「”天災にあったと思って、付き合え刹那”だってさ~」
場所は先程ファフニールは世話になっていた救護室。
刹那との試合で負傷して、ベッドに腰掛けるエヴァをネギ達が取り囲んでいる。
その中の一人が可笑しくて堪らない、と笑っていた。
「揚句に肋折られちゃうとか、ップ、クク、ほんと面白いわ~、お嬢ちゃん」
「おい、誰だコレをここに入れたのは」
エヴァに対してそんな行動を取る者は一人くらいしかいないだろう。
青筋を立てたエヴァに睨みつけられても、ティアマトーの笑みは消えそうにない。
「いずれ永遠に黙らせるから、今は放っておけ。それより、さっきの戦いで生まれつき不幸を背負った刹那に共感を覚える、とか言ってたな。どういうことだ?」
「ム、変な所に食いつくな、お前は。もっと他にあっただろうが」
取りあえずティアマトーは無視する方向で話を振るファフニールに、エヴァは呆れたような溜息をつく。
「私も色々言いたい所ですが、そこは私も気になっていました。あなたも不幸を背負っていた、ということなんですか?」
エヴァと同じように呆れた目つきでファフニールを一瞥する刹那。
「ウチも気になるなぁ~。エヴァちゃんの過去」
今現在、エヴァを師事している木乃香も彼女がどういう道を歩んできたのか気になっていたらしい。
「くだらんな、話は終わりだ、とっとと出て行け、ガキ共」
三人から顔を背け、シッシと手を振るエヴァだったが、それで出て行くような輩はこの場にはいない。
「そうはいかないわよ。 エヴァちゃんがさっき言った事、許してないんだからね! それを聞かないことには納得いかないわ」
言い逃げはさせない、と明日菜がエヴァに言い寄ると、ネギもそれに便乗してくる。
「敗者は勝者の言う事を聞かないとねぇ。ねぇ、セツナちゃん、貴方も聞きたいわよね? この子の昔話」
「……そうですね。試合は私が勝ったんですから、昔話くらい」
勝負の勝ち負けを言われては、エヴァも皆の言い分を無碍には出来ない。
やがて諦めたように、明日菜達の望みを了承する。
「だが、ぼーやにティアマトー・ヒューズレイ、ファフニールはダメだ」
「え!? なんでですか!?」
「ぼーやに聞かれるのは恥ずかしい。お前はムカツク。そして貴様は特に何も思わんだろう」
「何も思わねぇならいいんじゃねぇのか?」
意味がわからん、とファフニールは眉を顰めた。
そんなファフニールの言葉を聴いて、エヴァは今日一番の溜息をついた。
「……それがイヤなんだよ。いいからお前らはさっさと出て行け!」
怒鳴り飛ばし、エヴァは三人を救護室から追い出した。
「あらら、追い出されちゃったわね」
「オレが言いだしっぺの筈なんだがな。意味わかんねぇ」
「なんで僕まで……」
ここに居てもしょうがない、とファフニールは会場の方へと向かう。
「あら? もう目ぼしい試合は無いんじゃない?」
「あぁ? 妙なのが居るだろうが。クウ、ネル、だったか?」
「……居たわね、そういえば。なんであっちの英雄がこんな所にいるのかは知らないけど」
英雄、という言葉にネギが顔を跳ね上げた。
「ティ、ティアマトー、さん。あの人が英雄ってどういう事ですか!?」
ティアマトーへの怯えは若干残っているが、それでもネギは彼女に問い詰める。
あっちの、というのは魔法世界の事だ。
その英雄といえば、ネギが追い求める父、サウザントマスターに関係があるかもしれないと思ったのだろう。
「そっか、貴方サウザントマスターの息子さんだっけ? 気になるわよねぇ」
うんうん、首を上下に振り、ネギの関心を誘うティアマトー。
「教えて欲しい?」
思わぬ所で父親の話を聞けるかもしれないという幸運に、ネギは目を輝かせた。
ティアマトーへの怯えは、期待の眼差しへと変わり、ネギは彼女の言葉に激しく頷いた。
「じゃあ、いたいけな少年に教えてあげましょう。彼の名前はアルビレオ・イマ。“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”と呼ばれた英雄よ。貴方のお父さんの友人ね」
「小太郎君を倒したあの人が、父さんの、仲間……?」
ティアマトーの言葉にネギは目を見開いた。
紛れも無い、父の手がかりがすぐ傍にいるのだ。
「いや、その変なあだ名に疑問を持とうぜ、アニキ……」
ネギの肩に乗ったカモがティアマトーの発言の不審な部分にツッコミを入れるが、ネギの頭の中はそれどころではないらしい。
「ま、詳しい事は当事者に聞くのが一番でしょう。折角手の届く所に居るのだから、話をしてみたら?」
