「では、お前の上達振りを見るとするか」
「……っ」
意地悪な笑みを浮かべるイクタに、アンリエッタは顔を引きつらせた。
話の内容は、明日の俺との対戦。
発端はすぐにつれて帰ろうとするイクタを、アンリエッタが明日の予定を理由にして帰れないことをアピールしたののだが……
「家を出てから半年、ワシが驚くほどの成長を遂げていることだろうな」
「うっ」
「それに外の世界に出たのだから、社会に揉まれて精神的にも強くなったことだろう」
「はうっ」
「……」
どう見てもアンリエッタが、イクタの希望通りの成長を成し遂げていないことは分かっているだろうに、どんどんとハードルを上げていき孫娘を窮地へと追いやっていく祖父。
見た感じからの判断であるが、彼女もそれなりの実力を備え、成長の伸びしろも十分にあるように見えるから現時点では合格点かと俺は思うから、それ以上を望むのは酷な話であろう。
しかし、同族といえど俺と彼らは他人同士。
他の家の事情に、あれこれと口を出すのは相手の印象的にも自分の感情的にも不快なものを残すことになる。
ということで、アンリエッタへ応援の言葉を心の中で送りながら、最初の説教時と同様に雑誌を開いて時間をつぶすことにする。
読みたい記事があったから、ちょうどいいしね。
テトは最初から寝ているために、まったく関係ないとばかりに小さな寝息を立てている。
何処でも寝れて、少し羨ましいとか思ったり思わなかったり……
「むっ? すまんな、少し熱が入ってしまったようだ」
「いえ、大丈夫です」
そして数分ほど経った時、イクタがアンリエッタと話し込んで(からかい込んで)いたことに気づいて、放置してしまった俺に謝罪してきたことで終わりを迎えた。
自ら探しに来るほどに大事に思っている(はずの)孫娘と半年振りに会えたのだから、少しぐらい話し込んでしまうのは理解している。
なので、別に気分を損ねたりしてないから大丈夫だ。
ただ、前世では世間的に言えば“お爺ちゃん子”“お婆ちゃん子”であったため、少しアンリエッタを羨ましいと思ってしまう。
最初こそ戦々恐々としていたアンリエッタは、家出したとはいえ祖父に会えたことがやっぱり嬉しいのだろう。
俺と話しているときには見せない可愛らしい笑顔を見せている。
イクタも孫娘との会話に、気づかれないようにしつつも目尻がこれでもかと垂れ下がっている。
……ああ、そういうことか。
ノブナガやフランクリンにクロロといった(様々な意味で)大きい人に頭を撫でられると「ふにゃ」と気が緩むのは、俺が無意識にその人へ甘えていたからなんだ。
……
………
…………
……………うがあああああっ!
なんだよ、この幼児的な感情は!!
俺はそんなに家族愛に飢えているって言うのか!?
いや、うん。
飢えていた事は認めよう。
だけど、前世と合わせて精神年齢がもうすぐ20代後半を迎えている人間が抱く感情か!?
いやああああっ、自覚したくなかった!
恥ずかしい、恥ずかしすぎる!
黒歴史に相当する恥ずかしさだぞ!
自覚してしまった己の感情に、抑えられない羞恥心が顔を真っ赤に染め上げた。
当然、何の前触れもなく赤面した俺に驚くイクタとアンリエッタ……いや、アンリエッタは嬉しそうな表情してる?
そんな彼らから、隠れるようにフードを目深に被り直す事で顔を隠し、手遅れ感があるが誤魔化すための言い訳を吐き出す。
「ちょ、ちょっと暑くなっただけですから、気にしないでください」
「いや、そんな急に――」
「暑くなっただけですから」
「……だが、どう見て――」
「暑くなっただけです」
「…………そうだな」
「うんうん。私も少し暑いって思ってたところだよ」
くそ、やっぱり誤魔化せなかった。
生暖かい視線を注がれているのが感じ取れる。
自分から見ても今の言い訳は苦しいのは分かっていたが、いきなりでは良い案が思い浮かばなかった。
結局、この出来事のせいでキコ族についての質問をするタイミングを逃してしまった。
そして、あれよあれよと言う間に別れる時間になり
「じゃあ明日ね、ユイちゃん」
「はい」
アンリエッタが笑顔で差し出してくる手に、軽く笑みを浮かべながら答える。
彼女の目は、闘志に燃えていたカストロの目を彷彿させた。
彼も“あの出来事”がなければ、負けるつもりだったにせよ良い勝負が出来た筈だ。
だから、少々とはいえ不完全燃焼気味だった俺の闘志も触発されてメラメラと燃え上がっていく。
「負けないよ」
「望むところです」
互いに不敵な笑みを浮かべあう。
純粋に、明日が楽しみで仕方なかった。
そう、イクタの表情が視界に入らないほどに