麻帆良学園の学園長室は張り詰めた静寂に包まれていた。
普段とて騒がしい場所では無いが、今回はその質が違っている。
来賓用のソファにテーブルを挟んで座る二人の男性が居た。
片方はこの部屋の主である近衛近右衛門。
鋭い瞳を伸びた眉で隠しながら、好々爺とした雰囲気で茶を啜っている。
対面に座る男は、どこか物静かな印象を与える男だった。
白髪混じりの黒髪をピシリと後ろに揃え、黒いスーツに身を包んでいる、歳は四十か五十という風の中年男性だ。スーツ越しにも体が引き締まっているのが判り、物静かな風貌と合わさり、どこか危険な雰囲気を纏わせていた。
また近右衛門と同じく目元を隠しているのもそれを助長させているのだろう。こちらは室内ながらサングラスをかけていた。
二人は声を発する事無く、目の前に置かれた茶を飲み続けている。
緊張感のある空気が室内を覆う。
「……それで、国際警察機構の長官殿がどのような要件でしょうかの」
近右衛門が沈黙を破った。対面に座る男は視線を窓の外に向ける。
「祭り、ですな」
ポツリと一言呟く。耳を済ませれば、静寂の中に子供達の喧騒が遠く聞こえた。
「ふぉっ。えぇ、もうすぐ学園祭なので生徒達がはりきっておりましてな」
「祭りは良いですな。活気が溢れ人も集まる。生きていると実感できる空間です。だからこそ護らなくてはいけない、害意や悪意から。そう思いませんかな?」
男は紳士然とした情緒で語る。
「そうですな。年に一度の祭りです。我が学園としても万全の警備体制を整えています」
近右衛門は男の質問にキッパリと答える。
「果たしてそうでしょうかね」
男は顔を伏せ、クククと笑い出した。瞬時に紳士然とした雰囲気が崩れる。
目元はサングラスに隠れているが、口元は三日月の様な形の笑みを浮かべている。どこか悪ガキの様な印象を与えた。
「先日の爆破事件に、件の学園都市の衝突。それにこの都市にはまだ《矢》があるそうじゃないですか?」
男は嫌らしい笑みを浮かべたまま近右衛門に詰め寄る。近右衛門は表情を変えぬものの、こめかみには汗が伝っていた。
「――何が言いたいんですかな、中条長官殿?」
男――中条長官と呼ばれた人物は目の前の茶を一気に煽り、テーブルに湯呑みを置く。
「な~に、簡単ですよ。我ら《国際警察機構》をこの麻帆良祭期間の警備、及び捜査を許可してもらいたい」
中条は無作法にも、近右衛門の胸元にピシリと指を差す。
(こやつッ)
近右衛門は内心で苛立ちを募らせた。
目の前にいる人物は中条静夫。
世界的治安組織である《国際警察機構》の北京支部長官である男だ。北京支部とはいえ、その影響力は極東全域に及ぶ程である。
《国際警察機構》にはエキスパートと呼ばれる優秀かつ特殊な捜査員が存在する。彼らは気や魔法など多種多様な異能を使いつつも、魔法協会などの組織に所属しない人間だ。
そのエキスパートの中でも更にトップクラスの人間を、《国際警察機構》では九大天王と呼んでいる。
選ばれし九人の中に中条は入っている。
〝静かなる中条〟という名を、近右衛門は何度も聞いたことがあった。物静かな風貌と確かな実力によりついた異名らしい。
だが――。
(なにが〝静かなる〟じゃ)
目の前で雄弁に語り、ニタニタと笑う男に、その異名は不釣合いだった。
されど、彼の実力は否が応にも理解してしまう。
溢れんばかりの膨大な気が彼の体に眠っているのだ。体から漏れ出る気の量ですら、あの高畑と同等であろう事を近右衛門は推察する。
爆弾。そう爆弾だ。
近右衛門は中条を見て、『爆弾』を想起する。
「それは認められませんな。正直、わしらは《国際警察機構》の最近の状況を好ましく思っておりませんのじゃ。内憂外患、現状ではあなた達を招き入れる事は、この麻帆良の長として許容できませんな」
「ほう」
きっぱりと言い放つ近右衛門に、中条は感嘆の声を漏らす。
