「なんだよこりゃ」
閉じられた空間のせいか、千雨の声は良く反響した。
周囲は暗く、二台の車のヘッドライトだけが灯っている。ライトの先にあったのは、巨大な扉。反対側にはどこまでも続く線路。横の壁にはタイル模様で『新橋』の文字が描かれている。
「ここは幻のシンバシ駅さ。でっかい扉は車庫だろう。安心しな、あたしらが向かうのは逆側だ。恐らく西東京のあたりまで通路が伸びてるはず。地図どおりなら、抜けた先は《学園都市》の壁の先さ」
扉と逆の方向には、まっくらな通路がどこまでも続き、床には錆付いた線路も伸びている。
「戦前の陸軍が作った秘蔵の地下通路ってやつだ。物資搬入路や軍本部からの緊急避難路としても設計されたらしい。一度、シンバシ駅と連結させる計画があったそうだが、ホームだけ作って頓挫。今はめでたく、本物のシンバシ駅はこの上に開通してるってわけだ」
ドーラは天井を指しながら言った。地下鉄とは思えないぐらい天井が高く作られている。
「幻の新橋駅って……」
聞いた事も無い名前に、千雨は言葉を無くした。
「さぁ、急ぐよ。こんな辛気臭い所はさっさと出るに限る!」
地図を確認していたドーラが顔を上げ、車がゆっくりと走り出す。
真っ暗闇の中、二台の車のライトだけが、巨大な地下通路を照らしていた。
第21話「潜入」
千雨達は五時間程地下通路をさ迷い、どうにか目的地近くまでやってきた。
本来、地上を通れば一時間程度の距離も、この地下通路では倍以上かかるのだ。途中、幾つもの閉められた門が千雨達の行く手を遮り、その度に車から降りて作業をしなくてはならなかった。
「バアさん、あとどれくらいなんだよ」
「フン、もう目の前のはずだよ。ほれ、あそこからもう光が漏れているじゃないか」
「えっ」
見れば、通路の奥に小さな光があった。
真っ直ぐ伸びた先に、地上へ向けた傾斜路が見える。どうやらその先の入り口から光が漏れているようだった。
「やっとか。つーか、向こうは封鎖されてないのな」
「ふむ、まぁ古い通路だからね。学園都市側に察知されてるとやっかいだが」
二台の車はゆっくりと通路を進む。
ふと、千雨は出口近くの通路の壁に違和感を覚えた。
(漆喰? それにこの模様、何なんだろう)
壁の白い模様が何かを想起させた。
流れる視界に、一瞬黒い扉がかすめた。
「なぁ、アキラ。今、壁側に扉あったよな」
「うん。なんかあったね」
多少不思議に思ったものの、そのまま通路が傾斜しはじめ、半日ぶりの日差しが千雨達を出迎えたのだった。
通り過ぎた扉の上には、ひっそりと『丑寅』と書かれた紙が貼ってあった。
◆
千雨達が出たのは、入り口と同じく古ぼけた屋敷だった。
その裏手、石造りのアーチがかった建物から、二台の車は出てきたのだ。
そこそこの広さがある庭に二台の車は停車し、千雨達は一息をつく。
「GPSで確認したが、ここは間違いなく《学園都市》だ」
「言われなくても分かってるよ。あんなもんがそう色んな所にあってたまるか」
屋敷の敷地はレトロだが、その敷地の柵の外側は近代的な建物が目を覆わんばかりに建っている。
千雨が指差す先には、風力発電用のプロペラの群れが見えた。
「んで、どうする気だい。あたしらはコッチではド素人だ。あいにくおのぼりさんなもんでね」
「一応わたしもここにいた事あるが、それでも半年だけだ。とりあえずはドクター、わたしの保護者がいる場所に行こう」
千雨は携帯を取り出し、液晶に学園都市の地図を表示させた。
「場所はここ、第十九学区だ」
千雨のナビの元、車は再び走り出した。アキラを含め《学園都市》初体験の者達は、曲線を多く使う近代的な建物や、道端を動く清掃ロボットといった物に目を奪われている。
(普通はそうだよな。わたしは重態で運び込まれたから、こういう経験ないんだよな)
〈それは致し方あるまい〉
助手席の窓に肘をかけつつ、ボンヤリと久々の学園都市の風景を見た。
(夕映、待ってろよ。無事でいてくれ)
ギュっと手を握り、気を強く持った。
夕映がここに運び込まれたのは昨日の夜。今はもう夕方近くになっている。
あと数時間で、ほぼ丸一日経った計算だ。そう思うと、背に冷や汗が伝う。
(大丈夫、大丈夫なはずだ)
根拠の無い呟きを、千雨は心の内で繰りかえす。
(ん?)
