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赤松健SS投稿掲示板


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No.10422の一覧
[0] 【完結】せせなぎっ!! (ネギま・憑依・性別反転)【エピローグ追加】[カゲロウ](2013/04/30 20:59)
[1] 第01話:神蔵堂ナギの日常【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:53)
[2] 第02話:なさけないオレと嘆きの出逢い【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:54)
[3] 第03話:ある意味では血のバレンタイン【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:54)
[4] 第04話:図書館島潜課(としょかんじませんか)?【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:54)
[5] 第05話:バカレンジャーと秘密の合宿【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:55)
[6] 第06話:アルジャーノンで花束を【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:55)
[7] 第07話:スウィートなホワイトデー【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:55)
[8] 第08話:ある晴れた日の出来事【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:56)
[9] 第09話:麻帆良学園を回ってみた【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:56)
[10] 第10話:木乃香のお見合い と あやかの思い出【改訂版】[カゲロウ](2013/04/30 20:56)
[11] 第11話:月下の狂宴(カルネヴァーレ)【改訂版】[カゲロウ](2012/06/10 20:50)
[12] 第12話:オレの記憶を消さないで【改訂版】[カゲロウ](2012/06/10 20:50)
[13] 第13話:予想外の仮契約(パクティオー)【改訂版】[カゲロウ](2012/06/10 20:51)
[14] 第14話:ちょっと本気になってみた【改訂版】[カゲロウ](2012/08/26 21:49)
[15] 第15話:ロリコンとバンパイア【改訂版】[カゲロウ](2012/08/26 21:50)
[16] 第16話:人の夢とは儚いものだと思う【改訂版】[カゲロウ](2012/09/17 22:51)
[17] 第17話:かなり本気になってみた【改訂版】[カゲロウ](2012/10/28 20:05)
[18] 第18話:オレ達の行方、ナミダの青空【改訂版】[カゲロウ](2012/09/30 20:10)
[19] 第19話:備えあれば憂い無し【改訂版】[カゲロウ](2012/09/30 20:11)
[20] 第20話:神蔵堂ナギの誕生日【改訂版】[カゲロウ](2012/09/30 20:11)
[21] 第21話:修学旅行、始めました【改訂版】[カゲロウ](2013/03/16 22:08)
[22] 第22話:修学旅行を楽しんでみた【改訂版】[カゲロウ](2013/03/16 22:08)
[23] 第23話:お約束の展開【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 20:57)
[24] 第24話:束の間の戯れ【改訂版】[カゲロウ](2013/03/16 22:09)
[25] 第25話:予定調和と想定外の出来事【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 20:57)
[26] 第26話:クロス・ファイト【改訂版】[カゲロウ](2013/03/16 22:10)
[27] 第27話:関西呪術協会へようこそ【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 20:58)
[28] 外伝その1:ダミーの逆襲【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 20:59)
[29] 第28話:逃れられぬ運命【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 20:59)
[30] 第29話:決着の果て【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 21:00)
[31] 第30話:家に帰るまでが修学旅行【改訂版】[カゲロウ](2013/03/25 21:01)
[32] 第31話:なけないキミと誰がための決意【改訂版】[カゲロウ](2013/03/30 22:10)
[33] 第32話:それぞれの進むべき道【改訂版】[カゲロウ](2013/03/30 22:10)
[34] 第33話:変わり行く日常【改訂版】[カゲロウ](2013/03/30 22:11)
[35] 第34話:招かざる客人の持て成し方【改訂版】[カゲロウ](2013/03/30 22:12)
[36] 第35話:目指すべき道は【改訂版】[カゲロウ](2013/03/30 22:12)
[37] 第36話:失われた時を求めて【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 21:54)
[38] 外伝その2:ハヤテのために!!【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 21:55)
[39] 第37話:恐らくはこれを日常と呼ぶのだろう【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 22:02)
[40] 第38話:ドキドキ☆デート【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 21:58)
[41] 第39話:麻帆良祭を回ってみた(前編)【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 21:57)
[42] 第40話:麻帆良祭を回ってみた(後編)【改訂版】[カゲロウ](2013/04/06 21:57)
[43] 第41話:夏休み、始まってます【改訂版】[カゲロウ](2013/04/12 20:04)
[44] 第42話:ウェールズにて【改訂版】[カゲロウ](2013/04/12 20:05)
[45] 第43話:始まりの地、オスティア【改訂版】[カゲロウ](2013/04/12 20:05)
[46] 第44話:本番前の下準備は大切だと思う【改訂版】[カゲロウ](2013/04/12 20:06)
[47] 第45話:ラスト・リゾート【改訂版】[カゲロウ](2013/04/12 20:06)
[48] 第46話:アセナ・ウェスペル・テオタナトス・エンテオフュシア【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:20)
[49] 第47話:一時の休息【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:21)
[50] 第48話:メガロメセンブリアは燃えているか?【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:21)
[51] 外伝その3:魔法少女ネギま!? 【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:22)
[52] 第49話:研究学園都市 麻帆良【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:22)
[53] 第50話:風は未来に吹く【改訂版】[カゲロウ](2013/04/21 19:23)
[54] エピローグ:終わりよければ すべてよし[カゲロウ](2013/05/05 23:22)
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[10422] 第50話:風は未来に吹く【改訂版】
Name: カゲロウ◆73a2db64 ID:b259a192 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/04/21 19:23
第50話:風は未来に吹く



Part.00:イントロダクション


 更に時は流れて、今日は2004年7月5日(月)。

 予定意通り、麻帆良は4月に研究学園都市となった。そして、三ヶ月が過ぎた。
 当初は多少の混乱が生じていたが、それも一段落して研究体制は充分に整った。
 と言うか、既に未来から研究データが届いており、テラフォーミングも始まっている。

 この調子でいけば、移住も含めて7年後には すべて終わることだろう。



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Part.01:進捗状況


 唐突だが、火星のテラフォーミングには幾つかの課題があり、その中でも最も大きな課題は『大気』の問題だ。

 大気組成が地球と異なることも大きな問題だが、それ以前に大気が希薄であることが重要な問題である。
 大気が薄いため熱を保持する作用が弱く、それ故に火星の表面温度は最高でも約20度と かなり寒い。
 つまり、火星のテラフォーミングには、大気をある程度 厚くして気温を上昇させる必要があるのだ。

 ここで視点を次の課題に向けよう。次に大きな課題となるのは、恐らく『水』の問題だろう。

 言うまでも無く、水は生命にとって重要な物質である。当然ながら、人間も その例外ではない。
 単純な飲料水だけでなく農業用水としても水は必要であり、水がなければ生活が儘ならない。
 しかも、火星には海が存在しないため、海水から水を得ることもできないので死活問題になり兼ねない。

 とは言え、水の問題は大気の問題と密接に絡んでいる とも言える。

 現在、火星の地下には永久凍土として水が埋もれている という説が有力であり、
 これが溶けて海ができれば、雲ができ雨が降り川も流れ、地球と よく似た惑星となり得る。
 そう、大気の問題が解決できれば副次的な効果として水の問題も解決できるのである。

 では、どうやって大気を厚くするのだろうか?

 その答えは単純で、温室効果のある気体を散布し大気と温度の両方向から攻める科学的な方法と、
 大気の薄さの原因である重力の少なさを重力魔法で根本的に解決する魔法的な方法の合わせ技だ。
 まぁ、科学的な方法も魔法で補強されるので、極論すると魔法で解決することになるのだが。

 さて、大きな二つの課題に目処が立った(ことにした)ところで、残る課題で大きなもの――『暦』を見てみよう。

 そもそも、火星の自転周期は ほぼ24時間であり、地球の自転周期と非常に近い。
 しかも、赤道の傾斜角が地球の傾斜角と近いため、春夏秋冬の四季も存在している。
 だが、公転周期は地球の1.8倍であるため火星基準で暦を作ると地球とズレるのだ。

 人間は水と食料があれば生きていくことはできるが、よりよく生きるには社会を営む必要がある。

 その社会において暦は重要な役割を担っていることは語るまでも無いだろう。
 地球と関わりを持たないのであれば火星基準の暦でも大した問題はないが、
 地球と関わるとしたら地球と暦がズレると円滑に社会が回らなくなるだろう。

 まぁ、火星を基準としたカレンダーと地球を基準としたカレンダーの二つを使うようにすればいいだけだが。

 だが、時間の方は なかなかうまくいかない。先程 火星の自転周期を ほぼ24時間と表記したが、
 正確には24時間39分35.244秒であり、火星でも1日を24時間としたら毎日40分近くズレていくのだ。
 対策としては1日を24時間と40分にして帳尻を合わせる予定ではあるが……少々 強引ではある。

 さすがに自転速度を操作するのは魔法でも科学でも無茶が過ぎるので、一番 面倒な課題かも知れない。

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「と言う訳で、現在は大気を調整している段階です。細かい理論については、研究者に お訊ねください」

 最後は研究者(専門家)に丸投げする形で、アセナは長い説明を締め括る。アセナは理系じゃないので、ツッコまれても対応できないからこその丸投げだ。
 ところで、現状を正確に表現すると、未来から送られて来た研究データ(『重力付加』と『大気生成』の術式)を基に大気を調整している状態になる。
 また、説明が遅れたが、アセナが進捗状況を説明していた相手は、大移住計画促進委員会と言う名称の元老院や帝国やアリアドネーなどの首脳陣である。

「……なるほど。では、大気の調整が終わったら次はどうする予定なのですか?」

 委員の一人がアセナに質問を投げ掛ける。言うまでも無いうが、理論の分野ではないのでアセナに質問したのである。
 と言うか、そもそも委員の大多数も細かい理論を理解する気は無い。要は「移住できるか否か」が知りたいのだ。
 政治家は研究者ではない。狭く深く知るよりも広く浅く知るべきなのだ。まぁ、政治に関する情報は詳細を知るべきだが。

「大気の調整が終わった段階で海も川も出来ている予定ですので、次は森林を作る予定でいます」

 そもそも火星の大気組成は、二酸化炭素が95%を占めており酸素は ほぼゼロに近い。
 言うまでも無く、酸素が無ければ温度の問題がクリアーしても ほとんどの生物は生活できない。
 まぁ、その対策も含めての『大気生成』なので、大気組成は地球に近づいていることだろう。

 だが、いつまでも魔法に頼っていては魔法世界の二の舞(魔力枯渇)となるのは明白だ。

 現状では重力の問題は『重力付加』に頼らざるを得ないが、将来的には科学でも賄う予定でいるし、
 大気の問題は、光合成によって二酸化炭素を酸素にしてくれる森林を用意することで対処する予定だ。
 ちなみに、森林を作る方法だが、現在『別荘』内で育てている『大森林』を植樹する予定である。
 もちろん、エヴァの『別荘』だけで火星全土を賄える訳が無いので、ネギに『別荘』を量産させたうえで だ。

「つまり、その段階まで来れば、最低限の環境は整うことになる訳ですな?」

 先程の委員とは別の委員が質問をして来る。まぁ、形だけの質問で、実際は確認だが。
 ところで、今更と言えば今更だが、魔法世界は火星をベースにした人造異界ではあるが、
 大気組成や重力などの環境は火星よりも地球に近い――いや、むしろ、地球そのものだ。
 火星をベースにはしたが、それは『土台』だけだ。つまり、地形しか似ていないのだ。

「まぁ、建物などを作らないと移住するのは厳しいでしょうが、最低限の生活が可能な環境は整いますね」

 確認されていることがわかっているアセナは、補足説明をしながら鷹揚に頷いて肯定する。
 ちなみに、ネギの村人達を『孤島』と言う自然環境があるだけの空間に放り込んだアセナだが、
 別に、村人達で「この程度の環境なら大丈夫かな?」と実験していた訳ではない。単なる偶然だ。

「では、一番 重要な問題――移住が可能となるまでに必要となる年月は如何程なのでしょうか?」

 そんな事情を知らない委員達はアセナの自信タップリな態度に安心し、今度は「間に合うか否か」を気にする。
 一応、大移住計画を発表した段階で、首脳陣には「10年以内に移住を可能とする」と言うことは伝えてある。
 だが、アセナの説明を聞けば聞くほど「本当に10年以内に移住まで間に合うのか?」と言う気分になったのだろう。

