――紅蓮の炎に抱かれる貴方に出会った時の衝撃を、何百年経った今でも覚えている――
竜帝の子として生まれ、竜族の使命に従い生きていた。
周りにいる竜達も、親である竜帝も、調停者として生きる事こそ一族の誇りであると信じていたからだ。
そんな中に生まれ、育った私も使命を誇りと思って生きた。
その生き方に僅かな疑問と自由という言葉に微かな羨望を抱きながら。
人間と魔族の争い。
それを必要以上に大きくさせない為に、私達は常に目を光らせていた。
次元を操るなんて反則めいた力を持つ竜帝には及ばないが、それでも竜族のなかで私は抜きんでた力を持っていただろう。
いつからだ?
それを堪らなく退屈だと感じ始めたのは。
私の力はなんの為にある?
何の為に、強い力を持って生まれた?
そんな疑問を周りの者に聞いても答えは決まっている。
調停者としての使命を全うする為だ。
僅かな疑問は膨れ上がり、私の心はグチャグチャに混乱していった。
そんな時だ。
同じ竜族でありながら、群れに帰すことを良しとせず、あまつさえ同族を殺めたという愚者の話を聞いたのは。
この者なら私の疑問を解消してくれるのではないか?
私では思いつかないような答えをくれるのではないか?
会ってみたい。
願望に従い、愚者を討伐するという竜族に同行した。
初めて見た貴方は若かった。
竜族の中では若い私よりも。
それでも、私は魅入られた。
凶暴で粗暴な蒼穹の瞳に。
空間を焦がすような破壊的な炎に。
なんの躊躇いも迷いもなく、その強大な力を振るう姿に。
紅蓮の炎に抱かれる貴方を見た時、作られた私の世界は粉々に破壊された。
初めて貴方と戦い、敗れた私の心は安堵で満たされた。
何も疑問に思うことはないのだと。
自分の使いたいように、その力を使えばいい。
私の世界は、私が作っていけばいい。
私は群れを抜けた。
でも貴方のように強くない私は、世界に追われることは耐えられない。
だから人間と魔族には知恵を貸していた。
私の知恵を重宝がった両種族は、私を追い回すことはなかった。
世界に害をなしている訳ではない、そう判断したのか竜族にも執拗に追われる事はなかった。
いつしか私は青き賢竜と呼ばれていた。
するとどうだろう?
私が知恵を貸した者達は、私の思い通りに動いていた。
私が予想をした通りに、世界は動いていた。
それは意図したものではなかったが、とても面白いことだった。
でも、貴方だけは思い通りにならない。
それはとても、そう、とても楽しいことだった。
だから何度も、何度も、何度も、私は貴方の前に立ち塞がった。
私という存在を貴方に刻む為に。
やがて私を見る貴方の眼は、有象無象を見るのではなく、私という敵を見る眼に変わった。
どんなに嬉しかっただろう。
身震いというものを初めて経験した。
貴方の心に、私の居場所を作ったのだから。
あぁ、そうだ。
私は貴方を愛している。
愛し方など知らない。
愛され方などわからない。
人間達のように抱き合ったり、唇を重ねたり、支えあったりすればいいの?
魅力的な考えだ。
竜の体では叶わずとも、今の体ならば可能だろう。
だけど、貴方は絶対に望まないでしょう?
愛なんてもの、貴方が理解する筈ないもの。
だから私も望まない。
私はただ、どんな形でも、私という個を貴方に見てもらえるなら、それでいい。
舞台の上に佇む一人の少女を楓とエヴァ、チャチャゼロが見据えていた。
「おぉ、刹那。古の具合は?」
そこに刹那が駆け寄ってくる。
「腕の骨折で次に試合は出れないらしい。今はお嬢様の治療を受けている」
第四試合でからくも真名に勝利した古だったが、その最中に腕を折ってしまったのだ。
ちなみに楓は苦戦なく一回戦を突破している。
やがて、ファフニールも舞台に上がり、ティアと対峙する。
その眼はひたすらに敵を見据え、対するティアは、軽く笑みを浮かべていた。
「……珍しいでござるな。あそこまで敵意を剥き出しにするのは」
ファフニールの様子に楓は少し驚いていた。
敵を作る事が多いファフニールだが、彼自身が敵意を向ける事はそうそう無い。
向かってくるからただ相手をするだけ、というのがファフニールの態度だという事を楓は知っている。
「昔からの敵らしいからな。あいつにとって特別な相手なんだろう」
楓はファフニールの事情は知らされていない。
もちろんファフニールがただの子供で無い事は感づいているし、ファフニールと対峙している少女の正体にも気付いている。
故にだろうか。楓には二人にどんな因縁があるかなど、想像がつかなかった。
「お喋りはそこまでにしとけ。始まるぞ」
エヴァの言葉で、二人は舞台上へ顔向ける。
