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No.21114の一覧
[0] 【完結】千雨の世界 (千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)[弁蛇眠](2012/08/14 15:07)
[1] プロローグ[弁蛇眠](2011/10/04 13:44)
[2] 第1話「感覚-feel-」[弁蛇眠](2011/10/04 13:43)
[3] 第2話「切っ掛け」 第一章〈AKIRA編〉[弁蛇眠](2011/11/28 01:25)
[4] 第3話「図書館島」[弁蛇眠](2011/10/16 18:26)
[5] 第4話「接触」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[6] 第5話「失踪」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[7] 第6話「拡大」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:26)
[8] 第7話「double hero」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[9] 第8話「千雨の世界ver1.00」[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[10] 第9話「Agape」 第一章〈AKIRA編〉終了[弁蛇眠](2012/03/03 20:28)
[11] 第10話「第一章エピローグ」[弁蛇眠](2012/03/03 20:29)
[12] 第11話「月」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉[弁蛇眠](2012/03/03 20:30)
[13] 第12話「留学」[弁蛇眠](2011/10/16 18:28)
[14] 第13話「導火線」[弁蛇眠](2011/08/31 12:17)
[15] 第14話「放課後-start-」[弁蛇眠](2011/08/31 12:18)
[16] 第15話「銃撃」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:32)
[17] 第16話「悲しみよこんにちは」[弁蛇眠](2011/10/16 18:29)
[18] 第17話「lost&hope」[弁蛇眠](2011/08/31 12:21)
[19] 第18話「その場所へ」+簡易勢力図[弁蛇眠](2011/08/31 12:22)
[20] 第19話「潜入準備」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[21] 第20話「Bad boys & girls」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[22] 第21話「潜入」[弁蛇眠](2011/10/16 18:53)
[23] 第22話「ユエ」[弁蛇眠](2011/10/16 18:55)
[24] 第23話「ただ、その引き金が」[弁蛇眠](2011/08/31 13:06)
[25] 第24話「衝突-burst-」[弁蛇眠](2011/08/31 15:41)
[26] 第25話「綾瀬夕映」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[27] 第26話「sorella-姉妹-」[弁蛇眠](2011/10/16 18:56)
[28] 第27話「ザ・グレイトフル・デッド」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:35)
[29] 第28話「前を向いて」[弁蛇眠](2011/08/31 16:19)
[30] 第29話「千雨の世界ver2.01」[弁蛇眠](2011/10/16 19:00)
[31] 第30話「彼女の敵は世界」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉終了[弁蛇眠](2011/08/31 16:27)
[32] 第30話アフター?[弁蛇眠](2012/03/03 20:37)
[33] 第31話「第二章エピローグ」[弁蛇眠](2011/08/31 16:30)
[34] 第32話「声は響かず……」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[35] 第33話「傷痕」 第三章[弁蛇眠](2011/11/28 01:27)
[36] 第34話「痕跡」[弁蛇眠](2011/08/31 16:33)
[37] 第35話「A・I」+簡易時系列、勢力などのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:39)
[38] 第36話「理と力」[弁蛇眠](2011/08/31 16:36)
[39] ifルート[弁蛇眠](2012/03/03 20:40)
[40] 第37話「風が吹いていた」[弁蛇眠](2011/08/31 16:38)
[41] 第38話「甘味」[弁蛇眠](2011/10/16 19:01)
[42] 第39話「夢追い人への階段――前夜」[弁蛇眠](2011/10/16 19:02)
[43] 第40話「フェスタ!」[弁蛇眠](2012/03/03 20:41)
[44] 第41話「heat up」[弁蛇眠](2011/10/16 19:03)
[45] 第42話「邂逅」[弁蛇眠](2011/10/30 02:55)
[46] 第43話「始まりの鐘は突然に」[弁蛇眠](2011/10/24 17:03)
[47] 第44話「人の悪意」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[48] 第45話「killer」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[49] 第46話「終幕」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[50] 第47話「そして彼女は決意する」[弁蛇眠](2011/10/27 15:03)
[51] 第48話「賽は投げられた」[弁蛇眠](2012/04/14 17:36)
[52] 第49話「strike back!」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[53] 第50話「四人」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[54] 第51話「図書館島崩壊」[弁蛇眠](2012/02/21 15:02)
[55] 第52話「それぞれの戦い」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[56] 第53話「Sparking!」[弁蛇眠](2012/02/25 20:29)
[57] 第54話「double hero/The second rush」[弁蛇眠](2012/02/27 13:56)
[58] 第55話「響く声」[弁蛇眠](2012/02/29 13:24)
[59] 第56話「千雨の世界verX.XX/error」[弁蛇眠](2012/03/02 22:57)
[60] 第57話「ラストダンスは私に」[弁蛇眠](2012/03/03 20:21)
[61] 最終話「千雨と世界」[弁蛇眠](2012/03/17 02:12)
[62] あとがき[弁蛇眠](2012/03/17 02:08)
[63] ――――[弁蛇眠](2014/11/29 12:34)
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[21114] 第37話「風が吹いていた」
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/31 16:38
「う――ぁ」

 『バッド・カンパニー』と呼ばれたミニチュアの軍隊が、形兆を取り巻くように並んでいた。その威圧感に、康一は思わず声を漏らす。
 サイズは違えど、そのミニチュアの持つ火器の威力は馬鹿に出来ない。
 康一程度ならあっという間に蜂の巣に変えるだろう。最悪の想像が康一の頭に過ぎった。

(逃げる。とにかく逃げるんだ)

 今の康一に戦う意志など無い。この場に置けるお互いの立ち位置は絶対だった。
 逃げる以外に康一に選択肢など存在しない。
 康一は出来るだけ『バッド・カンパニー』の射線に周囲の物が入るように考えつつ、街灯の下から転がるように走り出した。
 だが――。

「痛っ!」

 件のビスッ! っという小さい射撃音と共に、康一の片耳の淵が抉られていた。その痛みで康一はバランスを崩し、転んでしまう。
 頬に石畳がぶつかった。

「――ッ」

 転んだ衝撃が脳髄まで響き渡り、一瞬声が出なかった。視界がグラリと歪む。
 ピチャリ、と音が聞こえた。目の前の石畳に赤い雫が落ちた音だ。

(これは、血?)

