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No.21114の一覧
[0] 【完結】千雨の世界 (千雨魔改造・ネギま・多重クロス・熱血・百合成分)[弁蛇眠](2012/08/14 15:07)
[1] プロローグ[弁蛇眠](2011/10/04 13:44)
[2] 第1話「感覚-feel-」[弁蛇眠](2011/10/04 13:43)
[3] 第2話「切っ掛け」 第一章〈AKIRA編〉[弁蛇眠](2011/11/28 01:25)
[4] 第3話「図書館島」[弁蛇眠](2011/10/16 18:26)
[5] 第4話「接触」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[6] 第5話「失踪」[弁蛇眠](2011/08/31 12:04)
[7] 第6話「拡大」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:26)
[8] 第7話「double hero」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[9] 第8話「千雨の世界ver1.00」[弁蛇眠](2012/03/03 20:27)
[10] 第9話「Agape」 第一章〈AKIRA編〉終了[弁蛇眠](2012/03/03 20:28)
[11] 第10話「第一章エピローグ」[弁蛇眠](2012/03/03 20:29)
[12] 第11話「月」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉[弁蛇眠](2012/03/03 20:30)
[13] 第12話「留学」[弁蛇眠](2011/10/16 18:28)
[14] 第13話「導火線」[弁蛇眠](2011/08/31 12:17)
[15] 第14話「放課後-start-」[弁蛇眠](2011/08/31 12:18)
[16] 第15話「銃撃」+現時点でのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:32)
[17] 第16話「悲しみよこんにちは」[弁蛇眠](2011/10/16 18:29)
[18] 第17話「lost&hope」[弁蛇眠](2011/08/31 12:21)
[19] 第18話「その場所へ」+簡易勢力図[弁蛇眠](2011/08/31 12:22)
[20] 第19話「潜入準備」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[21] 第20話「Bad boys & girls」[弁蛇眠](2011/08/31 12:23)
[22] 第21話「潜入」[弁蛇眠](2011/10/16 18:53)
[23] 第22話「ユエ」[弁蛇眠](2011/10/16 18:55)
[24] 第23話「ただ、その引き金が」[弁蛇眠](2011/08/31 13:06)
[25] 第24話「衝突-burst-」[弁蛇眠](2011/08/31 15:41)
[26] 第25話「綾瀬夕映」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[27] 第26話「sorella-姉妹-」[弁蛇眠](2011/10/16 18:56)
[28] 第27話「ザ・グレイトフル・デッド」+時系列まとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:35)
[29] 第28話「前を向いて」[弁蛇眠](2011/08/31 16:19)
[30] 第29話「千雨の世界ver2.01」[弁蛇眠](2011/10/16 19:00)
[31] 第30話「彼女の敵は世界」 第ニ章〈エズミに捧ぐ〉終了[弁蛇眠](2011/08/31 16:27)
[32] 第30話アフター?[弁蛇眠](2012/03/03 20:37)
[33] 第31話「第二章エピローグ」[弁蛇眠](2011/08/31 16:30)
[34] 第32話「声は響かず……」[弁蛇眠](2011/12/12 01:20)
[35] 第33話「傷痕」 第三章[弁蛇眠](2011/11/28 01:27)
[36] 第34話「痕跡」[弁蛇眠](2011/08/31 16:33)
[37] 第35話「A・I」+簡易時系列、勢力などのまとめ[弁蛇眠](2012/03/03 20:39)
[38] 第36話「理と力」[弁蛇眠](2011/08/31 16:36)
[39] ifルート[弁蛇眠](2012/03/03 20:40)
[40] 第37話「風が吹いていた」[弁蛇眠](2011/08/31 16:38)
[41] 第38話「甘味」[弁蛇眠](2011/10/16 19:01)
[42] 第39話「夢追い人への階段――前夜」[弁蛇眠](2011/10/16 19:02)
[43] 第40話「フェスタ!」[弁蛇眠](2012/03/03 20:41)
[44] 第41話「heat up」[弁蛇眠](2011/10/16 19:03)
[45] 第42話「邂逅」[弁蛇眠](2011/10/30 02:55)
[46] 第43話「始まりの鐘は突然に」[弁蛇眠](2011/10/24 17:03)
[47] 第44話「人の悪意」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[48] 第45話「killer」[弁蛇眠](2012/02/19 12:42)
[49] 第46話「終幕」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[50] 第47話「そして彼女は決意する」[弁蛇眠](2011/10/27 15:03)
[51] 第48話「賽は投げられた」[弁蛇眠](2012/04/14 17:36)
[52] 第49話「strike back!」[弁蛇眠](2012/02/19 12:43)
[53] 第50話「四人」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[54] 第51話「図書館島崩壊」[弁蛇眠](2012/02/21 15:02)
[55] 第52話「それぞれの戦い」[弁蛇眠](2012/02/29 23:38)
[56] 第53話「Sparking!」[弁蛇眠](2012/02/25 20:29)
[57] 第54話「double hero/The second rush」[弁蛇眠](2012/02/27 13:56)
[58] 第55話「響く声」[弁蛇眠](2012/02/29 13:24)
[59] 第56話「千雨の世界verX.XX/error」[弁蛇眠](2012/03/02 22:57)
[60] 第57話「ラストダンスは私に」[弁蛇眠](2012/03/03 20:21)
[61] 最終話「千雨と世界」[弁蛇眠](2012/03/17 02:12)
[62] あとがき[弁蛇眠](2012/03/17 02:08)
[63] ――――[弁蛇眠](2014/11/29 12:34)
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[21114] 第29話「千雨の世界ver2.01」
Name: 弁蛇眠◆8f640188 ID:7255952a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/16 19:00
 状況は最悪だ。
 しかし、まだ皆が生きている。
 アキラも、ルイも、ドーラ一家も、ウフコックも、そして夕映も。
 喉の奥からせり上がる恐怖を奥歯で噛み潰し、まっすぐ前を見据えて歩く。
 背中には両親の温もりがあった。人工皮膚(ライタイト)に焼きついた二人の手の平は、決して幻じゃないはずだ。
 ならば、立ち向かわねばならない。
 今の千雨には、周囲に光の糸が見えていた。
 《学園都市》に戻ってきてから感じていた違和感。見られている様な感覚の正体に、今になって気付くことができた。
 空気中を満たしている特殊な電子ネットワーク。
 何人にも視認できないはずのソレを、より感覚が鋭敏になった千雨は感じていた。
 腕を振るい、その無数の糸を束にしてグシャリと掴む。

