ブラボーたちは駆ける。 玉座へとつづく道を。そこに居るであろう敵を倒すために。 あとを彼らに託して、敵のさなかに残っていった仲間たちの思いを抱えて。 ついにたどり着いた階段。 登れば玉座の間はすぐそこ。 ほとんど一蹴りで階上まで上がった彼らは、しかし、そこで立ちつくした。 階段の先は、あろうことか壁で閉ざされていた。「これは」 ブラボーはつぶやいた。 四方を壁で囲まれ、正面の壁には扉。 建物の構造として、あり得ない景色だ。 ――念能力。 ブラボーは即断した。 同時に、扉が音を立て自然と開く。 奥に見えるのは、何の変哲もない部屋。 一見して高級品とわかる調度が並んではいるが、王宮にあるものとしてはありふれている。「俺が様子を見に行きましょう」「いや。どの道、ここを抜けねば先へは進めん。行くなら皆で、だ」 アズマの主張を退け、ブラボーは強く言った。 この先待っているのは、ほぼ間違いなく、罠だ。 だがブラボーが居れば、敵はこちらが全滅するような大仕掛けは使えない。 なぜなら敵の大将、エンドは、生きているキャプテン・ブラボーにこそ、用があるのだから。「行くぞ」 ブラボーを先頭にして、扉をくぐったのはほとんど同時。 みな、すぐに部屋を見渡した。 応接室らしい。高級調度品に囲まれた空間は、きらきらしく賑わっている。 四人の視線が集まったのは、そんな空間のただ一点。奥へとつづく扉のわき。「――そこっ!」 アズマが叫ぶや、物体加速の念能力でパチンコ玉を打ちこんだ。 反応は、ない。 奥の壁が破壊される。パチンコ玉が跳ね返って来る。 そういった、常識的に予想できる現象すら、起こらなかった。 パチンコは、ただ宙に制止し、浮かんでいる。「これは、みなさん素早い」 声が響いた。 一座を賑やかす道化のような、甲高い声。 と、宙に浮くパチンコ玉の周りに、影が生じた。「ワタクシ、マーチェスと申します」 影に、色彩が生じる。 茶色の体毛に覆われた、黒い瞳の異形。 人に極めて近いシルエットを持つ、兎型のキメラアント。 その指と指の間には、パチンコ玉が挟み取られていた。「みなさま。ようこそワタクシのテリトリーへ」 キメラアントは深々と腰を曲げ、歓迎の礼を示した。 わざとらしいまでに完全な作法に、警戒心はいや増す。「テリトリー?」 そんな空気など読まず、ツンデレが反射的に尋ねた。 兎のほうは、その質問を歓迎するように両の手を合わせて見せる。「その通り。ワタクシの念能力、“迷宮組曲(ラビットハッチ・ラビリンス)”により、王宮は一直線の数珠つなぎに捻じ曲げ組みなおされております」 兎は道化じみた手振りで説明する。 唐突に、アズマが動く。 部屋の隅まで跳ぶと、やおら壁を殴りつけた。 炸裂音。部屋が揺れ、壁にぽっかりと穴が開く。 その向こうを見たブラボーたちは、背筋を凍らせた。 穴の先は、無。なにもない闇の空間が、ただ絶望的に広がっている。「そちらへ行きたいのなら、止めはしませんよ。ただし、身の保証は致しかねますが」 いきなりの暴挙に腹を立てたのだろう。やや不快気に、兎が言った。「行くも戻るもご自由に。ワタクシもあえて留めは致しません。 ただし――玉座へは、この先の扉を通ってしか、たどり着けませんが」 言葉とともに、兎のわきにある扉が音もなく開いた。 同時に、兎の姿が闇に溶け、消える。今度はわずかな気配の揺れすらない。完全に居なくなっていた。「なるほど」 ブラボーは扉の先を見て、うなずいた。 王宮の部屋を縦一列に配した一本道。 それを通ってしか、大将のもとへたどり着けない仕組み。 だとしたら。「間違いなく、守護者が居るでしょうね」 ブラボーの思考を読んだように、アズマが言った。「―― 一本道ってことは、そこを通らなきゃ先に進めないってことだ。そこに強力な戦士を置けば、少ない人数で効率的に守れる」「だろうな。