 血を自覚した途端、強い痛みが康一を襲う。
 手を耳に当てると、ぬるりとした感触があった。

「うぐぅぅ……」

 肩口より痛みが強い。くぐもった声が出る。

「ひーろせ君、どこ行くつもりなんだい? ん?」

 コツコツと形兆の足音が近づいてくる。それと共にキュラキュラとキャタピラが回る音や、ヘリのローター音の様なものも聞こえた。
 康一にとっての死神の足音だった。

「意外としぶといが、所詮おちこぼれって奴か。スタンド能力もロクに使えないみてぇーだしな」

 耳を押さえながらも、石畳を這うようにして康一はその声の主から離れようとする。

「ぐぁぁ!」

 またもや射撃音が響き、今度は右足に穴を開けられていた。針の様な穴だが、その威力は康一の肉を確かに抉っている。さながら蛇にでも噛まれた様な傷口だ。

「イイ声で鳴くなぁ。だけど惜しいぜ。サツや先公に見つかるとヤッカイだ」

 康一の悲鳴に愉悦を感じたのか、形兆の顔は笑みを強くしている。

「血はしょうがないが、肉片は一つ残らず消してやるよ。良かったなぁ、広瀬君」

 その言葉に康一は旋律する。死の恐怖が先程よりも明確なイメージを作り出した。

「はっはっはっはっ――」

 呼吸が荒くなる。
 なのに、体の心は冷たく、どんどん重くなっていく。
「まぁ、『スタンド使い』って言っても、モノによっちゃこんなもんか」

(――スタンド?)

 形兆の言葉に、康一は自らのスタンドを思い出した。いつの間にか手の平には卵型の〝スタンド〟が握られている。

「綺麗に消えてくれよなァ! ブチ殺せ『バッド・カンパニー』ィ!!」

 形兆の号令とともに、周囲を飛んでいたヘリからミサイルが発射される。もちろん標的は康一だ。その威力は疑うべくも無い。直撃すればおそらく致命傷は避けられないのだろう。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 悲鳴とも怒声とも付かない声を上げながら、康一は地面に這いつくばる体勢でがむしゃらに右腕を振るった。手の中からスタンドが離れる。
 康一と形兆の間は十メートル程。
 その中を『バッド・カンパニー』のミサイルが加速しながら康一に向かい突き進んでいく。
 対して康一の投げた〝卵〟は弱々しい放物線を描いている。だが、それは丁度ミサイルの軌道と交差した。

「は?」

 形兆はその事に気付き、呆けた顔をした。
 ミサイルが〝卵〟に当り、ピシリと殻を割った。
 その瞬間、〝卵〟を中心にして、巨大な音と衝撃波が溢れる。
 爆発。
 その音は麻帆良中に広がった。



     ◆



「ん?」

 爆発音が聞こえた。
 千雨はトレイを抱えながら、夕闇の中ライトアップされていく街並みを遠く見つめた。
 特に煙の様なものも見えない。
 周囲の客も一瞬ピタリと静かになるが、すぐさま喧騒が戻ってくる。

「またかよ」

 千雨もほとんど気にせず仕事を再開した。
 麻帆良祭の準備期間中、爆発音が聞こえるのなんてしょっちゅうなのだ。
 特に麻帆良工大は酷い。巨大ロボットやら、何やらのデモンストレーションの機械等、何度も壊しているのだ。
 その度に爆発音が麻帆良に響いている。今日とて準備期間初日ながら千雨は五回ほど聞いていた。最初こそ何事かと驚いたものの、この一日で慣れてしまっていた。

(よくもまぁ中止にならないもんだ)

 呆れ混じりにそんな事を思うが、「ここが麻帆良だから」という理由である意味納得してしまう。
 超包子での給仕の仕事を始めて数時間。
 学園祭の出し物とは言え、予想以上の厚さの接客マニュアルがあるのは超の性格故だろうか。おかげで千雨でも比較的まともな接客が出来ていた。
 むしろマニュアルなどである程度システム化しあった方が千雨にとって好都合である。脳内にはマニュアル内にあったチャート表が表示され、淡々と機械的に接客対応を行なえていた。笑顔はぎこちなかったが。

「――はい、ご注文を確認させてもらいます。焼売が二人前、春巻きが一人前、鶏粥が一人前
、水餃子が二人前でよろしいでしょうか?」
 記憶力が良いため、千雨の注文の受け方はほぼ完璧だった。手元で注文票を書いているものの、実際のところ今日接客した全ての注文を暗記していたりする。
 だが点心の入った蒸篭などを積み重ねて持つと、途端腕力の無さが表に出る。ヨタヨタと不安定な歩き方をしてしまう。
 千雨の際どいチャイナ服姿に目を奪われてた男性客も、思わず心配になる程だった。
 そんな千雨の背後から、アキラがヒョイっと千雨の持っていた料理を奪う。

「あ、悪い」
「ううん。これ三番テーブルで良いんだよね、千雨ちゃんはお客さんの注文お願い」
「お、おう」

 アキラはそのままスタスタと料理を持っていってしまう。
 モデルの様にすらりとしたスタイルをするアキラは、さすが運動部だけあり筋力もある。蒸篭を山の様に積み片手で持っても、バランスも崩さず手も震えないで平気で持っていくのだ。
 反面、接客や注文の受けるのにはぎこちなさや戸惑いが多いようだ。
 ある程度店内――とは言っても屋外に広がる屋台だが――での客の回転が少し落ち着いた時、千雨は溜息と共にどっしりと疲れが押し寄せてきた。

(客商売って疲れるのな)

