カピトリーノは、ゆるやかな起伏をもつ、真円形の丘陵地である。 鈍色の鉄柵で覆われた麓から登っていくと、中腹辺りからちらほらと民家が見え始める。四、五百戸の家が、身を寄せ合うように立ち並ぶ住宅群の中央――丘の頂上付近には、電波の受信施設や発電施設の類が並んでいた。 セツナに先導され、ゆるやかな丘を、一行は上った。 途中、住民たちがみな、セツナに声をかけてくるので、ユウは驚いたものだ。「あんた、意外と人望あるんだな」「本当に意外だけど」 感心するユウの言葉に、エルフの少女、マツリがすかさず付け加えた。 髪をかきあげ、格好をつけていたセツナの体が傾いた。「マツリ、まだ怒っているのかい?」 傾いた体を持ち上げて、めげないセツナは流し眼で尋ねた。 頬には真っ赤なもみじが張り付いている。 さきほどのうかつな発言で、マツリにつけられたものだ。「別に」 マツリはそっぽを向いた。面には出していないが、声には不機嫌の色があった。 ちなみに、変態仮面――キョウスケの頬にも、もみじが張り付いている。まったく堪えた様子はなかったが。 頂上付近で、一行は別れた。 それぞれ三人の家に別れて泊まることになったからだ。 マツリの家にはユウとミコが割り当てられた。ツンデレも彼女の家で世話になっているから、女性陣がまとめられた感じだ。 セツナの家にはアズマとカミト。 アズマと同じ家に泊まることを嫌ったシュウは、自ら変態仮面の家を選んだ。さすがにひとりでは嫌だったのか、必死で抵抗するレットを引きずって行ったが。 レットの強烈な嫌がりっぷりに、哀れをもよおしたユウだが、「どうせならエルフさんのとこがいいっス!」という彼の主張を聞いて、見捨てることにした。 女性陣はマツリに従って、丘の西側に回った。同胞たちの家は、一般移住者のそれに比べれば、どれも数段大きいが、マツリの家は比較的小さい。 造りに複雑さがなく、家具も自己主張のないものだが、どこかほっとする。そんな家だった。 ユウたちにあてがわれたのは、南向きの一室。ツンデレが寝泊まりしている部屋だった。 もともと大人数での寝泊りを想定していたのか、広さには申し分ない。 寝台こそ二基しかなかったが、ダブルベッドなので、並んで寝る分には問題なかった。「いっしょに寝ようか?」 と、ユウがミコに提案すると、彼女は顔を真っ赤にして首をぶんぶん振りまわし、ツンデレのほうに行ってしまった。 ユウは苦笑して、もう一方のベッドに手荷物を放った。 とりあえず居場所を確保して。「じゃ、あらためて。俺の名前はユウ。カミトの昔の仲間だ。よろしく」「同じくミコですわ」 ユウはあらためて、同居人となるツインテールの少女、ツンデレに挨拶した。 ミコもそれに倣い、頭を下げる。「う、うん。アズマの仲間でエスト。よろしく」 どこか遠慮がちにな彼女の言葉に、ユウは首を傾ける。「エスト? ツンデレじゃなくて?」「それはアズマが勝手に言ってるだけよ」「ああ」 ユウは納得した。 ツンデレとはずいぶんと趣味的な名前をつけるものだと思っていたが、あだ名なら納得である。本名だと言われても、半分くらいは納得しただろうが。「あと、これがロリ姫」 ツンデレが頭上を指さすと、それに応えるようにツインテールがひらりと舞った。 習慣的に、ユウは目にオーラを集めた。 そこにあったのは幼い少女の姿だった。金髪碧眼縦ロール。白いドレスを着た彼女は腕組をして、なにやら口をパクパクさせている。「耳にオーラを集めてみて」 ユウがツンデレの指示に従った。 とたん、細く高い声が耳を打った。「――そう、輝ける朔北の華! 永代の至玉! リドル・ノースポイント姫とは妾のことじゃ!」 胸を反らして高笑いするロリ姫。 どう反応していいかわからず、ユウは凍りついた。 可憐な容姿とのギャップが半端じゃなかった。「か」 唐突に、ミコが口を開いた。眼がきらきらしている。