流石に部屋の数だけということはないようだが」 開かれた扉の先、無人の小部屋を見ながら、ブラボーは同意する。「でも、行くしかないのよね」 あっけらかんと口にしたのは、金髪碧眼ツインテールの制服少女、ツンデレだ。「だったら、とっとと行きましょう。止まってる暇なんか、ないんだから」 少女の言葉に、全員がうなずいた。 それから、いくつかの扉をくぐると、ふいに開けた場所に出た。 元は会議室なのだろう。部屋の隅にはそれを偲ばせる残骸が散らかっている。 平らになった部屋の中央には、一体のキメラアントが待ち構えていた。 チーター型だ。しなやかでたくましい四肢。纏うオーラが、並みの蟻より数段強い。 ――ヂートゥ。 虹色髪の少女、ライは心の中でつぶやいた。 王の旗下に収まっていた、師団長クラスのキメラアントだ。「へへっ、来た来た。獲物が四人か。あれ? 一人は喰っちゃいけないんだったっけ? まあいいや。来なよ。キツネ――フォックスから教えてもらったオレのスッゲー念能力見せてやるからさ!」 はしゃぐように、腕を上下させるヂートゥ。 軽薄な言動に、ともすれば油断してしまいそうだが、それでいて師団長が務まっていたのだ。間違いなく、強敵。 ――おれか、ブラボーくらいだな。タイマンで戦れるのは。 敵の強さを肌で感じたライは、だから迷わず前に出た。 ブラボーを残すわけにはいかない。ほかの二人を捨て駒にするわけにはいかない。 ゆえに、彼女にとってこの選択は、必然。「おれに任せて、みんなは先へ」 ラインヒルデ・ザ・レインボー。 その名にふさわしい、虹色の髪と瞳を持つ幼い少女は、静かに両腕を広げる。 それぞれの手には、いつの間にか、黄金の光を放つリングが具現化されていた。「ライ」「心配しなくても、あとから行くさ」 声をかけてきたブラボーに、ライは笑って、背中越しにサムズアップ。 ライにとってそれは掛け値なしに本気で、だからブラボーも、それを素直に受け止めた。「あー。いーよーいーよ。みんな先に行っちゃって」 そのやりとりに水を差すように、チーターのキメラアントは手をひらひらさせる。「――どうせ、後から追い付くからさっ!」 そう言って笑った、直後。 ヂートゥの姿が、いきなり掻き消えた。 瞬間、ライの視界がズレた。 そのまま壁に衝突するまで、蹴られたことすら気づかない。 壁に大穴があき、砕けた瓦礫の中に埋もれて、ライはやっと攻撃を受けたことに気づいた。「ライっ!」 ブラボーが叫ぶ。 拍子抜けしたように、チーターのキメラアントが頭をかいた。「あっちゃー。追いかける必要なくなったかな?」「――んなわけねーだろっ!」 一直線に虹が流れた。 と見えたと同時、ライの姿はすでに部屋の中央にある。 ライの繰り出した金のリングは、すんでのところでヂートゥに受け止められていた。 期せずして、鍔迫り合いのような格好になる。「幼女二号!」「その呼び方やめれ。つーか心配してねーで早く行けっての!」 アズマに言われ、思わず言い返してから、ライは叫ぶ。 三人は目配せしてうなずき合うと、ライたちのわきをすり抜けて、つぎの部屋へ向かう。 最後に、ブラボーが振り返り、拳を突き出した。「任せたぞっ、ライ!」 扉が閉まる。 それを見て、ようやくライは顔をしかめた。 目が慣れる間もなく食らったヂートゥからの初撃は、彼女の上腕骨にヒビを入れていた。 ――早く行ってくれねーと、まじで役立たずになっちまいそうだからな。 拳を交わす。 そのたびに走る鋭い痛みにあぶら汗を流しながら、ライは敵に立ち向かう。 だが。彼女の必死をあざ笑うかのように、チーターのキメラアントはにやりと笑った。「いくぜっ! ――紋露戦苦(モンローウォーク)!」 さらにいくつかの部屋を抜けたところで、また開けた場所に出た。 会議室に劣らない広い空間だ。その中央に、黒衣姿の敵がふたり、待ち構えていた。 シルエットは、完全に人間。 