「ねえ、ランド兄さん」
「何だ、マリア」
「思ったんだけど、何でガルト兄さんとゴルト兄さんは魔法発動体を買ったのかな」
「ああ、それはな、最初はアレが魔法発動体だとは気付いてなかったんだ」
「へ?」
「デザインが気に入って衝動買いしたら、サイズが合わなくてな。それで、サイズを直そうとして店に持っていったら魔法発動体だと分かったんだ」
「ふぅん。確か、その頃はランド兄さん、杖の魔法発動体を使ってたよね?何で兄さん達から譲ってもらわなかったの?」
「………」
言えない。
まさか、サイズがギリギリながらもピッタリだったのを悔しがって、兄貴達が譲ってくれなかったなんて、そんな事、言えない。
第八話 日本
ネギは嬉しそうにバンクルを撫でていた。
師匠から貰ったバンクルは少しネギには大きかったが、真ん中が開いているタイプのものだったため、ゴルト師匠が少し力を込めれば、ネギに丁度良いサイズになった。
それをランド師匠がちょっと引き攣った顔で見ていたが、魔法を発動させるのに何の問題もなかったので、大丈夫だろう。
ネギは本国で数ヶ月の間は、日本で先生をするための予備知識や、日本語を学んだりしていた。そして、その勉強の合間に、新しい魔法発動体に慣れるべく師匠達と組み手などをし、ネギは充実した時間を過ごした。
そして、二月。
受け入れ先の都合もあり、ネギ、アルカ、マリアの三人は、同時期に修行地へ入国することになった。
少し時間を早めた所為か、電車はすいていた。
「ネギくん。そのバンクル、どうするの?」
ネギのその様子を眺めていたマリアが、ふと思いついたように尋ねる。
「やっぱり先生なら、あまり装飾品とか着けていったら不味いんじゃないかな?」
「え、そうかな?」
「うん。ちょっと不味いと思うよ」
マリアの言葉を受けて、ネギは困ってしまった。
日本でただ先生をするなら魔法発動体は必要無いだろうが、出国の前日に師匠達に言われたことが、ネギは気になっていた。
「弟子よ。明日は遂に日本へ行くわけだが……」
「はい、師匠」
「俺達は、少し心配している」
「どういう事ですか?」
珍しく師匠達が真剣な顔で言うので、ネギも少し不安になってくる。
「何というか、お前はあの英雄の息子だろう?」
「それに、あの六年前の悪魔の襲撃」
「俺達は、既にネギ君達兄弟が大きな事件に巻き込まれているような気がするんだ」
ネギは戸惑いも顕に師匠達を見回す。
「特に、今回の修行の地は日本の麻帆良学園都市だ。この学園都市は特にセキュリティが厳しい」
「弟子達を守るためにはもってこいの場所だろうな」
「それに、ネギ君。君の教師という立場も少し気になる。君に指導者になって欲しいという誰かの願望があるようにも思えるし、教師という立場は多くの若い人間に会える立場だ。もしかすると、ネギ君に『仮契約』させたいのかもしれない」
「お前が担当するクラスに集められていたりしてな!」
「はっはっは。まさか、そんなあからさまな事はしないだろう」
双子の師匠はそう言って笑うが、まさかドンピシャで、あらゆる意味での問題児が集められているとは師匠達は思いもしない。
「今回のネギ君の修行には、あらゆる人間の思惑が絡んでるように思える。魔法の使用はあまり進められないが、いつ何時、何があるか分からない。自分が狙われる立場に居ることを十分自覚して、気をつけて行きなさい」
「はい、ランド師匠!」
「魔法発動体も手放さないようにしろよ。いざというとき、己の身は己自身でしか守れないんだからな」
「逃げるだけなら、魔法らしい魔法を使わずとも大丈夫だろう。弟子がオコジョになったなど笑えんからな。使うなら『戦いの歌』くらいにしておけ」
「はい、ガルト師匠! ゴルト師匠!」
こんな遣り取りを経て、ネギは日本の地を踏んだ。
その為、ネギは魔法発動体を手放すのが不安だったのだ。
「もし、それをつけていくなら、これを上からつけて行くと良いよ」
そう言ってマリアが取り出したのは、黒と白の二種類のリストバンドだ。そのリストバンドには、それぞれ『N.S』と緑色の糸でイニシャルが刺繍してある。
「マリアちゃん、これ……」
「うーん。スーツなら、白い方が目立たないかもしれないね。リストバンドなら、ギリギリセーフかと思うんだけど……」
「あの、この刺繍って……」
「あ、ごめんね。私が刺繍したの。初めて刺繍したから、ちょっと歪んじゃったかも……」
「あ、ううん!とっても上手に出来てると思うよ!」
