また一つセキュリティを破り、ドアのロックを外す。それとて、相手が『シスターズ』となれば長くは持たない。
千雨はドアの隙間に体を滑り込ませ、前へ前へと進んでいく。
途中何故か警備員がほとんどいなく、千雨を妨げるものは『シスターズ』のネットワーク攻勢のみだった。
時折、遠くから銃声が聞こえる。反響音から考えれば施設内だろう。
「待ってろよ、夕映」
ドーラ達やアキラが身を呈して千雨をここまで進ませてくれたのだ、夕映を絶対に取り返さなくてはいけない。
気を引き締めなおし、千雨は通路を進んだ。
あと一つ、角を曲がれば目的の部屋のはずだ。
何故か千雨の手のひらには、嫌な汗がじっとりと浮かんでいた。
第23話「ただ、その引き金が」
ドーラ一家の長男、髭面のシャルルは警備員を足蹴にしつつ、周囲を見渡した。
どうやら仲間達もこの施設の警備の無力化が終わったらしい。
「兄ちゃん、終わったよ!」
末っ子のアンリがそう言いながら走ってくる。
後ろには縛られ、山になって積まれた警備員達が倒れている。
「おう、こっちも終わったよ。後はママ達が戻ってくるのを待つだけだな」
手下の男達もわらわらと集まってくる。
シャルルにアンリに手下三名。二名は運転手として車に残っている。
総勢五名という人数で彼らは、研究所の正面に居た警備員十数名を無力化したのだ。
見回せば五名ともほぼ無傷だ。
「なんか思ったよりあっけなかったね」
「あぁ、ママの方がはるかに恐いよ」
アンリの言葉にシャルルが頷く。
まだ施設内から銃声が聞こえるが、ドーラの事だからうまくやるだろう、そうシャルルは結論付けた。
「よし。じゃあお前ら、少し施設漁って金目のものを頂こう。研究データとかなんかはどうせ俺らにゃ判断つかないんだ。適当に頂いていこう」
男達の目がキラキラと輝き、研究所へ我先にと進もうとするも――。
「あら、なかなか面白そうな事になってるわね」
シャルルの背中に寒気が走った。
普通ならば心躍らせる美女の声、そう思うだろう。だが、〝コレ〟は違う。
短くないシャルルの裏家業の経験が語っていた。
振り向けば研究所の門の前に車が止まっており、その中から一人の女性が降りた。
背中まで伸びた髪は、少しウェーブを効かせている。
どこか大人びた服装をしており、モデルに似た小じゃれた印象を抱かせる女性だった。
「依頼が来て、せっかく尋ねてみれば研究所はこの有様。まぁ面白そうだからいいけどね」
女性――麦野沈利はそう言いながら髪をかき上げた。学園都市の七人しかないレベル5、その序列四位たる『原子崩し(メルトダウナー)』の姿がそこにあった。
車からさらに三人の女性が降りてきた。そのうちの一人、小学生の様な容姿をした女性が話しかける。
「それで、『アイテム』としてはどうするんですか?」
「とりあえず依頼人に話だけでも聞きましょう。絹旗、邪魔な〝アレ〟掃除しておいて」
「超面倒くさいですが、仕方ありませんね」
絹旗、と呼ばれた少女はゲートに使われている重厚な鉄柵に触れた。するとメキメキと音をたてながら、鉄柵が持ち上がった。
その一連のやり取りを見ていたシャルルは、仲間に呼びかける。
「やばい、お前ら〝逃げろ〟!」
ドーラ一家にとって『逃げろ』という言葉は常とは違う一大事を示している。
シャルルの焦りを感じた男達は、力の限り足を動かし、周囲へと散らばっていく。
そこへ――。
「ふっ!」
強大な風きり音を響かせながら鉄柵が投げられた。巨大な鉄の塊がアスファルトを抉りながら飛んでくる。
先程、シャルル達が無力化した警備員達もあっさりとミンチに変え、鉄柵は研究棟の壁に突き刺さり止った。
轟音が空気を揺らす。
砂煙が舞い、周囲には血肉が散乱している。
少女の一投により、この場が瞬時に凄惨な狩りの場に変わっていた。
その惨状も確認せずに、シャルル達は逃げの一手を打つ。
わらわらと、まるでゴキブリが四方八方に散るように逃げていく。
「麦野さん。一部取り逃がした様ですが」
「いいわ、どうせ小物でしょ。さっさと中に入って現状を教えてもらいましょう」
手をひらひらさせつつ、麦野はコンビニでも行くかの様な気楽さで、銃声と爆音が響く研究所へ入っていく。残りの三人の少女も、その後ろ姿へ追随した。
この四人こそ、学園都市の暗部に存在する組織『アイテム』だった。
◆
通路の奥からの銃撃は続いている。
的確な射撃は、ときおりアキラへ当たりそうになるものの、アキラのスタンド『フォクシー・レディ』の尾の守りでなんとか直撃は避けていた。
こちらも壁の破片をスタンドの力で投げられるものの、その軌道は正確ではない。
スタンドの力を振り絞り、なんとかそれなりの力を出しているが、元々アキラのスタンドはパワー型では無いのだ。そのため正確さを犠牲にしなければあの力は出せなかった。
(本当に私に倒せるの?)