近右衛門の周囲に魔力が覇気となって現れる。近右衛門と中条、お互いの圧力が室内の空気を歪めた。
近右衛門の手元にある湯呑みの中の茶が、何も無いのにピチャリと跳ねる。
「ククク、さすが極東一の魔法使いと呼ばれるだけありますな。我らが九大天王の無明幻妖斉殿にもまったく引けを取らない御力だ」
中条は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「今回はお暇しましょう。だが、この麻帆良に《矢》がある限り、災厄は防げますまい。ましてやBF団が見逃すとは思えませんな」
「BF団、あの諸葛孔明ですかの?」
ピクリと眉を上げ、その下から近右衛門の剣呑な眼差しが現れる。
BF団、世界征服を目的に掲げている非合法組織だ。国際警察機構もBF団の活動に対し、インターポールが整理されて出来た組織だった。
彼ら国際警察機構の宿敵とも言える存在である。
そして、そのBF団の最高幹部である諸葛孔明の名も、裏の世界に携わる近右衛門は知っていた。智謀に長けた策士にして軍師。
情報が真実なら、確かに麻帆良にある《矢》を手に入れようとするかもしれない。
中条が投げた懸念は、確かに近右衛門の心に突き刺さった。
「孔明の事もご存知でしたか。なら話は早い、必要になったならば我ら《国際警察機構》にいつでもご連絡ください。すぐさま駆けつけましょう」
ニタリ、と気味悪い笑みを残し、中条は学園長室から去った。
近右衛門は数分間、冷めた日本茶を見つめ続ける。
子供達の遠くの喧騒だけが、室内に響いた。
第35話「A・I」
学校での喫茶店の準備の後、千雨とアキラと夕映は図書館島の地下にいた。
これから千雨とアキラは『超包子』での仕事があるし、夕映も図書館探検部での出し物の打ち合わせがあるらしい。
忙しい身であるが、ドクターからの呼び出しがあり、三人は時間を作り図書館島の地下奥深くまでやって来ていたのだ。
「んで用って何だよ」
ドクターの研究室で、千雨はぶっきら棒に話しかけた。
「ははは、どうしたんだい千雨。なんかイラついてるね」
「べっつに~」
ドクターの言葉に、千雨は不機嫌に返す。先程まで教室でさんざん弄くられ、千雨はいささかストレスが溜まっていた。
千雨の後ろでアキラが苦笑いし、夕映は素知らぬ顔で紙パックのジュースを飲んでいる。
彼女らの表情で、ドクターはおおよその事を察した。
「ふむ。まぁ千雨も色々あるようだね。とりあえずみんな忙しいみたいだから、手早く済ませようか」
ドクターは机の引き出しを開け、ゴソゴソと漁り出した。
「綾瀬君」
「はいデス」
ドクターは夕映に呼びかけ、手招きをする。夕映はチョコンと首を傾げたまま、ドクターに近づいた。
「はい、これ」
「これは……」
ドクターに手渡されたのは、先日からドクターに預けていたペンダントだった。
四角く何の装飾も無い、無骨なペンダント。ただ表面に滑らかな金属光沢があり、それが光彩を放っている。
《学園都市》の事件で、表面にかなりの傷が付いたはずだが、それも綺麗に修復されていた。
「以前言っていただろう。ペンダントに君の肉体をモニタリングする機構を入れたんだ。あとちょっとしたオマケも入れておいた」
「オマケ、デスか?」
「うん。とりあえず付けてごらん」
夕映は言われるままに、ペンダントを首にかける。重みも感触も以前のままだ。以前は虫食いの様にちぐはぐになっていく記憶を補うために、このペンダントによく触れるクセがあった。
以前のままにペンダントに触れる。すると――。
〈ん~~、むにゃむにゃ〉
「えっ!?」
まるで寝言の様な声が夕映の頭に響いた。
「ん、どうしたんだ夕映」
どうやら千雨達には聞こえなかったようだ。
「いえ、あのですね。変な声が……」
「ははは、早速聞こえたかい?」
ドクターが楽しそうに笑う。
「そのペンダントには綾瀬君の肉体をモニタリングするためにAI、つまり人工知能を入れてあるんだ。皮膚接触による直接接続での会話なら、たぶん千雨にも聞こえないと思うよ」
