ファフニールが鬼達と戦った夜から数日経ち、修学旅行が明後日に迫っていたころ、ファフニールは修行のため学園内にある山の中にいた。
「……迷った」
入って30分で迷っていた。
「ま、適当に歩いてりゃ、そのうち街に出るだろ」
1時間散々歩き回ったファフニールは
「川に出ちまった」
ますます奥地へと進んでいた。
「おや? ファフ坊ではござらぬか」
「お前は……」
声の主の顔は覚えがあるが、名前に覚えがなかった。
「そういえばあまり話した事はなかったでござるな。拙者は長瀬楓でござる、ファフ坊はこんな所でなにをやってるでござるか?」
現れたのはファフニールのクラスメイトで今は何故か忍び装束を着た長瀬楓だった。
そしてファフニールが普通じゃないと感じた内の一人。
「修行だ。てかそのファフ坊ってのやめろ」
決して迷ったとは言わないファフニール。
「ん~、まぁ良いではござらぬか。ファフ坊も修行でござるか。拙者も修行でここに来てるんでござるよ」
ニンニン♪ と、まったく悪びれた様子もなく、楓はファフニールの要望を却下する。
「ぐ、まぁ、いい。それより修行って言ったな。てことは、お前強いのか? 」
楓のどこか気の抜ける言い方に呼び名の事は諦めて、修行、という言葉にファフニールは興味をもった。
「う~ん、どうでござろうな。まだまだ修行中の身故」
「そうか、まぁいい。組み手でもやらねぇか? 相手がいなくてよ」
ファフニールは楓も自分の監視の者かと少し勘ぐっていたが、楓からはそのような感じは受けなかった。
ならばとファフニールは組み手の相手を申し込んだ。
「あ~、そういえば、学校終わるといつも型の練習をしていたでござるな。うむ、拙者でよければ相手になるでござるよ」
「……なんでそれ知ってんだ?」
まさか自分の修練を見られていたとは思わなかったファフニールは驚いた。
「いくら人気の少ない所といっても、あれだけ長い時間いれば誰かしらには見られるでござるよ」
「ぐ、不覚だな」
自分が努力している姿を見られるのはファフニールは嫌だった。
「と、ともかく始めるぞ!」
「あいあい」
そうして、二人の実戦に近い組み手が始まる。
先に仕掛けたのはファフニール。
楓との距離は約3メートル。その間合いを一瞬にして詰め、それと同時に左の拳を繰り出す。
それは常人なら確実に避けられないような速度。しかし、楓は常人ではない。
ファフニールの攻撃は楽々と避けられた。だがファフニールも避けられるだけでは終わらない。
初撃よりも速く、左の拳を放つ。
「ふむ、なかなか……」
しかし、ファフニールがどれだけ手数を出しても楓には悉く避けられる。
「ちぃっ!」
ファフニールは流れを変えるために、なぎ払う様にまだ使っていない右拳を楓の胴へ放つ。
瞬間、楓の姿がファフニールの視界から掻き消える。
「まさか気を操れるとは思わなかったでござるよ」
一旦ファフニールとの間合いをあけて、楓はどこか嬉しそうに言う。
「掠りもしねぇとはな」
言葉とは裏腹にファフニールの口は笑みを作っていた。
ファフニールの立場は挑戦者のようなもの。
それは自分の世界では味わえなかった感覚。
初めてという感覚をファフニールは純粋に楽しんでいるのだ。
「それに少し変則的な構えでござるが、スタイルはボクシングでござるか?」
「ベースはな。他にも色々と試してる所だ」
「なるほど。では、次はこちらから行くでござるよ」
言葉を言い終わると同時に、楓の姿がファフニールの視界から消え失せる。
一瞬呆けてしまったファフニールの延髄に楓の手刀が叩き込まれる。
ファフニールは意識が飛びかけたが
「ぐっ!」
なんとか歯を食いしばり耐えるファフニール。
そのまま倒れるふりをして、低い体勢のまま振り向き、左拳を楓に向けて突き上げる。
しかし楓の反応は早く、それを後ろに飛んでかわすが、ファフニールは楓が着地する前に右拳を叩き込む。
さすがに空中ではかわせなかったのか、右拳を腹に受け、吹っ飛んでいく楓。
「はいっ……んな!?」
楓が吹っ飛んでいった方向を見てファフニールは衝撃の光景を目の当たりにする。
「ま、丸太ぁ!?」
吹っ飛んでいったのは楓ではなく、丸太だった。
「変わり身の術でござる」