「あくまでも現時点での予測ですが……最低限の環境が整うまでに必要な期間は5年と見ています」

 重力付加は永続的に行う必要があるので術式を刻むことが必須なため、火星全土に刻む関係上 相当な時間が必要になる。
 また、大気生成は大気調整時にしか使わないのでネギ製魔法具だけで充分なのだが、規模が規模なので それなりの時間が掛かる。
 ここから気候が落ち着くまでの時間も欲しいし、比較的 早く終わるだろう植樹も木々が根付くまでの時間も欲しいところだ。

 よって、5年と言う期間を見積もったのだが、裏事情(未来からの援護射撃による研究時間の省略)を知らない委員達にとっては驚異的な速度だ。

「そして、一番の問題である移住までの必要期間ですが……そこから更に1年を見ています。
 建物自体は地球の某国で建造中ですから、環境が整い次第『転移』させていくだけです。
 むしろ、移住そのものに手間取りそうですよ。まぁ、それも1年あれば大丈夫でしょうが」

 しかも、移住も更に1年後には可能だと言うのだ。会場が「そんなに早く!?」とザワつくのも無理は無い。

 ザジ姉の情報では、2003年10月から最短で9年6ヶ月後――つまり、2013年の4月に崩壊する可能性があった。
 しかし、現在の予定では7年後――つまり、2011年の7月には移住も含めてテラフォーミングが終わる予定なのだ。
 もちろん、慎重なアセナが結論付けた試算なので、予め不測の事態も考慮しており時間は多めに取ってある。

「当初の予定では10年と言っていましたが……予定が早まる分には問題ないでしょう?」

 アセナは実に爽やかな笑顔を浮かべて説明を締め括ると、周囲を見回して質問が無いことを確認する。
 そして、にこやかに「では、予算は予定通りに捻出してくださいね?」と付け足して予算会議を終えるのだった。



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Part.02:最近の麻帆良


 研究学園都市としての麻帆良も軌道に乗ったため、段々とアセナは暇になりつつあった。

 先程のような会議も偶にはあるが、それも『スターチェンバー・システム』によって移動時間が限りなくゼロであるため、それほど手間ではない。
 ちなみに、スターチェンバー・システムとは、魔法によって作られた擬似空間(スターチェンバー)に遠隔地から一堂に介する機能のことである。
 人造異界に転移するのと大差はないが、スターチェンバー・システムは予め設定された場所からしかアクセスできない点で大きく異なっている。
 しかも、内側からロックすれば第三者の侵入を ほぼ完璧に防げるのである(バカ魔力を無駄に使って無理矢理 浸入することは可能ではあるが)。

 まぁ、そんなこんなで暇になったアセナがネギやフェイトの相手をさせられることが多くなったのは言うまでも無いだろう。

「ナギさーん♪ 美味しいパスタ屋さんを見付けたんで、ランチにでも一緒に行きませんか?」
「神蔵堂君。そんなことよりも、美味しいコーヒーを出す店を見付けたんだけど、どうかな?」
「……何この灰色、ウザいんだけど? 少しは空気を読んでくれないものかな? 邪魔過ぎ」
「これだから赤髪は困るよ。脳に行くべき血液が毛髪に回ってるから、そんなに赤いのかな?」
「ナニイッテンノ? 毛髪の色と血液が関係している訳ないじゃないか? 常識もないの?」
「やれやれ、皮肉で言ったのにマジレスしてくるとは……こんなに血の巡りが悪いと哀れだねぇ」
「フフフフフ……いいよ? そのケンカ、買ってあげるよ? 灰は灰に還るべきだからねぇ?」
「フン、それはこっちのセリフだよ。負け犬は負け犬らしく、這い蹲って吠えてればいいさ」

 二人の幼女に取り合いをされるリア充は爆発すべきだが、その幼女達がちょっとアレなので同情してもいいかも知れない。

 関係ないが、3月の卒業式を以ってネギの『見習い魔法使い』としての修行は終了しており、今では『一人前の魔法使い』となっている。
 では、何故 麻帆良にいるのか と言うと……修行ではなく業務として魔法具製作の研究をするためにいるのである(少なくとも表向きは)。
 また、フェイトも研究者として麻帆良にいる。原作でリライトの儀式を執り行っていたように大規模な儀式魔法の担い手として優秀だからだ。

「あらあら、まぁまぁ。二人には困ったものねぇ。ケンカするほど仲がいいんでしょうけど、周囲に被害を出さないで欲しいわ」

 そろそろ口喧嘩から武力衝突に移りそうな二人を嘆息交じりに見遣りながら、アセナが「そろそろ止めよう」と重い口を開こうとした瞬間、
 まるで見計らったかのようなタイミングでネカネが入室して来た(まぁ、見計らった『かのよう』ではなく、実際に見計らって入室したのだが)。
 ちなみに、言うまでなく、当然のようにノックはされていない。いつものことなので、今となってはアセナには「最早 気にするだけ無駄」だが。

 ところで、ウェールズにいる筈のネカネが麻帆良にいることに疑問を持たれるかも知れないが、実は それなりの理由がある。

 いや、「それなり」と言う表現は正しくないだろう。むしろ、「それでいいのか?」と言った方がシックリ来るくらいの理由だ。
 と言うのも、ネカネは「ネギの面倒をみる」と言う理由だけで麻帆良にいるからである。どう考えても大した理由ではない。
 放って置くと何をするかわからないネギにはストッパーが必要なので、アセナとしてはネカネの存在は有り難いことは有り難いが。

 まぁ、偶にネギを焚き付けているようにしか見えない時もあるので、プラマイゼロ(どころかマイナス)な気がしないでもないのは ここだけの秘密だが。

「って言うか、瀬流彦先生の貯蓄がゼロになった段階で(初めてラブホに行って)男だとバラすとか……貴方は鬼ですか?」
「あらあら、まぁまぁ。そうは仰いますけど、男だと認識したうえで求められたなら、その時は応じるつもりでしたわよ?」
「それはそれで微妙な気分はしますが……まぁ、一部には需要がありそうなので、ここはノーコメントにして置きます」
「あらあら、まぁまぁ。しかし、真相を知っていながら瀬流彦さんに何も伝えていなかった段階で神蔵堂さんも同罪ですよ?」
「い、いえ、別に『面白うそうだから』黙っていた訳じゃなく、他人が首を突っ込むべきではないと思ったんですよ?」
「あらあら、まぁまぁ、ウフフフ……貴方が そう仰るのでしたら、この場は そう言うことにして置いて、追求は止めましょう」

 言うまでも無いだろうが、例の如くネカネは男を騙して貢がせており、その犠牲者に瀬流彦もランクインしたらしい。

 ところで、口を開いていないので まったく目立っていないが、実はネカネと共にアーニャも入室している。
 アーニャは(ネカネと違って)「炎系魔法を火力発電に利用するための研究」と言う名目で麻帆良にいるのだが、
 研究に貢献できている訳ではないので(ネカネと同様に)ネギのストッパーとしての役割の方が強いらしい。

 ……何気なく流したが、麻帆良では「炎系魔法を応用して火力発電を行う研究」もされている。

 電気は雷系魔法で得られるが、それだけで充分な量を安定して供給できる訳ではないため、
 魔法で電気が供給されるようになったとしても即座に従来の発電方法が廃れることはないだろう。
 もちろん、それには安定供給の問題だけでなく、経済の問題が少なからず関係している。
 産油国は(火力発電に必要な石油の元となる)原油を輸出することで経済が成り立っているし、
 油田開発に莫大な資金を投資している投資家(と言う名の経済界の重鎮達)も多数いるため、
 さすがに「火力発電はやめるんで、そんなに原油は掘らなくていいです」なんて言えないのだ。
 以上の様な事情から、仮に研究の末に魔法で電気を安定供給できるようになったとしても、
 しばらくの間は「魔法による発電」と「科学による発電」を併用せざるを得ないのが現状なのだ。

 つまり、アーニャが研究に貢献していなくても、実は大した問題ではないのだ。

「……あによ? 何か文句でもある訳?」
「いや、キミは そのままでいいと思うよ?」
「何か そこはかとなくバカにされた気がするわ」
「いやいや、そんなつもりは全然ないよ」

 アセナに対して辛辣な物言いをするアーニャだが、ネカネ以上にネギを止めてくれるアーニャは非常に有り難い。

 まぁ、ネギを止めているのは「ネギをアセナの毒牙に掛けさせないため」であることはわかっているが、
 暴走気味なネギを止めてくれていることは変わりないためアセナはアーニャに密かに感謝している。
 だから、多少アーニャからの扱いが悪くてもアセナは特に気にしない。アーニャは そのままでいいのだ。

 さすがに公式の場で暴言を吐かれたら困るが、それなりにTPOはわきまえているので その点も問題ないし。

 ところで、今更だが、今 彼等がいるのは学園エリアと研究エリアの中間に建てられた管理棟にあるアセナの執務室である。
 と言うのも、現在のアセナの立場はクルト(麻帆良特別自治区長)の私設秘書であるため、執務室を所有しているのだ。
 もちろん、アセナは学校には通っていない。中学は どうにか卒業したが、高校に行っている時間は無いのでパスしたのだ。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「……やれやれ、ここは いつも騒がしいな」

 エヴァがウンザリと言った態度で入室して来る。ちなみに、影のゲートを使った『転移』で、である。
 言うまでも無いが、アセナの執務室には侵入者対策のために強固な『転移妨害』が施されている。
 だが、警備上の問題(緊急時の対応など)でエヴァの『転移』は妨害されないようになっているだけだ。
 まぁ、一度も警備上の問題で『転移』して来たことはないが(すべて私用である、しかも連絡なしの)。

「それはそうと、エヴァはいい加減に働いたら? やって欲しい研究が腐る程あるんだけど?」

 実は『登校地獄』が解けたことで登校が不要になったエヴァは中学を無事に卒業でき、卒業後はニートになっていた。
 いや、一応は関東魔法協会の『相談役』と言うポジションに就いてはいるのだが……実質的にニートと変わらないのだ。
 そして、ニート生活は暇なのか、いまだに47話で回想した例のネタを使って、いろいろと『おねだり』していたりする。
 まぁ、『おねだり』とは言っても「ちょっと買い物に付き合え」くらいの軽い要望でしかしないので可愛いものだが。
 基本的に支払いはエヴァなので、遠回しに奢りを強制して来る木乃香とかよりはマシなのだ(木乃香とかが酷いだけ?)。

「まぁ、確かに このままダラダラしているのはよくないな……」

 エヴァも思うところがあるのか、思案するかの様に言葉を区切る。だが、すぐさま「だが断る (キリッ 」と前言を撤回する。
 しかも、「何故なら、働いたら負けかな と思ってるからだ!!」と無い胸を張って とんでもない理由を豪語して来る始末だ。
 アセナが「いや、(キリッ じゃないから。って言うか、そんなことを豪語すんな!!」とツッコんだのは言うまでもないだろう。

 ちなみに、エヴァに同行して来た茶々丸が そんなエヴァの姿を保存するのに一生懸命であることも言うまでもないだろう。

 ……………………………………
 ………………………………………………
 …………………………………………………………

「そう言えば、昼はどうするんだ? 小娘達と摂るのか?」

 働け働かない と言う不毛な争いに伝家の宝刀(「思い出すぞ?」)で勝利したエヴァは、チラリと部屋の片隅に視線を送る。
 アセナの執務室は騒動が起こりやすいので、それなりの強度がある。だが、さすがにチート幼女二人の戦闘には耐えられない。
 そのため、ネギとフェイトは部屋に常備してある『孤島』に放り込んでいる。今頃、ドローと言う決着に落ち着いているだろう。

 ちなみに、ネカネもアーニャも観戦(と言う名のヒートアップし過ぎた場合のストッパー)のために『孤島』に移っている。

「いや、先約があるから、そっちと摂るよ」
「ほほぉう? 近衛 木乃香と桜咲 刹那か?」
「いや、そうじゃないから、相手は男だから」

 だから不機嫌になるな と暗に伝えるアセナ。ちなみに、ブラフではない。ランチは瀬流彦と摂る予定なのだ。

 ところで、エヴァの言葉に出て来た木乃香・刹那だが、中学を卒業した後は麻帆良学園高等部に進学している。
 刹那の成績を考えると留年の心配が僅かにあるが、それを危惧した木乃香による個人レッスンで回避できそうだ。
 まぁ、言うまでもないだろうが、個人レッスンと言う響きに少し期待したくなるが、それは ただの幻想である。

