「うわぁ」
「すげぇな」
修行の為、エヴァの別荘へと訪れたネギとカモは、目の前の光景に目を奪われる。
「危ないから近づいたらあかんよ」
先に来ていた木乃香がネギ達に声を掛け、刹那と茶々丸が礼儀正しくお辞儀をする。
「巻キ込マレテミルノモ、オモシロイカモダゼ?」
チャチャマルの物騒な提案をやんわりと断り、ネギは視線を空中へと戻す。
舞い上がる炎、飛び交う氷柱。
炎を纏う拳と冷気を纏う拳がぶつかる度に響く炸裂音。
縦横無尽に走る炎の軌跡。
やがて、片方が押し負け、塔に叩きつけられて片膝をついた。
「なんだ、もう終わりか? まだ十分も経ってないぞ」
「ハァハァ……老眼か? 何処が終わりに見えるんだよ」
老眼という言葉に口をひくつかせるエヴァンジェリン。
消えた炎を出そうと、力を籠めるファフニール。
「ッガ!?」
その瞬間全身から血が噴出し、ファフニールは地に手を着く。
それを見たネギとカモは驚いた。
木乃香と刹那は心配そうにしているが、慌てる様子はない。
「……フン、限界か」
その様を見たエヴァが木乃香に治療するよう、目で合図する。
木乃香もそれに従い、ファフニールへ駆け寄ろうとするが、視線をこちらへ向け、首を振るファフニールを見て、足を止める。
血みどろの体を震わせながら、ファフニールは立ち上がった。
「ガ、アアアアアァァァァァァッ!」
咆哮と共に炎が立ち昇る。
「お、おい、無理をするな。修行で死ぬ気か?」
エンテイノキオクから発せられる炎が、ファフニールの体に多大な負荷を掛ける事はエヴァも知っている。
そのエヴァから見て、ファフニールは限界だ。
故にエヴァはファフニールを止めようとする。
「ハッ、こっちに来て微温湯に浸かり過ぎたからな。気付けには丁度良い」
いつも通りの不適な笑みを浮かべ、構えを取るファフニール。
人の忠告に耳を貸すような者ではないことを再認識して、エヴァは苦笑する。
「それに付き合わされる側の事を少しは考えろ、バカめ」
「死の間際になったら考えてやるよ」
両者は再び、空中へと躍り出る。
「……え、これって修行だよな?」
カモの呟きに答える者はいない。
修行が終わり、束の間の静けさを取り戻したエヴァの別荘で、ファフニールは瞳を閉じ一人佇んでいた。
気を練っているのだろう。その額には汗が滲んでいた。
結局ファフニールはエヴァとの修行の途中で気を失い、皆が寝静まるまで目を覚まさなかった。
木乃香の治療を受けたのか、体の傷を消えている。
「……」
ティアマトーとの戦いから2週間ほど経っていた。
その間ファフニールは、以前以上に修行に打ち込んでいる。
学校が終われば別荘に籠もりエヴァ達を相手にアーティファクトを使った修行、土日になれば楓と山に籠もり修行、夜になり学園へ侵入者が現れれば実戦訓練と称して修行、現れなければ刹那や真名を相手に修行。
そんな中、学校にちゃんと顔を出しているのは、生活面で面倒を見ている学園長へのファフニールなりの義理立てのつもりなのだろう。学祭の手伝いはしていないが。
「また修行か?」
不意にファフニールへと声が掛かる。
閉じていた瞳を開き、ファフニールは振り向く。
そこには呆れ顔のエヴァが立っていた。
「そんなにあの女に負けたのが悔しかったのか?」
嫌味な笑みを浮かべ、エヴァは皆があえて聞かなかった事を口にする。
「……あぁ、そうだな。アレには借りを返さなきゃいけねぇ。その為には力が必要だからな。あぁ、人形野郎にもか」
それに対し、特に気にした素振りも見せないファフニール。
「ティアマトー、と言ったか。お前と同じ世界の者なんだろ? こっちの世界でも名前が知れていたぞ。魔法騎士団に単独で喧嘩売ったり、慈善活動をしたり、意味わからん事して有名らしい。どういう奴なんだ?」
「……その時にそうしたかったからじゃねぇか? 意味ない無駄な事をするのが好きな奴だからな。自分が楽しいってのが大事らしいぞ」
昔、ティアマトーに聞いた事をファフニールは、そのままエヴァに伝える。
それを聞いたエヴァは関わりたくない、とでも言うように顔をしかめた。
「祭り、か。何に使うんだ、こんな物」