「子供同士と侮るなかれ! 拳一つで並み居る格闘家をなぎ倒したファフニール・ザナウィ選手! 対するはその愛らしいルックスと小悪魔のような笑顔で会場を虜にする美少女杖術使い、ティア・ウォータル選手! その実力は予選会で証明済みです!」
和美の煽りに会場が盛り上がる。
格闘技を見るようなものではなく、子供の試合を見守る柔らかい盛り上がり方だが。
「それでは、第5試合、ファイトォ!」
和美の声が、マイクを通し会場全体に響き渡る。
それと同時に百を超える水と氷の魔法の矢が、ティアの周りに現れる。
「ちゃんと楽しませてね?」
言葉を発すると同時に、構えてすらいないファフニールへと魔法の矢が襲い掛かる。
前方と左右から次々に打ち込まれ、発光と煙でファフニールの姿は隠れてしまう。
ただけたたましい音だけが、目標への着弾を観客に知らせていた。
「無詠唱であの数を放つか」
思わずエヴァが言葉を漏らした。
一度ティアの戦いを見ているとはいえ、じっくりと観察していた訳ではない。
改めてティアの戦いを見れば、彼女の出鱈目さがよくわかる。
無詠唱で二種類の魔法の矢を同時に、しかも合わせて数は百以上。
そんな芸当を平然としてのける魔法使いなど、エヴァの長い人生でも出会ったことが無い。
「……まだ終わりじゃないだろうッ」
魔弾の雨に晒されるファフニールを見て、エヴァは苛立たしげに呟く。
やがて魔弾は降り止み、あまりに非常識な光景を見せ付けられた会場は静寂に包まれる。
舞台上には煙が立ち、その場所を刹那と楓は不安げに見つめていた。
瞬間、赤い煌きが立ち上る煙を四散させる。
しかし、そこにあるのはボロボロになった板だけ。肝心のファフニールの姿が無い。
「――温いなぁ。もう少し本気で撃てよ」
ティアの背後で声が響く。
少し驚いた表情でティアが振り向けば、赤い篭手を装着したファフニールが立っていた。
あれだけの魔法の矢に晒されて尚、その体に傷は無い。
「随分と発光と煙が多いと思ったわ。全部打ち落としたのね」
素直に関心したようにティアは口を開く。
一般人には、いつファフニールが移動したかも見えなかっただろう。
煙で視界が遮られていたとはいえ、ティアですらその姿を見失ったのだ。
「言っただろ? ぬるま湯から上がって来たってよ」
動いたのはファフニールだった。
一瞬で間合いを潰し、砲弾のような右の拳をティアへと放つ。
それは当然のように当たらないが、避けた先にはもう一つの拳が迫る。
ティアはそれすら避けて見せるが、距離が離せない。
ファフニールが作り出す拳の弾幕は、そう簡単に逃れる事を許さない。
上下左右、拳の戻り際から来る後方からの拳撃。
しかし、当たらない。
神業のような棒捌きで拳を逸らし、最小限の動きで拳を避ける。
彼女には見えていた。その鋭く風を斬る拳が。
ティアの目からは余裕はあれど油断は消えていた。
何十、何百の拳を裁ききり、慣れと飽きが来たティアが動く。
放たれる拳の一つを受け流し、回転しながらファフニールの背後を取った。
一瞬にして背中合わせになった両者。ティアはそのままファフニールの背中に向けて棒を突く。
それを勘に従い、横に飛んで避けるファフニール。すぐさま向きを直し舞台に目を向けるが、ティアの姿が見当たらない。
「上かッ!?」
空中から振り下ろされる鉄槌に気付き、転がるファフニール。
どれ程の威力が秘められていたのか、棒が叩きつけられた床は砕かれ、ビリビリと振動がファフニールまで伝わってくる。
急いでファフニールが立ち上がると、神速の突きが飛んでくる。
なんとか篭手で防ぐが、体勢が不十分で吹っ飛ばされてしまう。
着地すると同時に待っていたのは嵐のような突きだった。
ファフニールにこれを完全に回避することは出来ない。
ならばと篭手で致命傷を避け、その凶暴な嵐の中を突き進む。
無数の掠り傷を負いながら、手の届く場所へ。
だが繰り出す拳は空を切り、腕を絡め取られファフニールは空中へ投げ飛ばされる。
逆さまになりながらも器用にティアの方へ体を向けるファフニール。
追撃しようとするティアを止めたのは視界を覆うほどの火炎。
ファフニールが吐き出す火炎もティアに届くことは叶わない。
ティアが吐き出す吹雪に押し止められていたからだ。
+と-の力の拮抗は長くは続かず、二人の間で爆ぜた。
煙が風に流され、二人が再び対峙する。
舞台の外では、和美が試合時間が半分を切った事を告げていた。
「この短期間でよくそこまで力をつけたわね。魔法球でも使った? まぁ、どうでもいいけどね」
攻撃の手を休め、ティアが口を開く。嬉しそうに、物足りなさそうに。
