「ファフニール君ってなんか凄いよね」
鬼の集団から一人飛び出してきたネギがカモに呟く。
「僕と変わらない歳なのに、こんな状況で冷静で」
「あぁ、あの落ち着きっぷりは相当な修羅場を潜ってきてるに違いないぜ。ドラゴンだって話、案外嘘じゃなかったりして」
カモは旅館でネギが言っていたことを思い出す。
「ま、なんにせよあの大局を見る目は見習ったほうが良いかもな。どうすれば勝利を手繰り寄せられるかばっちりわかってやがる」
「大局を見る目、か……」
カモの言葉についてネギは考え込む。
だが木乃香が連れ去られたであろう場所から感じられる強大な魔力を前に考えを中断する。
「ありゃあ何かでけぇもん呼び出す気だぜ。兄貴、手遅れになる前に!」
「うん!」
ネギは頷いて、杖を加速させようとする。
そんなネギに新たな障害が立ちふさがる。
「い、狗神!? 風楯――ッ!」
空を飛んでいたネギに突如黒い犬が飛んできたのだ。
ネギは咄嗟に魔法の盾を張るが、防ぎきれずに墜落してしまう。
「くっ! 杖よ……風よ!」
ネギは狗神に当たった衝撃で手放してしまった杖を呼び寄せ、風の魔法で着地の衝撃を和らげる。
「こんなに早く再戦の機会が巡ってくるたぁなぁ。ここは通行止めやで、ネギ!」
ネギを撃ち落としたのは昼間結界を張った千本鳥居の中で戦い、ネギと宮崎のどかのコンビに惜敗した狗族の少年、犬上小太郎だった。
「コ、コタロー君!?」
「へへっ、俺は嬉しいでネギ。同い年で俺と対等に戦えたんはお前が初めてやったからな。さぁ、戦おうや、ネギ!」
ここから先に行くには小太郎を倒すしか手段はない。
「くっ、今は君と戦ってる暇はないんだ! 試合ならこれが終わった後でいくらでも」
「ざけんなぁ!」
なんとか説得を試みるネギだったが、小太郎は聞く耳を持たなかった。
「コトが終わったらお前は本気で戦うような奴やない。俺は本気のお前と戦いたいんや!」
ネギが何を言っても小太郎は譲らないだろう。
それほどまでに小太郎はネギを認めているのだ。
「全力で俺を倒せばまだ間に合うかもしれんで? 来いやネギ、男やろ!」
「……わかった」
ネギが小太郎の挑発に乗ってしまい、カモは焦る。
ここで戦ってはどう転んでも木乃香を助け出す時間は無くなってしまう。
「へ、そうこなくっちゃな。来い!」
「いくぞ!」
互いに駆け出し、ぶつかり合いそうになる瞬間。
「んな!?」
ネギは全力で空中へ飛び出していた。
これには小太郎だけでなくカモも驚いた。
「ゴメン、コタロー君! やっぱり君と戦ってる場合じゃないんだ!」
そう言ってネギはこの場を離脱しようとする。
「こ、この根性無しが! 逃がさへんぞ!」
見事にネギに一杯食わされた小太郎は、狗神でネギを追撃しようとする。
しかし小太郎が出した狗神は、突如割り込んできた人の背丈ほどある巨大な十字手裏剣によってかき消されてしまった。
「あ、あれは長瀬さんと夕映さん!?」
杖を止め、ネギは突如現れた長瀬楓と綾瀬夕映の姿に驚いた。
「詳しい話は後で。早く行くでござるよ、ネギ坊主!」
「で、でも……ぐっ、すいません、長瀬さん!」
ネギの中では強い葛藤があったのだろう。
しかしネギはそれを飲み込み、この場を楓に預けることを選ぶ。
「ふふ、成長したでござるなぁ、ネギ坊主」
楓は飛んでいくネギを暖かい目で見送る。
「邪魔すんなや、デカい姉ちゃん。俺は女を殴るんは趣味とちゃうんやで?」
ネギと戦うことを邪魔された小太郎が楓を睨みつける。
「コタローと言ったか、少年」
楓は小太郎と話ながら、自らの分身で夕映を安全な所まで誘導する。
「ネギ坊主をライバルと認めるとは、なかなかいい目をしているでござる。だが今は主義を捨て本気を出すといいでござるよ。今はまだ拙者のほうがあのネギ坊主よりも強い」
喋りながら楓は気を練り始めた。
小太郎も楓が只者ではないと悟ったのか、警戒心を高める。
「―――甲賀中忍、長瀬楓。参る」
十を超える楓の分身が発生し、楓と小太郎の戦いの幕が開けた。
知らず知らずにネギの成長に貢献していた当の本人は
「てめぇ待てコラァッ! ちゃんと戦いやがれ狐がぁ!」
「キャハハハ、いややー。怖いー!」
完全に狐女に遊ばれていた。