相手が何人いるのかすら分からない。その上、銃まで持っているのだ。
こちらはスタンドがあるとはいえ、一撃を受けたら死ぬかもしれない。
ゾクリ、と不安がせり上がってきた。
「アキラ、落ち着キなサイ。ワタシ達の目的ヲ良く考エテ」
フォクシー・レディの助言に、ハッとする。
そうだ、何も倒さなくてもいいのだ。
〝今の状態を維持する〟。
それはすなわち千雨を追いかけさせない事だった。
そして、それこそがアキラの目的だ。
アキラは一つ深呼吸をしてから、息を吐いた。
「ありがとう、フォクシー・レディ。そうだったね」
何か、勝手な思い込みをしていたようだ。
以前は恐ろしかった自分のスタンドだが、今はとても頼もしかった。
見える範囲で『シスターズ』は三人。通路の柱や角に身を隠しつつ、半身を出して射撃を繰り返している。
アキラも何度か破片を放り投げるも、決定打には至らない。
ふと、自分の能力を思い出す。自分の能力は『スタンド能力』であり、相手は視認できない。されど、自分の能力に感染したものはスタンドを見る事が出来るのだ。
千雨ですら知覚が難しかった『スタンド』を、相手の『シスターズ』が知覚できてるとは思えない。
ウィルス感染前後の認識の差を使い、何か相手に誤認を与えれば、『シスターズ』を混乱させられ、時間が稼げるのではとアキラは思った。
「――やってみる」
フォクシー・レディは現在動く四つの尾それぞれに破片を持ち、ほんの少しの時間差をつけ連続で通路に向けて投げた。
照準は適当、相手が少しでも混乱してくれればいい、その程度だ。
「『フォクシー・レディ』! 全力で走って!」
獣の姿に変わったフォクシー・レディがアキラを抱えたまま、壁面を走る。四本の尾をピック代わりに壁に突き刺しながら、常と変わらぬスピードで進んだ。
砲撃に身を隠していた『シスターズ』も、アキラの挙動に気付き、銃撃を再開する。
「もっと上!」
壁からさらに飛び、今度は天井を走り出す。機材を運ぶためだろうか、思いのほか高く作られた天井をも縦横無尽に走り、彼我の距離を詰め寄った。
天井を走りながらのため、フォクシー・レディも完全にアキラを守ることが出来ず、銃弾が体を掠める。
「行けぇぇぇ!」
そのまま『シスターズ』の三人が固まっている場所へ飛び降りた。
フォクシー・レディの四本の尾のうち、二本がアキラの盾となり銃弾を受ける、もう二本が二人の『シスターズ』に攻撃をした。そしてアキラは残った最後の『シスターズ』に、身を呈してのタックルをかました。
「ぐぅぅ!」
体格的にも恵まれているせいだろう、小柄な少女の形をした『シスターズ』の一人は銃器を落としつつ、仰向けに倒れた。
「今! 『フォクシー・レディ』!」
「オーーライ!!」
フォクシー・レディは黒いもやを纏った尾で、残った二人の『シスターズ』に触れた。
そして、そのままアキラを抱え、離脱する。
アキラは二人の『シスターズ』を『スタンド・ウィルス』に感染させた。また、ウィルスの侵攻速度を片方だけ極端に遅く設定している。
傍目からは見て、片方の『シスターズ』(仮にA)だけ感染した様に、もやの量を調節したのだ。
そして、もう片方(仮にB)がAのもやを確認しようと体に触れた瞬間に、Bの方のウィルス侵攻速度を上げて、あたかも二次感染したかのように偽装する。
アキラの『スタンド・ウィルス』は二次感染せず、しかも感染者の数が最大五人までと決まっていた。だが、相手はそれを知らないのだ。