「人工知能?」
夕映はペンダントをペチペチと叩くと〈う~ん……〉と、寝ぼけた声が頭に響いた。
「――本当に役立つんですか?」
ジト目でドクターを見る夕映。
「おや、まだ立ち上がってないのかい。一応綾瀬君をマスターに設定して、君との接触で起動するようにしたはずなんだが。どれどれ」
ドクターはペンダントの表面に吸盤の様な端子を貼り付け、研究室内の端末と繋ぐ。
そしてモニターに現れた結果を見て苦笑いを浮かべた。
「どうやらファジーに調整しすぎたかな。綾瀬君、ちょっと呼びかけてごらん」
「はぁ。――起きるデスよ、このねぼすけ」
コツコツとペンダントを指で突付きながら話しかける。
〈ぐ~~、って、おわっ! あわわわ、すいませんマスタ~~〉
ペンダントから情けない声が聞こえた。どうやらAIは起きたらしい。
「起きたみたいデス」
「うん。それじゃ外部音声に切り替える様にAIに伝えてくれないかい。そうだな、この研究室内のスピーカーを使っていいともね」
「だそうデスよ」
ドクターの言葉を引き継ぎつつ、夕映はペンダントに話しかける。
〈了解しました~〉
AIは陽気に答えながら、何かしらの作業を始めた。
『これでどうですか~』
今度は脳内では無く、室内に設置されたスピーカーからAIの声が聞こえる。
「情報端末としても大丈夫な様だね」
AIが速やかに研究室内のシステムにアクセスしたログを見て、ドクターはペンダントの正常稼動を確認した。
『えへへ~、もっと褒めてくださってもいいのですよ』
「調子に乗るなデス」
夕映がペチンとペンダントにデコピンする。
『痛ッ! 酷いですマスタ~』
そんなやり取りを黙って見ていた千雨とアキラは、お互いある事に気付いた。
「なぁ、アキラ。どう思う?」
「やっぱり千雨ちゃんも?」
目で確認し合う。二人が気付いた事は同じ事らしい。
「ちょっといいか。夕映、なんかさお前とAIの声、似てない?」
千雨の言葉に夕映は一瞬キョトンとする。
「そう、デスかね?」
自分自身の声という事もあり、夕映にはそのような印象は無いようだ。
「そりゃそうだろう。このAIにはマスターである綾瀬君の声を元に、ボイスデータを作ったからね」
「へ?」
ドクターの言葉に、夕映が驚く。
「あのー、聞いてないのデスが」
「あ、こりゃ失礼。言い忘れてたかな」
ドクターがボリボリと頭を掻いている後ろで、千雨が額を手で覆い、溜息を吐きながらあきれている。
「んじゃ、とりあえずこのAIの機能を説明しておこうか」
ドクターは仕切りなおしとばかりに、説明を再開した。
「このAIは日本国産の桜-A型というものをほぼそのまま使わせてもらっている。僕はこの手は専門じゃないからね。それで基本的には綾瀬君の肉体のモニタリングを行なっている。AIだけに情報処理もそれなりに出来るね。あと、肉体の監視だけで無く、簡単な〝治療〟も行なえるよ」
「〝治療〟だって? AIったってプログラムだろ。そんなん出来るのかよ? それともペンダントにそういう治療用の器具でも入ってるのか?」
千雨が疑問の声を上げた。
「普通だったら出来ないし、ペンダント内にそんな器具は入ってないよ。だけど最近ある技術が出回っているんだ。僕らが《学園都市》から脱出した際、一部《学園都市》内の研究データが流出したようでね。今回、そのデータを応用した技術を組み込んでみたんだ」
「技術、ですか?」
アキラがボソリと返した。
「百聞は一見にしかずさ。さぁ、桜-A型やってごらん」
『わかりましたー』
夕映の胸元――ペンダント――が一瞬まばゆく光ると、ペンダントの表面から小さな人影が這い出して来た。
「は?」
夕映はポカンと口を開ける。手の平で握りつぶせそうなサイズの人影が、自分の胸元にあるのだ。
「よいしょ、よいしょ」