おそらくエンドに復活させられたのだろう。それぞれが馬鹿げたオーラを持つ手練だ。 ―― 一人じゃ足止めすら、できない。 そう判断したアズマは、隣に居るツンデレに目配せすると、前に出た。「俺たちが戦ります。あとは頼みました、先輩」 以心伝心。金髪ツインテールの制服少女、ツンデレと、その髪にとり憑く幽霊少女ロリ姫も無言でアズマに並ぶ。 そろってサムズアップ。覚悟と、強さを秘めた笑み。「強くなったな」 ブラボーが、ふいに言った。「遠慮なく、頼らせてもらうぞ。カイリ」 その一言に、アズマは泣きそうになった。 先輩と慕った相手に、心の底から頼られる。 そんな存在に自分が成れたことを、さまざまな感慨とともに実感した。「よっしゃ来い! 全然負ける気しないぞ!」「……アズマはちょっとブラボー好きすぎだと思う」 微妙な危機感を面に出して、ツンデレがぼそりとつぶやいた。 ブラボーは行った。 扉を守る役目にあるはずの黒衣ふたりは、それを追おうともしない。 扉が閉まる。部屋に、静寂が流れた。「……礼を言うぜ。アズマ」 黒衣の片割れが、ふいに口を開いた。 言われて、アズマは総毛立った。 忘れられない、忘れもしない声だ。「――ブラボーの奴と顔を合わすのは、さすがにバツが悪すぎるからな」 フードを払った男の顔を、アズマは知っている。 中背だがたっぷりと量感のある筋肉室の体。黒いサングラスに黒のスーツ。灰色の髪を乱暴に後ろに撫でつけた、三十がらみの男。 見間違えるはずがない。 アズマが最後まで超えられなかった、アズマの敵手。 同胞。ゲームマスター。プレイヤーキラー。「ブラン」「おうよ。いまは下種の手先だがよ」 ブランが歯をむき出しにして、拳を合わせる。「テメエとやれるってのは、まあ救いだぜ」 続くように、もう一人の男がフードを取った。 その下にある顔も、アズマは知っている。「ミナミまでか」「ああ。素晴らしくもない奴隷生活だが、俺にとっても、お前らとやれるのは素晴らしく、嬉しい」 ミナミが切れ長の瞳を細めて言った。 ふ、と、アズマは笑う。 ツンデレも、表情は同じ。 知術で、戦闘で、アズマがついに超えることができなかった敵たちだ。「望むところよ!」「妾とて、同心よ!」 ツンデレが腕を組み、挑戦的に笑う。 ツインテールが伸び、壁面に突き立つと、壁を食らって巨大なドリルが出来上がる。 ふたりに向かい、アズマは構えて笑った。「――来いよ。あのときの俺じゃないってことを、教えてやる」 最後の扉を開き、ついにブラボーは玉座の間に到達した。 死臭が、ひときわ鼻を突く。 その原因を、ブラボーはすぐに察した。 広間の中央に、屍の山が築かれているのだ。 長く居ることを拒むような異臭の中、男は平然と玉座に座り、膝を組んでいた。 エンド。 世界征服をもくろむ、ブラボーの敵。 脇には二人の黒衣が無言のまま侍っている。 見覚えのある顔だった。キメラアント“最古の三人”のひとり、フォックスと、電脳ネットサイト“Greed Island Online”の管理者、“氷炎”のソル。 薄暗い広間の中、壁面にプロジェクターでテレビ放送が映されている。 放送されているのは、一連の事件のダイジェスト。 王都が襲撃され、ポドロフ将軍が死に、そして王を救った英雄も殺された、そのさま。「よう」 今気づいたというように、エンドが手を挙げた。 市街でまみえた時より、纏うオーラが禍々しく、大きくなっている。 リアルタイムで見ていなかった人間が、この放送を見た結果だろう。「一日くらいは開けて出直してくるかと思ったんだが、存外素早いな。流石だ」 エンドが称賛の言葉を贈る。 ブラボーは拳を握り、ゆっくりとエンドに近づいてく。「一日待てば、少なくとも軍人は全滅しているだろう。 そうすることによって、人々の最後の希望を砕くために」「その通りだ」 泥を吐く思いで言ったブラボーの言葉を、エンドはあっさりと肯定した。