チリ、っと肌に何かがかすった気がした。
(何だこれ)
千雨は周囲を知覚する時、普段は不要なものはフィルタリングし、除外するようにしていた。それがどうだろう、久しぶりに学園都市へ戻った千雨は、空気に違和感を覚えたのだ。
(空気に〝意思〟を感じる。まるで誰かに見張られているような――)
様々な事が千雨の心を重くしていった。言い知れぬ不安感を、吐露することも出来ず、ぐっと飲み込むのだった。
◆
「くははははは、いいぞ、いいぞ。これがあれば私は」
天井はモニターに向かい、大口を開けて笑う。
研究所にある自らの私室で一人、笑いを堪えきれず声を上げていた。
夕映の脳内から取り出したデータの数々は、天井の予想以上の代物だった。
「クローンとは違った形での生体部品の生成。魔力を感知する生体視認システム。未完成のものが多いが、これがあれば、これならば――」
天井は失敗した『量産型能力者(レディオノイズ)計画』を思い出した。
あの時、クローンとして出来たのは粗悪な肉の塊ばかりである。
能力の底上げをしようと、数々の実験をするも、脆い体では耐える事が出来なかった。
しかし、この技術があればどうだろう。強固な肉体があれば、能力向上への様々なアプローチが出来、それは完全なる能力者の量産へ繋がるのでは――。
天井の妄想は、後ろから響いた激しい音で遮られた。
部屋のドアが蹴破られ、一人の男が入ってきた。ピノッキオである。
「おい」
手をブラブラろさせながら、さながら幽鬼の様な足取りで部屋に入ってきた。
「お、お前はっ」
天井が忘れていたピノッキオの事を思い出した。
(な、何でこいつがここにいるんだ。奥のエリアには入れるな、とあれほど言っていただろ! クソ、無能供め!)
ピノッキオの暗く歪んだ瞳が、天井を見据える。天井の喉が、ゴクリと音を鳴らした。
「き、君か。いやー、君には感謝しているよ。それよりどうしたのかね、わざわざこんな所まで。何か不都合があったのなら、こちらから出向く――」
「御託はいい。俺の治療はどうなっている」
天井の言葉を、ピノッキオが遮った。
ピノッキオの纏う戦闘者としての空気が、天井を恐怖させた。指先の震えが止まらない。
「あ、あぁ。今、『破片』の情報を分析していてね。幾つかの治療技術が君に応用出来そうなんだ」
「なぜ、そんな事がわかる。俺自身を検査もせずに、どうして治療が出来るなどとほざくんだ」
「んぐっ」
天井は声を詰まらせ、視線が泳いだ。
「い、いや……そう、検査だ。検査は明日するつもりだったんだ。今は機材のメンテナンス中でね。とりあえずは『破片』の分析の方を進めてただけなんだ。うん」
「……本当だな?」
「あぁ、もちろんだとも」
みえみえの嘘を、おくびにも出さずに吐いた。
天井の体が、壁際の書類ラックへと押し付けられた。引き戸のガラスが割れ、部屋中に散乱する。
ピノッキオはスチールラックに蹴りを放った体勢のまま、天井の体を固定し、首にナイフを突きつけている。
「もう一度言う。〝本当だな?〟」
「あ……」
天井は涙目のまま、首をコクコクと動かす。そのためナイフが浅く皮膚を裂き、血が一滴ほど床に垂れた。
ピノッキオはそれを見るなり、踵を返して部屋を出て行った。
「ひゅぅぅ、ひゅぅぅぅ」
天井は、情けない声を漏らしながら息を整えた。
部屋にある手近な回線に手を伸ばす。
「く、くそ、警備の奴らは何をしてやがるんだ!」
警備室へ向け、コール音を鳴らすも、一向に反応が無い。
「早くでろっ!」
怒りをスピーカーにぶつけるも、反応は無い。
「チィッ」
舌打ちをしながら受話器を戻し、自らの足で警備室へ向かおうと、廊下に出た。
「な……」
廊下で見たもの、それは地面に倒れる職員であった。一人、二人では無い。見える範囲には少なくとも十数人いる。
「どうなってやがる」
警備室まで走る。見える所々に、倒れる警備員の姿も確認した。
スライドドアの開いた先、警備室内も廊下や通路と同じ光景である。
「何でだ。これを、あの男がやったと言うのか。こ、ここは《学園都市》、最先端の警備システムがある研究所だぞ。そ、それを能力者でもない男がやったというのか」
その事実を、先ほどのピノッキオの姿が裏付けられているようだった。
このままでは不味い。天井は焦燥感が襲われた。
(何で、何でまた邪魔が入りやがる。もう少しで、俺の念願が叶うと言うのに――)
ピノッキオを治療する、という選択肢は天井の中に無かった。
ただ、どうやって邪魔を排除するか、その一点に思考が注がれる。
