「ん? マリア。こんな時間に何処かへ出掛けるのか?」
「うん。ネギくんの家で卒業のお祝いをするんだって。それで、夕食に招待されたの」
「そうなのか? じゃあ、俺が送っていこうか」
「大丈夫。だって――」
「弟子の家だとぉぉぉ?!」
「ネカネさんの居る、弟子の家だとぉぉぉ?!」
「兄貴達……」
「こっそり行こうと思ったのに……」
「「俺達が送って行こう!!」」
「却下」
「「何故だ?!」
「父さんに送ってもらうから」
「「………」」
「マリア。支度は出来たか」
「うん。大丈夫だよ」
のっそり姿を現したのは、筋骨隆々の巨体、熊の様な父だ。
「じゃあ、行くぞ」
「はーい」
マリアを抱え、のっしのっしと父は歩き、扉の向こうへ姿を消した。
「兄貴達。マリアを送って行くんじゃなかったのか?」
「「親父には勝てん!!」」
「まあ、そうだよなぁ……」
未だに父に勝ったことの無い三兄弟は、ちょっと遠くを見る。
マリアを溺愛しているのは三兄弟だけではなく、父もだった。
三兄弟同様、父も、自分より強い男でなければマリアを嫁にはやらん、と公言している。
「ネギ君も、大変だなぁ……」
やたらと分厚い三枚の壁の向こうに、機動要塞が待ち構えていることを、ネギはまだ知らない。
第七話 晩餐
「マリアちゃん!」
「あ、ネギくん!」
扉の前でそわそわとしていたネギは、マリアの姿を見とめて嬉しそうに駆け寄る。
それを微笑ましそうに見るのは、マッチョ双子のアイドル、ネカネだ。
父がのっそりマリアを腕から降ろし、マリアもネギの元へ駆け寄る。
「こんばんは、マリアちゃん!」
「こんばんは、ネギくん!」
二人は嬉しそうに手を握り合うが、マリアが何かに気付いたようにネギの手を離した。
「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
マリアがスカートの裾を掴み、ちょこり、と礼をとれば、ネギは少し頬を染めながら、紳士の礼を返す。
「こちらこそ、来ていただいて、ありがとうございます。貴女にとって楽しい時間になることを、心より祈っています」
二人は顔を見合わせ、吹き出す。
「行こう、マリアちゃん!」
「うん! じゃあ、父さん、行ってきます! ネカネさん、おじゃまします!」
「ああ」
「いらっしゃい、マリアちゃん。ネギ、リビングにお通ししてね」
「はーい!」
二人は楽しげに笑いながら、手を繋いで家の中へ入っていった。
「ネカネさん。これは家内から、今晩お招きいただいたお礼です」
父がのっそり差し出したのは、ワインと葡萄ジュースだ。
「まあ、ありがとうございます」
ネカネはそれを受け取り、礼を言う。
「では、八時頃にまた伺いますので、娘をよろしくお願いします」
「はい。お任せください」
ネカネは微笑み、承諾する。
そして、父は軽く頭を下げて、再びのっしのっしと歩いて帰って行ったのだった。
* *
「ああ! なんでマリアが此処に居るのよ?!」
「あ、アーニャちゃん。こんばんは」
「あ、こんばんは……って、ちがーう! ちゃんと質問に答えなさいよ!」
リビングでマリア達を迎えたのは、アーニャだった。
アーニャはマリアの姿を見ると同時に、肩を怒らせ、臨戦態勢をとるものの、マリアにあっさりかわされてしまった。
「ネギくんに、お夕飯に招待してもらったの」
「なんですって?!」
「え、アーニャ。何か駄目だったかな?」
ダメに決まってるでしょぉぉぉぉ?!
