「右の脇をもっと締めろ!」
「はいっ!」
「阿呆! 左が甘くなっとるぞ!!」
「申し訳ありません、師匠!」
「……何でこんな事になってるの?」
「あっはっはっ」
第四話 来たるべき日の為に
ネギがランドから魔力の制御を習うようになって早三ヶ月。
今では、何故か双子から武術を習っている。
「ランド兄さん。魔力の制御はもう出来ているんでしょう?」
「ああ、大体一ヶ月ほどで終わったな」
「なら、何でガルト兄さんとゴルト兄さんが武術を教えているの?」
「うーん。それがな、ネギ君はやたらと飲み込みが良くて、兄貴達の武術馬鹿の琴線に触れたらしい」
「あー、なるほど」
「俺も、もっと細かい魔力の制御方や、使い方とか教えたくなってなぁ。いやぁ、天才ってのは面白いな。本当に、教え甲斐がある」
「ふーん」
楽しげに笑うランドは、実は魔力量が少ない。それでも自分の数倍は魔力量のある人間を倒してしまうのは、武術の実力もあるだろうが、魔法の使い方がとても上手なのだ。
マリアは兄のランド以上に魔力の制御が上手な人間を見たことが無い。
そして、対する双子の兄だが、こちらは魔法使いとしての適性が無く、ひたすら体を鍛えた武術の達人である。ちなみに彼等は英雄ラカンの大ファンであり、いつかあんな漢になるのだと言って、鍛錬を欠かさない。いつか本当にあんなバグキャラになりそうで恐い。
世界は広い。
『知られざる達人』というのは意外なところに居るものだ。兄達もまた、その『知られざる達人』の一人である。今回、ネギは運が良かったといえるだろう。
そして、そんな達人に教えを請うネギは、打てば響く天才だった。
ネギはとても素直で、言う事をよく聞き、一教えれば十を知る。
これほど教え甲斐があり、可愛い弟子は居ないだろう。
兄達はネギをよく可愛がり、自分達の全てを教え込もうとしていた。
それは良い。
今後、ネギの為になる事だ。
が、しかし。
「私、すっごく暇」
「あ~、そうだろうな」
頬を膨らまして拗ねるマリアに、ランドは苦笑した。
そう。ネギが修行を始めて、マリアとは滅多に遊べなくなってしまったのだ。
「兄さん、私、外に遊びに行ってくるね」
「ああ、分かった。暗くなる前に帰ってこいよ」
「はーい」
そう言って、マリアは退室の魔法陣の上に乗る。
マリアの姿が掻き消え、次に姿を現したのはランドの部屋の中だ。
マリアの目の前には、大きなガラスケースがあり、その中に入っているのは赤い大地の模型だ。
このガラスケースは、いわゆる『別荘』の劣化版の『修行場』である。
この『修行場』は、外とは同じ時間が流れており、外とは自由に行き来できるが、中は『別荘』と違い、赤く渇いた大地が広がっているだけで、その広さはサッカースタジアム程度のものだ。それでもこの『修行場』は高額で、兄達が働いて、金を合わせて買った自慢の一品だった。
「頑張ってね、ネギくん」
マリアはそう呟き、部屋の外へ出て行った。
* *
ランドはマリアが出て行ったのを確認し、視線をネギ達に戻す。
必死になって修行に明け暮れるネギを見ながら、ランドは二ヶ月前、魔力の制御を教え終わった時の事を思い出していた。
「さて、ネギ君。これで、魔力の制御は大丈夫だろう」
「はい! ありがとうございました!」
嬉しそうに笑うネギを見て、ランドも頬が緩む。
だが、ランドはこれからとても残酷な事を言わなくてはならなかった。
「それで、だ。ネギ君。君は、これからもマリアと一緒に居たいかい?」
「え? はい。もちろんです!」
ネギはちょっと不安そうにしながらも、はっきりと答えた。
「そうか……。だが、すまない、ネギ君。俺は、俺達兄弟は、今のままの君ではマリアに近付いてほしくない」
「え……?」
「子供の君にこんな事を言うのは、とても酷な事だとは分かっている。だが、これはとても大切な事なんだ」