歌うような声がファフニールの背後から響いてくる。
楓はそのままファフニール背中に掌底を放ち、今度はファフニールが吹っ飛び、川に突っ込んでいく。
そのままファフニールは気を失ってしまった。
「ん……んあ?」
気を失って数十分後にファフニールは目を覚ました。
「お? 気が付いたでござるか?」
仰向けになっているファフニールの視界に楓の顔が映る。
現在のファフニールは楓の膝枕で寝転がっている状態だ。
普通の健全な男子ならば目が覚めたら異性の膝枕で寝てました、なんて状況になったら慌てて飛び起きるなりなんらかのリアクションを取るものだが、生憎とファフニールにまだそんな人間的な思考は無い。
後頭部から伝わってくる感触が心地いいのでファフニールはもう少しこのままでいることにした。
「ちっ、勝負にならなかったな……」
「そんなことは無いでござるよ。正直、あの手刀で勝負はついたと思ったでござるからな。あの左アッパーから右ストレートのコンビネーションは危なかったでござるよ」
そう言いながら楓はファフニールの頭を撫でた。
頭を撫でられたファフニールはむすっとした顔で立ち上がる。
さすがに人間に頭を撫でられるのはドラゴンとしてのプライドが許さなかった。
「おい、もう一回勝負しろ」
「え? もう大丈夫なんでござるか?」
「あぁ、もう回復した」
「う~む……わかった、付き合うでござるよ」
そうしてファフニールと楓の2ラウンド目が始まった。
その後、楓に負ける度にファフニールが勝負を挑み、楓も断りきれず、二人は夕暮れまで組み手を続けていた。
しかし、さすがに修学旅行が近いということで二人は組み手をやめ、下山することにした。
「ファフ坊は気の修練を始めてどのくらいになるんでござるか?」
「10日ぐらいだな」
「……は?」
「だから、10日ぐらいだ。体術は一週間くらいだな」
「な、あの体術を一週間?」
楓はファフニールが自分と同じように幼少の頃から修練してきたものだと思っていた。
それがファフニールの言葉を信じるなら、転入してきたときぐらいから修練をしてきたと言うのだ。
楓が驚くのも無理はない。
「う、う~む……」
にわかに信じられない言葉だったが、実際に組み手を繰り返すごとにファフニールの動きが良くなっていくのを楓は感じていた。
「おい、楓」
考え込んでいる楓にファフニールは声をかける。
「ん、なんでござるか?」
取り合えず結論のでない考えを中断し、楓はファフニールの方を向く。
「また修行付き合えよ。やっぱ相手がいる方が効率がいい」
「うむ、拙者でよければまた付き合うでござるよ」
そんなファフニールの言葉を聞き、楓は微笑んだ。
「なんだよ?」
「いや、拙者が三人目かと思って」
「何が?」
「名前で呼ばれるのが、でござる。ファフ坊は真名と刹那しか名前で呼んでおらぬでござろう?」
楓の言う通りファフニールはクラス内で真名と刹那しか名前で呼んでいない。
元の世界でも竜族の群れにも属さず一人で生きてきたファフニールにとって、名前を覚えることはあってもそれを呼ぶことなどなかったからだ。
しかしこの世界に来て、何故か真名と刹那の名前はしっかりと呼んでいた。
「そうだったかね」
「そうだったでござるよ」
そんな会話をしながら二人は寮へと帰っていく。
「朝からこんな時間まで何処に行っていた」
帰って早々にファフニールは刹那に睨まれた。
ファフニール監視の命を受けている刹那にとって、ファフニールが目の届かない場所に行くのは好ましくなかった。
しかし、そんな睨みに臆する様子もなく飄々とファフニールは答える。
「山ん中に修行に行ってた」
「何故……山なんだ?」
「あん? 修行と言ったら山って書いてあったぞ? 」
「はぁ、いったいなんの本を見たんだ」
そうして修学旅行は目前に迫る。行き先は京都。
そこで、この世界で初めての大きな戦いに巻き込まれることを、ファフニールはまだ知らない。
後書き
どうも、ばきおです。
今回は楓との絡みです。
さて、いよいよ修学旅行編に入ります。
これまで以上に力を入れて頑張っていきますんで、よろしくお願いします。
ご感想、批評などあったら書いていただけると幸いです。
では!