「そしておそらく、そうなった時点でこの地上でオレに敵う人間は居なくなるだろう。どのような手を使ったとしても、な。 そうなる前にここまで来れた判断の素早さと実力。さすが二年以上の間、この世界で戦い続けてきただけのことはある」 そう、言って。 広間の半ばまで来たブラボーに、エンドはやおら手を差し伸べて来た。「――もう一度、問おう。キャプテンブラボー、オレと組んで世界を手に入れないか?」「……なぜ、そうまでして世界を手に入れたい」 ブラボーは尋ねた。 さして興味があったわけではない。 どちらかというと攻撃の機会を計るための時間稼ぎだ。 だが、エンドのほうは、質問を真剣に受け止めたらしい。しばし沈思し、それから彼は口を開いた。「戦乱の世に生まれたかった。そう考えた事はあるか?」 エンドはそう、尋ねてきた。 答えを求めてのことではない。事実彼は間をおかず、言葉を続けた。「オレはある。生きるすべは己の才覚ひとつ、腕っ節ひとつ。 弱肉強食。ただ生きていくことすら困難。そんな苛烈な時代の灼熱の中を、炎に巻かれながらどこまで走れるか、試したい。そう、考えていた」 エンドの瞳は狂熱を帯びている。 語る思想への情熱が、並々ならぬものである証拠だ。「まあ、ガキじみた妄想だ。平和の毒にどぶ漬けにされたいまの日本じゃ、そこまでなりふり構わん生き方などできん。 そう、あきらめながら、それでもオレは心のどこかで求めて続けていたんだろう――狂熱を」 エンドは語る。 そんなとき、“Greed Island Online”の存在を知ったのだと。「喜びに震えたぞ。今よりはるかに狂熱に満ちた世界が、そこにある。 ならば己を試すのみだ! 世界を相手に、器量すべてをぶつける。そのための――世界征服だ!」 爛々とした瞳で、口吻に熱を昇らせ、エンドは拳を天に突き上げた。 それは紛れもなく、天に挑戦するかたち。 ブラボーは、ここに至ってエンドという人間を理解した。 エンドは己の欲によって世界を欲しているのではない。彼にとっては世界すら、ただの試金石。「つまり、世界を手に入れ、何を為すわけでもなく」「その過程こそが、オレの望みだ。ゆえに征服した世界に興味はない。お前が欲しければくれてやるさ――だからブラボー。オレに手を貸せ」 懐柔のための方便ではない。 掛け値なしの本音を、ブラボーはエンドの瞳に見た。 世界征服を行うため、征服した世界を与える。 欲の在り方と捨て方に“人”を感じさせない。 畏怖に近い感情を抱きながら、ブラボーはエンドの誘いを即座に断った。 当然である。こんな化け物を、この世界に存在させてはならない。取引などもってのほかだ。「断る」「だと思ったよ。お前がそんなものを、求めているはずがない――だから、こんな趣向を用意した」 エンドの合図とともに、玉座の背後からもう一人の黒衣が現れた。 女性だ。目深にかぶったフードの奥に見える唇は、妖艶なほどにつややかだ。 懸命に計ってきた攻撃の機会すら放りだし、ブラボーは硬直した。 黒衣の女性に、見間違えようのない故人の面影を見た。「アマネ」 枯れた声で、ブラボーがつぶやく。 黒衣の女性が、フードを上げた。病的なまでに白い肌の、人形めいた美女。「……兄様」 かつてブラボーを操り、仲間と同志、そして己をも破滅させた、ブラボーの妹、アマネの姿だった。 自失のあと、激しい怒りがブラボーを襲った。 エンドの念能力。“百鬼夜行(デッドマンワーキング)”は死者を蘇らせる念能力。 であれば必ず遺体が必要となるはずだ。アマネの遺体は、ブラボーが手ずから埋葬している。その場所を知るものは、ほとんどないはずだ。「……貴様、アマネをどうやって」「お前に妹が居て、ともにこちらに来ていることは調べていた。だからこいつがすでに死んで、とある港町の郊外に埋葬されていることもすぐに調べられたさ。