「?」

 見つめていた周囲の人間達は、千雨の奇異な行動に眉をひそめた。
 だが――。

「――ふッ!」

 呼気一つ、周囲にあるネットワークへの電子干渉(スナーク)を開始すると、千雨にしか見えなかった光の糸が、周囲の人間にも見えるように発光し始めた。

「そうだ。こいつらと正面向かって勝てるはずがないんだ。わたしは戦うための努力を重ねてきたわけじゃない。なら、やれる事をやるべきだ」

 ルイの「お願いします」という言葉が耳に残った。救うべき味方は多く、倒すべき敵も多い。
 近づいてくるヘリの音が聞こえる。ネットワークを斜め読みする限り、どうやら《学園都市》の防衛システムが働いてるらしい。

「敵は目の前のコイツらじゃない。《学園都市》そのものだ。なら――」

 千雨の髪がパシリと紫電を帯び、弾けた。前髪の一部の特殊塗料が消し飛び、本来の白い髪が色を覗かせ、淡い光を放っている。

「いただくぜ、《学園都市》ッ!!!」

 千雨を中心に閃光が広がる。
 不意の光に『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の面々が銃を構え、『原子崩し(メルトダウナー)』が笑みを崩さぬまま、千雨に狙いを付ける。
 ビルの隙間を縫うように低空飛行をする『六枚羽』の影が、遠く視界に入ってきた。
 輝きの中心に立った千雨は、携帯電話を取り出した。
 そこへ一通のメールが入る。わざわざ液晶を開かずとも、今の千雨にはその内容が容易に分かった。

「――ったく。遅いぜ」

 千雨はそう吐き捨てながら、口角を吊り上げた。

『千雨サン、お待たせしたネ』

 たった一言のメール。されどそれは千雨にとっての、最後にして最大の援軍だった。







 第29話「千雨の世界ver2.01」







 少しばかり時間はさかのぼる。
 ロシア東部、太平洋に接するある田舎町に二人の姿があった。
 超鈴音と葉加瀬聡美。
 千雨のクラスメイトにして、中学生ながら大学部に研究室を持っている、天才科学者の二人である。

「うぅっ、やはり寒いですね」
「だからこそネ」

 初夏といえど、緯度の高いロシアは寒かった。国土が広いため気候にはバラつきがあるものの、六月に気温十度を下回る時があるほどだ。
 二人は千雨からの連絡を貰い、一路空路でロシアの土地にまで来ていた。
 向かう過程でも様々なことがあったが、ここでは割愛する。
 元々二人は様々な研究の実験をするため、幾つかの地域に実験用の施設を作っておいたのである。
 ここの施設もその一つだ。麻帆良から一番近いという理由もあり、やって来たのだ。
 千雨からの依頼は簡単。「《学園都市》との電子戦の折、助けて欲しい」という物だった。

 二週間ほど前に起きた『スタンド・ウィルス事件』。千雨は麻帆良のほとんどのネットワークを手中に置き、膨大な演算力を駆使して敵を撃退した。
 その事件の最中、千雨は超達の研究室も制圧してしまったわけだが、超達の持つ技術に違和感を持ったのだ。
 彼女らの技術力には、千雨から見れば〝空白〟があった。技術とは本来積み重ねで出来ていく。そのため系譜の様なものを作り、ある程度の向上過程を読み解いたり、技術を発達を予想できたりもする。
 されとて超達の持つ技術の一部には、その前後が無かった。ポッと出の技術が幾つも使われており、なおかつそれらの出力が現代技術に合わせる様に調整されていた。
 千雨は力押しで超達の技術に打ち勝ったものの、彼女らの科学力には感嘆の念を感じていたのだ。
 その技術の根本が何処にあるのかは分からない。自分とて似たような物なのだ、そこを探る気はなかった。
 だが《学園都市》に行くにあたり、都市内で自分の力がどこまで及ぶか分からず、彼女達への救援を求めて今に至る。



     ◆



 超達とて、本来そんな要望に軽く答えるわけにはいかない、
 だが、超達にとってこれは好都合だった。

「ワクワクするネ」
「えぇ、学園都市との電子戦争。現行のシステムの出来を確認するのに丁度良いですね」

 超の言葉に、葉加瀬はメガネを上げながら答える。
 二人とて千雨達が窮地にいる事は分かっていたが、それ以上にこれからの出来事に胸を躍らせる。研究者の性だった。
 町の片隅にある廃工場、元は精肉工場だった場所に二人は入る。ボロボロの内部を進んでいくと、ある場所に大きな扉が見えた。
 金属製の扉である。厳重な電子ロックもされたそこを、葉加瀬は片手にもったノートパソコンを接続し、あっという間に開放する。
 扉が開き始め、隙間から冷気が溢れ出た。
 二人は一瞬身震いするものの、何事も無い様に中へ入っていく。

「終ぞ麻帆良内では、完全稼動出来なかたネ」

 超がポンポンと叩く先には、巨大な円柱がある。直径三メートル、高さ五メートルに及ぶ円筒形のソレは超達が開発した特殊サーバーだ。それが二つ、連結する形で置かれている。

「消費電力も、発熱量も桁違いですからね。大学の研究棟では、すぐに電源落ちちゃいますよ。それにこの巨大な冷凍庫並みの冷却システムが無ければ、あっとい間に蒸し焼きになっちゃいます」

 彼女らがわざわざロシアに、サーバーを移設した理由だった。
 サーバーはブーンという巨大な音を響かせ起動し始めた。表面の金属もすぐに熱を持ち始める。

「コンディションも上々、ハードウェアに問題なさそうネ」
「定期メンテナンスのおかげですね。さっさとやっちゃいましょうか」

 超は白衣を翻した。

「敵は《学園都市》。四つのターミナルセンターなど、幾つか問題あるが、まぁいいネ。物理的な問題が無い限り、私達の障害にはならないヨ」

 超は不敵な笑みをこぼした。

「それに千雨サンと、もう取引したしネ」
「超さん。本当にあんな要求で良かったんですか?」

 葉加瀬はノートパソコンから顔を上げ、ジトリと超を見た。

「何言うてるネ! とても重要なコトヨ」
「あーはいはい、分かりました。それじゃ超さん」
「うむ。『超包子7号ロシア店』のデリバリーサービス開始ネ!」

 超の携帯から一通のメールが送られる。
 そして背後にあるサーバー『超包子7号ロシア店』が、豪快な唸り声を上げた。



     ◆



 千雨は電脳世界にダイブをした。広がるネットの海に立ちふさがるのは、一万五千の『シスターズ』。
 彼女らと正面から戦い続けた千雨は、彼女らの単純な実力が自分を上回っている事を知っている。
 分割思考を最大の四千にした。千雨の周りに四千の分身体が現れ、『シスターズ』と対峙する。

(時間が無い)

 千雨の体には銃口が突きつけられ、目前にヘリが迫っていた。おそらく二秒にも満たない時間で、千雨はこの状況を打破しなければならない。

(上等ッ!)