 始めて三時間ほどしか経ってないが、初めての〝まともな〟仕事をしている千雨としては、予想以上に疲れるものだった。
 厨房を見れば四葉五月が八面六臂の活躍をしている。炒め物と蒸し物を同時にしながら、鍋の中のスープの味付けをしていた。
 更に超は、そんな五月をサポートするために、洗い物などをしながら、料理の助手を務めつつ、客達と談笑などもしている。
 客席と厨房を引っ切り無しに移動しながらも、千雨の数倍の仕事をこなしていた。

(相変わらずすげぇな)

 どこか呆れたように超の働きっぷりを見る。

「千雨サン! 四番テーブルにこれお願いネ!」
「了解、店長」

 千雨は超の言葉に反応し、厨房へと急いで向かった。



     ◆




「――がッ! はッ!」

 衝撃で吹き飛ばされながら、康一は体の中の空気が全て外へ吸い出された様な苦しみを感じた。それは遠からず間違いでも無い。
 腹部を襲ったのは自らのスタンドの爆発による衝撃波。更に吹き飛ばされながら石畳に背中や腕、脚なども強打していた。必然息が詰まり、呼吸も出来なくなる。
 頭部を打って無かったのは幸か不幸か。痛みに苦しみのうめき声を上げ、口から涎を垂らしながら、意識だけははっきりしている。
 痛みのために周りを見る余裕すら無い。ただ少しでも痛みから逃げるために、体をうずくまらせるばかりだった。

(痛い、痛い、痛い)

 ガンガンと頭をハンマーで叩かれている様だった。肩の傷口も、じゅくじゅくと強く熱を持ち始める。
 それと同時に康一の頭に自らの『スタンド』に関する力の情報が入ってくる。いや、把握したと言った方がいいかもしれない。

(音を吸収し、爆発させるのか? あれは卵じゃない、爆弾?)

 ――爆弾。
 自らにスタンドを背負わせた犯人も、同じように爆弾の様な力を使うはずだ。
 奇しくも康一も同じ様なモチーフの能力らしい。

(いや違う。アイツだ、アイツが爆弾を僕にしかけたからこそ――)

 痛みの中、康一は能力の把握とともにとりとめもない思考が広がった。

「ぐっ――」

 数秒か数分か、おそらく十秒ほどなのだろう。だが痛みが引いてくるまでの数秒を康一は長く感じた。
 康一は這い蹲りながら周囲を見渡す。
 先程まで自分がいた場所より少し離れている。
 そして、その自分がいた場所の近くには小さなクレーターが出来ていた。爆発の中心から半径三メートル程の石畳が抉れている。更にはその周囲の石畳のブロックが盛り上がり、道をズタズタに破壊していた。
 クレーターの向こうには、仰向けに倒れる形兆の姿も見える。周囲にあるミニチュア軍隊『バッド・カンパニー』の数も減少していた。

「くっ――、はぁ」

 息を吐きながら、体に活を入れる。出血はあれど骨折などはして無いようだ。体中が未だじんじんとした鈍い痛みを持ちながらも、康一はなんとか立ち上がった。ふらつく体を近くの壁にもたれ掛けさせる。
 そこへ――。

「広瀬ぇぇぇ、康一ィィィィ!!!」

 怨嗟の声。
 虹村形兆が憤怒の表情をしながら、康一を見つめていた。未だ立てないのか、地面に倒れたまま顔だけをこちらに向けている。

「よ゛ぐも゛ぉぉぉぉ、や゛っでぐれ゛だな゛ぁぁぁぁ!」

 口からは唾とともに赤い雫も一緒に噴出された。目からは涙がボタボタと落ち、鼻水も垂れている。目は焦点が合わず、耳を強く手で押さえていた。
 形兆もどうにか立ち上がろうとするものの、どうやらダメージは康一より大きいようだ。ふらつく様は怪我だけの様には見えない。

(なんで?)

 康一は自らの能力をもう一度把握する。
 音を吸収し、圧縮して自らのスタンド本体に閉じ込める。そしてスタンドの表面の破壊と共に、その音を一気に放出する。云わば音響爆弾とも言えるのが康一の能力だった。

(『音声圧縮(エコーズ)』ッッ!!!)

 自らの超能力と同じ名前を思い浮かべる。再び他者により与えられた力、音を操るスタンド『音声圧縮(エコーズ)』だった。
 そして『音声圧縮(エコーズ)』は爆発と共に、平衡感覚を狂わせる音をも発する。能力者本人である康一にはその狂わせる音は、『音を吸収する』というスタンドの能力故に中和されていた。
 形兆はガクガクと震える足でなんとか立ち上がり、康一を睨みつける。康一に指を突きつけながら叫んだ。

「もう油断しねぇぇぇぇ! てめぇのドタマをカチ割ってよぉぉぉぉ! ミンチになっても更にスリ潰してやるッ!!!」

 康一のスタンドの攻撃だけでは無く、半分にまで減った『バッド・カンパニー』の影響もあるのだろう。形兆は体中から血を滴らせていた。
 スタンドの影響は本体も受ける。それはスタンドに共通する法則だった。

「いけぇぇ! 『バッド・カンパニー』!!」

 形兆のかけ声と共にミニチュアの歩兵が走り出す。さっきの爆発で破壊されたのか戦闘ヘリは消えていたが、歩兵と戦車は健在だった。

「く、来るなァ!」

 体にある銃創の痛みが恐怖を呼び起こす。手の中にまた『音声圧縮(エコーズ)』がいつの間にかあり、康一はすがる様にして再び投擲した。
 腰の入ってないヘナチョコな投げ方。体力測定のソフトボール投げでさえ平均に遠く及ばない康一の肩は、非常に貧弱だ。

「くッ!」

 だが、形兆は先程の威力を身を持って知っている。『バッド・カンパニー』に『音声圧縮(エコーズ)』を撃ち落す様に指令を出しながら、耳を両手で覆って地面に伏せた。
 ピスピスピス、と歩兵が一斉に射撃をし、スタンドを迎撃する。
 狙いたがわず『音声圧縮(エコーズ)』の表面は蜂の巣となり、割れた。
 康一も形兆も、来るべき衝撃に備え目をつぶる。だが――。