ペンダントから這い出た小人は足場を失い、夕映の胸元から滑り落ち、近くのテーブルの上にコロンと転がった。
「イタタタタ……」
小人は頭を擦りながら体を起こした。
「これ、立体映像かなんかか?」
千雨は昼間の超の実験を思い出し、小人を指先で軽くつつく。
「おわっ! か、感触がある」
「当たり前ですよ! 失礼ですね、千雨様!」
「あ……わ、わりぃ」
千雨の行動に、小人が怒りを露にした。千雨もその剣幕に負け、素直に謝ってしまう。
小人の姿は、どこかキャラクターモノのぬいぐるみを思わせた。大きな頭と小さな体、おおよそ十五センチ程の身長で、二頭身だ。女子中学生や女子高生の様な制服を、デフォルメして着ていた。髪は紺色、頭身のせいだろう、足元まで伸びる長髪だった。目はクリクリとしており、顔のパーツではキリリと太目で強調された眉が目立った。可愛らしい幼女の様にも見える。
声は夕映と同じ。その口調からも、先程まで説明を受けていたAIと目の前の小人は同じなのだろうと、千雨達は推察する。
夕映は小人の襟首をヒョイと掴み上げた。
「わわわ、何するんですか、マスター」
「えーと、どうなっているんでしょうか?」
小人の言葉を流しつつ、夕映はドクターに問いかける。
「ククク、そりゃ驚くだろうね。《楽園》出身の僕も驚いたよ。それこそが件の技術『実体化モジュール』ってヤツだ」
「「「実体化モジュール?」」」
千雨達三人の声が重なった。
「そう。平たく言えばコンピュータープログラムを現実に実体化させる、ってとんでもない物さ。このチビっ子の様にね」
夕映が手に持つ小人を、ドクターが指差す。
「作ったのは日本人らしくてね。MITに在籍するコウベヒトシっていう天才青年らしい。だけど彼の作った基礎プログラムはかなり難解で膨大らしくてね、かなりの設備を必要としているらしく、そこらへんの簡略化を《学園都市》と提携して研究してたみたいなんだ。今回流出したのはその簡略化したモデルさ。大型の物体は実体化できないが、こんな感じでAIをチビっ子として実体化したり、綾瀬君の肉体に簡易的な治療を行なう事も出来る。さすがに銃みたいな難解な構造は無理だけど、ナイフぐらいだったら武器も実体化出来るよ」
強度は保証出来ないけどね、とドクターは付け足す。
「とんでもねぇ技術じゃねぇか。しかもそれが流出してるってヤバくないか?」
千雨が懸念を上げた。
「それなら当分大丈夫だと思うよ。簡略化したとは言っても、セッティングがとんでもなくピーキーなんだ。僕もプログラムを安定化させるのに四苦八苦したよ。それに実行にも簡易モデルとは言えかなりの設備を必要とする。綾瀬君の端末だって、この研究所のシステムを併用した上でやっと起動できてるぐらいなんだ。あ、そうそう。その『実体化モジュール』は麻帆良内でしか使えないと思ってて欲しいね。それ以上になると、研究所のシステムとたぶんラグが発生して使えないと思うんだ」
「わかりましたデス。とは言っても、コイツを実体化して使い道があるのやら」
夕映の指先では、襟首を掴まれた小人がプランプランと揺れていた。
「は~な~し~て、く~だ~さ~い~」
小人が目に涙を浮かべながら、ジタバタと暴れていた。
「夕映、離してあげたら」
アキラがいたたまれなくなったのか、小人に救いの手を差し伸べた。
「了解デス」
パッと夕映の手が離され、小人はテーブルにペシャリと落ちた。
「へぷっ!」
顔から落ちた小人が、奇妙な悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫? えーと、小人さん?」
アキラは小人をなんて呼んでいいのかわからず、疑問符を付けながら呼びかける。
「酷いですよマスタ~~」
「……悪かったデスよ」
夕映はそっぽを向きながら、口先だけで小人に謝る。どうやら自分と同じ声という所など、どこか小人に対して思う事があるようだ。
「それにしたって、そのAI。名前無いと不便だよな。ドクター、こいつの名前は?」
