ボリボリと音を立てて、むさぼるようにクッキーをかじっていく。
お茶請けも出てくるとは用意がいい。
「こぼしておりますぞ」
イゴールが白いハンカチを渡してきた。膝の上に乗せるといいのか、これは。
「悪い、初めて食うもんだからな」
「いえいえ、存分に生の喜びを噛締めてください」
そう言われると俺も遠慮しないで、大皿からクッキーを手にとって口に運んでいく。エヴァンジェリンと名乗ったガキは俺とイゴールから話を聞いてからずっと黙り込み、茶々丸とかいうやつはそいつの隣に座ってじっとこちらに視線を向けている。ナナシとべラドンナの二人には別段興味がなさそうだ。
「エヴァンジェリン様、一口もお飲みになっておられませんがもしやお嫌いだったのでしょうか。コーヒーも御座いますが」
イゴールはどこかから新たなポットを取り出した。ガスコンロもないのにどうやって作っているんだか。とりあえずコーヒーも俺は頂く。
「……あんのなあ」
俺を容姿に似合わない、射殺すような目で睨んでくるが気にせずにコーヒーを口に含む。
苦い。紅茶とはまた違った苦味だ。角砂糖を二つ投入させてもらってもう一度挑戦してみると、今度はわりかし楽に飲むことができた。菓子を食う手が進む。
チラリと横を見るとなにか堪えているかのようにプルプル震えているが、
バン! と、テーブルを叩いて立ち上がった。かなり大きな音が響いたのだが音楽担当の二人は意に介さずに続けていく。
「貴様らが害意を持ってやってきたのではないということはよっく分かった! だがな、話の全てを信用できるわけがなかろう!」
大口開けてギャーギャー騒ぎ立てんな。そんなに平行世界云々のくだりが信じられないのかよ。ま、それが当然だとは思うがね。
「信じてほしいならそれを証明するものを見せてみろ! さすれば貴様らが事実を述べているのだと信じてやる!」
偉そうだ。やはりアキを彷彿とさせるが狡猾度ではあちらが上か。
神取相手には表情豊かに会話していたが、俺や尚也たちを相手にしているときは決して手札を見せないうえに古傷を抉り出して楽しみながら殺そうとしていたからな。
あれが園村の心の一部というのなら本人も結構おっかない。尚也、いまだからこそ言えるが選ぶのなら桐島にしとけ。
「貴様は、聴いてるのか!」
「聴いてないな」
大体お前に信じてもらう必要がない。俺は適当に楽しく生きていけたらそれでいいんだよ。戸籍がなくてもやってけるだろ。
「ぐう~~……」
「マスター、落ち着いてください」
「そうだな。イゴールの茶でも飲んで落ち着け。美味いぞ」
「恐縮です」
俺たちどころか自分の従者にも諌められて渋々ソファに座ったら紅茶を一気飲みした。
「熱ッ!」
間抜けだ。
「特殊な製法で冷めぬようにしております」
「是非とも教えてくださいませんか」
「申し訳御座いません。これはこの部屋でしかできないことでして、覚えても無意味なのです」
「……そうですか」
どこかシュンと気落ちした返事をロボットはした。さっきから苦しんでいるお前の主はどうでもいいのかと突っ込みたくなった。
とりあえず、俺がエヴァンジェリンに声をかけた。
「火傷でもしたか?」
「しておらんわ!」
顔を引き締めて改めて座りなおしたが、間抜けさは俺の記憶から消去されることはないだろう。イゴールは慣れた手つきでガキが飲み干したカップに紅茶を足していき、それが満たされると懐からまた一つ宝玉を出してきた。
「これを差し上げます。十分で御座いましょう」
「これは……私たちを治した代物か」
俺に使ってくれよと言いたかったが、そこは我慢した。菓子と茶で満足してしまったので怒りがまったく湧いてこないからとかいう理由ではない。
「こんなものが貴様たちのところには転がっているというのか?」
「というか薬局で売っている」
「そうですな」
「こ、こんなものを、薬局でだと……」
またプルプルと震えだしているが今度はまた違った意味合いでだろう。固定観念でもぶち壊されたか?