(クソ、金がかかるがしょうがない。学園都市の暗部に依頼するか)
天井が携帯を弄り始めた時、背後の警備システムに警戒表示が灯っていた。
それに合わせ、有機演算ネットワークたる『シスターズ』が起動を開始するのだった。
◆
千雨達が向かった第十九学区は、古い街並みの場所である。
再開発に失敗し、かつて沢山あった研究所も大半が閉鎖してしまった。
その片隅に、かつて『死体安置所(モルグ)』として使われた、ドクターの住む地下施設があった。
研究所の裏手にある車搬入用の通路を降り、地下駐車場に車を止めた。
千雨の案内の元、巨大な施設をドーラ達は進む。
「なーんか辛気臭い場所だな」
ルイの言葉に、男達がうんうんと唸った。
「仕方ないだろ、ここ元は死体安置所なんだぜ」
「いいっ」
シャルルやアンリがギョっとして目を開いた。
「あれ? 言ってなかったけ」
「千雨ちゃん。私も初耳なんだけど」
千雨の袖のすそを掴みつつ、アキラが怯えた様な目で見つめる。
「あー、とりあえず大丈夫じゃないかな。わたし、幽霊なんて見たことないし」
ハハハ、と千雨が乾いた笑みを浮かべるも、アキラはギュっと袖を掴み続けるのだった。
◆
案内された一室で、千雨にドクターと呼ばれる男――ドクター・イースター――が腕を広げて千雨を迎えた。
「千雨、元気そうじゃないか。ほら、僕の胸に飛び込んできな」
千雨は一歩を踏み出し、ドクターに向けて走り出す。
周囲の面子もそんな光景を見つめたが――。
「こぉの、バカ博士ぇぇぇぇぇ!」
ゴイン、と千雨の拳がドクターの頬を捉え、殴り飛ばす。
ドクターはそのまま足をもつれさせ、後ろにあった椅子の背もたれに後頭部を強打した。
「がぁぁぁぁ」
ドクターは後頭部を抑え、地面でもがいていた。
「ふーふー」
千雨は鼻息荒く、怒りを滲ませた目でドクターを見つめている。
「おい、クソ博士。あんたがアホな三文芝居を打っていたのは、先生に聞いたよ」
ドクターは恨みがましそうな目線で、千雨の手首にまかれた腕時計を見た。
「わたしを心配してくれたのは嬉しいよ。だけど、それじゃあんたはどうするんだよ。それに、せめて一言くらい相談してくれたっていいじゃないか!」
ドクターは千雨をこの《学園都市》から逃がすために、法務局(ブロイラーハウス)という公的な機関を通じ、調査依頼を受けさせたのだ。
ただ《学園都市》を逃げ出しても、千雨の貴重さに保護の追っ手を差し向けるのは目に見えている。そのため『麻帆良』という土地を利用したのだ。
極東にある魔法使いの総本山『麻帆良』。いくら《学園都市》でも、おおやけに麻帆良に干渉する事は出来ない。
かつて千雨を拒絶した土地で、ドクターは千雨自身を守ろうとしたのだ。
それを知った千雨は悔しかったのだ。
自分を救ってくれたドクターやウフコックに何かをしたい。そう思いつつも、むしろ甘え続けていた事実が。
ポタリ、ポタリと千雨の目から涙が溢れ、床に小さな水溜りを作った。
それを見たルイは、千雨を泣かせたドクターに怒りの視線を送り、殴ろうと袖まくりをした。だが、ドーラが何かを察し、腕一つでルイを止めた。
「やめな、ヤボってもんさ。〝家族〟のイザコザに他人が押し入るのは一番最後って相場が決まってる。どうせ広い施設なんだ。空き部屋なんてたくさんあるはずだろ、ほらほら、お前らさっさと部屋を出な。チサメ、あたしらは適当な部屋で休んでるよ」
ドーラと男達がゾロゾロと部屋を出る。アキラも心配そうな瞳を向けるものの。
〈大丈夫だ、まかせてくれ〉
ウフコックの言葉に納得し、部屋を出た。
グズリ、グズリと泣く千雨を、ドクターはどうしたものかと見つめた。
千雨を泣かせてしまった申し訳なさや罪悪感があれど、同時に自分を心配してくれた事が嬉しかった。
「すまない」
ポンと千雨の頭に、無骨な大人の男の手が添えられる。千雨はいつかの父親の手を思い出した。
「うぅぅぅぅぅ、このバカメガネ! 今度はちゃんと! ちゃんと相談しろよぉ!」
グジュグジュの顔を、ドクターの白衣に押し付けつつ、千雨は泣き続けた。泣きながら文句を言い続けた。
そんな千雨の背中をポンポンとドクターは軽く叩き続ける。いつの間にかネズミの姿に戻ったウフコックが、千雨の肩に乗り、ドクターの顔を見つめていた。
「お前は……」――「仕方あるまい」。そんな会話を目線で行っていた。
◆
およそ三十分ほど経ち、なんとか落ち着いた千雨は、アキラやドーラ達を再び部屋へ呼び戻した。