「え?」
「なんだ?」

 ポスン、と気の抜けた音だけが響いた。いつまで経っても衝撃は来ず、二人はそっと目を見開く。そこには粉々となり、殻だけになった『音声圧縮』の姿があった。

「しまっ――」

 康一はすぐに理解する。そう、康一のスタンドは〝吸収した音を圧縮して放出〟するのだ。つまり〝音を吸収〟してなければ、先程の様に爆発しない。
 康一のスタンド能力は連発できない、一撃のみのスタンドだった。

「はーはっはっはっ! こけおどしかよ! もうタネ切れって所か、えぇ? このフニャ○ン野郎がぁ!!」

 形兆はニタニタと嫌らしい笑みを浮かべながら、再び立ち上がる。
 自然と康一の足が後ろに動いた。
 目の前の明確な悪意が、そして怒りが、康一の心をぐしゃぐしゃに踏みにじる。

「く、来るなぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 無様だった。涙がぼろぼろと零れ、口の端から涎を垂らしながら、幼子の様に叫ぶ。
 手の中にいつの間にか戻った『音声圧縮』が、がむしゃらに無音空間を広げて音を吸収するも長くは続かない。
 無音の中で放たれた銃撃が康一の肩口を掠り、痛みで無音空間は解除される。

「ぐっ!」

 康一は倒れそうになりながらも走り続ける。

「逃がすかよぉぉ!」

 背後から形兆の声が聞こえた。その度にぞくりと背筋に悪寒が走る。
 目の前にある小さな横道に、必死に飛び込もうとするものの――。

「きゃあっ!」
「うわっ!」

 そこで横道から出てきた少女とぶつかってしまう。

「いたたたた。ちょっとなんのよ、もぉ~」

 少女は尻餅を付きながら、ぶちぶちと文句を言い放った。



     ◆



 その日、柿崎美砂はたまたま一人で寮への帰宅の途についていた。とは言っても道すがら様々な出し物を冷やかしながらだが。

「へ~、これとか円好きそうね」

 文化祭準備期間だと言うのに、街はもう祭り気分だ。柿崎にしても気分は少し浮かれていた。
 通りには早々と様々な露天が開かれ、少しこじゃれた小物や手作りのお菓子なんてのも売られている。
 美砂が手に取ったのはそんな露天で売られてたアクセサリーだ。どうやらデザイナー志望の大学生の手作りらしく、市販品の様な綺麗さは無いが独特の味があった。
 そうやって見ている内に、街はゆっくりと暗くなっていく。
 夕暮れになると、今回の文化祭のために街中に設置されたランタンの明りがともり、どこか本物の欧州の街並みの様な雰囲気を作り上げた。
 普段見慣れた物が全然違う色合いを見せる事に、美砂の心は浮き上がる。
 上機嫌のままそこかしこを見て回ると、いつの間にか小さな狭い横道へと歩みを進めてしまう。

(確かこの先に小さな広場があったよね~)

 麻帆良の街中には、そのような小さな広場が幾つもあった。美砂はそれを思い出しながら、ランタンでほのかに明るいと道を進む。
 と、そこで爆発音が聞こえた。

「な、なにこれ」

 地面から振動が美砂の体に響き、肌がピリピリと震える。
 おそらく音源は近くなのだろうと、美砂は判断する。

(また麻帆良工大かな)

 少し覗いてみよう、という好奇心が勝り美砂は歩を早めた。
 だが、横道から出るときに、小さな人影とぶつかってしまう。

「きゃあっ!」
「うわっ!」

 そのまま地面に尻餅を付いてしまう。
 膝も少しすりむけた様だ。

「いたたたた。ちょっとなんのよ、もぉ~」

 ひりひりと痛む膝とお尻を撫でつつ、文句を言いながら周りを見れば、自分とぶつかった少年が倒れていた。

「へ?」

 少年の姿は異常だった。
 耳から血が流れ、それが顔を伝っている。更には肩口と足からも血が出ていた。
 自分とぶつかったからか、と一瞬思うものの、すぐにその可能性を否定する。

「だ、大丈夫ですか」

 美砂は慌てて立ち上がり少年――康一に近づく。

「――な、なんでここに来たんだ」

 康一の美砂に対する第一声だった。康一とて最初誰かとぶつかった時、少しだけ期待をしていた、もしかしたら誰か助けてくれるかも、と。
 だが実際は少女だった。アイドル顔負けのビジュアルだが、制服から察するにおそらく康一より年下の中学生なのだろう。
 その現実を知り、康一は顔をしかめる。

「な、なんでって。アンタこそ怪我してるじゃない」

 美砂も制服から相手が高校生と知って敬語を使ったものの、心配してあげたのにぶしつけな返事をされ、思わず言葉を荒げる。

「ちっ、目撃者かよ。まったくどうしてスムーズにいかねぇんだ!」

 康一の後方から形兆の声が響く。血みどろの形兆が二人を見つめていた。

「ふ、伏せて」
「へっ?」

 康一は尻餅をついたまま、立った状態の美砂の襟元を掴み、自らの体重で引っ張った。そのお陰で美砂は康一にもたれかかる様に倒れる。
 それと同時に、美砂の背後にあった壁が銃弾により抉られる。
 美砂は音の方向を見て驚嘆した。

「な、なに? 何なの? 撮影とかなの?」

 美砂はうまく現状が発揮できない。康一の目には周囲に展開する『バッド・カンパニー』の姿が見れるが、美砂には見えないのだ。そのため放たれた弾丸も砲弾も、その発射の機微すらも分からない。ただその音と結果だけが美砂に感知できたものだった。