「楽しくはあるけど、でもね、まだなの。まだ足りない。少しは取り戻したでしょう? 見せてよ、貴方の炎を」
手に持った棒をファフニールへと向けるティア。
一瞬の静けさが会場を包む。
ファフニールが獰猛な笑みを浮かべた瞬間、紅蓮の炎がファフニールを包み込む。
主を守るように、慈しむように渦巻く炎が轟々と空間を焦がす。
「言われねぇでも、そのつもりだよ」
ティアに向かって伸びる炎の軌跡。何かがへし折れる音と共にティアが吹っ飛ばされた。
それに追いつき尚も殴りつけるファフニール。繰り出される拳を真っ二つにへし折られた棒を重ねて防ぐが、衝撃を殺しきれずティアは床へ叩きつけられた。
棒も砕け散り、完全に無防備になったティアに無慈悲な鉄槌が振り下ろされる。
炎を纏ったそれはほぼ一瞬にして何十発と降り注ぐ。
だが手ごたえに違和感を覚えたファフニールは手を止める。見ればその場にティアの姿は見当たらず、周りを見渡して見つけることが出来ない。
舞台の周りにある池から、水飛沫を上げてティアが飛び出す。
ファフニールに放たれる巨大な水球。凄まじい速度で迫るそれを危なげなく回避するファフニール。次々に撃ち出される水球に混じり接近するティア。
新たに手に持った棒は大気を凍てつかせる冷気を纏い、炎を纏った拳と衝突する。
その衝撃に耐えられず吹き飛んだのはファフニール。
滑るように着地をするがその周りを尖った氷柱が取り囲んだ。
舌打ちをしつつ、払うように腕を振るうとその軌道上に掌大の火球が出現する。
氷柱とファフニールを巻き込んで爆発を起こし、黒煙が上がった。
ファフニールに遅れて降りて来るティア。そこへ挟み込むように二つの火球が迫る。
それを紙一重で飛んで避けるが、衝突した火球は一つに混ざりティアを猛追した。
ティアは避けきれぬと悟ったのか、冷気を弾けさせて爆破の直撃を防ぐ。
黒煙と白煙を抜け出る両者。
より激しく空間を燃やし、より一層大気を凍てつかせながら。
水と氷、そして炎の円舞曲。幻想的で美しく、怖気がする程凶暴な舞踏に会場中が見惚れていた。
「す、凄い……」
いつの間にか刹那達の所へ戻ってきていたネギが呟いた。
一緒に戻ってきたのであろうタカミチや小太郎、古も息を呑む。
魔法使い同士の戦いとも違う。達人同士の戦いとも違うその戦いに。
言うなれば洗練された野生の戦い。
自分の上に立つことなど認めぬと、自分の域に来ることなど許さぬと。決して称え合う事のない戦い。
――赤き邪竜と青き賢竜の戦いがそこにあった。
やがて円舞曲は終わりを迎えようとする。
弾かれるように距離をとり、動きを止める二人。
和美が試合時間の終わりを告げる為のカウントダウンに入っている。
「試合の結果はメール投票に任せちゃう? そうすれば、貴方にも勝ちが見えるかもよ?」
所々に出血が見られるが、その傷が瞬く間に塞がっていく。
障壁が意味を成さなくなるファフニールの炎の対抗策として、ティアは常に治癒魔法を掛けながら戦っていた。
魔力こそ大きく消費しているが、ティアは余裕を崩さない。
「……はっ、本気で、言ってるのか?」
対するファフニールは額から血を流し、大きく息を乱している。渦巻く炎の勢いも弱まっていた。
それでもその不遜な態度が崩れることはない。
「まさか」
薄い笑みを浮かべるティア。手に持つ棒が水で作られた螺旋に包まれる。
ドリルのように凄まじく回転するそれをティアはファフニールへと向けた。
それに応えるようにファフニールは掌へ炎を集める。
現在出来うる限界まで圧縮した炎は、掌大の太陽のようだった。
「――ッ」
合図があったわけではない。しかし、二人は同時に駆け出す。
水の螺旋と小さな太陽がぶつかり、轟音と共に衝撃波が生まれた。
「流石、とでも言うべきかしらね? 封印も解かず、別方向からここまで力をつけるなんて」
拮抗も余裕も崩さず、ティアが口を開く。
「でも、まだまだね。貴方も私も、こんなものじゃ無い筈だもの」
徐々に、水の螺旋が太陽へと食い込んでいく。
「……まったくだ、クソッタレ」
忌々しそうにファフニールが言葉を紡ぐ。
太陽が食い破られると同時に試合終了が告げられる。
だが螺旋は止まらない。ファフニールの胸へと届き、床を削り飛ばしながらエヴァ達の居る所まで、その体を吹っ飛ばした。
あとがき
どうも、ばきおです。
やっと、やっと、まともなバトルしてるファフニールが書けた(泣
負けたけど……
やはりバトル描写は難しいですね。本格的なバトル書いたのも久しぶりな気もするし(汗
感想、ご指摘がありましたらよろしくお願いします!
でわ!