情けない姿を見られたせいか、千雨の顔は真っ赤である。
「うぅ、えーとコイツがわたしの保護者にして、わたしを治療した張本人のドクター・イースターだ」
「みなさん、千雨がお世話になったようですね。ありがとう」
短いながらも、ドクターにしては珍しく普通な礼節を言い、頭を下げた。
「そんな堅っ苦しい挨拶はいいよ。それでこれからどうするんだい?」
「ドーラさん、で良いんですよね。とりあえず粗方の事情は千雨から聞きました」
「ドーラ、でいいよ」
「わかったよ、ドーラ。それで何だが、千雨達がここに来たのは正解でもあるが、同時にまずくもあるんだ」
「へ?」
千雨はちょっと驚いた。
「みんな知ってると思うが、僕が誰だか知っているかい。そう『楽園』の科学者だ。僕はね、幾つかの法と権力の隙間をついて、ここに居られるんだ。そこにはけっこうな制限がかけられている。そしてそんな僕を、学園都市側が放置していると思うかい?」
「それじゃ……」
「うん。監視されているのさ。おそらく、君達もマークされたはずだ。せっかく忍び込んでもらって悪いんだけどね」
わざわざあんな地下通路を通ったのに、持っていたイニシアチブを早速幾つか失っていた。
「だがある意味正解でもあるんだ。まず、ここには高性能なサーバーがある。目的地を見つめるのには最適な場所のはずさ。それに話を聞く限りだが、その目的の綾瀬夕映君も僕は治療できるはずだ」
「治療、出来るのか? あんなボロボロの体なのに」
「一応ね」
「そっか。そうなんだ」
千雨の顔に覇気が戻ってきた。
「そんなわけでドーラ達にも悪いが、もう一蓮托生だ」
「構いやしないよ。儲け話にリスクは付き物さ。さっさとガメて、とんずらと行こうじゃないか」
ドクターの言葉に、ドーラは笑みを浮かべながら答える。
「そうだぜ! 千雨さん、俺たちにドンとおまかせあれ。この不肖ルイ、あなたのためならたかが《学園都市》、敵に回しても恐くも何ともありません! そうだよな、みんな!」
おぉ……、とルイの余りのテンションの高さに、引き気味の声が重なった。
アキラがそっと千雨に近づき、その手を重ねた。重ねた先から、アキラの意思が伝わってくる。
(私も頑張る。みんなも一緒だよ)
「あう」
さっきは散々泣き顔を見られ、その上慰めの様な形で周りが答えてくれ、嬉しいやら恥ずかしいやらで千雨の顔は更に赤味を増した。
「……ありがとう」
呟くような小声。だがその部屋にいた全員は、しっかりとその言葉を聞いた。
◆
「さて、と。それじゃあ千雨、探索を始めようか。もう時間との勝負だ。出来るだけ速やかに綾瀬嬢を回収して、ここで簡易的な治療をし、さらに学園都市からも脱出する。これが一番の理想だろうね」
「ここで治療って、ドクターは一緒に脱出しないのかよ!」
ドクターの言葉に千雨は噛み付いた。
「ははは、いや僕も逃げるさ。脱出するにしろ、ここの機材は持っていけないからね。外で準備するとしても多少時間がかかる。だから、短時間でもある程度の治療をここでしておきたいんだよ」
「あぁ、そっか。安心したぜ」
千雨はほっと胸を撫で下ろしつつ、周囲にある沢山のサーバーに目を向けた。
「千雨のキャパシティには遥かに劣るだろうけどね。とりあえず、これだけの演算装置使いつつ千雨の能力なら、ある程度まで気付かれずに侵入できるはずだ。」
「わかった。やってみる」
本来、わざわざ端末に触る必要など無いのだが、千雨は端末に触れてから電子干渉(スナーク)を開始した。
二千まで思考を分割し、ネットの海へ潜る。学園都市のネットワークは、何となく千雨に不快感を持たせた。
そこを泳ぐとき、麻帆良と違い、両手両足に抵抗を感じる様な気がする。
(とりあえず、《学園都市》の総合データベース『書庫(バンク)』だな)
学園都市では、都市側が運営する学園などの組織のほぼ全ては、『書庫(バンク)』をいうデータベースで情報を共有していた。
そのデータベースでは、アクセスレベルをもうける事により、情報閲覧の制限をもしているのだ。
(相手の車のナンバーは分かっている。外部ゲートにある交通情報を狙う)
セキュリティを分割思考を最大限に使ってすり抜けつつ、情報の森を奥へ奥へと進んでいく。
(あった、こいつだ)
ゲートを通過した情報を元に、セキュリティレベルの高い地域区画に設けられた、特殊な交通情報なども閲覧し、車の足取りを追った。
(第三学区のゲートから、第四、第五、第十八学区を通り、第十学区へ進んでいる。その後、周囲の学区へその車が移動した形跡は無いっ!)
