俺は彼女に頼ろうともしていなかった。
それでも彼女は、そんな俺を共に戦う者だと受け入れていた。
……俺が、バカだった。
こんな純粋な信頼に気付かず、
彼女に戦わせるという単純な信頼さえ、おけなかったのだから。
―――――ノイズ。
今まで目を合わせる事も照れくさかった相手を、本当に自然に、真っ正面から見つめられた。
「すまない。俺がバカだった。
パートナーとして、
■■■ーが居る限り、俺は二度と一人では戦わない。
―――――ノイズ。
俺一人じゃ他のマスターに勝てない。俺には、お前の助けが必要だ」
でも、傷付く姿は見たくない。
その為に彼女に戦う事を禁じて来た。
……間違えていたのはそこだ。
彼女と共に戦うと決めたのなら、俺は全力で、彼女の力になればよかったんだから。
―――――ノイズ。
「……はあ。その頑なさは、実に貴方らしい」
―――――ノイズ。
左手を握り返す。
出会ってから数日経ってようやく――本当の契約というヤツを、俺たちは交わしていた。
喪失懐古 / 八
『その』時は唐突だった。
予感があった訳ではないし、吸血鬼がソレと気取られる振る舞いをした訳でもない。
何故魔術使いが“ソレ”を察知する事が出来たのか。
その謎はこの後、数ヶ月に渡る吸血鬼の疑問となる。
間違いないのは、この日。
それぞれに関わった三者のうち二角は、全く同時に互いを排除すべく行動を開始したと言う事だけである。
◇
吸血鬼の従者へと宣戦布告を告げた日より、休みを挟んだ火曜日。
衛宮アルトは、放課後に寄せられた依頼で『停電SALE』の売り子に駆り出されていた。
学園都市・麻帆良全域に渡る魔法結界(通称、学園結界)はその力の源を魔力ではなく電力に頼っている。
その為、その術式――システムのメンテナンスを行う場合は一度麻帆良の電力を“全て”落として行う必要がある。
時間は凡そ、20時から24時。
関東魔法協会本部は年に二度、定期的な都市全域の停電を以て、少しずつ強固に、より高度に、より堅牢な学園結界を築き上げているのだ。
―――と、いうのがこの“都市停電”を聞いた衛宮アルトの見解だった。
いつぞやに解析した学園結界に新旧の構築式が入り混じり、かつそれらが一切の不具合を出さずに機能しているのを確認していた魔術使いの疑問が一つ氷解したのだが、まあ、ここではどうでもいい話である。
◆
「アンタ、ホントになんでもやるわねー」
自分の準備は済んでるわけ?
「……懐中電灯550円、二つで1100円」
「今更ですよハルナ。まあ衛宮さんは普段科学部にも顔を出していますから自室に自家発電機器があって問題なし、という話でも私はいっかな疑いませんが」
まあそんな話は超さんあたりこそ相応しい仮説ですけど。
「…………カンパン一缶88円、三つで計264円」
「二人とも、あれこれ詮索するのは迷惑じゃない~……?」
衛宮さんはただアルバイトしてるだけなのに。
「―――宮崎、ちょっと待った」
「?」
「蝋燭10本セット、もう一つ持ってけ」
「へ? あ、ありがとう……?」
「「贔屓か」」
私達には料金一割増なのに!