 具体的に言うと、勉強後の刹那が某パンチドランカーのように真っ白に燃え尽きたくらいにスパルタな個人レッスンなのだ。

「せっちゃんと一緒に卒業したいから、ウチは心を鬼にして教えとるんやえ?」
「そう言いつつも楽しそうにスパルタするのが、このちゃんのクオリティだよねぇ」
「まぁ、せっちゃんとしては なぎやんに教わりたかったんやろうけどな?」
「そうなの、せっちゃん? それなら『別荘』でカンヅメするのも辞さないよ?」
「いえ、辞してください。いや、本当に。那岐さんのスパルタはマジ勘弁です」
「あれ? オレって このちゃん以上にスパルタなの? オレの方が緩くない?」
「那岐さんは数字と言う呪文を駆使するので私の脳味噌がパーンしちゃいます……」
「いや、微妙に意味がわからないけど……まぁ、言いたいことはわかったよ、うん」

 どうやら刹那は未だにアセナから受けたトラウマ(5話参照)が抜けないようであった。

 単純な厳しさで言えば木乃香の方が上っぽいが、内容のツラさが加味されてアセナに軍配が上がったようだ。
 まぁ、それだけ刹那が数学を苦手としており、アセナの教え方が『できる者』の教え方だったのだろう。
 よく言われるように、数学が『できる者』には数学が『できない者』の気持ちが理解できないのである。
 むしろ「何で わからないのかがわからない」と言うレベルであることが多いくらいだ。現実は無情なのだ。

 さて、これは完全な余談となるが……トラウマついでにアセナと詠春とのOHANASHIについても語って置こう。

「那岐君――いや、アセナ君と呼ぶべきかな? まぁ、とにかく……ちょっとばかり『剣の錆』にならないかい?」
「本っ当に すみませんでしたぁああ!! って言うか、錆自体は ちょっとでもオレの被害って甚大じゃないですか!?」
「ハッハッハッハッハ……謝って済むなら、この世界から戦争はなくなるんだよ? だから、神妙にしようね?」
「笑顔が怖い!! しかも、錆云々は鮮やかにスルーしてるし!! このちゃんの父親であることがよくわかる反応だ!!」
「…………まぁ、冗談はこのくらいにして、事情は木乃香から聞いていますので、今回『だけ』は見逃しましょう」

 つまり、次はない と言うことだ。と言うか、目がマジだ。あきらかに、ヤると言ったらヤる凄みがある目だ。

「で、でも、政治的な都合で今後も第三婦人とか第四婦人とかが増える可能性が大いにあるんですけど?」
「……アセナ君、勘違いしてはいけませんよ? 私が問題にしているのは、何の断りも無かったことです」
「な、なるほど。と言うか、今回の件はオレ自身も何も聞いてないうちに決まっていたんですけど?」
「ですから、今回だけは許す と言ったんですよ。もう大丈夫でしょうが、今後は気を付けてくださいね?」
「はい、謹んで気を付けますです。と言うか、冗談抜きで、腹心に裏切られるのは もう懲り懲りですよ」

 現在、第一婦人はテオドラで第二夫人が木乃香となることは確定している と言ってもいい状態だ。

 言うまでも無く、テオドラは帝国との繋がりを、木乃香は関西呪術協会との繋がりを強固にする。
 だが、裏を返せば、アリアドネーやメガロメセンブリアとの繋がりは薄くなる とも言えるため、
 今後はアリアドネーやメガロメセンブリアが婚姻関係を捻じ込んで来る可能性もゼロではない。
 中立を尊び研究に喜びを見出すアリアドネーとて立場が弱くなることを危惧しない訳ではないし、
 アリアドネーが動いたらメガロメセンブリアも動く――ネギを自陣に組み込んで祭り上げてくるだろう。
 政治とは そう言うものだし、政治を考えない者ばかりでは国家や組織は運営できないのが現実だ。

 46話でエミリィをセラスが紹介して来たことを考えると、何故か詰んでいる気がしてならないアセナだった。



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Part.03:魔法関係者達の今


「ああ、そう言えば……ネカネさんの話では、男だと認識したうえで求めるなら応じるつもりだったらしいですよ?」

 エヴァとの話を適当なところで切り上げたアセナは、瀬流彦の執務室にてランチを摂りつつ瀬流彦を慰めていた。
 関東魔法協会の理事となった瀬流彦も管理棟内に執務室を与えられているのだ(立場上、アセナより規模は劣るが)。
 それなのにアセナが瀬流彦の執務室に足を運ぶ形となったのは、瀬流彦とネカネのエンカウトを避けたからである。
 ネカネに騙されて女性不信(ネカネは女性ではないが)に陥った瀬流彦を慰めるためのランチなのだから当然だろう。
 ちなみに、ランチの内容だが、管理棟の職員が愛用している仕出し弁当(味噌汁付きの500円の日替わり弁当)である。

「これは私見ですけど……ネカネさんはバイセクシャルを公言していますが、それはポーズで実際は男性が好きなんだと思います」

 ネカネの天然を装った人工ボケなキャラで誤魔化されていたが、趣味で女装している と言うのも妙な話だ。
 いや、容姿で男を騙して貢がせるため とか、可愛い女の子に警戒されずに近付けるため とか言われれば、
 まぁ、それはそれで意味があるので諦観に近い納得はできるのだが……それでも、妙な違和感が残るのだ。

 まるで、実は男だと理解されたうえで女性として男性に愛されたい と無言で主張しているように感じるのである。

 魔法を使えば性別を変えることはできる。だが、性別を変えたことを隠したままでいるのは何かが違う気がする。
 だから、ネカネは気に入った男には自身が男であることをバラす。そのうえで愛してくれ と無言で訴えている。
 いろいろと余裕の出て来たアセナには そう思えてならないし、最近のネカネが少し寂しそうに見えて仕方ない。

 それ故に、御節介だと思いつつもアセナは瀬流彦の背中を押すことを躊躇しない。

「ネカネさんを男性だと理解したうえで、ネカネさんを女性として愛せるなら……二人は幸せになれると思いますよ?
 って言うか、瀬流彦先生がネカネさんに好意を寄せたのは女性だからですか? それとも、ネカネさんだからですか?
 そりゃあ外見はそれなりに大切だと思いますよ? ですが、最終的に大切なものって中身の方なんじゃないですか?」

 アセナは自身でも「オレって何様だろう?」とは思うが、それでも畳み掛けるように言葉を連ねた。

「……そうだね、言われてみれば その通りだ。最初は外見に釣られたけど、最終的には中身に惚れ込んでいたんだった。
 考えてみれば、今まで付き合った女性は それなりにいたけど『一生を共に歩みたい』って思えたのは『彼女』だけだし。
 それに、あの時 彼女は震えていた。きっと、拒絶を恐れながらもボクなら受け入れると信じてくれてたんだろうね……」

 瀬流彦は独白しながら「ああ、ボクは大バカだ。彼女の表面しか見えていなかった」と己の至らなさに気が付く。

「オレが言えた立場ではないとは思います。ですが……嘆いていても過去は変えられません」
「まぁ、そうだね。変えられるのは未来で、未来を変える行動を起こせるのは現在だけだね」
「人間ですから、頭ではわかっていても行動に移せないこともあると思います。ですが――」
「――いや、皆まで言わなくてもいいよ。それでも、やらなきゃいけないことってあるよね?」

 人間は完璧ではない。だからこそ、多くの人間が誰かの助けを必要としているのだ。

「うん、決めた。もう手遅れかも知れないけど、彼女と話してみるよ」
「じゃあ、仕事はオレが代わりに進めて置きますので安心してください」
「ん? つまり、それは『今 直ぐに行って来い』ってことかな?」
「と言うか、そんな精神状態では仕事どころではないでしょう?」
「いや、まぁ、そう言われちゃうと何も言い返せないんだけど……」
「それに、善は急げ とか、思い立ったが吉日 とか言いますしねぇ」
「……そうだね。せっかくだから、ここは厚意に甘えて置こうかな?」

 瀬流彦の中で答えは既に出ていたのだろう。大して迷うことなく瀬流彦は答えを決めた。

 瀬流彦は軽く居住まいを正して席を立つと「ありがとう、神蔵堂君……」と言う言葉を残して、己の執務室を後にする。
 そんな瀬流彦の背中に(聞こえているかはわからないが)、アセナは「いえいえ、あやかの件の御礼ですよ」とだけ告げる。
 そして、扉が閉まったのを確認すると「とりあえず、大量に性別詐称薬を用意して置こう」とネギに連絡を入れるのだった。

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「なるほど。そう言った手口で瀬流彦を衆道に落とした と言うことか……」

 瀬流彦を送り出してから数時間後、アセナは報告と言う名の暇潰しに来た神多羅木を捕まえて仕事を手伝わせていた。
 そして、小休止のコーヒータイムの時に瀬流彦の代行をしている理由を説明したら、何故か謂れの無い評価を受けたのだった。
 いや、まぁ、完全に謂れがない訳ではないのだが、アセナとしては二人の幸せのためにやったので悪意などなかったのである。

「いえ、オレは普通に応援したんですよ? その証拠に性別詐称薬も大量に用意しましたし」

 結論から言うと……瀬流彦とネカネは見事に結ばれた。しかし、ネカネは女装したままで性別詐称薬で女性化した訳ではない。
 と言うか、ネカネは女性として男性に愛されたい訳ではなく、女性『役』として男性に愛されたいようだったのである。
 つまり、まぁ、『そう言うこと』だ。思わずアセナが「てへ♪ やっちゃった♪」と自虐に走ったのは言うまでも無いだろう。

 ところで、今更だが……瀬流彦は教師を辞め、理事に専念している(アセナが瀬流彦を先生と呼ぶのは癖のようなものだ)。

 そして、神多羅木も瀬流彦と同様に教師は辞めており、現在は魔法使いの仕事(麻帆良にいる魔法使い達の管理)に専念している。
 と言うか、教師と魔法使いの『二足の草鞋』のままだったら、いくら暇そうであっても仕事を手伝わせたりはしない。
 神多羅木に いろいろと思うところのあるアセナだが、それでも忙しい相手を扱き使うような真似はしないのがアセナなのである。

 ちなみに、瀬流彦が理事になったことの感想が「これで間接的に権力を使えるな」だった辺り、実に神多羅木らしいだろう。

「まぁ、傍目から見れば普通のカップルだから、特に問題は無いがな」
「そうですね。しかも、アレはアレで幸せそうですだし、大丈夫でしょう」
「そうだな。大事なのは本人達だな。外野が とやかく言うことじゃない」
「それに、今の麻帆良では同性同士の婚姻も可能になってますからねぇ」
「って言うか、間違った方向にしか権力を使わないのが お前だよなぁ」

 麻帆良はアジールなので、独自の法律が持てる。その中には「両者の合意さえあれば婚姻は誰とでも結べる」と言う法律もあるのだ。

 別に同性同士の結婚を積極的に認めている訳ではないが、かと言って否定的な立場を取っている訳でもない。
 それに、両者の合意さえあれば既に配偶者のある者であっても婚姻が可能である とも解釈ができるため、
 イスラーム法の一夫多妻制(夫1人につき妻は4人まで)よりも広い範囲で重婚が可能となってしまうのだ。
 アセナの事情を知る者からすると職権乱用だが、あくまでも「様々な種族の風習に配慮した結果」らしい。

「まぁ、神蔵堂君は神蔵堂君、と言うことですね」

 二人の遣り取りを傍観していた刀子がポツリと漏らす。実は、仕事を早く終わらせたるために神多羅木が刀子も巻き込んだのである。
 ちなみに、刀子も教師は辞めており、現在は魔法使いとしての仕事(と言うか、分類的には剣士とか退魔士なのだが)しかしていない。
 どうでもいいが、刀子は無事に再婚したらしい。魔法公開によって一般人の彼氏にも魔法関係を明かせることになったのが大きかったそうだ。
 やはり、両者の間に「話せない事情(しかも頻繁に姿を暗ます必要がある)」があるのと無いのとでは親密度に雲泥の差があるようだ。

