二人、目が合っちまった。バッチリこのセイリュウの姿も見られていてやばいんじゃねえかと思うが、気にしてはいられない。原因はあの爺だ。いざとなったら賠償と謝罪を要求する。
俺は手を伸ばし、声をかけた。
「掴まれ!」
「あいあい」
そんなほのぼのとした声を落下中によく出せるもんだ。ジェットコースターなんぞ比べ物にならないんだが。
力が抜けそうになるものの俺は忍者娘、長瀬の腕を掴んだ。
必要なかったかもしれないがそんなこと考えている余裕はない。
「次!」
「ほい」
ツインテールのカンフー娘の手を掴む。
サキュバスでドルミナーをかけて眠らせておけばよかったが、そんなものは後の祭り。長瀬に続いてセイリュウの背中に乗せ、速度を上げて闇の中を推進していく。が、突如眩暈が襲ってきた。
危険信号、これ以上酷使していたら意識が飛ぶ。
全身が重力の鎖に巻き取られたみたいに重くなり、精神的な力が必要となる。しかし、そうは言ってもこの状況だとペルソナを消して休んでいられるわけがねえんだから尚更加速して綾瀬、佐々木と捉えていく。
「大丈夫でござるか?」
「全然だ!」
歯が震えてカタカタ鳴っている。疲労の溜まりすぎで気持ち悪い。いまにも吐瀉してしまいそうだ。
と、首筋から暖かい熱が伝わってきた。それはゆっくりと全身に伝播して俺を包み込み、途切れそうになる意識を繋ぎとめてくれた。
「お礼よ」
こそっと、ピクシーが俺の耳元で呟いた。ディア、回復魔法か。傷ついた身体を癒してくれるだけなんだが、心なしか力が湧いてくるような感じがした。俺は奥歯を噛み締め残りの四人のところに向かっていった。
意識はもちろんしっかりと保っている桜咲、ありがたいことに目を回している三人を纏めて抱えていた。俺は掻っ攫うようにして四人を捕まえた。
そしてそのまま徐々にスピードを落としていき、暗闇を抜けて明かりのある空間に抜け出たところで、ぷっつりと糸が切れたように俺は意識を失った。
レンズがすりガラスのメガネをかけているみたいになっていた。身体を起こそうにもコンクリで固められてでもいるのかなかなか言う事を聞いてくれない。とはいえだ、現状の確認のためにもどうにかして起きないといけない。
二度三度まばたきをして視界をクリアにすると、なまけものと同レベルの鈍重な動きで立ち上がる。関節が痛い。肩を回し腰を捻るとゴキゴキと悲鳴が上がる。年寄りになったみてえ。
そこで周囲を見回して一言感想。
ここはどこだ。
横たわっていたところは砂地で背中に砂粒が満遍なくくっついていたため上着を脱いでから歩き出した。時期が時期だから服は着ておいたほうがいいのだが妙に暖かい。初夏並みの気温。天井を見上げると地下のはずなのに陽光が降り注いでいる。ライトじゃない、ということはなんかの魔法か? 無駄遣いにもほどがある。
「おーい!」
俺は大きな声を出した。記憶はしっかりしている。どうしてこんなところにやってきたのかぐらい、気を失っていた間に誰かが運んだりしていない限りここは図書館島の地下。だからあの七人か八人かぐらいの馬鹿と先生、桜咲、あとピクシーとヒーホーがいるはずだ。
「おーい!」
もう一度呼びかける。すると、遠くに大きな白い袋を担いだ長身の女が現れた。その女、長瀬は笑いながら俺に手を振ってきたので応えるようにこちらも手を挙げると駆け足で俺の元にやってきた。
「疲労は取れたでござるか?」
「ぼちぼちな。で、ここはどこなんだ? あの穴の底だっていうことぐらいならわかるけどよ」
「夕映殿によれば、幻の地底図書室だそうでござるよ」
なんだそりゃ。
自分でもわかってしまうぐらいの呆れ顔で長瀬を見つめた。
「拙者もどういうことなのかはわからんでござるよ。けどもとりあえず皆、期末試験に向けて勉強することに決めたでござる」
「その割には他の連中が見当たらないが、どこへ行ったんだ?」
「腹が減っては戦も勉強もできないので、今は食料を探してるところでござる」
