※これは三章の分岐した未来であり、もしネギま原作に突入したらという話です。
空港から降りて最初に感じたのは匂いの違いだった。
故郷のイギリスでは嗅いだ事の無い匂い、ここが異国だと否が応にも理解する。
「よし、行こう」
小さくガッツポーズをして、背中のバッグを背負いなおす。
手荷物の受け取りは済ました。背中のバッグ以外には、キャスター付きのトランクが一つ。中には本来なら個人で空輸できない物もあったが、なんたって自分は魔法使いの卵だ。学院側が発行した証明書は、この極東の地でも効果を発揮した。
さすがに大きい杖は持ってきていない。代わりに携帯できる発動体を幾つか持ってきていた。
「えーと、こっちかな」
姉代わりの人物に書いてもらった、目的地までのメモを見る。
「あ……」
案内看板には丁寧な事に英語でも書いてあった。駅の方向はなんとなく分かっている。それでも目の前の光景を見て、そちらへ向かわずにはいれなかった。
ガラガラとトランクを引きずりながら走る。コートが体の動きを阻害して走りづらいが、一心不乱にそちらへ向かった。
自動ドアが開き、空港の正面ゲートから飛び出す。
体を冷気が包んだ。イギリス程の寒さじゃないが、乾燥しているせいか空気が肌を鋭く突付く。だが、そんな事は全然気にならなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
目の前に広がる光景に声が漏れる。空からも見たはずの風景だったが、やはり地面から見ると違った。
アスファルトとコンクリートだけで構成された街並み。ロンドンでも都会的な風景を見たが、目の前の風景はそれ以上だった。建物の巨大さに圧倒される。
さびしさが無いわけでは無いが、東京の近代的な光景に高揚感が沸く。
(そうだ。だって――)
幼馴染も、今はロンドンで占い師の修行をしてあるはずだ。負けてはられない。
魔法学校の卒業課題で出されたのは『日本で教師をする事』、というなんとも酷い難題だった。一般のハイスクールですら出ていない自分が教師など出来るのか、心配ではある。
それでも、魔法使いになるための試練というならば頑張らなくてはならない。
(まだ東京に着たばかり)
そう、未だ飛行機の座席に数時間座っただけなのだ。これからが頑張り時だと気合を入れなおし、メモを見た。
「ふむふむ、空港内に地下鉄が……」
正面ゲートをくぐり直し、施設内に戻る。
案内板を見ながら、地下鉄の駅まで向かった。
「うえぇ~」
駅のチケット販売機の上にあったのは、おそらく線路図なのだろう。
馬鹿みたいな駅の数だった。じっと見ていると目がしばしばし、何度か目元を擦った。
「行けるのかなぁ」
一応、行き先も電車のチケットの値段も分かっている。ロンドンで両替し、日本円も充分だ。
それでも空港という場所のせいか、人が慌しく行きかい、券売機に並ぶ勇気がなかなか持てないでいた。
そんな子供を心配してか、一人の駅員の女性が笑顔で近づいてきた。
「大丈夫? 何処へいくのかな?」
流ちょうな英語。場所が場所だけに、何ヶ国語かを習得しているのだろう。
それに返すのは日本語だった。
「えーと、マホラって所に行きたいのですが」
「あら、日本語喋れるの、上手ねー」
麻帆良、という地名を喋る時に幾らかアクセントが上がったものの、日本語はかなりのうまさであった。
さすがにこれから教師をやる国なのだ、これくらい出来ねばやっていけない。
半年という短い期間に日本語を習得出来たのは魔法の恩恵も大きい。もちろん努力もしたが。
実践で言葉が通じた事の喜びと、一人ぼっちの寂しさが後押しし口も軽くなる。
「はい、勉強しましたから」
「すごいわねぇ、その歳で」
ころころと笑う駅員の人に教えてもらいながら、無事チケットを買い、地下鉄へと乗り込んだ。
◆
路線を何度か乗り越えながら目的地へ向かっていた。
途中、駅のホームにあったレストランらしき所で食事を取った。
以前、テレビで日本食の紹介があり、そこでやっていたソバというヌードルを食べてみようと思った。
しかもこのソバは、駅のホームで食べれるというのに驚いた。更には皆が立って食べている。
(日本人は忙しいのかな?)