「まぁまぁ、御二人とも……久し振りに顔を合わせたんですから、神蔵堂君の腹黒さは忘れて置きましょうよ」

 容赦の無い二人を宥めるように(だが、それでいて傷を抉るように)口を挟んだのは弐集院である。
 まぁ、言うまでもないだろうが、弐集院が この場にいるのも やはり神多羅木に巻き込まれたからだ。
 ちなみに、弐集院も教師を辞めて魔法使いの仕事(と言うか、魔法分野の研究者)に専念している。

 もともと電子精霊と言う「魔法と科学の融合物」を扱っていたので、研究者は弐集院の天職とも言える状況らしい。

 これは余談となるが……弐集院が担当しているフカヒレと宮元なのだが、実は高校に通いながら弐集院の研究を手伝っている。
 何でも「モニターの中に引き篭もっている嫁を解放してみせる!!」と明らかに間違った方向で研究意欲を燃やしているらしい。
 それを聞いたアセナが「是非とも頑張ってくれ」と軌道修正することなく むしろ研究を応援しているのは言うまでもないだろう。

 ところで、余談ついでに他の魔法関係者についても触れて置こう。

 ガンドルフィーニも教師としての顔は捨て、魔法使いの仕事(主に対魔法使いの警備員)に専念している。
 そして、その担当である高音・愛衣だが、高校・中学にそれぞれ通いながら警備の仕事を手伝っている状態だ。
 まぁ、高音・愛衣は今までと大差無いが、元々 実地訓練のためにやっていたので変わらなくて当然とも言える。

 さて、気になるシャークティだが……実は麻帆良教会のシスターとして励んでいる。理由はセセ――いや、察して欲しい。

 で、彼女の担当である美空だが、元々ヤル気がないため学生をメインに置いており、魔法使いの修行は偶にしかしていない。
 当然、シャークティは そんな美空に不満はあるが、自分も魔法使いの方を疎かにしているので、何も文句は言えないらしい。
 まぁ、ココネがマジメに学生と見習い魔法使いを両立させているので、美空については我慢して置くべきかも知れない。
 いつかは美空も本気を出す時が来る筈なので、今は見守るべきだ。それが いつになるか はわからないが、必ず来るに違いない。

「…………しかし、こうして お世話になった先生方を見ていると、修学旅行のことを思い出しますねぇ」

 弐集院の言葉を軽くスルーして軽く意識を飛ばしていたアセナだったが、ふと思い出した様に呟く。
 思えば、こうして魔法先生達が一堂に会しているのを見るのは、中学の卒業式 以来かも知れない。
 教師を辞めたとは言え魔法関係者としては働いているので一人ずつならば遭遇率は割と高いのだが、
 いろいろと多忙を極めていたアセナが『三人を同時に』見るのは、極めて低い確率になるのである。

 まぁ、本来なら ここに瀬流彦も加えるべきなのだが、瀬流彦とは頻繁に会っているので今回は除外してもいいだろう。

「そうだな――と言いたいが、西とのイザコザで奔走したこと と お前のダミーが暴走したこと しか覚えていないな」
「そうですか。人がセンチメンタルな気分になっていたところを台無しにしていただき、本当に ありがとうございます」
「別に礼には及ばんよ。と言うか、礼を言うくらいなら謝礼を寄越せ。具体的には管理費に予算を増やすような感じで」
「皮肉で言ったことを理解したうえで謝礼を要求してくる厚かましさには脱帽です。思わず髭を剃りたくなるくらいですよ」
「その時が お前の頭髪の命日だぞ、と言って置こう。もちろん、バリカンで刈る温情などやらず、素手で毟るからな?」
「こっちは『剃る』のに『毟る』と言うカウンターをしちゃう神多羅木先生には過剰防衛と言う言葉を教えてあげたいですね」
「過剰防衛? 何を言っているんだ、お前は? オレが行うのは『バカへの仕置き』であり、言わば『指導』だぞ?」
「指導って……未だに教師のつもりですか? って言うか、それは制裁の域に達してるので、教師でも不味いですよ?」
「敢えて言うならば、教師じゃなくなったからこそPTAとか教育委員会とかを気にせずにいろいろできる、と言うことだな」
「なるほど、一理ありますね――って、ねーよ。教師でもないのに指導とかしたら、傷害罪とかになっちゃいますからね?」
「まだまだ甘いな、神蔵堂。そう言う時のための権力だろうが? 昔から面倒事は権力で揉み消すのが世の常だろう?」
「いえ、普通に違いますから。偶には そう言う場合もありますけど、基本的には権力は公明正大に使われるべきですから」

 まぁ、神多羅木とアセナがいる時点で湿っぽい話になる訳がないのは自明の理だろう。

 それでも、修学旅行は いろいろな方面で大きな転換となったため、アセナにとっては いい思い出であることは変わらない。
 修学旅行があったからこそアセナは魔法を真剣に考えるようになったし、木乃香と婚約を正式に結ぶことになった。
 また、赤道や瀬流彦と協力関係を結ぶようにもなったし、己の出自や失われた記憶を知る切欠にもなったのも確かだ。

 そして何よりも、超と手を結ぶ発端となったことが印象的だった。何故なら、その御蔭で超と学園祭で争わずに済んだのだから……

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「…………もう、行くのかい?」

 時は遡って、6月20日(日)。研究学園都市となっても麻帆良祭が行われ、その最終日。
 その日、超 鈴音は現代を去った。いや、正確には「現代から消え去った」と言うべきだろう。
 外伝その3で語られたように『歴史』通りにならなければ超と言う存在は生まれないからだ。

 そう、つまりは『歴史』になる可能性が完全になくなった、と言うことなのだろう。

「……そのつもりサ。どうやら私の本願は果たせタようだからネ。しかし、何故『わかタ』のカネ?」
「何となくさ。何となく、一人で行くつもりなんじゃかなって思ってたから、それとなく見張ってただけさ」
「ふぅん、そうカネ。いやはや、実にキミらしいネェ。特に、サラッとストーカー発言スルところとか、ネ」
「ん? ああ、なるほど。確かに『見張ってた』なんて言ったら、ストーカーと呼ばれても否定できないねぇ」
「動じないネェ。ところで話は戻ルが、私が一人で消えルつもりなのがわかってイルのに、何故に来タのカネ?」
「それはストーカーだからさ――ってのは冗談で、邪魔なら帰るけど……やっぱり、一人だと寂しいだろ?」
「…………そう、だネ。別れは苦手だから一人で逝クつもりだタ ガ、確かに一人は寂しいネ。否定できないヨ」

 紹介が遅れたが、ここは世界樹の地下にある祭壇だ。別に何処でもよかったのだが、超が誰にも見えないところを選んだ結果だ。

 そう、当初の予定では、超はアセナにも『消える姿』を見せるつもりは無かった。一人で消えるつもりだったのだ。
 だが、アセナは超のスパイロボを逆に利用して超を見張っていた。超一人で逝かせる気などアセナにはなかったのである。
 それはアセナの一方的なエゴだ。だが、超はアセナの見送りを拒まなかった。それは逆説的に肯定している証左だろう。

 ……超は未来を変えるために すべてを捨てて来た。そんな超が未来を見届けずに消えるのだから、その胸中は筆舌に尽くし難い。

 原作のように「未来を託すだけ」よりはマシだろうが、それでも自分の成し遂げた結果を見られずに消えるのは つらいことだろう。
 未来を変えれば――悲劇の回避に成功すれば、悲劇の産物である超は「変わった未来」を見届ける前に消えることはわかっていた。
 超はそれを承知の上で未来を変えるために来た。そして、それがわかっているからこそ、アセナは超を一人で逝かせたくなかったのだ。

 キミの御蔭で未来は大きく変わった、だから胸を張って逝くといい。そう言った意味を込めて、アセナは「何か伝言はないかな?」と訊ねる。

「じゃあ、ハカセに『未来技術や実験データの取り扱いは打ち合わせ通りにシテくれ』と伝えテくれないカナ?
 あと、サツキには『超包子のことを頼ム』と、そして、古には『また手合わせシヨウ』と、それぞれ伝えテ欲しイ。
 最後に、茶々丸と茶々緒に『お前達は既に自立した個体ダ、だから自分達の好きに生きればイイ』と伝えテくれ」

「……随分 多いね。でも、わかったよ。ちゃんと皆に伝えて置く」

 それは『遺言』ではない。あくまでも『伝言』だ。超は現世から消えるが、それで死ぬとは限らないからだ。
 本当に人が死ぬ時とは人に忘れられた時なのだから、超の意思が受け継がれる限り超は死なない。その筈だ。
 それ故に、アセナは『遺言』と言う表現は取らずに『伝言』と言う表現を取った。それがアセナの気遣いなのだ。

「そうカ。じゃあ、後は頼んだヨ、神蔵堂クン……」

 それに気付いていたのか、超は薄っすらと微笑みながら光の粒となって消えていく。
 そして、消えいく最後の最後、超は声に出さず「ありがとう」と言っていたように見えた。

 それはアセナの気のせいだったのか? それとも…………?

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(……まさか『こんなこと』になるとはネェ。さすがの私でも想定外だたヨ)

 舞台は変わって、とある時間軸の とある場所にて。超 鈴音は想定外の事態に茫然自失としていた。
 消えたと思ったのに消えいなかった と言うことも想定外と言えば想定外だが、原因はそれではない。
 過去(物語の現在)から現在(物語の未来)に戻されたことでもない。もっと別の事態が起こっていた。

(『黄昏の御子』としての記憶が戻った時の御先祖も『こんな感じ』だったのカナ?)

 そう、超が現在に戻った瞬間に、超の中で『もう一人の自分として』の記憶が『復活』したのだ。
 その記憶では、超は『リン・スプリングフィールド』であり、殺戮人形ではない ただの女の子である。
 アセナとネギの曾孫に当たり、魔法の才能は芳しくないが研究分野の才能に秀でている らしい。
 歴史が変わったことにより、超の存在が塗り変わったのか? それとも、元々『こう』だったのか?
 その答えは超には わからない。と言うか、そう言ったことに気を回せるほど今の超に余裕はない。

(『超 鈴音としての私』と『リン・スプリングフィールドとしての私』が交差して、記憶が錯綜しているヨ……)

 かつてのアセナが そうだったように、彼女の中でも二つの自分が鬩ぎ合っており、ともすると自分を見失いそうになっている。
 いや、正確に言うと『超 鈴音としての記憶』が『リン・スプリングフィールとしての記憶』に塗り潰されそうなのだ。
 殺戮人形である錫をベースにした超 鈴音よりも、幸せに生きたリン・スプリングフィールドでありたい と思ってしまったのだ。

 凄惨な記憶など捨て去り、このまま幸せな記憶に包まれたい……

 彼女が そう思ってしまうことを、一体 誰が責められるだろうか? 当然ながら、誰も責めることなどできやしない。
 人は安きに流れる。それは人の――いや、生物の性分だ。聖人君子でもない限り、人間は甘美な誘惑に勝てない。
 そして、彼女は聖人君子などではない。普通の人間だ。殺戮人形として生を受けたが、その精神は普通の人間なのだ。

(――だが、こんなことで折れるくらいなら、最初から悲劇を変えようなんてしなかったサ)

 しかし、彼女には『意地』があった。すべてを捨てて過去に遡り、その命を賭けて歴史の改変を志した『誇り』があったのだ。
 それ故に、彼女は『超 鈴音としての自分』を中心に置き、『リン・スプリングフィールドとしての自分』を傍らに置く。
 後から超 鈴音が割り込む形になったので少しリン・スプリングフィールドには悪いことをしたが、そこは割り切るしかない。

(それに、考えてみれば、超 鈴音がいなけれバ歴史が成り立たないしネ)

 確かに、殺戮人形である錫と言う存在が生まれないことは喜ぶべきことだろう。それは否定しない。
 だが、錫の記憶が――正確には、悲劇的な歴史に関する情報がなければ、彼女は過去に行かない。
 彼女が過去に行かなければ、超 鈴音と言う存在は過去に存在しなくなり、茶々丸も生まれない。
 そして、茶々丸が生まれなければ那岐が溺れることはなく、那岐は那岐のままでナギにはならない。
 そうなれば、外伝その3の通りに物事は進んでいき、ネギが暴走して悲劇を引き起こすことだろう。
 それでは意味がない。せっかく過去を変えたのに、これでは元に戻ってしまう。まさに徒労である。

(……さて、そうとなれば、アンニュイな気分に浸るのはやめて、為すべきことを為さなくてはならないネ)

