――0――
「千雨さん、今なら怒りません。喋るか渡すか、選べますよ、ほら」
私の前には、笑顔のネギ先生。
「千雨さん、ネギ先生も怒らないと言っているです。素直に白状してください」
私の後ろには、綾瀬。
「おまえはどこでどんなやつとどんな遭遇をしたんだ。まったく。……ま、まぁおまえたちは友人な訳だし、困っているようだったらなんとかしてやらんこともないが」
「友情に篤いマスターも素敵です」
私の右には、エヴァンジェリンと茶々丸。
「ふ、ふふ、こんな平和ナ修学旅行、私ハ知らないヨ、あはははは。千雨サンにマッサージを教わるト決めタ時点デ、覚悟せねバならんかっタというのニ……。というカ、本当に相手は誰ヨ?」
私の左には、超。
「い、いや、これは、えーと」
視線を落とすと、私の抱きかかえる仮契約カードが目に入る。
あの後、迷子になった私を綾瀬が回収して、まだ時間はあったので観光して戻った。
旅館でお小言は貰ったが、それだけで済んだはずだったのだが、翌日、朝食の席で綾瀬にこのカードが見つかって、ネギ先生が豹変。
このカードの作り方を聞いて、綾瀬も豹変。カードを渡して契約者を調べられるか、もしくは自分から喋るか選べと迫られている。
「治療行為の一環だ」
「嘘ですね」
「う、嘘じゃないぞ」
「では、騙されています。相手は誰ですか? ちょっと雷の暴風を唸らせます」
「い、いや、施術者には患者の守秘義務があってだな」
「教員権限でマッサージ研究会を凍結させます」
「うぐっ」
ああ、本当に、どうしてこうなった?
千雨からロマンス ~麻帆良学園按摩師旅客譚~ エピローグ
――1――
結局。
カードを奪い、相手の名前を聞いた超さんが泡を吹いて倒れて、うやむやになってしまいました。
ですが、ほっと息をついているのは千雨さんだけで、まだネギ先生は【検閲削除】な顔で周囲を警戒しています。
まったく、ほいほいと乙女の唇を許すとは……。
千雨さんは警戒心が低すぎるのです。わからせるためにも私が一肌脱いで――ごほん。
私たちは今、嵐山に来ています。
笑顔で楽しそうに千雨さんの手を引くエヴァンジェリンさんと、暖かく見守る茶々丸さん。その周囲をすごい顔で警戒するネギ先生と、そんなネギ先生にツッコミを入れる明日菜さん。
ネギ先生の後ろでは、のどかがどこか底の知れない笑顔で追従しています。
「なにはともあれ、でしょうか」
「綺麗に纏めないでください! 超さんがさっきから遠い目で虚空を眺めているんですよ?」
「しかし葉加瀬さん。私にはどうすることもできませんですよ?」
「うぐっ、そうですけど~」
体操座りの超さんを機械式の台車に乗せて運ぶ葉加瀬さん。
その様子を見て引いているハルナ。
「ね、ねぇ夕映」
「どうしましたか? ハルナ」
「私、自分で言うのもなんだけど、クラスでも奇人変人のカテゴリーだったと思うんだけどさ……」
「だった、とはおこがましいです」
「いや、だって……」
ハルナが、周囲を見回します。
「せっちゃん、あれはどうや?」
「は、ははは、お嬢様はなにをつけても素敵ですよ、は、はは、ははは」
「やん、もぅ、あれ甘食やで? せっちゃんたら~」
悟った表情の桜咲さん。そんな彼女の腕に巻き付くこのか。
「まったく千雨さんの唇を無理矢理奪うなんてどんな人なんでしょう。きっと毎日泥を飲んでいるような性根が腐った人間に違いないです」
「いえ―、千雨さんが気を許した方なので―、素敵な人じゃないですか―? ……きっとお似合いの―」
「そんな訳ありません。きっと屑です。人間ですらないのかもしれません」
ちょっと見せられない表情のネギ先生。そんなネギ先生につきそうのどか。
「いいか、夜には大文字焼きもあるんだぞ! 千雨、おまえも見るよな! 行くぞ、茶々丸!」
「ああ、もちろんだ」
「ああ、マスター。はぐれてしまいます、手を繋ぎましょう?」
普段のアンニュイな雰囲気はどこへやら。はしゃぐエヴァンジェリンさんと、慈しむ茶々丸さん。
「うん? そうか、闇からは解き放たれたのか。本体は? え? 出逢いのタイミングを見計らいたい? ……そうか、中二病は素か」
「な、なんの力も計測できない。うぎぎぎ。これが千雨さんの妄想ならどんなに良かったか……」
「アーウェルンクスと契約カ。ははは、望むところじゃないカ。胃壁を代償ニ、この過去ハ救って見せるヨ……ふ、ふふふ、ふふふふふふふふふ」
時折ツボーズらしきモノを掴んで会話する千雨さん。そんな千雨さんに恨めしげな視線を送る葉加瀬さん。虚空を見つめる超さん。
うん、なにもおかしくありません。
「そ、そっか、あはは……葉加瀬さーん、私にも胃薬分けてー」
そう言って走り去るハルナ。
ううむ、どうしてしまったというのでしょうか?