「何が問題かって、このアルトの贔屓商売を咎める人がいないってコトなんだよね……」
ちら、と柿崎が半眼で見やる先には他のバイト売子数名。そろって此方に目もくれないあたりが逆に不自然すぎる。
「アルトが信頼されとる証やね」
「違う。絶対違う。逆に弱みを握られて逆らえないって方がよっぽど説得力があるよこのか」
「2割値上げされたいかくぎみー」
「ごめんやめてわたしがわるかった」
そしてアンタまでくぎみー言うな。
「むしろ私たちの遣り取りに口を出してはならない、という不文律があると考えるのが妥当でしょう。そういう意味では確かに、衛宮さんが信頼されているともとれますが」
料金割り増し疑惑はお客(私たち)とのコミュニケーションの内である、と。
「……うれしくない」
「そうですか? 私はまんざらでもないですよ。衛宮さんもこのクラスのイロに染まってきたのだな、と」
「…………、いままで人が悪いと言われた事はないか、綾瀬」
「いいえ?」
「あれ……、どーしたんですか?」
「む」
「お」
「あ……、ネギ先生ー……」
そこに通り掛かる子供教師とその保護者。最近頻繁に二人で行動しているのだが、やはり神楽坂はコチラに関与し始めたという事だろうか。
「知らないの先生。今日の夜8時から一斉に停電だよ、深夜12時まで―――」
「学園都市全体の年2回のメンテです」
「あーそっか、職員会議で言ってたかも。……でも、衛宮さんは」
「売子だ」
「バイトね」
「はあ」
「…………どうなの?」
「あくまで臨時の手伝いだからな、そんなに良くは無い。俺がそんなに欲しがっていない事も理由だろうが」
「……えっと」
「そっかー。良いんなら私もって思ったんだけど」
「神楽坂は明日の為に早めに休め」
「…………(何の話をしてるんだろうねカモ君)」
(あー、兄貴は判らなくていいコトだぜ、きっと)
「そーするわ。アルトはいつまでやんの?」
「一応6時までだ。夕食の時間もあるしな、そうそういつまでも人を拘束できないんだろう」
「(判らなくていい事って何?)」
(だから、兄貴まで汚れる必要はないってコトさ…………)
「じゃね、ほどほどにしときなさいよ。――――ホラネギ、ぼさっとしてないで帰るわよ」
神楽坂に呼ばれ、釈然としない顔のままこっちに頭を下げて駆け去る少年。…………気付いてないのか。君の肩に乗っているオコジョ妖精、どーみてもタバコふかしてるんだがな。不自然極まりないから止めさせろ。
◇
『―――こちらは放送部です……これより学園内は停電となります。
学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてくださ……』
ノイズが混じり、放送が途絶える。
時計塔が8時を示し――――学園都市が闇に沈む。
闇に紛れるように動く影は三つ。
学園都市有数の高層建築物に登り不敵に嗤う、封印より解き放たれた吸血鬼。
本校女子中等部寮大浴場“涼風”にて『主』に命じられる眷族化した少女。
そして――――
◆
キャー、いやーん、と何とも緊張感の無い黄色い悲鳴。それが大浴場に虚しく木霊する様は不気味だと大河内アキラは思う。
一緒に入っていた明石裕奈や和泉亜子が早々に引き上げようと湯船の中を進むのを横目に、呆然と立ち尽くす佐々木まき絵に不審な物を感じたのは、ひょっとするとその雰囲気が理由なのかもしれない。
「あちゃー、消えちゃったよ――」
「まだおフロ入っとるのに――」
あ~ん、と泣く亜子たち。二人はまき絵の“おかしさ”がわからないのだろうか。
「まき絵が無理矢理おフロ入ろ、なんて言うからだよ―――」
「ぁ……、 ぅ… ……」
……やっぱりおかしい。普段のまき絵なら、こんな時にただ立ち尽くすなんてありえない。むしろ裕奈や亜子よりもオーバーなアクションを起こしてしかるべきなのだ。……えっと、決してまき絵を貶めるわけではなくて。
「どうした、まき絵?」
ずっと向こうを向いたままのまき絵。お風呂の最中に停電になってしまい、裕奈や亜子に自分のせいだと言われて、それでも振り向きもしない友達。でもこれは、無視しているのではなくて、もっと―――
「まき絵、大丈夫……」