「決めてないよ。強いて言うなら『桜-A型』ってのが仮の名前かな。綾瀬君、君が決めてくれないかい?」
「私、デスか?」
「これから君の相棒になると思うしね」
ドクターの言葉に、夕映は小人を見つめる。小人は胸を張り、どうだと言わんばかりにふんぞり返っている。
「相棒……」
「でも夕映、ちゃんとした名前が無いと可哀想だよ」
またしてもアキラが助け舟を出す。
「だな。夕映、なんかいい名前無いのか?」
「うーん」
夕映は腕を組んで考えるが、良い名前は浮かばない。
「桜-A型。SAKURA-A……、じゃあひっくりかえしてASAKURA、アサクラでいいんじゃないでしょうか」
夕映が単純すぎるアナグラムで名前を作る。
「おぉ、ナイスですマスター! どこか知的で優美な感じがします! 決めました、私はこれからアサクラです!」
小人――アサクラが喜んでジャンプする。思いのほか気に入ったようだ。
「夕映、クラスメイトにも朝倉がいるんだけど」
「あ、そうでしたね。同じ名前だと紛らわしいですよね」
アキラのツッコミに、夕映が即座に反応する。
「じゃあ、『あちゃくら』にしましょう。クシャクシャしてるし、丁度良いデス」
夕映が冷酷に言い放つ。
「な、なんですか『あちゃくら』ってぇー! もっとかっこ良い名前にしてくださいよ!」
アサクラがピョンピョンと跳ね、訂正を呼びかけるも――。
「マスターの命令デス。正式名称は『アサクラ』で構いませんが、普段の呼称は『あちゃくら』で決定。以上」
「そ、そんなぁ~」
アサクラがうるうると瞳を滲ませている。
(確かにアサクラって言うより『あちゃくら』って感じがするな)
(――うん)
アサクラのそんな態度を見て、千雨とアキラは意思疎通を使いながら、そんな会話をしていた。
アキラはアサクラに近づくと、その体を手の平に乗せ、指先でそっと頭を撫ぜた。
「えーと、あちゃくら。その、私はカワイイ名前だと思うよ」
「うぅ、えーとアキラ様、でよろしかったですよね。あなたは女神の様なお方ですぅ~~」
アサクラはひしっとアキラの指に掴まり、涙目ながら笑顔を浮かべる。
「それに比べてウチのマスターは……」
チラリとアサクラが夕映を見れば、逆に睨み返された。
「何か、文句でもあるのデスか、あちゃくら?」
「な、何もないですよ~、マスター」
アサクラの虚勢も、夕映の前ではすぐに剥がれた。
「名前も決まったようだね。それじゃあちゃくら、綾瀬君のモニタリング頼んだよ。こちらのシステムにも定期的にデータを送ってくれ」
「了解です。どくたー!」
アサクラは元気良く答える。
夕映はこれからこの幼稚園児みたいなのと一緒に時間を過ごし、なおかつ体を監視される事を考えると気が重くなってきた。
千雨も夕映の雰囲気からそれを察し、元気付けようと声をかける。
「ま、まぁ良かったじゃねぇか夕映。なんか色々出来て便利そうだしな」
「おぉ、さすが千雨様。私の利便性をいち早く理解しているご様子ですね。マスター、私はちゃんとデータさえあれば、ナイフからドライバー、更には爪きりに毛抜きとと様々な物に変身出来るんですよ! 十徳ナイフもビックリな便利さです!」
あちゃくらがキラキラと目を光らせ、拳を天井に向けて掲げた。
「――そんなの、どれも百円ショップで買えるデスよ」
対し、夕映がボソリと呟く。
「いや、ナイフは買えねえんじゃねぇか」
千雨も冷静にツッコんだ。
「ねぇ、千雨ちゃん。そろそろ時間」
そんな会話の中、アキラが千雨に提言する。
「おわ、ちょっと時間厳しくなってきたな。さすがに初日から遅刻するわけにいかないし、そろそろ超の所に行くか」
千雨も研究室内の時計を見て、少し慌てる。
「なら私も上の階に戻って、図書館探検部の打ち合わせに参加するデス」
夕映も時間を確認し、追随する。そして千雨達は研究室を出て行こうとするも――。
