ファフニールの過去を見終わった一行は、先ほどのテンションは何処に行ったのか、暗い表情で俯いていた。
呆然としてる、と言った方が正しいかもしれない。
「んじゃ、オレは寝るぞ」
それはそうだろう。目の前で欠伸をかましている少年が、此処ではないとはいえ世界を滅ぼそうとした張本人。
簡単に言ってしまえば、御伽噺の悪の権化のような存在だ。
作り話にしては鮮明すぎる記憶。
それが、あの出来事が事実だということを証明している。
「……なんの真似だ、小僧」
故に、ネギは立派な魔法使いの意思に基き、ファフニールに杖を向けていた。
「ファフニール君は、この世界でも同じような事を起こすつもりなんですか?」
ネギは行動とは裏腹に、否定してくれる事を願っていた。
なんだかんだ言って、京都でファフニールは手を貸してくれた。
その相手に杖を向けるなど、ネギにとっても不本意なのだ。
「さぁ、今のお前みたいに世界がオレに敵意を向けるなら、そうなるんじゃねぇか?」
そんな願いを嘲笑うかのように口元を歪ませ、ファフニールはネギの言葉を肯定する。
「な、バ、バカじゃないの、アンタ!? あんな自分勝手に生きて、避けれる戦いも避けないような生き方してれば誰だってアンタの事、敵だとしか見れなくなるわよ!」
「それに力を失ったあなたが、同じように生きられるとも思えません」
ネギが何かする前に明日菜と夕映が声を荒げる。
確かに、明日菜達の言う事が正論だ。
だが、そんな少女達に何故かエヴァンジェリンは僅かな苛立ちを覚えた。
「またその手の話か、くだらねぇ。力がある無いは関係ねぇんだよ。オレがオレである限り、オレはオレの道を変えない。大昔にオレが自分の心に誓った事だ」
言葉こそ静かだったが、有無を言わさぬその眼光に、ネギ達は押し黙る他なかった。
皆が何も言ってこないのを確認し、ファフニールは欠伸をしながら自分の寝床へと戻る。
木乃香と刹那は、複雑な表情でファフニールの背中を見送った。
「お前ら、500年という時間がどれだけ途方もないものか、わかるか?」
押し黙ったままの一行にエヴァが声を掛ける。
「人間など100年も生きれば良い方だ。その100年の間、どれだけの嘘をつく? 人の間で生きるために自分すら偽り、誤魔化し、他人に嫌われないように、出来れば好かれるように生きる」
エヴァの言葉に皆が真剣に耳を傾ける。
「それが賢い生き方だ、当然の生き方だ、決して間違いじゃない。そう生きるのも悪くないだろう。それに比べてあいつの生き方は愚か極まりない。周りからすれば迷惑この上ない生き方だ」
エヴァは苦笑交じりに、話し続ける。
「だが、間違っていたのか? 嘘があったか? あいつはただ空を飛んで、大地を歩き、群れから離れて生きただけだ。結局それを良しとしない奴らが戦いを仕掛け、結果滅びを招いただけ。そんなあいつにお前らは杖を向け、全てを否定するのか? 私には到底出来んな」
エヴァの言葉に苛立ちこそ籠められていたが、嘲りは無い。
ネギ達の言動は決して間違ってはいないからだ。
「まぁ、子供のお前らにそれを理解しろと言うのも無理があるがな」
だがエヴァの言葉は確かに、ネギ達の心に刺さる。
「あ、刹那。部屋に戻っても食い物無いぞ」
エヴァの家から出る直前、ファフニールが刹那を呼び止める。
「何? この前買ったばっかだろ?」
「食料が無くなるのは自然の摂理だ、それがまして二日前も前に買ったものなど」
ファフニールが来てから上がり続けるエンゲル係数を思い、刹那は溜息をつく。
「せっちゃんも大変やな~」
肩を落とす刹那の肩を木乃香は叩く。
苦笑しながら刹那は、頭を下げ、ファフニールと共に雨の中を走っていく。
「このか姉さんも刹那の姐さんも、俺達より先に旦那の記憶は見たんだろ? なんだって平然としてられるんだ?」
明日菜の頭に乗ったカモが、疑問を口にする。
誰だってあんな記憶を見せられれば、ファフニールに対して良い印象など持ちはしない。
「ん~、でもこの世界では何も悪いことしとらんやろ? ならそれでええやん」