「くっ!」

 康一は美砂を抱きかかえる状態で、地面をごろごろと転がった。
 銃弾はそれを追いかけるように、地面に次々と穴を穿っていく。

「ちょっ! 何なのよ、このエッチ!」
「ご、ごめん。少しでいいから――ッ」

 美砂が康一の突然の行動に悲鳴を上げる。康一自身は地面を転がるという行動で、体の痛みが更に増した。
 美砂が出てきた横道とは反対方向に康一たちは転がる。
 そこには小さな広場があった。建物と建物の間に作られた小さな憩いの場。
 半径十メートル程の円状の広場で、広場自体が周囲に対し少しだけ低く作られ、窪地になっている。
 康一はそこの入り口の階段へと転がってしまう。

「ぐっ! はっ! あっ!」
「きゃ~!」

 そのまま二人は階段を転げ落ちるはめとなった。
 美砂を抱きしめたままの康一は、更に体中に傷を作っていく。
 幸い階段は低い段差が十段程であり、康一の傷は思ったほどでは無い。

「なんだなんだ、さっきまで泣き喚いてたのに、今度はナイトきどりかよ」

 階段の上から形兆が見下ろしている。
 康一はどうにか上半身を起こしながら、美砂に必死になって語りかけた。

「は、はやく逃げて」

 美砂はなんだかもうよく分からなかった。ただ、今何か危機的な事が起きているのを、必死な形相の康一から察する。

「で、でも――」

 それでも、目の前で怪我をしている康一を放っておくのには、良心の呵責があった。

「いいから早く」

 康一は力を振り絞り、広場の奥の出入り口へ向けて美砂を押しやった。美砂も後ろ髪引かれながらも、逃げ出そうと足を速める。

「ぐっ!」

 美砂が出入り口まで行きかけた時、康一の悲鳴が上がった。

「おーっと、そうはいかないぜ」

 形兆が階段の上から飛び降り、そのまま康一の背中に蹴りを入れたのだ。
 康一はまた地面に倒せ伏せられる。
 更には康一の『スタンド』を握っている手を靴で踏み抜いた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 悪意を持った一撃が、康一の指の骨を折る。

「知ってるぜぇぇぇ! 音を無くすお前のスタンド。何度か監視の最中に見せてもらったが、まさか爆発させる方が本当の能力だとはなぁ。 でも、もうやらせねぇ!」

 ぐりぐりと足で踏み抜きながら、もう片方の足で康一の腹を蹴りぬく。

「――ぐふっ!」

 息が詰まり、口から吐しゃ物が出た。痛みが精神を支配する。

「痛い、痛い、助けて、誰か、誰かぁぁぁぁぁ……」

 自らの汚物に溺れながら、嗚咽が、涙が、懇願が、弱音が口から漏れる。先程まで美砂に見せていたメッキは易々と剥がれた。

「惨めだなぁ、惨めな姿だ。なぁ、そう思わないか嬢ちゃん」
「ひっ」

 形兆の視線に晒され、逃げようとしていた美砂は固まる。

「よく見ろよ、こいつ男なのにゲロ吐いて泣いてるぜ。見殺しにするのか? あぁ?」

 形兆は自らも血をポタポタと垂らしながら、歪な笑みを浮かべた。

「こっちに来い、逃げたらコイツ殺すぜ。このまま見捨てたら夢見悪いだろ、な? あんたが来たら殺しはしない。まぁ、コイツには少し痛い目見てもらうけどな」

 形兆はそう言いながら、『バッド・カンパニー』を粛々と進ませた。美砂を確実な射程に入れるまであと少し。

「ほ、本当ですか?」

 目の前で見せられた血と惨劇に、美砂の判断力は失われていた。まるで形兆の提案が救いの様に思えてしまう。

「あぁ、本当だ」

 そんな二人の言葉を聞きながら、康一は泣きながらも言葉を放とうとする。

「ひぐっ、う、嘘を――」

 口を塞ぐように、形兆の足が康一の頭部を踏みつける。

「広瀬くーん、うるさいぜぇ~」

 そのまま地面へと頭を押し付けられた。

「や、やめてください! 行きます、行きますから!」

 美砂は恐怖からぼろぼろと涙を零している。

「へぇ、さすが物分りが良いなぁ嬢ちゃん」

 形兆の足の重みが強くなる。

(痛い、痛い、痛い)

 康一の脳裏で悲鳴が上がり続ける。

(何で、何で僕ばっかりこんな風に――)

 同時に様々な思いも駆け巡った。視界のほとんどは踏みつける靴に覆われていたが、隙間からは被虐に愉悦を浮かべる形兆の顔が見えた。

(いつもそうだ。僕はこうやってなじられ、傷つけられて――)

 学園都市での日々が思い出された。超能力に憧れていたのだ。だが、そこで突きつけられたのは自らの才能の無さ。そして超能力による絶対的なヒエラルキーの存在。

(僕は超能力で何がしたかったのだろう――)

 誰かに自慢したかったのだろうか。それとも、テレビのヒーローの様に悪人を倒したかったのか。仕返しがしたかったのか。もしくは、自分を痛みつけてた奴らの様に、誰かをいじめたかったのか。

(違う、そうじゃない。僕は何も持っていなかったんだ――)

 あこがれに目的は無かった。ただ光に誘われるように、虫が誘蛾灯に近づくが如く、超能力という存在に引かれただけだった。

(僕には超能力があり、スタンド能力がある。だけどそれは与えられたモノだ。僕は何かをしたのか――)

 超能力は《学園都市》の能力開発により与えられた。スタンド能力は《矢》により与えられた。しかしそこに康一の強い意志は無い。プレゼントの中身を見て落ち込み、それを磨こうともしなかった。研磨すらせず、ただ見てくれの悪さにあきらめたのだ。

(無様だな、僕は。今更か――)

 昔から逃げ続けていたのだ。麻帆良にいた少しの間忘れることが出来ていたが、それでも自らの逃げ癖はどこまでも追いかけてきた。
 顔は涙と鼻水と吐しゃ物にまみれ、体は地に這いつくばっている。心は惰弱、元々あった小さなプライドも散々に踏みつけられていた。