「ちょ、ちょっとマスター。私を置いて行かないでくださいよぉ!」
実体化したアサクラが、夕映に追いつこうと床をチマチマ走っていた。
「ちっ」
「あぁ~! い、今舌打ちしましたよね!」
「してないデスよ。ほら、あちゃくら。ちゃっちゃと行くデス」
夕映はヒョイとアサクラを掴むと、自らの肩口に乗せた。この時期、麻帆良祭や準備期間ではコスプレや仮装をする人間が多く、肩にぬいぐるみを乗せてるぐらいでは不審に思われないだろう。
「若いってのは良いねぇ。学園祭、頑張ってきなよ」
ドクターが気だるそうに見送った。ゾロゾロと退室していく千雨達だが、最後にヒョイと千雨がドアから顔を出し、ドクターを指差す。
「ドクター、タバコも良いけどしっかりメシ食えよ。あと風呂も入れ、ちょっと臭うぞ」
「はいはい、分かってるよ」
「――本当かよ」
ジロリと睨みつつ、千雨は今度こそ部屋から出て行く。
そんな千雨を見送りつつ、ドクターは口元に笑みを浮かべた。
◆
昇降口で上履きから革靴へと履きかえる。爪先でとんとんと地面を叩き、靴をしっかりと押し込んだ。
周囲には興奮した風情の男子学生達が、慌しく走っている。
そんな中、広瀬康一は一人で寮への帰路につこうとしていた。
喧騒を煩わしく感じる。
二週間程前、電車の中で湾内絹保に対して麻帆良祭について話していた事を、嫌でも思い出してしまう。
その度に口の中で苦味が広がった。自らの情けなさに知らず拳を強く握ってしまう。
鬱屈とした気持ちを心に押し込め、ただ無意味に時間を浪費していく。
手には、他の人には見えない〝卵〟だけがある。
(コレは一体……)
未だ、この〝卵〟の正体は分からない。ただ、康一の意志一つで、周囲の音を消すことが出来る事は知っていた。
一度、授業中に音を消す能力が発動し、焦った事があるくらいだ。その時にはちょっとした騒ぎになったものの、次の日には皆気にしていなかった。
いつの間にか、この〝卵〟の表面を指先で撫でるのが康一のクセになっていた。ザラつく表面が指先に引っかかる。だが、それが康一にあの日が夢で無い事を実感させ続けた。
ゴシゴシと指で〝卵〟の表面を撫でながら、人で溢れた麻帆良内を歩く。
ふと、人込みの中に背の高い人物が目に止まる。
麻帆良では身長の高い人物はさして珍しくない。ましてや準備期間の今は仮装だコスプレだと奇妙な格好をしてる人が多く、ただ背が高いというだけでは印象にも残らないだろう。
しかし、その背の高い人物はじっと康一を見つめていた。瞳には力強い意志が宿っているようで、康一はそんな瞳に見つめられ萎縮する。
初夏なのに真っ白いロングコートを羽織り、頭には学生帽に似た白い帽子を被っている。体中に特徴的なアクセサリをたくさんつけてもいた。彫りの深い顔立ち、見たところ二十から三十歳といった風のガタイの良い男性だ。瞳には強い意志と共に、知性的な輝きも垣間見える。
その男性――空条承太郎――は広瀬康一を見つけると、人込みを掻き分けながら近づいてきた。
康一は自分にまっすぐ向かってくる男性に怯え、硬直する。
それと同時に、何故か憧れが湧き上がった。
(眩しい)
それが康一の承太郎への第一印象だ。何もそれは承太郎の服装が白いだけでは無いだろう。
ただ歩くだけでも、承太郎の持つ覇気が康一には感じられた。いかつく肩を張り、人を押しのける様な粗野な歩き方では無い。だが、人込みの中に置いても、一歩一歩を踏み出す承太郎に確かな強者としての風格があった。
羨望だ。絹保を助けられなかった自らの弱さ、その裏返しとも言える力への憧れ。
見かけて数秒。目の前の男性の素性も性格も知らないのに、康一は承太郎に魅了されていた。そして男性の眩しさが強くなる度、自分に突き刺さった罪の痛みが増す。
(――っ)
病院のベッドで眠る絹保の姿が脳裏に過ぎる。たった一日を共に過ごしただけの少女なのに、ベッドに眠る彼女の姿は目蓋に焼き付いて離れない。