あそこも洗脳ソングなんか流したりして普通の店ではなかったが、チェーン店舗もあったから免許は持っていたはずだ。
「信じてもらえましたか?」
「保留だ!」
「そうですか。ちなみに欲しくなればここにお立ち寄りください。安価で販売します」
「金取るのかよ。もしかして俺もか?」
「はい。今宵はサービスです」
「俺はもらってねえぞ」
そんなことを言うが別に怒っちゃいない。別のサービスなら受け取っているからな。
ガキはまたなにやら考え始めているが、俺はそろそろここから出て行きたいなと思っている。居心地は格別にいいのだが、フィレモンの場所を連想させるからという理由と足が地面に着いていない奇妙な気分になってしまうからだ。
ガキにはまだ話があるかもしれないが、無視して出て行こう。
「ごちそうさん。何度も言ったが美味かった」
「ありがとう御座います。またのお越しをお待ちしております」
途端、部屋が消えて森が現れた。俺たちが座っていたソファも消えて尻餅をつきそうになっていたが、ガキはロボットに支えられている。気付けばイゴールも消えていた。
さて、これからどうするか。ぐーっと背を伸ばして肺から息を出す。まずは寝床の確保といったところだが、布団がなくても屋根さえあれば何処ででも眠ることができるからそう苦労しないだろう。石畳の上で寝たりしてたしな。
当てもなくぶらぶらと俺は歩き出したが、声をかけられた。
「貴様、行くあてはあるのか」
「話を聞いてなかったのか。そんなもんはねえよ」
そこでガキがニヤリと笑った。
「ならば私について来い。悪いようにはせん」
「なに企んでんだか……」
不審に思いはしたが俺はついていくことにした。
俺に仕返しでもしようというのであれば今度は無効化どころじゃすまさないだけだ。
*
「鼻の次は頭か」
初見の感想がそれ。
エヴァ(いつまでもガキガキ呼ぶなというのでこれになった)が連れてきたのはエルミンとは比べ物にならない学園で、俺が口にした言葉は紹介された学園長というのがイゴールの鼻と同レベルの後頭部を持つ変人であるという意味を持っていることから出された。
「その鼻に会ってみたいもんじゃのう」
顎をさすりながら爺は笑ってぼやいたが俺のことは警戒している。
いい気はしないが、相手の思っていることがハッキリとわかっていればやりやすいもんだ。
「それで、彼を儂に紹介させてどうするのだ?」
「警備に雇え」
ズバッと単刀直入に言いのけたが俺が聞いてないことはおかしくないだろうか。
爺はふむ、とつぶやいて思案しているが話題の中心である俺を無視しているこの空気はムカツク。茶々丸を見てみるも、こいつはこいつで隣に立っているだけだ。興味など、はなからないのだろう。
エヴァは学園長に俺を迎え入れるよう説得する。
「こいつは行き場がない上に無一文なのだが力だけはかなりある。西に引き込まれるか強盗でも犯す前に監視という名目込みでここに置いていたほうがいい」
「お主がそこまで言うのならば、考えんでもないが……」
「どうした。気がかりでもあるのか?」
「なに、実際にこの目で見んことには確かめようがないのでな」
「ならば適当な相手を見繕って戦わせればよいだろう。そうだな……」
俺を一瞬だけ見てエヴァは爺の近くによって小さな声で話を始めた。
一言も俺は戦うと言っていないのだが、住居と職が与えられるとなると断る理由がなくてむしろ大歓迎だから口を挟まない。けれども、茶々丸の隣は居心地悪かった。
「おい、何であいつはあの爺にあんなこと頼んでるんだ?」
無表情でまったく会話がなく、尚且つ微動だにしないこいつと待つことに我慢しきれず尋ねてみた。
「マスターはあなたと繋がりを持っていたいのだと思います」
「何でだ」
「私とマスターを治癒した宝玉というあの道具、もしくはそれに連なるものが欲しいのではと」
「……欲望の権化だな」
名前だけ知っているどこぞの守銭奴妖精を思い浮かべる。
イゴールからそいつの話を聞いた分ではフィレモンたちとはまた違った存在になるんだろうが、結構神出鬼没らしいから出てきてもおかしくない。
壁にもたれかかってこれから後のことに思いを馳せる。どうせ戦うことは決定事項だろうから面倒でもやるしかないのだが、そいつらにどのくらい耐久力があるのかが問題だろう。
いくらなんでも殺してしまったら採用は取り消しどころか、数は分からんが大勢に命を狙われるなんて厄介な事態になりかねない。即座に反魂香か地返しの玉を使えるよう、準備しておくべきか。
確か元値がと、考えたところで気づいた。俺は金を持ってない。
「おい」
俺はエヴァに声をかける。
「ああ、貴様の相手なら決まったぞ。私ともう一人タカミチという男だ。今度は油断せんからな、心してかかってこい」
「そうじゃなくてだな、金を――」
「そうか、おい爺。雇うと決めたとき契約金としていくらかあいつに払ってやれ。服とかも必要だろ」