(『先輩ならきっと見つかります』――)

 彼女の声が思い出される。ほんの一日一緒に過ごした後輩だ。康一は柄にも無く先輩風を吹かせ、エスコート紛いの事をしていた。
 そんな彼女が康一を励ますのに使った言葉。彼女の言葉のおかげで、康一はもう少し頑張ってみようと決意をしたはずだった。

(なのに、僕は――)

 自らへの怒りが込み上げる。
 彼女――湾内絹保――は、《矢》により死に掛けた自分のために、ギリギリまで超能力を使い続け、そのせいで昏睡に至っている。それもスタンドによる特殊な呪縛で。
 康一は自らの命が、絹保の頑張りによるものだと改めて気付いた。
 そして、康一は再び同じ愚行を繰り返そうとしている。

「――」

 目の前に死があった。
 恐怖は未だ体を覆っている、なのに口からは言葉が溢れた。

「――ろ」

 美砂ががくがくと震える足を、一歩一歩形兆へと進める。
 形兆はそれを囲むように『バッド・カンパニー』を配置する。

「――めろ」

 康一は彼女を汚すわけにはいかない。
 自分が立派で無い事は嫌でも知っている。それでも、彼女を汚さないために、惨めでも貫かねばらないものがあるはずだ。

「やめろ」

 小さいが、はっきりとした声が発せられる。

「あぁ? 何だって?」

 形兆は先程まで嗚咽を上げていた足元の存在へ問う。

「やめろと、言っているんだ」

 折れた指で必死に形兆の足首を掴んだ。体の芯をハンマーで叩かれた様に痛みが駆け巡る。
 それでも――。

「やめろと言っているんだぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 泣き声では無かった。恐怖による叫びでも無かった。痛みによるうめき声でも無かった。
 それは咆哮だった。
 広瀬康一なりの咆哮。
 弱者が弱者たる事を認め、強者へと反抗を決意する闘志の発露。
 形兆の足を、自らの力を振り絞り払いのける。
 そしてそのまま転がるように立ち上がった。
 康一の体中から血飛沫が地面に落ちる。
 足を引きづりながらも、必死に走り、美砂の前に立ちふさがった。

「え……」

 美砂は唖然とする。
 先程まで散々にいたぶられていた康一が、いつの間にか自分を守るように目の前にいた。
 康一の身長は小さい。美砂自身が女子にしては長身という事もあるが、それにしたって康一の背中は小さかった。
 目には涙が浮き、服は血で濡れ、更には吐しゃ物までこびりついていた。
 手の指は折れ、足も引きずっている。
 それでも、彼は美砂に背中を見せて、あの醜悪な男と対峙していた。

(なんで――)

 美砂はなんでか、康一の背中を大きく感じた。まるでこのまま彼は自分を守りきってくれるような錯覚を起こす。
 形兆は康一が足元から抜け出したせいで、バランスを崩しかけて反応が遅れた。
 か弱いはずの康一が、さんざん強者である自分への反抗をし、苛立ちがつのっていた。

「っざけんなよ、クソチビィィィィ!! 女諸共ミンチになりやがれぇぇぇぇ!!」

 康一に悪態を叫びながら、形兆は自らのスタンドの引き金をひく。

「『バッド・カンパニー』ィィィィィ!!!」

 ミニチュア軍隊からの一斉射撃。その存在が見えないはずの美砂も、形兆の剣幕に一瞬にして凍りつく。
 そんな中、康一の中で頭の中で何かがカチリと合わさった。
 彼の体には超能力『音声複写(エコーズ)』があった。皮膚を介して音を吸収、発露させる力。
 彼の手の中にはスタンド『音声圧縮(エコーズ)』があった。音を吸収し、圧縮する力。
 それらが合わさり、『超能力』を使うときに浮かぶ脳裏の公式が、今までの様におぼろげで無く、よりはっきりとした形で現れる。
 それと同時に『スタンド』の中身もはっきりと理解する。先程の一瞬の間に吸収した、微かな音だろうか。『スタンド』内に収まっている『音』が、まるで音楽プレイヤーの曲名の一覧の様に頭に浮かぶ。
 『音』が彼の体を巡った。

(なんだ、コレは)

 早鐘の様な自分の心音が聞こえた。それだけではない周囲の人間の心音や息遣いまで聞こえる。周囲に満ちた音という音が康一の感覚に鋭敏に入ってきた。

「――もう、目は反らさない」

 そして弾丸と砲弾が彼を中心に弾けた。



     ◆



「なん、だよ……」

 形兆の目の前で広瀬康一は銃弾の嵐に見舞われた。一瞬砂煙に覆われるも、おそらく煙の向こうにあるのは蜂の巣となった肉塊だろう。
 そう思っていた。

「なんで生きてやがる!!」

 砂煙が晴れると共に現れたのは、相変わらずの立ったままの康一の姿だった。学生服は穴だらけになっているものの、その下の皮膚には穴が無かった。

「まだ弾丸が足りてないっていうなら――」
「――やらせない!」

 康一の指先で『音』が唸った。
 圧縮された幾つかの『音』の塊が、皮膚の上を走り抜け、彼の指先へと集中していく。
 『音』が集まる同時に、骨折していない左手を手首のスナップだけで振るった。キン、と甲高い音を発しながら、綿密に凝縮された『音』の弾丸が放たれる。
 弾丸と言いながらも、その威力は砲弾に等しい。
 一瞬にして地面が直線状に抉られ、形兆の脇をすり抜けた。背後にある広場の段差すらも粉々に破壊する。それに巻き込まれて『バッド・カンパニー』の一部も壊されている。

「な……」

 形兆はその威力に呆然としていた。先程の爆弾の威力も凄まじかったが、あれぐらいならまだ対処が出来た。放られる爆弾はみえみえだし、離れれば威力も減衰するだろう。
 しかし、この攻撃は違った。自分の『バッド・カンパニー』の攻撃が豆鉄砲にも見える。