康一が懊悩している間に、承太郎は目の前にまで来ていた。
身長の低い康一は承太郎を見上げる格好になる。彼我の身長差は四十センチ程度。しかし、康一はそれ以上の大きさの違いを感じた。
目の前の男性を、それこそ巨大な岩壁の様に感じる。
すがる様に〝卵〟を力強く握る。
承太郎はそんな康一の所作を見逃さなかった。チラリと視線を向けた先の〝卵〟をしっかりと確認する。
「君が広瀬康一君で間違いないだろうか? 俺は空条承太郎、君のクラスメイトの東方仗助の親戚だ」
「へ? 仗助君の?」
承太郎の言葉に、康一は張り詰めていた気が緩む。
「そうだ。君に話があって来た。少し付き合って貰えるかな?」
「あ、はい」
康一は無意識に生返事を返す。
「……ふむ、すまないな。じゃあ付いてきてくれ」
承太郎は康一を促し、共に歩き出した。
つづく。
(2012/03/03 あとがき削除)
●千雨の世界 簡易時系列
┌─────────────────┐
│■第一章<AKIRA編> │
│時期 五月上旬 │
│1話~10話 │
│ │
│・千雨、アキラや夕映と出会う │
│・承太郎と出会う。 │
│・スタンド、魔法について知る。 │
│・音石明、エヴァとの戦い。 │
│・真犯人は捕まらず。 │
└─────────────────┘
│
│
↓
┌──────────────────┐
│■第ニ章<エズミに捧ぐ>麻帆良編 │
│時期 六月上旬 │
│11話~19話 │
│ │
│・学園都市との交換留学生。<リンク>─────┐
│・一章の後始末 │ │
│・ドーラとの出会い。 │ │
│・イタリア勢との邂逅。 │ │
│・夕映の秘密。誘拐。 │ │
│・ピノッキオ登場。 │ │
│ │ │
└──────────────────┘ │
│ │
│ │
↓ ↓
┌──────────────────┐ ┌────────────┐
│■第ニ章<エズミに捧ぐ>学園都市編 │ │■反章<るいことめい> │
│時期 六月中旬 │ │時期 六月上旬~中旬 │
│20話~30話 │ │プロローグ~13話 │
│ │ │連載中 │
│・学園都市へ潜入、夕映争奪戦。 │ │ │
│・パッショーネ・ファミリー参戦。 │ │・佐天さん魔改造。 │
│・シスターズ登場。 │ │・佐天&佐倉コンビ │
│・学園都市暗部も参戦。 │ │・妖怪、悪霊が敵。 │
│・夕映の真実。 │ │・学園都市が舞台。 │
│・謎の術式が学園都市を覆う<リンク>──→│・オカルトGメン。 │
│・学園都市より千雨達生還。 │ │・国際警察機構。 │
│ │ │・関西呪術協会。 │
└──────────────────┘ └────────────┘
│ │ │
│ │ │
│ │ │
│ └───┬───┘
│ ↓
│ ┌───────────────┐
│ │■二章と反章のリンク │
↓ │・登場人物の相互登場。 │
┌───────────────┐ │フレンダ、佐倉愛衣など │
│■第三章<フェスタ《殻》編> │ │・千雨編での「interlude」描写 │
│時期 六月下旬 │ │ は佐天編の描写。 │
│31話~ 連載中 │ │・千雨編24話の冒頭にて登場の │
│ │ │ 「毛玉人間」の都市伝説。 │
│・ウフコック重傷。 │ │ この時点で佐天は活躍中。 │
│・一章の真犯人、吉良吉影。 ?←─┤・また千雨24話でのフレンダは │
│・広瀬康一がスタンド使いに。 │ │ 佐天13話後のフレンダ。 │
│・国際警察機構登場。 │ │・千雨20話後半。佐天を迎えに │
│・etc…… │ │ 来た少女「セミロング~」は │
└───────────────┘ │ 佐倉愛衣。 │
│・etc │
└───────────────┘
●千雨の世界 組織勢力図
■麻帆良学園
原作 魔法先生ネギま!