自分の胸元程の高さのテーブルに、熱々のスープで満たされたソバが置かれた。
「はい、お金」
「あいよ」
周りの客を見ると、どうやら商品が来た時にお金を渡すらしい。折り目すらない千円札を店の主人に渡すと、じゃらじゃらと硬貨が返された。
「うーんと……」
お釣りが合っているか確認する。どうやら間違いないようだった。
さぁ食べよう、とした時に大変な事に気付いてしまう。
「あっ……」
今まで箸をいうものを使った事が無かった。きょろきょろと見回し、周りの人の使い方を見て、見様見真似で箸を持ってみる。
「うーん……」
そのまま中のソバをすすろうとするものの、ソバは端からするすると落ちてしまう。
カウンター席の中から覗いていた、立ち食いソバの主人が、気を利かせてフォークを取り出し渡した。
「ほら、使いな」
「あ、ありがとう」
少し顔を赤くしながら、ありがたくフォークをもらう。フォークで麺を絡ませながら、ちゅるちゅると食べてみた。
「お、おいしー!」
少し味は濃いものの、ショーユの効いたスープは以前イギリスで食べた日本食よりも遥かに美味しかった。
ソバを美味しいと言いながら食べる異国の子供に、周囲の人間は暖かい視線を送る。
「お、ありがたい事言うね。こいつは特別にオマケだ」
ソバの椀の中に、ぽちゃりと天ぷらが落とされる。その天ぷらはサイズが普通の半分ほど、おそらく揚げ損ないの品なのだろう。
「あ、ありがとう」
戸惑いながらも、異国の地のなにげない優しさに嬉しくなる。
「おい、おっちゃん。俺もかけなんだぜ、なんかサービスしてくれよ」
「うるせぇ、お前は天かすでも入れてろ」
わはは、と賑やかな笑いが店内に広がった。普段、この立ち食いソバでこんなやり取りなどは起きない。それは間違いなくこの子供が起こした事なのだが、当の本人は知らず、ハフハフとソバを平らげたのだった。
◆
「ふん~~ん~~♪」
お腹も膨れて、気分よくなり、口からハミングが鳴る。
次に乗り換えてしまえば、目的地まで一直線。この複雑な路線図からも解放される。
だが――。
「え?」
そこは東京内でも大きな駅の一つだった。必然駅構内はとんでもなく広い。
今までは路線図に辟易してたが、今度はホームに向かうまでが大変そうだ。
「なんでこんなに複雑なの……」
案内板には駅の地図が階層事に書かれているが、増築に増築を重ねた構内図は、決して綺麗では無い。まさにラビリンス――迷宮だ。
朝の通勤時間のピークが過ぎたのだろう、乗客の姿は先程よりまばらだ。それでもやっぱり自身が住んでいた地元より遥かに多いが。
そんな時、子供の泣き声が聞こえた。
「ん?」
自分より小さな少女が、階段の下で尻餅を付いて泣いている。
トランクをガラガラと引きながら寄ってみる。どうやら階段の近くで転んだらしい、膝を擦りむいてるが、それ以外には怪我をしていない。
「えーと、大丈夫?」
少女がピクリ、と後ずさった。赤い髪の異国の子供にいきなり話しかけられ、驚いた様だ。
「擦りむいちゃったんだ。よし、じゃあ治療してあげる」
背中のバッグを下ろし、中をごそごそと漁る。取り出したのは絆創膏、そして見えないように手首にブレスレットを付けた。
「はい、じゃあ膝を出して」
「う、うん……」
絆創膏を傷口に貼り付け、上から軽く撫でてあげる。
「痛かったね。今、痛みを取ってあげる」
撫でながら、手の平だけで魔法を発動する。ブレスレットが発動体だ。
口の中で小さく始動キーを呟き、最初に行使するのは消毒の魔法。傷口の汚れを飛ばし、今度は治癒の魔法も連続して使う。
「あったかい」
少女は頬を染め、体がぽかぽかするのを感じた。
「はい、お仕舞い。もう痛く無いでしょ」
「うん!」
少女はニコリと笑いながら、勢い良く頷く。
さぁ、立ち去ろうとするも――。
「あのね、袖離してくれるかな?」
「おかーさんがいないの……」
少女はしっかりとコートの袖口を掴んでいる。
はぁ、と溜息をつきながら、今度は少女を連れ立って駅員のいる所に向かう。少女も迷子だが、自分も迷子なのだ。一緒にお世話になるしかない。
◆
少女が母親と再会出来たのを見送った後、今度は自分が駅員に電車まで案内して貰った。
これで後は一直線。居眠りでもしなければ麻帆良に着くだろう。
「遅くなっちゃったな」
待ち合わせの時間には二十分ほど遅れそうだった。確か麻帆良学園駅前だったはず。
だが焦った所で電車のスピードが上がるわけではない。