第十学区には研究所が多い。必然各施設毎にセキュリティに余念が無く、普通に考えたらハッキングにも骨が折れるはずだった。
(思考を二百ずつ分けて、十箇所同時に侵入する)
されど、千雨には電子干渉(スナーク)と分割思考があった。端から平らげるように、次々と研究所を漁っていった。
(違う、ここも違う。どこだ、どこにいる)
分割思考を更に二百増やし、入ってくる膨大な情報をそちらに処理をさせる。
(ここは……)
そんな中、千雨は一つの研究所を見つけた。幾つかの厳重なセキュリティが、千雨に何かを予感させた。
セキュリティの鍵を一つ一つ外し、研究所のデータベースへと潜り込む。
(うわっ! 何だっ)
横ばいから衝撃を受けた。セキュリティの反撃か、と思ったものの受ける感覚が何かと似ていた。
(まさか、電子干渉(スナーク)かっ)
自分と似ている、のだ。攻撃を受けた方を見れば、同じ顔をした少女がたくさん立っている。
(不正なアクセスを感知しました。ミサカはこれを撃退します)
不意に無機質な音声が耳をかすめる。
データの連撃が千雨を襲う。一人一人の攻撃は千雨より遥かに劣るが、数が膨大だった。
少女の姿が、まるで分裂する様に増えていき、千雨の視界を覆った。百や千ではきかない数である。
(どうなってやがる。もう少しで夕映の所在を確認出来るのにっ!)
千雨は分割思考を最大の四千まで増やし、迎撃した。これに対し、相手はどうやら一万以上の数らしい。数の奔流に周囲が埋め尽くされていく。
(くそぉぉぉぉ!)
力を尽くし、分割思考の一人を、少女達の隙間にすべり込ませた。そこから見えた微かなデータの端に、夕映の姿を見つける。
(居た。ここだ、ここに夕映が)
千雨は自らの分割思考を劣りにしつつ、脱出を図る。データの嵐の中を、なんとかすり抜け、アクセスを放棄していく。
気付いた時には、ドクター達が見守る部屋に戻ってきていた。
「千雨、大丈夫か」
顔色の悪い千雨を、ドクターが心配そうな顔で見つめた。
「あぁ、大丈夫だ。それより見つけたぜ、ここだ」
近くの端末を電子干渉(スナーク)し、目的地のマップデータを表示する。
「ここは……そうか。千雨が手こずるわけだ」
「ドクター、知ってるのか」
一瞬、迷った様な素振りを見せたものの、ドクターは淡々と語りだした。
「ここはね、学園都市で開発が進んでいる次世代のコンピューターの中でも、一際注目を集める試作を作った研究所だよ」
「試作、って事はさっきのアレがそのコンピューターなのか」
「うん。そして僕が見る限り、おそらく使われてる技術には『楽園』の技術が使われている。千雨と同じ『人工皮膚(ライタイト)』。おそらく品質はもっと下がるだろうけど」
「『人工皮膚(ライタイト)』? って事はさっきのはコンピューターじゃないのかよ」
「いや、彼ら曰くコンピューターさ。学園の能力者のクローンに、『人工皮膚(ライタイト)』をくっ付けて並列演算させている。いわば人間コンピューターだね」
人間コンピューター、その陳腐な言葉が《学園都市》の異質さを表しているようだった。
「それって――」
怒りをぶつけようとした千雨の言葉を、ドクターが遮る。
「気持ちは分かるよ。でもね、僕も千雨に同じ様な事をしているんだ」
ドクターは苦笑いを浮かべ、そう呟いた。
つづく。
(2010/12/19 あとがき削除)