トモダチの肩に手をかける。アキラの手に“惹かれる”様に、コチラを振り向いた少女の口元には、普通ではありえない犬歯が覗いて――――
◆
―――ガラスの割れる、大音量が大浴場に響き渡る。
意図的な破砕。それも大人の身長に比べ2倍近いガラスが2、3枚。圧倒的な“強い力”によって外側から打ち破られたガラスが舞い散り、浴場出口の非常灯や外の明かりを反射する。
その中に。
一際強く光を反射する三本の棒を手にした人影が、反対の手に掴んでいた鎖を離して宙に踊る。
大浴場に居た4―――否、「3人と1体」は湯船の中、突然の闖入者に驚愕以外の反応が出来ない。
本校女子中等部寮大浴場“涼風”の壁には、一面ガラス張りになっている面がある。通常ならば所謂「覗き」や「盗撮」といった犯罪行為に繋がりかねない構造だが、その大浴場が存在するのは3F(2Fは2フロア分を吹き抜けのように広く使用したりしているので実質4F)、そして周囲の建築物にも相応の対処として高層建築物が無い為そういった事態は今まで起きた事がない。
そのガラス面を、全く無造作に破砕してソレは現れた。
恐らく、大浴場上の屋根に鎖の一端を打ち付けでもしたのだろう。鎖のもう一端を掴み、バンジージャンプか何かのように跳躍したソイツは、掴んでいた鎖に引かれて直下の壁面―――大浴場のガラス面に叩きつけられる直前、容赦無くガラスを打ち破り押し入ったのだ。
一瞬の滞空時間。
ソレは三本の棒を掴む右腕を大きく真横に振りかぶる。
狙いは極一、躊躇は無い。湯船に着水する前に振り抜かれた腕、放たれる銀光の凶器。
その着弾までの刹那に相手は状況を把握する。
―――盛大な水柱が、瀑布となって状況を掴めない3人を飲み込んだ。
◆
「……逃がしたか。―――いや、結局俺ではそれ以外に手が無かったのも痛いが」
鉄甲作用を乗せた黒鍵投擲による“水攻め”は一手届かず『佐々木まき絵』を捕捉する事は出来なかった。
……『佐々木まき絵』に近かった3人を巻き添えにしてしまったが、お陰で上手い具合に気絶してくれた様なのでこれはこれでよしとする。
大浴場内から『佐々木まき絵』の気配が消えている事を確認して、ざっぱりと湯船から身体を上げる。右手には明石、左手には和泉。共に裸体。いやまあ、入浴中だったから当然なのだが。
「――――何でこんな時に風呂になんて入るかな」
周囲への警戒と魔力探査に向けていた意識を二人に傾ける。……痕跡は何も無い、どうやら間に合ったらしい。
取り敢えず床に落ち着けて、大河内を引っ張り出そうと再び湯船に向けて踵を返し、
…………自分の行動成果を訂正する。
俺の目の前、未だ飛び込んだ俺と何処ぞへ消えた『佐々木まき絵』、そして相当量の硝子が落ちて揺れている湯船の中から、荒い息を整えながら、大河内アキラが俺を見詰めていた。
「――――――――」
「……………………」
絡み合う視線。暗闇の中、大河内の眸には驚愕と疑問の色。
静謐な空間には、ただ大河内の息遣いだけが繰り返し響いて消える。
ただ、安堵が無かったといったら嘘になる。
大河内も間に合った。
突入の瞬間、『佐々木まき絵』に最も近かったのが彼女だったから。
ひょっとしたら、と。一瞬でも、頭をよぎってしまったのだ。
ただ、俺にこの間を続ける余裕は無い。
「…………湯船の中は危ないぞ。硝子が大量に混じっているからな、取り敢えずあがったらどうだ」
「……」
機械的に水飛沫を上げながら大河内が歩き出す。過度の驚きが他の思考能力を奪っているのだろうか。
歩いてくる最中に硝子で足を切らないか不安だったが、そんな事も無く大河内は無事に湯船から上がった。
「―――そろそろいいだろう」
「…………え、」
声を上げようとした大河内の身体がそのまま崩れ落ちる。
力を失ったその身体は、しかし床に投げ出される事無く抱きとめられる。
「――――貸し一だな、衛宮」
「ああ――――素直に借りておくよ、龍宮」
これでまずは一区切り。
突入直前の唐突な連絡にも律儀に答えてくれる監視者(ゆうじん)を見て、溜息を一つつく。
◆
「――――何だ、一体」
「? マスター、何か異常でも」
「ああ。行動させる前に先手を打たれた。折角、ぼーやに当てる為に意識の先導まで労したというのに。……まあ、駒が足りないのは不愉快だが不足というワケでもない。計画は予定通りだ。撒き餌を使うぞ」