「そ、そうですね! ありがとうございます、ティアマトーさん!」
大げさにお辞儀をして、ネギは会場へと走り出した。
そんな少年をティアマトーは笑顔で送り出す。
「……アレ? あだ名違ってたっけ? ま、似たようなもんよね?」
「知らねぇよ」
会場に着いたネギを待っていたのは、奇しくも目的の人物だった。
「……アルビレオ・イマさん……ですよね」
一瞬呆然としたネギだったが、なんとか声を振り絞る。
アルビレオもまさかネギが、自分の事を知っているとは思わなかったのか、深く被ったフードの奥の表情は驚いていた。
「まさか、私の名前を知っているとは思いませんでしたよ、ネギ君。しかし、今はクウネル・サンダースと名乗っていますので、そちらの名前で呼んでくれると嬉しいですね」
驚いた表情を直ぐに潜め、どこか信用しにくい笑顔でアルビレオは偽名で呼ぶようネギに促す。
「わ、わかりました、クウネルさん。あの、僕、クウネルさんに聞きたい事があって! クウネルさんが父さんの友達で、えっと“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”と呼ばれた英雄って本当なんですか!?」
目の前にある父の手がかりに舞い上がっているのだろう。ネギは纏まらぬ質問をクウネルへと浴びせる。
「……ん? すいませんネギ君。もう一度聞きたいのですが、私が、なんて呼ばれていたって?」
どうやらネギの発言で、クウネルが聞き逃せない言葉があったらしい。
「え? えっと“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”って呼ばれて、アダっ!」
「おっと、失礼。つい手が出てしまいました。大丈夫ですか?」
ネギの言葉はクウネルの神速の拳骨によって遮られた。
涙目になったネギの眼に映るクウネルは、気のせいか青筋を立てているようにも見える。
「彼に間違えられるのは、少しばかり心外ですね、まったく」
指で眉間を押さえ、クウネルは溜息をついた。
「で、君の質問ですが、ここでそれを教えてしまっても面白くありません。そうですね、君がこのまま決勝へ来れたら教えてあげましょう。そして、もう一つご褒美として――」
一端言葉を区切り、クウネルは軽くネギの頭に手を置き、耳元で呟く。
「――俺と戦わせてやる」
「――ッ!?」
驚いたネギが声を上げる間もなく、クウネルの姿は消え去っていた。
いつか聞いた父の声を残して。
ネギと別れたファフニールは退屈そうに舞台上を見つめていた。
ティアマトーもいつの間にか姿を消していた。
「怪我はもう平気なんでござるか?」
大欠伸をかましている少年に、楓が声を掛けた。
気だるげな視線を楓に送るファフニール。
「もうなんともねぇよ。お前こそ、次の試合は大丈夫なのか?」
「お? 珍しい。他人の心配でござるか?」
少しからかうように、楓は笑ってみせる。
そんな楓にファフニールは冷めた視線を送った。
「馬鹿か。あいつ、この世界の英雄級らしいからな。どんくらいやれるのか見ておきたいだろ? その為にはきっちり力を引き出してもらわないとな」
「英雄、でござるか。ネギ坊主の父親と縁の者でござるか?」
そう次の楓の相手はクウネル・サンダース。
犬上小太郎に圧勝して勝ち上がってきた、フードを被った男。
ティアマトーが言っていた英雄、アルビレオ・イマその人なのだ。
「らしいな。“つかあのおっさん剣が刺さんねーんだけどマジで”ってあだ名らしいぞ」
英雄と聞き、気を引き締めていた楓だが、その妙なあだ名を聞いた瞬間力が抜けた。
「いや、嘘でござろう、ソレ。あだ名というか、感想でござろう、ソレ」
「……確かにな。情報源が信用できんからなんとも言えねぇが、まぁ英雄っていうのは間違いないらしいぞ」
「ウム、先の試合を見る限り、英雄と呼ぶに相応しい力は持っていると思うでござるよ。出来る限り粘らせてもらうでござるが」
いつになくやる気な楓に、そうか、とファフニールは口元を歪ませた。
「と、拙者小太郎殿にも用があるでござる。ここで失礼するでござるよ」
「あぁ」
軽くファフニールに手を振り、楓は小太郎の下へ向かった。
薄暗い一室で、葉加瀬聡美が安堵するように息を吐く。
「取りあえず何事も無さそうですね~」
彼女が見ているモニターに移し出されているのは、ネギに接触するクウネルの姿。
接触時間も僅かで、彼女達の計画の妨げになるような事は無かったらしい。
「言っただろう。この男の目的は我々の計画とは関係ない、とネ。流石にネギ坊主と接触を図った時には焦たが」