アーニャは内心で絶叫するものの、それをどうにか堪えた。
「アーニャ、どうどう」
怒りでぷるぷる震えるアーニャを、アルカが宥める。
「おお、来たようじゃの。ほれ、そんな所に立っていないで早くこちらに座りなさい」
リビングの入り口辺りで騒ぐ子供達を見つけて、ネギ達の祖父、魔法学校の校長が子供達を呼ぶ。
「校長先生、こんばんは」
「はい、こんばんは。これ、アルカはネギの前じゃ。アーニャは」
「ネギの隣よ!」
「仕方が無いのう。ルデラ君もそれでいいかの?」
「はい、いいですよ。それから校長先生、どうかマリアと呼んでください」
「そうかの? では、マリアはアルカの隣じゃ」
「はい」
そうして大人しく席に着くと、ネカネがキッチンから次々と料理を持ってきて、テーブルに並べていく。
そして、ついに楽しい晩餐が始まった。
「マリアちゃん、これ、美味しいから食べてみて」
「うん。ありがとう、ネギくん。あ、本当だ。美味しい」
ネギが勧めたのは、カリッと焼いたラム肉に酸っぱめのミントソースがかかっているものだ。
「とっても美味しいです、ネカネさん」
「うふふ。ありがとう」
ネカネが嬉しそうに笑う。
「そういえば、マリアちゃんの修行地も日本なんですってね?」
「はい。そうです」
ネカネの問いに、マリアは頷く。
「私の修行地が日本になったのは兄さん達が原因らしいです」
「?」
その言葉に、ネカネだけでなく、校長を抜かした全員が首を傾げる。
「私が何かしらの店員なのは、私が人見知りするからだろうけど、日本なのは過保護な兄達がおいそれと手を出せない距離と、治安が良いということで納得させる為でもあるんじゃないか、ってランド兄さんが言ってました」
先日の卒業式の騒ぎを思い出し、校長とネギ達三人は遠い目をする。
「そう。ランドさんが……」
あれ?ネカネさんの頬が少し赤いような……ネカネさん?ネカネさん!?
「ランドさん……」
兄の名を呟くネカネを見なかったことにして、マリアはひとまず葡萄ジュースで喉を潤す。
「そういえば、知ってる? 日本の電車って、決まった時間に来て、決められた場所に止まるんだって」
「「うそぉ?!」」
ネギとアーニャは驚き、目を丸くする。
イギリスの電車は、あまり優秀とはいえない。十分ほど遅れるのは珍しくないし、時にはキャンセルなどということもある。
イギリスでは、電車が遅れるのは暗黙の了解だ。
しょっちゅうストライキがある国よりはマシ、と考えるべきだろうか。
「しかも、電車が遅れると『遅延証明書』を無料で発行してくれるんだって」
「『遅延証明書』って、何?」
「電車が遅れましたよ、っていう証明書の事よ」
「何それ! すっごくサービスが良いじゃない!」
「すごいなぁ……」
瞳を輝かせるネギを、アルカが少し戸惑い気味に見ている。
「アルカくんは知ってたの?」
「え、あ、うん」
突然マリアに話しを振られて、アルカの反応が遅れる。
「え?! そうなの、アルカ!」
「あ、うん。知ってた…けど……」
「アルカは物知りだなぁ……」
興奮した様子で、瞳をキラキラと輝かせたネギの勢いに負け、アルカは思わず返事をしてしまった。
未だに瞳を輝かせ、尊敬の目でこちらを見るネギに、アルカはうろたえる。
この何でもないような普通の会話が、この双子にとっては、実に六年ぶりのまともな会話だった。
未だ興奮が冷めないネギや、そんなネギに戸惑うアルカは気付かない。
その様子を、長年ネギとアルカの関係を心配し、どうにか出来ないものかと苦心してきた家族達が、感動したように、心底嬉しそうに見つめていたことを。
そんな中、マリアもネギとアルカの様子を嬉しそうに見つめていた。
そして、思った。
ネギとアルカの関係を修復する糸口を掴んだかもしれない、と。