 高速思考がより高まった。本来、普通の人間であれば呼吸一回で満たしてしまう時間に、千雨は幾回もの思考を重ねつつ、行動を起こす。

(コイツらとは目的が違うんだ!)

 『死体安置所(モルグ)』での攻防が、千雨の思考を柔軟にしていた。
 四千もの千雨が、まるでミサイルの様に電脳世界を飛ぶ。海中に真っ白い軌跡を残しながら、一万五千人の壁に立ち向かう。
 そんな千雨の後方から、風が吹いた。

(へ?)

 後ろからやってくる膨大なデータの津波。それを構成するのは小さな〝肉まん〟だ。
 千雨達だけを避け、それらは『シスターズ』を襲う。

〈『シスターズ』は再び迎撃を開始すると、ミサカは――ムグッ〉

 『シスターズ』の動きが止まった。
 千雨の前にヒラリと一枚の紙が落ちる。

『――デリバリーお待ちネ――超包子』

 見れば、迎撃を開始しようとする『シスターズ』の口に、肉まんのデータが詰め込まれた。
『シスターズ』は一瞬だが固まり、そのままモグモグと咀嚼しながら動き出す。
「クハッ! ハハハハハ! そうだ、そうだよ。真正面からぶつからず、スマートに、だよな」

 どこかシュールな光景に笑いがこみ上げる。何も相手に合わせてやる必要は無い、小バカにしてやるくらいが丁度良いはずだ。
 ふと、緑色のジャケットが脳裏を掠めた。
 四千の千雨は、それぞれ更に四人に分身した。
 演算力の無い、殻だけのダミーを作ったのだ。数の上では一万六千と、『シスターズ』の一万五千を上回る。
 所詮数だけだ。だが、それで良かった。

「どうせ抜けるのは一人で良いんだ!」

 肉まんの津波に混ざり、一万六千になった千雨は『シスターズ』に向かう。ぶつかる直前に左右二つ、八千同士に別れた。

「まだまだぁぁぁぁぁぁ!」

 『シスターズ』もそれに合わせ、左右に分割する。されど千雨はまだ終わらない。左右に分かれた二つが今度は上下に二つ、合計四つのグループに別れ、更に八つ、十六へ。
 次々と分割する千雨に合わせ、『シスターズ』も別れていく。
 そして――。

「正面ががら空きだぜ」

 『シスターズ』はいつの間にか薄く広がっていた。一人一人の間は離れ、網は目が大きくなっている。
 千雨が〝目指すべき場所〟へと、道は開ききっていた。
 一万六千にまで分かれた全ての千雨は、全て囮だ。本体たる千雨はじっと動かず、この時を待っていた。

「うぉぉぉおおおおおおおッッッツツツツツツ!!」

 ネットの海を切り裂く千雨の軌跡は、まるで大渦を見ているようだった。先ほどの加速が比にならない程の速さで、『シスターズ』の隙間を駆け抜けていく。
 『シスターズ』も千雨の目的に気付き、包囲を狭くした。玉砕を狙うが如く、己の体を省みずに千雨へぶつかっていき、そして弾かれていく。
 『シスターズ』も無事ではすまないが、千雨とて無事ではすまない。体を構築するデータの所々が吹き飛ばされ、ほうほうの体だ。
 だが千雨は何も一人では無い。
 超の肉まんが爆発しデータの奔流として、『シスターズ』の動きを阻害した。

「ハハハハッ!」

 笑いが込み上げる。瞳には揺ぎ無い闘志があった。
 『シスターズ』にぶつかりながらも、加速は止まらない。まるでブレーキが壊れていくようだ。
 それでも、『シスターズ』の開けた穴を通り抜けるには至らなかった。
 遠く見える穴の出口が、ゆっくりと『シスターズ』により塞がれていく。もう腕一本程度の隙間しかない。
 千雨はそれを見ても、ただ笑みを深くするだけだ。

「『閉じてるものがあればコジ開けろ』! だろ、バアさんッ!!」

 ドーラの言葉が過ぎった。
 千雨はそのまま小さな隙間へ頭から突っ込む。衝撃が体を襲った。『シスターズ』の分厚い壁が千雨の体を受け止める。千雨の動きがピタリと止まった。
 だが――。

「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇ!」

 背中に二つの手の平があった。そっと、柔らかく、されど力強いその手の平は、確実に千雨を助けた。
 まばゆい光を放ち、千雨の髪の毛が全て白くなっていく。
 その瞬間、千雨に覆いかぶさっていた『シスターズ』の壁が、破裂する様に吹き飛んだ。
 弾けた『シスターズ』の群れの隙間を、閃光となった千雨が貫いていく。
 向かうは《学園都市》の中枢。頂くは鍵。
 そのまま千雨は学園都市の巨大な衛星アンテナを経由し、空を舞う。グングンと高度を上げ、目指すは静止軌道、三万六千キロの彼方だ。
 大気圏を突破し、視界を満遍なく星の光が占めていた。直下には青い地球がある。

「見つけたぜ、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』!」

 《学園都市》の誇る、現行で世界最大の演算力を持つコンピュータの名前だった。衛星軌道上に留まり、膨大な演算能力で《学園都市》の研究を支えていた。
 それが持つ、強固なセキュリティという扉の鍵を、一秒も関わらず千雨は壊していく。
 人工衛星内にあるモニターに写ったのは、『肉まんをかじる金色のネズミ』の絵だった。
 《学園都市》に光が降り注いだ。