揺れる電車内の椅子に深く腰掛けつつ、風景でも眺める事にした。
電車がどんどん東京から離れていく。
先程までの背の高い建物は減っていき、緑も増えてきた。
何気ない異国の光景だが、それだけでも不思議とわくわくする。
「ローン……イザカヤ……ヤキトリ……チキンの事?」
様々な日本語の看板が電車の窓から見える。それらを流し読みしながら、店の内容を想像していく。
やがて電車は住宅街ばかりになり、山の谷間へと入っていく。
山を抜けた瞬間、目を見張った。
「なに、これ」
そこは欧州だった。そう、まるでイタリアのフィレンツェの様な赤レンガ屋根の街並み。
「すごい……」
そして街には緑が多かった。
密閉しているはずの電車内にまで、濃厚な緑の香りがした気がする。
こここそが目的地、極東の霊地にして、自分の修行場所である麻帆良だった。
電車は麻帆良市内の幾つかの駅を通った後、ついに『麻帆良学園中央駅』に到着した。
電車のドアが開くと同時に外に出た。
少しでも速く待ち合わせの場所に辿り着く様に、ガラガラとトランクを引きずりながら走る。
自動改札を通り抜け、駅前の広場で立ちすくむ。
ぐるりと首を回せば、何人かの人物がいるが、どれが待ち合わせの人物か分からない。
「ど、どうしよう――」
相手の人物が分からねば、謝りようも無い。とりあえず相手が自分を見つけてくれるまで待つか――いや、こちからから大声で呼びかけようか。そう思っていると。
「よう、遅かったな」
ぽん、と肩が叩かれた。
「え?」
「イギリスから来た、魔法使いの卵、だよな」
「あ、はい」
振り返った先に居たのは少女だった。
自分より三・四歳上だろうか。
栗色の髪を首の後ろで縛り、背中に垂れ下げている。ダッフルコートを着、襟元にはマフラーをしている。ポケットにまで手を突っ込んでいた。どうにも寒がりらしく、コートの裾から出る足元も、きっちりとタイツで固められていた。
顔には大きな丸メガネ。だが、メガネの向こうの顔は、目つきは鋭いものの美人に見える。あいにく口元はマフラーで隠れていたが。
「よし、じゃあ行こうか。時間も迫っているから、歩きながら自己紹介しようぜ」
「あ、そのすいませんでした。時間に遅れちゃって」
「あー、いいっていいって。つか、あの時間に待に合わせる方が大変だろ。飛行機の到着時間見たが、ここにくるまでかなりギリギリの時間だった。初めて東京に来た人が、電車をスムーズに乗り換えられるわけないもんな」
少女はけらけらと笑い、特に気にした風も無い態度だ。
少し安心した。初日の遅刻でとんでもなく責められるかと思っていた。
「それにジジイ――ここの学園長になんか言われたら、わたしが弁護してやるよ。そっちの指定時間が悪い、ってな」
「あ、ありがとうございます」
二人はそのままとぼとぼと歩き出した。駅前の大通りを歩く。
道の真っ直ぐ先に学校らしき建物が見えた。
「あれが?」
「そう。あれが麻帆良学園だ。運が良かったぜ、もし時間通りに来てたら、ここらへん登校ラッシュでもみくちゃにされてたぜ」
「登校ラッシュ?」
頭に浮かぶのはせいぜい普通の登校風景だ。もしかしてあの東京の駅の様に混雑するのだろうか、と想像する。
少女の顔を見上げていると、マフラーの襟元からピョコンと影が飛び出した。
「うわっ!」
「おっと、すまねえな。こいつはウフコックって言うんだ」
白いネズミだった。ネズミは周囲の匂いを嗅ぐために鼻をひくつかせ、その後すぐにマフラーの中に戻ってしまう。
「わたしの相棒ってやつさ」
「へー」
使い魔だろうか。それならばやっぱり彼女は魔法使いなのだろうか。そんな推測をした。
少女が麻帆良に関する話をしてくれていると、いつの間にか重厚な門の目の前に着いた。
「よっと、ここが校門だ。そういや自己紹介忘れちまったな」
少女は振り返った。マフラーを顎下に引っ張ると、端正な顔立ちが現れた。
(うわ、綺麗……)
メガネを外しながら少女は名乗った。
「わたしは長谷川千雨、ここの生徒だ」
千雨はそっと手を出した。
「よろしくな、えーと」
「はい、私は――」
もう一人の〝少女〟も手を差し出し、千雨の手を握った。
「アンナ・ユーリエウナ・ココロウァです。長いのでアーニャって呼んでください!」
後ろで二つに縛った、赤いおさげが揺れた。
アーニャはしっかりと千雨の手を握る。
二人の出会いこそが、物語の始まり。
千雨の世界 ifルート、原作突入編
続かない。
(2012/03/03 あとがき削除)