視線はロリ姫に一点集中。直後。「かわいいですわーっ!」「な、何をする貴様ぁーっ!?」 がっ、と飛びついてきたミコに、ロリ姫は悲鳴を上げた。 実態のない幽霊であるからには、ミコには触れられないのだろうが、それだけミコの勢いに気押されたということだろう。「ちょ、ミコさん? 落ち着いて! 胸押しつけないで!」 胸の大きなお嬢様にのしかかられ、ツンデレが悲鳴を上げる。 ミコの意外な一面を見た思いで、ユウは顔をほころばせた。「そこな黒女も早く助けんかーっ!」 ロリ姫が悲鳴を上げる。ほとんど必死の声だった。 一連の騒ぎが収まったころ、マツリが紅茶を淹れてやってきた。 少々乱雑に散らかされた部屋を見て、彼女はあきれ顔になった。 夕食後、セツナの家のリビングに、全員が集合した。 とりあえず現場にいる人間で、今後の方針を立てるためである。 といっても、セツナの仲間たちの多くは、念能力者探しで出払っている。ブラボーもさる同胞を駆動ている最中で、結局ほとんどが昼間に顔を合わせた面子だった。 場を仕切ったのはカピトリーノ移住組のリーダー、セツナである。 冒頭、セツナはひとりの同士を紹介した。「ふっ、紹介しよう。ブラボーの周旋で来てくれた同胞、ライだよ」「……よろしく……」 ぼそりと無機質な声でつぶやいたのは、二メートル近い大男だった。 脂肪のほとんどない、硬質な面差しだ。面長で、黒髪をオールバックにし、全身ゆったりとしたローブに身を包んでいる。 隠しているのか、オーラはほとんど感じられない。 だが、それを補って余りあるほどの雰囲気を、彼は持っていた。 ユウにとっては気に入らないが、ブラボーの選んだ人間である。役に立たないはずがなかった。 紹介が終ったところで、作戦会議が始まった。 まず、口を開いたのはアズマである。「とりあえず、俺の目算を話す。異論疑問があれば、その都度言ってくれ」 これには誰も異論はなかった。 来る途中の言葉を聞いていても、彼がそれほど見当はずれの目算を出すとは思えない。叩き台を作るには適役と言えた。 どこからも異論のないことを確認してから、アズマは話しはじめた。「キメラアントが全国に拡散する契機は、女王の死だ。これが六月中旬のこと。およそひと月半後だ。 ただし、これは原作通りであれば、だ。 俺たちがいることで時系列に変化が生じているかもしれない。余裕を見て、六月頭には準備を終えたい」「目安はそれとしても、人材はもっと早く集まってたほうがいいでしょうね」 口をはさんだのはカミトだ。「物が間に合わないのは仕方がないとして、人が間に合わないんじゃ話にならないし」「そうだな。五月末週あたりをめどに、人を集めよう。それも、外に出てる面子に任せるべきだと思う。 俺たちはここを空けずに、万一に備えたほうがいいだろうな――みんな、それでいいか?」 アズマの問いかけに、ほとんどの人間が深くうなずいた。あきらかに要領を得ない人間もいたが。 つぎに、具体的な防衛方法へと話が移った。これも、最初に口を開いたのはアズマである。「みんな、この町を見てじかに感じただろうが、これほど広い土地を守ろうとすれば、どうしても穴が出る。むしろキメラが来るまでに、早期発見して迎撃する。そのスタイルで守ったほうが、犠牲を出さずにすむだろう。 そこで、なんだが、編成を考えるのに、たがいの念能力を知っておくことが必要だと思うが」「――ま、賛成」 口を“へ”の字に曲げながら、手を挙げたのはシュウだった。「キメラアントの実力は、正直なとこまだ計りかねてるんだけど、兵隊長クラスでもタイマンはヤバイ。師団長クラスなら、なんらかの手段でハメないと対抗できないだろうってのが、おおざっぱな印象かな。 組み合わせや配置を決めるためにも、念能力の把握は必須だ」 これにみなが同意し、それぞれが念能力を紹介した。 