「マリアとネギ君は、もう日本に着いたかなぁ……」
東の空を見上げて、ランドが呟く。
「あら? ランドさん」
「んん? あ、ネカネさん。こんばんは」
「こんばんは、ランドさん。お仕事の帰りですか?」
「はい、そうです。先日はありがとうございました。マリアを夕食に呼んでいただいたそうで……」
「いいえ、ネギも嬉しそうにしていましたし。こちらも、ネギが大変お世話になっていましたし……」
「いえいえ、そんな。ネギ君は筋が良くて教え甲斐がありましたよ」
「まあ、そうなんですか?」
「ええ、そうなんですよ」
うふふ、あはは、と笑いながら、帰り道が一緒のため、並んで歩く。
「あ、では、私はここで」
「ああ、そういえばネカネさんの家はこのすぐ先でしたね」
「ええ。では、また……」
「はい、また今度……」
にっこり笑いあって、そのまま別れる。
そして、それは現れた。
「「ラ~ンド~……」」
「うおっ!? あ、兄貴!?」
「「貴様、ネカネさんと何を話していた~」」
「は? いや、普通にネギ君とマリアの事だけど……」
「「一緒に帰るなど、羨ましい、妬ましい……」」
「あ、兄貴……?」
「「我等が思い、受け取るがいい!!」」
「え、なんで、ぎゃぁぁぁぁぁ!!?」
ランドの悲鳴が響いた、そんな、とある日の夕方。
第九話 それぞれの修行
「学園長先生!! 一体どーゆーことなんですか!?」
「まあまあ、アスナちゃんや」
学園長室に、ツインテールの少女、神楽坂明日菜の声が響き渡る。
「なるほど。修行のために日本で学校の先生を……。そりゃまた大変な課題をもろうたのー」
「は、はい。よろしくお願いします」
一般人が居るにもかかわらず、簡単に『修行』という単語を出した学園長にネギは驚く。
そんな学園長を、アルカは胡散臭そうに見つめ、マリアは困ったように眉を下げる。
「しかし、まずは教育実習とゆーことになるかのう」
「はあ…」
「今日から三月までじゃ…。ところでネギくんには彼女はおるのか? どーじゃな?うちの孫娘なぞ」
「ややわ、じいちゃん」
ガスッ!
黒髪の少女、近衛木乃香は躊躇い無くハンマーを学園長の頭に振り下ろした。
「ちょっと待ってくださいってば! だ、大体子供が先生なんておかしいじゃないですか! しかも、うちの担任だなんて…!」
アスナの訴えを、学園長は笑ってかわす。
「それで、アルカ君とマリア君の修行なんじゃが…」
学園長がアルカとマリアに視線を移した時だった。
コンコンッ。
ドアをノックする音がした。
「おお、来たようじゃの。入ってくれ」
「失礼します」
入ってきたのは、二人の男女だった。
一人はどこかの執事が着ていそうなフォーマルな服を着た男装の麗人で、もう一人は『フラワーショップ・スズモト』というロゴの入ったエプロンをつけた男性だ。
「こちらの方達が、アルカ君とマリア君の修行先の店長達じゃ」
「こんにちは。私は東堂祥子。ブティック『KANON』の店長だ」
「僕は鈴本陽一。『フラワーショップ・スズモト』の店長だよ。よろしくね?」
学園長の言葉を受けて、それぞれが自己紹介をする。それに対し、アルカとマリアも自己紹介をする。
「はじめまして、東堂店長。アルカ・スプリングフィールドです。よろしくお願いします」
「はじめまして。マリア・ルデラです。一生懸命頑張ろうと思っていますので、よろしくお願いします」
そう言って、二人は頭を下げた。
「ふはは。いいねぇ、可愛いねぇ」
「うん。よろしくね」
東堂店長は不敵に笑い、鈴本店長はのほほんと笑顔を浮かべる。
「丁度、マスコットが欲しいと思っていたんだよ」
「へ?」
「なに、住むところは店の二階が空いているから、そこに住むと良い。ふふふ、楽しみだねぇ」
ギラギラと捕食者の様な目をした東堂店長が、アルカにじりじりとにじり寄る。
「いいねぇ、本当に可愛いよ。この服が似合いそうじゃないか!」
そう言って、一体何処から出したのか、東堂店長はビラッ、と服を取り出した。
「この、ゴスロリ服がなぁぁぁ!!」
「な、なにぃぃぃ!?」
