「これが私の過去だ。満足したか?」
エヴァの話は終わり、明日菜達はただ押し黙った。
育ての親に吸血鬼にされ、普通の人間にも、魔法使い達にすら受け入れられる事はなかった。
魔女と呼ばれ、焼かれ、それでも尚死ぬ事も許されず、ひたすらに歩いてきた彼女に、少女三人は掛ける言葉が見つからない。
「似てるん、やね」
そんな中で木乃香が搾るように口を開く。
似ている。その言葉に刹那と明日菜の頭の中に、ある人物が浮かんだ。
刹那が視線を床へと落とす。
試合でエヴァが叫んだ想い。アレはファフニールの事を理解したうえでの叫びだったのだ。
似たような道を歩んできたからこそ、エヴァはファフニールという存在を深く理解している。それこそ、この中の誰よりも。
いつの間にか、自分が歯を噛み締めている事に刹那は気付いた。
「そうだな、アイツと私は似ている。誰に受けいれられる事もなく一人で生き、挙句、人殺しだ。それも数え切れない程の、な」
「……それは違うと思う。だってエヴァちゃんは仕方なくじゃない。こ、殺したっていうのも自分を狙う人達だけでしょ? アイツは、ファフニールは自業自得よ。差し伸べられた手を、アイツが払わなければあんな事にはならなかったんでしょ!?」
エヴァの自嘲するような言葉に、明日菜は首を振って否定する。
ファフニールの記憶。それが明日菜の脳裏に強烈に焼きついていた。
明日菜だけではない。ファフニールの記憶を見た者全てに焼きついているのだ。
「違わないさ。寧ろ、憎しみをもって殺した分、私の方がたちが悪いと思うぞ。少なくとも、アイツは何かを憎み、殺すなんてことはなかった筈だ」
それを踏まえて、エヴァは此処にいない愚か者を笑った。
嘲る訳でも、哀れむ訳でもない。ただ、しょうもない奴だというように。
明日菜には理解できない。何故ファフニールに対してそんな笑顔が出るのか。
しかし、エヴァの言葉の中に明日菜でも理解出来る事があった。
「エヴァちゃんは、人殺しを罪だって思ってるじゃない。身を守る為とはいえ、罪だって。……ファフニールは思ってないよ、きっと。人間だろうと同族だろうと、殺す事なんてなんとも思ってない。だから……やっぱりエヴァちゃんとファフニールは違うよ」
明日菜の言葉は確かに、明日菜個人の考えであり、ファフニールが本当にそうだったのか、それはこの場にいる誰もが判らない事だ。
だが、過去を見せろと言った時、ファフニールはエヴァのように渋る事はなかった。
早く寝たい一心で皆に見せたのだ。
あの過去を、そんな態度で見せたファフニールに罪の意識があるとは明日菜には思えなかった。
「……ハァ、もう語る事は無い。お前らも出て行け」
エヴァは手を振り、三人に出て行くよう促した。
そして明日菜と木乃香は素直に従い、刹那だけが部屋に残った。
「……明日菜さんの言う事も判ります。確かにファフニールの考えている事はよくわかりません」
「フン、そんなもの私にだって判らん。気になるのだったら直接聞けばいいだろう。何かを殺すに思う事はないのか? と」
エヴァが得意の意地の悪い笑みを浮かべる。
「そうですね、そうしてみます」
そんなエヴァに苦笑して、刹那はもう一つ、エヴァに疑問を投げかけた。
「エヴァンジェリンさんは、ファフニールが、その、す、好き、なんですか?」
予想外の質問にエヴァは言葉に詰まり、質問を投げかけた刹那も顔を赤くしている。
しかし、刹那はエヴァの答えを聞くまで、退くつもりはないらしい。
「まったく、何を言い出すかと思えば。安心しろ、そんなんじゃないさ。恋だとか愛だとか、アイツへの感情はそんな甘ったるいものじゃない」
エヴァの答えを聞き、刹那はジッ、とエヴァの瞳を見据える。
エヴァも、刹那の視線から目を離すことは無かった。
やがて、そうですか、と刹那は頭を下げ、救護室から出て行った。
一人になり、寝転がったベットの上で、エヴァは静かに息を吐いた。
「お前に出会う前だったら、また違っていたのかもな。……ナギ」
ズキリ、と折れた肋骨が痛んだ。
轟音とと共に、楓が舞台上へと叩きつけられる。
どれ程強く叩きつけられらたのか、観覧席まで伝わる振動、宙を舞う舞台土台が物語っていた。
楓の負ったダメージも大きいらしく、膝をついたまま立ち上がれない。
クウネルと楓の試合は決したのだ。
舞い散る粉塵の中、両者は何かを話し合い、やがて楓が己の負けを口にした。
朝倉のコールにより会場は大歓声を上げた。
「もうちょい本気ださせろよ」
死力を尽くした楓にファフニールは無遠慮な言葉を投げかけた。
「いやいや、あれで精一杯でござったよ」
そんなファフニールの言葉に楓は気にする事なく応える。
「お、楓、惜しかたアルネー」
「ケガは大丈夫ですか!?」
そこに古とネギが走りより、楓を労う。
これが普通の対応である。
「クウネル殿からの伝言でござる、ネギ坊主。決勝で待つ。そう言っていたでござる」
「……ハイ」
ネギの顔に決意の表情が浮かぶ。
決勝まで進めば、進展のなかった父親の手掛かりが掴めるかもしれないのだ。
今までの全ての努力はそこに賭けていたと言っても過言ではないネギにとっと、それを掴み損ねる訳にはいかなかった。
「……もう見る試合もねぇか」
そんなネギに興味も示さず、ファフニールは試合表を見ていた。
クウネルの決勝進出が決まり、後はネギと刹那の試合、そしてそのどちらかとクウネルの試合が残るのみ。
