真名とファフニールの不毛な争いから六時間ほど経ち、二人と刹那を加えた三人は気まずい空気の中、遅めの朝食を取っていた。
「……ファフニール」
無言で朝食が終わろうとする中、真名が口を開く。
呼ばれた本人は箸を休めることなく、真名に視線を向ける。
「いや、その昨日は悪かったな。遂、イラっときてな」
バツが悪そうに真名はファフニールに謝罪する。
ファフニールは口いっぱいに入れた飯を咀嚼しながらジト目で真名を睨む。
傍から見ている刹那には拗ねているようにしか見えない。
「まぁ、そんなに睨むな。でだ、詫びの意味も籠めて、お前に昼食でも奢ってやろうかと思ってな」
昨日同じ事を聞いていた刹那は完全に傍観者に徹している。
奢ってやる、そう言われたファフニールは飯の詰め込みすぎでハムスターのような頬になった顔で、固まっている。
その目はまるで信じられない物でも見ているかのようだ。
「おい、なんだその顔は。私だって大食らいのお前に飯など奢りたくはないんだ」
まったく、と言って真名も箸を動かす。
ファフニールは口の中のものを飲み込み、朝食を終わらせて無言で玄関へと向かう。
「……今日は修行で一日空けるから無理だ。だが覚悟しておけ、お前の奢りとあらばオレも本気を出す」
振り向き様にニヤリと不適な笑みを浮かべてファフニールは部屋を出ていった。
「……仲直り、出来たのか?」
首を傾げて刹那が真名を見ると
「馬鹿な……一食で米一升食らい尽くすのが、本気じゃないだと……」
まるで死刑宣告を受けたかのように真名は震えていた。
「ファフニールがお嬢様を連れ出した!?」
明日菜やネギ達が住む部屋に、刹那の声が響く。
「う、うん、さっきファフニールが来てね、木乃香を借りてくぞ、って。私とネギもすぐ夕映ちゃん達と図書館島行っちゃったから、何処に行ったかわかんないけど」
明日菜の話を聞いて、刹那は膝をつき項垂れてしまう。
木乃香を守ると誓っている刹那からしてみれば、木乃香が自分の目の届かない所へと行ってしまうのは本末転倒なのだろう。
「く、あの時ファフニールについて行けばこんな事には……」
最早世界の終わりかのように刹那は言葉を吐く。
「だ、大丈夫ですよ! 木乃香さんもファフニール君もすぐ帰ってきますって!」
見かねたネギが刹那を励まそうとする。
「そ、そうですよね……い、いやしかし、実はファフニールは敵でお嬢様を誘拐……」
「わぁー! ネガティブはダメですよ!」
その後ネギ達は、錯乱気味の刹那を夜まで宥める事になった。
「すいません、ネギ先生、アスナさん、カモさん。ご迷惑をおかけしました」
時間も経ち、落ち着きを取り戻した刹那が宥めていてくれていた三人に頭を下げる。
「いいって、刹那さんにとって木乃香が大切な人だって事は知ってるしね」
「はい、ありがとうございます」
明日菜の言葉に礼を言って、刹那は自分の部屋へと帰っていく。
しかし、どれだけ夜が更けてもファフニールと木乃香が帰ってくる事はなかった。
「おはよう、刹那。なんだ、寝てないのか?」
夜が明け、真名が起きると、気落ちしている刹那の姿が目に入る。
「まぁ、心配なのはわかるが睡眠くらいはとっておけよ」
「あ、あぁ、そうだな」
真名に返す言葉にも力が無い。
そんな刹那を見て真名が溜息をついていると、インターホンの音が響く。
しかも一度でははない。連続で音が鳴り響いている。
「誰だ、こんな朝っぱらから」
「私が出よう」
そう言って、刹那は玄関へ向かう。
「あれ、エ、エヴァンジェリンさん?」
扉を開けると、そこには不機嫌顔したエヴァンジェリンが立っていた。
「ど、どうしたんですか?」
「どうしたもこうもあるか! さっさとお前のお嬢様と同居人を連れて帰れ! 三週間付き合ってる私の身にもなれ!」
「お、お嬢様の居場所を知ってるんですね!? 何処に居るんですか!?」
お嬢様の言葉に反応した刹那がエヴァの肩を掴み、激しく揺さぶる。
「えーい、やめんか! 言われずとも連れて行ってやる!」
エヴァは刹那の手を払いのけ、怒鳴った。
その声で我に帰った刹那は慌ててエヴァンジェリンに頭を下げる。
そんな騒動を聞きつけた、真名が現われてエヴァが二人に事情を説明する。
「まったくあの馬鹿ドラゴン、突然近衛木乃香を連れて別荘を使わせろと言ってきてな、了承も得ぬまま私の従者まで強引に連れて別荘の中へ入るもんだから、仕方なく私もついて行けば今度は近衛木乃香に魔法を教えろとぬかし始めた。
その時は奴の口車に乗ってしまったが、まさか三週間もぶっ続けで付き合わされるとは……
あぁ~、何処まで自分勝手なんだアイツは!」
余程腹に据えかねているのだろう、説明が最後にはファフニールの文句へと変わっていた。
刹那と真名には三週間の意味はよくわからなかったが、とりあえず木乃香とファフニールの居場所がわかったことに安心する。
「とりあえず、二人を引き取りに行けばいいんだな?」
真名の言葉にエヴァは頷き、二人はエヴァと共に彼女の家へと向かうことになった。
「プラクテ・ビギ・ナル、汝が為に、ユピテル王の、恩寵あれ、治癒!」
木乃香が詠唱を終えると、手に持つ杖から淡い光が漏れる。
その光はファフニールに付けられた無数の切り傷を治していく。
「……どう?」