二次感染をする、という偽装の情報を『シスターズ』内で流させ、この施設内にもやをばら撒けば、かなりの牽制になるはずだ。
アキラの能力を知っている千雨やドーラ達には牽制にすらならず、逆に一方的なアドバンテージとなる。
『シスターズ』から離れながら、アキラはそのタイミングを計っていた。
視界の先には二人の『シスターズ』がむくりと起き上がった。
片方の『シスターズ』は見るからにもやに包まれている。
もう片方の『シスターズ』が状況を把握しようと、もやに触れた。
(今だ!)
もやに触れた『シズターズ』にぶわりともやが纏わりついた――ように見せた。
『シスターズ』の二人は、何事が起きたのか確認するために体をキョロキョロと見回す。
〈――カ一〇〇十二号と一〇〇――号が敵性攻撃を受け――確認。二次感染の可能――慮し、素体の処分を決――す〉
「え?」
『シスターズ』の口から、機械的な声が聞こえた。
幾つかの単語がアキラの耳に入る。
そして――。
「あぁ……」
ニ発の銃声。
しかし、それはアキラに向けられたものでは無かった。
『シスターズ』が〝自分自身を撃った〟銃声だった。口の中に銃口を突っ込み、何の躊躇も無く引き金を引いた。
顔半分が吹き飛び、周囲に脳しょうの欠片が散らばった。
死んだ体から、もやが霧散する。
相手は被害が拡大するのを懸念し、即座に個体を切り捨てたのだ。
アキラは離脱しながらも、その光景がしっかり目に焼きついていた。
フォクシー・レディを掴む手が一層強くなる。
少し離れた場所まで行き、スタンドから降りた瞬間、アキラは嘔吐感を堪えきれずに床へぶちまけた。
「おえぁぁぁぁぁ……」
ボタボタと涙も一緒に床に落ちた。
それは嘔吐した苦痛からでは無い。
人の命が奪われる瞬間を、アキラは初めて目の前で見てしまった。何より、その引き金を間接的にだが自分が引かせた、という事実に愕然とする。
自分の両腕を抱きこみ、襲い来る不安感に耐える。
その時ウィルスを通し、千雨から激しい感情が流れ込んできた。
◆
千雨が辿りついた部屋は混沌としていた。
大量のモニターもさる事ながら、紙媒体の資料も大量に積まれている。
情報端末が発達した学園都市では、少し珍しい光景だった。
薄暗い研究室に人影は無く、千雨は資料の山を押し倒しながら奥へ進む。
すると、部屋の奥にガラスで区切られたもう一つの部屋を見つけた。
「夕映!」
ガラスの向こうには、手術台の様な場所に寝かされた夕映の姿があった。
ドアを蹴破り、夕映の元へ急ぐ。
そこで千雨は夕映の姿を見て絶句した。
「……っ」
麻帆良で見たときより酷い姿だった。
体は薄い手術着の様なものを羽織られているものの、四肢はむき出しだ。
その四肢を見る限り、撃たれた傷はそのまま放置され、肌に乾いた血がそのまま残っている。
場所によっては、弾丸が皮膚の癒着に挟まれているのも確認できる。
なにより――。
「夕映、わたしだ。おい! 夕映っ!」
〈千雨、今は無駄だ。とにかく綾瀬嬢を連れて離脱しろ!〉
「だって! 先生、そんな事言ったって!」
夕映は瞳を開け、どこかを見つめていた。瞬きもしてるし、呼吸もしている。
だが、それだけだった。
千雨が一目見て想像したのは、蝋人形だ。
例え人間から型を取り、精巧に色を塗っても、本物の人間とは明らかな違いが感じられる。
今の夕映にもそういう印象を抱いたのだ。
人間の形をした〝ナニカ〟。