「…………了解」
「どうした」
「……あの、衛宮さんには」
「フン。言われるまでもない、あくまで足止め程度に留める。
―――ヤツは一度必要と認めれば躊躇わないタイプだ。今後の為にも、余計な轍を踏む気はない」
◆
――――さそわれるように回顧する。
数ヶ月前の事だが、初めて見た時の衝撃は未だ鮮明に思い出せる。
常人では届かない極致。天才と称される技巧者でも生涯をかけて追い求め、なお辿り着けるのは一握りであろう到達点に、
あたかも、それが当たり前であるかのように“在る”少女。
規格外。
超常。
奇跡。
およそ神様でなければ到達出来ない境地を識る下級生。
――――しりたくないか、と さそうこえ。
嫉妬が無い訳がない。
悔しくない筈がない。
だがそれよりも、
――――みたくはないか、と いざなうこえ。
――――――ただ、うらやましかった。
出来る事なら、自分も。
それは偽る事のない、いまのじぶんがいだくねがい。
――――おしえてやろうか?
だから、
――――みせてやろうか?
綾女は、その誘いに抗う術を知らなかった。
◆
……最早躊躇う理由はない。
それでも魔術使いが即座に動かなかったのは、巻き込んでしまった大河内アキラや和泉亜子、明石裕奈に施すべき後処理を自分では施せないからだった。
衛宮アルトの目前で、記憶操作の施術が終わる。
―――アルトが自分で破砕した硝子を魔術で以て復元してより5分。
若干の経過時間は、操作を単純な“消去”ではなく複雑な“改竄”で行った事、
そして施術者があまり経験の無い桜咲刹那であった事が理由だろう。
「――――終了です」
「すまなかったな、我侭を言って」
「いえ。私の方こそ、未熟な為に時間をかけてしまいました」
理由こそ異なるものの、互いの表情は硬い。
「で、これからどうするんだ衛宮」
「……まずはヤツを探し出してからだ。対応は状況による」
既にネギ君とコトを構えているのならギリギリまで介入は控えるべきだろうが、そうでなければ考えるまでも無い。
「「―――――」」
沈黙を守る二者。……己らに科された役割を考えれば無理も無い。
処置の終わった3人をそれぞれの部屋に運び込むのに10数分。…………魔術使いにとっては焦れる様な時が終わる。
といっても、まだ彼女は建築物から建築物へと跳躍して移動できる程優れた身体能力を持ってはいないので学生寮から出るには普通に表玄関を抜けねばならない。先導するように先立って階段を駆け下りる衛宮アルトを律儀に追う龍宮真名と桜咲刹那。
だがその足はすぐに止まる。―――階段を下りた先。表玄関へと抜けるロビーの只中に、9つもの人影が見えたのだ。
「……何?」
おかしい、と上がる声は桜咲刹那のものだ。
そう、確かにおかしい。
既に停電から30分以上経過している。停電中は一般・魔法使い問わず教師や宿直、警備員が主要施設内を警邏するのが常であり、その為に一般の不良生徒でさえ停電中は大人しいのに。
「―――――…………、まさか」
魔術使いの表情が引き攣る。
同時に、
人影が一斉に、爛、と輝く瞳を向けた。
「散れ!」
その声は、龍宮のものか、衛宮のものか。
暗闇に紛れる計12の影は、全く同時に、全く異なる目的の為に行動を開始する。
◆
―――それからさらに45分。
独りで麻帆良市街を逃走する。
強化した身体能力で許される全速力。今なら俺が知る限り麻帆良最速である神楽坂明日菜も追い抜ける。
だが。
その後ろを追走する少女達を引き離す事は出来なかった。
「逃げちゃダメだよ便利屋さーん!?」
「きゃははははは!!」
「待てやエミヤ、今日こそおまえから一本とーる!! というか中坊のクセして高校三年の私より強いとはナマイキなのだなぐらせろー!!」
明るい、と言うよりも躁状態なのかと疑いたくなる程調子っぱずれな黄色い声が、背後2、3、11時方向。
だが騙されるな。響く足音は合計6。
ひとつは自分だとして2つ、計算が合わない事になる。
目前、曲がり角まであと2秒。僅かに歩調を変えて機を謀る。
一際強い踏み込み。
だん、と音高く響かせた一歩でそれまでの推進力を全殺、反転と同時に右の裏拳を振り抜く!