言葉通り、超の額には少し冷や汗が浮かんでいた。
万が一最強クラスの使い手が、敵対する可能性の高いネギ達の味方になれば、超達の計画は頓挫しかねないのだ。彼女が焦るのも無理はない。
「むしろ問題は彼女の方ですね。本当に何を考えてるかわからないですから」
葉加瀬が別のモニターに目を移す。そこに映し出されたのは青い髪の美女。
「ウム。まさかこんな大物まで絡んでくるとは思わなかたネ」
「ティアマトー・ヒューズレイ。アリアドネーの災厄、と呼ばれているそうですね、魔法世界では。刺激しなければ問題無いと、ファフニール君は言ってましたけど……」
少し険しい表情で葉加瀬はモニターを見つめる。
ティアマトーはファフニール達と別れ、何処かへ向かっているようだった。
やがて目的の場所に着いたのか、歩みを止めた。
「ムム、やはり行き先は世界樹カ。マズイな、今世界樹に何かされては――ッ!?」
超と葉加瀬が同時に息を呑んだ。
ティアマトーを映していたモニターが突如ノイズ見舞われたのだ。まるで何かのジャミングを受けたかのように。
「超さん!?」
世界樹は超の計画の要になるものだ。
そこに要注意人物が監視も無く出向くのは都合が悪い。
「……少し出てくるヨ。問題ない、すぐ戻る」
彼女にしては硬い表情を浮かべている。
それが、それだけ事態が深刻だということを葉加瀬に悟らせた。
時計型タイムマシン、カシオペアの光に包まれ、超はティアマトーの元へ向かう。
ファフニール達と別れた、というより勝手に抜けてきたティアマトーの目の前に、とてつもなく巨大な樹がそびえ立っていた。
高さ200メートルを超えるその大木は悠々と麻帆良の地を見渡している。
その周りの広場にはティアマトー一人が立っているだけで、他に人影は見当たらない。
世界樹と呼ばれているこの大木を中心に、ティアマトーが人避けの結界を張ったのだ。
ティアマトーが樹幹に手をかざすと、複雑な術式の施された陣が現れる。
「……なるほど、内部にある魔力は極めて純粋にして膨大。この透明な魔力なら」
術式を操作しながら、ティアマトーは世界樹の構造を調べていく。
「……ん? 嘘、これだけの魔力を使い切ってる? いや、使おうとしている。何に?」
不可解な魔力の流れを辿るティアマトーだが、わかったのは、世界樹に集まる魔力が何かに変換されている、ということだけだった。
誰かに施された陣や術式が存在する訳ではない。
「元々がそういうものなのかしら?」
疑問を解決しようと、より詳しく世界樹を調べようとするティアマトー。
だが背後に感じる気配に、動きを止める。
「あまりその樹に触れないもらいたいのだがネ」
「……へぇ、時間制御者も居るのね、この世界」
現れた超を包む光を見て、ティアマトーが関心するかのように目を向ける。
だがその視線は決して友好的なものではない。自身の作業を邪魔された苛立ちが籠められている。
何気なくティアマトーと目を合わせた瞬間、超は肌が粟立つのを感じた。
ただ純粋に叶わない。そう思わせる圧力がその眼光に宿っていた。
本能的に目を背けようとするが、それが逆に危険な行為だと理性が告げている。
「貴方がこの樹に何かしたのかしら?」
そんな超の心境などお構いなしに、ティアマトーは口を開く。
「ッ! それはどういうことかナ?」
だが、ティアマトーの質問は超にとって無視できるものではなかった。
何故ならば、世界樹に対して超はまだ何もしていない。
だというのに、何かしたか、という質問。
「……まぁいいわ、これだけの願望器ならと思ったけど、これじゃ期待する程の効果はなさそう。使えたらラッキー程度のものだったし」
が、ティアマトーは直ぐに世界樹にも超にも興味が失せたかのように、転移しようとする。
それを見た超が慌てて呼び止めるが、その声がティアマトーに届く事はなかった。
「ク……ッ! 世界樹に何か異常が起きているという事カ!?」
焦燥感を露に超はカシオペアを起動させる。
二人の姿が跡形も無く消え去った広場には、人々の喧騒が戻っていた。
あとがき
アスハヘイジツ。コンナジカンナラダレモイマイ。
お久しぶりです、ばきおです。
富樫病克服したと思ったら、ヱヴァ破を見て何故か創作意欲が吹っ飛んだ、ばきおです。
待っていてくれた人が居るかわかりませんが、やっとこ30話目。
ダラダラやってんじゃねぇ、ヤメちまえ!とお怒りの方、本当に申し訳ないです……もう少しお付き合いください(泣
批評、ご感想などありましたら、よろしくお願いします。
でわ~