珍しく承太郎が悪態を吐く。それほど切羽詰っていた。
なぜなら――。
「あのデカブツが〝六体〟もいやがるなんて!」
麻帆良を見渡せば、同じような巨人が六体も見えた。
しかし、それらは同一では無い。機械で出来た巨人は、それぞれが所々のパーツが違う。
いや、パーツが違うというより、足りていないのだ。まるで未完成品を無理やり持ち出したかの様に。
更に――。
「こいつらも味方とは思えないしな」
麻帆良の屋根の上だけでも、多くの人影が見えた。
その人影は人の形と大きさをしていながらも、体は露骨なまでに機械で出来ていた。目元をサングラスで隠す、機械仕掛けの男。
それが承太郎が周囲を見ただけでも数十という数が確認できる。
遠くを見れば、もっと多くが視認出来た。
「最悪だ」
阿鼻叫喚の絵図がそこにあった。
つづく。