ファフニールは周りを見渡し、呆れ顔になる。
随分と手の込んだ着ぐるみや、巨大な置物、果てはロボットのような物で、外は溢れ返っていた。
今までうまく逃げ回っていたが、ついに明石裕奈や大河内アキラなどに捕まり、ファフニールもクラスの出し物であるお化け屋敷のセット作りを手伝わされた。
現在は一段落した隙に抜け出し、外を歩いている。
「力強かったな、あの女」
「お、いたいた。ファフニール君!」
周りを見回しながら歩いていたファフニールに男性から声が掛かる。
男性の顔を見て、一瞬誰だったかと頭を捻らせるファフニールだったが、すぐに男性の名前を思い出す。
「高畑、だったか? 何の用だ?」
「覚えててくれたんだね、名前。学園長に君も呼んでくるように言われてね。出来れば一緒に来て欲しいんだけど?」
ファフニールはタカミチの様子を伺うが、特別警戒する事も無い、とタカミチと共に学園長の下へ向かう。
タカミチに案内され、世界樹前広場まで来たファフニールを待っていたのは、学園長を含む十数名の魔法先生と魔法生徒だった。
「おぉ、来てくれたか、ファフニール君。急な呼び出しでスマンのう」
「雁首揃えて何の用だ? 知ってる顔も居るが」
ファフニールはチラっとシスターの格好した少女と、犬上小太郎を見る。
「うむ、それは……お、ネギ君達も来たか」
ファフニールから少し遅れてネギと刹那が広場に現れる。
メンバーが揃った所で、学園長が魔法先生達を集めた理由をネギ達に説明する。
学園の生徒達から世界樹と呼ばれる強力な魔力を持った神木・蟠桃。
世界樹伝説として、学祭最終日に世界樹で願い事をすると、願いが叶うと一部の生徒達に信じられている。
しかし22年一度、その魔力が極大に達し、世界樹を中心に6ヶ所の地点に魔力溜りを形成し、その膨大な魔力が心に作用し願い事を叶えるという。
最も、世界征服や金が欲しいなど、即物的な願いは叶わないようだが、告白に関しては確実に成就してしまう。
それが異常気象の影響で一年早まってしまったらしく、6ヶ所の地点での告白行為の阻止の為に学園長はネギ達を集めた。
「……」
学園長の話を聞いていたファフニールは、何かを思いつき、大きく息を吸い込み
「オレの元の姿を返せぇぇぇぇぇぇぇ!」
世界樹に向かって力の限り叫んだ。
突然の叫び声に、集まった者達は固まり、痛いほどの沈黙が辺りを支配する。
「……ち、魔力で構成されたものならもしかしたらと思ったんだがな」
何も起こらない事を確認して、ファフニールは学園長達に背を向ける。
「お~い、手伝ってくれるのかの~」
「知ったことじゃねぇな、くだらねぇ」
学園長の依頼に顔も向けず答え、この場を去るファフニール。
ファフニールと初めて接する者達は、あまりの協調性の無さに言葉を失う。
そんな中、学園長はさも哀しげに、ファフニールに聞こえるように呟いた。
「誰が生活の面倒みとるんじゃったかのう……」
その言葉にファフニールは足を止め、己と葛藤するように拳を震わせる。
「…………視界に入ったら殺ってやる」
何やら物騒な結論に達したファフニール。
ファフニールは少しだけ世界樹の方へ顔を向ける。
風に揺れ、ざわざわと歌う世界樹。
それを視界に納め、ファフニールは今度こそこの場を離れた。
「以外と義理堅いじゃろ? 彼」
立ち去るファフニールを見て、学園長は愉快そうに笑う。
「少しいいかネ、ファフニール君」
夜も更けた頃、修行を終えて帰宅しようとするファフニールに声が掛かる。
声の主は、ファフニールのクラスメイトである超鈴音。
クラスメイトといっても彼女とはファフニールは肉まん以外で関わったことはない。
普通の人間でないことには気付いていたが。
「断る」
一言で斬って落とし、ファフニールはさっさとその場を離れようとする。
しかし、麻帆良の最強頭脳と称される超は慌てない。
「修行明けで空腹ではないかネ? 話は私の店で料理でも食べながら聞いてくれれば良いヨ」
超の店、超包子。
中学生が作ったとは思えない絶品料理に、学園内で人気を博している屋台だ。
ファフニールも木乃香達に連れられ行った事があり、その料理の味を知っている。