「て、てめぇぇ! ナニをしやがったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 形兆に戦慄が走った。
 康一はガクガクと震えている。それは肉体的な限界でもあり、精神的な限界でもあった。それでも、瞳には微かな輝きがある。強い意志が体を動かし続ける。

「う、動いてみろ! 次はお前だ、虹村形兆ォォォォ!」
「ざけんなチビガキがぁぁ! ゲロまみれになって死んでろよぉぉ!」



     ◆



 康一には力があった。
 スタンド『音声圧縮(エコーズ)』は音を吸収し、圧縮する力を持つ。だがその攻撃は一発でリセットされ、その上能力を効果的に使用するためには投擲しなくてはならない。身体能力が著しく低い康一には補えきれない程の欠点であった。
 また『スタンド』の音を吸収する能力の維持にも、集中力が不可欠であった。今の康一には音を吸収する時間も集中力も無い。
 今日までの数週間、時間をかけて音を貯蓄していたものの、その音のほとんどは最初の爆発で失われてしまった。残ったのは爆発の際に身に受けて中和した音と、先程混乱して無音空間を作り出した一瞬の分だけ。
 先程まで『音』の残量は満タンの五パーセントにも満たない。今の弾丸でも消費し、微々たる量しか残っていないのが現状だ。
 そして超能力『音声複写(エコーズ)』は単なるボイスレコーダー程度の力しかなかった。自らの皮膚をスピーカーとマイク代わりにして音を録音再生する。
 それぞれの能力は数多くの欠点を持っていた。だがそれらが合わさり、一つの力となって康一の中で顕現する。

「《エコーズ》ッッ!!」

 スタンド『音声圧縮』でも無い、超能力『音声複写』でも無い。
 世界に一つだけ、康一だけの異能《エコーズ》だった。
 『スタンド』で『音』を集めて圧縮し、『超能力』で皮膚に読み込ませて外部に出力する。
 それらは康一が自らを見つめ、自らの力の活かし方を構成し直したにすぎない。だが、その形は新たなカテゴリを生む。現在は二つの力を混ぜ合わせただけだが、やがては土台となる力の形を逸脱するだろう、新たな力の形であった。
 そして康一はその力を使い、『音』そのものを脅威となる衝撃波にまで、圧縮精製したのだ。

「っ――ざっけんなぁぁぁぁぁぁ!!!」

 憤怒と共に形兆は自らのスタンドの引き金を引く。
 再び康一へ向けて、ミニチュア軍隊の銃弾が襲い掛かった。

「このぉぉぉ」

 対して康一は《エコーズ》を全開にする。背後に美砂がいる時点で、弾丸を避ける事も出来ず、防御に徹しなければいけない。さっきの弾丸自体の『音』の消費量は少ないものの、『音』の残量は三パーセント程だ。
 その残り全部を圧縮し、自らの皮膚の上を走らせる。
 先程の一斉射撃も皮膚上に衝撃波を走らせ、急所の弾丸を跳ね返して防いだのだ。
 今度の射撃も、そうやってやり過ごす。

「――《エコーズ》!!」

 『バッド・カンパニー』の弾丸が幾つも皮膚から跳ね返された。幾つかの弾丸は肉を抉り、やはり無傷とはいかない。
 それでも、康一は背後の美砂へとただの一発も弾丸を届かせなかった。
 康一は手を広げ、出来る限りその身に受けて弾丸を弾き返した。
 倒れそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。

「……も、う、反らさない!!」

 ギラギラとした目で形兆を睨み続ける。視線が牙となり、初めて形兆の心を抉った。
 更に、『音』の残量がほぼ無いにも関わらず、《エコーズ》を無理やりひねり出した。弾丸にも至らない、小さなつま楊枝程の音の塊が発射される。キィン、という高音を響かせながら、塊は形兆の頬に小さな傷を作った。

「く、クソがぁぁぁぁ!」

 頬の痛みが怒りを、康一の視線に恐怖が呼び起こす、それでも形兆にはまだ余力があった。

「まだだ! 撃ちつくせ『バッド・カンパニー』ィィィ!」

 再びの一斉射撃。
 康一にはもう『音』の残量は無い。
 絶望的な状況でも、康一の体は自然と動いていた。

「え?」

 それまで呆然と成り行きを見ていた美砂が声を上げる。
 康一がまた美砂に抱きついてきたからだ。
 美砂を庇うように、康一は形兆に背中を見せてかぶさった。

(せめて、彼女だけでも――)

 康一に根付く悔恨の念が、柄にも無い行動を起こさせていた。それでも、自らの行動に後悔は一片も無い。

(でも、悔しい)

 虹村形兆という卑劣な男になすまま屈してしまう。絹保を助けられぬまま終わってしまう。 康一の脳裏に嘆きが過ぎり、形兆の顔に今度こその必勝の笑みが浮かぶ。
 だが――。

「やれやれだぜ」

 声が聞こえた。



     ◆



 形兆は再び驚愕する。
 ほんの一瞬前まであったはずの康一の姿が、目の前から消えたのだ。

「やれやれ。どうにも急いで追いかけたが、ギリギリだった様だな」

 形兆は背後から聞こえた声に振り向いた。
 そこに立っていたのは白いコートを着た長身の男――空条承太郎だ。
 彼の足元には康一と美砂の姿がある。

「き、貴様はぁぁぁぁぁぁ!!」
「遅いな」

 グシャリと間髪いれず、形兆の顔に承太郎のスタンドの拳が叩き込まれる。

「――ッ!!!」

 形兆は悶絶しながら顔を抑えた。手の隙間から血や歯らしきものがぼろぼろと落ちる。
 だが、どうにか反撃をしよう『バッド・カンパニー』を動かすも――。

「遅すぎるんだよっ!!」

 拳の連打が形兆を打ち据える。

「オラオラオラオラオラオラオラ!!!!!」

 顔、肩、胴に次々と撃ち放たれる、拳という名の砲弾。

「――がッ!――ゴッ!――グッ!」

 白目を向きながら意識を失いつつ、形兆の顔は形が変形する程腫れ上がっていく。

「オラァァァァァァ!」

 承太郎の最後の一発が、形兆の体を遠くまで吹き飛ばした。
 激しい音と共に、形兆の体は地面へ叩きつけられる。同時に周囲に展開していた『バッド・カンパニー』の姿が消失した。
 康一は目の前出来事を、呆気に取られて見ていた。美砂も同じく状況に付いていけなかった。

