「ここら辺の筈なんだが……」
麻帆良学園の学生兼警備員であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルは呟く。
彼女は自分の住むログハウスの近くに突如感じられた異変を探しに、従者である絡繰茶々丸と共に夜の闇を走っていた。
「ん? ここか?」
一際強く異変を感じる場所に辿り着く。
「マスター、空間の歪みを感知しました」
「空間の歪みだと? ―――な、なんだ、あれは!?」
エヴァンジェリンの眼前に現れたのは、孔。
まるで某ネコ型ロボットが乗るタイムマシンの出入り口のように、空間にぽっかりと孔が開いている。
「ゲート……瞬間移動(テレポート)のものとは違う」
「マスター、あの孔から生体反応です。――来ます!」
茶々丸の発言と共に二人は身構える。
そして孔から現れた者は
「ぷげっ!」
顔面から地面に落下した。
よほど痛かったのか両手で顔を抑えてうーうー唸っている。
「……なんだ、こいつは? 」
孔から現れたのは短めの逆立った赤い髪に勝気そうなつり目の少年だった。
その少年の少し可哀想な姿に毒気を抜かれたエヴァと茶々丸。
「一応反応は人間のようです。若干の魔力は感じられますが」
「ぐっ、どこだ、ここは? 」
少年は顔をさすりながらあたりを見渡す。
「おい、貴様!」
「……なんだ、てめぇ」
少年は貴様と呼ばれたのが気に入らなかったのか、エヴァへの不快感を隠そうともせず睨みつける。
「……口の聞き方を知らんガキだな、茶々丸! あいつぶっ飛ばせ」
エヴァの方も明らかに10歳かそこらにしか見えない子供にてめぇ呼ばわりされるのは気に入らなかったらしい。
エヴァの見た目も少年とそんなに変わらないのだが。
「了解しました、マスター」
エヴァの命令に応え茶々丸は身構えた。
普段ならエヴァも茶々丸の援護に入るのだが、生憎と今宵は魔力を回収してきたばかり。
麻帆良学園に張られた結界により魔力を極限まで抑えられているエヴァは、ある計画のためもあり援護に入らなかった。
「行きます」
「む……」
茶々丸は一瞬で少年との距離を詰め、右ストレートを放つ。
少年はその右ストレートを
「へぶろっ!?」
避けれる訳もなく顔面に受けふっ飛んでいった。
「よ、よわ!? お、お前、こう言う場面ではあっさり避けるなり逆に茶々丸をぶっ飛ばしたりするもんじゃないのか!?」
「な、なに言ってんだ、お前」
エヴァは何か間違った解釈をしていた。
「ちっ、まぁいい。それでお前何者だ? なんの目的でこの学園に侵入した?」
なんとか立ち上がり、少し涙目になって鼻血を拭っていた少年にエヴァは聞いた。
「学園に侵入だと? なにを……」
と、少年は途中で言葉を切り、何かを思い出すかのように首を傾げた。
4、5秒考えた後、少年はエヴァに尋ねる。
「おい、ここ3日間ドラゴンが暴れたりしなかったか?」
「はぁ? 貴様、突然何を言っている。そんなことが起きる訳ないだろ」
可哀想なものを見るような眼差しでエヴァは少年の問いに答える。
「クソッ、本当に追い出しやがったな……」
エヴァの眼差しはあえて気にせず少年は舌打ちをする。
「それよりも早く私の質問に答えろ、貴様は何者で何の目的でこの学園に来た!」
力を抑えられているとはいえ、彼女は長い時を生きた吸血鬼の真祖。
その幼い外見からは想像できないほどの迫力をもって、エヴァは少年に詰め寄る。
「ふん、別にこんな所に用なんかねぇ」
並の者ならば萎縮する程のプレッシャーを向けられても、少年はなんら平常心を崩すことなくエヴァの問いに答える。
「では何故ここにいる? それに貴様が出てきたあの孔。あれはなんだ?」
「……気づいたらここに飛ばされていた。お前が見た孔ってのは出口だ」
「出口、だと? じゃああれは瞬間移動の魔法の類だとでも言うつもりか?」
エヴァ自身、魔力さえ抑え込まれていなければ影を利用した瞬間移動の魔法を扱える。
だからこそ、もう消えてしまっているがあれが魔法を用いてなにかを媒介にしたゲート、瞬間移動の類でないのはすぐにわかった。
故にエヴァは少年が嘘を言っていると確信する。
――しかし
「魔法じゃねぇ。まぁ出口ってよりは、見たまんまの孔だな」
少年はあっさりと魔法の類であることを否定した。
「だからなんの孔だと聞いている!」
少年の定まらない答えにエヴァはイラつく。
そんなエヴァに少年は面倒くさそうにタメ息をついて答える。
「壁だ。異なる世界同士が交わらないようにしている壁。それに開いた孔だろ」
「異なる世界同士が交わらないようにしている壁? おい、何を言っている」
少年の訳のわからない答えにエヴァは少し戸惑う。
「推測してみろよ。そんな孔から出てきたオレが何者なのか」
「……異世界の者だと言うつもりか?」
「そういうことだ。多分な」
普段なら鼻で笑う所だが、エヴァはその異常を目撃している。
瞬間移動ならすぐにわかる。悪魔等の召喚でもない。ましてや異空間にあると言う魔法の国から来た訳でもあるまい。というよりもそんなものの出入り口が此処にある筈もなく、あんなものである筈がない。
そもそもエヴァが駆けつけたのは魔力を感知した訳ではない。
感知したのは異変・異常の類だ。
そんなものを見た後では、少年の言っている事が真実味を帯びてくる。
「……いいだろう、今は貴様のその戯言を信じてやる。その代わりにこっちに従ってもらうぞ」