超の言葉に足を止めファフニールは振り向く。
「良いだろう、聞くだけ聞いてやる」
流石は最強頭脳、茶々丸から得たデータでファフニールの扱い方を心得ていた。
ファフニールは、こちらからなんらかの誠意を見せれば話くらいは聞くだろう、と。
「君のことは茶々丸から聞いているネ。なんでもまったくの異世界から飛ばされてきたドラゴンだとか。私も実際に映像を見た時は驚いたヨ。私が調べた記録に、君の事は記されていなかったしネ」
今、この場には二人しかいない。
振舞われた料理を平らげながら、ファフニールは超の話に耳を傾ける。
「実を言うと私もこの世界、というよりこの時代の人間ではない。今よりも遥か未来からやって来た火星人ネ」
何かとんでもない事を言いながら超はおどけてみせる。
普通の人間が聞いていたら、思わずツッコミを入れる所だろう。
「ふ~ん」
しかしそこは普通じゃないファフニール。
驚く訳でもなく、ましてバカにしている訳でもないリアクションを見せる。
「ム、ここは驚くなり、ツッコミを入れるなりしてくれると嬉しいのだがネ」
「嘘を言ってるとは思ってねぇが、お前が何者だろうと興味はねぇ。問題はオレに何をさせたいのか、だ。さっさと用件を言え」
出された料理を食べ終えて、ファフニールは超の目を見据える。
「フム、では単刀直入に言おう。私の計画に手を貸してくれないカ? 何、大した事ではない。世界樹を利用して、この世界に魔法の事をばらすだけヨ」
超は本当に大した事ではないかのように言っているが、この世界にとっては天地がひっくり返るような大事だ。
この世界の住人の大半は魔法が本当に存在しているとは思っていないし、魔法使い達もその存在を隠している。
「その事に何の意味がある?」
「……魔法が認知された方が、より良い未来になるとは思わないかネ? 立派な魔法使いは枷を外され、思う存分その力を使うことが出来て、枷のせいで救えなかった者達を救える可能性が高まる。意味ならそれで十分だヨ」
確かに超の言う事にも一理あるだろう。
一時的な混乱は起こるかも知れないが、それさえ越えれば今現在、何処かで起きている紛争や内乱で散る多くの命を救えるかもしれない。
しかし元々魔法が当たり前の世界で生きてきたファフニールにとって、世界がどう転ぼうが興味がなかった。
どっちに転んでもあまり変わらない、というのがファフニールの考えだからだ。
あえてその事を言わず、ファフニールは超の真偽を探る。
やがて意地の悪い笑みを浮かべ、ファフニールは口を開く。
「お前に何があったかはわからねぇ。変えたいと思い、実際に行動するくらいには耐え難い事だったんだろうな。ただ、消えねぇぞ?」
ファフニールの言葉に、超は目を見開く。
それに構わず、ファフニールは話を続ける。
「未来を変えて、目に映る世界が変わっても、お前が歩いてきた道は消えねぇし、変わらねぇ。オレ個人の意見としては、お前のやろうとしてることはまったく無駄なことだ。それでもやると?」
一瞬、超の表情が暗いものになる。
しかし、超は一呼吸置いて、ファフニールを見据える。
「それでも、だヨ。今までをじゃない、これからを変える為に、私はここまで来たネ。その為に短くない年月を掛けて準備をして来たヨ。今更、止まる気は無い」
そこに虚勢はない。
己を貫くと決めた少女の顔。
それを見て、ファフニールは愉快そうに口を歪ませる。
「ハッ、よく言った人間。良いだろう、手を貸してやるよ。報酬は、ここの料理食い放題な」
「ムム、それは中々高くつきそうネ。では、よろしく頼むヨ、ファフニール・ザナウィ君」
以外とあっさり手を組んでくれたファフニールに超は少し驚くが、直ぐにいつもの様子を取り戻し、握手を求める。
差し出された手を少しの間見つめ、ファフニールも手を握り返す。
こうして、世界の運命を左右する祭りが始まった。
あとがき
どうもばきおです~
いよいよ麻帆良祭編です!
皆様に楽しんでいただけるか、めっさ不安です(汗
原作9巻の話は吹っ飛ばしてしまいました。
さよファンの方々には申し訳ないです(汗
ご感想、批評などがございましたら、よろしくお願いします!
でわ~