今のファフニールは、並の魔物ならば数で押されなければ負けることはないくらいの実力は持っている。
それが完全に遊ばれているというのは、狐女が召喚された魔物達の中でも別格の存在であることを示している。
アーティファクトの力を生かし素人とは思えないほどの活躍を見せた明日菜や、退魔を生業とする刹那も他の別格の存在に苦戦していた。
そんな中、突然遥か前方に光の柱が出現する。
「どうやら千草はんの計画が上手くいってるみたいですな~。あの可愛い魔法使い君は間に合わへんかったんやろか? ま、ウチには関係ありまへんけどなー、刹那センパイ?」
「つ、月詠!?」
そして明日菜が烏族の魔物に捕まり、神鳴流剣士月詠の登場で最悪の事態に拍車がかかる。
「ぐ……」
この最悪の事態を打開するために刹那はある力を使おうとする。
「ぐおっ!? ぬおぉ、しまった、新手か!?」
しかし、その前に明日菜を捕まえていた烏族が何者かに銃撃され消滅した。
銃撃はそれに留まらず、狐女や刹那を手こずらせていた大鬼にも襲い掛かる。
「らしくない苦戦をしているようじゃないか?」
「え、ええぇぇ!?」
現れたのは龍宮真名と古菲。
以外すぎる助っ人の登場に明日菜は驚いた。
「この助っ人の仕事料はツケしてあげるよ、刹那、ファフニール」
「うひゃー、あのデカイの本物アルか? 強そアルねー!」
真名達を敵と認識した複数の烏族が二人に襲い掛かる。
銃使いである真名だったが、瞬時にライフルからハンドガンへと持ち替え、瞬く間に烏族の群れを蹴散らした。
その真名の強さに再度明日菜は驚く。
「古、お前は人間大の弱そうな奴だけ相手をしてくれればいいよ」
「あ、バカにしてるアルね~。中国四千年の技、なめたらアカンアルよ?」
真名には敵わずとも、小柄な古なら楽勝だと踏んだ鬼達がこっそり古に襲い掛かる。
「よっ」
しかし、古にあっさりと攻撃を防がれ、逆に古の人間離れした威力の拳撃によって鬼達は吹っ飛んでいく。
「さぁ、もっと強い奴はいないアルか?」
「調子に乗ってるとケガするぞ」
そんな助っ人の登場を見ていたファフニールだったが、強い気配を感じて光の柱ほうへ視線を向ける。
「……しくじった、か?」
ファフニールが呟くのとほぼ同時に光の柱から巨大な何かが姿を現す。
「な、何だあれは……」
「あれが連中の目的か」
この場にいる全ての者が光の柱に視線を向ける。
『姐さん、刹那の姉さん、旦那、そっちは大丈夫か!?』
突然、明日菜達にカモからの念話が届く。
「トチったみてぇだな、オコジョ」
ファフニールは仮契約カードを額にあて、カモと話す。
『面目ねぇ、いい所まではいったんだけどよぉ』
「けっ、確実にうまくいくとは思ってねぇ。この場は助っ人が引き受けるらしいから、さっさと喚べ」
真名達は何も言っていないのだが、ファフニールの中では残ってもらうのは決定事項らしい。
「一つ貸しだぞ? ファフニール」
ファフニールの言葉から状況を把握し、真名はこの場を引き受けることを了承する。
「……オレには何も聞こえんな」
そんな言葉を残してファフニール達はネギ達の元へ召喚されていった。
「召喚、ネギの従者、神楽坂明日菜、桜咲刹那、ファフニール・ザナウィ!」
ネギの呪文で三人が召喚された。
「すいません、アスナさん、刹那さん、ファフニール君。僕、このかさんを……」
自身の限界まで奮闘したのだろう。ネギは疲弊しきっていた。
「わかってる、ネギ。って、ぎゃあぁぁ! 何よあれ!」
後ろにそびえ立つ高さ30mはある巨大な鬼、リョウメンスクナノカミの姿に明日菜は驚く。
まだ上半身までしか出ていないにも関わらずこの巨大さである。明日菜が驚くのも無理はなかった。
「落ち着け、姐さん! なぁ、旦那、あれってなんとかできねぇか?」
「いや、無理だろ」
「即答かよ!? 大局を見る目はどうしたんだよ旦那!?」
かなり無茶なことを言っているあたり、カモも相当焦っているらしい。
「知るか、んなもん! 元のオレならまだしも、この状態であんなもんどうにか出来る訳ねぇだろうが!」
「……何しに来たの、君?」
出てきて早々カモと不毛な争いをしているファフニールを見てフェイトは溜息をつく。