そう思ってしまった自分が悔しく、また夕映のそんな惨状が悲しかった。
「夕映っ! 夕映っ!」
〈千雨! いい加減にしろ!〉
ウフコックの静止も聞かず、千雨は夕映の肩を揺さぶった。
ガクガクと揺れるものの、首が据わってないようで、頭部も揺れた。
顔が力無く傾く。その表情はやはり変わらず、ただ口の端から涎がツーっと流れるだけである。
そんな夕映の顔が見たくなくて、千雨はギュっと夕映を抱きしめた。
千雨の体温より冷たい体だ。
持たれかかる夕映の体も、常よりも重い。
関節にまったく力が入らず、重心の定まらないグニャグニャの夕映の体は鉛の様に感じられる。
顔を見ずとも感じられるそんな現状に、千雨の顔は更に歪んだ。
「なんでだよ。なんで夕映がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。こいつ、電話越しで泣いてたんだ、助けて、助けてってさ。それで助けに来たら、今度は泣く事さえ出来なくされてる。クソ! チクショウ!」
〈お前が悔しいのもわかる。だが、後悔は後だ。後で好きなだけできる筈だ。今は最善を尽くすんだ。それ以上、取りこぼすつもりか?〉
ウフコックの挑発に似た言葉に、千雨は奥歯をかみ締める。
千雨は何かを発しようとした時、それを遮る言葉が聞こえた。
「おい、なんだこの有様は!」
部屋の電気が付き、全てが明るみに出る。
研究室の入り口には一人の男が立っていた。
陰気な雰囲気を持つ白衣の男、この研究所の責任者たる天井亜雄だった。
「ガキ、どこから紛れ込んできた。ふん、どうやら素体に用があるらしいな」
天井は千雨の姿を見つけるやいなや、懐から銃を取り出し、千雨に突きつけた。
「ちっ! さっきの外部からの侵入者の一団とやらだな。まさかガキだとはな。いいからその〝ゴミ〟から離れろ。中身をコピーしたとは言え、他所へ情報を残すのはしたくないんでね。しっかりと焼却処分せねばならん」
千雨は一層強く夕映を抱きしめ、天井の方を見もしなかった。
「ゴミ、だと?」
「ふん、中身さえ手に入れれば、そいつはただのゴミだ。菓子の空き箱、CDのビニール包装、その程度のもんだ。ただ厄介なのは脳の一部でも残れば、せっかくのお宝の中身が漏れてしまう可能性があるぐらいか。まだ普通のゴミの方が有用ってもんだよ」
ハハハ、と笑う天井。その冗談に呼応するものは、この部屋に誰もいない。
「――お前がやったんだな」
千雨が小さく呟いた。
「は? 何だガキ」
「……っ! お前が――」
周囲に火花が散った。
千雨のかみ締めた唇からは血が流れ、目からは悔し涙が浮かぶ。
憤怒の形相、怒りが思考を真っ赤に染めた。
「お前がぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!」
〈千雨っ!〉
研究室内のモニターが、過負荷の電力により一斉に爆ぜた。
怒りが千雨の能力を瞬間的にオーバーフローさせる。『シスターズ』の攻勢も一瞬振りぬき、部屋の中にあった夕映に関するデータも電子干渉(スナーク)で上書きした上で破壊した。
壁面に埋め込まれた様々なケーブルもショートを起こし、部屋内に少なくない振動が起きた。
「ひぃぃ! なんだコイツ! ま、まさか能力者なのか? が、外部から来たと報告が……まさか魔法使いっ」
千雨は夕映から体を離しつつ、天井に向け突進した。
〈千雨、しっかりと――〉
(止めるな先生。こいつだけは、こいつだけは!)