     ◆



 瞬き一つ。それが千雨が電脳世界で戦った時間だった。
 前髪の一部だけだった髪の発光も、電脳世界に合わせ今では髪の全体にまで広がっている。
 銃を構える『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の姿が見えた。
 『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を奪ったとて、未だこの周囲は『シスターズ』の影響下だ。分割思考をしながら、千雨は『現実』と『電脳』の二つの戦いを始める。

「――ふッ!」

 指を軽く振った。『猟犬部隊』の面々の持つヘルメット、そのヘッドマウントディスプレイを瞬時に電子干渉(スナーク)する。
 映したのは『肉まんをかじる金色のネズミ』だ。

「クッ、何だこれは!」

 彼らは視界を奪われ焦り、引き金を引くも照準はバラバラ。千雨に掠りもしなかった。
 千雨はそのまま走り出す。目指すは麦野沈利、そして夕映だ。
 目前に『六枚羽』が近づき、敵味方の識別を瞬時にした。狙いが千雨とドーラ達に設定され、機銃がせり出す。
 更に横合いからは絹旗も千雨目掛けて近づく。

「こなくそぉぉぉぉぉ!」

 千雨は『六枚羽』へ伸びる電子の糸を鷲掴みにし、思い切り引っ張った。
 電子干渉により制御システムを乱された『六枚羽』は、まるで本当に糸に引っ張られる様に傾き、同時に機銃の照準も変わる。
 銃弾は絹旗を襲った。

「わわっ!」

 絹旗は悲鳴を上げながら、『窒素装甲(オフェンスアーマー)』を削り取らんとする大口径の弾丸に、必死に耐えていた。
 周囲に降り注ぐ弾丸や振動を掻い潜りつつも、千雨の足は止まらない。

「夕映を、返せぇぇぇぇえl!!」

 千雨の知覚領域が広がる様を、麦野はその能力の高さ故に、違和感として覚えていた。

「うるせぇんだよ! クソガキィィ!」

 麦野の手から閃光が放たれた。されど――。

「ぐぅ!」

 千雨の髪を掠る。狙いとは違う場所を通過した。

(発射角がズレた。――ッ! 違う、私の)

 千雨の髪が更に強く光った。目は戦意を失わず、今の〝事象〟を当たり前として受け取ってる目だ。
 麦野にとって、千雨のにやつく口元が、何とも言えず不愉快だった。

(私の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』を乱しやがったァァァァ!)

 『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』、それは超能力者が持つ自分独自の感覚だ。
 本来他者が理解する事は困難で、間接的にならともかく、直接の干渉は限りなく難しい。
 しかし――。

「こぉの、ガキがぁぁぁぁ!」

 麦野が雄たけびと共に放った光線は凡そ十条。いずれもが千雨から反れるように発射角が乱れた。

「貰ったぁぁぁぁぁぁ!」

 体を低くして、千雨は麦野にぶつかっていく。麦野の右手は能力発動のため伸ばされ、左手には夕映を引きずっていた。
 麦野は冷静に左手の夕映を離し、千雨の顔面へ拳を振り抜く。

「ごふぅっ!」

 壊れかけのメガネが完全に砕け、千雨の顔と麦野の左手に裂傷を作った。千雨は慌てて目を瞑ったため、どうにか眼球への傷は防げている。
 転がりながらも、千雨の闘志は乱れない。顔を血で染めつつ、再び獣の様に走り出す。

「幾ら乱されたってさぁぁぁぁぁぁ! この距離じゃ関係ないよねぇ!」

 叫びなら麦野は腕を振り上げる。至近距離での『原子崩し』。
 目前に浮かんだ光球を散らせたのは千雨では無かった。
 麦野は自らへ浴びせられた弾丸を防ぐために能力を駆使した。

「チィィツ!」

 遠くで硝煙を上げる銃を持つドーラがいた。

「行きな! アキラ!」

 アキラは地面を飛んでいた。『フォクシー・レディ』が限界以上のスピードで、地を滑空する様に走る。アキラはさながらバイクレーサーの様な体勢だ。

「夕映ッ!」

 アキラは手を伸ばし、麦野の横をすり抜けた。左手にはガッシリと夕映の体が掴まれている。そのままアキラは無事だった車二台のうち、ドーラが乗り込んだバンへ向かった。

「ちーちゃんも早くッ!」

 アキラは千雨に悲痛な声を上げた。見れば後部座席には、ボロボロのルイも運び込まれていた。

「先に行っててくれ。ここにはまだ先生もいる。それに……コイツは駄目だ。この『原子崩し(メルトダウナー)』を残したままじゃ、わたし達は帰れない!」

 千雨は麦野の能力を理解していた。距離を取り逃げる。この莫大な射程を持つ麦野相手に、それでは駄目なのだ。
 先ほど千雨がバランスを乱させた『六枚羽』が復活し始めた。
 さらに追加で二機がこちらへ向かっている。その二機がドーラ達の乗る車へ機銃の照準を合わせた。

「このままじゃみんなお陀仏だ! さっさと車を出しなッ!」

 ドーラの指示を受け、二台の車が煙を巻き上げながら走り出す。

「ドーラさん、まだ千雨ちゃ――」

 アキラの言葉を遮るように、ドーラが頭を撫ぜた。

「大丈夫さ。いいかい、あたし達は賊だ。戦場で人間一人盗むくらい容易いことさ。今はあたし達の心配をするよ」

 バンの開け放っていた後部ドアの片方が、ヘリの機銃で弾き飛ばされた。
 夕映がヨロリと立ち上がり、手近にあった銃を取った。

「あいつを、あのヘリを壊して、千雨さんを迎えに行きます!」



     ◆



 千雨の残った場所はまさに戦場と化していた。一人で近代兵器と余裕で渡り合えるレベル5が暴れ、その合間に本物の兵器たる戦闘ヘリの攻撃が入る。
 地面が割れ、車が次々と爆発する。まるで空爆の中にいるような光景だ。
 瓦礫から這い出る影がある。白衣を着た、顔に刺青のある男。