だから密かに回収しておいた」 淡々と、悪辣な行為を告白すると、エンドはおぞましい微笑を浮かべ、言った。「――人質だよ」 ブラボーは歯噛みした。 世界とたった一人の人間。本来なら天秤にかけるまでもない。 だが、アマネはブラボーのたった一人の妹だ。 罪を犯したとはいえ、肉親として、ブラボーはアマネを深く愛している。たやすく見捨てられるはずがない。 とはいえ、最終的な答えは決まりきっている。 妹のために、世界を危機にさらすわけにはいかないのだ。 苦悩の長さは、そのままブラボーの妹への愛の深さだった。「兄さま? 苦しんでおられるのですか?」 ふいに、アマネが口を開いた。 震えるほどに妖艶で、残酷なまでに無邪気な、彼女の声。「迷っておられるのですか? 悩んでおられるのですか? 兄さま――だったら」 コロコロと、鈴を転がすように、アマネは笑う。「――原因を、消してしまいましょう」 不意打ち。 前触れもなく生じた黒い塊は、エンドを包み込んだ。 声もなく、エンドの姿が掻き消える。 ――“悪夢の館(スプラッターハウス)”。 念能力により創造された、数々の致死の罠を仕込んだトラップハウスに転移させられたのだ。「アマネ」「あは、兄さま、喜んでいただけました?」 振り返り、アマネが笑う。 妖艶で無邪気なほほえみ。 あふれる涙をこらえ、ブラボーは無言のままアマネに並んだ。 これまで無言を保っていた黒衣ふたりが、主の危機に動き出したのだ。「ふん、ソルよ。オレは蟻どもへの指示に忙しい。お前がやれ」 面白くもなさそうにフォックスは鼻を鳴らし。「ああ。エンドに言われて黙っていたが、さすがにこの状況は看過できないみたいだ」 ソルはどこか悲しげにつぶやき、構える。 ブラボーは知っている。 電脳ネットサイト“Greed Island Online”管理人。リマ王国での同胞コミュニティーのリーダーである彼の、同胞にたいする無限の愛を。味方の暴走を止めようと必死になった彼の姿を。 だから、いまのソルを、見過ごしにはできない。「兄さま、殺りましょう。一辺の慈悲もなく、一辺の肉片も残さず、邪魔者を殺しちゃいましょう」「ああ。ソルを……葬ってやろう!」 邪気にあふれた、悪意のないアマネの言葉にブラボーはうなずき。 戦いが、始まった。 二体一。とはいえ不利はブラボーたちにある。 ブラボーは度重なる戦いで完調には程遠い。アマネはオーラこそ法外だが戦い馴れしていない。“氷炎”ソル。オーラに物理干渉能力を付与する、無敵の念能力“硬気(ハードロック)”に阻まれ、ブラボーたちはじりじりと手傷を負いながら、ソル自身に傷をつけることができない。 そして奇跡の時間はあっけなく切れた。 アマネの前に突如浮かび上がった闇の塊は、前触れもなく闇色の男を吐き出した。 エンドである。身に負うた傷は、寸毫たりとてない。戦闘の渦中に現れた黒衣の主は、ゆっくりと首を鳴らし、そしてブラボーたちを見た。 悪寒に駆られてブラボーは跳び退る。 同時にアマネも退いている。ふたりは肩を並べて構えた。 そのさまを目にして、エンドが訝しげに眉を顰めた。「驚いたな。いくら“百鬼夜行(デッドマンウォーキング)”が自律式とはいえ、オレに逆らえるようにはできていないはずだが」「知らないの? 愛はすべてを超えるのよ」 自信に満ちた声で、アマネはうそぶいた。 彼女の言は正確ではない。 アマネが、死してもブラボーの指に残した念能力“愛の契約(エンゲージリング)”。 対になる指輪をはめた、たがいがたがいを最優先にするこの呪いじみた念が、エンドの念の強制力を上回ったのだ。「……そうかそうか、そういうこともあるのか――なら消すだけだがね」 うなずき、エンドが指を鳴らす。 そんな、指して労力を要したとも思えぬ動作で。 アマネは消えた。 なんの前触れもなく、なんの言葉もなく、無情なまでにあっさりと、アマネの姿は消えうせる。 