「マリアちゃん、コレもそうじゃない?」
「あ、はい。それ私のです」
礼を言いながら、マリアはアスナから櫛を受け取る。
「ようやくマリアちゃんの家が直ったんやねぇ」
正確には鈴本店長の家の離れなのだが。
先日、ようやく鈴本店長宅の離れの修理が終わり、マリアはそこに引っ越すことになったのだ。
このかがマリアの服を畳み、それをマリアに渡す。
マリアはそれを受け取り、鞄につめていく。
「僕の住む所はどうなってるんだろう……」
ネギはそうぼやきながら、マリア用のコップや皿等を新聞紙に包んでいく。
「いざとなったら、マリアちゃんの家にお邪魔すれば良いんとちゃう?」
「ええっ!?」
このかの言葉にネギは驚きの声を上げる。
「つまり、同棲やね」
「同棲っ!?」
「それって、教師としては良いの?」
「そ、そうです! 教師として……」
慌てふためくネギに、マリアは笑顔で言い切る。
「お友達なんだから良いんじゃない?」
「「「………」」」
沈黙が降りた。
「ドンマイ、ネギ」
「まだまだ先は長いで」
「うう……頑張ります」
慰められるネギに、マリアは不思議そうに首を傾げた。
第二十話 裏事情
あの図書館島の一件から早十数日。
図書館島でみっちり勉強しながら一晩過ごし、その後見つけた階段を上り、エレベーターで外に出た。特に何かに邪魔されることも無く、図書館島からの脱出はスムーズに行われた。
そして、運命の期末テスト。
バカレンジャーがテストに遅刻するというハプニングはあったものの、二年A組はクラス総合一位の座を獲得し、アスナはなんと平均点78点という点数を叩き出し、高畑に褒められてご満悦の様子だった。
そしてテストが終わった頃、ようやく離れが直りそうだと鈴本店長に告げられたのだ。
お別れ会をしようという案が持ち上がったが、鈴本店長の家は学園から結構近くに有る。お別れ会をわざわざする距離でもないので、マリアはそれを丁重に断った。
そして、引越しが終わった頃、ロバートから連絡が入った。
* *
土曜日。
ロバートの招集から、マリア達見習い魔法使い三人は、マリアの住む離れに集まっていた。
小さな卓袱台を囲んで、四人が顔を突き合わす。
「まず、招集に応じて頂きありがとうございます」
正座が出来ず、胡坐をかいているロバートがそう切り出した。
「以前、簡単に現状を説明したかと思いますが、より詳細な説明をしようと思います」
「はい」
「「お願いします」」
マリアが頷き、ネギとアルカは頭を下げた。
「では、まず学園内の強行派の内情を少し説明しますね」
真剣な顔で説明を聞く子供達に、ロバートは告げる。
「実は、この強行派なんですが、学園内での地位は高いものの、人数はそこまで多くないんです。そんな彼等が何故ネギ君達英雄の息子に拘ったかというと、まず先の魔法世界での大戦が大きく関係しています」
「魔法世界の大戦?」
首を傾げるネギに、ロバートが頷く。
「そう。彼等強行派の人間の殆どが、戦争経験者なんです」
そのロバートの言葉に、三人は目を見開く。
「戦争を経験して、この旧世界に移住したらしいです。ですから、戦争を終わらせる切っ掛けを作った『紅き翼』の英雄達に対しては他の先生方より思い入れが強いんです。その英雄の息子だからと、過ぎる期待を寄せてしまったらしいですね」
戸惑う子供達に、ロバートは微笑む。
「今回強行派の人間に迷惑を掛けられたでしょうが、彼等は決して悪い人間という訳じゃないんです。その事を、記憶の隅にでも良いから留めておいて下さい」
子供達は素直に頷いた。
「まあ、約一名ド阿呆が混ざっていましたが。この離れを爆破した犯人は、既に本国に強制送還されて、法の裁きを待っています。泥酔していたとはいえ、とんでもない事をしたと反省していましたね」
先日、その犯人の奥さんが鈴本店長とマリアに謝罪に来た。
鈴本店長に対しては、離れを爆破などという非常識且つ、大変な危険に晒し、申し訳ないと奥さんは深々と頭を下げ、鈴本店長はそれを受け入れた。
そして、マリアに対しては、何でもマリアと同じ年頃の娘さんが居るらしく、そんな娘と同じ年頃の女の子を寒空の下に放り出す所だったと、奥さんは謝罪し、マリアもまた、その謝罪を受け入れた。
「今回、麻帆良で魔法の秘匿に関し、甘い事が分かったので各魔法使いに再教育プログラムを受けてもらうことになりました。それから――」
「あのう……」
アルカがロバートの言葉を遮り、尋ねる。
「その、再教育プログラムなんですけど、それが原因で、外部の組織から余計な横槍が入ったりとか、麻帆良が乗っ取られたりとかはしませんか?」
そのアルカの質問に、ロバートは微笑む。
「心配ありませんよ。そのプログラムはどの組織にも所属しない信頼の置ける人物が監修したものですし、私自身もどの組織にも所属しない身です。何より、今回こそ馬鹿な真似をしましたが、学園長はかなりのやり手ですので、何か重大なヘマをしない限りこの麻帆良が乗っ取られるような事は無いでしょう」
「そうですか……」
安心したような、けれど何処か不安そうな、複雑な表情でアルカは口を閉じた。
「それから三人に、特にネギ君とアルカ君に注意事項を伝えておきます」
ロバートの真剣な口調に、ネギとアルカは姿勢を正す。