だが木乃香はなんでも無い事のように笑う。
その理由には彼女の器の大きさもあるだろう。
それ以上に木乃香とファフニールの間には、確かな絆がある。
刹那も、真名も、そしてエヴァも同様に絆を築いている。
「まぁ、そうだけどよう……」
ファフニールを容認するには、カモ達にはそれが足りなかった。
ネギ達と別れたファフニールと刹那は、食料を買い込み家路についていた。
「これで一週間はもつか」
両手に持った大量の食料を満足そうに見るファフニール。
「私と龍宮だけなら、それで一ヶ月はもつんだがな。少しは自粛したらどうなんだ?」
傘を持ちながら、刹那はファフニールに呆れた視線を送る。
「ふん、食った分、お前らの仕事とやらを手伝ってやってるじゃねぇか。それでイーブンだろ」
「私や龍宮に助けられるようでは、まだまだ」
「うるせぇ、最近はねぇだろうが」
とりとめのない話をしながら二人が歩いていると、前方に人影が現れる。
「こんばんわ、良い雨ね」
声を掛けられた方を見れば、一人の女性が立っていた。
刹那より頭一つ分高い身長で、年のころは20前後か。
海を思わせる青い髪は胸の辺りまで伸ばされ、軽くウェーブが掛かっている。
ファフニールと同じ黒の瞳だが、対照的な柔らかな目つき。
細身の体に、ジーパンにTシャツというラフな格好。
同性の刹那から見ても掛け値なしの美人だ。
ただ奇妙なのはこの雨の中、傘もさしていないのにまったく濡れていない所か。
ふと気付けば、二人の周りに人の姿が無い。
「……刹那、得物は?」
「不覚だった。部屋に置いてある」
瞬時に互いの状況を把握し、二人は身構える。
気付かぬうちに、目の前の女性が張ったであろう結界に足を踏み入れていたのだ。
「サクラザキ・セツナにファフニール・ザナウィで間違いないわね? ネギ・スプリングフィールドの仲間の」
女性は浮かべた微笑を崩さず、二人に問う。
「だったらどうする?」
同性が見ても見惚れるであろうその笑みに、刹那は薄ら寒いものを感じていた。
「とりあえず、仲間の方は捕らえとけって依頼だったかしら? まぁそれは後でいいんだけどね。それよりも、そっちの子に用があるの、私」
「オレに?」
ファフニールは、優しげな笑みを浮かべている女性に高い警戒心を抱いていた。
「そう、あなた私が探してる奴にそっくりなのよねぇ。姿形じゃなくて、そう雰囲気とか。あと名前も同じ。フフ、これってどういうことかしら? ねぇあなた、いつ“この世界”に来たの?」
女性の言葉にファフニールが驚きのあまり目を見開く。
「何者だ、てめぇ」
「そうかぁ、やっぱりアナタなのね」
ファフニールの様子を見て、女性は彼が自分の探していた人物だと確信した。
一頻りファフニールを眺めると、女性は端正な口元を歪め
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ク、ダ、ダメ、ク、ッハハハハハハハハハッ!」
狂ったように笑い出した。
突然涙まで流して笑い始めた女性を見て、刹那とファフニールは唖然とする。
「プ、クッ、ず、随分可愛い姿になっちゃって。わ、私も人の事、言えない、けど。プ、アッハハハハハッッ! ダメ、おかしすぎるっ!」
文字通り腹を抱えて笑う女性。
「あ~、笑った。こんなに笑ったのって生まれて初めてだわ」
やっと笑いを抑えられたのか、浮かんだ涙を拭うが、口元の笑みは張り付いたままだ。
「あなたを追ってあの世界から出たのに、あなたより先にこの世界に来るってどういう了見なのかしらね? ほんとムカツクわ、あの引きこもり。フフ、でもやっと会えた。久しぶり、久しぶりね」
愉快げに、そして愛おしそうに女性はファフニールを見る。
「――赤き邪竜ファフニール――」
あとがき
どうもばきおです~
もうすぐ麻帆良祭編ですね~
自分の力で書ききれるのか心配です(汗
その前にオリキャラ出てくる始末。オリキャラ嫌いな方、ご容赦をば(汗
批評、ご感想などがございましたら、よろしくお願いします!
でわ!
あれ、悪魔老人出てなくね?