「お、終わった?」

 地面にペタリと座りながら、康一は隣に悠々と立つ承太郎を見上げていた。
 そこで、ポツリと承太郎が言葉を放った。

「すまなかった」
「――え?」

 康一は承太郎の言葉にキョトンとする。

「俺は君を囮にした。大通りでわざと君にスタンドの話をし、周囲に俺との接触を見せ付けた」
「囮、ですか?」
「この街にいる『真犯人』は、俺の事を知っているはずだ。故に、何かしらの反応があると思われた。そして君自身も見極めなければならなかった」

 『真犯人』、承太郎の示すのは恐らく■■――アイツなのだろうと康一は思う。

「広瀬康一君、君が敵なのか、もしくは保護すべき人間なのかを見極めるためだ」

 承太郎は康一の顔を見た。泣きじゃくり、血にまみれ、吐しゃ物が顔の端についている、酷い顔だった。慣れぬ戦いの中で、彼はよほどの恐怖を感じたのだろう。

(仗助の言うとおり、彼は優しい人間なのだろうな)

 おそらく広瀬康一は人が傷つけられるのが酷く嫌いなのだ。それでも彼は、誰かを助けるために暴力に立ち向かおうとしていた。
 悪意が立ち込める世界に、彼自身が彼自身の意志で抗おうとしていたのだ。
 その姿は数ヶ月前に出会った一人の少女を思い出させた。
 そして自分の至らなさににも気付く。もっと穏便に、速やかに事を済まさせる事が出来たのではないかと。
 承太郎は康一と別れた後、自らを監視するスタンドの様な気配が消えた後、急いで康一の後を追った。
 しかし周囲の人波が予想以上に承太郎の進路を妨害し、辿り着いた時点で康一は窮地に陥っていたのだ。承太郎はすぐさまスタンド能力を使い、時を止めて康一達を救ったのだ。
 だが、この時に承太郎は確信をする。康一はあれ程の劣勢の中、何かを貫こうと必死に、満身創痍の体を引きずり、巻き込まれた少女をかばったのだ。

(本当に、やれやれだ)

 承太郎は帽子のつばを押さえた。

「だが、どちらでも無かった様だな。君は〝立ち向かう人間〟だ。例えそれがどんなに惰弱だろうと、悪意に立ち向かえる人間を俺は尊敬する」

 承太郎の賞賛に、囮にされた被害者であるはずの康一は何故か怒りよりも喜びが勝ってしまう。

(空条さんなら――)

 康一の中に微かな希望が沸く。もしかしたら彼ならば彼女を救えるのではないか、と。

「あの――」

 その時、康一の体の中からカチカチという音が聞こえ、固まる。それは爆弾の音だった。〝アイツ〟により仕掛けられた、康一を縛る爆弾だ。
 何かを言いかけて固まる康一を見て、承太郎は落ち着かせるように言う。

「分かっている。君は何も言わなくていい。『真犯人』が他者を束縛する能力だという事を、俺は知っている」

 承太郎の脳裏に、つい先日殺された音石明の存在が浮かぶ。彼もまたこの麻帆良に潜む真犯人に踊らされ、殺された男でもあった。

「君にもその束縛が掛かっているのだろう。条件は分からんが、自発的に他者に情報を開示するのが起点になっているのか? ともかく君は喋らなくていい、無理して情報を俺に与えなくていい」
「――ッ」

 康一は自らの状況を把握している人がいる事に、そして味方になってくれる存在がいる事に、泣きそうになる。

「俺は『真犯人』を追い詰めて《矢》を回収する。君の目的もその先にあるだろ」

 風が吹いていた。麻帆良を飲み混む強い風が。
 承太郎達を叩き潰そうと、凶悪なまでの力を風は持っていた。
「君ももし戦うのなら、俺と協力してくれないか」
 だがそれが逆風であるなら好都合なのだ。風の向こうには根源がある。風は多くの情報をその根源からもたらしてくれる。
 承太郎は拳をそっと康一の方に向けた。
 康一は傷だらけだった。制服は血みどろになり、汚物もついている情けない格好だ。
 だが、承太郎はそんな康一をも対等な戦士として扱おうとしている。

(違う、彼女を救うことを誰かに託しちゃいけない。例え助けをもらいながらでも、僕自身が――)

 体中が軋みながらも、康一は力ずくで立ちあがる。顔をしかめながら、必死で承太郎と並ぼうとする。
 承太郎はそんな康一に一切手を貸さなかった。
 やがて承太郎の拳にボロボロの康一の拳が合わせられた。
 コツン、と。







 千雨の世界 第37話「風が吹いていた」







●広瀬康一

現在世界でただ一人の異能者(※)。

・異能《エコーズ》
広瀬康一だけが使えるスタンドと超能力を混ぜた新しい力の形。
現在はただ二つの力を重ね合わせているだけだが、成長するにつれ一つの新しい力へと収束していく。そのため、いつかは『スタンド』が見れなくなる。(彼がスタンド使いじゃなくなるため)
未だ能力は不完全であり、不安定。
能力は『音』の圧縮と操作、そして皮膚を介した出力。
この『音』の区分は、多分に能力者自身のイメージに依存する。


※現在、彼の能力をカテゴライズする言葉が無いため、承太郎により便宜的に名付けられた仮称。



 つづく。


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