と、そんなことを考えていたせいで置いて行かれそうです。急がないと……。
「あの~」
「あ、はい」
走り出そうとしたところで、不意に声をかけられる。
振り向くと、清楚な和服を着た眼鏡の少女が、柔らかく微笑んでいました。
「麻帆良学園の方でしょうか~?」
「ええ、そうですが……?」
色素の薄い髪色をした少女に頷くと、彼女は胸の前で両手を合わせ、嬉しそうに微笑みます。
ううむ、大和撫子。このかとはまた違うベクトルのおしとやかさです。
「でしたら~、長谷川千雨さん、という方に言付けをおねがいでしませんか~?」
「千雨さん、ですか? 直ぐそこに居ますし、呼びましょうか?」
「いいえ~。お目にかからせていただくのは~、もう少しあとにしようと決めているモノで~」
「はぁ、そうですか。まぁ良いですが……」
ほやほやとしたしゃべり方。
どこでこんな方と知り合ったのか……って、そういえば迷子になってましたね。二度も。
「では~――“おおきに。幸せになれそうです”とお伝えくださいな~」
「? わかりました。ええと、貴女は?」
「月詠……ふふっ、“天ヶ崎月詠”いいますえ」
「では、確かに伝えましょう」
私がそう言うと、月詠さんは丁寧に頭を下げ、それから雑踏の中に消えていきます。
うーん、気になります。気になりますが、直ぐにどこかで会えるような気もします。
「と、そうだ。今度は私が置いて行かれてしまい――」
「綾瀬!」
「――そう、ですね」
急いで戻ってきてくれたのか、少しだけ額に汗を浮かべて千雨さんが声をかけてくれました。
「まったく、さんざん人に言っておいておまえが迷子になってどうするんだ?」
「ちょっと呼び止められていたのですよ。ああ、まぁもう用事は終わったようですが」
「そうか? まぁそれならいいが……ほら」
千雨さんはそう言うと、私に右手を差し出します。
「?」
「手」
「ええ、と?」
「繋いでおけば、迷わないだろ?」
「――ぁ」
差し出された手。
照れたような笑顔。
ああ、もう、本当に。
「千雨さんには、敵わないです」
握った手は、暖かい。
けれどそれ以上に心臓の音がうるさくて、よくわかりません。
ですが。
「千雨さん、ゆっくり行きましょう」
「うん? ああ、そうだな」
今この瞬間を大切にしたいという気持ちは、揺るぎません。
「そういえば先ほどそこで、言付けを預かりまして――」
「誰から? っていうか、なにを?――」
千雨さんの傍には、いつも色々な人が集まります。
千雨さんの魅力にみんなが気がついてしまったのだとしたら、それは仕方が無いことなのかも知れません。
これからは二人だけの時間というのも、どんどん、少なくなっていくことでしょう。
ですが。
いいえ。
だから。
「千雨さん」
私が呼んで。
「綾瀬?」
千雨さんが、答えてくれる。
この瞬間だけは、ずっとずっと、私だけのものなのです――。
――2――
「用事は終わったんか? 月詠」
「ええ、千草さん」
嵐山の出口で、千草さんに合流します。
スーツケース片手に新幹線の時間を確認する千草さん。そんな千草さんの横で、何一つできずに終わってふてくされる小太郎君。
ふふ、なんだか、血の繋がった家族のようです。
「なぁなぁ千草の姉ちゃん、オレは帰ってもええやろ?」
「どこに帰るんや、根無し草の癖に」
「うぐっ」
「そうですよ~、小太郎君~。これも何かの縁ですわ~」
身寄りの無かった小太郎君の保護責任者に、千草さんが名乗り出ました。
幸い、二人とも綺麗な身。ウチは荒々しいことをしていた過去はありましたが、幸い、まだ誰も殺めてはいませんでしたので、千草さん身元保証人に名乗り出てくださったことで保護観察に終わりました。
起き抜けから半日でこの手際。
あんなに気合いを入れていた悪事はあの有様でしたのに、手段を問わない善事はこの様子。
「あんたは学校くらい出ときぃ。そのうち、悪いやつに騙されるで」
「むむむ……まぁ、通えるなら、通ってみるのも悪くあらへんか」
「せや」
「わぁーった。しばらく千草姉ちゃんについてくわ」
素直ではない弟分。
口が悪いけれど優しいお姉さん。
少し前までは考えられなかった、光景。
「ふふっ……千雨さん、ウチ、幸せです。ですから~」
凜々しい横顔。
暖かい、手。
「なにやっとるんや、月詠! おいてくで!」
「あぅ~、すんまへん、今いきますえ~」
ですから。
今度はウチが、千雨さんを幸せにしてあげます。
「待っててくださいね~。千雨さん~」
ウチ、負けませんからね。うふふふふっ~。
――了――
◇◆◇
ということで、修学旅行編でした。
なお、やや展開が急ぎ足なのは、書いたのが昔すぎて書き方が思い出せなげふんげふん……あれです、仕様です。
また整体師的な意味で中の人がレベルアップしたら番外編を書きます。
まぁ、この時点でネギま!の主なイベントは軒並み解決策が出そろってしまっているのですが……。
それでは、全四編、お楽しみいただけましたのなら幸いです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました!