仮装した高校生の男女が見つめ合う。
2人は顔を赤らめ、押し黙っていたが、やがて少女が意を決して口を開く。
「先輩……私、前から先輩の事が」
「そぉい!」
しかし、少女の言葉は、間抜けな掛け声と乾いた炸裂音によって遮られた。
「み、美春、美春ぅぅぅ!」
音が鳴り響いた瞬間、少女は倒れ、男がそれを抱きかかえる。
男が周りを見渡せば、そこかしこに男女関係なく倒れている光景が広がっていた。
「はたきまくりやなぁ、アスナ」
「よ、容赦ないですね」
一陣の風となり、次々と告白者をはたき倒す明日菜を木乃香と刹那は、苦笑しながら見守っている。
そんな2人に1人の少女が近づく。
「ねぇねぇ、お姉さん。あの人何やってるの?」
明日菜を見守る刹那のスカートをクイクイと引っ張り、少女は刹那に話しかけた。
少女の接近に気付かなかった刹那が少し驚いて、少女に視線を向ける。
歳は10歳程で、白のワンピースに軽くウェーブの掛かった青い髪のポニーテール。
下がった目尻の端整な顔立ち。
自身に接近を気付かせなかった、見覚えのある少女に刹那は総毛立つ。
「ティアマトー、ヒューズレイ……?」
確信を持った訳ではなかったが、刹那は油断なく木乃香を自分の後ろへと下がらせる。
「え、何言ってるの? 私の名前はティア、ティア・ウォータルだよ?」
無垢な笑顔で刹那に自己紹介する少女、ティア。
その笑顔に、刹那は思わず警戒心を解いてしまう。
「この姿の時は、ね?」
それに合わせるかのように、ティアと名乗る少女は、含みのある言葉を吐く。
つまりは、刹那の推測は当たっているということらしい。
「っ、今度は何をしに来た」
解いてしまった警戒心を先ほど以上に高め、ティアを睨む刹那。
「ん? お祭りを楽しみに来たんだけど」
いきり立つ刹那に、なんでもないかの様にティアは応える。
「せ、せっちゃん、この子、この前の?」
怯えを含んだ声で、木乃香が刹那に訊ねる。
刹那は無言で頷き、どう動けばいいかを考えた。
「別に戦いに来た訳じゃないから、そんなに身構えないでよ」
「……信じられると思うか?」
一度手酷くやられた敵を簡単に信じる事など、刹那には出来ない。
「竜族は嘘なんてつきませ~ん。何よ、たまたまあなた達を見かけたから、話でもと思っただけなのに」
不信感を露にする刹那に頬を膨らませ、不満をアピールするティア。
少女の姿という事もあってか、前に出会った時とは随分印象が違うティアマトーに、刹那は戸惑う。
「それよりさ、なんであの子屍の山を築いてる訳?」
不満を露にしていたかと思えば、ころっと次の興味へと目を向けるティア。
「あぁ、あれはね」
「い、いけません、お嬢様!」
学園側の事情を喋ろうとする木乃香を刹那は慌てて制止する。
「ん~、ファフ君から聞いた通りの人なら、こっちの事情も話とかんと、この人面白おかしく引っ掻き回しそうな気がしてなぁ。それやったら話して大人しくしててもらった方がええと思うんやけど」
「う、そ、それは……」
否定出来ない、と刹那は言葉を詰まらせる。
「因みに、どういう風に聞いたの?」
「「超快楽主義者の愉快犯」」
打ち合わせたかの様にハモる二人の声。
褒められた人格は持っていない、ということをファフニールから聞いたらしい。
「うん、大当たり」
本人も自覚しているのか、にっこりと笑って肯定するティア。
「そっかぁ、ファフニールもちゃんと私の事分かってくれてたんだぁ」
頬を赤らめ、ティアは体をくねらせる。
その様子を見た刹那は、彼女が何処まで本気なのか、分からなくなってしまう。
「ふぅ、この辺の告白者はあらかた片付いたわね。あれ? 誰その子」
そんなやり取りをしていると、一仕事終えた明日菜が戻ってくる。
「はじめまして、ティアっていいま~す」
年相応の笑顔を浮かべ、明日菜の手を取って勢い良く上下に揺らすティア。
「この前学園に潜入してきた敵の片割れです」
「うわ、あっさりと。酷いわぁ、セツナちゃん」
傷ついた、とでもいうように、泣きまねをしながらティアは木乃香へともたれ掛かる。
「ええい、お嬢様に近づくな!」
刹那は素早くティアを引き剥がす。
「何よ、同じ奴に恋した仲じゃない!」
心外だと叫ぶように、ティアは声を上げる。
「な、だだだだ、誰がファフニールなど!?」
ティアの言葉をどもりながら顔を真っ赤にして否定する刹那。
「誰もファフニールだなんて言ってないけど?」
「え、そうだったん、せっちゃん!?」
「え、ち、ちが、このちゃんまで!?」
ティアの切り替えしに木乃香まで乗ってきたら刹那に勝ち目などなかった。
それでも必死に二人の誤解を解こうと刹那は奮闘する。
「ちょ、ちょっと待って! え、この前のって、あの女の人!?」
理解が追いついた明日菜が声を上げるが、何やら騒ぎ立てている刹那達には届きそうにもなかった。
「ふ~ん、願いが叶っちゃうから、告白の阻止ねぇ」
取り合えず落ち着きを取り戻した刹那達から、ティアは学園側の事情を聞いていた。
「今更だけど、いいの? コイツってエロじじいと一緒にいた悪い奴なんでしょ?」
明日菜が紅茶を飲むティアを見ながら、刹那に言葉を掛ける。
「悪い奴とは失礼ね? 私は報酬分の仕事をしただけなのに」
「その依頼人とは誰なんだ?」
油断なくティアを観察する刹那。
そんな刹那を前にしても、ティアが笑みを崩すことはない。
「そんな事言える訳ないでしょ? この世界、信用が大切なんだから」
自分で質問を誘導しておきながら、ティアは刹那の質問を受け流す。
小さく強張る刹那の表情を、ティアは愉快気に見つめる。
「それにしても告白の阻止だなんて……私がされたらもう、解体ものよね」
ティアは呆れたような顔で、さらりと恐ろしいことを言う。
「でも、好きでもない人と恋人になってしもうたら嫌やない?」
「そんなもの、魔法使いさん達の言い分でしょ?」
木乃香の最もらしく聞こえる言い分を、ティアはばっさりと斬り捨てる。
「そりゃ、あの木にその効力があると知っていてやれば、阻止する理由はあるかもだけど、そういう訳でもないんでしょ?」
紅茶で喉を潤しつつ、ティアは話を続ける。
「学祭中にあの木の側で告白すれば、その恋は成就する。そんな迷信に縋ってでも想いを伝えたい。縋ることで想いを言葉にする勇気を振り絞れる。そんな儚い想いをよく平気な顔で踏みにじれるわねぇ?」
多少の演技に皮肉を交えるティア。
「で、でもやっぱ好きでもない人と恋人になるのは……」
「それで振られたら? 傷がついた心はどうするの? 心なんて案外脆いものよぉ? 一度の失恋でずっと恋が出来なくなるなんて話、ざらにあるわよねぇ。そこは自然の流れだから仕方ないって、あなた達はそう言うのかしら?」
ティアの言葉に、明日菜は声を詰まらせる。
「それに、偽りから生まれたものだとしても、育ったものが真実なら、それで良いじゃない」
ティアの話は終わったようだが、刹那達は暗い表情で黙りこくってしまう。
それを見たティアは、意地の悪いを笑みを浮かべ、
「プ、アッハハハハハっ!」
耐え切れなくなったのか、大きな笑い声を上げた。
突然笑い出したティアに刹那達は驚いて顔を上げる。
「な~に暗くなってるのぉ? 私が気に入らないってだけの話なんだから、あなた達はやり通せばいいじゃない。お仕事なんでしょ?」
悪戯が成功した子供のような笑顔を見て、刹那達はやっと理解した。
自分達はただ弄られただけなのだと。
「ま、これでお仕事する気は失せたでしょ? 暇になったんだから、このお祭り案内してね? 一人は飽きてきた所だったし」
「え、ちょっ」
刹那の抗議の声を無視して、ティアは3人を強引に引っ張っていく。
10歳ほどの少女に引きずられていく中学生の少女達の姿は、何処か滑稽だった。
辺りも暗くなった頃、ティア一行は神社の前に来ていた。
辺りには4人だけでなく、随分とゴツい男性が多く集まっている。
「くぅ~、あと2点で私の勝ちだったのにー!」
明日菜が悔しそうな声を上げる。
「フフ、リベンジはいつでも引き受けましょう」
それに対して、不適な笑みを浮かべてティアは明日菜を挑発する。
どうやらシューティングゲームのアトラクションの話をしているらしい。
「あ~、楽しかった。うん、楽しかったわ。でも、あのマンション型のお化け屋敷とか、水に落ちるやつとか平気かしら? 犬とかアヒルを連れたネズミに粛清されなきゃいいけど」
「う~む、否定出来へん所が恐ろしいなぁ」
心配そうな顔をするティアに合わせ、木乃香も顎に手をやり考え込んだ顔をする。
最初の緊張感は何処へ行ったのか。随分と3人は打ち解けた様子だった。
「セツナちゃんのお化け屋敷でのうろたえ様も可愛かったしねぇ?」
「なっ!? アレは貴様が余計な手を加えたり、幻術まで使うからだろう!?」
否、4人は随分と打ち解けた様子だった。
ちなみにティアがどのような幻術を使ったのかは定かではない。
「随分と賑やかでござるなぁ」
「誰だ、その子は?」
4人が騒いでいると、楓と巫女姿の真名と古、鳴滝姉妹とファフニールが現れた。
「あ~、こいつは」
真名の質問に刹那は答えにくそうに言葉を濁す。
「ティア・ウォータルって言います、よろしく!」
そんな刹那を気にせず、ティアは自己紹介をして、一人一人の名前を聞いて回る。
「あなたも、よろしくね?」
やがてファフニールの前まで来て、握手を求めようとする。
「……何やってんだ、てめぇ。気色悪い」
心底呆れたような顔で、ティアを睨むファフニール。
「あら? 一目で見破るなんて。やっぱり私とファフニールは運命の赤い糸で繋がって」
「ねぇよ、燃すぞ」
あとがき
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。ばきおです。
今回は再登場のティアマトーメインのお話でした。しかもロリ化。
なんやかんやで武道会が始まり、この物語も終わりへと近づいてまいりました。
更新が少し遅れますが、ご容赦ください(汗
ご感想、批評などございましたら、よろしくお願いします!
でわ~