そう言って長瀬は担いでいた袋を俺に見せた。中身は果物や野菜がたんまりと詰まっている。和洋折衷の上に時期もバラバラ。リンゴに桃、スイカにみかんに洋ナシ。野菜もそんなものだ。
「お一つどうでござるか?」
リンゴを渡してきた。腹も減っていることだし、俺はそれをありがたく受け取り齧った。瑞々しく、よく熟れていて糖分が舌の上に広がっていく。しかし、疑問点が一つ。
「なんで冷えているんだこれ」
「冷蔵庫の中にあったからで、探してみたらキッチンもあったでござる」
「準備いいな」
「どこの誰かは知らんが、とりあえずはその誰かに感謝しておくでござるよ」
一人しか心当たりはないけどな。そしてその一人は確実にこういうことをやるであろう。一度地獄に落ちてくれないかねあの爺。チッと舌打ちをして顔をしかめる。
「どうしたでござるか?」
「なんでもねえよ。それよりお前、青い帽子を被った手足の生えた雪だるまとちっこい人形を知らないか? 起きても見当たらなかったんだが」
「ふむ。あの妖精たちでござるか」
「なんだ、ばれているのか」
「もちろん。あのような魔で出来ている生物は初見ではござらん。あんな近くにいればすぐにわかるもの。しかし、そもそも藤堂殿が目を覚ますまではあの者たちに見ているよう、刹那が陰で言い含めておいたのでござるが」
じゃあ勝手に出歩いているのか。簡易的とはいえ契約をした相手を、あんななりをしているとはいえ悪魔の端くれなのだから放っておくな。
ん――?
「なあ、他のやつらはあの二体を見ちまったのか?」
だとしたらまずい。ああいうもんは秘密にするもんだと爺を初めとして、高畑にも高音や佐倉に口をすっぱくして注意されてきていた。別に俺はそんなもん知られてもどうだっていいのだが、給料に響いたらいい気はしないので避けておきたい。
「隠れているよう刹那が指示しておいたので安心するでござるよ」
「だとしたら、俺が眠っていたからどっかに遊びに出たのかもしれないな。妖精ってのはそういう性分だ」
その代表はトリッシュ。もしかしたらあいつもこっちの世界に出張しているかもしれないな。
「で、他は? ネギとか、桜咲とか」
「いまだ食料探しか、探検でもしているかもしれないでござるな。一通り見渡してみると小さな村ほどの広さはあったので少々時間がかかっているのやもしれぬでござる」
「少々ね……俺はどれだけ眠ってたんだ?」
「ほんの一時間ぐらいでござるよ」
「なんだ、それぐらいなのか」
つまり気絶したのはペルソナを使いすぎてしまったからか。そうなると――ああやっぱり、自覚したら急速に眠気が襲ってきた。そろそろいつもの睡眠時間だ。
「すまん、二度寝する」
「うむ。まだ疲れが残っているようでござるからな、ゆっくり療養するでござる」
「病気なわけじゃねえからその言い方はおかしい」
俺は上着をその場に敷いて横になった。髪に細かい砂がこびりつくことを無視しすぐに目を瞑る。流れていく水の音は一定のリズムで穏やかな眠りに誘ってくれる。
夢に落ちる前に長瀬の声が聞こえてきた。
「一言、言わなければいけないことがあるでござるよ」
「なんだ?」
「身体を張って皆を助けてくれたこと、感謝するでござる」
夢だということはすぐに理解できた。しかし、妙なことに俺は暗闇で静かに時間が経っていくのを待っているだけである。夢は記憶を適当に繋ぎ合わせたものだって聞いたこともあるがこんな空間に見覚えは、あったな。だがあの懐かしくもある忘却界とは違いがある。
俺は自己を得ており、しっかりとした輪郭を保って存在している。
タバコや酒でも口にしていればこの無為な時間を楽しむことが出来るが周りには何もない。することもないので夢の中で寝てみようかと、考えていると目の前にぼんやりと白い何かが浮かんできた。最初は煙のように纏まられていなかったそれは徐々に形を取っていき、やがてよく見知った人物へと変化する。
「機嫌はどうかの、藤堂君」