エヴァは少年の言葉を全て信じた訳ではなく、とりあえず保留ということにした。
「……動きようがねぇ、か」
言葉通りに少年には動きようがなかった。
逃げようとしても茶々丸もエヴァもそれを許さないだろう。
もし逃げれたとしても、少年にとってここは異世界。
力無き者が、しかも人間の子供にしか見えない少年が生き抜ける程、簡単な状況ではない。
元より少年には選択肢は無かった。
少年がエヴァに連れらて来た場所は麻帆良学園の学園長室だった。
「おい、ジジィ! おもしろいもの拾ってきたぞ!」
「ふぉ!? なんじゃ、ノックもせずに!?」
エヴァがノックもせずに入った部屋には、それはもう仙人としか言いようが無い老人がいた。
「ん? 誰じゃ、その子は?」
老人がエヴァと茶々丸がつれて来た少年に気付く。
「だからおもしろいものを拾ってきたと言ってるだろ? 本人の言葉を信じるなら異世界から来たらしい」
「異世界とな? お主がそう言うからには何か理由があるんじゃろ?」
そう言って学園長はエヴァに視線を向ける。
「あぁ、こいつが出てきた孔……アレは異常だった。瞬間移動の類でもないし、何より魔力を感じなかったから魔法の類でもない。だが確かに空間にぽっかりと孔が開いていた。こいつ曰く異なる世界同士が交わらないようにしている壁に開いた孔らしいが」
「異なる世界同士が交わらないようにしている壁か……ふむ、それに開いた孔から出てきた君は異世界の人間という訳じゃな?」
そう言って学園長は長い髭を撫でながら少年を見る。
「……まぁ、そういうことだ。信じる信じないはてめぇらの勝手だがな」
「ふ~む、なるほどのう」
少年の答えをどう受け止めたのか、学園長は少し考えこんだ。
「そうじゃ、自己紹介がまだじゃったのう。わしはこの麻帆良学園の学園長、近衛近右衛門じゃ。君の名はなんというのかのう」
「……ファフニールだ」
「大層な名前だな。北欧神話の邪竜と同じ名前とは」
エヴァの言葉にファフニールは少し驚いた。
違う世界に自分と同じ名前をもった“ドラゴン”がいることに。
そしてそのドラゴンもまた、自分と同じように邪竜と呼ばれていることに。
「ほう、この世界にも俺と同じようなドラゴンがいるのか」
そんなファフニールの言葉にエヴァは引っかかりを感じた。
「ふん、あくまで神話の話だ。それにお前と同じようなだと? お前は人間だろう」
「ッち、今はこんな姿になっちまってるが、元々オレはドラゴンだ」
もの凄く忌々しそうにファフニールは答える。
「貴様、私を馬鹿にしてるのか? 異世界から来たと言うことも完全には信用できんのに、今度は貴様がドラゴンだと? 戯言もいい加減にしろ小僧!」
さすがに突然過ぎるファフニールの言葉に我慢出来なくなったのか、エヴァは声を荒げる。
「うるせぇ! 誰が好き好んでこんな姿になってこんな所に来るか!」
そのことに関してはファフニールも思うところがあるのだろう。
エヴァに負けじと怒鳴り返す。
そのまま両者はウ~、と睨み合う。
はたから見れば微笑ましい子供の喧嘩にしか見えないのだが。
「ま、まぁ、落ち着くんじゃ、二人とも。それでファフニール君、君はこれからどうするつもりなのかね?」
そんな学園長の問いにファフニールは少し冷静になって答えた。
「……どうするも何もどうしようもねぇ」
どうにかなるのだったらファフニールはエヴァについて来なかっただろう。
「では、しばらくの間この学園で生徒でもやってみてはどうかね? ちょうど明日から新学期じゃしのう」
「……馬鹿にしてるのかてめぇ。オレは人間に教わるものなんざ何もねぇ」
ファフニールは約500年の時を生きたドラゴンだ。
口ぶりから頭は少し弱そうに見えるがその知能は人間より遥かに高く、その知識は人間とは比べ物にならないほど広い。
「ふ~む、じゃが君の言う事が本当なら、君にとってこの提案は悪くないと思うがのう? 住む所もこちらで用意するし、君の生活の方も面倒みよう。どうかね?」
それはファフニールにとって破格の条件だった。
「……フン、とっても、だろうが、人間」
その破格の条件は遠回しに監視をする、という意味でもある。
しかし、とりあえずファフニールが生きていくにはその条件を飲むしかなかった。
「それは生徒になってくれるということでいいんじゃな?」
「あぁ」
「ほっほっほ、では決まりじゃな。そこの階段を上った部屋に仮眠室がある。今夜はそこを使うといい」
「わかった」
エヴァと茶々丸と近右衛門はファフニールを部屋に残し、廊下を歩いていた。
「あいつ一人残してきていいのか?」
「うむ、部屋から出れば直ぐにわかるようになっておるからの。大丈夫じゃろ」
学園長はほっほっほと笑うが、直ぐに真剣な眼差しになる。
「エヴァンジェリン、彼はお主のクラスに転入させるぞ」
「ふん、私に監視しろと言うことか? まぁ奴には少し興味があるから構わんがな。しかし転入させるといっても女子校だぞ? どうするつもりだ?」
「まぁそこは職権乱用という奴じゃよ。それに監視役はお主らだけではないぞ?」
こうして奇妙な出会いがあった夜は更けていった。
後書き
はじめまして、ばきおと申します。
どうやら自分が投稿していたサイトが閉鎖してしまったようなのでここに投稿させていたただきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
感想、批評などがあれば、どんどん言っていただけると幸いです。
では!