「、ぎ!!?」
狙い通りのカウンター。側頭部に強打を受けた高笑い少女が意識を落とす。
同時に。
「ぉおおりゃあああああぁぁぃ!!」
「チェイストォォォォォァァァ!!」
「―――――――(喜色満面)!!」
左からは、便利屋呼ばわり常連客Gの飛び膝蹴り。
右からは、剣道一筋悔しがり少女Tの唐竹割。
そして正面から、不気味寡黙少女Aのトペ・スイシーダ……!
「ちょッ……!!?」
予想外と言えば予想外な奇襲。対応を躊躇する暇も無い、ってか目、瞳が輝きすぎだ何かトリップしてないかー!?
「うおおおお!?」
釣られて意味も無く吼える俺。完全一致のタイミングではない、咄嗟に空いた左腕を伸ばして掴む乙女の太腿。相手も自分も勢いを殺さず微調整するだけでいい、自分の身体回転を止めずに後ろへ逃げつつ、力任せに引き寄せる!
「ぃああ!?」
「っげ!?」
「―――?」
いっそ見事な自爆である。
Gの膝蹴りをAの推進直上に引き寄せるだけでAはGに特攻し、Tの唐竹割りはGの顔面を捉えた。
「…………」
「…………」
「…………えーと」
此処まで来ると笑えばいいのだろうか。
結果、Tの唐竹割をまともに喰らったGとその脚に突撃したAは意識を喪失。TとAを投げたのだろう投擲少女Bが呆然と気絶した2人を見ている。
……いやいや、思考停止していてはいけない。これでも身体能力だけは常人を凌駕しているのだ。驚異である事には違いない。
…………取り敢えず彼女らの直上に金ダライでも投影しておこう。
……意識の剥奪を確認して彼女らを物陰へと隠蔽する。
さて困った。周りを改めて確認すると、まるで見覚えの無いエリアである事に気が付いた。
「立て続けの襲撃だったしな。龍宮か桜咲がいたらどの辺なのか判っただろうが」
恐らく、いや確実にあの吸血鬼、今まで血を啜った犠牲者達を操って俺の足止めとしたのだろう。
単に血を吸われただけならば、適切な治療を施せば後遺症も無いらしいが……
「……ホントだろうな、高畑」
ちらり、と隠匿した辺りに視線が向かう。どー見ても眷属化していたんだが、彼女ら。
ともあれ、ここで停電都市を彷徨っている暇も無い。判らなければ“調べれば”良いだけだ。軽くかがんで右手をアスファルトに押し当てる。
「――――同調、開始」
瞑目して魔術を発動。脳裏にはいつも通り“設計図”が構築され、
「!!!」
同時に。殆ど直感だけで身を翻す。
一瞬前の俺の心臓の位置目掛けて放たれた矢が髪を掠める。
「…………っ」
遥か遠くを眇め観る。
彼我の距離、およそ1キロ。
満月には程遠く、だが常より明るい月明かりを時折雲が掠めて薄くする。
その明かりから隠れるように、
高階綾女が、弓を構えて立っていた―――――。