無理矢理ウフコックに干渉し、拳銃へと反転(ターン)させる。
手に持った拳銃で、正確無比に天井の持つ銃を撃ち落とした。
「ひっ!」
手に伝わる痛みに、天井は顔を歪めた。
そのまま千雨は引き金を引き続け、天井の両足をズタズタにした。
「ギャァァァァァァ!」
ベチャリ、と自分が作った血溜まりに倒れこむ天井。
千雨は仰向けに転がっている天井の胸に足を置き、口の中に銃口をねじ込んだ。
「お前が! お前がぁぁぁぁ!」
「おおがおあああ!! あおあおええくえぇぇぇぇ!」
天井は銃口を突っ込まれながらも、情けなく涙を流して何かを懇願する。
こんな奴が夕映を……、そう思うと千雨の中の憎しみがさらに膨れ上がる。
〈ッ、千雨、落ち着け。まだ綾瀬嬢が助からないと決まったわけではないはずだ〉
「ぐっ!」
ウフコックの言わんとしてる事は分かる。
夕映が助かったときに、千雨が犯人を殺した、という枷を作らせたくないのだろう。
千雨は一瞬の逡巡の後、銃口を口から引き抜き、かわりに天井の両肩に銃弾を見舞った。
「がぁぁぁぁぁ!」
天井の絶叫が響く。
口から泡を吹いているようだが、意識は失わせない。
人体に多少の電子干渉(スナーク)をし、意識を取り戻させる。
「だ、だずげで……」
あらゆる体液に汚れた天井の顔を、千雨は一睨だけした。
夕映を抱え上げ、近くのテーブルに置かれた夕映のペンダントを見つけ、それもポケットにねじ込む。
天井のうめき声を背景にしつつ、千雨は部屋を出る前に一言告げた。
「お前は直接手を下す価値すらない。そのまま苦しんで――死ね」
冷たい瞳。
天井のうめき声はそのままに、ドアはゆっくりと閉じられた。
◆
痛い、痛い、痛い。
激痛の中、天井が思い浮かべたのは他者への怨嗟だった。
血の海を泳ぐようにもがきつつ、自らの反省は無い。
(ちくしょう、なんで俺がこんな目に! 役立たずどもばかりだからだ! なんでみんな俺の邪魔をするんだ)
部下や警備員の無能な言葉を思い出す。そしてそれらに罵倒を吐き尽した。
(まだ、まだ死ねるかぁ)
外部へ連絡しようと、手を伸ばす。
肩を撃ち抜かれているため、とんでもない激痛が襲ったが、おかげで意識は飛ばなかった。
床に落ちていた受話器をどうにか掴むものの、先ほどのショートの影響か、ウンともスンとも動かなかった。
「ク、そォ」
天井の体に、影が重なった。背後に誰かいるようである。
残りの力を振り絞り、天井は仰向けに転がった。
霞む視線の先にはボサボサの金髪が見える。ピノッキオだった。
「ダ、スケ、テ」
どろどろと濁った瞳が天井を見下ろしている。
感情さえ無いかのような瞳の中に、微かな喜びがあるように天井には見えた。
「その傷じゃあ、僕の治療は無理だな」
「ヂ、リョ、ウスる、カラ」
ゴポリと喉に血が詰まり、呼吸出来なくなった。
「あぁ、無理しなくていい。また他の場所でして貰うさ。なにせここには研究所が多い様だからな。それに、助けてはやる、安心しろ」
「ホ、ホンドカ」
「あぁ」
ニタリ、とピノッキオの口元が笑った――気がした。
されど、天井には確認する機会は永遠に訪れない。
首が綺麗に胴体と切断された。ピノッキオの手には小さなナイフが一本握られている。
ピノッキオは部屋の中を見渡す。
「あの子供を、もう一度見つけなければいけないか」
ピノッキオには、夕映の中の情報に自分の治療法があるのかは知らない。だが、例えなくても、どこかへの土産ぐらいにはなるはずだ。
建物内からは、相変わらず振動や爆発音が感じられる。
ここも仕舞いかと思い、ピノッキオは頭に脱出経路を思い浮かべるのだった。
つづく。
(2010/12/30 あとがき削除)