 超 鈴音が過去に介入しなければ現在が崩れる。言い換えると、超 鈴音を過去に介入させなくてはならないのだ。
 それには3年前――過去に飛び立った時期の彼女へ『カシオペア』と『錫としての半生の書』を送る必要がある。
 もちろん「このまま何もしなければ、歴史が『こんなもの』になってしまうヨ?」と言うメッセージも忘れない。
 彼女ならば(たとえリン・スプリングフィールドであっても)それらを受け取っただけで超が思い描く行動を取るだろう。

 すなわち、錫の記憶を自分にインストールしたうえでプロテクトを掛けて(ついでにリンの記憶を封印して)過去に飛ぶ筈だ。

(そうすれば、超 鈴音が歴史に登場スルだろう。そして、過去を変えてヤルと意気込んで、奔走スルだろう。
 その過程で茶々丸を作り、茶々丸が原因で『神蔵堂 那岐』は『神蔵堂ナギ』になり、悲劇は回避されルのだろう。
 随分と他力本願ダガ……人が一人でできることなど高が知れてイルからネ、むしろ 誰かを頼ルべきなのサ)

 そう結論付けた超は会心の笑みを浮かべる。その笑みには、苦しみや悔しさなど何処にも見当たらなかった。

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「…………どうした、神蔵堂?」

 珍しく(本当に珍しく)神多羅木が気遣わしげに訊ねて来る。
 余程アセナが「心ここにあらず」と言う顔をしていたのだろう。

「何でもありませんよ。ええ、何でもありません……」

 アセナは薄く微笑みながら応える。それは、心配ないと言うアピールであり、深く触れることを拒むサインだ。
 それがわかった神多羅木は「そうか」とだけ答え、深くは詮索しない。今は、それが何よりも有り難い。
 アセナ自身は超が消えたことを割り切ったつもりでいたが、どうやら まだまだ割り切れていないようだ。

 ちなみに、対外的には超は帰国したことになっており、超が未来から来たことを知る者には未来に帰ったことになっている。

 葉加瀬やエヴァ辺りは真相に気付いている節はあるが、誰もアセナに確認はしない。いや、正確には確認をさせないのだ。
 超が一人で消えようとしたのは誰にも消失を悟らせないためだったのだから、誰かに事実を確認させる訳にはいかない。
 そう、超の消失を『知っている』のはアセナだけだ。誰も真実を知らないし、今後もアセナ以外が『知る』ことは無いだろう。
 そして、その超が実は消えてなどおらず、リン・スプリングフィールドとして未来で生きていることなどアセナも知らない。

「……ところで、お前の方は どうなんだ? 確か、皇女様とも婚約したんだよな?」

 少し重くなった空気を変えるためか、神多羅木 はあからさまに話題を変える。
 ちなみに「お前の方は」と訊いているのは、瀬流彦と対比しているのだろう。
 対比していいものかどうか怪しいが、まぁ、結婚と言うカテゴリーでは一緒だ。

「まぁ、順調ですね。ちょっとばかり日本に毒されて来てますが、順調ですよ」

 49話でも軽く触れたが、テオドラは麻帆良に住んでいる。もっと詳しく言うと、アセナと一緒に住んでいる。
 いや、別にキャッキャウフフな意味ではない。どちらかと言うと、アセナがストレスで死にそうな感じだ。
 と言うのも、アセナと住んでいるのはテオドラだけでなく、ネギ・ネカネ・アーニャ・茶々緒も一緒だからだ。
 しかも、ほぼ毎日エヴァ・茶々丸が泊まっていくし、週末は木乃香・刹那・のどか・夕映も泊まっていく始末だ。
 ちなみに、住居は『孤島』と同様の『ダイオラマ魔法球』で『邸宅』と言うものをアセナの執務室に常備してある。

 ところで、アセナの言葉からわかるかも知れないが、実を言うとテオドラはすっかり日本のサブカルチャーにハマっている。

「のぅ、アセナよ。このゲーム、どうしてもCG達成率が100%にならんのじゃが?」
「ん? ああ、それね。それは琴葉さんのバッドエンドも通れば100%になるよ」
「ほほぉう? 噂の『ヤンデレ女に後ろから刺されて死ぬエンド』じゃな?」
「はいはい、オレに その心配はないから、意味ありげにオレを見ないでね~~」
「……確か、フラグ建築士じゃったか? もう少し御主は自重すべきじゃと思うぞ?」
「大丈夫さ。フラグが立ったとしても回収する前にブチ壊せばいいんだからね」
「いや、御主は『壊そう思って行動した結果、何故か回収してしまうタイプ』じゃろ?」
「ハッハッハッハッハ!! 死亡フラグはブチ壊している筈だから、イイジャナイカ」
「まぁ、御主がよいならよいのじゃが……痴情の縺れで未亡人になるのはイヤじゃぞ?」
「オレだってイヤだよ。って言うか、そうならないためのハーレムエンドなんだけど?」
「またメタな発言をしおって……これだから自重すべきじゃ と言うておるんじゃぞ?」
「ちなみに、メタ発言って言うツッコミそのものも充分にメタだと思うのはオレだけかな?」
「た、確かにそうじゃな。じゃが、何故か御主に指摘されると妙にイラッと来るのぅ」
「きっと それがオレの人徳なんだろうね。もちろん、マイナスの意味での人徳だけどさ」

 うん、まぁ、サブカルチャーと言うか、正確にはエロゲにハマっているのだが(どうやらアセナのPCを弄っているうちに目覚めたらしい)。



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Part.04:忘れてはならない


「やぁ、ナギっち♪」

 仕事を終えて瀬流彦の執務室を後にしたアセナはブラブラと麻帆良を散歩していた。暇ではないのだが、気分転換をしたかったのだ。
 で、そんなアセナを呼び止めたのは(呼び方で おわかりだろうが)麻帆良学園高等部の制服に身を包んだ裕奈である。
 相変わらず胸は成長中のようで胸部のブレザーが窮屈そうである。入学当初に余裕を見て作ったらしいが……恐ろしい成長速度だ。

 ちなみに、帰って来た瀬流彦は妙に吹っ切れた顔をしていた(きっと うまくいったのだろうが、誰も深くは聞かなかったらしい)。

「やぁ、裕奈。相変わらず元気だねぇ」
「まぁね。やっぱ、元気は最強だからね」
「そうだねぇ。元気ったらサイキョーだよねぇ」
「何か微妙に違う気はするけど、そうだね」

 アセナの発言には深くツッコまない。実に賢明な判断だろう。

「ところで、また胸 大きくなったんじゃない?」
「何を普通にセクハラしてるのかね、キミは……」
「いや、だって、それだけ揺れてると見るでしょ?」
「いや、そこは見ても触れないのが常識でしょ?」
「いや、さすがに触れるのは我慢してるでしょ?」
「いや、そうじゃなくて、話題にするなってことよ」
「いや、わかってるよ? マジレスされても困るよ?」
「ああ、もう、ウザいなぁ、この男。死ねばいいのに」
「なら、冥土の土産にパフパフしてくれると嬉しいなぁ」
「だから、何を普通にセクハラしてるのかね、キミは」

 今更かも知れないが……亜子と『あんな別れ方(39話参照)』をしたのに、裕奈と普通に話しているのには それなりの訳がある。

 と言うのも、アセナが魔法関係に深く関わっていることが裕奈にバレたため、態と『あんな別れ方』をしたこともバレてしまったのだ。
 経緯としては、魔法が公表されたことで裕奈は両親を魔法使いと疑うようになり、ある日その疑惑を明石教授に突き付けたらしい。
 どうやら、子供の頃に母親から基礎魔法(火よ灯れ)を『おまじない』や『ごっこ遊び』感覚で教えられていたのを覚えていたようだ。

 で、その過程でアセナが魔法関係のVIPであることが露見し、今に至る訳だ(明石教授は娘相手だと意外とウッカリになるのである)。

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「ナギっち……ナギっちが亜子を振ったのって、木乃香と婚約したからじゃないんでしょ? 魔法が関係してるんでしょ?」

 時は遡り2003年11月初旬、アセナは裕奈に「大事な話がある」と呼び出しを受けていた。
 当然、のどかと夕映のことがあったため裕奈に呼び出された段階でアセナは覚悟をしていた。
 しかし、覚悟をしていたからと言ってアセナが自ら進んで己の事情を説明する訳ではない。

 危険を承知で来るのなら拒まないだけで、自ら追うことはない。そうでなくては、遠ざけた意味がない。

「ハッハッハッハッハ、何を言っているのかね? 意味がサッパリわからないよ?」
「……はぁ、やっぱり。って言うか、よく考れば、その可能性を考えるべきだったわね」
「いや、だから何を言っているのさ? オレは木乃香を選んだだけに過ぎないんだよ?」

 だから、白々しくもアセナは誤魔化す。決定的な言葉を聞くまで、受け入れる訳にはいかないのだ。

「それを理由にして亜子を危険から遠ざけたんでしょ? ナギっちの事情は聞いてんのよ?」
「……何処から仕入れた情報なのさ? まさか このちゃん や せっちゃん から聞いたの?」
「ううん、パパから聞いたの。ウチのパパ、お酒が入ると口が軽くなるタイプなのよね~~」

 裕奈から語られた衝撃の事実に、思わず「明石教授ェ……」と心の中で嘆いたアセナは悪くないだろう。

「って言うか、その言葉から察するに木乃香や桜咲さんも魔法関係者なんだ?」
「うん、まぁね。って言うか、よく せっちゃんでわかったね? エスパー?」
「……ナギっちが桜咲さんを『せっちゃん』って呼んでるのを覚えてただけよ」

 アセナにしては迂闊に情報を漏らしたように思われるだろうが、情報を得るために敢えて漏らしたのである。

 もちろん、海千山千の怪物達と渡り合ったアセナならば、ただの女子中学生である裕奈から情報を引き出すことなど容易い。
 しかし、裕奈のことを友人だと思っているため、アセナは一方的に情報を得ることを良しとしなかったのである。
 そう、アセナは木乃香と刹那のことを明かし、裕奈は情報源が明石教授であることを明かした形(つまり五分五分)になるのだ。

 ところで、刹那の話をしている裕奈が何故か不機嫌になっているのは……まぁ、触れるまでもないことだろう。

「なるほどぉ。いやはや、よく見てるもんだねぇ」
「べ、別にナギっちのことなんか見てないかんね?」
「? 女性はチェックが厳しいってことでしょ?」
「そ、そうだよ? 妙な勘違いしちゃダメだかんね?」

 裕奈は亜子を応援している。だから、アセナに特別な感情など持っていない筈なのだ。

「ところで、話を戻すけど……魔法が関係しているからこそ危険だってこと、わかってる?」
「……もちろん、わかってるよ。特にナギっちはVIPだから傍にいるだけで危険なんでしょ?」
「その通り。秘匿されていた頃よりはマシになったけど、それでも危険なことは変わらないんだ」

 繰り返しになるが、アセナの危険性は以前ほどではないが……それでも、まったくない訳ではないので、アセナは危険性への理解を確かめたのだ。

「ナギっちの傍は危険だってことはわかってるし、ナギっちが危険に巻き込みたくないってのもわかってる。
 でも、だからって亜子の意思を何も確認しないで勝手に決めていいことにはならないんじゃない?
 ……正直さ、私 怒ってるんだよね? 危険に巻き込みたくないのはわかるけど、やり方がヒドいよ。
 何で亜子が傷付くような方法を取ったのよ? ナギっちなら もっとうまい遣り方を思い付いた筈でしょ?
 つまり、亜子のことを考える余裕がなかったって訳? それとも、亜子は気を遣うまでもなかったって訳?
 まぁ、今更どっちでもいいけどね。どっちにしたって、ナギっちが亜子を傷付けたことは変わらないもん。
 だから、せめて亜子とキチンと向き合ってよ。危険云々を抜きにして、亜子と真剣に向き合ってあげてよ。
 そうじゃないと、亜子は前に進めない。極端な話、恋愛に対してトラウマ持っちゃうかも知れないんだよ?
 もちろん、ナギっちに そんな義務も義理もないのはわかってる。だけど、傷付けた責任はあると思うんだ。
 別に『責任を取れ』なんて言う気は無いよ? でも、最低限のフォローくらいはしてくれてもいいんじゃない?」

 だが、それも裕奈の独白に近い言葉で意味を成さなくなる。むしろ、アセナが目を背けていた部分を抉っているくらいだ。

 アセナとて他に遣り様はあったと思っていた。だが、あの時のアセナには あの方法しか思い付かなかったのだ。
 もちろん、余裕がなかったのが大きな原因だが……既に あやかを傷付けていたことも大きく関係していた。
 恐らくは無意識だろうが、あやかを傷付けた手前、傷付けずに他の女性と別れることができなかったのだろう。
 アセナは そこまで認識していなかったが、裕奈に指摘されたことで少しだけ本音が浮き彫りになったのである。

「…………そう、だね。確かにヒドい方法だったね。わかったよ、危険云々を抜きにして亜子と向き合ってみるよ」

 言うまでもないだろうが、別に責任云々は関係ない。アセナが亜子を「嫌いじゃない」から向き合うのだ。
 と言うか、そもそも どうでもいい相手ならば最初から危険に巻き込みたくないとすら思わないだろう。
 亜子が危険を承知でアセナの傍にいたい と言ってくれるのなら、アセナは受け入れるのではないだろうか?