「この学院には、吸血鬼の真祖、『闇の福音』ことエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが繋がれています。繋いだのは君達の父親、ナギ・スプリングフィールドです。ナギ・スプリングフィールドと『闇の福音』の過去を調査したところ、どうやら『闇の福音』はナギ・スプリングフィールドに好意を抱いているのではないかという結論に達しました。ですが、その好意は彼の子供に向けられるか分かりません。十分に注意してください」
「エヴァンジェリンさんって、僕のクラスの……」
「そうです。彼女です」
肯定するロバートに、ネギは青褪める。
「といっても、彼女は女、子供を殺したという記録は無く、現在その力を封じられています。出来れば私も接触してみたかったのですが、上手く撒かれてしまい無理でした。力が封じられているとはいえ、実力は確かなようです。まあ、彼女の人となりは、教師であるネギ君が接触し、直接知った方が良いでしょう。これは良い経験になると思いますよ」
「はい……」
ネギは少し不安そうにしているが、ロバートの案に頷いた。
「学園内に居る多くの魔法使い達が貴方達を見守っていますから、最悪の事態は回避できるでしょう」
最悪の事態って何だ、と三人は頬を引き攣らせるが、ロバートは言葉を続ける。
「今回、立場上強行派を非難していますが、君達の今後の事を考えると、強行派の考えは決して悪い事ばかりではありません。気を回しすぎている感は有りますが、いつかは必要になるだろう事柄が詰め込まれています。例えば、英雄関係の事で逆恨みし、『闇の福音』の様な実力者が、君達を襲うかもしれません。君達は、それに対する対処を最低限であろうとも、安全が確保されている学園内で学べます」
その言葉に、三人はポカンとした表情で聞く。
「そして、仮契約。特にネギ君やアルカ君は常に狙われている身ですから、魔法使いである君達を守ってくれる従者を出来る限り早めに決めたほうが良いでしょう」
ネギは思わず隣に座るマリアを見た。
「まあ、心に決めた人が居る人間にとっては有難迷惑でしょうが……」
マリアとネギを流し見て苦笑するロバートに、ネギは顔を真っ赤に染め、マリアは首を傾げた。
「良くも悪くも、この麻帆良には、君達がこの先必要とするだろう様々なモノが揃っています。些事は私に任せて、大いに学び、楽しんで下さい」
そう言って、ロバートは楽しそうに笑った。
* *
用事が有ると言ってロバートは去って行き、アルカも仕事を特別に抜けさせてもらっていたので、急いで店に帰って行った。
残ったのは、仕事が休みであるネギとマリアだ。
「ちょっと、複雑だな」
そう呟いたのはネギだ。
「あの図書館島での件で、余計な事をされたって、怒ってたんだけど……」
強行派の裏事情を知り、ネギは自分が背負わされている期待の一部を垣間見た。
「お父さんのした事はとても誇らしいけど、怖いな……」
ネギは、再び思い知った気がした。
父の偉大さと、それに付随する周囲の人間の想いの重さを。
親のした事が、子供の自分達にふりかかる。
それは良い事から、悪い事まで。
英雄の息子であるというだけで、生まれた時から期待されたネギとアルカ。
あんなに期待しておきながら、アルカの魔力量が少ないからとそっぽを向いて、それに飽き足らず罵った周囲の人間達。そして、魔力量の多いネギこそ英雄の息子に相応しいと、擦り寄ってきた。
彼等はネギを持ち上げ、アルカを貶した。
一体、この人達は何を考えているんだ。
大切な兄弟を貶されて、ネギが喜ぶとでも思ったんだろうか。
好意の裏に有る人間の汚さを見た瞬間だった。
そして、そうやってチヤホヤされるネギを面白く思わない人間も居た。
そんな人間達が集まり、始まったネギへのいじめ。
たとえ望まない好意であっても、それを妬む人間が居るのだと知った。
たった十年。されど、十年という長い月日。
ネギとアルカは否応無しに沢山の人間に関わった。
「皆は、僕等に何を望んでいるんだろう……」
人の想いは千差万別。純粋な好意も無いだろうが、純粋な悪意もきっと無い。
誰にでも公平で平等な教師は、生徒達の前で『英雄の息子』という単語を一度も使わなかったが、友人には『英雄の息子』を教えているのだと自慢した。
いじめっ子の男の子の表情に、罪悪感が浮かぶのをネギは見た。
そんな、複雑な想いを前に、ネギはそれを汲み取り、自分の取るべき行動を選べるだろうか。
小さく溜息を吐くネギに、マリアはただ寄り添い、手を握る。
掌に感じる暖かな熱。
ネギの、大切なモノ。
絶対に譲れない、大切なヒト。
きっと、これからも様々な人の想いに触れ、事件に巻き込まれ、時には自ら飛び込み、危険に晒されるだろう。
その時、ネギは大切な人達を守れるだろうか。
「強くなりたいな……」
身も心も、強くなりたい。
寄せられる期待に押し潰される事無く、襲いくる悪意を跳ね除け、大切な人達を守れる程に強く。
お父さんみたいになりたい。けれど、お父さんの二の舞いにはなりたくない。
あの『悪魔の襲撃』のような事は、もう二度と味わいたくない。
日々増えていく大切な人達。
けれど、ネギの手は小さくて、いつかきっと大切な人達はネギの掌から零れ落ちてしまうだろう。
だが、ネギはそれに足掻きたい。零れ落ちてしまった大切な人達を守れるほど強くなりたい。
そうなるためには、きっと様々な経験が必要なのだろう。
ロバートの言った通り、きっと、この学園にはネギ達に必要なモノが沢山揃っている。
この修行は、チャンスなのだ。強くなるための、チャンスだ。
どれ程この学園で学び取れるは分からない。
けれど、必要な事だ。
頑張ろう。必死になろう。
失ってからでは、遅いのだから……。