「クソォォォォ! テメェら、ターゲットはどさくさに逃げやがった、『六枚羽』にブッ殺される前に回収するぞ!」

 木原数多が命令を出した。
 ヘッドマウントディスプレイを投げ捨てた『猟犬部隊(ハウンドドッグ)』の面々は、次々と車に乗り込んでいく。

「追わせると思うかぁぁぁぁぁぁ!!!」

 千雨は必死に声を振り絞り、周囲に干渉した。ヘリの機銃と『原子崩し』を反らせ、装甲車を襲わせる。約半分が破壊された。
 しかし、残りの半分は夕映たちを追いかけ、走り去った。

「絹旗! あんたも行ってきな! 私はこのガキを始末してから追う!」

 絹旗はコクリと頷きながら走り去る装甲車、その一台の天井に飛び乗る。
 依然、千雨の周囲には銃弾と閃光が満ちていた。軌道の計算と確率を元に、それらを掻い潜り続ける。
 その間も千雨の知覚領域はグングン広がっていく。『シスターズ』の迎撃も跳ね除け、『樹形図の設計者』と超の協力の元、次々と周辺の演算装置をジャックしていく。
 隣接する学区にいる学生達の携帯の液晶に、『肉まんをかじる金色のネズミ』のイラストが表示されていく。大型の街頭モニターにすらその絵が映っていた。

(まだだ)

 周囲の発電装置をも奪っていく。その電力をを演算装置のある物体へ、片っ端から送り込んでいった。

(まだだ!)

 千雨の感覚が際限なく広がっていった。そして、〝空間そのもの〟に干渉を始めた。

(何だ、これは)

 そして、見つけた。《学園都市》の上空に〝何か〟があった。

(扉? それとこいつは)

 都市内でも一番高い建物の壁面を、人影が走るように昇っていく。黒い尾をなびかせる影が見えた。

(おかしい。《学園都市》そのものに何かが、魔力か?)

 千雨が《学園都市》を手中にしていくのに比例し、魔力が集まっていく。白と黒の光の粒が、まるで雪の様に降り注いだ。

(だがまるで――)
「クッ!」

 千雨の目前に光が迫り、無駄な思考を止めざるを得なかった。現在千雨の並列思考は全開で働き、余裕など無い。

「また避けやがったか、この○○が。一体何なんだよ、オマエ」

 麦野が卑猥な罵倒と共に、疑問をぶつけた。
 千雨は血みどろの顔を袖で拭い、口の中で邪魔だった奥歯を吐き捨てた。一緒に血塊も飛ぶ。

「わたしが誰かだって?」

 千雨は笑みを強くした。
 瞳にたぎる、力強い輝き。
 依然は恐怖に震え、逃げ出した存在へ、高々と言い放った。

「わたしは長谷川千雨。たんなるッ! ただのッ! 一女子中学生だッ!」

 視界が広がった。周囲に舞っていた白い光の粒が、二つの人影を形作り、消える。
 力が一気に膨れ上がり、ネットワークを通し『シスターズ』が一気にショートしていく。
 一万五千にも及ぶ並列演算が、まるでドミノ倒しの様に崩れていった。
 千雨を縛る鎖が弾け飛ぶ。もはや彼女を縛るものは何も無い。

「決着だ! レベル5ッ!」

 学園都市に『千雨の世界』が広がっていった。



     ◆



 車は激しく揺れていた。
 ヘリ二機による機銃は猛威を奮う度、左右へ激しくハンドルが切られ、車内に置かれた物が宙を舞う。
 千雨の電子干渉のおかげで多少照準がずれているらしく、未だ車は直撃を免れていたが――。

「これじゃあ、ラチがあかん!」

 ドーラは愚痴を吐きながら、バンの後部ドアからライフル銃を撃ち放つ。
 されどその程度で最新鋭の無人戦闘ヘリが落とされるはずはなく、空しく装甲に小さな音を響かせるだけだった。
 その中で夕映は苛立ちを募らせていた。
 夕映の身体スペックを考えれば、戦闘ヘリの機銃、その銃口を打ち抜くのも不可能では無い。
 自身もそれを理解し、火力が少ない中での起死回生として、先程から狙っているのだ。

「――ッ」

 夕映の放つ銃弾は、大きく的を外れる。
 ライフルを持つ左手がピクピクと振るえ、銃身をうまく保持できなかった。

「なんでこんな時に! なんでッ!」

 悔しさと焦りで目じりに涙が溜まった。
 麦野に傷つけられた左手は、その傷跡をしっかり残していた。義体のおかげで痛みは感じていなかったが、かわりに繊細な作業には支障が出ているのだ。

「夕映」

 アキラはウィルスを通して送られてくる、千雨の状況の把握に努めていた。
 彼女は銃を持った事が無く、現状ではする事が無い。悔しさを滲ませる夕映に、声をかける事も出来なかった。
 『六枚羽』が急に高度を落とした。墜落するのではないか、という程地面スレスレを飛ぶ。有人飛行ではできない芸当だった。

「マズイ!」

 ドーラが焦りの声を上げた。先ほどまでの撃ち下ろす様な射撃ではない。水平になぎ払う射撃がこれから行なわれるのだ。
 夕映の背中に冷たさが走った。

(駄目デス、ここで、ここで決めなければ。皆が、皆が死んでしまうッ!)

 後部ドアの真正面に、ヘリの本体が現れた。
 ヘリの前面の装甲が、夕映にはまるで醜悪な悪魔の顔の様に見える。
 狙うは機銃の銃口。刹那の時に夕映の左手が一層震え、照準が乱れる。
 その時、舞い落ちる白い光の一つが、夕映の周囲を取り巻いた。
 夕映の肩に一つの手が置かれた。

「――え?」



     ◆



 トリエラの体に、血が流れていない箇所など無かった。
 千雨達が去った『死体安置所(モルグ)』と呼ばれる地下施設で、トリエラとピノッキオの激闘は続いていた。
 施設のあらゆる所が崩壊し、この場所が埋まるのは時間の問題に見える。
 資料などを破壊するために、ドクターが設置した爆薬はせいぜい部屋の機材を壊す程度のものだった。
 元々強靭に作られている、施設そのものを吹き飛ばす程では無い。
 だが、トリエラが戦いの最中に振るった人外の膂力が、施設の支柱となる部分をことごとく破壊し、ドクターの爆薬が施設崩壊をより促す結果になった。