残った骨が、からからと地面を打つ。「あ、ま……」 衝撃のあまり、それしか言えないブラボーを尻目に。 ソルがオーラの手で、アマネの骨を残らず攫っていった。「……答えを、まだ貰っていなかったな」 平然とした様子で玉座に座り、エンドが言った。「さあブラボー。答えてもらおうか。オレに味方するか、それとも妹を捨てオレに敵するか――お前はどちらを選ぶ?」 悪魔のごとき選択を迫るエンド。 彼と戦う力など、ブラボーにはすでに残されていない。 ソルとの戦いで、骨が何本かイカレている。オーラも残り少ない。 ソルとフォックス。ふたりの強力な敵を越え、エンドに至る道すら、ブラボーには見えない。 だが、それでも。「俺は己に誓った。二度と、俺がブラボーであることを裏切らないと」 歯を食いしばり、血を流すほど拳を握りこんで、ブラボーは告げる。「俺の名はキャプテン・ブラボー。それが答えだ!!」 絶望の闇の中、それでもブラボーは己を曲げなかった。 ブラボーだけではない。仲間たち全員が、己の果たすべき役目から目をそらさず、決してあきらめなかった。 だから。 これから起こる奇跡は、みなが手繰り寄せた細い糸の先にあった、必然。 奇跡のきざはしは、突如天井を割って現れた。 瓦礫とともに落下し、音もなく着地した影は、三つ。 その姿を見て、ブラボーはむしろ呆然として名を呼んだ。「ユウ、シュウ、それにパイフル」 黒髪猫目の暗殺者少女、ユウ。 ボサボサ金髪の少年、シュウ。 そして元同胞にして“最古の三人”の一角、白虎のキメラアント、パイフル。 はるか南の島国で別れた、この場所に居るはずの無い三人。「俺たちだけじゃない」 暗殺者少女、ユウは涼やかに笑った。「オラァ、かかってきやがれェ! ――シュート。オメーはこいつらを医者ンとこへ!」「わかった!」 王宮前、庭園。 現れたのはナックルとシュート。 倒れたレットと、彼を庇ってキメラアントの攻撃を受けたミコ。かろうじて息のある二人を、シュートは“暗い宿(ホテル・ラフレシア)”の念腕で引っ掴み、地上に広げられた一枚の紙の中に突っ込む。 二人の師匠の同僚、ノヴの念能力“4次元マンション(ハイドアンドシーク)”の出入り口だ。つながる先に待つは、神医ヘンジャク。「まってまってまってじゃすとあもーめんとっ!」 戦うふたりのもとへ、ものすごい勢いで駆けて来たのは、シスターでメイドな格好をした女性、シスターメイと、それを追う数体のキメラアント。「こいつらもお願いっ!」 彼女と二人が交錯し、ナックルとシュートはより多数の敵を相手取るハメになった。 劣勢の中、しかしナックルは笑う。 NGLで接してきたキメラアントに比べ、こいつらの目の、なんと濁ったことか。 ずたぼろになったミコたちの姿を思い出す。「――へっ。やっぱ殴んならよォ。相手は外道のほうがいいってモンだッ!」 王宮入口。 巨大なキセルを担いだグラサンの巨漢、モラウが姿を現した。 両の肩には力尽き、倒れた海馬瀬戸と鎖使いカミトが抱えられている。 ともに倒すべき敵を倒した二人の寝顔は、どこか満足げだ。 二人を“監獄ロック(スモーキージェイル)”で保護し、モラウは口の端を釣り上げ、言った。「ちょっと待ってろよ――弟子どもの方に手が要るらしい」 そして、王宮内の随所で。「久しぶりだね◆」「げぇっ ヒソカ!? つか血! なんの血!?」「ああ。なんだか途中にヘンな兎が居たから◆ 殺っちゃった◆」 虹色髪の少女、ライのもとに現れたのは、奇術師ヒソカ。「ゴンとキルアと……メレオロン?」「NGLでは、助けられた……今度は、オレたちがみんなを助ける番だっ!」「ま、そーいうこと」「ペギーの敵討ちを手伝ってくれた恩もあるしなっ!」 黒髪仏頂面のアズマと、金髪ツインテールの制服少女、ツンデレの元の現れたのは、ゴンたち三人。 そして玉座の間。 砕かれた天井から見える空で、ツバメが弧を描きひとつ鳴いた。