埼玉の一部を中心とした学園都市であり
極東の魔法使いの拠点。
周囲の組織とは融和政策を図りたい。
■学園都市
原作 とある魔術の禁書目録
東京西部を中心とした学園都市。
壁に囲まれ、ほぼ都市国家となっている。
都市内は外に比べ、科学力が十年以上先を行っている。
また、学生達に超能力開発を行なっている。
■楽園
原作 マルドゥック・スクランブル
二十年前に起こった裏の世界での大戦。
その折に独自の科学力により大暴れした研究者集団。
現在、この《楽園》の技術は国連によりご法度となり、
施設、研究者諸共、地球の衛星軌道上にあるプラントに幽閉されている。
■スピードワゴン財団
原作 ジョジョの奇妙な冒険
空条承太郎の後ろ盾でもある財団。
ジョースター家を一手に支援している。
またスタンド使いの保護や支援も行なっている。
アキラは現在ここの保護下にある。
■公益法人 社会福祉公社
原作 ガンスリンガー・ガール
イタリア政府直轄の障害者支援組織。
だが、暗殺などの非合法行為を主な活動としている。
少女達を義体と呼ばれるものに改造し、非合法活動に従事させていた。
夕映、ジョゼ、トリエラなどが所属していた。
過激派の掃討による五共和国派の弱体化や政争により、十年前組織が解体される。
■五共和国派(パダーニャ)
原作 ガンスリンガー・ガール
イタリアの反政府組織。
ピノッキオが所属していた。
十年前に弱体化。現在は形骸だけ残っている状況。
■パッショーネ・ファミリー
原作 ジョジョの奇妙な冒険
イタリア国内を中心としているギャング組織。
多数のスタンド使いを抱えている。
夕映の暗殺事件の際には、イタリア政府からの依頼で
暗殺チームを学園都市に送った。
その後、ボスの交代が成される。
現在のボスはジョルノ・ジョバーナという青年である。
■国際警察機構
原作 ジャイアントロボ OVA版、漫画版
※キャラ、設定と共にOVAと漫画を混ぜてます。
国際的な治安維持組織だが、現在私利私欲による活動が多く、問題になっている。
特にBF団に対する活動は、他の迷惑を顧みない。
BF団の十傑集に対抗し、九大天王と呼ばれる超人集団がいる。
■BF団
原作 ジャイアントロボ
世界征服を目的とした悪の組織。
十傑集を始めとした数々の超人とロボットを備え、世界に対して攻撃活動を行なっている。
現在首領のビッグ・ファイアが不在のため、最高幹部である諸葛孔明が指揮を取っている。
■オカルトGメン
原作 GS美神
日常に起きる心霊現象や妖怪騒ぎなどを処理するゴースト・スィーパー。
魔法協会による『魔法認知の一般人への融和政策』として近年増加しているGS業務。
そのお役所版である。
国際警察機構の一機関として存在し、国境を越えて霊障の処理に従事している。
●今回出てきた設定群とか色々メモ
■実体化モジュール
原作 A・Iが止まらない!
ネギま作者、赤松先生の過去作より拝借。
プログラムをスパコン使って実体化させるとか、雷が落ちたエネルギーがどうとか。
二次元を三次元化する素晴らしい技術。
■あちゃくら
原作 涼宮ハルヒちゃんの憂鬱
声優は夕映と同じ桑谷夏子さん。
わざわざこの設定をやるためだけに、夕映に物語冒頭からペンダントを持たせてました。
夕映のパートナーになる予定。