「はーッ、はーッ」

 トリエラは口を大きく開け、呼吸を繰り返した。
 服は破れ、切り裂かれ、もうボロ雑巾の様になっている。
 左腕も、肘から先が綺麗に切断され、周囲に転がっていた。
 対するピノッキオも疲労は色濃く見えるが、トリエラの様な体の欠損は見受けられ無い。
 周囲のパイプが弾け、頭上からは破片などが絶え間なく落ちている。
 時折その隙間から光の粒も落ちてきていた。されど二人にそれを構う余裕は無い。
 立っている床とて平坦ではなく、数々の残骸によって、まるで山奥の森の様に起伏に富んでいるのだから。

「ハァ、ハァ。い、いい加減、死んでくれないかしら」
「それはコッチの台詞だ。死なぬ存在とは厄介だな。だが――」

 ピノッキオが一歩を踏み出した。それに合わせ、トリエラも脚に力を込める。
 床を踏み砕き、一直線にピノッキオまで迫る。

「うあぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 残った右手で拳を力の限り振り抜いた。
 ピノッキオはトリエラの動きを感覚で理解しつつ、その視線すらも観察し、拳の軌道を予測する。
 紙一重では避けない。なぜならその距離で避けたなら、一緒に肉も抉られるからだ。
 本能が恐怖と歓喜の嬌声を上げ、ピノッキオの動機が激しくなった。頭蓋を引っかく音などもう聞こえない。
 拳から離れていながら、空気を切り裂く轟音が、ピノッキオの鼓膜を激しく叩いた。
 そのまま振り抜いた体勢のトリエラの腿に、ナイフを突き刺す。

「がぁぁぁぁぁッ!」

 血の噴水をピノッキオは顔で浴びる。
 それに構わず、苦悶の声を上げるトリエラの鼻先に、ピノッキオは膝蹴りを放った。
 カウンター気味の一連の攻撃を受け、トリエラは後方へ吹っ飛ぶ。

「――だが、脳漿すらすり潰せば、動かなくなるだろう」

 トリエラは激痛の中、必死にピノッキオの姿を探すも。

(目が、目が見えない!)

 視界が曇りを帯び、ピノッキオを探せなかった。
 目を擦るというワンアクション、それが致命的だった。
 視界を取り戻したトリエラに見えたのは、眼前に迫るナイフ。

(間に合わない)

 トリエラに過ぎったのは自分の死では無い。不死たる彼女は、例えミンチになろうと長い歳月があれば元に戻れる。
 彼女が思い描いたのは夕映の死だった。このナイフに貫かれるのは、自分の最後の希望たる夕映なのだ。
 その時、周囲の光の粒が何かを形作り、弾丸がピノッキオのナイフを弾き飛ばした。
 不意の横槍に、ピノッキオが固まる。返してそれが彼の致命的な隙になった。

「ああああああああああ!!」

 トリエラは今度こそ力を振り絞った。体に巡る血の一滴すら無駄にせず、まさに渾身の一撃をピノッキオの体に叩き込む。
 ピノッキオは咄嗟に後ろに飛び、威力の軽減を計るも、その程度では甘い。

「――ゴッッふォッ!!」

 かろうじて肉体の貫通は免れたが、彼自身が弾丸になった様に壁に突き刺さり、落ちる瓦礫に押しつぶされていった。
 トリエラは体だけでなく、精神にすらこびり付いた倦怠感を、どうにかいなしながら立ち上がる。
 そして、銃弾の放たれた方向を見て固まった。

「――え」

 白い光が集まり、淡い人影を形作っていた。
 それはトリエラの良く知る人物であり、彼女が世界で一番愛してやまない人物だった。
 涙が溢れた。
 たとえそれが幻だとしても、目の前に彼が立つ光景を、トリエラはこの十年間夢見てきたのだ。

「ヒ、ヒルシャーさぁぁん」

 トリエラの大人の皮が剥がれ、出てきたのは泣きじゃくる一人の幼子だった。
 まるで仔犬が母を求めるように、トリエラは目の前に立つヒルシャーに歩み寄る。
 ヒルシャーはどこか困ったように、そしてどこか嬉しそうに、泣きじゃくるトリエラを抱きしめた。
 周囲には施設の崩壊の音が響き続けている。瓦礫に埋もれるようにして二人は立っていた。

「ヒルシャーさん、私、私……」

 泣きじゃくるトリエラは言葉が出なかった。夢の中で思い描いた再会では、次々に話したい事が沸いたのに、今は真っ白になっている。
 ヒルシャーは、限りある時間をかみ締める様にトリエラを見つめた。
 彼がここへ来れたのは奇跡に等しかった。《学園都市》で行なわれている術式に巻き込まれ、生と死が曖昧なこの空間で、つかの間の体を保ててるだけなのだ。
 見つめる瞳は親子のソレとも、恋人のソレとも違った。だが、愛情に満ち満ちていた。
 ヒルシャーは、銃ばかり握っていた無骨な手でトリエラの頭に触れた。
 彼が覚えているトリエラはもっと小さかったはずだが、彼女の身長は彼と並ぶ程に伸びていた。

――トリエラ、君がずっと後悔してるんじゃないかと、心配していた。
「え?」

 トリエラはドキリとした。トリエラはこの十年、何度も後悔している。
 『公社』襲撃の最中、トリエラがヒルシャーと別行動を取ったほんの少しの時間に、彼は殺されてしまった。
 ヒルシャーの叱咤も、罵倒も、別れの言葉すら貰えず、彼は死んでしまった。
 トリエラの瞳に恐怖が過ぎった。あの日の出来事が走馬灯の様に蘇り、体がすくむ。
 トリエラにとって、ヒルシャーの拒絶は何よりも恐ろしかった。
 離れようとするトリエラを、ヒルシャーはひっしと抱きしめる。

「あっ……」

 トリエラの吐息が漏れた。

――君に出会えて嬉しかった、ありがとう。この言葉を、ずっと伝えたかった。
「あぁぁ――」

 トリエラの目から、涙が滝の様に溢れた。しゃくりを上げ、嗚咽と共に血の混じった鼻水まで出てきている。

――もう時間が無いみたいだ。トリエラ、君は生きているんだろう。そして、君にも生きがいが出来たんなら立ち上がってくれ。

 周囲の粉塵が、ぼやけたヒルシャーの顔をさらに淡くした。

「ヒ、ヒルシャーざん、わ、私、い、妹が出来たのッ! 私、わた……」

 ヒルシャーはにっこりと微笑んだ。

――そうか。良かったな。

 クシャリ、と髪を再び撫でた手が、霞むように消えた。光の粒となり、上方へ舞い上がる。
 トリエラはそんな光の粒を目で追った。溢れ出る涙もそのままに、ヒルシャーの昇った先には、地上へ伸びる微かな光があった。