そりゃ高校の制服のままだが、
「それでもなくてだな、早急に――」
「今すぐ欲しいというのならば認めんぞ。とんずらされてしまえば私の立つ瀬というものもないのでな」
俺が持ち逃げするというのか、否定はできないことなので反論できずに黙り込んでやる。別にそんな大金でなくてもいいんだがそれを言っても許可してくれそうにない。
「それでいつにする。あまり人目につかせたくないので深夜がいいのだが」
「ちょいと待ちよれ、確か……」
爺は人差し指をこめかみに当ててうんうん唸りだしたと思ったら、すぐに終わった。本当に考えていたのかよ。
「高畑君は今夜しか開いていないのじゃが、構わんかのう」
「別にいいだろ?」
「いいぜ。疲労は取れている」
圧勝だったからなと言ったら違うと怒鳴られた。
それからは爺が電話で連絡を取り、数時間後ということになったので暇になった時間はふんだんにある教室の一つでここの世界の説明をエヴァから受けた。どうやらこいつの脳内では意思を少しも伝えていないのにここで働くことになっているみたいだ。
職の斡旋とか色々としてくれるのはありがたいがここまで勝手に進行されるのは嫌なもんだ。そういってやると、知るかと返された。
それにしても魔法使い、ね。あちら側にはそんなものはいなかった。ペルソナ使いはこちらにいないが、もしかして俺がここで一生を終えることによってフィレモンが干渉できるようになれば将来的に対抗勢力として現れてくるかもしれない。だとしたら俺はただの厄介者だが、と、そこまで考えてやめた。そんな先のことは知ったこっちゃない。俺には関係あることだがそれを阻止する義務もない。
「時間だ、ついて来い」
俺はエヴァに適当な相槌を打って一緒に教室を出た。
「なあエヴァよ」
「なんだ?」
ただ歩くだけというのもつまらないので会話をすることにした。
「つまらん質問だけどな、この学校にも七不思議はあるのか?」
「つまらんというよりくだらんな。一応あるぞ、そういうものは」
「たとえばどんなやつだ?」
「いや、私も詳しくは知らん。だがな、私のクラスには幽霊がいるぞ」
「はあ?」
「だから幽霊だ、幽霊。出席番号一番だ。とはいっても見ることができるのが私ぐらいしかいないから出席をとってもらっていない」
この世界そのものが非常識なのかそれともこの学園のみが非常識なのか、はなはだ疑問に思う。エルミンも鎖を巻いているのがいたり、ゴーグルやニット帽、マフラーとおかしな格好をしているのが結構いたがそれらは全て自由な校則で片付けられる。
慣れることができるのか、ここに。
「あそこにまだいるな。見えるか?」
エヴァが廊下の窓から指を差した方向に顔を向けると、暗くて分かりにくいが教室の窓に薄っすらと人影が映っている。
「誰かがいる、というぐらいにしか分からないな」
「そうか」
あとは適当に話を振って、時に茶々丸とも会話をして場所に向かった。知らなかったが話好きみたいだな、俺は。
*
「それでは、始めてくれて構わんぞ」
「だとよ。かかってこないのか?」
大きめの広場で俺は対峙しているエヴァと茶々丸、そして高畑という中年に向かってそう言った。
学園長は勝つ必要はなく、それなりの力があることを証明したらいいと言っていたのだがどうもエヴァ自身は完膚なきまでに叩き潰す気だ。どれほど俺に負けたのが悔しかったのか知らんが、いきなり引っ張り出されてきた高畑にしてみれば迷惑もいいところだろう。
俺がいま降魔しているペルソナは青龍。魔法使いの相手をしているんだからもっとよい相性のペルソナがあるんだが、高畑がどういったことをしてくるのかわからん。なにせエヴァは自分の魔法が無効化されたのを体験しているのだから、それなりに考えてこいつを選んだと考えていいはず。不用意に変えたせいで敗北してボコボコにされるのはいやだ。
爺が開始を告げてから数十秒経っても三人はさっきから俺の一挙手一投足を逃さぬよう集中していて攻撃は仕掛けてこない。これはエヴァの作戦か。ペルソナがどのようなものかをまずは観察するつもりだろう。
せっかくなので乗ってやる。
「こっちからいくぜ」
まずは様子見だ。いきなり全力で当たるような馬鹿じゃない。
「ザンマ」
大きな破裂音がして高畑が転げた。
すぐに起き上がったことは評するけど、鼻血を拭え。
「驚いたな、初めて見るよ」
「ボケてるなよ。次はエヴァに茶々丸、お前らにもいくぞ」
俺の上方に青龍の姿が現れ、鎌首をもたげた。
天候が滅茶苦茶悪いときのエベレスト山頂ってのは、これよりもきついのかね。
――凍えろ。
青龍の口から出てくる強烈な吹雪が三人まとめて包み込む。いや、もうそれは喰らいかかっているといってもいいほどだった。
ホラー漫画にありがちだ。凍った人間をコレクションする雪女。出来上がりはどんなだ?