 それを何処まで理解しているのかは不明だが、裕奈は「計 画 通 り」と言った笑みを隠すためにも後方を振り返る。

「そっか。じゃあ、そう言う訳で……後は頑張ってね、亜子!!」
「やっぱり、亜子だったのか。って言うことは、聞いてたってこと?」
「うん、最初から全部ね。御蔭で説明する手間が省けるっしょ?」
「いや、そんな どや顔で言われても……まぁ、手間は省けたけど」

 そう、裕奈の後方(の物陰)には亜子が隠れており、一部始終を聞いていたのである。ちなみに、アセナは誰かがいる とは把握していたようだ。

「ちょ、ゆーな!! ウチ、まだ心の準備が整ってへんよ!!」
「はいはい、御膳立てはしてあげたんだから文句 言わない」
「そ、それには感謝しとるけど……何で ちょっと不機嫌なん?」
「うっさい!! ツベコベ言ってないでサッサとしなさい!!」

 裕奈は亜子を応援すると決めている。それでも、気持ちを完全に吹っ切った訳ではない。つまり、そう言うことである。

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「あ~~、まぁ、さっきの話の通り、学園祭の時に『あんな別れ方』をしたのは、亜子を危険に巻き込まないためだったんだ。
 亜子のためって言うと聞こえはいいかも知れないけど、結局はオレのエゴでしかないんで、オレは責められて然るべきだと思う。
 だから、今更だけど言い直させて欲しい。『オレの傍にいると危険だから、オレから離れてくれないかな?』ってね」

 裕奈と別れた二人は、世界樹広場のステージに場所を移した。時間帯は違うが、あの時の焼き直しのためだ。

「ナギさん……それやと結局 危険云々の話になっとりますよ?」
「あ、そう言えば その通りだね。でも、大事なことでしょ?」
「そうは思いますけど、ウチはナギさんの本音が聞きたいんです」
「本音、ねぇ。まぁ、危険云々を抜きにすると そうなるよねぇ」

 しかし、亜子には不評だったようだ。既に事情はわかっているので、今更なのだろう。亜子は『まだ聞いていないこと』を求めて来る。

「……正直、オレは亜子のことが嫌いじゃない。どっちかって言うと好きに分類されると思う。
 オレが何でもない中学生だったならば、亜子と恋愛を楽しめたんじゃないかなって思えるくらいに。
 でも、残念ながらオレは普通の中学生じゃない。だから、オレは亜子とは付き合えないんだよ」

 アセナは誤魔化すことをやめ、正直に本音を告げる。有り得ない仮定が入るが、本音であることは変わらない。

「それに、さっきは言及してなかったけど、このちゃんと正式に婚約したって話は本当なんだ。
 しかも、テオドラ――魔法関係の皇族とも婚約したし、婚約者は これからも増える可能性がある。
 だから、危険も含めて『それでも構わない』って奇特な娘達とのハーレムエンドしかないんだよ」

 アセナは「オレなんて想う価値もない男だろ?」と言わんばかりに、自嘲的に締め括る。

 のどかや夕映の時に乙女心を侮っていたために結局は巻き込むことになってしまった。
 二人の気持ちは嬉しいが負担が増えたのも事実であるため、アセナに同じ轍を踏む気は無い。
 それ故に婚約者達のことやハーレムのことを前面に押し出して あきらめさせる予定なのだ。
 嘘吐きなアセナでも「嫌いだから」なんて言う嘘は吐けない。それ故の せめてもの抵抗だ。

「……じゃあ、それで ええです。いえ、それ『が』ええです」

 だが、やはりアセナは乙女心を侮っていた。いや、正確に言うと「覚悟した女性の強さ」を侮っていたのだろう。
 傾向として、男性は「体の浮気」を許さないが、女性は「心の浮気」を許さない。アセナも それはわかっていた。
 ただ、所詮それは傾向でしかないことを――女性が「心の浮気」も許す可能性があることを失念していたのだ。

 そう、手に入らないなら分け合うことも辞さない……そこまで覚悟する可能性を失念していたのだ。

「え? いや、そんなにアッサリと決めちゃっていいの?」
「ええ。実はウチも『分け合う』しかない思っとったんですよ」
「そ、そうなんだ。ちなみに、誰と分け合う予定だったの?」
「それは秘密です――と言いたいですけど、実は ゆーなです」
「へー、ゆーな かぁ。って、ゆーなぁあ!? 何故に ゆーな?!」
「……そんなん、ゆーなもナギさんに惚れとるからですよぉ」
「いや、それは有り得ないでしょ? だって、ゆーなだよ?」
「ゆーなだから、ですよ。ゆーなだから、隠しとったんです」
「あ、あ~~、なるほど。友情と恋愛の板挟みってヤツかぁ」
「そう言う訳です。だから、ゆーなにもフォローしてくださいね?」
「あ~~、うん、そうだね。ここまで来たらやるしかないよねぇ」
「あ、まき絵とアキラも その傾向があるんで、お願いしますね?」
「ハッハッハッハッハ……ドンと来い。でも これ以上は勘弁ね?」

 亜子の様子から説得をあきらめたアセナは、大人しく亜子(のハーレム入り)を受け入れた。

 それに、済し崩し的に裕奈・まき絵・アキラ(のハーレム入り)も受け入れたので、他の娘への説明が大変だろう。
 木乃香に笑顔で責められたり、刹那に汚物を見るような目で攻められたり、ネギやフェイトにOHANASHIされたり、
 テオドラに「やはりアセナじゃな」とあきらめられたり、エヴァから「思い出すだけじゃ足らんなぁ」と脅されたり、
 のどかと夕映に「いきなり4人も追加するなんて さすがですねー」と生暖かい視線で皮肉を言われたりするのだろう。

 と言うか、実際にされたので(自業自得なので同情の余地は無いが)少しくらいは同情してもいいかも知れない。

 ところで、後に経緯を聞いた裕奈が「亜子ぉおお!! 何してくれちゃってんのぉおお!?」とキレたのは言うまでもないだろう。
 だが、これでいろいろと我慢する必要がなくなったため「ま、まぁ、仕方ないかな」と簡単に怒りを収めたのも言うまでもないだろう。
 それを聞いた美空が「私もそろそろ『友達と言うスタンス』から脱却しなきゃっスかね?」とか思ったのも言うまでもないだろう。

 そして、後日 亜子の件で田中と拳で語り合った(もちろん、田中の気持ちを受け止めるためにアセナが手加減した)のも言うまでもないだろう。



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Part.05:地球と火星の架け橋


「お兄様、複数の国から移民についての問い合わせが届いておりますが如何いたしましょうか?」

 今更と言えば今更だが……実を言うと、茶々緒はアセナの秘書役をこなしている。
 まぁ、アセナはクルトの秘書であるため「秘書の秘書」となるが、これには理由がある。
 アセナは名目上の秘書でしかないため実質的な秘書として茶々緒が必要だったのだ。

「ん~~……『予定は未定だけど、できるだけ早まるように頑張る』って内容を『持って回った言い回し』で返事して置いて」

 49話で触れた様に火星は地球の難民を受け入れる予定だ。だが、受け入れるのは難民に限ったことではない。移民も受け入れる予定である。
 そのため、「(魔法世界から火星への移住後に)地球から火星への移民を受け入れる予定があること」を6月下旬に「移民計画」として発表した。
 各国には「10年後を目処に地球人も火星に受け入れる予定である」ことも伝えてあるので、恐らくは「もっと早くしろ」と言いたいのだろう。

 言うまでもないだろうが、地球からの移民用の場所には「環境も治安もよくて亜人種との接触が少ない場所」を用意している。

 魔法と火星(魔法世界)を公表したついでに亜人の存在も公表したし、僅かだが亜人を地球に招いて交流させている。
 表面上は友好的な態度で迎えられているが、本当に亜人が受け入れられている と妄想できる程アセナはめでたくない。
 人種による違いを感じる前にナギやラカンと言った『人外』を目にしているアセナには人種差別がイマイチわからない。
 だが、それでも人種差別は「深い溝にして高い壁」であることはわかっている。だから、摩擦は可能な限り減らしたいのだ。

「それはそうと……重力魔法の研究、お疲れ様です」

 茶々緒への指示を終えたアセナはティーカップをティーソーサーに戻した後、目の前で紅茶を楽しんでいる人物に声を掛ける。
 まぁ、回りくどい表現をしたが、アセナが話し掛けたのは(ローブの下から変態臭が止め処なく溢れている)アルビレオである。
 実はと言うと、アセナは執務室で仕事をしていたのではなくアルビレオの庭園で夕食前のティータイムを楽しんでいたのだ。

 そして、アセナのセリフから おわかりの通り、現在のアルビレオは重力付加の研究に協力してくれている。

 と言うか、重力魔法が関係している重大な案件にアルビレオが関わっていない訳がないだろう。
 何故ならアルビレオは重力魔法を得意としており、魔法世界存亡のために必死に研究していたからだ。
 むしろ、アルビレオと協力関係を結んでいたからこそ重力付加と言う解決策を思い付いたくらいだ。

「いえいえ、大したことではありませんよ。これはこれで楽しんでやっていますからね」

 実を言うと、アルビレオは『リライト』を応用して【完全なる世界】とは違う人造異界を作り、そこに魔法世界を移すつもりでいた。
 だが、アセナが火星をテラフォーミングして魔法世界を移住させる案を思い付いたためアルビレオは方針を転換したのである。
 言い方を変えれば「魔法世界を救うためにアセナを助けた」のだが、途中で「アセナが魔法世界を救うことになった」ことになるのだ。
 まぁ、経緯は変わったが、結果として魔法世界は救われるので『黄昏の御子』と言う『器』を助けたことは間違っていないだろう。

 ちなみに、重力付加の詳細だが……簡単に言うと「火星全土で儀式魔法を行って、火星全土に重力を加算する」と言うものである。

 そのため、術式そのものは単純(重力魔法の基本に近いもの)なのだが、火星全土を覆う必要があるので時間が掛かってしまうのだ。
 具体的には、地殻に術式を刻む感じだ(29話で使われた「予め登録して置いた魔法陣を自動で作成する魔法具」が大活躍している)。
 発動は火星の魔力で賄う予定だが、現在の火星には生物がいないため魔力がないので生物で溢れるまではアンドロメダで補う予定だ。

 余談だが、大気生成は(重力付加が永続的に必要であるのに対して)大気の調整が終わるまで でいいので、専用の魔法具で行っているようだ。

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「ところで、タカミチは こんなところで油を売っていていいの? って言うか、帰んなくていいの?」

 話は変わるが、アセナの言葉の通り ここにはタカミチもおり、紅茶を飲んでくつろいでいた。
 ちなみに、タカミチもコーヒー党で普段はコーヒーしか飲まないのだがアルビレオの紅茶は別らしい。

「いや、その、ほら、男同士の付き合いも必要だろう? って言うか、偶には羽を伸ばしてもよくない?」

 実は、タカミチは しずなと結婚した。アセナが中学を卒業をしたタイミングでプロポーズしたらしい。
 別にジューン・ブライドを狙った訳ではないが挙式は6月下旬に済んでおり、新婚旅行は夏休みになる予定だ。
 つまり、誰から見ても『新婚さん』なのだが……何故か、帰宅せずに こんなところでウダウダしていた。