「悪いことこのうえないね」
爺にそう返答した。
「睡眠の邪魔をして申し訳ないが事の真意を教えておかんと怒りそうじゃったからの、少しだけこの場を借りさせてもらうぞい」
やれやれとどこからか現れた椅子に座り込むと、爺は語りだした。
「実はの、お主にここへと向かってもらった本当の理由は端的に述べると刹那君と仲良くなってもらいたかったからなんじゃ」
「なんでか、その理由の理由を教えろ。別に仲良くなりたくないとか言うんじゃねえがよ、さして必要はないだろう。あいつはただ単に木乃香の護衛、俺は警備員。これになんの不便さもなかっただろ」
「いやいや、それがそうも言っておられんのじゃよ。実は今度の修学旅行、ネギ君のクラスが向かう先は京都なんじゃがそれに関係があっての」
決定事項なのか。ほんの数ヶ月前に赴いた街並みが脳裏に思い浮かぶ。あちこち連れまわされて奢らされた挙句に神取にボコボコにされたな。そういやあの三人娘も元気にしているかね。
「それでの、ネギ君には正式な親善大使としての役割を担ってもらうんじゃ」
「親善大使? それって俺と高音と佐倉がやったことと何か違うのか? あのときも親書を渡したけどよ」
「全く違うんじゃ。あれはほとんど密約のようなものじゃった。その証拠に出迎えもあっさりとしたものじゃったろ?」
「確かに」
戦闘する羽目になったのは念頭に置かない。
「じゃが今回は対外的な面も持ち合わせておる。わかっているじゃろうがわしら魔法使いの組織は地球上に数多くあっての、中には非合法な活動を行っている組織も存在しておる。お主がこれまでに倒してきた魔物も西からだけではなくそういうところから使わされたものもおった。そういうものたちに対して誇示する必要があるのじゃ。前回、お主たちにしてもらったのはそれの下準備なんじゃよ。疑問に感じなかったわけじゃあるまい、こんな得体の知れない人物に大役を任せることを」
まあな。高音は歴史に名を残す重大な任務だとか言っていたけどよ、それが当たり前なんだよな。だがそれを言うなら今度のことには矛盾が生じるんじゃねえのか。
「なんであいつなんだ?」
「というと?」
「その大使がネギだっていうことだよ。お前も言ったじゃねえか、得体の知れない人物に大役を任せられないってな。だがそれならあんな子供に大役を任せていいのかっていうことだ」
「それには彼の出生が関係あるんじゃよ」
「出生? 伝説の勇者の血を引いているとかそんなのか?」
「大体そんなところじゃ」
……冗談で言ったんだが。
「まあ、正確にはネギ君の父親じゃ。その人物は二十年前に西の長と協力して、当時出現した怪物を封印しておる。そのおかげでの、彼個人に対しては悪く言われておらん。じゃから東と西の橋渡しとなる役割を担うにはネギ君以上のものはおらんのだ」
「そのことは当人には?」
「言っておらん。言うとしても、ただ西に親書を届けてくれるよう頼むだけじゃ。裏側を知るにはまだ早い。なにせ十歳じゃからの」
「事実を告げずに思うように動かしてそんなことを言うのか」
ま、俺は金さえもらえたら文句はないけどな。
爺は視線を落とした、かのように見えた。もしかしたら見間違いかもしれないが、やはり何か思うところもあるのだろうか。
「話を戻すぞ。結局どうして俺と刹那が仲良しこよしにならないといけないんだ」
「そうじゃの。あの子が護衛しているこのかは、お主も知っておるようにわしの孫じゃ。そして当然詠春の娘。これは結構複雑な立場なんじゃよ。血の繋がりだけで見ればこの学校に来たことはなんらおかしいものではない。しかし、わしは敵対しておる東の長、そこを考慮に入れるとこのかは人質になるんじゃ」
キナ臭い話になってきたな。
「それでのう、それが原因で人質救出という名目を与えてしまい、修学旅行の際にこのかを攫おうと画策するものがいるんじゃよ。もちろんどこの誰かは確定できておらん。そもそも推測じゃからの。じゃが、このかは利用価値が高い。狙わぬわけがないのじゃ」