「舐めるなよ。氷楯!」
エヴァが取り出した薬品を投げ、その魔法を唱えると俺のアイスブレスが弾かれた。そんなものも使えるのか。俺は驚きながらも素早く跳び退って無作為に飛び散っていく吹雪を避けた。
「ボケてたら駄目だよ」
「うお」
一瞬、注意をそらした隙に高畑が忍び寄り、なんと殴りかかってきた。魔法使いだというのに格闘主体とは、意外にもほどがある。
それでもどうにかその拳を避けていく。いや、ひどく大振りだ。避けさせられているというほうが正解かもしれない。意図はよくわからないが、俺はひょいひょいと後ろに下がっていったところ、
「私もいます」
待ち構えていた茶々丸が加わってきて、コメカミを重い拳が掠めていった。
二人分になり、高畑の動きも小さくなった。広場をめいっぱい利用して速く動き回らなければ受けきれない。急所のある顔面、胴体に当てられるのは高畑の魔法がどういうものかわからないから、用心しなくちゃならなかった。
俺は腕と足で二人の猛攻を防いでいく。できたら一人ずつにして欲しいのだが、そんなことは自分でしないと、な。
「ザンマ」
俺を含める三人の中心に衝撃波を作り出す。それを利用して二人から一時的に離れ、体勢を立て直そうとするが、その前に顔面を殴られた。
またしても一瞬で詰められた、わけじゃない。二人とも俺に手が届く距離にいない。ということはエヴァがなにかしたのかと思ったがこんな直接的な攻撃をしてくるか、あんな体格で。じゃあ誰なんだと考えると、消去したやつが出てきた。高畑。こいつの魔法がこれだっていうんなら、合理性はある。
自分なりの結論は出ても状況は変わらずに一発どころか二発三発と連続して俺は殴られ、混乱しながら手を前に出したら、強い力で掴まれた。
打撃で薄くしか開かない目を開けると、それは茶々丸の腕の肘から先だった。
「ロケットアーム……て、マジかよ」
戸惑う俺を無視して強い力で引っ張られる。堪えようとすることはできるのだが、あえてそうしない。そもそも踏ん張ったら足を止めてしまい、高畑に滅多打ちにされてしまうだろう。だから、走る。一人をつぶしたほうがいい。
「まずはお前だ」
蹈鞴を踏まないように突っ込んだ。俺の腕をつかんでいるという状況は、片腕が不自由になっているということなのだ。ガードするにしても難しい。今なら叩きのめせる、が、甘かった。
それまで傍観していたやつが、割り込んできたのだ。
「凍る大地」
「うあ!」
エヴァの呪文を聞いて反射的に目を向けるが初戦のときみたいに飛来するものはなく、それで視線を元に戻すと、地面から氷が生えてきていた。
なんとか飛び跳ねてかわそうとするも前方への勢いは止まらず、足首から下が凍らされてしまった。
「くそっ……!」
そんな状態では着地もできず、俺は地面に転がる。しかもダイナミックに顔からというのが最悪だ。
痛くもなんともないが、危険な体勢。
「終わりです」
その声を聴いて瞑っていた目を開けると、茶々丸が俺を見下ろして片腕を上げていた。重い拳が、重力と体重という力を得て、振ってきた。
*
「彼は大丈夫なのか?」
「ふん、このくらいで死ぬか」
「だが体重を乗せたきれいな下段突きを食らっては……」
ボソボソとエヴァと高畑が会話をしているが、隙がありすぎだ。
「油断してんな!」
至近距離の二人に青龍の爪が襲いかかる。
エヴァはとっさに空を飛び無傷だが、高畑はスーツの腕を引き裂かれていた。その様子じゃ、傷もついているだろう。
「意識は途切れていなかったのか」
上空からエヴァが冷たい表情で見下ろしてくる。
「実際のところ、鼻骨骨折ぐらいはしてたな。こいつじゃなかったら」