「いやはや、タカミチ君も『結婚は人生の墓場である』ことを実感する年になったんですねぇ」

 タカミチの「羽を伸ばす」と言う表現から帰宅を拒んでいることを察したアルビレオが意味あり気にニヤニヤと笑みを浮かべる。
 新婚1ヶ月なのに帰宅を嫌がるほど家が居心地が悪いのであろうか? まぁ、恐らく、婿入りしたことと関係があるのだろう。
 タカミチが「姑ヤベェ」とか「孫を作れって強制されても……」とか虚ろな目で紅茶を飲み続けているのが答えかも知れない。

 そんなタカミチを見て「マスオさんは偉大なんだなぁ」とシミジミと思うアセナは何かが決定的に間違っている気がしてならない。

「ところで、『こんなところ』って言うのはヒドくないですか?」
「でも、ここには変態司書と変態紳士しかいないじゃないですか?」
「さりげに自分を変態紳士と自覚しているのがアセナ様ですねぇ」
「って言うか、いい加減に『アセナ様』は やめてくれません?」
「フフフ……お断りします。何故なら、その方が面白いからです」
「相変わらず捻じ曲がってますねぇ。ある意味で清々しいですよ」

 また、アルビレオはアルビレオで何かが決定的に間違っているのだろう。最早 修正不可能なレベルだ。

「ところで、お兄様? 私の存在を忘れていませんか? 私もいますよ?」
「ああ、茶々緒は変態淑女だったね。ごめんごめん、ウッカリしてたよ」
「……あれ? お兄様の私に対するイメージが妙にヒドくないですか?」
「いや、だって、洗濯前の下着を嗅いでるんでしょ? 普通に変態じゃない?」
「あれは淑女としての嗜みですよ? と言うか、他の皆様も習慣にしていますし」
「だから変態淑女なんだよ――って、今 聞き捨てならないこと言わなかった?」
「お兄様、世の中には あきらめるべきことがたくさんあると思うんです……」
「気が付かない間に嫁達が変態になっていたことは あきらめるべきことかな?」
「今更どうしようもないですよ。ですから、あきらめればいいと思います」
「ああ、うん、まぁ、そうだね。本当に『どうしようもない』って気分だよ」

 そして、茶々緒だけでなく他の娘も何かが決定的に間違っているようだ。アセナに同情してもいいかも知れない。

「ところで、ボクがスルーされている件、どう思います?」
「強く、生きてください。私には それしか言えません」
「…………そうですね。強く生きるしかありませんよね」

 うん、まぁ、軽く忘れられたタカミチは何も間違っていないので、タカミチには強く生きてもらいたいものだ。



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Part.06:一番大きな変化


 適当なところで話を切り上げてアルビレオの庭園を辞したアセナは、麻帆良市内の とあるレストランに向かった。

 知らない間に嫁達が変態淑女に進化していた……と言う驚愕の事実を知って少しブルーな気分になったアセナだったが、
 持ち前の切り替えの速さ(と言う名の棚上げスキル)で どうにか気分を持ち直し、現在は これからの予定に意識を傾けていた。
 もしかしたら嫁達の件は棚上げしてはいけないことかも知れないが、アセナにとっては これからの予定の方が大事なのだ。

 何故なら、これからの予定とは――つまり、これから一緒にディナーを楽しむ相手とは あやか だからである。

 そう、実はと言うと、亜子や裕奈達とだけでなく あやかともアセナは和解していたのである。
 当然のことだが、あやかと和解するのにスンナリいった訳がない。それ相応のイザコザは起こった。
 と言うか、半年近くも あやかを待ち続けさせたことを考えると和解できただけで上出来だろう。

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「……それで? 一体、何の用ですの?」

 それは、49話の続き――つまり、クリスマスの日ことだった。ネギ達に背を押されたアセナは その足で あやかの家に赴いた。
 突然の来訪だったので門前払いすらも覚悟していたアセナだったが、意外なことにスンナリとアセナは応接室に通された。
 だが、あやかの開口一番の言葉が上の言葉だったため、アセナは「やっぱり、あやかは怒ってるよねぇ」と気を引き締め直す。

 まぁ、実情は一日千秋な気持ちだったので、逢いに来てくれて嬉し過ぎるのを悟らせないためのポーカーフェイスなのだが。

「まずは突然 訊ねて来てゴメン。でも、どうしても会って話したかったんだ」
「……つまり、急に訊ねて来てまでしたい話がある、と言う訳ですわね?」
「うん。かなり重要な用件だからね、無作法だけど直接会って話したかったんだ」
「そう、ですか……それで、その話と言うのは、どの様な話なのでしょうか?」

 真剣な面持ちで「大事な話がある」と言うアセナに、否が応でも あやかの期待は高まって行く。それを表に出さないのは さすがと言えるだろう。

「既に このちゃん や せっちゃん から聞いているとは思うけど……実は、オレは魔法世界を救うために動いていたんだ。
 そして、そのためには『弱点と成り得る存在』は邪魔だった。だから あやか(や他の女のコ達)と距離を置いたんだ。
 でも、それも もう終わった――いや、正確には終わった訳じゃないけど、終わる見通しが付いたから終わったも同然だね」

「……なるほど。つまり、『やるべきこと』が終わったので私と向き合いに来た と言うことですわね?」

 ここまでは想定の範囲内だ。別に焦るような内容ではない。問題は『ここから先』だ。ここから どう話が展開するのか? それが重要だ。
 あやかの胸中は期待が9割を占めており、残りの1割を不安が蔓延っている。そのため声が上擦りそうになるが、必死に抑えて平静を装って応える。
 まぁ、木乃香達から情報提供されたことや例の会話を見せられたことを簡単に明かしてしまっているので、微妙に装い切れてはいないが。

 それでアセナも あやかの胸中がわかったのか、僅かに苦笑を漏らした後、「うん、そうなるね」と深くツッコむことはせずに軽い肯定だけをする。

「それでは、貴方は どんな風に私と『向き合い』に来たのですか?」
「まぁ、単刀直入に言うと……今更だとは思うけど、復縁したいんだ」
「…………はぁ。本当に単刀直入で、本当に今更なことですわねぇ」

 いや、本当に直球だった。もう少し別の言い方があるだろう と小一時間ほど問い詰めたいくらいに直球だった。

「それに、復縁と申されましても……そもそも私達は『単なる友達』でしかないのですよね?
 と言うことは、単なる友達と言う関係に戻りたい と言うことになりますわよね?
 それでしたら態々 対面して話していただかなくても、電話でも済んだでしょうに……」

 31話でアセナが あやかに決別を告げた際、アセナはハッキリと あやかに『単なる友達』だと述べている。

 それに対するフォローをせずにイキナリ核心部分に触れたアセナのミスだろう。
 イキナリ核心部分に触れるのは、相手の意表を突くと言う意味では効果的だが、
 逆に言うと、相手に粗を突かれて手痛い竹箆返しを喰らうこともある と言うことだ。

「……そうだね。言葉が悪かった。友達には戻らなくてもいいや。オレの望みは『結婚を前提に付き合って欲しい』ことだからね」

 だが、その程度のことで怯むアセナではない。アセナはアッサリと重要なことを語ることで更なる意表を突く。
 イキナリ核心に触れるのもアセナの常套手段だが、サラッと爆弾を投下するのもアセナの常套手段だろう。
 どちらも単純な話術だが、前者で感情を露にさせて後者でトドメを刺した形になったので実に効果的である。

 狙ってやったのかは定かではないが、どちらにしても あやかが大きく動揺したのは言うまでもないだろう。

「で、ですが、確か、近衛さんとは『結婚を前提とした関係』になられたのではないですか?
 それに、とある筋からの情報では、魔法の国の皇女様とも婚約されたそうですわよね?
 それなのに、私と『結婚を前提とした関係』になりたいと仰るとは……気は確かですか?」

 動揺していながらも畳み掛ける様に疑問を投げ掛ける あやか。いや、動揺しているからこそ、本音が混ざった問い掛けをしているのだろう。

 木乃香との婚約はブラフだと木乃香から聞いているし、テオドラとの婚約も何か事情があってのことだとは思っている。
 だが、それでも訊きたい。ブラフならブラフだとアセナの口から聞きたいし、事情があるなら その事情を話して欲しい。
 アセナのことを信じてはいるが――いや、信じているからこそ、安心させてもらいたい。そんな本音が垣間見えていた。

「うん。どっちも事実だし、正気で言ってるよ」

 しかし、アセナから返って来たのは肯定だった。しかも、迷いなど一切 見せない程の即答だった。
 てっきり「いや、あれには理由があってね?」とか説明が始まると思っていた あやかが驚くのは無理もない。
 だから「え? それは近衛さんや皇女様との婚約は破棄すると言うことですか?」と訊ねても無理はない。

「ううん、破棄しないよ。って言うか、みんなと結婚する予定だよ」

 しかし、アセナから返って来たのは否定だった。しかも「みんなと結婚する」とか言うオマケまで付いている。
 果たして、その『みんな』とは誰のことなのだろうか? 木乃香やテオドラや あやか のことなのだろうか?
 あまりの衝撃に あやかは素で「みんな?」と訊ね、それに対してアセナはアッサリと「うん、みんな」と肯定する。

「ええと、つまり、近衛さんと皇女様、そして私と結婚する……と言うことですか?」

「うん、そうなるかな? まぁ、状況次第では そこに何人か増えるかも知れないんだけどね。
 あ、更に言って置くと、それはあくまでも正式に結婚する相手であって愛人は含まれていないんだ。
 既に6人くらい愛人を抱えなきゃいけない状況で、しかも更に増える可能性が高いんだよねぇ」

 アセナは何でもないことの様に とんでもないことをサラッと述べる。

 言うまでもないだろうが、他に正式に結婚せざるを得ない相手とは、ネギとエミリィの二人のことである。
 そして、愛人として囲うのは、のどか・夕映・亜子・裕奈・まき絵・アキラの6人が確定しているのが現状だ。
 もちろん、そこに木乃香との関係で刹那が追加され、ネギとの関係でフェイトも追加されるのは言うまでもない。
 まぁ、この時点では、エヴァ・美空・ココネ・高音・愛衣・小春は除外されているが、それも時間の問題だろう。
 いろいろな意味で『どうしようもない』としか言えない状況だ。「どうしてこうなった?」と言いたいくらいだ。

 これには、さすがの あやかも思わず言葉を失って呆然とするのは無理もない。まぁ、次いでプルプルと肩を震わせ始めたが。

「ふ……」
「ふ?」
「不潔ですわ!!」

 叫ぶと同時に両手をテーブルに叩き付ける あやか。豪奢なテーブルがミシッと言ったのは気のせいに違いない。

「要するに側室を迎えたうえで妾を囲うと言うことですわよね!? 貴方は何処の王様ですか?!」
「まぁ、滅びてるし王様ではないけど……ウェスペルタティア王国の王族ではあるねぇ」
「そう言う意味ではありませんわ!! と言うか、明らかに わかっていて仰ってますわよね?!」
「うん、まぁ、わかってるね。でも、そう言う立場だからこそ社会的には許されるんだよね?」

 嫌な言い方だが、それが支配者の特権だろう。代わりに(と言っていいか は微妙だが)、被支配者のために私心を捨てているのだから認めざるを得ない。

「……つまり、後は当事者達が納得すれば何も問題はない、と仰りたい訳ですか?」
「まぁ、平たく言うとね。むしろ、他のコは納得してるから、後は あやか次第だね」
「で、では、私が『他の女性との結婚も妾も認めない』と言ったら、どうするのです?」
「まぁ、その時は仕方がないから、素直に諦めることにする――訳がないじゃないか?」

 以前のアセナなら ここで引いたかも知れない。いや、引かないまでも譲歩はしただろう。だが、今のアセナは決して引かない。

「恥ずかしながら、オレはここに来るのに女のコ達から背中を押してもらう必要があった。だからこそ、オレは簡単には引けない。
 そりゃあ、自分でも随分と虫がいいことを言っているとは思っているよ? だけど、それでも、あきらめるつもりはないんだ。
 あやかも このちゃんも せっちゃんも テオも のどかも 夕映も 運動部四人組も フェイトちゃんも ネギも……みんな、大事だからね」