「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ」
付き合いきれないとばかりに、フェイトは魔法の詠唱に入る。
「こ、こいつ西洋魔術師かよ!?」
突然フェイトが魔法の詠唱を唱えるのを見て、カモは詠唱を止めるよう指示を出そうとするが間に合わない。
「時を奪う毒の吐息を、石の息吹!」
フェイトを中心に触れただけで石化してしまう毒ガスが広範囲に散布される。
ネギ達は間一髪で毒ガスを避け、フェイトから距離を取ることに成功した。
幸いなことに、毒ガスがフェイトの視界を塞いでいてくれている。
「ネギ先生、その手は!?」
「だ、大丈夫、かすっただけです」
ネギは慌てて右手を隠すが、刹那はその手が徐々に石化している所を目撃してしまった。
それを見て刹那の中である決意が固められた。
「三人共今すぐ逃げてください。お嬢様は私が救い出します」
「えっ!?」
「お嬢様は千草と共に巨人の肩の所にいます。私ならあそこまで行けますから」
肩の所と言っても、その高さは30m近くある。
明日菜はそのことについて疑問をぶつけた。
「ネギ先生、明日菜さん、ファフニール。私、皆さんにもこのかお嬢様にも秘密にしていたことがあるんです……この姿を見られたら、もうお別れしなくてはなりません」
刹那の言葉に明日菜達は戸惑う。
そして刹那が力を込めると、その背中から一点の汚れもない純白の翼が姿を現した。
「これが、私の正体。奴らと同じ化け物です。でも誤解しないでください! お嬢様をま「アホかー!」イタっ! な、何をするファフニール!?」
刹那がとても大事な話をしようとしているのに、全く空気を読まず刹那の頭にチョップを食らわすファフニール。
「そんな隠し球があるならさっさと言えよボケ! そうすりゃもうちょいマシな作戦も考えられたかも知れねぇのによぉ!」
「えっ!? い、いや、驚かないのか?」
刹那の翼を見てネギや明日菜は驚いているが、ファフニールが驚いている様子はなかった。
「あぁ? なんで人間に羽が生えたくらいで一々驚かなきゃなんねぇんだよ?」
それは刹那を蔑むわけでも、気遣うわけでもない普段通りのファフニールの言葉だった。
「ふ、普通驚くだろう!? 人間では無いのだぞ、私は!」
刹那にとってこの白い翼は自分が化け物であるという証。
それ故にか、自分を蔑むような言葉を口にしてしまう。
「羽が生えたからか? 馬鹿だろお前。化け物が自分の姿をみて自分は化け物だ、とか落ち込む訳ねぇだろうが。化け物は自分の姿に疑問なんざ持たねぇんだよ。だからその羽に嫌悪感を抱いてる時点で、てめぇは立派な下等生物である人間だ」
化け物の度合いで言えばスクナ以上の化け物であるファフニールは、心底刹那を人間という種族としか思っていない。
「なっ」
そんなファフニールの全く普段と変わらない憎まれ口が刹那には何故か嬉しいものだった。
「ファフニールの言ってることはよくわかんないけどさ。このかがこの位のことで誰かを嫌いになったりすると思う? ホントにバカなんだから……」
明日菜もネギもカモも、刹那が化け物だと思っていない。
もちろん木乃香もこの姿を見ても化け物だとは思わないだろう。
「行ってください、刹那さん! 僕達が援護しますから!」
毒ガスの方からフェイトが姿を現す。
「……みなさん、このちゃんのために頑張ってくれてありがとうございます」
ネギや明日菜の後押しを受け、刹那は笑顔を浮かべてこの場を飛び立ってゆく。
「っ!」
飛び立つ刹那を追撃しようとフェイトは魔法を放とうとするが、ネギの魔法の射手で防がれる。
「ここからどうしようか、カモ君……」
「こっちの手は出し尽しちまったしな」
ネギは体力も魔力も限界。明日菜とファフニールではフェイトには敵わない。
八方塞の中、ネギ達の頭の中に最強の助っ人の声が響いた。
後書き
ども、ばきおです。
大分駆け足で話が進んでしまいました。お見苦しい部分がございましたら申し訳ありません。
いよいよ次回で修学旅行編も完結です。
いや、もしかしたら次の次になるやもしれませんが。
世界の異物、ファフニール君は活躍するんでしょうか?
批評などがございましたら、よろしくお願いします。
でわ!