「………」
泣きそうになるのを堪え、潤んだ瞳でネギがランドを見つめる。
「君は、英雄の息子だ。英雄の息子である君は、多くの心無い者達に狙われる。そして、利用されるだろう」
「……マリアちゃんを、巻き込まない為に?」
か細い声で、ネギが尋ねる。
「ああ、そうだ。そして、もしこのままマリアとネギ君が一緒に居るとしたら、今のままでは、君は確実にマリアの足手まといになる」
「……足手まとい?」
ランドの口から出た言葉は、ネギにとって予想外のものだった。
「ネギ君。ネギ君は俺たち兄弟の実力を知っているね?」
「はい」
マリアの兄達は、それぞれが達人と言っても良い位の実力を持っていた。
「マリアは、俺たちよりも強い」
「ええ?! あの小さくて、可愛くて、可憐で、儚げなマリアちゃんが、あのマッチョ達より強いんですか?!」
「あー、ネギ君? 色々と気になる部分があったけど?」
「ランドさん!」
「ああ、はいはい。分かったよ。ええとだね、マリアは何というか、『天才』なんだよ」
「天才?」
「ああ。武術も魔法も、一度見ただけで覚えて、再現してしまうんだ」
「え?たった一度で、ですか?!」
「そう、たった一度で、だ。だから、俺達はマリアが心配なんだ」
「………」
「あのマリアの才能を、誰かに知られたらきっと利用されてしまう。マリアの性格は戦いには向かない。もし、『正義』を掲げる頭のおかしな連中や、『悪』の名乗る極悪人に知られたら、きっとマリアは平穏な暮らしが出来なくなってしまう」
「あの、『正義』もなんですか?」
「ああ、『正義』もだ。時々、『正義』の為なら仕方ない、って言って残酷な事をする奴がいるんだ。俺達はそういう奴をマリアに近づけさせたくない」
「………」
「それで、だ。ネギ君。君はこれからきっと色々なことに巻き込まれると思う」
「……はい」
「このままマリアが君のそばに居れば、マリアも否応なく巻き込まれるだろう。そして、友達である君を守ろうとするだろう」
「僕を、守ろうと……」
「ああ、マリアなら絶対にそうする。そして、きっと矢面に立って傷ついていくだろう」
「マリアちゃんが、傷つく……」
「だから、ネギ君。君が弱いと、とても困るんだ。せめて、マリアの足を引っ張らずに逃げ切る位の実力が欲しい。それが無いのなら、マリアには近づかないで欲しいんだ」
「あ、ぼ、ぼくは……」
ネギの顔が泣きそうに歪む。
「まあ、今すぐって訳じゃない。せめて、魔法学校を卒業するまでには俺達の納得がいくくらいには強くなって欲しい」
「あの、どうすれば……」
「ネギ君さえ良ければ、俺達が君を鍛える」
「え?! あの、良いんですか?!」
「ああ、これは正直、俺達からのお願いだからな」
「あの、お願いします! 僕を強くしてください!!」
ネギの弟子入りという、感動の瞬間だった。
「よし、分かった! 今日から――」
そして、それを受けたランドは嬉しそうに笑うが、その言葉は最後まで言えなかった。何故なら……。
「よくぞ言った小僧!」
「俺は感動したぞ!!」
「今日からみっちりしごくからな!」
「楽しみにしているがいい!!」
「お前も来年にはムキムキだ!!」
「「うわはははははははははは!!!」」
「…どっから湧いて出やがった」
本日、仕事のためネギへの説明、もとい、お願いという名の脅迫をランドに押し付けたマッチョ双子が音も無く現れたのだ。
「あ、あの、お願いします!」
「「任せろ! わーっはっはっはっはっはっ!!」」
「ネギ君は本当に素直で良い子だねぇ。悪い人に騙されないように、その辺もきっちり教えないといけないかなぁ……」
こうして、ネギは三兄弟に弟子入りをし、三兄弟は鍛え甲斐のありそうな弟子という名のカモを手に入れたのだった。
そして、三兄弟プロデュース、ネギのマッチョ魔改造計画が始まった。