ふはははは、と高笑いする東堂店長に、アルカはどん引きする。
東堂店長が取り出したのは、レースがふんだんに使われたゴスロリ服である。もちろんスカートだ。
「お、俺に女装しろと!?」
「その通りだ! ふはははは! さあ、カモーン! 可愛くしてやろう!!」
「お、お断りだぁぁぁぁ!!」
「あ、待て! 何処へ行く!? 逃がすかぁぁぁぁぁ!!」
アルカは学園長室から飛び出し、東堂店長はゴスロリ服を持ったまま追いかける。
後に残ったのは、気まずい沈黙だった。
「あー、ゴホン。で、ネギ君」
「あ、は、はい」
咳払いをし、学園長はネギに問う。
「この修行はおそらく大変じゃぞ。ダメだったら故郷に帰らねばならん。二度とチャンスはないが、その覚悟はあるのじゃな?」
「は、はいっ。やります。やらせてくださいっ!」
ネギの力強い言葉に、学園長は頷く。
「うむ、わかった! では今日から早速やってもらおうかの。指導教員のしずな先生を紹介しよう。しずな君!」
「はい」
入ってきたのは、柔らかい微笑を浮かべた女性だ。
ネギは一歩下がって、しずなに場をあけ渡す。
「わからないことがあったら彼女に聞くといい」
「よろしくね」
「あ、ハイ。よろしくお願いします」
微笑むしずなに、ネギは頭を下げる。
「そうそう、もう一つ。このか、アスナちゃん。しばらくはネギ君をお前達の部屋に泊めてもらえんかの?」
「げ」
「え…」
学園長の言葉に、ネギとアスナは一瞬言葉を失う。
「もうっ! そんな、何から何まで、学園長ーっ!」
「かわえーよ。この子」
「ガキはキライなんだってば!」
そんな学園長達の遣り取りに、横から口をはさむ者が居た。
「あー、すいません、学園長。ちょっと、お話しが」
「ん?なんじゃ?」
鈴本店長である。
「実は、マリアちゃんの住まいの事なんですが…」
「ん?お主の家の離れを使わせてくれるのではなかったかの?」
「ああ、はい。そのつもりだったんですが…実は……」
鈴本店長の話によると、その離れの一角が、謎の爆発により崩れてしまい、修理には一ヶ月ほどかかりそうなのだという。
「それで、マリアちゃんの住まいなんですが…」
「あ、大丈夫です。私、テント持ってきましたから。お風呂さえ貸してもらえれば、一ヶ月くらいなら…」
「マ、マリアちゃん!? もしかして、野宿する気!?」
「え? 駄目?」
「駄目だよ! 駄目に決まってるよ!!」
ネギは必死になって引き止める。
「大丈夫だよ。別に熊が出るわけでもないし」
「大丈夫じゃないよ! 別のものが出るかもしれないじゃないか! しかも今は二月だよ!? アスナさん、お願いです! 僕は子供でも、仮にも教師ですから、アスナさん達のお部屋に居座るわけにはいきません。ですが、マリアちゃんは別です! どうか、マリアちゃんを泊めてあげてください!」
「はあ!?」
「ネギくん?」
「お、男の子やな、ネギ君!」
ネギの訴えに、アスナとマリアは目を丸くし、このかは感動したように目を輝かせる。
「お願いします、アスナさん!」
「ちょ、ちょっと…」
「ネギくん、私は大丈夫だよ?」
「マリアちゃん! お願いだから、屋根のある、鍵のかかる所に居て!」
「ネギ君、ウチは感動したえ!」
このかが、がっちりとネギの手を取る。
「二人とも、ウチらの部屋に来たらええ! な、アスナ、ええやろー?」
「えっ!?」
「そんな、僕は良いんです。マリアちゃんさえ泊めていただければ!」
「あの、ネギくん。私はテントで…」
「お願いだから、マリアちゃん。言うことを聞いて!」
そんなネギ達の遣り取りに、ついにアスナが折れた。
「ああー! もう、わかったわよ! 二人ともあたし達の部屋に泊まればいいでしょう!!」
アスナの声に、このかが嬉しそうに笑う。
「さすが、アスナ!」
「え、いえ、僕はマリアちゃんからテントを借りて…」
「あの、私はテントで良い…」
往生際の悪いことを言う二人に、アスナは怒鳴りつける。
「あたしが良いって言ってるのよ! いいから、あんた達二人ともあたし達の部屋に来なさい!!」
こうして、まさかの同居生活がスタートしたのであった。