楓でクウネルの本気を引き出せなかった以上、ネギと刹那、どちらが勝ってもあまり変わり映えのしない試合になるだろう。
そうなればファフニールが見ておきたい試合は、もうなかった。
「飯でも食うか」
用が無ければ、此処に留まる理由は無い。
協力している以上、超の所へ向かうのが筋なのだろうが、ファフニールは己の空腹を満たすことを選択した。
楓と軽く言葉を交わし、ファフニールは会場を去る。
顔見知りと出会う事もなく、出口へと辿りついたファフニールだったが、突然背中にドン、と衝撃が走り、倒れこみそうになる。
何事かと距離を取り、振り向く。
「なんのつもりだ、てめぇ」
「何、蹴りたくなる背中だったからつい、な。気にするな」
其処に立つのは、ファフニールがこの世界で最も見知った顔の一人だった。
傍らに仮装させた人形を連れ、何故か不機嫌そうな表情を浮かべているが、そんな顔すら美しい少女だ。
「背中を見たら蹴りたくなんのか、てめぇは。碌な育ち方してねぇな、エヴァンジェリン」
「あぁ、殺し、殺されるような人生さ。碌なもんじゃない」
ククッ、と自嘲気味に口元歪ませ、且つ悪びれる様子も無く、エヴァは応えた。
「なんだ、案外普通の人生じゃねぇか。どうやったらそんな捻くれた性格になるんだ?」
溜息をつくファフニールに、エヴァは目を見開いた。
エヴァの詳しい過去を、追い出されたファフニールが知る訳がない。
突然に殺し、殺されるような人生と言われ、普通ならばどういう訳なのか尋ねるだろう。
それもせず、ファフニールは冗談でも、皮肉る訳でもなく、言い放ったのだ。
血に塗れたエヴァの人生を、普通だと。
「ハッ、ハハッ、アッハハハハハハハッ!」
こみ上げた笑いを御し切れず、エヴァは掌で目を隠し、天を仰ぎ大いに嗤った。
通行人の奇異の目も気にすることなく、盛大に、赴くままに嗤った。
折れたままの肋骨が軋み、激痛が走ろうと、止む事はない。
長年連れ添った人形でさえ、あまり見たこと無い嗤いだ。
「オイオイ、ドウシタンダ? 御主人」
「クククッ、全く、お前に聞かせないで正解だったな。あの場で普通なんて言われた日には、どうすれば良いかわからん」
目尻に溜まる涙を拭っても、エヴァの口元から笑みは消えそうに無い
ファフニールが自分の過去を聞いたとしても、そんなものか、と思われる事はエヴァには目に見えていた。
だが現実はどうだろう。
なんの遠慮もなく、エヴァを奇異な目で見ているファフニールは、言うに事欠いて、案外普通などとぬかしたのだ。
「来い、ファフニール。どうせ腹減ったとかで、どっか行くつもりなんだろ? 大笑いさせてもらった礼だ、代金くらい担ってやるよ」
「は? 何なんだ急に、気持ち悪ぃ」
訳がわからんと、顔を顰めるファフニールをエヴァは惚れ惚れするような足払いでこかす。
突然の事に、ファフニールは素直に尻餅をついてしまう。
「ちょ、放せ、コラ!?」
「さて、何を食べるかな。こいつに上品な代物は似合わんしな」
ファフニールの抗議を完全に無視して、首根っこを掴み引きずっていくエヴァ。
愉快だった。きっと詳しく話した所でファフニールの言葉は変わらないだろう。
案外普通。その言葉が嬉しい訳でも腹が立つ訳でも、まして悲しい訳でもない。
エヴァは、ただ可笑しかった。
案外普通。
この言葉が自分に向けられたと思うと、エヴァは口元の笑みを押さえる事が出来なかった。
薄暗い部屋に、一瞬光が走る。
「あ、お帰りなさい、超さん。神楽坂さん達が地下の下水道まで来ちゃったみたいなんですけど」
そう言った葉加瀬が見つめるモニターには明日菜を筆頭とした魔法生徒が数人映し出されていた。
だが超の様子が少しおかしい事に葉加瀬は気付いた。
「それは田中に任せておば大丈夫ネ。それよりも至急世界樹の様子を調べるヨ、ハカセ」
お調子者な所はあるが、常に冷静沈着な超が焦っているのだ。
只事ではないと悟った葉加瀬は頷き、直ぐに作業に取り掛かる。
しばらく二人のキーボードを叩く音が響き渡る。
「う~ん、特に異常は無さそうですよ?」
「……そのようだネ」
しかし、二人掛りで調べても世界樹に異常を見られない。
順調に魔力は溜まっているし、何か術式を掛けられている様子も無い。
「…………」
ではティアマトーにブラフを掛けられたのか?
もう既に、彼女が世界樹になんらかの仕掛けを施し、超達を欺くためにあんな思わせぶりな言葉を吐いたのか。
だが、何かをしてここまで痕跡を隠せるものだろうか?
超達がいくら調べようと、異常は見つからない。
極めて順調。順調なのだ。
願いを叶える為に魔力を吐き出したのも、ファフニールが処理したという件、一度だけ。
最早、超の最終目的、全世界への魔法バラし。その為の地球規模の強制認識魔法を発動させる為の魔力が溜まるのを待つばかりなのだ。
「……様子を見るしか無い、カ」
別モニターにはネギと、ネギに似た赤毛の青年が舞台上で対峙している。
まほら武道会も終わりに近づいていた。
あとがき
どうも、ばきおです~
バカな……富樫が仕事をするだと……ッ! 信じられん……
やっとこさ、まほら武道会が終わりました。いや、まぁ相当キンクリしちゃったんですけど(汗
批評、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
でわ~