自身の体の調子を確認するファフニールに木乃香は不安げに声をかける。
「悪くねぇ、多少でかい傷でもアーティファクト無しでも平気みてぇだな」
ファフニールの言葉に木乃香は素直に喜んだ。
彼女はエヴァの別荘に連れてこられ、約三週間の間エヴァに魔法を教わっていたのだ。
ぶっきらぼうな言い方とはいえ、頑張ってきたことを褒められるのは嬉しいのだろう。
「ケケケ、三週間デココマデ出来レバ上出来ダロ」
木乃香がエヴァのスパルタ教育を受けている間、ファフニールはチャチャゼロや茶々丸相手に実戦訓練を行っていた。
その際に受けた傷は木乃香に治させていたらしい。
最初の一週間はアーティファクトに頼っていたものの、現在は魔法だけでそれなりの傷は癒せるほどに木乃香は成長していた。
「ニシテモ御主人モ妹モ何処行ッテンダ?」
「そういえば今日は見とらんなぁ」
木乃香が首を傾げる。
「ま、今日でここでの修行も終わりにするからな。何処に行ってても関係ねぇさ」
そう言ってファフニールがふと、橋の方を見ると何かが猛烈な勢いでこちら側へ向かってくるが見えた。
「あ、せっちゃんや~」
親友の姿を確認すると、木乃香は満面の笑みで手を振りだす。
そんな木乃香とは対照的にファフニールは嫌な予感がし、自らの勘を信じ回避行動に移る。
しかし、刹那との距離が10mを切った瞬間に刹那の姿が掻き消える。
「この……」
「な、なにぃっ!?」
掻き消えた瞬間刹那はファフニールの目の前に現れる。
「うつけ者がぁーー!」
「ぷろぱんッ!」
振るわれた夕凪の一撃を食らいファフニールは遥か上空へ打ち上げられる。
「お~」
「ケケケケケッ!」
遥か上空に舞うファフニールを見て木乃香は拍手、チャチャゼロは腹を抱えて笑っていた。
「お、お嬢様、ご無事でしたか!?」
「あはは、久しぶりやな~、せっちゃん。別に何処も怪我してへんよ~」
笑顔で刹那を迎える木乃香。
そんないつも通りの親友の姿を見て刹那はほっと胸を撫で下ろす。
「まぁ、何事も無くてよかったじゃないか、刹那」
遅れてきた、真名の言葉に刹那は頷く。
後ろで何かが潰れたような音がしたが、気にかける者はいなかった。
エヴァから少し遅れて戻ってきた茶々丸を加え、食事を取った後、各自自由に行動していた。
ある者は親友に覚えた魔法を披露したり、ある者は軽い組み手を行っている。
「しかし凄い物だな、此処は。こういう魔法があるとは聞いた事はあるが、実物は初めて見る」
真名は素直にこの別荘に関する感想を口にする。
「ふん、私くらいの魔法使いになればこういう住みかは持ってるものだ。そんなことより、私に何か聞きたい事でもあるんじゃないのか? 龍宮真名」
その別荘の主たる吸血鬼はワイングラスを揺らしながら、真名を見る。
「流石に見抜かれていたか。別に大した用件じゃないんだ。うちのとこの同居人について聞きたい事があってね」
本当に大した事ではない、と真名は少しおどけた仕草を見せる。
「ファフニールが何者かって話か?」
真名が具体的に質問する前に、エヴァに確信を言われてしまう。
「あ、あぁ、アイツはドラゴンだとか言っていたが、どうにも信じられなくてね。刹那があなたなら何か知っているだろうと」
「なんだ、答えはもう得ているじゃないか。まぁ私も最近までは信じていなかったがな」
あっさりとファフニールの言葉を肯定された真名は少し驚く。
そんな真名を見て、まるで悪戯を思いついたかのような笑みを浮かべ、エヴァは一つの案を出す。
「信じられないなら実際に見てみるか?」
戸惑う真名の返答も聞かず、エヴァはファフニールを呼びつける。
「お前の記憶を覗かせろ」
エヴァから発せられた言葉に、その場に居た全員が集まってきた。
やはり得体の知れない赤髪の少年のことには興味があるのだろう。
呼びつけられたファフニールはチラっと真名を見て、口を開く。
「……まぁオレを嘘つき呼ばわりしている輩も居るから、真実を見せてやるのは別に構わねぇ。だが今のオレじゃ記憶伝達は使えねぇぞ」
ファフニールは真名に嘘つき呼ばわりされた事をまだ根に持っていたらしい。
エヴァの提案を承諾するが、今のファフニールでは自分の記憶を相手に見せるといった芸当できなかった。
「ふん、堕ドラゴンめ。私がお前に意識シンクロの魔法をかけるから、お前は強く自分の過去を思い出せ。その後近衛木乃香、お前が私に夢見の魔法をかけろ。興味のある奴は近衛の体に触れていろ。それでコイツの記憶を見れる筈だ」
エヴァの話が終わると、茶々丸が手早く魔方陣を描き、その中でエヴァとファフニールが互いの額をくっつける。
背はファフニールが少しエヴァより低いくらいなので段差をつける必要などはなかった。
「じゃ、みんな捕まっといて」
エヴァに言われた通り木乃香はエヴァに夢見の魔法をかける。
そしてその場に居る全員の意識がファフニールの記憶の中へと入っていった。
あとがき
お久しぶりです、ばきおです。
更新が遅れてしまい本当に申し訳ありません。
今回は長くなりそうなので前後編に分けさせてもらいます。
オリジナルの話なんぞ興味ねぇよ! と言う方がいらっしゃいましたら申し訳ありません(泣
批評、ご感想などがありましたら、よろしくお願いします。
でわ~