「…………本当に、虫がいい話ですわねぇ。実に『我侭』ですわ」

 僅かな沈黙の後、あやかは溜息と共に言葉を吐き出した。そこには既に『怒り』などなく、残っているのは盛大な『呆れ』だった。
 しかし、その呆れは勝手なことを言うアセナへの呆れなのか? それとも、そんなアセナを許容してしまう己への呆れなのか?
 その答えは あやかにも わからない。ただ言えることは、態々『我侭』を強調することで31話の意趣返しを忘れなかったことだけだ。

「……そうだね。でも、嘘偽りのない気持ちだよ」

 意趣返しに気が付いたアセナは僅かに苦笑を見せた後、とても爽やかな笑顔を浮かべて本心で言ったことを認める。
 その内容がアレでなければ絵になる光景なのに、内容がアレなのでアレにしか見えないのがアセナのクオリティだろう。
 やたらとアレと言う表現が多くて非常にアレな感じがするのだが……それは『言わぬが花』と言うことで納得して欲しい。

 間違っても「最低なセリフをカッコ付けて言ってんじゃねぇよ、このハーレム野郎」などと言ってはいけない。

「…………はぁ。そこまで曇りのない笑顔で言われると、非難するのが馬鹿らしくなりますわねぇ」
「そうかな? でも、非難する気がなくなったってことは、認めてくれるってことでいいのかな?」
「認めるか諦めるかしか選択肢がないのでしょう? それなら、認めるのも吝かではありませんわ」

 文句はいろいろあるが、それは言っても始まらない。そう判断した あやかは、建設的な話に方向性をシフトする。

「ですが、私はまだ『重要な言葉』を聞いていません。それを聞くまでは答えられませんわよ?」
「重要な、言葉……? はて? 何か伝え忘れたことがあったっけ? 全部 伝えた筈だよ?」
「……はぁ、決まっていますでしょう? 貴方は『何故』私と結婚を前提に付き合いたいのですか?」

 それは、アセナの気持ち。他の女のコ達にも「嫌いじゃない」とか「大切だ」とかとしか表現していない、アセナの本音だ。

「え? そんなの決まっているじゃないか? あやかのことが世界で一番 好きだからだよ」
「――ッ!! て、照れもせずに よく言えますわね。まぁ、言い慣れている からでしょうが」
「ううん。面と向かって『好きだ』って言ったのは(前世以外では)あやかが初めてだよ?」

 だが、アセナはアッサリと本音を見せ、しかも あやかにしか語っていない とまで言う。あやかが驚愕で絶句するのも仕方がないだろう。

「まぁ、つまり、それだけ あやかのことが好きってことだよ」
「あ、貴方と言う人は………………本当に、卑怯ですわね」
「そうかもね? 自分でも ちょっと卑怯だとは自覚しているよ」

 あやかの言葉が「ズルいですわ」としか聞こえないアセナは笑って肯定する。言うまでも無く、その笑みは とても満ち足りていた。

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「……今になって思うと、勢いに流された気がしないでもないですわねぇ」

 ディナーを摂りながら歓談に花を咲かせていると、ふと あやかが不機嫌そうに過去を持ち出す。
 アセナとしても意表を突いたり強引に押し通ったりした自覚はあるので、否定できない感想だ。

「まぁ、その件は忘れて置こうよ。大切なのは今じゃないか?」
「ちょっといいことを仰ってますけど、誤魔化してませんか?」
「誤魔化してないさ。それよりも……誕生日、おめでとう」

 あきらかに誤魔化しているが、ゴソゴソとポケットから誕生日のプレゼントを取り出すアセナに あやかは文句を言うのをあきらめる。

 アセナが取り出したのは小さな箱だ。まるで、指輪が入っていそうな形状の――と言うか、ぶっちゃけ、実際に中身は指輪なのだが。
 そう、祝うどころではなかった去年の分も含めて、アセナは指輪をプレゼントしたのだ。しかも、あやかの誕生石であるルビーを。
 その意味するところは、今まで口約束でしかなかった婚約を正式なものとするための、まぁ、つまり、所謂『婚約指輪』と言うものである。

「ちょっと気は早いかも知れないけど……婚約指輪ってことで受け取ってくれないかな?」

 アジールである麻帆良には日本の国内法を守る義務はない。そのため、年齢のことを気にせず婚姻を結ぶこと自体は可能だ。
 だが、だからと言って今の状況で あやかと結婚してもいいことは何もない。下手したら雪広家が解体する恐れがあるからだ。
 日本を通して干渉できないのなら、雪広家を通して干渉すればいいじゃないか? とか考えるバカがいないとも限らない。

 そのため、アセナは日本の法律に配慮しているように装いつつ、干渉をあきらめていない輩を警戒するために婚約に止めたのである。

「よろしいのですか? 私との婚約が公になれば、アリアドネーと元老院が黙っていませんわよ?」
「問題ないさ。って言うか、既にアリアドネーからの打診が『それとなく』来ているんだよねぇ」
「……なるほど。そうなると、元老院もネギさんを自陣の勢力に祭り上げたうえで押して来ますわね」
「そうなると、あやかとの婚約を表明できるのは そっちが落ち着いてからになっちゃうんだよねぇ」
「? 別に落ち着いてからでも問題ないのではないですか? 私は16歳になったばかりですわよ?」
「――だからこそ、だよ。日本の法律じゃ女性は16歳から結婚できてしまうんだ。男は18歳からなのにね」
「まぁ、確かにそうですわね。と言うか、その言い方ですと、私と直ぐに結婚したいように聞こえますわよ?」
「うん、正直、今 直ぐにでも結婚したい。でも、それができないから婚約で我慢しようとしてるんだよ」

 そう、本来なら結婚してしまいたいのだが、それができないので(譲歩として)婚約に止めたのである。

 あやか としては冗談で直ぐに結婚云々を言っただけなので、一瞬 何を言われたのか よくわからなかった。
 そのため、不覚にも「へ?」と目を点にして間抜け顔を晒してしまうのだが……アセナは気にしなかった。
 まぁ、シリアスモードだからなのもあるが、それ以上に燃え滾る怒りを我慢しているために気にならないのだ。

 ……アセナの手(指輪を取り出した手とは逆の手)にはクシャクシャに握り締められた書類があった。

「何をトチ狂ってくれたのか、あやかとの婚姻を申し込んで来たバカ――いや、どこぞの財閥の御曹司がいてね?
 敢えて名前は伏せて置くけど、その財閥は世界規模の財閥で雪広家じゃ逆らえるような存在じゃないんだよね。
 だから、親父さんも断るに断れなくて……日本の法律を言い訳にして答えを引き伸ばしていたんだって。
 だけど、今日で あやかは16歳。日本の法律を言い訳にできなくなったから、さぁ大変。引き伸ばす理由がない。
 親父さんは断腸の思いで あやかを嫁に出す決心をした――が、そんなことをオレが許す訳がないじゃないか?
 そんな訳で、相手の財閥にはオレと あやかが恋仲であることを伝えて『穏便』に諦めてもらったんだけどね?
 そうしたら何故か諦める代わりに『恩恵』を多めに寄越せ とか言って来たんで、ついついプチッと来ちゃったんだ。
 ……うん、まぁ、簡単に言うと、その財閥の後ろ暗い部分すべてを世界中に晒したうえで物理的に潰した訳だね。
 当然、各国の政府は この事態を重く受け止めたようでね、オレの関係者には手を出さない暗黙のルールができたんだ。
 で、今後この様な事態が起こらないようにするためにも『トットと関係者を確定してくれ』って打診されたんだよ。
 だから、今 直ぐにでも結婚したいんだけど、さすがにそれは無理があるので、今は婚約に止めて置こうと思うんだ」

 途中まではシリアスな内容だったのだが……段々と「お前 何やってんの?」と言いたくなる内容になり、あやかは思わず頭を抱えた。

「一体、貴方は何をしていらっしゃるんですか!? と言うか、バカじゃないですか?!」
「いや、それなりに反省はしているよ? まぁ、後悔はしていないけどね (キリッ 」
「いえ、 (キリッ じゃありませんから。後悔もしてください。そして、自重もしてください」
「だってさぁ、要するにアイツ等は あやかを利用したんだよ? 許せないじゃん?」
「……私が利用される原因は貴方であることを理解したうえで仰っているのですか?」
「うん、理解はしているよ? だけど、納得はしていないから、許せなかったんだよ」
「はぁ。貴方は常々『権力は私利私欲で使うものじゃない』と仰っているじゃないですか?」
「それはそれ、これはこれ さ。と言うか、最愛の女性を守るのは私利私欲じゃないって」
「いえ、充分に私利私欲です。まぁ、その気持ちは嬉しかった とだけ言って置きますが」

 言動は無茶苦茶だが、その動機そのものは嬉しかった あやかは、それ以上の説教は止めて置く。惚れた弱みと言うヤツだ。

「じゃあ、話は戻すけど……この婚約指輪、受け取ってくれないかな?」
「先程の話を聞いて、ここで受け取らない選択ができる訳ないでしょう?」
「まぁ、そうだろうね。でも、できれば建前は抜きにして受け取って欲しいな」
「…………本当に、貴方は卑怯ですわね。すべて お見通しなのでしょう?」
「さぁね? 予想はできるけど真実は不明さ。だから、聞かせて欲しいんだ」

 しかし、照れ隠しか あやかは「教えてあげませんわ」と告げた後、指輪を引っ手繰ると左手薬指に嵌める。

 その様子が実に幸せそうで それが何よりの答えのような気がしたが、アセナは何も言わずに微笑むだけだ。
 まだ婚約しただけだし、アセナの仕事も終わっていない。山場は越えたが、それでも終わった訳ではない。
 いや、そもそも結婚はゴールではなくスタートでしかないし、火星の方も移住した後にも問題はあるだろう。

 だが、それでも、アセナは幸せそうに微笑む あやかを見て とても満ち足りた気分に浸るのだった。


 


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オマケ:すべて世は事もなし


 そして、時は過ぎて2012年。火星の開発 及び火星への移住が完全に終了した。

 予定では2011年の7月には移住が完了している筈だったが、予想以上に移住が手間取ったため少しばかりズレた。
 だが、それでもザジ姉が予言した「2013年4月」よりも1年は早く移住が完了したので何も問題はない。
 魔法世界がいつ滅ぶのかは定かではないが、誰も住むものがいない世界が滅びようとも誰も気にしないだろう。

 ……これでアセナの計画は終了した。

 移民問題や魔法と科学の融合進化も含めて残る問題は山積みだが、アセナの計画が終了したこと自体は変わらない。
 まぁ、造物主と交わした「理想郷を作る」と言う仕事が残ってはいるが、ぶっちゃけ そんなものに終わりはない。
 今後もアセナの力が及ぶ範囲で、アセナはアセナなりの理想郷を作っていくだろう。恐らく、死を迎える その時まで。


 


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後書き


 ここまでお読みくださってありがとうございます、カゲロウです。
 当初は軽く修正するつもりだったのですが、修正点が多かったので改訂と表記しました。


 今回は「いろいろ詰め込んだけど、最終的には あやかに持ってかれた」の巻でした。

 まぁ、31話を書いた時点で、最終話で あやかと和解して終わろう と決めていたので、予定通りです。
 と言うか、この物語の終わり方を考えた時に、魔法世界の救済ではなく あやかとの和解だろ、と思ったんです。
 それが正しいかどうかはわかりませんが、少なくともボクが納得する終わり方は そっちだったんです。
 綺麗な表現にすると、アセナと あやかに出来た『溝』を修復することでハッピーエンドになったって感じです。

 と言う訳で、これにて本編は終了です。この後は、エピローグとしての後日談が少しあるだけです。

 しかし、最後の方は少し急ぎ足になった気がしないでもないですね。ヒロインが増えた弊害でしょう。
 今後(があるかは未定ですが)の作品では無闇にヒロインを増やさないようにしようと思います。

 ところで、木乃香に引き続きテオドラもアレな感じになりましたが……何故か『ああ』なりました。

 別に狙って ああしたのではなく、書いていたら自然と ああなっていたんです。
 地球でテオドラが過ごしたら どうなるのか? とか想像する前に ああなってました。
 まぁ、アセナと一緒にいれば自然と ああなりますよね。多分、きっと、恐らくは。


 では、また次回でお会いしましょう。
 感想・ご意見・誤字脱字等のご指摘、お待ちしております。


 


                                                  初出:2012/02/10(以後 修正・改訂)


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