俺はペルソナの姿だけを呼び出して三人に見せた。
「こいつはWORLDだから、頑丈なんだよ」
得意げに笑ってやって説明すると高畑が青い顔をして神妙に頷いた。
「その言葉から察するに、種類は色々あるということかい?」
「ああ、簡単に分けると22種類。タロットの属性と同じだ」
そこまで言い、俺はエヴァと茶々丸に振り返る。
「残るはお前たちだ。もう一度負けてみるか?」
「おや、僕は含まれていないみたいだけど」
高畑が言うが、そちらには振り向かない。
「動けないだろ。いまのはそういう効果も付属してたからな」
「……なるほど、だからさっきから痺れているんだな」
「そうだ。で、エヴァよ、聞いたとおりこいつはリタイアだ。茶々丸一人に任せても簡単にぶっ倒すし、いつまでもそんなところにいたら撃ち落す。いい加減降りてこい」
茶々丸の一撃で仕留めきれなくて残念だったなクソガキ、とは思っても口にせずに地面にしゃがみこんだままで見ていると、渋い顔をしながらも地面に降りてきた。
「そんな状態でよくもまあ言えるもんだ」
確かに、俺は足が凍っていてまともに動ける状態じゃない。
虚勢を張っていると取られても仕方ないが虚じゃなくて実があるのだ。俺の言葉には。
「一撃で決めようぜ」
「なに?」
「だから一撃だ。さすがに疲れてきたからな、もうとっとと終わりにしたい。もちろん俺の勝ちで」
俺の言葉を聞いて髪の毛を掻きあげた。八重歯が牙のように口元から覗いている。
「それは、私の最高の一撃が貴様のより劣るといいたいのか?」
「別にそうは言ってない。俺はお前がどんな一撃を出そうとも勝てるといっているんだ」
エヴァは胸を張って大きく息を吸い込んだ。
「それが、そういうことだろうが! ええい、茶々丸下がっていろ。この状態での最高の一撃を見舞ってやる!」
ここまで思惑通りに激昂してくれるとは。舌先三寸でこうまで嵌まってくれると面白いもんだな。
傍観していた爺がこりゃまずいと高畑を背負って避難していったが、いらなかったとすぐあとに思うぞ。
「ペルソナチェンジ、サキュバス」
エヴァは懐から試験管とフラスコを取り出した。一つずつではなく複数だ。
どうやら、それらがないと魔法を思うように使えないようだ。
「泣いて後悔し、跪け! 闇の吹雪!」
試験管とフラスコたちが割れて、魔法が唸りをあげながら俺へと向かってきた。
怖い怖い。こいつ、殺す気で魔法を撃ってきやがった。
でもな、まだ始まったばかりの人生を終わらせる気はさらさらない。
だから使わせてもらう。
「――マカラカーン」
対処が遅くてまともに食らいやがった。
*
「それで爺、俺を雇ってくれるのか?」
「うむ。あの三人を相手に勝利を収めたのじゃ、実力的には文句ない。よってお主を警備員として雇おう」
「ありがとな。それで金や住むところなんだが………」
「納得いかーん!」
「……そうじゃな、こちらが用意するまではしばらくこの地図のここに泊まってくれ。エヴァも茶々丸もよく知っとる場所じゃ。次に給料なんじゃが、月にこんくらいでよいかの」
「相場を知らないから何も言えないけどな、エヴァはどのくらい貰っているんだ?」
「まあこんくらいじゃ。ちとお主より高めじゃがキャリアというもんがあるからの」
「じゃあこれでいい。欲張りすぎたらろくな目にあわないからな」
「魔法の射手・氷の10矢!」
「マカラカーン」
エヴァの放った矢は俺が展開した壁に当たり、方向転換。術者のもとへ返っていった。魔法を跳ね返す、これがこの魔法の効果だ。
なんて便利なマカラカーン。
高畑曰く、反則だとよ。
「ふざけるなー!」