「そう?ありがとう」
にっこりと笑うマリアに、ネギは頬を染める。
「これ、貰っても良いの?」
「え、当たり前だよ。ネギくんのために用意したんだし」
そのマリアの言葉に、今度こそネギは顔を真っ赤に染めた。
「ありがとう、マリアちゃん! 僕、このリストバンド、大切にするよ!」
そんな光景を、車内の人間は微笑ましそうに見ていた。
そして、完全に空気になってしまっているアルカは、居心地悪そうに身じろいだのであった。
* *
そして、特に問題を起こすこともなく、ネギ達は学園に到着した。
のんびり歩きながら約束の場所にネギ達は向かうが、時間が経つにつれ、段々と人が多くなっていく。どうやら通学ラッシュらしい。
皆が慌てて走る中、ネギ達は邪魔にならないように気をつけながら歩いていた。
そんな時、元気な少女の声が聞こえてきた。
「やばい、やばい! 今日は早く出なきゃならなかったのに!」
その声の持ち主が後ろから徐々に近づいてくる。
「でもさ、学園長の孫娘のアンタが、何で新任教師のお迎えまでやんなきゃなんないの」
「スマン、スマン」
新任教師という単語が聞こえて、ネギは振り返った。
走ってくるのは明るい髪色のツインテールの少女と、綺麗な黒髪の少女だった。
「学園長の友人なら、そいつもじじいに決まってるじゃん」
「そうけ? 今日は運命の出会いありって占いに書いてあるえ」
「え、マジ!?」
「ほら、ココ」
そんな彼女たちの様子を見て、ついネギは言ってしまった。
「失恋の相が出てる…」
「え゛……」
ツインテールの少女とばっちり目が合った。
「何だと、こんガキャー!」
「うわああ!?」
しまった、と思ったときにはもう遅く、ネギは少女に物凄い形相で怒鳴られてしまった。
「す、すいません。何か占いの話しが出たようだったので」
「どどどどういうことよ。テキトー言うと承知しないわよ!」
滝のような涙を流して迫られ、ネギはたじろぐ。
「すいません。あの、ただ、告白しないほうが良いってことで……」
「どういうことよ!?」
「なあなあ、相手は子供やろー?この子ら、初等部の子と違うん?」
「あたしはね、ガキは大ッッキライなのよ!」
ツインテールの少女はネギの頭を鷲掴み、そのまま持ち上げた。凄い力だ。
「取・り・消・しなさいよ~」
「あわわ。あの、今日は、失恋の相が出てるってだけです。未来のことまでは、分かりません~」
そう言って慌てるネギに、そういう事なら、と、とりあえず落ち着きを取り戻した少女は、ネギの頭から手を離した。
「坊や達、こんな所に何しに来たん? ここは、麻帆良学園都市の中でも一番奥の方の女子校エリア。初等部は前の駅やよ」
「もしかして、降りる所を間違えたの? 駅への戻り方は分かる?」
先程の態度から一変し、少し心配そうにツインテールの少女が聞くが、ネギがそれに答える前に、上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「いや、いいんだよアスナ君!」
見上げた場所には、見知った顔があった。
「久しぶりだね、ネギ君! アルカ君!」
「た、高畑先生!?」
「おはよーございまーす」
「お、おはよーございま……!」
「久しぶり! タカミチーッ!」
「!? し、知り合い…!?」
ツインテールの少女が驚いたように後ずさる。
「麻帆良学園へようこそ。いい所だろう? 『ネギ先生』」
「え…、せ、先生?」
「あ、ハイ、そうです」
驚く少女達に、ネギは一つ咳払いをして、挨拶する。
「この度、この学校で英語教師をやることになりました。ネギ・スプリングフィールドです」
「え…ええーっ!!」
子供が教師と聞いて、少女達が騒ぎ、担任になると聞いて、それは更に酷くなる。
「あの、まだまだ未熟者ですが、精一杯頑張ろうと思ってます。こんな子供でお二人が不安に思われるのも分かりますが、周りの先生方にもよく相談して勤めようと思ってますので、どうかよろしくお願いします」
馬鹿丁寧な、そして心からそう思っているのだと分かる真面目な様子に、少女達は口を閉じたものの、詳しい話は学園長に聞くという事で話がまとまった。
その少女達の様子に、ネギは一先ず安堵した。知らないうちに緊張していたらしく、ネギは肩から力を抜く。
そんなネギの様子を、アルカが困惑した表情で見ている事に、ネギは気が付かなかった。
それを知っているのは、にこにこと微笑みながら、その様子を全て見ていたマリアだけだった。