「行かなきゃ……」

 トリエラの周囲の残骸が爆ぜた。



     ◆



 ピノッキオは、落ちてくる破片と瓦礫に囲まれた、小さな空間に居た。
 後ろにある破片に背を預け、辛うじて体を起こしているような状況である。
 トリエラの攻撃により、彼の体の内臓の幾つかが破裂していた。口から溢れる血液は死へのカウントダウンだろう。
 目が霞んだ。
 手の先からナイフが落ち、もう再び握る力さえ残っていない。

「お、じ、さん」

 霞んだ視界の先に、父の様に慕った〝おじさん〟が見えた気がした。
 だが、例え本物だとしても、この一筋の光も無い空間で見えるはずが無い。
 幻影だと分かりながらも、ピノッキオは手を伸ばした。
 その時、力が抜け、ガクンと腕が落ちた。

「あ……」

 幻であるはずの〝おじさん〟が、その手を握ってくれていた。
 そのままピノッキオは、しな垂れるように地面に伏せた。
 指先には、おぼろげな温かみがある。

(ははは、悪党の死に目なのに出来すぎてる)

 血が溢れ、体を寒気が襲う。しかし、手だけは温もりに包まれていた。
 もう幻影すら見えない。
 辛うじて動く片方の手で、コートのポケットを漁った。指先に触れる感触は、いつか買ったウサギのキーホルダーだ。

(誰、だった、か)

 思考は途切れ途切れになり、心臓も動きを次第に緩やかにしていった。

(眠い……。あぁ、これが……)

 ピノッキオの顔が至福に満たされ、彼は眠りについた。
 体の隙間から光の粒が溢れ、瓦礫の隙間を縫う様に上を目指す。
 粉雪が天上に戻っていくように、光が目指すのは、《学園都市》の空に現れた『扉』だった。



     ◆



■interlude

 崩れ行く『死体安置所(モルグ)』を目の前にして、一人の少女は目に悔しさを溜めた。
 瓦礫の隙間から光の粒が溢れ、空を目指し舞っている。
 その光景に、涙を溜めつつ怒りを吐き出した。

「なんでッ! なんで、あなたがッ! 先生を殺した、あなたが、なんでッ!」

 金色の長い髪を振り回し、少女は叫ぶ。
 地面を力の限り蹴った。拳を壁に撃ち付けた。
 されど、彼女の怒りは、悔しさは、収まらない。
 涙を零さない様に空を見上げた。
 彼女の見上げる先では、まだ戦っている人がいる。

「行かなくちゃ、いけませんわね」

 彼女の矜持が、これ以上の無様さを拒否していた。
 涙を袖で拭い、高音・D・グッドマンはあるべき場所へ走り出した。

■interlude end



     ◆



 夕映の左肩に手が置かれ、震える左手にもそっと手が重ねられた。
 不思議とそれを受け入れ、いつも通りに夕映は引き金を引く。
 弾丸の軌道は、夕映が思い描いたものと寸分たがわず、機銃の銃口に命中した。
 機銃の破壊の衝撃でバランスを崩した『六枚羽』は、地面と接触し、そのまま炎上した。

「あっ」

 夕映はすぐに振り返る。彼女の前にあったのは、在りし日のジョゼの姿だ。
 淡い光が集まり、ジョゼが人としてそこに立っていた。薄っすらと体が透けるジョゼは、どこかの映画の幽霊を彷彿とさせる。
 バンの後部にいたドーラやアキラも、その光景を唖然として見ていた。

「ジョ、ジョゼさん。な、なんで」

 夕映は目の前の存在が本物かどうかすら考えず、声をかけた。目の前にいるジョゼは、夕映が良く知る彼より、大分若かった。

――尻拭いさ。夕映の幸せを望んだはずの僕の判断が、逆に枷となってしまった。

 ジョゼが申し訳なさそうに顔をしかめる。

――すまない。僕が君にやれる事はもっとあったはずなのに。

 ジョゼの独白に、夕映はプルプルと顔を振った。

「違います! ジョゼさんは私をあの部屋から連れ出してくれたデス。あの白い部屋から」

 自分を背負ってくれたジョゼの背中を、今の夕映はペンダント無しでも思い出せた。

「おかげで、私は自分の世界を広げられたんです。あの狭い部屋では見えなかった、風も、匂いも、本も、友達も、そして――」

 夕映はぐっと下唇を噛み締めた。

「だから、私はッ!」

 零れそうな涙を堪える。そんな夕映の頭を撫ぜる手があった。
 横を向けば一人の少女がいた。彼女もまた、ジョゼと同じように淡い光を放っている。
 身長はさほど変わらないながらも、夕映よりも幼そうに見える。
 キリリとした眉を持ち、肩で揃えた髪をカチューシャでまとめていた。

「あなたは」

 トリエラの時と同じように、ジョゼの書斎の写真を思い出す。

――私はヘンリエッタ。トリエラがあなたのお姉ちゃんなら、私もお姉ちゃんだね。

 そう言って、ヘンリエッタはニコリと笑った。
 かつて、ジョゼが夕映と出会う前に『フラテッロ』として一緒に戦っていた少女だった。
 ジョゼへの狂おしい愛情と共に、散っていった少女である。
 その時、運転席から声が上がった。

「ママァ! やばい、前に回りこまれてる!」

 『六枚羽』の最後の一機が、道の先でホバリングをしていた。後方からは追いすがる装甲車の群れ、『猟犬部隊』も迫っている。

――夕映、僕はいつでも君の幸せを願っている。そして、今だけはそれを助ける事が出来る。

 ジョゼは懐から拳銃を取り出し、スライドをガチャリと引いた。
 ヘンリエッタも手に持ったバイオリンケースから、特殊な形のサブマシンガンを取り出す。

「お、おいアンタら」

 ドーラが思わず声をかけた。それに対しジョゼが頭を下げる。

――夕映を、お願いします。

 あまりの真正面な真摯な言葉に、ドーラは呆気に取られるも、にやりと口を歪ませた。

「我が子のために地獄から、って所かい。難儀な事だね、まぁ、まかせな」

 ジョゼはドーラの言葉に笑みを浮かべた。
 ヘンリエッタもアキラの元にトトトと近づいた。アキラから見ればヘンリエッタはとても小さい。狭いバンの中で、腰を折るようにして目線を合わせた。