アズマの念能力は物体を加速させる“加速放題(レールガン)”と、物品をその所有者に返す“送り屋(センドバッカー)”。 ツンデレの念能力は、物理衝撃でオーラで相殺する除念系の念能力。その髪にとり憑くロリ姫は、“天元突破(スパイラル)”という触れたものをドリル化する念能力を持っている。 カミトの念能力は“鉄鎖の結界(サークルチェーン) ”と“追尾する鉄鎖(スクエアチェーン) ”。それぞれ防御と捕獲を担う、二本の鉄鎖を操る能力だ。 シュウの念能力は、有名になればなるほどオーラを増す“英雄補正(ネームバリュー) ”と、心の高ぶりを威力に変える“正義の拳(ジャスティスフィスト) ”。 ユウの念能力は、敵の死角から死角へ瞬間移動する念能力、“背後の悪魔(ハイドインハイド) ”と、舐めている間、制約を誤魔化す飴玉、“甘い誘惑(スイートドロップ) ”を具現化する能力。 ミコの念能力は、あらゆる姿に化け、五感を共有する念獣を出す“ハヤテのごとく(シークレットサーバント) ”。 レットの念能力は、変身し、オーラや身体能力を数倍に引き上げる“強化装着(チェンジレッド) ”。ただし発動困難。「ふっ。ボクの念能力は――」「戦闘系なら言わなくていいぞ。どうみても前線に立たせられないし」 シュウに出鼻をくじかれ、セツナはかきあげた手をがくりと落とした。「セツナくん超使えない」 マツリがこっそり毒を吐いた。「私の念能力は、女性下着をかぶることで潜在能力を100%発揮する能力だ。このように――」「やめやめっ!」 なにやらポーズを取ろうとした変態仮面に、カミトの鎖が絡みついた。 がんじがらめにされた変態仮面は動けなくなる。「収拾つかなくなるからここでの変態行為は自重しなさい!」 肩を怒らせるカミトに、変態仮面は息を荒げながら言った。「地獄のタイトロープ(つなわたり)がお望みか?」 変態仮面は窓から放り出された。まるで堪えていなかったが。「で、わたしの能力はこれ」 言ってマツリが具現化したのは竹簡だった。「“千人列伝(サウザントライブズ)”。名前と出身地がわかる人間の業績を、箇条書きで記す能力。たとえば――」 マツリの手に、これも念能力によるものだろう、筆が現れる。 彼女が筆を走らせると、丸めた竹簡の背に流麗な書体でセツナの名と出身地が記された。 ぱらりと、竹簡が広げられる。 そこにはセツナの業績が、墨痕鮮やかに記されていた。 そしてひときわ目立つ場所に。 1999年1月 第285期ハンター試験 予選落ち 2000年1月 第285期ハンター試験 予選落ち セツナがあわてて竹簡を隠した。 みな、なんだか微妙な顔になった。ユウもしょっぱい気い持ちになった。 最後に、ライが前に出た。 さきほどからまったく口を開かなかったライは、やはり無言のまま、やおらレットの腕をとった。「な、なんスか――いだだだだぁっス!!」 レットが悲鳴を上げて地面にへたり込んだ。 ライの手が触れた瞬間、レットが痺れたように体を仰け反らしたのを、ユウは見逃していない。 電撃か、衝撃か、そのような能力を持っているらしい。ユウは推測した。 全員の念能力が出そろったところで、まず配置を話し合った。 前線にシュウ、ツンデレ、カミト、それにブラボーを並べ、アズマは遠距離からの支援。ミコが偵察、その護衛をユウが担う。レットとは中衛として、多方面のフォローに当たる。残った面子は町の守備にあたることになった。 ユウとしては、シュウたちが危険を冒して前に出ている以上、一緒に前に出て戦いたかったのだが、それは危険だと却下された。 ユウの技術は対人間に特化しすぎていて、キメラアントとの戦いには適さないという判断からだった。ユウ自身は、これにかなり不服だったが。 おおざっぱに役割をきめて、そのあと。キメラアントにはどんな念能力が有効か、意見を交わしていると。「その話、ボクも混ぜてくれないかな?」 不意に、破れた窓の外から、声が投げかけられた。