「……なるほどね。それで、桜咲だけじゃなく俺にもこのかの護衛をさせようっていうつもりなのか」
「そうじゃ。刹那君は優秀ではあるが、その存在をかなりの確率で知られておるじゃろう。しかし、お主についてはほとんど情報がゼロに近い。一度西の総本山に入ったといっても、そのこと事態ほとんどの者たちに知られておらん。知られておるとしても、ただの西洋魔術師と勘違いをされている可能性が高い。ようは伏兵なんじゃよ」
「でもよ、一つだけ気になるところがあるんだが」
「なんじゃ?」
「攫ってどうするんだ」
自然と湧いてきた疑問だった。確かに話だけを聞いてみたらこのかの立場はかなり危ういところにある。だが攫ったところで、ただの子供をどう使おうと言うんだ。手柄を立てたと西の長に報告しても、つながっていることは明白なんだから逆に処罰される。それなら攫う意味もない。触れずに息を潜めておくだけだ。
爺は顎鬚を梳いた。
「そうじゃの。そのことについても説明をせねばならんか。このかはの、そのやんごとなき出身のおかげでネギ君の父親をも上回る魔法使いとしての素質を持って生まれてきたんじゃ」
「それは、すごいことだな」
「うむ。じゃが父親の教育方針で魔法とは極力関わらせないようにしてある。危険なことも多いからの、そう判断しても仕方ない」
「まあ、確かにそういう厄介事とは似合わなそうな雰囲気だったな」
「しかし、だからといってその力が消えるわけではない。逆に全くの無知という事でこのかは魔法による干渉への対処法を身につけておらんので、その膨大な魔力を簡単に利用されてしまうんじゃ。例えば、若い詠春が封印した怪物を復活させることなどにのう」
とんだ傍迷惑な話だな、ほんと。心配のしすぎとも取れるが、自分の孫娘のことだから当たり前か。ちっと癪に障るが相手がどう出てくるか、そのうち神取から意見でも聞いておくべきか。俺にはペルソナを使って戦うことぐらいしか出来ない。
「わかってくれたかの」
「ああ、わかったよ。でもな、これからは回りくどいことをするな。頼みたいことがあるならハッキリ言え」
「わかった。出来るだけ心がけよう。それでは刹那君と仲良くの。もちろんネギ君とも」
「ああ、ちょっと待った。俺からも頼みたいことがひとつあるんだが」
爺はにこやかに笑いながら消えていった。さっきまで座っていた椅子も綺麗さっぱり無くなっていた。こんなことを頼まれるというのも、悪くはないな。
「―――んあ、」
ほっぺたに僅かに生じた痛みで目が覚めた。数回まばたきをしてから身体を起こし、蜂にでも刺されたかと思って手で押さえると「きゃあ」という悲鳴が耳元で発生した。お前か。
「おはよ」
「……はい、おはよう」
その小さな手でほっぺたを抓っていたであろうピクシーは挨拶を済ますと肩に乗ってきた。体重はほとんどない。木の葉みたいに吹けば飛びそうだ。
「ヒーホーはどうしたんだ?」
「ヒーホー君はここから少し離れたところで隠れているわよ。ずっと雪だるまのふりをしているわけにもいかないじゃない」
「そりゃそうか」
俺は起き上がって砂を払い落とした。身体を回し、周囲を見てみると離れたところでネギが生徒相手に教鞭を振るっていた。確か、本来は英語のみを担当しているはずだったんだが、だからといってそれ以外の授業を見られないわけじゃないのは当たり前か。一度、エヴァのテストを覗き見させてもらったんだがやはり問題は大体もとのところと同じレベルだった。あれぐらいなら専門外でも教えられるだろう。
でもな、さすがにいくら相手が少人数でも子供が延々とぶっ通しで授業していると体力が尽きるだろう。上着を拾い上げると俺は連中の元へ向かった。
「どうするの?」
「ちょっとした手伝いだよ」
俺もそんなに頭のいいほうではないが、馬鹿ではない。一通り教えてやれる。
頑張っているのなら応援ぐらいしてやろう。