――あの、妹をお願いします。

 ヘンリエッタもペコリと頭を下げる。
 アキラはそれを見つめつつ、ただ「うん」と言い、ヘンリエッタの頭を撫ぜた。
 ヘンリエッタはくすぐったそうに顔を赤らめながら、アキラから離れた。

「ジョゼ、さん」
――心配するな夕映。君は助けたい人が居るのだろう。行きたい場所があるのだろう。なら道は僕らが開こう。それに……。

 ジョゼの言葉をヘンリエッタが継いだ。

――私〝達〟が負けるわけないもの。せっかく出来た妹を前に、かっこ悪い所、見せられないしね。

 そう言いながら、ヘンリエッタはバンの後部ドアから飛び出した。そして――。

「え?」

 ヘンリエッタの体が弾け、四つの人影となった。一つはもちろんヘンリエッタだ。
 だが他の三つは。
 困惑する夕映に、ジョゼが声をかける。

――あれも君の……うーん、姉って事になるのかな。

 頬を申し訳無さそうに掻いた。
 彼女らも、ヘンリエッタと同じく条件付けをされ、血と硝煙の中で命を削らされた、人形たる少女である。
 彼女らに血の繋がりは何も無い。ただ〝あの場所〟で過ごした小さな幸せの日々が、彼女達の繋がりだった。
 それを知らず、夕映はただ硝煙に身を焦がす、四人の少女に見とれていた。

「あれも、お姉ちゃん」

 メガネをかけた少女が、手馴れた様にサブマシンガンを操り、近づいてくる装甲車に向かっていく。
 短髪の少女はバンの天井に乗り、長大な狙撃ライフルの照準を前方の無人ヘリに合わせた。
 お姫様を思わせる小柄な少女は、アサルトライフルを持ち、ヘンリエッタと協力しながら『猟犬部隊』を迎撃する。
 少女達四人の攻撃が、周囲に爆発を起こさせた。次々と《学園都市》の近代兵器を撃沈していく。
 目前の無人ヘリが、道路脇のビルに突っ込む様を見て、助手席のアンリは感嘆の声を上げた。

――僕も行く。夕映、幸せになってくれ。

 ジョゼは返答を聞かず、そのまま戦場へと飛び込んでいった。
 夕映はその言葉に、声を詰まらせた。

(私、私、幸せです)

 そんな夕映の背を、ドーラがバシンと叩いた。

「今がチャンスだ。ユエ、チサメを迎えに行くよ」
「え?」

 夕映が顔を上げた。

「ママ~、無茶だぜ。今車を引き換えしたら、もう俺たち戻って来れないよ」
「バカ息子が。誰が車で行くって言ったんだい!」

 ドーラがバンのスライドドアを開け、隣を並走するピックアップトラックを、ジェスチャーで近づかせた。

「いいかいアンリ、あんたらはこのまま『壁』へ向かうんだ。あたしらはチサメを回収して、この車を追う」
「ママ!」

 アンリは何かを悟ったのか、驚きの声を上げた。

「ユエ、来な」

 そのままドアに近づくと、ピックアップトラックの荷台が目の前まで迫っていた。
 ドーラの指示に従い、そこへ夕映は飛び乗った。ドーラも続く。
 荷台に乗った男衆を掻き分けたり、逆にバンへ向けて蹴り飛ばしたりしながら、ドーラはさほど大きくない荷台にスペースを作った。

「こいつさ」

 荷台には白いシートが被さった物体があった。
 バンから見つめていたアキラは、それが麻帆良を出発した時から車に載っていたのを思い出す。
 ドーラはシートを勢いよく剥がした。
 小さな車のボンネット部分だけを削りだした様な、奇妙な機械があった。
 その後ろには、小さな操縦席も付いている。
 まるで鉄籠にエンジンを載せたような機械だった。
 そして一番の特徴は、エンジン部分から四枚の羽が折りたたまれる様に付いてる所だ。

「こ、これは?」

 余りの奇天烈な機械に、夕映は言葉を失った。

「フラップター、うちの爺さんが作った小型飛行機だ。いささか航続距離に問題はあるがね、性能はピカイチさ」

 ドーラは操縦席に乗り込み、夕映を手招きした。

「この部分にベルトがある。落ちたくなけりゃ、しっかり締めておきな」

 ドーラの指示通りに夕映はベルトを締める。今度はドーラがゴーグルを放り投げてきたので、それも付けた。

「あの、これで?」
「決まってるじゃないか!」

 ドーラもゴーグルを下ろしながら、フラップターのエンジンを始動させる。
 ブーン、という重低音が鳴り響く。

「野郎供、しっかり押しなッ!」

 ドーラの指示の元、フラップターを荷台の後ろへ突き落とす様に男達が動いた。

「え? え?」

 夕映はその行動に、疑問符を浮かばせ続けた。

「さぁ、行くよ!」

 走ったままのトラックから落とされたフラップターは、閉じていた羽を開き、そのまま高速で振動させる。

「えぇぇぇぇ~~!」

 地面への激突の恐怖で、夕映は声を上げる。
 だが、フラップターは地面と接触する事無く、そのまま空高く舞い上がった。
 夜闇を切り裂く様に、フラップターが天空を駆けた。
 周囲には淡い光の粒が舞っている。

(この光はジョゼさんが纏っていた光? 一体、何が起きてるんデスか……)

 夕映の思考を遮る光景が目に映る。
 遠くに闇を切り裂く閃光が走ったのだ。
 建物を破壊しながら、遠く空へと突き進んでいく。月明かりに照らされた雲さえ霧散させるそれは、『『原子崩し』に他ならない。

「あれは!」

 夕映は音にかき消されない様に、大声で指を差す。

「間違いないね、チサメだ!」

 フラップターは一路光の根元へ向け、飛んだ。



 つづく。


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